著者
川口 幹子 荒木 静也
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.147-154, 2016

:国境離島である対馬は、大陸の影響を色濃く受けた極めて独特な生態系を有している。島の9 割を占める山林は、その大部分が二次林であり、炭焼きや焼き畑といった人々の暮らしによって形成された里山環境が広がっている。一方で、信仰の力によって開発から守られてきた原生林も存在している。しかし対馬では、急速な過疎高齢化によって里山の劣化が進み、原生林においても獣害や悪質な生物採取により貴重な動植物の生息環境が破壊されている。里山を象徴する生物であるツシマヤマネコも年々数を減らし、絶滅危惧種IA 類に指定されている。そのような背景があって、対馬では、原生的な自然と里山環境とを同時に保全するための仕組みづくりが喫緊の課題であった。市民レベルでは、野焼きの復活や環境配慮型農業の導入など、ツシマヤマネコの保全を銘打ったさまざまな活動が行われている。しかし、これらの活動が継続されるためには、制度的な仕掛けが必要である。ユネスコエコパークの枠組みは、原生的な自然と里山環境とを、エコツーリズムや教育、あるいは経済的な仕組みによって保全する一助となるものであり、まさにこの目的に合致するものだった。本稿では、対馬の自然の特徴を整理したうえで、その保全活動の促進や継続に関してユネスコエコパークが果たす役割について考察したい。
著者
清水 健太郎
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.56, no.1, pp.28-43, 2006-04-25 (Released:2016-09-06)
参考文献数
72
被引用文献数
8

DNAの遺伝情報を生態学研究に活用する分野として、分子生態学が発展してきた。しかしながら、これまで使われたDNA情報としては、親子判定や系統解析のためのマーカーとしての利用が主であり、遺伝子機能の解明は焦点になっていなかった。ゲノム学の発展により、これまで生態学や進化学の中心命題の1つであった適応進化を、遺伝子機能の視点で研究しようという分野が形成されつつある。これを進化生態機能ゲノム学Evolutionary and ecological functional genomics、または短縮して進化ゲノム学Evolutionary genomicsと呼ぶ。進化ゲノム学は、生態学的表現型を司る遺伝子を単離し、DNA配列の個体間の変異を解析することにより、その遺伝子に働いた自然選択を研究する。これにより、野外で研究を行う生態学・進化学と、実験室の分子遺伝学・生化学を統合して、総合的な視点で生物の適応が調べられるようになった。本稿では、モデル植物シロイヌナズナArabidopsis thalianaの自殖性の適応進化、開花時期の地理的クライン、病原抵抗性と適応度のトレードオフなどの例を中心に、進化ゲノム学の発展と展望について述べる。
著者
清和 研二 大園 亨司
出版者
日本生態学会暫定事務局
雑誌
日本生態學會誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.61, no.3, pp.291-295, 2011-11 (Released:2012-12-03)

森林生態系における生物多様性の減少は著しいが、一方では種多様性の復元が試みられている.本来、復元のシナリオは自然群集における種多様性維持メカニズムに沿ったものでなければならない.しかし、温帯林における種多様性維持メカニズムに関する研究は、熱帯に比べ少ない.とくに、温帯では、光・水分・養分などの非生物的な無機的な環境の異質性を仮定したものが多く、生物間の相互作用が多様性を創り上げるといったパラダイムの研究は少ない.本特集では病原菌・菌根菌などの微生物や鳥類・シカ・ネズミなどと樹木との相互作用が森林の樹木群集および森林生態系全体の種多様性に大きな影響を与えることを具体的な事例から紹介する. とくに5つのキーワード(密度依存性、空間スケール、フィードバック、種特異性、生活史段階)を取り上げ、個体・個体群レベルでの相互作用から群集レベルでの種多様性維持メカニズムへのスケールアップを試みた.しかし、樹木の死亡や成長に及ぼす作用形態・重要度は個々の生物種によって大きく異なり、スケールアップは単純ではないことが示唆された.今後は、複数の生物種との相互作用を同時にかつ長期的に観察することによって種多様性の創出・維持メカニズムがより詳細に明らかになると考えられる.
著者
濱田 信夫 宮脇 博巳
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.48, no.1, pp.49-60, 1998
参考文献数
80
被引用文献数
1

