著者
古川 泰人
出版者
日本生態学会和文誌編集委員会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.229-236, 2016-03-30

近年、国内外の様々な行政機関や科学技術分野などを中心に、科学が社会から充分な信頼を得ることなどを目的とした「オープンサイエンス」に対する機運が高まっている(Reichman et al. 2011)。しかし、日本の生物多様性情報を含む生態学研究分野においては、地球規模生物多様性情報機構(Global Biodiversity Information Facility: GBIF)などを軸とした情報発信は動き出しつつあるものの(大澤ほか 2014)、オ ープンサイエンス化に関する状況は十分に周知されているとは言いがたく、世界的動向をふまえ、これらへの対応が急増することが見込まれる。そこで本稿では、2015年3 月に開催された日本生態学会第62 回全国大会自由集会「オープンデータと生態学」での情報交換や議論をもとに、本稿執筆時の状況をふまえ、オープンサイエンスに関する課題の抽出と、今後の指針になりうる参考情報について集積と整理を行う。
著者
久保 拓弥
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.59, no.2, pp.187-196, 2009-07-31 (Released:2017-04-20)
参考文献数
19
被引用文献数
6

観測データの背後にある生態学的なプロセスを特定するときに、データの空間構造に由来する空間的自己相関(空間相関)のある「場所差」はとりあつかいの難しい「ノイズ」である。空間相関のある「場所差」はrandom effectsとして統計モデルの中で表現するのがよい。近年よく使われているGLMMなど簡単な階層ベイズモデルでは空間相関のあるrandom effectsをうまくあつかえない。そこで空間相関をうまく表現できるintrinsic Gaussian CAR modelの概要を説明し、単純化した架空データから得られる推定結果を示す。また階層ベイズモデルが威力を発揮する、欠測のある観測データが与えられた状況での推定結果も示した。
著者
陶山 佳久 鈴木 準一郎 蒔田 明史
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.97-106, 2010-03-31 (Released:2017-04-20)
参考文献数
27
被引用文献数
2

近年のDNA分析技術の発展を背景としたジェネット識別データ等の蓄積により、タケ・ササ類の一斉開花に関する新たな視点が加わり、関連する議論を整理する必要があると考えられた。そこで本稿では、タケ・ササ類の一斉開花に関して、いくつかの用語の定義と仮説の提唱を行った。まず一斉開花の概念を整理し、開花の個体性と規模を明確に分けて表現することとし、「同調開花」、「単独開花」、「広域開花」および「小規模開花」という用語の使用を提唱した。次に、ジェネット混在型の空間分布構造が、タケ・ササ類の一斉開花性を強化する要因の一つになりうることを指摘し、「ジェネット混在型競争回避仮説」として提唱した。また、典型的な一回繁殖・一斉開花性には合致しない現象として「再開花」、「開花後生残稈」、「再生稈」、「小規模開花」、「一斉前小規模開花」および「一斉後小規模開花」に注目し、これらが一回繁殖・一斉開花性のリスク回避(保険)システムとして機能しうることを指摘した。最後に、個体群内に生じる可能性のある長周期開花性の突然変異は、長寿命クローナル植物のジェネット混在型高密度優占個体群において固定されやすいことを説明し、長期待機型一斉開花性の進化メカニズムの一つとして考えられることを提案した。
著者
小島 渉
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.72, no.2, pp.147, 2022 (Released:2022-10-22)
参考文献数
41
被引用文献数
1

