著者
中張 隆司 大黒 恵理子 島本 史夫
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.57-65, 2011-01-15

はじめに 気道上皮の管腔側膜には多数の線毛が存在し,線毛層の上は気道表面粘液層で覆われている.吸入された異物や微小粒子(細胞破砕物,細菌など)は,気道表面粘液層に捉えられ末梢気道から中枢気道へ輸送され,体外へ排泄される.この気道における異物,微小粒子の排泄機構は粘液線毛クリアランスと呼ばれ,肺の宿主防御機構の一つである1~5).粘液線毛クリアランスは,いわば気道における異物運搬のベルトコンベアーシステムであり,気道表面粘液層はコンベアーベルト,線毛運動はモーターに相当する1~6).気道線毛細胞の機能不全(線毛細胞の消失,線毛運動の低下)は粘液線毛クリアランスの低下を引き起こす1~5).特定の遺伝子の障害により全身の線毛運動(脳室,気道,卵管,輸出精細管,精子)が低下あるいは消失している線毛運動無動症,いわゆるKartagener症候群(内臓逆転症,副鼻腔炎,気管支拡張症)では重篤な呼吸器疾患を合併してくる1,4,5). これまでの研究で,気道線毛運動は様々な物質(アセチルコリン,ホルモン,ATP,Ca2+,cAMP,cGMP)により活性化され2,4,6~10),また様々な因子(細胞容積,浸透圧,細胞内Cl-濃度など)により修飾を受けることが明らかにされている9,10).日常診療に広く用いられているβ2刺激薬も気道線毛運動を活性化する薬剤の一つである7,10). 一方で,気道線毛運動周波数(ciliary beat frequency;CBF)は8~25Hzと非常に早く,これまで光散乱など,CBFを測定するいくつかの方法が用いられてきたが,様々な制限があり測定そのものが難しかった2,4).近年,ビデオ光学機器(光学顕微鏡を含む)と高速度カメラの発展により,高時間分解能(1/500~1/1,000秒)で線毛運動の観察記録が可能になった6,8,11).本稿では,われわれが数年前から行ってきた高速度カメラを用いた気道線毛運動の解析結果を紹介する.
著者
藤田 次郎
出版者
医学書院
雑誌
呼吸と循環 (ISSN:04523458)
巻号頁・発行日
vol.62, no.6, pp.505, 2014-06-15

「呼吸と循環」の巻頭言として,「肺炎と心不全との接点」というテーマを考えてみたい.私は呼吸器内科医であり,胸部画像診断にて心不全であると考えられる所見が得られても,循環器内科医より,「心臓の動きはよい」,というコメントをしばしばいただいた.現在ではこの病態は「拡張不全型の心不全」として認識され,特に高血圧や糖尿病を合併する高齢者の女性に多く,左室駆出率は正常であることが知られている.肺炎と心不全とを鑑別することは治療方針の選択に直結することから,両者の鑑別点を示したい. 1) 肺炎と心不全との関連 心不全の悪化の原因として重要なものが感染症である.心不全患者が呼吸器感染症(気管支炎,肺炎など)にかかると,発熱や頻脈,低酸素状態によって心仕事量が増大し,心不全の急性増悪が誘発される.また炎症性サイトカインは心機能に対して抑制的に働くため,心不全を悪化させる.一方,心不全患者が呼吸器感染症にかかりやすいことも知られている.その要因として,心拡大に伴う気管支の圧迫による換気障害に加え,肺がうっ血状態になり細菌が繁殖しやすくなることによる.
著者
遠藤 平仁
出版者
医学書院
雑誌
呼吸と循環 (ISSN:04523458)
巻号頁・発行日
vol.63, no.11, pp.1037-1041, 2015-11-15

