著者
宮城 さやか 玉城 すみれ 伊藤 高一郎
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.326, 2010

【目的】<BR>当院では昨年度リハビリテーション(以下リハ)介入中において患者急変に伴う救急要請が4件発生した。今回、その要因と緊急時対応をふまえ、リハ介入中におけるリスク管理を検討する。<BR>【方法】<BR>(A)対象期間:平成21年4月~平成22年3月。(B)対象者:リハ室内で急変となり救急要請を行った4症例。(C)検討事例:1)疾患名2)年齢3)既往歴4)急変前の身体状況5)急変発生状況6)救急要請から医師到着時間7)使用器具8)急変の原因、以上をカルテより後方視的に調査した。<BR>【事例検討】<BR>(症例1)1)右大腿骨転子部骨折術後2)91歳3)大動脈弁/僧帽弁/三尖弁閉鎖不全症、肺高血圧、心房細動、ヘ゜ースメーカー植え込み4)歩行器歩行軽介助レベル5)歩行器にて移動中意識消失6)救急要請は対応が遅れ、救急要請と医師到着が同時期。7)血圧計、パルスオキシメーター8)抗不整脈薬の副作用、電解質異常による不整脈。<BR>(症例2)1)変形性腰椎症2)95歳3)腰椎圧迫骨折4)平行棒内歩行中等度介助レベル;数日前より食思不振5)平行棒内歩行中意識レベル低下6)1分7)救急カート、血圧計、パルスオキシメーター、心電図モニター8)脱水<BR>(症例3)1)冠動脈バイパス術後(外来通院中)2)55歳3)脳梗塞4)独歩にて通院可能5)臥位から座位への体動時意識消失6)3分7)症例2と同等物品8)一過性房室ブロック、迷走神経反射疑い<BR>(症例4)1)亜急性硬膜下血腫2)93歳3)高血圧、心房細動4)起立中等度介助:数日前より食思不振5)車椅子座位中意識レベル低下6)1分7)症例2と同等物品8)電解質異常、脱水。<BR>【結果】<BR>4症例中3症例が90歳以上であり、循環器疾患を有していた。4症例中2症例は電解質異常、脱水であり、数日前より食思不振となっていた。症例1以外では医師の到着時間が3分以内と早期対応が可能であった。<BR>【考察】<BR>今回、症例1において急変発生時、対応の不慣れにより時間を要し、必要な器具など確保できないまま救急要請となった。その事例後より、リハスタッフ、他部署との連携を深め、緊急要請における対応を周知徹底を行った。そのため、症例2以降では救急要請での医師到着時間が3分以内と極めて早期対応となり、リハスタッフや院内における救急対応の意識度は改善されたと考える。今回の事例から高齢化社会に伴い、担当する症例は高齢であり、現疾患以外にも他疾患合併の症例が数多く存在する。今回リスク管理を行っていたにも関わらず、急変を起こすような状況に遭遇した。その要因として、高齢者は自覚症状の訴えが曖昧であり、リスク管理を行う上で評価が非常に難しい。そのため、検査データや全身状態など客観的評価をふまえたリスク管理が今後重要であると考える。また、現在の施設基準では心疾患リハビリテーション基準のみにリハビリテーション室への心電図モニターや救急カートの設置を義務付けており、今後リスク管理や急変事態に備え、心電図モニターや救急カートの設置を検討する必要があると考える。
著者
岡野 レイ子 有村 昌子 堀口 怜子 白澤 奈津紀 大江 豊 橋口 大毅 瀬戸口 香澄
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.167, 2011

【はじめに】<BR> 当院回復期リハビリテーション病棟(以下回復期病棟)では、今年度の目標として「患者1人1人の生活を意識したチーム作り」をテーマとして掲げている。その為、多職種が個々の専門性を活かしながら協力し合い、患者のケアに取り組んでいんでいく必要があると考える。今回、目標に対して他職種間及び各個人の間で、情報共有やゴールの統一ができているのかを調査し、その中でいくつかの問題点や課題が抽出された。これらを踏まえ、今後の取り組みの検討を重ねたのでここに報告する。<BR>【対象・方法】<BR> 回復期病棟において患者に関わるスタッフ35名(NS10名・CW5名・MSW3名・PT8名 OT3名・ST6名)を対象に、カンファレンスの意義や満足度・情報の共有化・目安表の利用状況・ADL表の活用・家族指導・教育制度等についての意識調査を実施した。<BR>【結果】<BR> 昨年から患者の状態把握及びリスク回避のため、取り組んでいる目安表の作成については役立てているという結果であったが、情報の共有化と目標やゴールの統一化という点では、共有できていないことや各職種間での意識の差があることがわかった。<BR>【まとめ】<BR> 今期目標に対し、定期ミーティングで具体的内容としてカンファレンスの充実が挙げられた。しかし、今回の意識調査の中で取り組み内容の把握ができていない職種や、各個人においても意識の差がみられた。現在、当院回復期病棟では、患者の状態を把握し方向性を統一していくために目安表・ホワイトボードの活用、デモやビデオを利用しての動作統一、症例検討会を現在行っているが、まずは、回復期スタッフが同じ目線で取り組みを進めていけるよう考えていく必要があることがわかった。そのための取り組みとして、カンファレンス用紙の変更・カンファレンスチームを編制し、同時に"当院における回復期リハビリテーション病棟とは"というテーマで各職種の専門性の向上と共通理解を図るため勉強会を開催することとした。これらにより知識・観察の視点拡大や情報の共有化による方向性の統一、取り組みに対する姿勢の改善に繋がると考える。今後の問題点として、職種によってはスタッフ不足で個々の負担が大きく取り組みに参加できていない現状がある。これらの検討も今後の課題であると考える。
著者
壹岐 伸弥 宇都宮 裕葵 山崎 数馬 渡 裕一
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.36, 2010

【はじめに】<BR>臨床において腰痛を訴える患者は多く、原因として椎間板性、椎間関節性、神経根性、筋・筋膜性、靭帯性などがある。治療には体幹の安定性と可動性が重要であるが、今回、健常者を対象に腰痛の有無による骨盤帯周囲の安定性と可動性の差について比較検討した。<BR>【対象】<BR>対象は下肢・体幹に整形外科的疾患既往のない健常者30名(男性:19名、女性:11名)、平均年齢:24.6±3.7歳、平均身長:164.2±8.0cm、平均体重:54.7±9.2kgであった。今回の研究及び報告にあたり、対象者に対し目的・方法について十分な説明を行い、同意を得て実施した。<BR>【方法】<BR>1)骨盤アライメント評価は上前腸骨棘より上後腸骨棘が2~3横指高いものを良群、それ以外を不良群とした(良群:16名、不良群:14名)。2)日常生活における腰痛の有無を腰痛有り群、腰痛無し群とした(有り群: 15人、無し群: 15人)。3) 指床間距離(以下FFD)は立位で体幹を前屈させ、上肢は下垂し、その時の指尖と床との距離を測定した。4)重心動揺は、前方を注視、端座位にて、インターリハ株式会社Zebris PDM-Sを用い、自然座位、右下肢挙上位、左下肢挙上位の3パターンにおいて30秒間測定。また、その間の重心点(center of pressure 以下COP)X軸、Y軸の平均値を求めた。5)データ処理は、腰痛あり-なし群間の1)、3)差、各群の4)についてMann-WhitneyのU検定とWilcoxonの符号付順位検定を用い有意水準は5%未満とした。<BR>【結果】<BR>1)骨盤アライメントは腰痛あり群がなし群に対して有意にアライメントの不良が多かった。(p<0.05)。2)FFDは腰痛あり・なし群において有意差を認めなかった。3)腰痛あり群では自然座位より左右挙上位ともに有意に重心動揺が大きかった(p<0.05)。腰痛なし群では有意差を認めなかった。重心点は腰痛あり・なし群ともに自然座位、左右下肢挙上位において差を認めなかった。<BR>【考察】<BR>結果より日常生活において腰痛の有る者、無い者と比較し、端坐位での片脚挙上時に重心点の左右差は認めないが、重心動揺は大きく、立位においては骨盤中間位より前傾または後傾位をとる傾向にあった。これら骨盤の前後傾では腰椎の過前弯や過後弯が生じ、腰椎部でのcoupling motionの運動性が増加すると言われている。このことより腰痛を生じる者においては、下部体幹筋群の協調した同時収縮が困難である事、後部靭帯系システムを効率よく利用できていない事、coupling motionの運動性増加が考えられ、日常生活において姿勢保持時や動作時に個々に要求される外力のレベルにうまく対応できず、動作遂行のために腰部の過剰な運動が強いられている事が腰痛の原因と考えられる。今回は、健常者を対象に行ったが、今後は実際の症例において検討し、体幹の安定性と可動性が腰痛に及ぼす影響について調査し、臨床での評価・治療に生かしていきたい。
著者
橋本 優子
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.151, 2011

