著者
豊口 禎子 仲川 義人
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.107, no.5, pp.225-235, 1996 (Released:2007-02-06)
参考文献数
35
被引用文献数
8 12

MRSA感染症治療薬である塩酸バンコマイシン(VCM)は,グラム陽性菌に効果を有する抗生物質である.臨床においては,MRSAとともに緑膿菌等のグラム陰性菌に感染している混合感染発症患者も多い.また,MRSAに対する抗菌活性増強を目的に,他の抗生物質を併用することも行われている.一方,VCMは有害作用として,重篤な腎障害を有しており,他剤との併用により腎障害の増悪が懸念される.そこで,家兎を用い,臨床において併用する可能性のある抗生物質を併用したときの腎障害への影響とVCMの薬物動態学的相互作用を検討した.家兎にVCM300mg/kg静注時に血清クレアチニン,BUN,組織学的変化等の腎障害がみられたが,イミペネムーシラスタチンナトリウム(IPM-CS),フロモキセフナトリウム(FMOX),ホスホマイシンナトリウム(FOM)併用により,明らかに腎障害が軽減された.また,セフタジジム(CAZ),セブピミゾールナトリウム(CPIZ),セフォペラゾンナトリウム(CPZ)併用時には有意な腎障害抑制作用はみられなかった.VCM体内動態に関しても,VCM単独投与時に比べ,IPM-CS,FMOX,FOM併用時に明らかにVCMクリアランスの増加がみられ,CPIZ併用時には有意な減少がみられた.腎組織中VCM濃度においても,VCM単独投与時に比べ,IPM・CS,FMOX,FOM併用時に有意な減少がみられ,これら併用薬による腎細胞への取り込み抑制が示唆された.
著者
豊口 禎子 仲川 義人 渡辺 皓
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.107, no.2, pp.53-66, 1996 (Released:2007-02-06)
参考文献数
36
被引用文献数
3 3

MRSA感染症治療薬である塩酸バンコマイシン(VCM)の腎における薬物相互作用を検討した.VCMはグラム陽性菌に抗菌作用を有し,混合感染発症患者ではグラム陰性菌にも有効な抗生物質,特にイミペネム(IPM)―シラスタチンナトリウム(CS)合剤などと併用されることがある.VCM,IPMは腎障害を惹起する作用を有しているが,CSはIPMの腎障害を抑制する作用を有することから,IPMに配合されている.そこで,これら3つの薬物の腎における相互作用を明らかにすべく,家兎を用い,VCMの腎障害,体内動態をIPM-CS併用時,CS併用時と比較検討した.家兎にVCM300mg/kg静注時に血清クレアチニン,BUN,組織学的変化等の明らかな腎障害がみられたが,CS300mg/kg併用時,IPM300mg/kg-CS300mg/kg併用時,IPM150mg/kg-CS150mg/kg併用時には臨床検査値の異常はみられず,組織学的にも変化はほとんど認められなかった.また,VCM体内動態に関しても,VCM単独投与時に比べ,CS併用時またはIPM―CS併用時には明らかにVCMクリアランスの増加がみられ,尿中VCM排泄率も増加した.さらに,家兎腎皮質スライス取り込み実験を行ったところ,VCMが能動的に腎皮質に取り込まれることが示唆された.また,CSの併用により腎皮質スライスへのVCMの取り込み抑制効果傾向がみられ,CS併用時の腎障害抑制効果には,CSによるVCMの腎細胞への取り込み抑制作用が関与している可能性が考えられた.
著者
加藤 武
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.124, no.3, pp.145-151, 2004 (Released:2004-08-27)
参考文献数
13
被引用文献数
5 10

メマンチンは中等度,重度のアルツハイマー病(AD)の治療薬としてEUとアメリカで承認されている.メマンチンはMK-801やフェンシクリジン(PCP)と同じ非競合的NMDA受容体阻害薬であり,虚血が引き起こすグルタミン酸過剰放出による神経細胞死を防ぐ.これらの薬物はマグネシウムイオンと同じイオンチャネル結合部位に作用する.しかし,MK-801やPCPは統合失調症様症状を引き起こし,ADの治療薬としては使用されていない.メマンチンには類似の毒性はない.また,大脳皮質でのアセチルコリン放出は起きない.メマンチンとMK-801との相違の機構はまだ解明されていないが,メマンチンはマグネシウムイオンと同様に電位依存的にイオンチャネルへ結合し,解離するためと考えられている.今後メマンチンに関する基礎的,臨床的研究が進み,機構が解明されるであろう.
著者
大島 光宏 山口 洋子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.141, no.6, pp.314-320, 2013 (Released:2013-06-10)
参考文献数
43
被引用文献数
1 1