コガネムシ上科には、オスが角や発達した大顎などの武器形質を頭部に持つ種が多く存在する。それらの中には長い前脚を持つ種が多く含まれる。このことから、頭部の武器と前脚は機能的に関連していることが推測されるが、二つの形質の機能に同時に着目した研究は少ない。本稿では、オスが1対の角と長い前脚という二つの誇張化形質を持つワリックツノハナムグリにおいて、オス間闘争におけるこれらの形質の機能について解説する。本種はタケの仲間の新芽に集まり、吸汁、配偶を行う。オスは交尾後にメスにマウントし、配偶者防衛を行うが、餌場での性比がオスに偏っており、防衛オスと単独オスとの間で頻繁に闘争が起こる。闘争行動を分析した結果、前脚は闘争の初期における儀式的行動で、角は闘争がエスカレートしたときの直接的な闘争でおもに使われることがわかった。また、大きな武器(あるいは大きな体)を持つオスほど、配偶者防衛、あるいは配偶者の乗っ取りに成功しやすかった。形態のアロメトリーの解析結果からも、角と前脚が性淘汰の産物であるという仮説が支持された。さらに、長い前脚が枝の上を歩く際に歩行速度を低下させるかを調べたが、体に対する前脚の長さと歩行速度の間に関係は見られなかった。相対的な前脚の長さは、相対的な中脚や後脚の長さと正の相関を示したことから、長い前脚を持つ個体は同時に長い中脚や後脚を持つことで、歩行の安定性を維持している可能性がある。
著者
河村 功一 片山 雅人 三宅 琢也 大前 吉広 原田 泰志 加納 義彦 井口 恵一朗
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.59, no.2, pp.131-143, 2009-07-31 (Released:2017-04-20)
参考文献数
81
被引用文献数
9

近縁外来種と在来種の交雑は外来種問題の一つであるだけでなく、希少種問題の一つでもある。この問題は決して異種間に限られたものではなく、在来個体群の絶滅という観点から見れば、近縁種から同種の地域個体群にまで渡る幅広い分類学的カテゴリーに該当するものである。近縁外来種と在来種の交雑は遺伝子浸透の程度と在来種の絶滅の有無により、I)遺伝子浸透を伴わない在来種の絶滅、II)遺伝子浸透はあるものの在来種は存続、III)遺伝子浸透により在来種は絶滅の3つに分類される。この中で在来種の絶滅を生じるのはIとIIIの交雑であるが、いずれも交雑の方向性の存在が重要視されている。本稿ではタイリクバラタナゴとニッポンバラタナゴの交雑を材料に、IIIの交雑における在来亜種の絶滅と遺伝子浸透のメカニズムについて調べた研究を紹介する。野外調査と飼育実験により、交雑による個体群の遺伝的特徴の変化、配偶行動における交雑の方向性の有無、遺伝子型の違いによる適応度の違いの3点について調べたところ、1)交雑個体の適応度は在来亜種より高いが雑種強勢は存在しない、2)繁殖行動において亜種間である程度の交配前隔離が存在、3)在来亜種の絶滅は交雑だけでなく、適応度において交雑個体と外来亜種に劣る事により生じる、4)遺伝子浸透は在来亜種の絶滅後も継続する、の4点が明らかとなった。これらの事から外来亜種の侵入による在来亜種の絶滅は、外来亜種の繁殖率の高さに加え、交雑個体における妊性の存在と適応度の高さが主な要因である事がわかった。ここで特記すべき点として、交雑の方向性の決定様式と遺伝子浸透の持続性が挙げられる。すなわち、バラタナゴ2亜種における交雑は個体数の偏りによる外来亜種における同系交配の障害により生じるが、交雑の方向性は従来言われてきた様な亜種間での雌雄の交配頻度の違いではなく、雑種と外来亜種の間の戻し交雑により生じ、この戻し交雑が遺伝子浸透を持続させる可能性が高い事である。今後の課題としては、野外個体群におけるミトコンドリアDNAの完全な置換といった遺伝子間での浸透様式の違いの解明が挙げられる。この問題の解明に当たっては進化モデルをベースとしたシミュレーションと飼育実験により、ゲノムレベルで適応度が遺伝子浸透に与える影響を考察する必要がある。
著者
近藤 倫生
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.55, no.2, pp.249-261, 2005-08-31 (Released:2017-05-27)
参考文献数
79
被引用文献数
1