【はじめに】<BR> 元来,デイケアとデイサービスの役割はリハ機能の有無によって違いがあった.しかし平成18年4月の介護報酬の改定後,デイサービスに理学療法士などの配置による運動機能向上加算が算定出来るようになったことによってデイサービスにおける理学療法士の職域が拡大されることとなった.<BR> 一方,デイサービスにおける理学療法士の業務や役割は一般的に知られていないことが多く,理学療法以外の業務も多くあることから就職後理想とのギャップを感じることも少なくない.そのため,デイサービスにおける理学療法士の役割を示すことで,やりがいや目的を持つための参考となるべく報告する.<BR>【PTの主な業務内容】<BR> 1送迎,2車の昇降や歩行介助,3バイタル測定,4お茶出し,5体操,6個別機能訓練,7食事評価・指導,8入浴指導,9排泄介助,10レクリエーション,11ケアマネへの状態連絡・経過報告,12ご家族への介護・生活指導,13介助方法の評価と他スタッフへの指導<BR>【デイサービスの特徴】<BR> 特徴は三つ挙げられる.一つ目はご利用者のニーズが様々である.社会交流・閉じこもり防止,入浴,食事,機能訓練,家族のレスパイトなどである.<BR> 二つ目は,各施設によって特徴が異なることである.レクリエーション,入浴,食事,機能訓練など特化しているサービスが各施設で異なるため,ご利用者が自分のニーズに合った施設を選択出来る.<BR> 三つ目は,医師や常勤看護師不在という医療機関と異なる環境であり,セラピストの人数も少数である.<BR>【考察】<BR> デイサービスでは医療機関と異なった環境であり理学療法士に求められるものも当然違ってくる.デイサービスではご利用者のニーズが様々であり,身体機能に留まらずADLなどの幅広い視点が必要である.理学療法のみに固執しない生活全般やデイサービスでの過ごし方をトータルで考える視点が求められる.<BR> 医師や常勤看護師不在という医療機関と大きく違う環境であるため,高齢者特有の疾患や病態を踏まえた医学的管理の視点を持つことが必要である.心身の状態変化を評価できケアマネ・医療機関へ迅速に連携する必要がある.<BR> また,各施設で特徴が異なりセラピストの人数も少数であるため,何を特徴としセラピストに何を求めているかを確認してから就職する必要がある.<BR>【まとめ】<BR> デイサービスにおける理学療法士の役割は,ご利用者だけでなくその家族や他のスタッフへの働きかけなど様々である.そのため,専門職として身体機能に限らず生活全体を評価しマネジメントを行い,本人や家族の意向を尊重しながら関連職種と連携を図り生活を支援していくということが必要である.このことを充分に理解していれば,デイサービスでも理学療法士は能力を発揮し,職域拡大へと繋がっていくと思われる.
著者
古賀 郁乃 渡 裕一 中園 聡子 野添 清香 井黒 誠子 松下 兼一
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
vol.2005, pp.172, 2005

【はじめに】回復期リハ病棟では、ADLの改善を目指し様々な取り組みを行っているが、歯磨きは片手動作ということもあり「出来るだろう」と思われがちで、他のADLに隠れ後回しになっている。介助に関してもさほど手間もかからないためか、過介助になっている。しかし、歯磨きは移動、姿勢保持、巧緻動作を含み、専門的知識による訓練、介入が必要だと言える。高齢者の生命・健康、QOLの維持・回復における口腔ケアの重要性が見直されてきた今、当院での歯磨きについても考える必要があるのではないか。そこで、患者の歯磨きの現状を把握し、アプローチを行うため「歯磨きチェック」を行ったところ、いくつかの問題点が抽出されたため、検討を行った。<BR>【対象】回復期リハ病棟の脳血管障害患者から無作為に抽出した男性10名、女性10名。平均年齢75.1±11.2歳。<BR>【方法】1.移動2.姿勢3.棚への出し入れ4.歯磨き粉をつける5.歯を磨く6.うがいをする7.口をふく8.道具を洗うの8項目についてそれぞれ4つの基準を設け、セラピストが実際の動作場面を観察し、いずれに該当するかチェックする。チェックは3週間ごとに3回実施。その他のADL、高次脳機能障害などの調査も行う。チェックの結果をもとに、アプローチ方法を検討し、カードへ記入。それを車椅子にかけ、歯磨きを行う際の参考とした。必要に応じて、アプローチの更新を行った。<BR>【結果】「歯を磨く」「口を拭く」「うがいをする」に比べ、「歯磨き粉をつける」「道具を洗う」は動作が複雑になるため介助量が増えている。業務円滑化のための介助量増加がみられる。環境設定と患者の主体的・自主的行動の優先化により、特に「歯を磨く」項目は他項目より改善が見られた。セラピストによる歯ブラシ操作に対するアプローチが的確に行えなかった。カードの活用が少なく、統一見解が不十分ではあったが、患者の現状の能力を把握することは可能であった。<BR>【考察・まとめ】病棟ADL訓練として歯磨きに直接的にアプローチしていることが少ないという現状から、今回のチェックを行った。セラピスト、病棟スタッフともに歯磨きに対する意識の低さ、知識の無さが浮き彫りになった。その理由として、動作労力としての歯磨きと医学、社会的側面から考えた歯磨きとのギャップが存在することが挙げられる。<BR>今後引き続き調査し、セラピストの視点での正確な動作分析・高次脳機能障害の分析、それらに対する介入方法の指標を示す必要があると考える。また業務整理を行い、リンクさせた形で効率的に関わっていくために、アプローチすべき患者の抽出方法の導入や外部委託の歯科医・歯科衛生士とも協力し知識の向上を図る必要がある。そして何より、ADLの定義を明確にし患者を生活者と捉え、QOL拡大を視野に入れ関わりをもつことの大切さを全スタッフ共通認識として捉えていかなければならない。
著者
磯野 美奈子 江郷 功起 山下 満博 井形 竜也
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.263, 2011