Far more studies on lichens as bioindicators of air pollution have been done in Europe and North America than in Japan. It is therefore necessary to grasp the background of European scicnce in this field in order to perform these difficult studies. Such studies shoud help to clarify the comprehensive influence of many air pollutants on lichens, and recent changes in the environmental situation. Remarkable studies carried out in Europe over the last 30 years, and recent reports, including those on acid rain, are reviewed. The authors discuss how to actually perform studies of lichens in Japan, based on their investigations in and around Osaka City.
著者
入江 貴博
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.169-181, 2010-07-31

温室効果ガスに起因する地球温暖化への懸念を背景として、欧米では外温生物の温度適応に関する研究集会が近年頻繁に開催されている。決定成長の生活史を伴う分類群を対象とした研究者の間では、低い温度環境で育った外温動物が長い発育期間を経て、より大きな体サイズで成熟するという反応基準の適応的意義が古くから議論の対象となってきた。この温度反応基準は、分類群の壁を越えて広く観察されることから「温度-サイズ則」と呼ばれている。温度-サイズ則が制約の産物であって、自然淘汰の産物ではないのだという可能性は、主に昆虫を対象とした実証研究によって繰り返し否定されてきた。その一方で、この普遍的な反応基準を進化的に支える適応的意義を説明する数多くの(相互に背反しない)仮説が提唱されている。この数年で温度-サイズ則の適応的意義を説明するための理論的基礎は整いつつあり、現在はそれらの妥当性を検証するための実証研究に対する需要が高まっている。しかしながら、多くの仮説は生活史進化の分野で理論研究の一翼を担ってきた最適性モデルに基づくものであり、数式を用いた表現に慣れていない者にとっては、その論理を直感的に理解することが容易でない。従って、本稿ではまず生活史形質の温度反応基準に関する過去の研究を幅広く紹介することで、この分野での基礎となる考え方を紹介する。次に、温度-サイズ則の適応的意義を説明するために提唱されている代表的な仮説をいくつか取り上げ、可能な限りわかりやすく解説する。最後に、この問題を解決するために今後取り組まれるべき課題を述べる。
著者
高倉 耕一 松本 崇 西田 佐知子 西田 隆義
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.255-265, 2012-07-30
被引用文献数
1

種間に生じる繁殖干渉が生態学的に重要である理由は、この相互作用が種間の排除を最も強力にもたらすためである。一方で、外来生物による在来種の排除には多くの例が知られているにもかかわらず、外来種による繁殖干渉についてはほとんど研究例がなかった。西日本固有種で主に都市部での減少が注目されるカンサイタンポポを材料とした一連の研究により、野外において近縁外来種セイヨウタンポポの比率が高いほど在来種の結実率が低下すること、その直接的な要因が外来種からの種間送粉であること、その範囲が数メートルの規模におよぶこと、などが明らかになってきた。タンポポ類におけるこれらの研究は、繁殖干渉が、外来種が在来生態系に影響を及ぼす際の重要なメカニズムであることを示す一つのケーススタディになりつつある。本研究ではカンサイタンポポ個体群が衰退した要因としての繁殖干渉の重要性を更に検討するため、個体ベースのシミュレーションモデルを構築した。モデルには、既存研究で明らかにされた繁殖干渉に関わるパラメータに加え、野外において死亡率など両種の個体群動態に関わるパラメータを測定して用いた。シミュレーション解析の結果より、野外で観測される繁殖干渉の強度は1世紀程度の時間で在来種を衰退させるのに十分であること、その効果は人為的な撹乱がもたらす死亡率の増加によって増強されることなど、カンサイタンポポについて観測されてきたパターンと整合性が高いことが確かめられた。また、複数の外来種管理プログラムについて在来種個体群存続に及ぼす効果を検証し、より低コストで効果的な在来種保全手法についての提言を行った。これらの成果は、繁殖干渉の研究が在来種の衰退要因を理解する上で重要であるだけでなく、その保全においてもコストパフォーマンスに優れた対策の選択に貢献することを示している。
著者
高田 壮則
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.69-80, 2013-03-30
被引用文献数
4

