著者
村井(羽田野) 麻理 櫻井 淳子 桑形 恒男
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.43-54, 2009-03-30 (Released:2016-10-08)
参考文献数
60
被引用文献数
2

植物は、土壌中から多量の水分を根の表面で吸収し、維管束を経由してその一部を成長や各種成分の輸送に利用しつつ、大部分を葉の気孔から蒸散させている。地下部から地上部へ向かう水の流れは大気からの蒸散要求によって駆動されているが、流れの速さは気孔開度または植物体内の水透過性によって大きく変化する。アクアポリンの発見を契機に、植物体内の水透過性が地上部または地下部の条件に応じてダイナミックに変化することが再認識されており、特に根の水透過性の変化とアクアポリンとの関係については、多くの知見が集積しつつある。そこで本稿では、(1)根の水透過性を変動させる様々な要因、(2)根の水透過性の変化が地上部に及ぼす影響、(3)根内部の水経路、(4)細胞レベルでの水透過、(5)アクアポリン、(6)根での水吸収に必要なコストなどについて、地上部と地下部の結びつきを意識しながらこれまでに得られている知見を紹介したい。
著者
豊田 光世
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.247-255, 2017 (Released:2017-08-03)
参考文献数
13
被引用文献数
1

自然環境の保全を進めるうえで、多様な主体の参加と協働とはいかなる意味をもち、それらを支える合意形成とはどうあるべきなのだろうか。本稿では、新潟県佐渡市で進めてきた三つの事例を比較しながら、地域協働の保全活動推進に向けた合意形成のあり方を考察する。合意形成は、異なる意見を統合し、対立を克服するプロセスである。対立の可能性を検討するコンフリクトアセスメントから始まり、話し合いの実践、合意の形成、合意事項の実践と進む。それぞれの段階において、あるいは現場の状況に応じて、考慮すべきことが変化する。特に、「参加」というものをどのように理解するかということが、合意形成の質に大きく影響する。本稿では、市民参加の異なる捉え方を踏まえ、話し合いの場のデザインやプロセス設計の具体的考慮点と工夫を事例から分析し、協働という深い参加を実現するための合意形成に必要な視点を示す。
著者
八木 光晴 福森 香代子 小山 耕平 森 茂太 及川 信
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.103-112, 2013-03-30 (Released:2017-04-28)
参考文献数
97
被引用文献数
5

生物の個体当たりのエネルギー代謝速度と個体サイズ(体サイズ)の関係(代謝スケーリング:metabolic scaling)を探る研究の歴史は古く、生理学、生態学、農学、水産学や薬理学など様々な学問の基礎をなしてきた。代謝スケーリング関係には、異なる体サイズを示す種の集団(代謝速度の系統発生)を対象とする場合と、ある種における様々な体サイズからなる個体の集団(代謝速度の個体発生)を対象とする場合とがある。過去の研究の多くは、哺乳類や鳥類などの代謝速度の系統発生を対象としてきており、代謝速度の個体発生は無視されるか、代謝速度の系統発生と同じであるかのように曖昧に扱われてきた。その一方で、代謝速度の系統発生と代謝速度の個体発生の生物学的な意味は明確に異なっており、両者は厳密に区別されるべきとの指摘もなされてきている。そこで本論では、代謝速度の系統発生と個体発生の違いの整理を試みる。さらに、代謝速度の個体発生が、これまで生態学において重視されてきた「食う-食われるの関係」をはじめとする生物間相互作用と密接に関係し合っていることの実証例を紹介し、今後の研究の方向性について議論する。
著者
伊藤 寿茂 丸山 隆
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.54, no.2, pp.85-94, 2004-08-25 (Released:2017-05-26)
参考文献数
50
被引用文献数
3

Seasonal and diel flow patterns of glochidia of the freshwater unionid mussel Pronodularia japanensis in a paddy field ditch were investigated by using drift nets (5×20cm frame, 0.113mm mesh). The glochidia were collected from May to September, maximally in July, mainly during the daytime and equally at both the surface and bottom layers of the study ditch. The flow distance was estimated to be less than about 180m. Dead glochidial shells were collected until October, equally during the day and night. Consequently, the use of drift nets was found to be valuable for investigating the flow patterns and spawning seasons of Pronodularia japanensis glochidia.
著者
塩寺 さとみ 伊藤 雅之 甲山 治
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.70, no.1, pp.15-29, 2020 (Released:2020-05-21)
参考文献数
124