食物綱とは生物群集内の捕食・被食関係を描いたグラフである。個体群動態は直接・間接の種間相互作用の影響を受けるが、捕食・被食関係を通じた相互作用の生じ方は食物網の構造に依存する。したがって、食物綱構造は個体群動態を理解するうえでの鍵となる。これまで、食物網の複雑性(種数、結合度)と安定性の間の関係について多くの研究がなされてきたが、数理モデルを用いた理論研究ではしばしば食物網の複雑性が高くなると安定性が低下するとの予測がなされてきた。その後、現実の食物網の特徴や現実的な仮定を組み込むことによって、複雑な食物綱が安定に存続しうることが理論的に示されてきた。しかし、これらの研究の多くは「食物綱の構造は固定的で変化しない」という生物の根本的な特徴を無視した仮定にとらわれてきた。生物の最も重要な特徴のひとつは、表現型可塑性や進化のためにその行動や形態が適応的に変化するということだ。捕食行動や対捕食者防御行動が適応的に変化する場合、食物網を構成する捕食・被食関係のリンクもやはり時とともに変化しうる柔軟なものとして捉えなくてはならない。このような適応のひとつである適応的餌選択とそれに由来する食物網の柔軟性を考慮すると、食物網・生物多様性の維持に関してこれまでとはまったく異なる理論予測が導かれる。第一に、複雑性-安定性関係が正になりうる。第二に、食物網の結合度と安定性の間の関係が時間スケールと結合度の差を生み出すメカニズムに依存するようになる。第三に、生物の適応が生物間の相互作用の歴史の結果にできたものであることから、歴史こそが群集を安定化する鍵になっていると考えることができる。食物網の柔軟性が個体群動態におおきな影響を与えうることが多くの研究によって示唆されてはいるが、それを確かめるのは容易ではない。なぜなら食物綱の時とともに変動する詳細な構造を調べ上げることは簡単ではないからだ。工夫を凝らした実証研究によってこれらの理論予測をテストしていくことが今後の課題であろう。
著者
森下 正明
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.71-79, 1954-07-31 (Released:2017-04-07)

1. The relations between the population densities and the rates of dispersion in the experimental populations of the ant-lion and some other insects were examined. 2. For the observation of dispersion of the ant-lion, soil was spread uniformly on the floor, covering the area of 120cm×120cm with the thickness of 2cm on which the individuals were liberated. 3. Two types of behavior of the ant-lion on the experimental field were seen ; one is the normal type, the individuals of which usually make their pits at short distances from the released point when the population density is low, and the other the "unstable" type, in which the individual pit-formation takes place after migration over long distances even in low density. A remarkable increase in the number of unstable individuals was seen when food was not supplied for two or more weeks. 4. When the normal individuals are released in the centre of the field, the rate of dispersion increases with the increase of initial number of individuals. The following equation which relation agrees well with the empirical data : [numerical formula] where y is the number of individuals found in the area S, and N the individuals introduced initially, while b and c are constants. 5. To indicate the degree of population pressure which accelerates the dispersion, an index P was proposed, which is calculated by [numerical formula] 6. Using the data obtained by KONO (1952) with the rice-weevil (Calandra oryzae) and by WATANABE et al. (1952) with the azuki-bean weevil (Callosobruchus chinensis), the change of the dispersion rate with the elapse of time was examined. As the result, it was found that this change is related to the change of the value of c in the equation (1), the relation being as : [numerical formula] where t is the time, and u, v are constants. Thus, the equation of the "density-time-area dispersion curve" is given as : [numerical formula] 7. The change of dispersion rate when the dispersion is disturbed by a barrier was also studied experimentally using the ant-lion. The result showed that the decrease of dispersion rate caused by the barrier is expressed by the increase of the value of c when t→∞. Thus, the degree of barrier effect to the spatial distribution can be represented by the index α, the value of which is given by [numerical formula] where u_1 is the value of u when the barrier exists, and u_0 is the value when no barrier exists. Similarly, the degree of barrier effect to the velocity of dispersion may be represented by the index β, the value of which is given by [numerical formula] 8. By comparing the values of P of three species of insect, it was shown that, the population pressure in unit area is largest in the ant-lion, and smallest in the rice-weevil, while it is intermediate in the azuki-bean weevil, when the population densities are equal to one another.
著者
吉田 誠 阿部 貴晃 菊地 デイル万次郎 木下 千尋 中村 乙水
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.95, 2022 (Released:2022-04-11)
参考文献数
106