【はじめに】<BR> 今回予後6ヶ月の終末期乳がん患者の上肢リンパ浮腫に対し、複合的理学療法(以下CDP)にて浮腫の改善に加え、QOL、心理的苦痛の改善を認めた。また、終末期に寄り添う家族にもCDPが心理的サポートやポジショニングに効果的であったためここに報告する。<BR> 尚、本報告に関しては本人、家族より同意を得ている。<BR>【症例】<BR> 57才女性右乳ガン、肝転移、Stage4期。2009年10月右胸筋温存術、レベル1郭清、植皮術施行。2010年11月脳多発転移にて放射線治療を施行し、3週間の入院。予後6ヶ月と家族へ告知。2011年1月食欲不振、症状増悪にて入院。同年2月中旬永眠される。家族は息子と2人暮らし、県内に娘2人、趣味は手芸、オカリナ演奏である。<BR>【経過及び結果】<BR> 脳転移による入院後用手的リンパドレナージ(以下MLD)と集中的な圧迫療法、圧迫下での運動療法、セルフドレナージを追加し、セルフケア習得を指導し退院後も継続した。退院後はスリーブへ変更し指のみの圧迫包帯にて、自己管理を行った。周径は手掌部が最大15cm減少。握力は左右差がなくなり、STEFは治療開始時86点退院時91点、慈恵リンパ浮腫スケールの機能は開始時20点退院時55点退院2週後87点、感覚は開始時18点終了時67.5点退院2週後85点、美容は開始時28点終了時79点退院2週後67点、心理的苦痛は開始時43点退院時68点退院2週後90点と特に退院後の点数の改善にはADLで使用する中で機能面のみならず満足度を実感された結果となった。調理動作では皮むきなどの包丁動作、趣味の手芸では針の操作などの巧緻性が改善され約1か月間自宅生活を送ることができた。症状が増悪し、入院後は意識レベル100~200/JCS、理学療法は浮腫の観察、必要に応じてMLDと圧迫療法、ROM練習、ポジショニングを計画した。浮腫改善に喜ばれていたことを知る家族は、浮腫の増強に敏感でスリーブの着用を希望された。輸液の量も多く、四肢への浮腫増強から広範囲なMLDは施行できなかった。「怖くて触れない」と顔と手指を清拭するだけであった家族へCDPの基本でもあるスキンケアに加え軽擦、指のドレナージ、ポジショニングを指導、施行し、浮腫、褥瘡、拘縮が予防できた。<BR>【考察】<BR> リンパ浮腫は終末期乳癌に合併する頻度が高い。今回の症例を通し、常に存在する浮腫がどれだけ心理的苦痛となっているかが分かった。終末期のリンパ浮腫に対するCDPには運動機能の改善、心理的苦痛の改善、QOLの向上、緩和治療としての疼痛改善、緊張の緩和、精神的な支援が期待できる。また、終末期に寄り添う家族の「何かしてあげたい。」という気持ちにも応えるアプローチとして心理的サポートにも効果的であった。CDPは終末期の患者、家族それぞれにおける多様な状況にも対応できるアプローチとして有用ではないかと思われた。
著者
内田 正剛 河添 竜志郎 鈴木 圭 竹内 久美 田尻 美穂
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
vol.2007, pp.109, 2007

【はじめに】<BR> 当事業所は独立型の訪問看護ステーションであり、訪問を通して生活支援のための福祉用具の導入に関わることも多い。今回我々は、身体機能の変化等によりリフト移乗を中止していた症例に対し、吊り具の調整とリフト操作方法の再検討により再導入に至る経験ができた。経緯や吊り具の調整方法などについて若干の知見を得たので報告する。<BR>【症例紹介】<BR> N.O氏、33歳男性診断名:筋萎縮性側索硬化症(H16.6診断)。現病歴:H2歩行困難、筋力低下が徐々に進行、H12呼吸不全となり気管切開、H15人工呼吸器開始、同年呼吸停止し低酸素脳症発症し意識レベルJCS300の寝たきり状態。H17.10.14より全身状態の維持管理を目的に当ステーションの訪問看護・訪問リハビリテーションが開始となった。<BR>【経過】<BR> 訪問開始時の家族の希望として、ベッドからのリフト移乗の再開と訪問入浴時の安全性の確保、介護者の負担軽減のためのリフト使用があった。しかし、リフト使用を中止するまでの吊り下げられた姿勢は座位姿勢に近く、著しい低血圧と頚部のコントロール不良によりそのままでは再開は困難であった。主治医や家族と共に現状でリフト移乗が可能な姿勢の確認をおこなった結果、仰臥位で水平に近く、頭頸部に無理な屈曲を強いらない姿勢であれば可能との結論となった。直接本人で試行ができなことから、事業所内スタッフ間で吊り具の調整方法や手順の確立を図った。結果として脚分離フルサイズ吊り具で水平位に近づくよう長さを調整し、ネックサポートの使用で頸部への負担軽減を図った。また、リフトで吊り上げた際の吊り具の張力が足側へ偏重することを防止するために、両膝窩部にクッションを入れ屈曲位保持させた。H18.1から母親とともに症例への試行を実施し良好な結果となった。その後、訪問時に母親への吊り具装着、操作方法の指導を継続し、H18.3には母親一人でも操作可能となり、ストレッチャーへの移乗や訪問入浴へのリフト使用など生活内へ導入となった。<BR>【考察】<BR> リフトや吊り具等の福祉用具は、対象者の身体機能や用途に合わせ選定、調整、適応する段階付けが必要である。これらは症例の状態変化においても検討調整が繰り返し求められる。生活支援とはその対象者と福祉用具と環境を組み合せてプランニングすることであり、訪問リハビリテーションにおいて我々セラピストは生活の可能性を見出し、実現する役割が求められると考える。
著者
吉村 修 中島 新助 村田 伸
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.203, 2008

【目的】<BR>身だしなみは、人の印象を決定する重要な要素である。特に臨床の場では、患者や職員との人間関係を良好にする基本的なマナーとして必要とされる。今回、当院の患者及び職員に対し、臨床現場における理学療法士(以下PT)の身だしなみについて、アンケート調査を行ったので報告する。<BR>【対象】<BR>当院において理学療法施行中で、調査に協力可能な患者36名(男性16名、女性20名、平均年齢58.4±16.4歳)、当院に勤務する看護スタッフ(看護師・看護助手)138名(男性14名、女性124名、平均年齢34.6±9.3歳)、当院に勤務するPT・作業療法士・言語聴覚士のリハビリテーションスタッフ(以下リハスタッフ)31名(男性12名、女性19名、平均年齢27.4±4.3歳)である。<BR>【方法】<BR>PTの身だしなみに関する質問紙調査を無記名方式で行った。アンケートの内容は、男女の茶髪、男女の指輪、男女のピアス、男女の香水、女性の化粧、女性のマニキュア、伸びた爪、男性の長髪、男性の無精ひげ、カラーの靴下、白衣の下にカラーのシャツを着ることの15項目からなり、質問は全て「~していてもかまわない。」の文章構成とし、回答は「そう思う」「そう思わない」の2件法で選択してもらった。回答の「そう思う」「そう思わない」をそれぞれ1点、0点と得点化(満点15点)し、合計点を尺度得点としたが、点数が高いほど身だしなみに寛容であることを表す。統計処理には一元配置分散分析を用いて検討し、その後、Scheffeの多重比較検定を行った。なお、統計解析には StatView 5.0 を用い、統計的有意水準を5%とした。<BR>【結果】<BR>患者の身だしなみ尺度得点の平均は8.0±3.6、PTは6.7±2.3、看護スタッフは4.6±2.7であり、看護スタッフが有意に低い得点をつけていた(p<0.05)。項目別として、3者とも肯定的な回答が過半数を超えた項目は「男性の茶髪」「女性の茶髪」「女性の化粧」「カラーの靴下」の4項目であった。また、3者とも否定的な回答が多かったのは、「男性のピアス」「伸びた爪」であった。<BR>【考察及びまとめ】<BR>3者の身だしなみ尺度得点の比較から、PTの身だしなみに関して、看護スタッフが最も厳しい見方をしていることが示された。看護スタッフとリハスタッフの意識には差があり、そのことが職員間の人間関係に悪影響を及ぼさないように、PTは仕事中の身だしなみについて再確認し、良好な関係作りに努める必要があると考える。患者とリハスタッフの意識には差がなかったことから、身だしなみに対するリハスタッフの意識と患者の意識はある程度共通していると考える。但し、患者がPTの身だしなみを寛容に捉えていたのは、治療される側として、遠慮があったのではないかとも考えられる。看護スタッフが他の2群より厳しく捉えていたことや患者の寛容さは、年齢や性別の影響が考えられ、今後は対象例を増やしそれらの要因を調整した分析が必要と考える。
著者
納富 亮典 原 麻理子 飯盛 美紀
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.11, 2011