成人の約8割が罹患しているとされる歯周病は歯肉炎と歯周炎に分けられる.歯肉炎の原因は主に細菌であり治療可能であるが,歯が抜ける歯周炎は,原因が未だ不明であり,有効な薬物治療法も確立されていないなど問題が残されている.筆者らは最近,歯肉上皮細胞と組み合わせてコラーゲンゲル三次元培養で検討した結果,重度歯周炎罹患患者の歯肉より,コラーゲンを極度に分解する「アグレッシブな線維芽細胞」を分離し,この細胞が歯周炎の原因のひとつである可能性が高いことを見出した.本稿では,この着想に至った経緯と歯周炎をコントロールできるような治療薬の探索の試みについて論述する.
著者
藏並 潤一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理學雜誌 = Folia pharmacologica Japonica (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.3, pp.109-112, 2012-03-01

GLPとはGood Laboratory Practiceの略称で,安全性に関わる非臨床試験の信頼性を確保するための基準であり,33年前に世界に先駆け米国において制定された.日本には,その後4年遅れて導入され,省令化や安全性薬理試験への適用等の変革を遂げてきた.一方,海外に目を転ずると,日本のGLP制定に先駆けOECD GLPが制定され,その後一部改正を経て現在に至っている.さらに,OECDにおけるGLP適合査察機関現地評価制度の合意を受け,GLPの国際整合が加速された.日本の医薬品GLP省令は,2008年の一部省令改正により国際整合の波に乗り,自由度が増した結果,自ら考え,自ら行動することの重要性が取り沙汰されはじめた.申請資料の信頼性の基準とGLPとのボーダレス化が進む中,我々は試験の信頼性の確保に真に必要な,「筋肉」のみを残す取り組みを始めるべきであろう.
著者
佐田 登志夫 齋藤 宏暢
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.122, no.6, pp.539-547, 2003 (Released:2003-11-20)
参考文献数
34
被引用文献数
5 12

アゼルニジピン(カルブロック®)は高血圧治療薬として新規に開発されたジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬である.本剤は,L型カルシウムチャネルを抑制することにより血管を拡張させ降圧効果を示す.自然発症高血圧ラット(SHR)にアゼルニジピンを単回経口投与すると,発現が緩徐で持続性の降圧作用が認められるが,降圧に伴う反射性頻脈の程度は同じクラスの類薬に比べ軽度であった.SHRに長期投与すると,安定した降圧作用が認められ,心拍数は軽度ではあるが低下した.イヌにおける検討から,アゼルニジピンは類薬に比べ,圧受容体反射を生じにくく,陰性変時作用が強いことが示された.SHRにおいて血漿中薬物濃度と降圧作用の関係を検討したところ,降圧作用は血漿中薬物濃度の上昇に遅延して発現し,血漿中薬物濃度が低下した後も持続することが示された.また血管壁のマイクロオートラジオグラフィーから,アゼルニジピン分子は平滑筋層に徐々に移行し,そこに長時間留まることが確認された.摘出血管標本において,アゼルニジピン添加後,カルシウム拮抗作用は緩徐に発現し,栄養液中から薬物を除去した後も長時間持続することが示された.これらのデータは本剤の作用持続性にその高い血管組織親和性が関与することを示唆する.降圧作用以外に,本剤には利尿作用,抗狭心症作用,心保護作用,腎保護作用,抗動脈硬化作用が動物モデルで観察されている.臨床試験においても,高血圧患者においてアゼルニジピンは1日1回の投与により24時間安定した降圧作用示すこと,心拍数には影響を与えないもしくは軽度低下させること,カルシウム拮抗薬に特有の頭痛,顔面紅潮,立ちくらみ,動悸などの有害作用が少ないこと,血中から薬物が消失した後も降圧作用が持続することが確認されている.これらの特徴を有するアゼルニジピンは新世代のカルシウム拮抗薬として高血圧治療のために有用である.
著者
吉田 正貴 稲留 彰人 村上 滋孝
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.121, no.5, pp.307-316, 2003 (Released:2003-04-26)
参考文献数
22
被引用文献数
8