炭素収支に関わる費用および利得を計算することによって、個葉の寿命の多様性について説明しようとする考え方が 1980 年代に広く唱導された。ほぼ同時代に数理生物学の分野では、「最適戦略理論」にもとづく数理モデルが数多く提唱されていた。それらの潮流の中で展開された理論的研究では、葉寿命を戦略とし、何らかの量を目的関数とした時、目的関数を最大とする最適葉寿命を求めるという最適戦略理論の枠組みを用いている。1980年代後半から登場した三つの数理モデル(「落葉樹モデル」、「光合成効率モデル」、「温度依存モデル」)は、いずれも葉一枚を光合成工場として考え、「適当」な展葉時期と落葉時期を求めようとするものである。初期に開発された「落葉樹モデル」は、落葉性樹種の展葉・落葉時期に着目し、葉の老化が初夏の春植物の登場を促す要因の一つであることを示したが、一年のなかの季節変化だけを考慮し、常緑性も含めた一般の葉寿命をカバーしたモデルではないという欠点があった。また、葉の構成コストは考慮されていなかった。それらの欠点をカバーするために登場した「光合成効率モデル」は、葉寿命が光合成速度や構成コストにどのように依存しているか、なぜ常緑性樹種が熱帯域と寒帯域の二峰性をもつかを理論的に示すことに成功したが、「落葉樹モデル」とは異なる目的関数(光合成効率)を用いているために、以前のモデルで得られた結果との比較が難しいモデルであった。その後開発された「温度依存モデル」は光合成速度の気温依存性に着目し、世界の各地域における最適葉寿命を求めているが、これも他のモデルの結果との比較に耐えうるモデルではなかった。 これらの異なる仮定および目的のもとで構築されたモデル群を俯瞰すると、いくつかの疑問が生じる。これらのモデルを統合したモデルによって、今まで得られた結果をすべて示すことはできないのだろうか。そのために設定される統一された目的関数はどのようなものであろうか。統一された目的関数によって得られた落葉性の解は、「落葉樹モデル」のそれと一致するのであろうか。ここでは、これらの数理モデル開発の歴史を詳説するとともに、理論的アプローチの整合性という視点から、それらの理論的試みが内包する問題点について明らかにした。
著者
立原 一憲 四宮 明彦 木村 清朗 今井 貞彦
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.38, no.2, pp.159-167, 1988-08-31

Observations on the development of aggressive behavior of Japanese perch, Coreoperca kawamebari, were made over a 1-year period. Newly hatched larvae aggregated at the water surface and showed no aggressive behavior. Several days after yolk sac absorption, larvae dispersed from the water surface to the substrate and began to feed and fight. Chasing and lateral displays as seen in adult fish were firstly observed at this time, and a dominance hierarchy was evident at 50 days after hatching. Dominant individuals formed their territories after 50 days and gradually enlarged them as body size increased. The behavioral ontogeny of this fish is divisible into four phases, i. e. aggregation, dispersion, developing of aggressive behavior and territorial phases, and these correspond with four different stages of growth, namely prelarva, postlarva, juvenile and young stages, respectively.
著者
鈴木 和次郎 中野 陽介 酒井 暁子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.135-146, 2016 (Released:2016-06-01)
参考文献数
13
被引用文献数
2