【はじめに】<BR> 右の広範な脳梗塞後,左手に非所属感,無目的な運動,物品操作時の拙劣さと握り込みを認めた症例に対し,外言語化による左手の運動を導入した結果,改善がみられたため,考察を加え報告する.尚,症例と家族には発表に際し文書同意を得た.<BR>【症例紹介】<BR> 80歳代,女性,右利き.診断名:心原性脳塞栓症.Br-stage:左上肢・手指・下肢共にV.感覚:左上下肢表在・深部覚共に重度鈍麻.左手に強制把握あり.FIM:44点.<BR>【MRI・FLAIR所見】<BR> 右頭頂葉・後頭葉・前頭葉内側,脳梁全域に高信号.<BR>【神経心理学的所見】<BR> MMSE:24/30点.BIT通常検査:14/146点,行動検査0/81点.数唱:foward5桁,backward4桁.聴覚性検出課題:正答率84%,的中率45%.記憶更新課題:3スパン正答率13%.PASAT:2秒条件3%.FAB:4/18点.Kohs立方体:不可.SPTA:拙劣さあるが命令・模倣動作とも可能.VPTA:錯綜図5/6,未知相貌の異同弁別7/8.<BR>【左手に関する症状】<BR> 無目的に動く.左手に対して「隣の人の手」「この人,静かにしなさい」といった発言をする.物品操作では,リーチのずれ,Preshaping・shapingの拙劣さ,握り込みを認める.日常生活での使用は乏しい.<BR>【介入・経過】<BR> まずは外言語化による無目的な運動の抑制を試みた.また,「誰かの手」と言う左手の非所属感,左手の低使用,握り込みに対し,右手の運動抑制と左手の運動拡大を目的に,物品の握り・離しの単純動作を徒手的に誘導しながら実施した.自室内環境としても,ベッドでの寝返り方向,テレビ,棚の位置を左方向へ変更し,病室内の導線(トイレ,洗面台,廊下まで)をマーキングし,左空間への視覚探索・動作機会の増加を促した.左手への注意向上がみられた頃より,両手動作の練習を開始した.まずは手洗いなどの簡単な慣習動作から開始し,セルフケア,簡単な生活関連動作へと進めた.結果,セルフケア場面での左手の使用の増加や,外言語化による自己調整が可能となり,内観も「誰かの手」から「自分の左手」へと変化した.<BR> 発症5ヶ月後にはBr-stageには変化はないものの,神経心理学的所見は,MMSE:24点,BIT通常検査:130点,FAB:8点,ADLはFIM:103点となり,歩行・整容・更衣・排泄動作は自立となった.<BR>【考察】<BR> 本症状は左手の非所属感,無目的な運動より,posterior typeのalien hand syndromeと考えられた.病巣は広範な右半球と脳梁にあり,左手の情報と行為の中枢である左脳との連絡が絶たれたことによる症状と考えられ,非所属感や無目的な運動が生じた左手に対し,外言語化による左手の情報伝達と運動指令の再学習は有効と思われた.
著者
川田 隆士
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
vol.2006, pp.140, 2006

【はじめに】<BR> 介護予防マネジメントの中で生活機能向上に対する意欲の引出し、生活のイメージ化が求められている。今回当ユニットに入居した1事例を通じ、OTの関わりと実生活に則した施設環境の重要性を紹介する。<BR>【事例紹介】<BR>81歳女性、俳句の同人詩で活躍。H15年より胸椎検査のため二ヶ月程入院。H16年1月、胸椎化膿性脊椎炎圧迫骨折両下肢麻痺にて手術。歩行器にて歩行可能となり8月退院。9月自宅にて転倒し右脛骨骨幹部骨折にて再び入院。物忘れ、昼夜逆転、夜間せん妄憎悪し、当ユニット入居。転院時状況は全般的に廃用性筋力低下著しく、食事(食欲低下)、寝返り一部介助以外全介助レベルで尿便失禁認める。疎通比較的良好。リハに意欲を示すが、帰宅願望強く、長谷川等の検査や車椅子座位での簡易な家事、俳句に対し参加拒否。表情硬く、白髪。親族は面会熱心で、激励や句会参加を強調する場面見受ける。<BR>【リハ治療プログラム】<BR>訓練は病前の活動を意識させないものから導入 1.下肢ROM訓練2.下肢運動機能向上訓練3.バランス訓練4.起立、歩行訓練を毎日実施<BR>【フロア、親族との連携】<BR>2.4を午前午後に分け1回ずつ、週3日実施。チェック表記入。OT指示が出るまで激励、句会等の会話はせず、できた事を賞賛するよう助言<BR>【当ユニットの特徴】<BR>1.12対5の小ユニット為、事例の心身状況を把握し易く、伝達が早い2.居住空間が狭く、近位監視が可能。家具の配置が密集され、参照点が多く、実生活に則した歩行が早期から可能3.個浴、家具類持込みに加え、生活パターンが個人基盤である事から退所後のイメージ化を促進4.開設からOTが関わっており、スタッフのリハビリに対する連携意識が強い5.完全カルテ開示にて、随時親族との打ち合わせ可能<BR>【経過】<BR>チェック表定着。訓練の調整可能。10日後歩行器歩行中等介助にて60m可能。2ヶ月後、歩行器歩行監視100m可能。テーブル支持にて移動可能。車椅子除去。食事(全量摂取)、排泄、更衣、整容動作修正自立。髪を染め、句集を目にし始める。3ヶ月後監視シルバーカー100m、伝い歩行60m可能。長谷川検査にて非認知症判定。他者への配膳、食事介助をされる。フロア、親族への助言解除。4ヶ月で移動は修正自立レベル。俳句作成、家事実施。5ヵ月で退所。通所リハへ移行。現在、移動完全自立。APDL修正自立。排句会の行事参加等多忙な生活を送っている<BR>【考察】<BR>事例は長期不活動による廃用だけでなく、自宅復帰時の転倒骨折にて退所後のイメージ化ができにくく、抑うつをベースとした仮性認知症症状を来たしていたと考えられる。短期間で劇的に改善を認め、再復帰に至った背景には小規模単位による早期連携の定着化、実生活に則した環境因子による在宅イメージの容易化が考えられる。しかし、これらを短期間に事例の生活機能に反映していけた背景には事例の心身両面の改善に対し、早期よりOTがスタッフ、親族との連携に積極的に関われた事が挙げれれる
著者
上島 隆秀 高杉 紳一郎 河野 一郎 岩本 幸英
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
vol.2007, pp.5, 2007