下部尿路機能は自律神経によって制御を受け,中枢,末梢において様々な神経伝達物質によりその機能を営んでいる.近年,我々は主に脳で使用されているマイクロダイアリシス法を等尺性実験に応用することにより,神経伝達物質の回収を行い,尿路平滑筋の収縮や弛緩とそれに関与する神経伝達物質(acetylcholine: ACh, noradrenaline: NA, adenosine triphosphate: ATPおよびnitric oxide: NO)の定量と薬理学的解析を行ってきており,以下の検討結果を得た.1)尿道機能を司るアドレナリン作動神経とNO作動神経は単一で作用しているのではなく,NO作動神経から放出されるNOはアドレナリン作動神経からのNAの放出量を抑制的に調節していた.また,アドレナリン作動神経より放出されたNAはNO作動神経の神経終末に存在するα1受容体を介してNOの放出を抑制的に,α2受容体を介して促進的に調節しているものと考えられた.2)ヒト膀胱において,NO作動神経から放出されるNOは直接膀胱の弛緩作用は有さないが,コリン作動性神経に作用して,AChの放出量を減少させることにより,特に蓄尿期に膀胱の弛緩や活動性の抑制に関係しているものと考えられた.3)ヒト前立腺においては,神経型NOS活性の低下によるNO放出量の低下が,加齢や前立腺肥大症に伴う下部尿路症状を有する患者でみられ,これが前立腺尿道部のダイナミックな閉塞の一因となっている可能性が推察された.4)加齢に伴いヒト膀胱収縮におけるコリンおよびプリン作動性成分の関与は変化し,ACh放出量の低下によるコリン作動性成分の減少と,ATP放出量の増加によるプリン作動性成分の増加が示唆された.これらの変化と加齢に伴う過活動膀胱や低活動膀胱との関係が示唆された.これらの検討結果は,今後病態の解明や新しい薬剤の開発に寄与するものと考えられ,我々の研究が臨床応用に繋がることを期待している.
著者
珠玖 洋 原田 直純
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.137, no.1, pp.27-30, 2011 (Released:2011-01-10)
参考文献数
12

がんと免疫に関する研究の進展を背景に,現在がん治療のためのがんワクチンの開発が世界的に進められている.我々は,がんに対する獲得免疫におけるキラーT細胞,ヘルパーT細胞および抗原提示細胞の重要性に注目して設計した新しい多価性がんワクチン「CHPがんタンパク質ワクチン」の開発を進めている.本ワクチンはキラーT細胞とヘルパーT細胞の同時活性化を達成するために全長の抗原タンパク質を用い,抗原タンパク質の抗原提示細胞への効率的な送達とクロスプレゼンテーションを促す新規抗原デリバリーシステムCHPを取り入れている点を特徴としている.本ワクチンは臨床・非臨床・GMP製造の各ステップにおけるアカデミアと企業の協奏的な努力の末に現在,実用化を目指して国内外で治験が進められている.
著者
窪田 香織 野上 愛 高崎 浩太郎 桂林 秀太郎 三島 健一 藤原 道弘 岩崎 克典
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.143, no.3, pp.110-114, 2014
被引用文献数
1

我が国は超高齢社会を迎え,認知症患者数の増加は深刻な問題である.しかし認知症の根治的治療法は確立しておらず,患者の日常生活動作(activity of daily living:ADL)を低下させない新しい認知症治療薬が求められている.その中で,ADLを低下させずに認知症の症状を改善する漢方薬・抑肝散が脚光を浴び,主に幻覚,妄想,抑うつ,攻撃行動,徘徊などの行動・心理症状(behavioral and psychological symptoms of dementia:BPSD)に使われている.しかし,その作用機序はよく分かっていない.そこで漢方薬である抑肝散の認知症治療薬としての科学的背景を明らかにすることが必要となった.我々は,抑肝散がメタンフェタミン投与による興奮モデル動物において自発運動の異常増加を抑制すること,単独隔離ストレスによる攻撃行動,幻覚モデルとしてのDOI投与による首振り運動,不安様行動,ペントバルビタール誘発睡眠の短縮や夜間徘徊モデルの明期の行動量増加のようなBPSD様の異常行動を有意に抑制することを明らかにした.また,8方向放射状迷路課題において,認知症モデル動物の空間記憶障害を改善することを見出した.記憶保持に重要な海馬において神経細胞死の抑制やアセチルコリン遊離作用が認められ,これらの作用によって抑肝散の中核症状に対する改善効果も期待できることが示唆された.さらに,中核症状,BPSDいずれにもNGFやBDNFなどの神経栄養因子の関与が注目されているが,抑肝散には神経栄養因子様作用や神経栄養因子増加作用があることが分かり,この作用も中核症状・BPSDの改善効果に寄与するものと考えられる.以上のことから,抑肝散は,認知症患者のBPSDならびに中核症状にも有効で,さらに他の神経変性疾患や精神神経疾患の治療薬としても応用が期待できることが示唆された.
著者
小寺 淳 佐々木 隆史 大森 謙司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.126, no.2, pp.121-127, 2005 (Released:2005-10-01)
参考文献数
42
被引用文献数
7 6