熱帯泥炭湿地林は東南アジア、中南米、アフリカの低緯度地域にみられる森林である。その内訳はインドネシアでもっとも多く、全体の47%を占める。定期的、もしくは季節的な冠水によって落葉落枝の分解が抑制されることにより、林床に厚く泥炭と呼ばれる未分解の有機物が蓄積されており、貧栄養かつ低pHという特徴で知られている。泥炭湿地林には固有種や希少種が多くみられると同時に、その過酷な環境に適応した特殊な構造や機能を持つ植物が多くみられる。また、種組成や種特性は泥炭の深さやピートドーム内の場所によって大きく異なる。泥炭は15 mの深さに達することもあるため、泥炭湿地林は巨大な炭素と水の貯蔵庫という意味でもこれまで重要な役割を果たしてきた。このように、泥炭湿地林は、気候条件・水文環境や、泥炭、水、植生のあいだの微妙なバランスの下、長い年月をかけて成立し維持されてきた。人為的な撹乱がこのバランスに与える影響は著しく、その意味で泥炭湿地林は他の生態系よりも脆弱であるといえる。 泥炭湿地林の環境は農業や様々な土地利用には不向きであるため、これまで長年の間、開発の手を免れてきた。しかし、東南アジア地域では、1980年代頃より泥炭湿地林の排水をともなう大規模な農地開発等により急速にその面積の減少や森林の劣化が進み、正常な生態系機能は急速に失われつつある。泥炭湿地林の排水によって開発が行われる際には、これまで維持されてきたバランスが大きくくずれ、泥炭の分解や地中火、人為火災延焼による大気中への温室効果ガスの放出やこれに付随する地盤沈下が生じる。さらに火災による煙害は地域社会のみならず近隣諸国にも影響を与える国際的な環境問題となっている。大規模な排水、および火災の被害を受けた泥炭湿地林ではその回復は非常に難しい。さらにインドネシアでは、土地開発と経済発展、土地所有権や移民問題など様々な問題が複雑に絡み合う状況が泥炭湿地林の保全や回復を一層困難にしている。そこで本稿では、東南アジア地域の熱帯泥炭湿地林に焦点を当て、人為的撹乱が泥炭湿地林に与える影響とその回復の可能性、そして泥炭湿地林の将来について議論する。
著者
宮竹 貴久
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.56, no.1, pp.10-24, 2006-04-25 (Released:2016-09-06)
参考文献数
114
被引用文献数
1

花の開花、珊瑚の配偶子放出、昆虫の交尾など、生殖活動を行うタイミングが決まっている生物は多い。集団間で繁殖するタイミングがずれると生殖隔離が生じる。本論では、生殖隔離において生物の時間的な側面がどのように関わっているのかについて議論する。多くの生物の行動や生理的な反応は、一定間隔で生じる事象、すなわちリズムを伴って生じる。生物リズムは、約1日に近い周期の長さを持つサーカディアンリズム、それよりも長いインフラディアンリズム(>24h)、それよりも短いウルトラディアンリズム(<24h)の3つに分けられる。野外で生殖隔離に生物の時間現象が関わっているとされる事例についてこの3つのリズムの分類に沿って紹介する。次に、近年急速にその理解が進んだ体内時計を司る分子遺伝的機構と異時的な生殖隔離(Allochronic reproductive isolation)の関わりに着目して研究されたショウジョウバエとミバエの研究事例を紹介する。とくに時計遺伝子の多面発現効果が、交尾時刻の変化を介した生殖隔離を引き起こしうる可能性についてウリミバエを用いたモデル研究について解説する。最後に、アロクロニックな生殖隔離の研究における今後の問題点について議論する。時計遺伝子と種分化の関係という新しい研究領域が開かれつつある。
著者
北野 潤
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.69, no.3, pp.193-195, 2019 (Released:2019-12-24)
参考文献数
17