はじめに 心外膜炎・心囊液貯留は比較的頻度の高い膠原病の合併症である.特に全身性エリテマトーデス(SLE),全身性強皮症(SSc)は合併頻度が高い.他の膠原病でも稀であるが合併の症例の報告がある(表1)1〜3).心外膜炎は胸痛など臨床症状を伴う症候性急性心外膜炎のことを指すが,症状はないが画像検査で確認され,心囊液貯留が3カ月以上認められる無症候性慢性心外膜炎も合併することがある1,2).特に心臓超音波検査が普及し症状のない症例でも心囊液貯留が診断され,むしろ慢性症例が多いと考えられる.このような症例ではウイルスなどの感染や悪性腫瘍の転移など様々な原因の鑑別診断が必要になる1).また軽症例の急性心外膜炎と心囊液貯留は自然軽快することがある.欧米の報告では胸痛などの自覚症状があり救急部を受診するのは約5%程度である.死亡率は約1.1%であり心筋炎を併発し重症不整脈や心不全で死亡している2).膠原病に合併した心外膜炎・心囊液貯留は他の病態によるものを除外診断し,各疾患の疾患活動性の評価により治療方針を決める.各膠原病の疾患ごとに胸膜炎の病態形成が異なるため治療,特にステロイド療法の適応について相違点があることに注意する必要がある.特にSScとSLEや他の膠原病合併例は対応が異なる(表2).
著者
須磨 幸蔵 円治 康浩 堀 原一 種谷 節郎 堺 裕 小笠原 長康 谷口 堯 榊原 宏
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.59-64, 1974-01-15

植込式心臓ペースメーカーが諸外国6)10),わが国28)で用いられるようになってから約10年を経過する。この間,以前カエルやイヌなどの動物において認められていた電気生理学上の諸現象,たとえば絶対不応期,相対不応期,細動受攻期(vulnerable period),過常期1),Wedensky現象17)32)などが,ヒトの心臓でも実際に確められるようになってきた。 過常期(supernormal phase)は相対不応期の終りにおける一過性に興奮性の高まる時期をさす。興奮性にはexcitability (被刺激性)とconductivity (伝導性)の2つの面がある。より弱い刺激で反応が起これば被刺激性が高いとされる。より容易に,またはより早く興奮が伝導されれば伝導性がよいとされる。両者とも興奮性が高まった状態である。過常期にも,この両者に相当する場合があり,この時期においてその前後の時期にくらべて弱い刺激で反応する過常期興奮(supernormal excita—bility)の場合と興奮の伝導が速く容易になる過常期伝導(supernormal conductivity)の場合とがあり,両者を含めて過常性(supernormality)と呼ぶこともできる。
著者
太田 八重子
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.307-309, 1953-11-15

後天性心疾患に際し合併症として肺浮腫の來る事は屡屡である。左心不全,又僧帽瓣狹窄症の場合,肺欝血から肺浮腫を招來し易い。 心臟外科の發達に伴い,在來手を下し得なかつた心臟病が手術的に恢癒を見る樣になつたが,手術後の合併症の一つとして急性肺浮腫は重要な地位を占めている。當教室では,僧帽瓣狹窄症手術51例中,肺浮腫で死亡した者6例を經驗し,これが對策の重要性を痛感し,檢索しているものである。こゝに外科的立場からの肺浮腫を症例によつて檢討する。

2 0 0 0 No-reflow現象

著者
赤石 誠
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.211-212, 1997-02-15