【はじめに】<BR> 中高齢者を対象に,介護予防や健康増進を目的とした数多くのプログラムが全国で実施されている.内容としては転倒予防や認知症予防を目的とした運動,音楽,舞踊などが多い.フラもその一つであるが,昨年の映画公開をきっかけにフラに対する注目度が上がっている.ハワイの伝統文化であるフラは,見た目の優雅さとは裏腹に想像以上に下肢筋活動を伴う運動である.今回,M市のフィットネス施設において,フラ教室参加者の身体運動能力測定および健康関連QOL評価を実施し,その介入効果について検討したので報告する.<BR>【方法】<BR> 対象はM市の一般住民でフィットネス施設のフラ教室に参加した女性11名(平均年齢67.6歳)であった.全ての対象者に対して教室開始前と終了後に,ファンクショナルリーチ(以下 FR),開眼片脚立ち時間,長座体前屈,10m最大歩行速度,膝伸展筋力,握力の測定および健康関連QOL評価を実施した.長座体前屈は竹井機器工業社製デジタル長座体前屈計,膝伸展筋力は日本メディックス社製徒手筋力測定器MICROFET2を使用した.健康関連QOL評価はSF-36日本語版を使用した.評価項目は,身体機能,日常役割機能(身体),体の痛み,全体的健康感,活力,社会生活機能,日常役割機能(精神),心の健康である.そして,各測定・評価項目についてフラ教室参加前後の値を比較検討した.なお,統計学的検定には対応のあるt検定を用い,有意水準は危険率5%未満とした.<BR>フラ教室は,熟練した講師の指導下で毎回1時間,週1回の頻度で2ヶ月間実施された.なお,事前に十分な説明を行い対象者の同意を得た上で測定および評価を実施した.<BR>【結果】<BR> 教室参加前に比べ参加後では,FR(38.3→41.3cm),長座体前屈(34.9→37.6cm),膝伸展筋力(22.7→24.6kg)において有意な向上が認められた.また,健康関連QOLでは,身体機能(74.5→89.1)および活力(64.5→80.9)において有意な向上が認められた.<BR>【考察】<BR> 今回, FR,長座体前屈,膝伸展筋力において有意な改善を認めた要因として,ダンス中における頻回な骨盤傾斜・回旋及び膝軽度屈曲位でのステップによるものではないかと考えられた.<BR>また,健康関連QOLにおいても改善効果が認められたことから,フラを継続することでQOLや生活機能の改善が期待できる.高齢者の生活機能低下予防は,介護予防の観点からも重要であるが,楽しみながら身体を動かすだけで生きがいにもつながればそれに勝るものはないであろう.<BR>今後は,他の運動との比較も行ってゆきたいと考える.<BR>【文献】<BR> 1)伊藤彩子:フラダンスのはじめ.WAVE出版,2004.
著者
大薮 みゆき 山田 麻和 松尾 理恵 友利 幸之介 田平 隆行
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
vol.2004, pp.122, 2004

【はじめに】<BR> 4年前に線条体黒質変性症の診断を受けた本症例は、身体機能の低下に伴いADLはほぼ全介助である。今回4度目の入院において、症例は「どうしても自分でトイレが出来るようになりたい」と希望している。ここに症例の到達目標とセラピストの予後予測にずれを感じた。近年、カナダ作業遂行モデル(以下、CMOP)に基づいたクライエント中心の作業療法が実践されている。そこで、今回CMOPの理論と作業遂行プロセスモデル(以下、OPPM)に基づき、症例が望む作業について症例と共に考案したので報告する。<br>【症例】<BR> S氏、84歳、女性。診断名は線条体黒質変性症。夫、次女、次女の夫、孫との5人家族で、主介護者は夫である。介護保険制度では要介護度4の認定を受け、通所リハビリテーションと訪問介護を利用し在宅生活を送っていた。<br>【アプローチ】<BR> OPPMに基づき以下のようなアプローチを行った。<br>第1段階:作業遂行上の問題を確認し優先順位をつける。ここでは、カナダ作業遂行測定(以下COPM)を用いた。セルフケアでは「夫に迷惑をかけている」という負い目から排泄動作自立を希望していることが分かった。レジャーでは、人との関わりを好む性格から「夫や曾孫へプレゼントをすること」「友達と話をすること」という希望が聞かれた。<br>第2段階:理論的アプローチの選択<br> 基礎体力や排泄動作能力向上のために生体力学的アプローチを、社会・心理面にはリハビリテーションアプローチを行った。<br>第3段階:作業遂行要素と環境要素を明確にする<br>症例は1時間半程度の座位耐久性があり、手指の巧緻性の低下は認められるものの、簡単な手芸は可能と思われた。他者との会話は難聴と構音障害のため困難であった。排泄は尿便意消失のため膀胱留置カテーテル、おむつを使用していた。症例は羞恥心と「女性は男性の世話をするもの」という価値観から夫からの排泄介助に負い目を感じていた。一方、夫は87歳と高齢で心疾患があり排泄介助に負担を感じていた。<br>第4段階:利点と資源を明確にする<br> 症例はプレゼント作りに対する意欲が高かった。また、夫は介護へ前向きであった。<br>第5段階:めざす成果を協議して行動目標を練る<br> これらの結果をもとに、症例や夫と一緒に話し合い、目標を1)夫に迷惑をかけているという負い目の軽減、2)夫や曾孫にプレゼントを贈る、対人交流の促進とした。<br>第6段階:作業を通じて作業計画を実行する<br> 1)については、夫の希望からもおむつ交換時の介助量軽減が「夫が心身共に楽になる」ことにつながることを伝え、おむつ交換訓練やベッド上動作訓練の導入を提案した。しかし、家族が施設入所を希望したため保留となった。導入時、セラピストは、症例の負い目を夫に伝え、症例と夫へ会話の場の設定や話題提供を行ったところ、夫から症例への優しい言葉掛けが増え、その言葉に症例は安心感や喜びを感じていた。2)については「風邪をひかないように毛糸の帽子を作ってあげたい」という症例の希望を受け、改良した編み棒を用い、スプールウィーピングにて帽子を作ることにした。作業の際には症例と他患との間に、セラピストが入り、他患との会話を促した。手芸の経過の中で「じいちゃんとのこれまでの生活を思い出す。結婚して良かった」「病院にも友達が出来たよ」という言葉が聞かれた。完成後は感謝の手紙を添えて夫へプレゼントした。また、夫へ依頼しひ孫へ直接プレゼントを渡す機会を作ってもらった。症例は夫や曾孫が喜んでくれたことを嬉しそうにセラピストに話した。<br>第7段階:作業遂行における成果を評価する<br> 初回評価から8週後にCOPMの再評価を行った。「夫に迷惑をかけないように自分でトイレをする」という希望は遂行度、満足度に変化が見られなかった。「夫やひ孫へプレゼントをする」「友達と話をする」という希望ではスコアが大幅に向上した。<br>【考察】<BR> 「一人でトイレがしたい」と希望する症例に対してCMOPの理論に基づき、症例の視点から作業を共に検討した。そして症例の作業を決定する動機、すなわちSpiritualityは「夫に対する想い」であった。そこでアプローチには、帽子のプレゼントや負い目に対する夫の言葉かけなど、夫とのコミュニケーションを形づけられるような作業を提案した。その結果、トイレ動作に変化に見られなかったものの、日常での言動やCOPMでの再評価から症例は夫の中にある自己の存在を確認できているように見えた。現在、症例の生き生きとした言動から家族も再度在宅生活を検討し始めている。今回の経験からSpiritualityの発見と、それに向かって具体的な作業を提案することの重要性を認識した。
著者
北野 晃祐 今村 怜子 山本 匡 菊池 仁志 小林 庸子
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.57, 2011