環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼ(cyclic nucleotide phosphodiestease,以下PDEと略す)は,細胞内セカンドメッセンジャーである環状ヌクレオチド(cAMPおよびcGMP)を分解し,そのシグナル伝達を調節している.哺乳類ではPDEは11種類のファミリーを形成しており,その阻害薬は様々な疾病の治療に使用されている.カフェインやテオフィリンなどは100年以上も前に発見された非選択的なPDE阻害薬であり,現在でも医薬品として用いられている.この約20年間にPDEの体系的解析が進み,PDE5阻害薬やPDE3阻害薬などPDEファミリー選択的な阻害薬が開発された.これらの阻害薬はそれぞれ男性性機能障害や急性心不全などの治療薬として使用されている.またPDE4阻害薬は慢性閉塞性肺疾患や喘息の治療薬として開発され,海外では現在新薬承認申請中である.一方,遺伝子工学的アプローチにより見出されたPDE(PDE7~11)は,特異的な組織局在あるいは発現レベルが比較的低いといった理由から発見が遅れた.しかし,ユニークな組織局在のゆえに魅力的な創薬ターゲットになる可能性が期待され,各製薬会社や大学においてノックアウトマウスの解析や選択的阻害薬の研究が進められている.
著者
安藤 綾俊 山元 崇
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.142, no.2, pp.73-78, 2013 (Released:2013-08-09)
参考文献数
12

炎症性腸疾患(Inflammatory bowel disease:IBD)は,根本的な治療法が確立されていない難治性の慢性炎症疾患である.炎症性サイトカインの一種であるIL-12およびIL-23(IL-12/23)が共有するサブユニットに対するヒト化モノクローナル抗体は,生体内で産生されるIL-12/23を中和することで,IBDを対象とした臨床試験において有効性を示した.新規IBD治療薬を目指す取り組みの中で,治療標的分子としてIL-12/23に注目し,Phenotypic screeningの手法を用いて,IL-12/23産生抑制作用を有する低分子化合物APY0201を見出した.APY0201は,サイトカイン選択的な抗炎症作用を有しており,IL-12/23を抑制する一方でTNF-αなどの炎症性サイトカインを抑制しなかった.またマウスIBDモデルに対する1日1回の経口投与により,有意な腸炎抑制効果を確認した.このユニークな抗炎症作用を有するAPY0201の標的分子に興味を持ち,その同定を試みたところ,APY0201がPhosphatidylinositol 3-phosphate 5-kinase(PIKfyve)と呼ばれる脂質キナーゼの一種を阻害することを見出した.またsiRNAの細胞内導入によるPIKfyve遺伝子のノックダウンの実験から,APY0201はPIKfyveの阻害を介してIL-12/23産生阻害作用を示したことが示唆された.PIKfyveは,リン脂質であるホスホイノシチドの代謝に関わる酵素であることが知られているが,既存情報は限られており,抗炎症作用を説明する詳細な分子機序については明らかではない.今回得られた新しい抗炎症治療標的分子に関する情報は,より最適化された化合物探索手法や,IBDの病態生理に関わる分子の機序解明に繋がることが期待される.
著者
宝田 剛志
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.144, no.4, pp.178-184, 2014 (Released:2014-10-10)
参考文献数
33