■最近の動向 No-reflow現象とは,一定時間の虚血の後に冠動脈を再灌流しても,心筋への血流が回復しない現象をいう.その原因として,①白血球による微小血管の閉塞,②心筋の浮腫や拘縮による微小血管の圧迫,③血管内皮の膨化,④血管の攣縮が考えられている.Klonerらの古典的な犬の実験により,このNo-reflow現象は40分間の冠動脈閉塞では生じず,90分間の冠動脈閉塞で生じることが示されている.また,このNo-reflow現象が生じる部分は,心筋虚血が最も強い心内膜下領域であることも示されている. 現在,No-reflow現象とは,心外膜上の冠動脈に閉塞がないのに微小血管抵抗が高いために冠動脈血流が得られない状態と,心外膜上の冠動脈に閉塞がなく,冠動脈血流が得られているにもかかわらず,灌流域の心筋への血流が得られない状態の両者を指している.いずれも急性心筋梗塞症における血管再疎通後にしばしば認められる現象である.急性心筋梗塞症に対する再灌流療法が,一般的な治療法となっている今日,閉塞している冠動脈をPTCAや血栓溶解療法により再疎通させても心筋への血流が回復しないというNo-reflow現象は,心筋梗塞症の再灌流後の心筋の病態にもたらす意義,治療法を含めて,私たちが真剣に議論しなくてはならない問題の一つである.
著者
平井 豊博 佐藤 晋 三嶋 理晃
出版者
医学書院
雑誌
呼吸と循環 (ISSN:04523458)
巻号頁・発行日
vol.51, no.12, pp.1241-1244, 2003-12
被引用文献数
2
著者
箕輪 良行
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.103, 2012-01-15

1990年代以降に医学教育を受けたOSCE世代と呼ばれる医師は「私は○○科のミノワです」と自己紹介でき,最後に「ほかに何か言い残したことはありませんか」とドアノブ質問ができる,という筆者らの観察は,評者もアンケート調査で実証してきた.また,評者らが開発したコミュニケーションスキル訓練コースを受講した,地域で高い評価を受けているベテラン医師が受講後にみせた行動変容は唯一,ドアノブ質問の使用増加であった. 本書は,若い医師たちをこのように見ていながらも,日ごろ,目にして耳にする患者からのクレームをもとにどうしても伝えたい「言葉」の話を医療従事者に向けてまとめた書物である.クレーム実例から出発しているのでリアルであり,真摯(しんし)な語りかけである.この領域で二冊のテキスト(『医療現場のコミュニケーション』『コミュニケーションスキル・トレーニング』,ともに医学書院刊)を執筆している評者にとっても,このような語りかけがどうしてもかくあるべしの理想論になりがちで非常に難しいのがわかるだけに,クレームからのアプローチは執筆の抑制を保つうえでうまい戦略だと感心させられた.
著者
中田 光
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1027-1030, 2003-10-01