飛翔および遊泳する動物にとって、移動時のエネルギーコストを低く抑えることは重要である。移動コストは、ある地点から別地点に到達するまでに必要な運動コストと、移動中に体内の恒常性維持のため消費される代謝コストからなる。代謝コストは移動時間に比例して増加するため、運動コストと代謝コストの間には移動時間を介したトレードオフが生じる。温度環境に応じて代謝コストが変動する外温動物の場合、自身の適温範囲外に滞在できる時間は限られ、こうした制約(体内と体外における環境差)も動物の移動範囲を規定する要因となる。近年、バイオロギングやバイオメカニクス分野の発展により、野外で暮らす動物の移動コストが、動物自身の形態や移動様式により巧妙に低減されている様子がわかってきた。多くの水生動物に見られる抵抗の少ない形状や、流体中における特徴的な移動方法は、個体が移動する際に生じる抵抗を抑え、運動コストを低減する。野外で観察される様々な動物の移動パターンは、運動コストと代謝コストの和(cost of transport)を最少化するような理論的予測とよく一致する。本稿ならびに本特集で紹介してきた、エネルギーコストを指標として、動物の行動を捉え直す試みは、動物の形態や、様々な時空間スケールで繰り広げられる個体の移動様式を統一的に理解し、変わりゆく環境下に置かれる動物個体群の将来を予測する有用なアプローチとなるだろう。
著者
池田 浩明
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.70, no.3, pp.243, 2020 (Released:2020-12-24)
参考文献数
25
被引用文献数
1

農業による生物多様性の損失を低減させるためには、生物多様性に配慮した農業を普及させる必要がある。この普及のためには、環境に配慮した農業の取り組みによる生物多様性の保全効果を定量的に評価する手法を開発し、農地における生物多様性の「見える化」を図ることが有効である。これを受けて2012年に、農業に有用な指標生物(天敵など)を用いた生物多様性の評価手法を構築した。しかし、この手法は、指標生物がクモ類、昆虫類、カエル類で構成され、その訴求力や評価の簡易さの部分に改善する余地が残されていた。そこで新たに、訴求力が高く視認性も高い鳥類を指標生物に加え、絶滅危惧種などの希少種を加点する水田の簡易評価手法に改良した。 改良した評価手法は、包括的に生き物の生息環境を指標する生物1種類(サギ類またはその餌生物から選択)と栽培方法の指標生物2種類(クモ・昆虫類から1種類を選択、本田・畦畔の指標植物は必須)の個体数または種数をスコア化し、その合計スコアで総合評価する。ここで、スコアの基準となる個体数と種数は地域別(一部は農事暦や栽培方法・降水量で異なる)に定めた。また、環境省または都道府県のレッドリストにおける準絶滅危惧種以上の水鳥、絶滅危惧種のカエル類・植物(本田・畦畔)を加点(3種類の分類群ごとに+1点)できることとした(調査は任意)。最終的な評価は合計スコアを用い、環境保全型農業の取り組みによる保全効果を4段階(S?C、Sが最高ランク)で評価した。 本手法で全国6地域の調査水田(207圃場)を評価した結果、最高ランクのS評価となった圃場は、有機栽培で46%、特別栽培で13%、慣行栽培で3%だった。また、加点対象の希少種のうち、植物とカエル類は有機栽培の水田に、水鳥は特別栽培の水田が卓越する地点(グリッド)によく出現した。これらの結果から、水田における環境保全型農業の取り組みが希少種を含む生物多様性の保全に有効であることが示唆された。
著者
高原 輝彦 山中 裕樹 源 利文 土居 秀幸 内井 喜美子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.3, pp.583-599, 2016 (Released:2016-12-28)
参考文献数
81
被引用文献数
4