【背景】<BR> 排痰補助装置(カフアシスト:以下MAC)は、排痰補助の他に胸郭の拡張効果などが期待できる。MACの気道への陽圧や急速な陰圧が強い違和感となり、実際の排痰困難時に、導入困難な例をしばしば経験する。<BR>【目的】<BR> 筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者におけるMAC導入困難症例への対応のため、発症早期より胸郭拡張の目的でMACを使用し、その導入の円滑化を図る。<BR>【対象・方法】<BR> 対象は、平成22年4月以降に当院にてMACを導入した喀痰排出能力を保つALS患者9名。MACの初回導入は、排痰ではなく胸郭拡張の目的で使用する旨を説明した。導入時は、フルフェイスマスクを使用してINHALE (IN)のみを10~15cmH<sub>2</sub>Oより開始し、徐々に40cmH<sub>2</sub>Oを上限に圧を上げ、1日に1回(5サイクルを3セット)実施した。INを違和感なく実施可能となった患者に対しては、15~30cmH<sub>2</sub>OよりEXHALEを開始し、40cmH<sub>2</sub>Oを上限として継続的に実施した。継続的な使用が可能となった患者には、担当理学療法士(PT)により「導入時の感想」「現在の感想」に関するアンケート調査を施行。また、導入時と現在のMACへの違和感をPT1名によりVASで定量化した。本研究は当院倫理員会の承認を受けて実施した。<BR>【結果】<BR> ALS患者群のPeak Cough Flowは、264.4±65.0L/min。9名全員が継続的に使用可能となり、MACに慣れるまでに要した回数は多くが1~2回で、1名が5回の機会を必要とした。導入時の感想は、「何ともない」「スッとした」「面白い。自分で買おうかな」「喉のあたりが押し込まれる感じ」「少しきつい」が聴取された。現在の感想は、「INがビックリする」「気持ちが良い」「続けていきたい」「タイミングが取れれば大丈夫」「何ともない」「胸の方まで押し込まれる感じ」が聴取された。VASは導入時5.4±1.8/10から現在4.1±2.6/10と変化した。対象患者1名が導入3ヵ月後に肺炎で死亡、さらに1名が導入1カ月後に突然死となり、調査中止となった。<BR>【考察】<BR> MACを早期より導入した9名全員が継続的に使用可能となった。理由として、発症早期は、呼吸機能が保たれており、MACと呼吸の同調が容易であることが考えられる。しかし、違和感はVASにおいて現在も消失していない。MACは気道への陽圧と急速な陰圧という非生理的刺激を利用することから、違和感を完全に消失させることは困難と思われる。そこで、早期導入には、初回から入念なオリエンテーションと10cmH<sub>2</sub>O程度の圧より開始し、徐々に慣れていくことが重要と考える。今回2名の死亡中止例が見られている。死亡へのMACの因果関係は否定的であるものの、気胸や不整脈のリスクを伴う機器であり、今後在宅や施設での普及の為にも、導入基準決定のための評価シートが必要である。病状の進行により排痰補助を必要とした際に、MACを問題なく使用できることが重要であり、継続した検討が必要である。
著者
大島 健次郎 興呂木 祐子 山田 尚史 本田 喬
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
vol.2016, pp.199, 2016

<p>【目的】</p><p>脳卒中や脳外傷などによる高次脳機能障害者が社会復帰及び生活の質を向上させる為の手段として自動車の運転が出来る事の意義は大きい。しかし、運転再開に向けての支援の有無及び内容に関しては地方及び各病院で差が生じており、熊本県における高次脳機能障害者の運転再開に関する報告は少ない。当院では、運転シミュレーター(以下DS)が無い状況で運転再開に向けて介入を行っている。経過から、当院での取り組みについて紹介すると同時に4症例の運転再開者の傾向を報告する。</p><p>【方法】</p><p>1.当院の運転再開に向けての流れは(1)発症前の運転の有無及び再開の意思を確認(2)机上検査にて高次脳機能評価(TMT-A、TMT-B、BADS動物園地図、Rey複雑図形模写、Rey複雑図形3分後再生、コース立方体、HDS-R)を実施。(3)思考課題(認知神経リハビリ)を施行(4)Honda Safety&Riding九州(以下HSR九州)で実車評価を担当セラピスト同乗のもと施行(5)実車評価結果をもとに診断書作成を主治医へ依頼(6)公安委員会にて運転再開可否の判定を受ける。とした。2.事例紹介(1)対象は高次脳機能障害者4名(左半球損傷3名、前頭葉損傷1名)、年齢は20~90歳代。4名とも男性で運動麻痺は軽度であった。(2)介入時と実車評価施行時における机上評価結果より、再開・非再開者の違いの傾向を検討した。なお4名には本研究について十分な説明を行い、当院倫理委員会で同意を得た。</p><p>【結果】</p><p>4名中3名で運転再開が可能となった。再開者は20~70代で復職など明確な目標を持っていた。机上検査ではTMT-A、TMT-B、HDS-R、Rey複雑図形3分後再生で初期から最終にかけて改善を認めた。非再開者は90代と高齢であり運転再開に明確な目的が無かった。また机上検査において、TMT-A・B、ROCF3分後再生、コース立方体、HDS-Rに関して初期の点数が低く、初期から最終にかけての改善が少なかった。高次脳機能検査7項目における傾向として、先行研究のカットオフ値と一致していたのはTMT-A、TMT-B、HDS-R、Rey複雑図形3分後再生の4項目で、一致していなかったのはBADS動物園地図、Rey複雑図形模写、コース立方体の3項目であった。</p><p>【考察】</p><p>当院での取り組みと他病院との相違点は、DS使用の有無である。高桑らはDSについて、道路環境や周囲の車両の動きの設定が可能で運転シーンを繰り返す事ができ再現性に優れるなどのメリットがある反面、現実感に乏しく超高速走行等の非現実的な運転行動をする、高次脳機能に対するアプローチが行えないなどデメリットを挙げている。当院の取り組みは高次脳機能に対する直接介入いわゆるボトムアップであり、問題点に焦点をあてた思考課題を段階的に実施することで高次脳機能の改善が見られ、4名中3名で実車評価および運転再開につなげる事が出来たものと考える。運転再開可否の傾向として、年齢や明確な目的の有無が挙げられ、山田や倉板らの見解と一致していた。また今回用いた評価のうち4項目はカットオフ値と一致していたが、3項目は一致しなかった。7項目とも自動車運転に必要な注意機能・視空間機能・視覚性ワーキングメモリを評価するものとされているが、後者の3項目に関しては、難易度や読解力の差、年齢など様々な要因が影響していると考える。</p><p>【まとめ】</p><p>判断基準値に対する先行研究にも様々な見解がなされている。今後は、症例数を増やし得られた結果をもとに自動車運転再開の判断に必要な検査項目及び再開判定の基準値を検討していく必要があると考える。</p><p>【倫理的配慮,説明と同意】</p><p>本研究を行うにあたり,当院倫理委員会の承認を得ており,対象者へは十分に説明し書面にて同意を得た。</p>
著者
小笠原 智子 古江 伸志 清水 志帆子
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
vol.2006, pp.80, 2006