はじめに 特発性肺胞蛋白症は全国に推定400人の患者がいる希少肺疾患で,患者の3分の1は無症状であり,自然寛解も10%あるといわれている.1970年代に肺洗浄療法が開発普及してから,いくつかの薬物療法が試みられたが,注目に値する治療法はなかった.肺洗浄療法は,全身麻酔下で2ウェイ挿管チューブを用いて片肺ずつ2回で肺を洗う全肺洗浄法と,1区域ごとに複数回洗浄する反復区域洗浄法があるが,いずれにしても患者の苦痛は大きく,治療を受けた患者のなかには「悪くなってもいいから,もう二度とあの治療は受けたくない」と話す人もいる. 1994年,米国のマサチューセッツのホワイトヘッド生物医学研究所のDranoffが偶然,顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)欠損マウスに肺胞蛋白症が起こることを発見し,それが引き金となって,GM-CSFと肺胞蛋白症の関連が注目された.1999年,当時,東大医科研で肺胞蛋白症の病因物質を追求していた私は,2年半の苦闘の末,特発性肺胞蛋白症の気管支肺胞洗浄液と血中に大量の抗GM-CSF自己抗体が存在することを発見し,ついで血清抗体測定により血清診断法を開発した.以来,特発性肺胞蛋白症の患者は全例が自己抗体陽性であることがわかり,自己抗体が病因であるというのが定説となっている. 東大医科研の小さな研究室で特発性肺胞蛋白症のどろどろした肺胞洗浄液と格闘していた頃,オーストラリアとスイスでは,特発性肺胞蛋白症の病因がGM-CSFに対するマクロファージの反応性の低下にあると考えた医師がいた.彼らは,皮下注で連日GM-CSFを投与すれば改善するのではないかと考え,実行した.結果は13例に投与して6例が著明に改善した. 1999年,私は抗GM-CSF自己抗体発見の研究成果を発表するためにボストンで開かれたアメリカ胸部学会に出席し,初めてGM-CSF療法のことを知った.抗GM-CSF自己抗体が病因であると主張していたから,抗原であるGM-CSFを患者に投与するのは火に油を注ぐものだと考えて違和感を覚えたが,試しにスイスの医師Otto Schochに治療前後の血清と気管支肺胞洗浄液を送ってもらってその自己抗体価を測定した.結果は驚くべきものだった.血清中の自己抗体価は治療前に比べて治療後は60%程度であったが,気管支肺胞洗浄液中のそれは,治療6週後,12週後には消失していた.GM-CSFは皮下注で投与されていたから,肺の中に大量にある自己抗体が中和により消失したとは考えにくく,おそらく肺に脱感作による抗体消失が起こっていると思われた. GM-CSF皮下注療法の効果に感嘆していた頃,東北大学加齢研の貫和教授から,特発性肺胞蛋白症の重症例の治療について相談を受けた.外来受診された患者の動脈血酸素分圧は37mmHgで,二度全肺洗浄療法を受けたが効果なく,2000年夏には在宅酸素療法が開始され,やがて患者はほとんど寝たきりの状態になった.教室の田澤助手は,GM-CSF皮下注ではコストがかかりすぎること,スイスでの治験の情報から悪寒などの副作用があることから,GM-CSFを250μg/日連日で隔週で12週間,吸入によって投与することを決め,医学部の倫理委員会,厚労省医薬局の薬鑑証明など煩雑な手続きを粘り強くこなして半年かかってスイスより輸入し,2000年12月に国内初のGM-CSF吸入療法が実現した. その後,東北大学,近畿中央病院で各1例の重症特発性肺胞蛋白症に吸入療法が試みられ,いずれも劇的に改善している.
著者
西村 正治 川上 義和
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.349-356, 1984-04-15

低酸素換気応答とは,文字通り生体に低酸素刺激を加えたときの換気の応答パターンを評価する検査方法である。周知の如く,一般に生体に低酸素血症を誘導すると末梢化学受容器,ヒトでは主として頸動脈体を介して換気は代償的に増加する。しかし酸素受容が生命維持に最も重要で必須の生理学的事象であるにもかかわらず,不思議なことにこの低酸素換気応答の程度は個体間のばらつきが非常に大きく,ときには低酸素により換気はむしろ抑制されるという現象すら生ずる。従ってこの応答が種々の心肺疾患の病態の修飾因子となり,病因・病態の解析や治療とくに酸素療法を考えるうえでも重要な意味をもつものと想像されるが,検査手技の複雑さや検査自体のもつ危険性のため,必ずしも日常的な臨床検査項目となるには至っていない。当施設においては,動脈血ガス二重制御装置の開発以来1),高炭酸ガス換気応答と合わせて,本検査を数多くの健常人や患者で比較的容易に施行できるようになった。本稿においては,それらの知見も合わせて,測定方法と評価法に関する現在の問題点を概説し,次に臨床的立場から慢性閉塞性肺疾患と低酸素換気応答にふれ,最後に低酸素換気抑制の問題についても解説を加えたい。
著者
今井 由美子
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.983-992, 2011-10-15