ゲノム解析技術、及び、ゲノム編集技術が急速に進展してきたことから野生生物の種分化ゲノム解析はますます容易になりつつあり、現在は、遺伝学と生態学を融合することが可能な時代と言える。本コメントペーパーでは、特集号であまりカバーされていないゲノム内コンフリクトの種分化における役割について紹介するとともに、今後どのような研究が可能となるかについて、一つの考察をしてみたい。
著者
深澤 遊 九石 太樹 清和 研二
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.239-249, 2013-07-30 (Released:2017-04-28)
参考文献数
63
被引用文献数
2

土壌中の菌根菌群集は地上部の植生に重要な影響を与える。森林を構成する各種植物の多くは外生菌根(ECM)菌かアーバスキュラー菌根(AM)菌と菌根を形成するが、これら2つの菌根タイプはおのおの宿主範囲が異なる。このため、樹種の異なる森林の境界あるいは森林と他の植生との境界では、土壌中の菌根菌群集も異なり、これが両植生間での実生更新の違いをもたらすことが予想される。本稿では、代表的な森林の境界として、森林と草地の境界、森林と森林の境界、森林と皆伐地の境界の3つを取り上げ、森林の境界で起こっている植生動態、特に樹木実生の更新において、地下の菌根菌群集が与える影響について、実証的な報告をレビューする。森林と草地の境界では、草本の大部分がAM性であるため、隣接する森林の樹種がECM性かAM性かによって、森林由来の樹木実生の定着に及ぼす菌根菌の影響は異なっていた。ECM性の樹種の場合、実生への菌根菌の定着率や多様性は森林に近いほど高く、実生の生存・生長も良かった。一方AM性の樹種の場合、森林から離れても実生の菌根菌定着率は低くならないが、菌根菌の種組成は変化し、それが実生の生長に与える影響は樹種により異なっていた。森林と森林の境界では、ECM性の樹種とAM性の樹種がそれぞれ優占する森林同士が隣接している場合、実生と異なる菌根タイプを持つ樹種が優占する森林で更新しにくいことが示唆された。森林と皆伐地の境界では、森林から離れても実生の菌根菌定着率は変わらず種組成が変化するが、皆伐地に適応した菌種が定着するため実生の生長はむしろ森林内よりも良いことが、主にECM性の樹種による研究から明らかになっている。全体的な傾向として、境界から10m前後離れると地下の菌根菌群集が急激に変化していた。これは樹木の根圏に樹種特異的な菌根タイプが保持され、実生への重要な感染源となることを示唆している。ただし、詳細な調査がなされた樹種は少なく、今後さらに多くの樹種で一般性を検証していく必要がある。特に、AM性の樹種で研究例が少ない。マツ科のECM性樹種を主要な造林樹種としている欧米と異なりAM性のスギ・ヒノキが主要な造林樹種である我が国の人工林の適切な管理のためには、AM性の樹種を対象とした更なる研究の進展が望まれる。
著者
肥後 睦輝
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.44, no.2, pp.141-150, 1994-08-20 (Released:2017-05-24)
参考文献数
30
被引用文献数
2

The size frequency distribution, the proportion of non-flowering stems, the sex ratio and the number of stems in each individual were investigated in three populations of Eurya japonica. Plants of each population, Plot-K, Plot-B, Plot-A, grew in a Castanopsis cuspidatadominated stand, a Pinus densiflora-dominated stand and a Quercus serrata-dominated stand with a canopy gap, respectively. The light condition for the growth of E. japonica seemed to be the most favorable in Plot-A, because of a canopy gap (400m^2 in area) and the highest proportion of deciduous broad-leaved tree species in the canopy and subcanopy layers. The proportion of non-flowering stems was lowest in Plot-A (19.7%). Sex ratios were 1 : 1 in all three populations. The male stem ratio was lowest in Plot-A (43.8%), but a significant difference in the male stem ratio was detected only between Plot-A and Plot-K (53.6%). For all populations there were significant differences in the size frequency distribution between flowering stems and non-flowering stems, and the mean size of non-flowering stems was smaller than that of flowering stems. There were no differences in the size frequency distribution between male and female stems. Although male stem ratios tended to increase with increasing DBH in all populations, there was a significant positive correlation between the male stem ratio and DBH only in Plot-K under the most unfavorable light condition. The proportion of the number of individuals with a single stem to the total number of stems (SS ratio) was significantly highest in Plot-A. However, there were no intersexual differences in SS ratios among all the populations. These results suggest that light condition may affect the flowering, vegetative growth and male stem ratio in E. japonica populations.
著者
濱田 信夫 宮脇 博巳
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.48, no.1, pp.49-60, 1998-04-25 (Released:2017-05-25)
参考文献数
80
被引用文献数
1