要旨: 福島県の西端に位置する只見町は、日本有数の豪雪地帯で一年のうち半年は雪の中にある。約74,000 ha の広大な面積の90%以上を山林原野が占め、人口はわずか4,600 人程である。第二次世界大戦後の只見川電源開発による巨大な田子倉ダムと水力発電所を持つが、特筆される産業はなく、過疎・高齢化が地域社会の衰退に拍車をかけている。そうした中で、只見町は平成の広域合併を選択せず、独自の町づくりに着手した。その指針として町民参加によって「第六次只見町振興計画」が策定され、活動のスローガンとして「自然首都・只見」宣言が採択された。それは、これまで地域振興の大きな障害と考えられてきた豪雪とブナ林に代表される自然環境を、受け入れてさらに価値を見出し、それらに育まれてきた伝統的な生活・文化・産業を守ることによって地域の発展を目指すとの内容である。只見町は、これを具体化する包括的な手段として、ユネスコMAB 計画における生物圏保存地域(Biosphere Reserve, 国内呼称:ユネスコエコパーク)を目指すことを戦略的に選択した。ユネスコエコパークでは、原生的な自然環境と生物多様性を保護しつつ、それらから得られる資源を持続可能な形で利活用し、もって地域の社会経済的な発展を目指す。只見町では、歴史的に見ると、焼畑を中心に、狩猟、採取、漁労、林業などの複合的な生業によって地域社会が成り立ってきた。こうした自然に依存した生活形態は、現在でもなお色濃くこの地域社会を特徴付けている。只見ユネスコエコパークでは、こうした伝統的な生活や地場産業を大切にし、地域の発展を模索する。また、こうした取り組みを、過疎と高齢化に直面する全国各地の山間地の自治体に発信することで、ユネスコが期待する世界モデルとしての機能を担ってゆきたい。
著者
綿貫 豊 関島 恒夫
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.31-35, 2016 (Released:2016-06-01)
参考文献数
22

要旨: 環境化学分野では環境汚染のモニタリング、影響評価、コントロールのためにこれまで数多くの研究がなされてきた。その結果、過去に排出され未だに環境中に蓄積している物質に加え、新規に開発・合成された化学物質の影響により、生態系における汚染は今現在も進行しており、野生生物に対する影響も時として甚大になることが明らかとなってきた。一方、自然界における汚染物質の挙動は、親水性などの汚染物質の性質だけでなく、汚染物質を摂取した動物の生理・行動特性や汚染物質が取り込まれた食物網や生態系によっても異なるので、その理解には生態学的視点が欠かせない。従来、環境汚染物質の影響評価は毒性試験を通した催奇形性や致死率の評価、あるいは自然界における残留蓄積量の評価に焦点があてられてきたが、生態学は個体群・群集・生態系といったより複雑な系を対象とした影響評価に貢献できるだろう。このシンポジウムではさらに、リスク削減や回避の目標を明確にした上で、モニタリングと影響評価のコストを組み込んだ現実的対応策にもとづいた「順応的管理」の考えを導入することや、汚染物質に対する感受性の種内変異を考慮した集団遺伝学的アプローチなどを取り入れることが提案された。
著者
伊藤 元己
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.253-258, 2016 (Released:2016-06-01)
参考文献数
3
被引用文献数
1
著者
林 岳彦 岩崎 雄一 藤井 芳一
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.60, no.3, pp.327-336, 2010-11-30
被引用文献数
5

欧米では「ecological risk assessment」という用語は「化学物質の生態リスク評価」のことを指すことが多い。その理由は、歴史的に「生態リスク」という概念が元々「化学物質のリスク評価」の中から誕生し発展してきたことにある。本稿ではまず前半において、「生態リスク」という概念が生まれてきた歴史的な経緯についての概説を行う。また、その歴史的な経緯から「生態リスク」という概念が帯びている「行政の意思決定に寄与する」「不確実性の存在を前提とする」「人間活動との兼ね合いを調整する過程の一端を担う」という特徴的なニュアンスについての説明を行う。本稿の後半においては、現在実務レベルで行われている「初期リスク評価」および「詳細リスク評価」の解説を行う。さらに、生態リスク評価における現状の取り組みと課題について「生態学的に妥当なリスク評価・管理へ」「漏れのないリスク評価・管理へ」「総合的なリスク評価・管理へ」という3つの観点から整理を試みる。
著者
宇梶 徳史 原 登志彦
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.57, no.1, pp.89-99, 2007-03-31