はじめに 2009年新型インフルエンザが発生し,今世紀初のパンデミックを引き起こした.このインフルエンザウイルス(H1N1)は弱毒型であったが,小児,あるいは肥満,糖尿病,喘息などの基礎疾患のある人を中心に重症化し,急性呼吸窮迫症候群(ARDS),心筋炎,脳炎などを引き起こした.重症例のなかには少数ではあるが,体外式膜型人工肺(ECMO)を必要とするような劇症型のものも含まれていた. 一方,世界中へ拡がりをみせている強毒型のH5N1鳥インフルエンザが,次の新型インフルエンザのパンデミックを引き起こすリスクは依然として続いている.インフルエンザウイルスがヒトにおいて強い病原性を発揮した場合は,ARDS,全身性炎症反応症候群(SIRS),多臓器不全(MOF)を引き起こし,集中治療室(ICU)において人工呼吸をはじめとした救命治療が必要となる.ARDSの病態は,制御範囲を逸脱した肺局所の過剰炎症で特徴づけられ,びまん性肺胞損傷(diffuse alveolar damage;DAD),サイトカインの過剰産生(サイトカインストーム),肺血管透過性の亢進による肺浮腫により,急激な酸素化の低下ならびに二酸化炭素の蓄積が引き起こされる1).北米・ヨーロッパコンセンサス会議(North American-European Consensus Conference on ARDS;NAECC)は,酸素化を指標に,P/F比=〔動脈血酸素分圧(mmHg)〕÷〔吸入気の酸素分率(%)〕が200以下をARDSの定義の一つに定めている2).胸部X線写真上びまん性の陰影を特徴とし,瞬く間に肺が真っ白になり,重篤な呼吸不全に陥る.インフルエンザに対してワクチンやオセルタミビル(タミフル®)などの抗ウイルス薬の早期投与が重要であるのは言うまでもない.しかし,重症化してARDS,SIRS,MOFを発症した場合は,ワクチンや抗ウイルス薬はもはや無効となり,残念ながら今のところ決め手となるような有力な治療法がない.ウイルスが侵入した宿主細胞では,ウイルスと宿主の相互作用から様々なシグナル伝達系が動き出し,これらがインテグレートされた形での生命現象を感染現象と呼ぶ.ウイルスの感染力が宿主の防御力より強くなった時,シグナルバランスが破綻し,病原性が発現し感染症が発症する.インフルエンザ重症例に対する有効な治療法を確立するには,ウイルスゲノムの複製や転写などの増殖機構,宿主域やトロピズムといったウイルス側の因子とともに,ウイルスに対する宿主応答機構の分子レベルの理解が重要であると考える. 本稿では,まずインフルエンザウイルスの構造やライフサイクルについて概説し,次いでRNAiスクリーニング,ヒトゲノム解析,マウスモデルを用いた研究などを中心に,ウイルス・宿主の相互作用,ARDSの分子病態に焦点を当てる.さらに,抗ウイルス薬,新しい治療薬の可能性について述べ,最後にARDS,SIRS,MOFからの救命に必須の人工呼吸に関して,肺保護戦略の重要性に言及したい.
著者
居倉 博彦 児玉 光司 池田 俊太郎 橋田 英俊 桑原 大志 岡山 英樹 原 裕二 重松 裕二 小原 克彦 濱田 希臣 日和田 邦男 藤原 康史
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.619-622, 1997-06-15

症例は47歳,男性.1995年4月22日午前7時頃,くしゃみをした直後に前胸部圧迫感が出現した.痛みは約15分続いた.さらに,同年5月16日午前7時頃,くしゃみをした直後に前胸部圧迫感が生じた.その際,便意も催し,排便後に失神したが,意識は10分弱で同復し,胸痛も消失した.近医の紹介により同年5月29日に当院に入院した.6月1日に冠動脈造影検査を施行,コントロール造影では両側冠動脈に器質的狭窄を認めなかったためアセチルコリン冠攣縮誘発試験を行った.その結果,右冠動脈,および左回旋枝は完全閉塞し,それに伴って胸部圧迫感と心電図上ST上昇を認めた.以上より異型狭心症と診断した.以後,抗狭心症薬の投与により狭心症発作は一度も起きていない.本症例は狭心症発作の前駆症状にくしゃみを認めた稀な症例である.
著者
山口 晃史 島村 忠勝
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.173-178, 2001-02-15