Far more studies on lichens as bioindicators of air pollution have been done in Europe and North America than in Japan. It is therefore necessary to grasp the background of European scicnce in this field in order to perform these difficult studies. Such studies shoud help to clarify the comprehensive influence of many air pollutants on lichens, and recent changes in the environmental situation. Remarkable studies carried out in Europe over the last 30 years, and recent reports, including those on acid rain, are reviewed. The authors discuss how to actually perform studies of lichens in Japan, based on their investigations in and around Osaka City.
著者
長池 卓男
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.35-54, 2002-04-30 (Released:2017-05-25)
参考文献数
265
被引用文献数
2

To examine ecologically sustainable forest management, studies of the effects of forest management on plant species diversity were reviewed. For ecologically sustainable forest management, the harvesting methods must mimic the natural disturbance regime of the corresponding forest type. Clear cutting affects plant species diversity more than partial cutting methods (e.g., shelterwood logging and selection logging), and since forest management eliminates coarse woody debris and snags from stands, this greatly influences any species that favor such a habitat. The distance between patches in a fragmented landscape is an important factor for seed dispersal and establishment in each patch. In addition to using the species diversity index, and indicator, umbrella, and keystone species to evaluate the effects of forest management on plant species diversity, plant functional types and stand structural variables have been proposed. Basic and applied research (e.g., population ecology, landscape ecology, and conservation ecology) is required to achieve ecologically sustainable forest management that conserves natural ecological processes.
著者
上野 裕介 増澤 直 曽根 直幸
出版者
日本生態学会暫定事務局
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.229-237, 2017

生物多様性に関する行政施策は、転換期を迎えている。その最大の特徴は、生物多様性の保全や向上を通過点ととらえ、豊かな社会の実現をゴールに据えている点である。本論説では、地方自治体が策定する生物多様性地域戦略を軸に、生物多様性を活かした地域づくりに関して地方自治体が策定する計画や政策の現状と可能性を紹介する。その上で、生態学者と行政(環境部局と他部局)、民間、地域社会の連携による経済・社会と生物多様性の統合化に向け、生態学者はどのような点で期待され、社会に貢献できるのかを考える。
著者
髙橋 文 田中 健太郎
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.69, no.3, pp.183-190, 2019 (Released:2019-12-24)
参考文献数
69

生殖的隔離機構が生じる遺伝的メカニズムについては、Bateson-Dobzhansky-Mullerモデルで示されたように遺伝的要素間の不適合に起因することが古くから概念化されている。モデル生物であるキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)やその近縁種を用いた研究では、交尾後に生じる不適合性に関与する遺伝子が複数同定されている。また、外部生殖器形態の種間差のような量的形質についても原因となる遺伝領域に迫るツールを駆使することができる。このような不適合性の生起には、自然選択が関与している場合としていない場合があるが、交尾後の生殖的隔離に寄与する遺伝子が同定されたケースの多くで、アミノ酸の置換速度が速いなど、正の自然選択が関与した痕跡が見られる。特にショウジョウバエでは速い進化の原因として、ゲノム内コンフリクトから生じる強い正の自然選択の関与が多く報告されているが、環境適応による自然選択が不適合性の生起に関与するケースがもう少し見つかってもよいのではないか、またそれを明らかにするためにモデル生物を用いる利点や難点は何か、今後の展望について考察する。