分子生物学的手法の進歩に伴い、より包括的に生物のシステム構築機構を分子レベルから明らかにすることが可能になりつつある。本稿では、筆者らがイチイ(Taxus cuspidata)を用いて行った、発現する遺伝子(Expressed-Sequence tags ; EST)の包括的解析の結果を紹大する。そして、耐凍性に加えて、冬季の光ストレスが寒冷圈に生育する樹木の生活環を制御する重要な要因であることを指摘する。これまでに、威しい冬の寒さへの適応の指標である耐凍性が、寒冷圈における樹木の生活環や地理的分布を決定する極めて重要な要因であることが生理学・生態学的アプローチによる多くの研究により報告されてきた。本研究におけるゲノミクス手法を用いた解析により、冬季のイチイの針葉では、光ストレスに対する防御遺伝子が極めて多量に発現していることが明らかとなった。またこれらの光ストレス防御遺伝子の発現は、葉緑体を持たない組織では認められなかった。これは寒冷圈における樹大の生活環制御に冬季の光ストレスが強く関わっていることを示している。本研究の結果から、筆者らは、1)光合成を行わない冬季に葉を維持すると、光ストレスから葉緑体を防御することにコストを要すること、2)落葉樹における秋の落葉は、冬季の光ストレスを回避するための適応戦略であること、を指摘したい。
著者
巌佐 庸
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.169-177, 2015

生態学における数理モデルには、多数の変数を含み多様なプロセスを表現する現実的なモデルと、本質を捉えようとして少数の変数だけを追跡する単純なモデルとがある。モデルの対象となっているシステムでは、個体の間に、種だけでなく年齢、性、場所、社会的地位、体調などさまざまな違いがあり、詳細なモデルといっても、それらのいくつかを表現し、他の違いを無視して束ねることではじめて数理モデルとして成り立つ。本稿では、多数の変数を持つ複雑モデルと、少数の変数しか持たない単純モデルがあるときに、それらの間に矛盾が無いための条件について説明した。単純モデルの少数の変数は、複雑モデルの多数の変数から計算できるとした。単純モデルの変数の将来の変化について、複雑モデルにより計算した値から計算する正しい値と単純モデルを用いて計算した値とが、すべての状況で一致する場合には、完全アグリゲーションが成立するという。両者が力学系(非線形の微分方程式システム)で与えられる場合について、必要十分条件を導いた。例として、(1)複数の競争種を束ねた場合、(2)複数の生息地をまとめた場合、(3)齢構成を単純化した場合、(4)コホートの個体数と個体重を束ねる場合、(5)捕食者被食者系で両者の比率のみに注目する場合、などを例にとり説明した。完全アグリゲーション条件は厳しすぎて多くの場合に成り立たないが、どのような状況でモデルの単純化が誤差をもたらすかについての洞察が得られた。次に、単純モデルによる予測の誤差を最小にする最良アグリゲーションを議論した。モデルを短期的予測に使う場合と長期予測に使う場合で最良の単純モデルが異なることがわかった。
著者
鶴井 香織 高橋 佑磨 森本 元
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.33-37, 2015-03-30

クラインとは、連続した生息地において量的形質や対立遺伝子頻度が示す空間的に滑らかな地理的変化をさし、測定可能な変異の勾配として観察される。クラインは、古くから数多くの生物において報告されてきた身近で関心の高い現象である。生態学や進化学では、注目している形質が示すクラインを利用し、その変異の時空間的変化を調べることで形質の適応進化の因果やプロセスを明らかにしてきた。ベルクマンの法則の発見をはじめとする種間・種内で認められる形質の地理的変異に関する数々の研究成果は、クラインの重要性を象徴している。しかし、数多くのクライン研究成果の基礎をなす「クラインそのものに対する理解」はいまだ混沌としており、クライン研究は脆弱な基盤によった砂上の楼閣といえる。その背景には、クラインを形成する「測定可能な性質」が異なるクラインに対する認識および解釈の混乱などが挙げられる。本稿では、クライン研究の体系的枠組み構築のため「質的クライン」と「量的クライン」という分類方法を提案する。
著者
箱山 洋
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.197-202, 2015-07-30