はじめに 重症感染症ならびに慢性化した感染症に対し抗生剤の多剤連用を強いられる場面に遭遇することはしばしば経験するものである.多くの場合,耐性菌に対する医師の意識の向上により十分なモニタリングのもとに適切な抗生剤の選択,投与,中止が行われているが,一部では不適切な選択,無計画な投与期間によって薬剤耐性菌が出現し病棟内に蔓延している場合も少なくない.薬剤耐性菌の存在が治療を困難にしているのは,呼吸器感染症においても例外ではなく,特にメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin resistant Staphylp—coccus aureus:MRSA),ペニシリン耐性肺炎球菌(penicillin resistant Streptococcus pneumoniae:PRSP)や薬剤抵抗性緑膿菌(Pseudomonasaeruginosa)による感染症は難治性となる場合が多い. 最近話題の植物由来生体機能物質であるフラボノイドの一種である茶カテキンが,これらの薬剤耐性菌をも殺菌することが明らかにされている.われわれは,このカテキンの殺菌活性を臨床応用し,MRSA呼吸器感染症に対し除菌を目的としてのカテキン吸入療法を提唱している1).本稿では,カテキンの抗菌活性とそのメカニズムならびに,難治性呼吸器感染症であるMRSA呼吸器感染症に対するカテキン吸入療法の実際とその可能性について述べてみたい.
著者
本間 栄 村松 陽子 杉野 圭史
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.359-365, 2010-04-15

はじめに 特発性肺線維症(IPF)増悪例の治療には,これまでステロイド剤が広く使用され,米国胸部学会(ATS)のIPF診療のガイドライン1)では,進行性に悪化するIPFに対してステロイド剤と免疫抑制剤であるシクロフォスファミド,またはアザチオプリンの併用を推奨してきた.しかし,これらの薬剤を併用しても効果は十分とは言えず,血球減少などの副作用で薬剤を中止せざるを得ない症例も少なくない.このため,最近では線維化が顕著となる以前の疾病早期からの治療導入が必要であると考えられるようになっている. グルタチオンはグルタミン,システイン,グリシンの3つのアミノ酸から合成される.IPFの末梢気腔ではグルタチオンが減少し,レドックスバランスの不均衡が生じ,特に進行例において顕著になる(図1~3)2~4).N-アセチルシステイン(NAC)はグルタチオンの前駆物質として抗酸化作用を有するとともに,直接活性酸素のスカベンジャーとして作用し,さらに炎症性サイトカインの産生を抑制することで,抗線維化作用を発揮すると考えられている(図4)5~7). また,最近の基礎実験において,IPFの線維化機序の一つである肺胞上皮細胞における上皮-間葉転換(EMT)がNAC投与により抑制されることが示された.これは,細胞内グルタチオンの補充とTGF-β1に誘導される細胞内活性酸素種産生を抑制する機序が主に関与している8,9).
著者
渡邊 剛 富田 重之
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.531-535, 2005-05-01

冠動脈バイパス手術をめぐる最近1年間の話題 社会の高齢化に伴い,わが国においても虚血性心疾患は増加の一途をたどっている.冠動脈バイパス術(coronary artery bypass grafting;CABG)は1960年代にアメリカで開始され,その劇的な症状改善効果と比較的安全な手術であることから本邦においても一般的な治療法となった.しかし,一定頻度で脳梗塞などの重篤な合併症の出現があること,また一方でカテーテルインターベンション(PCI)の進歩により外科治療の位置付けは大きく変わってきた.PCIの適応拡大とともに,低左心機能の多枝病変,緊急手術などこれからの心臓外科医の使命は,より重症化し,また合併症疾患を持った症例に対し安全確実に遠隔期予後を改善する良い手術を行うことにある.特に多臓器疾患合併症や高齢者などのいわゆる重症例に対してより安全で確実な冠動脈再建が求められている. また,PCIは局所麻酔にて簡便かつ低侵襲に施行できる一方,それに比較しCABGは,全身麻酔,人工心肺,心停止,胸骨正中切開などが必要であり,侵襲が大きいといわざるを得ない.そこでこの10年間に心臓外科医は,手術の低侵襲下を追求し,人工心肺を使用しない心拍動下冠動脈バイパス術(Off-pump CABG;OPCAB)に取り組んできた1,2).人工心肺を使用しないOPCABは,吸引式の吻合部固定器具や,心尖部吸引型の心臓脱転器具などの開発に伴い,より安全で確実な手技となってきており,術後の合併症の低減や,死亡率低下へつながるとの報告も多くみられるようになった3~5).
著者
榊原 博樹 谷口 正実 大河 原重栄
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.621-629, 1996-06-15