多様な細胞の集団である組織においては,細胞同士が協調して機能するシステムを構築するために,細胞間連絡を媒体する情報伝達物質とそのシグナル伝達経路は,非常に重要な機能的役割を果たすと考えられる.それゆえ,細胞に対して特異的・重点的に作用する物質やシグナル経路を新たに同定することは,単に各細胞機能の制御機構の解明に止まらず,疾患の予防または病態に対する理解を深める上で重要な手がかりになると思われる.一方,関節組織の代表的疾患である,慢性関節リウマチや変形性関節症の国内での患者数はそれぞれ100 万人および1000 万人を超えると推定されており,これら疾患の克服は超高齢化社会を迎えた我が国において社会的要求度と緊急性が極めて高い課題である.近年我々は,関節組織の構成と維持を担う軟骨細胞とともに,その起源細胞である間葉系幹細胞において,細胞外シグナルの包括的な統合に伴って,転写因子群による機能制御機構(転写因子カスケード)が活性化されるとの仮説を新たに提唱した.これら一連の研究成果の進展により,各種転写カスケードを標的として,関節疾患に対する新規治療戦略の創薬展開が可能となると推察される.本稿では,著者らが同定した各種転写因子カスケードについて概説するとともに,その生理機能を「個体レベル」で解析する目的で,独自に作出したコンディショナル遺伝子欠損マウスについても併せて紹介したい.
著者
塩津 行正
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.137, no.6, pp.241-244, 2011 (Released:2011-06-10)
参考文献数
4

医薬品開発の成功確率は10,000分の1以下と低く,要する年数は10年以上である.投資する研究開発の金額は100億円超と言われており,この成功確率を高めることは重要である.この課題を解決するための1つの手法として,「トランスレーショナルリサーチ」の重要性が高まっており,研究成果の実用化,成功確率を高めるための様々な試みがなされてきている.本稿では,新規抗がん薬,特に「がん分子標的薬」の創製プロセスにおける「トランスレーショナルリサーチ」の果たす役割について概説する.
著者
木下 誉富
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.3, pp.186-190, 2007 (Released:2007-03-14)
参考文献数
4

Structure-Based Drug Design(SBDD)は,薬物を得るまでに合成すべき化合物を合理的に絞り込むことができる創薬手法であり,関連する諸技術の進歩により急速に定着してきた.具体的な手順としては,X線結晶構造解析により薬物候補化合物-標的タンパク質の結合様式を原子レベルで可視化し,その構造情報を正確に抽出して薬物設計を行っていく.著者らはアデノシンデアミナーゼのSBDD研究において,わずか2ステップで約800倍の活性を持つ阻害薬の創出に成功した.もちろんX線結晶構造解析に基づくSBDDも万能の創薬手法ではない.膜タンパク質の結晶化が困難を極めること,タンパク質の構造変化に対応できないこと,阻害薬から薬剤への過程には有効に働かないことなど問題がある.しかし,周辺の技術革新は目覚しいものがあり,万能型SBDDが完成する日がすぐそこまで来ている.
著者
富永 真琴
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.124, no.4, pp.219-227, 2004
被引用文献数
5 8

日本に暮らす私たちは1年を通して四季折々様々な温度を感じて過ごしており,さらに,約43度以上と約15度以下は温度感覚に加えて痛みをもたらすと考えられている.私たちはそれらの温度を感じ,意識的・無意識的にそれに対応して熱の喪失や産生等を行っている.外界の温度受容の場合,末梢感覚神経が温度刺激を電気信号(活動電位)に変換してその情報が中枢へと伝達されると考えられているが,温度受容に関わる分子として,哺乳類では6つのTRPチャネル;TRPV1(VR1),TRPV2(VRL-1),TRPV3,TRPV4,TRPM8(CMR1),TRPA1(ANKTM1)が知られており,それぞれに活性化温度閾値が存在する(TRPV1>43度,TRPV2>52度,TRPV3>32-39度,TRPV4>27-35度,TRPM8<25-28度,TRPA1<17度).TRPV1,TRPV4とTRPM8は,その活性化温度閾値が一定でなく変化しうる.TRPV1の活性化温度閾値は代謝型受容体との機能連関によって30度近くまで低下し,体温が活性化刺激となって痛みを惹起しうる.これらの温度感受性TRPチャネルは感覚神経に多く発現しているが,皮膚表皮細胞等ほかの部位に発現しているものもある.この6つの温度感受性TRPチャネルのうち,TRPV1,TRPV2,TRPA1は温度刺激による痛み受容にも関与していると思われる.身近でありながらほとんど明らかでなかった温度受容のメカニズムが受容体分子の発見ととも明らかになりつつある.<br>
著者
竹内 孝治 古川 修 田中 宏典 西脇 秀幸 岡部 進
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.87, no.2, pp.123-133, 1986
被引用文献数
3