特集:生態学におけるモデル選択の総括として、3つの論点を議論した。第一に、予測において問題とする自然現象(確率変数)を明確にすることの重要性について論じた。第二に、自然の構造の科学的証拠を得るためのモデル選択の規準を論じた。サンプルサイズが小さい場合、AICは真のモデルの構造から遠いモデルを選ぶ傾向があり、科学的証拠としては弱点がある。近似による不一致は、サンプルサイズによらない真の分布と近似分布の乖離であることから、その推定量を科学的証拠のための規準として提案した。第三に、豊かなモデル構築の方法論と適切なモデル選択の規準が、データから有益な情報を引き出すことを、まとめとして論じた。
著者
箱山 洋
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.157-167, 2015-07-30

データにモデルを当てはめるとは、観察した自然現象を確率変数で表現し、その確率分布を推定することである。頻度論的な立場からは、自然、もしくは、そのメカニズムを確率モデルとして正しく表現した「真のモデル」が、データを発生させたと考える。未知の真のモデルの確率分布をデータと近似モデルから精度よく推定できれば、結果としてよい予測につながる。本質的に、近似モデルのパラメータ数とデータに含まれる情報量が、確率分布の推定精度を決定する。また、一般に利用できるデータの量は限られている。したがって、与えられたデータに対してパラメータ数の異なる複数のモデルを用意し、最善のモデルを選択すること、すなわち、モデル選択が一つの統計学的な問題となる。ここでは、このようなモデル選択と予測に関する基本的な考え方を、ヒストグラム・モデル、線形回帰モデルを例としながら説明する。
著者
朝日 稔
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.39-42, 1957-05-31

1. The cage used in the present study is a rectangular parallelopiped from, about 250cm×90cm at the base, and 850cm in height. 11 perches of tree branches are set in the cage, and the cage is divided into 9 sections (Fig.1). The names and numbers of the birds are shown in Table 1. Observations were made from Sept.27 to Oct.27,1956,in two periods separated by the transpositions of perches on Oct.10. 2. Interspecific antagonism is found in peckings and avnidances. Their frequencies are shown in Tables 2 and 3,which suggest the existence of the linear dominance-order among species. 3. The vertical distribution of each species observed in the cage is summarized in Fig.2. Apparently the individuals of Psittaciformes are found in the upper region of the cage (Sect.5-Sect.9), the individuals of Columbiformes in the lower (Sect.1), and the individuals of Passerlfomes in the middle. This segregation is probably derived from the differences of the life-forms of each Order. In the same Order, there are two types of interspecific distributions : the separating type, for example, Psittacus eyanocephala and Melopsittacus undulatus observed in the latter period, and the overlapping type, for example, Agapornis roseicollis and A. lilianae. Further observations reveal that the individuais of each species make species-flocks even in the overlapping type and they often exchange the perches (see Fig.3.) The principle of "habitat-segregation", proposed by K.IMANISHI (1941), is thus realized at all times. Only Taeniopygia castanotis and Uroloncha striata often make hetero-specific flocks together.
著者
岸 茂樹
出版者
日本生態学会暫定事務局
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.61-64, 2015-03

アレンの法則とは、恒温動物の種内および近縁種間において高緯度ほど体の突出部が小さくなる傾向をいう。アレンは北アメリカのノウサギ属を例にこの仮説を提唱した。しかしこの例を含めてアレンの法則は検証例が少ない。そこで本研究ではアレンの法則が書かれた原典からノウサギ属Lepusのデータを抜き出しアレンの法則がみられるか検証した。その結果、相対耳長と緯度には有意な相関はみられなかった。相対後脚長、および体長と緯度には正の相関がみられた。したがって、アレンが記録した北アメリカのノウサギ属にはアレンの法則はみられず、むしろベルクマンの法則がみられることがわかった。相対耳長と緯度に負の相関がみられなかった主な原因は、低緯度地域にも耳の短い種が生息することである。耳の長さには緯度以外にも生活様式や生息場所が大きく影響するためと考えられる。