医薬品添加物は製剤の適用性(溶解補助,pH調節,等張化,吸収促進,安定化,成型など)をたかめ,医薬品の有効性と安全性を維持するために不可欠なものとされている.しかし,医薬品添加物に関しては使用品目の制限や使用量の基準は作られていないようである.製剤として有効成分とともに承認前の臨床試験を経てきており,これをもって安全性の検討はなされたものと解釈されている.一方,食品添加物は340品目余りが許可されており,対象食品の規定や一部に使用量や使用制限の規定も明らかにされている.そのうちの一部は医薬品にも共通して用いられており,その存在すら意識されずに摂取されている.ところが,食品・医薬品添加物のなかには一部の気管支喘息や蕁麻疹患者に過敏反応を惹起するものがあり,その増悪因子として注意する必要がある.特に非ステロイド性抗炎症薬(non-steroidal anti—inflammatory drugs,NSAID)に過敏な,いわゆるアスピリン喘息(aspirin-induced asthma)やアスピリン過敏性蕁麻疹をもつ患者に食品・医薬品添加物過敏症が多い.注意すべき添加物は,食用黄色4号(タートラジン),その他のタール系色素(食用黄色5号=サンセットイエロー,赤色102号=ニューコクシン,赤色2号=アマランス),安息香酸ナトリウム,パラオキシ安息香酸エステル類,亜硫酸塩類である.
著者
津田 陽
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.849-859, 1998-09-15

はじめに 薬剤の吸入は一般的に行われている.例えば,喘息患者へのalbuterolのような気管支拡張薬の投与には長年にわたって吸入器が用いられている.近年,バイオテクノロジーの急速な進歩に伴って多くの新しい薬剤が開発され,臨床試用が行われている.しかし,薬剤によっては従来のような経口投与では具合が悪いことがある.例えば,錠剤で経口投与された場合,薬剤が作用を発揮するべき所へ到達する前に蛋白とペプチドは胃の酵素によって簡単に分解されてしまう.肺は広大な肺胞の表面積を有し,また肺胞壁は極端に菲薄な構造をしており,さらに肺内深部の領域にはわずかの蛋白分解酵素しか存在しないという特徴から,肺に薬剤を投与する治療法が現在注目されつつあり,またその有望な方法として,エロゾールの形で薬剤を投与する吸入療法が次第に重要性を増している. エロゾール吸入療法は経口投与に比べて多くの利点を持つが,一方でいくつかの問題点もある.最も大きな問題は薬剤輸送の効率である.近年試用されているネブライザーや,定量噴霧式吸入器(MDI)のような吸入器では投与された薬剤の約5〜10%しか口腔咽頭や喉頭を通過して肺に達することができない1).このような肺内に達する薬剤量の減少は,原則的には粒子サイズや吸入気流速度を減少させることによって軽減することができるが,適切な量の薬剤を目的とする気道に確実に到達させるのは非常に困難である.エロゾールの輸送と沈着は,非常に複雑な物理学的現象であり,それらは粒子の性状,呼吸パターン(気道の流体力学),気道の解剖学的形状などに依存している. 本稿の目的は,気道におけるエロゾールの輸送,沈着に関わる基本原理を強調し,基礎的な背景となる事柄について解説することである.本稿の最後に,肺内深部でのエロゾール輸送に関する新しい概念である“stretching and folding”注1)対流混合について,われわれの最新の研究成果2,3)を簡潔に紹介する.
著者
平井 豊博
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.757-762, 2011-08-15