elcatoninのラットの急性胃・十二指腸損傷の発生,胃液分泌,十二指腸alkali分泌,胃運動に対する効果を検討した.elcatoninは以下の実験で全て皮下投与した.elcatonin 30 unit/kgの投与により塩酸・aspirin,塩酸・ethanol胃損傷の発生を各々81.6%,49.7%(P<0.05)抑制した.水浸ストレス,indomethacin胃損傷の発生もelcatoninは用量依存的に抑制し,前者の損傷は30 unit/kgで77.6%,後者の損傷は10 unit/kgで98.7%(P<0.05)抑制された.elcatonin 30 unit/kgの2回投与はmepirizole十二指腸損傷の発生に対して抑制の傾向(32.7%)を示したが,胃損傷の発生は著明に抑制した.indomethacin·histamine十二指腸損傷の発生に対してはelcatonin 30 unit/kgは59.5%(P<0.05)の抑制を示した.胃損傷もまた抑制した.対照薬として使用した16, 16-dimethylprostaglandin E<SUB>2</SUB>(16-dmPGE<SUB>2</SUB>)は各種胃・十二指腸損傷モデルを3~30 μg/kgの経口投与で強力に抑制した.elcatonin 10および30 unit/kgは幽門結紮ラット(4時間法)での胃液量,酸およびpepsin排出量を有意に抑制した.16-dmPGE<SUB>2</SUB> 3,10,30 μg/kgの十二指腸内投与で胃液には影響を与えなかった.elcatonin 30 unit/kgは十二指腸のアルカリ分泌に影響はなかったが,16-dmPGE<SUB>2</SUB> 30 μg/kgはアルカリ分泌を亢進した.elcatoninおよび16-dmPGE<SUB>2</SUB>は胃運動を2時間有意に抑制した.以上の結果よりelcatoninは抗胃および十二指腸損傷作用を有し,その機序の一部は胃液分泌および胃運動に対する抑制作用に基くことが示された.
著者
橋本 亮太 安田 由華 大井 一高 福本 素由己 山森 英長 新谷 紀人 橋本 均 馬場 明道 武田 雅俊
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理學雜誌 = Folia pharmacologica Japonica (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.137, no.2, pp.79-82, 2011-02-01
被引用文献数
1

精神疾患によって失われる普通の健康な生活は,他のすべての疾患と比較して最も大きいことが知られており,社会的経済的な影響は重大である.精神疾患の代表である統合失調症の治療薬である抗精神病薬はその効果が偶然見出された薬剤の発展型であるが,これらを用いると20~30%の患者さんが普通の生活を送ることができるものの,40~60%が生活全体に重篤な障害をきたし,10%が最終的に自殺に至る.そこで統合失調症の病態に基づいた新たな治療薬の開発が望まれており,分子遺伝学と中間表現型を用いて,統合失調症のリスク遺伝子群を見出す研究が進められている.これらのリスク遺伝子群に基づいた治療薬の開発研究が始まっており,今後の成果が期待される.
著者
永井 拓 山田 清文 鍋島 俊隆
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 : FOLIA PHARMACOLOGICA JAPONICA (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.125, no.2, pp.71-76, 2005-02-01
被引用文献数
2 1

不安障害は全般性不安障害,パニック障害,強迫性障害,心的外傷後ストレス障害などに分類されており,それぞれの不安障害に対して有効な薬物の種類が異なっていることも知られている.したがって,不安障害における情動変化のメカニズムの解明や治療薬を開発する上で,分類された各々の不安障害に対応した動物モデルの作製が必要である.しかし,ヒトの不安や恐怖などの情動変化を動物レベルで測定することは容易ではない.神経精神薬理学的な研究において,動物に不安や恐怖状況を設定し,これらにより生じる行動変化や行動変化に対する薬物の反応性を客観的かつ定量的に評価することにより,病態を反映した妥当性の高い動物モデルの作製が試みられてきた.一方,最近の分子生物学の進歩に伴い,様々なノックアウトおよびトランスジェニックマウスが作製され,これらの遺伝子改変動物を用いて遺伝子レベルで情動性の分子機構を解明しようとする研究が盛んに行われている.本稿では,情動性の代表的な評価試験方法および不安との関連が示唆されている遺伝子改変動物について概説する.<br>