要旨: 湖沼や河川、海洋沿岸域で採取した水試料に浮遊・存在するDNA(環境DNA)の分析により、水棲動物の生息状況(在・不在やバイオマスなど)を推定する生物モニタリング手法は、“環境DNA分析”と呼ばれる。これまでに、淡水域から海水域までの様々な環境において、環境DNA分析を用いた生物モニタリングが実施されており、目視や採捕などによる従来の調査法と比べて、低コスト・高パフォーマンスであることが報告されている。現在まで、環境DNAの分析に必要となる水試料の採取量や保存の仕方、水試料に含まれるDNAの回収・濃縮方法、DNAの抽出・精製方法、およびDNA情報の解析方法については、研究者ごとに様々な方法が採用されており、統一的なプロトコルはない。いくつかの研究では、水試料に含まれるDNAの濃縮方法やDNA抽出方法の違いが、得られるDNA濃度や検出率に及ぼす影響を比較・検討しており、その結果、野外環境条件や対象生物種によって、効果的なプロトコルに相違があることがわかってきた。そこで本稿では、著者らのこれまでの研究を含めた既報の論文における実験手法を概説し、環境DNA分析を用いた効率的な生物モニタリング手法の確立に向けて議論を展開する。本稿によって、環境DNA分析が広く認知されるとともに、本稿がこれから環境DNAの研究分野に参画する研究者の技術マニュアルとして活用されることを願う。さらに、環境DNA分析が、様々な局面での環境調査において、採捕や目視といった既存の手法と同様に、一般的に利用される生物モニタリング手法となることを期待している。
著者
松林 圭 藤山 直之
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.3, pp.561-580, 2016 (Released:2016-12-28)
参考文献数
159

要旨: 適応と多様化との関係を問う“生態的種分化”は、古典的な仮説でありながらも現代進化生態学において大きな進展を見せている。“異なる環境への適応によって隔離障壁が進化する”というこの仮説は、いわば伝統的な自然選択説の現代版であり、生態学の各分野で蓄積された膨大なデータを、進化生物学分野で培われてきた適応と種分化に関するアイディアによって俯瞰する形で成り立っている。生態的種分化は、進化学や生態学、遺伝学といった複数の分野を横断する仮説であるが、近年のこれらの分野における概念的統合およびゲノミクスとの融合に伴い、理論的に洗練された検証可能な作業仮説として、いまや多様性創出機構の議論に欠かすことのできないものとなってきた。日本の生物多様性の豊かさを考えたとき、潜在的に多くの生態的種分化の事例が潜んでいるものと思われるが、残念ながら日本の生物を対象とした実証研究は、今のところあまり多くない。このような状況を踏まえ、本総説では特に生態学者を対象として、生態的種分化のもっとも基礎的な理論的背景に関して、その定義、要因、地理的条件、特徴的な隔離障壁、分類群による相違を解説し、また、その対立仮説である非生態的種分化との違いを説明する。さらに、現在の生態的種分化研究の理論的枠組みにおける弱点や証拠の薄い部分を指摘し、今後の発展の方向性を議論する。
著者
奥野 良之助
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.113-121, 1984-03-30

About 1,500 individuals of the Japanese toad, Bufo japonicus japonicus, inhabiting the campus of Kanazawa University were studied by the toe-clipping marking method from 1973 to 1981. Investigations of the six breeding ponds on the campus revealed that toads belonging to each breeding group generally went to the same pond for breeding every spring throughout their life. The largest breeding group (pond H-group) had about 200 adult males and females, and the smallest one (pond N-group) had only 20 adults. Emigrations of toads among these breeding groups sometimes occurred. Twenty-five toads changed their breeding pond during the 8 years ; twenty-three of them moved from the largest pond H-group to the neighbouring smaller Y-and M-group ponds. Therefore, it was concluded that emigrations may occur from a larger group to a smaller one.