はじめに やせや肥満は,一般にbody mass index〔BMI=体重(kg)/身長(m)2〕を用いて判定されている.日本肥満学会では,普通体重をBMI=18.5~24.9(kg/m2)として,BMI<18.5(kg/m2)をやせ(低体重)と定義している.WHO(世界保健機関)も同様に,BMI<18.5を「underweight」とし,さらにBMI<16.0を「severe thinness」,BMI 16.00~16.99を「moderate thinness」,BMI 17.00~18.49を「mild thinness」と分類している1).WHOが発表している各国からの集計では,やせの人の割合(%)は,インド32.9,日本11.5,英国5.1,米国2.4となっており,日本は,欧米よりやせが多く,逆に肥満の割合は欧米より少ない(BMI≧25.0の割合:日本23.2,米国66.9%). BMIと平均余命との関係をみると,欧米の57の前向き研究を基にした大規模な解析2)では,男女ともBMIが22.5~25kg/m2の群が最も死亡率が低く,それよりBMIが高くても低くても死亡率は上昇し,その理由としてBMIが低いほうについては,呼吸器疾患や肺癌に関連していたと報告している(図1).わが国におけるコホート研究の結果3)でも,40歳時のBMI別で平均余命をみると,男女ともに過体重(25.0≦BMI<30.0)で最も長く(男性41.64年,女性48.05年),次いで普通体重,肥満,やせ(男性34.54年,女性41.79年)の順であり,やせが最も短いものであった.また,20歳時からの体重変化と死亡率との関係を調べた研究4)では,5kg以上体重が減少した人は,体重変化が小さかった人に比べ,男性で1.44倍,女性で1.33倍死亡率が高く,逆に20歳時から5kg以上体重が増加した男性は,死亡率が0.89倍と低かったと報告されている.このようにBMIは,寿命を予測する強力な因子であり,やせは寿命を短くする因子として影響していることが分かる.近年,生活習慣病として肥満の問題が社会的に多く取り上げられ,社会風潮としてもやせていることへの賛美が見受けられたりしているが,やせの割合が欧米に比べて多いわが国では,やせに対する正しい認識や対策が重要のように思われる.呼吸器疾患領域においても,睡眠時無呼吸症候群のような肥満が問題になる疾患もあるが,COPDをはじめとする慢性の呼吸器疾患では,むしろやせに対する対策を要するものも多い.しかし,やせの機序や呼吸器疾患との詳細な関係などについては,まだ不明な点の多いテーマでもある. 例えば,極端なやせを呈する代表的な疾患として,神経性食思不振症(anorexia nervosa;AN)があるが,本疾患における呼吸器の異常を調べることで,やせや栄養障害そのものの呼吸器系への影響を知ることができる点で注目される.BMI 16±1kg/m2のAN患者を対象に肺機能を調べた研究5)では,肺拡散能(DLco)の低下や最大吸気筋力・最大呼気筋力の低下が報告されている.また,AN患者の胸部CT画像を検討した研究6)では,健常群に比べ,肺気腫の定量評価に用いられる肺野低吸収領域の割合(肺野における閾値以下の低吸収領域の面積の割合)が増加し,平均肺野濃度はBMIと相関したとされている.飢餓状態までカロリー制限をした小動物による実験7,8)でも,肺気腫に似た末梢気腔の拡大がみられ,摂食制限を解くと改善することが報告されており,上記AN症にみられる結果を支持していると考えられるがその詳細な機序は明らかではない. 本稿では,主にBMIと呼吸器疾患との関係の観点から,やせと関係すると報告されている主な呼吸器疾患についてまとめることで,呼吸器診療におけるやせの問題について考えてみたい.