【はじめに】<br>脳卒中患者の復職の問題は様々であるが、今回、入院中は著明な身体機能・高次脳機能の問題がなかったが復職後短時間の作業で麻痺側上肢の疲労を生じ仕事に支障をきたす症例を担当した。そこで作業耐久性低下の要因について内田クレペリン検査標準版(以下KP)を行い、その前後に簡易上肢機能検査(以下STEF)、視覚始動性反応時間(浅海ら,以下RT)、重心動揺検査の総軌跡長(以下LNG)を測定し健常者群と比較し分析したところ一考察を得たので報告する。<br>【対象】<br>症例は右被殻出血による左片麻痺の52歳男性、身体機能は複合感覚軽度鈍麻でSTEFは左92点、右100点で利き手である麻痺側上肢は実用手レベルであった。高次脳機能はADL に支障をきたすものはなくコース立方体組み合わせテストもIQ111であった。ADLはFIM126点で全て自立していた。入院期間は3ヶ月弱で退院後は自宅復帰、病前と同じ現場監督として復職した。健常者群10名(平均年齢26.7歳±3.87、男女各5名)<br>【方法】<br>作業活動としてKPを実施し、その前後で以下の3つの検査を記載順に行った。1RT,2STEF,3開閉眼片脚立位で左下肢から右下肢の順にLNGを30秒間測定した。KP前後での3つの検査の比較とKPの作業効率の比較にて分析した。<br>【結果】<br>RTは健常者群で作業前平均0.268、作業後平均0.262秒に対し症例は作業前0.331秒、作業後0.406秒と遅延した。開眼の左片脚立位のLNGでは健常者群は作業前平均98.078cm、作業後平均94.152cm、症例は作業前94.45cmで、作業後は30秒保てず15秒で接地したにも関らず106.18cmと伸長し、右片脚立位も健常者群は作業前平均98.55cm、作業後平均89.64cm、症例は作業前76.85cm、作業後107.5cmで症例に伸長がみられた。STEFは症例含め全員顕著な差はなかった。症例のKPの作業効率は健常者群と差はなかったが、休憩効果で定型とされた範囲より3段階低いものであった。<br>【考察】<br>健常者群はKPの30分の書字程度では作業耐久性低下はみられずRT・LNG・STEFは作業後の成績が向上した。これは学習効果によると考える。一方、症例は作業後のSTEFは著変なかったが、RT・LNGに低下がみられたことから作業後の上肢の疲労は、上肢そのものの機能低下より視覚-運動系の活動レベルの低下や上肢作業の代償として体幹の非対称性筋活動によるバランス低下の要因が大きく関与していることが考えられた。また、休憩効果の低さにより異常筋緊張の持続が予測され活動の反復により加重されていくと示唆された。よって本症例は、体幹・視覚-運動系の問題があり外来での継続的な治療が必要だと考えた。また、今回入院中の評価では著名な問題が見出せなかったため復職の治療指針とする高次な身体機能の評価バッテリーと復職に必要な評価基準の検討を行っていきたい。
著者
工藤 朝子
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 第33回九州理学療法士・作業療法士合同学会 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
pp.244, 2011 (Released:2012-03-28)

【はじめに】 幼児期の子どもは、成功や失敗を漠然と感じることはできるが、自身の行動を客観的に捉えることは難しく、身近な人の言動に影響を受けながら自己のイメージを築いていく。しかし、発達障害を持つ子どもの多くは、共感性の乏しさや独自の解釈などにより、周囲の言葉をうまく取り入れられないことがある。 今回、自信の無さから課題に取り組めない事例に対し、課題の調整のみでは変化が見られず、関わり方を配慮したところ、取り組みに変化がみられたので報告する。なお、報告にあたりご家族の同意を得ている。【症例紹介】 地域の保育園に通う5歳男児。診断名は言語発達遅滞、発達性協調運動障害。田中ビネー知能検査ファイブIQ99。興味の限定や儀式的な行動がみられるが対人面は良好である。ADLはFIM96/126点で、環境やその時の気分により遂行に差がある。体幹の支持性が乏しいため、机上課題では姿勢の保持が難しく片方の手を支持に使う。鉛筆は握り込み、肩関節の動きで、ぬりえや自由画などを行う。視知覚検査では、年齢相当から2歳程度の遅れを示すものまであり、項目間の差が大きい。作業療法場面では、ぬりえ課題の背景や図柄・線の太さの段階付けを行ったが、失敗ばかりを気にして、賞賛や励ましを聞き入れられず、課題に取り組めない。ぬりえに取り組めない状態は、自宅や保育園でも同様である。【方法】 作業療法士(以下OT)は、子どもの課題に対する自発性を育てる目的で、児の思いを尊重する関わりを行う。関わりは、OTが「ここは線からはみ出ていないね」など、上手くできている部分を具体的に児に伝え、反応を待つ。うなずきなどの共感的な反応がみられたときに限りさらに褒める。【経過および結果】 作業療法を5ヶ月間、全8回実施。児は、2回目まで自発性に乏しく、OTの言葉にもほとんど反応しなかった。3回目以降は、課題に自発的に取り組んだ。OTの言葉には反応しないこともあったが、少しずつ共感することが増えた。7回目からは、よくできたところを自ら指差し、周囲に伝えるようになった。なお、自宅や保育園でもぬりえや自由画に取り組むようになった。【考察およびまとめ】 今回OTは、児が持つ達成感に注目して肯定的な視点を伝え、児が肯定的なイメージを持ったと確認できたときのみ賞賛を行った。そのことで、児は失敗だけでなく成功した部分にも気づけるようになり、OTの言葉を受け入れられるようになったと考える。結果、児の上肢機能などに大きな変化はなかったが、課題に対して自信を持つことができ、自発的に取り組めるようになったと考える。OTは、課題の調整だけでなく、子どもが持つ達成感を尊重し、成功体験を積む機会が得られるように支援することが重要である。
著者
豊田 彩 古田 幸一
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 第30回九州理学療法士・作業療法士合同学会 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
pp.140, 2008 (Released:2008-12-01)

【はじめに】 歩行時の立脚中期(Mid Stance以下MSt)は支持側前足部への身体移動、脚と体幹の安定性を確保する相である。前相の荷重応答期(Loading Response以下LR)にて床反力が影響し始め、前方への動きが保持されMStへと伝達される。この際の股関節制御は体幹の安定性、床反力位置を決める重要な因子となる。今回、股関節疾患後のMSt獲得に着目し理学療法を展開した。【症例紹介】74歳女性 身長140cm体重38kg BMI20 H8.4左大腿骨頚部骨折後人工骨頭置換術施行 H19.12転倒し左大腿骨骨幹部骨折後ケーブル3本で締結固定【理学療法評価】ROM:股関節伸展10°MMT:腸腰筋2、縫工筋4、大殿筋3、中殿筋4 疼痛:MSt時右肩関節前面VAS5/10 静止立位:上部胸椎左回旋、左肩甲骨下方回旋、左下角が右に対し1横指下方。下部胸椎・腰椎右回旋、骨盤帯右回旋、右寛骨下制、左股関節外旋、重心右偏位。歩行:左MSt時股関節伸展が乏しく、左上部体幹が下方に引き下がる。【理学療法アプローチ】1.単関節筋トレーニング2.課題変化によるMSt訓練3.上部体幹機能改善訓練【経過と考察】 歩行周期中MStは重心の位置が最も高く前相のLRは最も低くなり、通常この移行期にロッカー機能と大殿筋の求心性収縮で体幹直立位を保っている。症例は、大殿筋の求心性収縮遅延が生じ、ロッカー機能を優位に働かせ、カウンターウエイトにて左単脚支持を担っていた。静止立位では慢性的に重心は右偏位し、左側股関節の固有感覚受容も低下した状態であった。これらの事からMSt時、上半身重心は右に残ったまま左外側の筋・筋膜での股関節制御を高め、床反力ベクトルは股関節後方から対側肩関節へと通過し、左股関節屈曲モーメントと右肩関節伸展モーメントは増加した状態であった。更に、股関節外側制御により体幹を斜走する筋膜であるSpiral lineを伝わり右肩関節への張力を発生させていた。MSt獲得不全が二次的に肩関節に疼痛を及ぼしていた。アプローチとして、大殿筋、腸腰筋の単関節筋トレーニングを非荷重下にて行い股関節単体での筋機能を向上させた。次に運動課題の変化によるMSt訓練として、擬似的にMSt初期を側臥位(左足底を壁面に接地し両下肢の同時収縮運動)にて行い、反力ベクトルを上方へと促し、運動課題が複雑な荷重下でのステップ訓練、歩行へと展開した。更に、左胸郭の動きを促し、上部体幹の動的な安定性獲得を図った。結果、MStでの股関節機能は改善、左上部体幹の動揺は減少し、右肩関節の疼痛は消失した。【まとめ】 歩行時のMSt獲得のためには股関節機能は重要であり、上部体幹や他の下肢関節への連鎖も考える必要がある。今後臨床にて他の歩行周期にも目を向け更なる検討を行なっていきたい。
著者
西岡 健太 速水 慶太 永田 鉄郎 川村 優理子 長 志織
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
pp.250, 2016 (Released:2016-11-22)

【目的】エルゴメータ運動(以下:エルゴ運動)は,その簡便性から臨床で広く用いられている。エルゴ運動には有酸素運動能の改善に効果があるとされている。電気刺激療法は筋力向上運動として古くから用いられている。本研究の目的は,エルゴ運動に電気刺激を組み合わせることで有酸素運動による最大酸素摂取量の向上に加え,筋力も併用して向上するかを明らかにすることである。【方法】対象者は健常成人男性5名(平均年齢21.40±0.49歳)で,電気刺激を用いてエルゴ運動を行う群(以下ES群)とした。ES群は,エルゴ運動中に両下肢の大腿四頭筋とハムストリングスへ交互に電気刺激を印加させた。介入期間は1回約30分間を週3回6週間(計18回)行った。評価は,大腿直筋の筋厚測定の為に超音波を用いた。利き下肢の膝関節屈曲伸展筋力測定(60,180deg/sec)の為にBIODEXを用いた。有酸素能力向上を確認する為に,呼気ガス装置を用いて最大酸素摂取量を測定した。介入前後に測定を行い,SPSSver20を用い,対応のあるt検定を用いて運動効果を確認した。【結果】(1)筋力における筋力改善結果は,60deg/secにおいて,総仕事量(J)(改善率26.26%,P=0.001),平均パワー(W)(改善率21.45%,P=0.015),全体総仕事量(J)(改善率20.10%,P=0.001)であった。180deg/secにおいては,伸展総仕事量(J)(改善率23.04%,P=0.008),伸展平均パワー(W)(改善率22.59%,P=0.001),の項目において有意な改善が認められた。また,筋厚においては大腿部膝上10cm(改善率8.75%,P=0.009)に有意な改善が認められた。他の項目は認められなかった。(2)最大酸素摂取量最大酸素摂取量(ml/kg/min)(改善率8.26%,P=0.020)で改善が認められた。【考察】本研究結果から,限定的であるが,エルゴ運動は有酸素運動能および無酸素運動能において,改善が認められた。①膝屈伸筋力今回行ったエルゴ運動では,運動抵抗を自らの身体に作り出し,運動負荷が加わる為,BIODEXによる筋力測定においてES群では有意な筋力向上が認められたと考えられる。また,筋厚においても有意な改善が認められ,筋肥大が認められた。②最大酸素摂取量最大酸素摂取量が改善し,心肺機能向上が認められた。この理由はエルゴ運動による活動性増加により,骨格筋の酸素利用能の増加で生じる形態的および機能的変化が発生した為であると推察される。ES群は抵抗運動効果が強かった為に,運動強度が上がったと考えられる。【まとめ】エルゴ運動に電気刺激を組み合わせることで筋力増強と最大酸素摂取量の両方が改善された。このことから効率の良い運動が可能となる。今後は運動強度の設定方法の確立を考慮する必要がある。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は国際医療福祉大学倫理委員会の承認(承認番号:13-Io-124)を得た後,対象者には事前に研究内容を説明し,書面にて同意を得たうえで実施した。なお,本研究発表を行うにあたり,ご本人に書面にて確認をし,本研究発表以外では使用しないこと,それにより不利益を被ることはないことを説明し,回答をもって同意を得たこととした。
著者
北井 玄 原田 伸吾
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.2, 2010

【はじめに】<BR>CVAを発症し左片麻痺、高次脳機能障害を呈したA氏を担当する機会を得た。A氏の希望は、企業への復帰であった。A氏と労働組合と共に復職に向けて働きかけたところ企業側は難色を示した。復職の実現に向けて働きかけたプロセスを紹介し、その中から見えてきたPT・OTの役割について考察する。<BR>【事例紹介】<BR>40歳代男性。<BR>生活歴:発症前は営業職のマネージャー。現病歴:平成19年8月右被殻出血。平成20年2月通所リハ利用開始。週4回利用で要介護1。<BR>ADL:FIM 120/126移動:階段歩行・屋外歩行共に自立(短下肢装具使用)Brunnstrom stage:上肢_III_下肢_IV_手指_III_。感覚:中等度鈍麻 高次脳機能:左半側空間失認が認められる。<BR>【評価】<BR>A氏の不安:身体のこと(麻痺の回復・応用歩行・持久力)能力のこと(制服・運転)AMPS:Motor Skillsが1,41logits、Process Skillsが0,95logits。Time up & go test:平均15秒。更衣(制服)自立。自動車免許は更新できた。<BR>労働組合の依頼により評価結果を企業に提出した。その後、企業とA氏との話し合いが続いたが難航し、企業が解雇の意向を示したことで裁判となった。<BR>【介入の基本方針と介入経過】<BR>復職の為に、企業が難色を示す理由を明確化し、それに対する評価結果を数値化して復職が可能なことを企業に示すこと。また、企業が難色を示す理由に対して介入することとした。<BR>解雇理由は、会社がバリアフリー構造でない。体力上フルタイム勤務は困難ではないか。(身体機能面への理由)一人で業務を遂行できるのか。業務中フォローする人材と時間の不足。(作業遂行の質に関する理由)であった。<BR>介入結果は、Time up & go testが平均13秒。持久力として屋外歩行2kmコースを連続歩行可能(所要時間約50分)となった。また、AMPSではMotor Skillsが1,92logits、Process Skillsが1,18logitsとなった。<BR>これらを企業に提出した結果、裁判はA氏の要望が通る形で和解し、復職が決定。PT・OTの評価は裁判の資料として取り扱われた。<BR>復職後、労働組合の担当者は「PT・OTの作成した書類は、結論を先延ばししようとする企業に対して非常に効果的だった。おかげで話が前に進んだ」と語った。<BR>【考察】<BR>当初、復職に至らなかったことに関して、A氏同様、企業の不安も明確化し、双方に介入する必要性があったと考える。また今回の事例では、企業の雇用継続に関して不安な点として、身体機能面と作業遂行の質に関する面に分けられた。これは、就労にまつわる多くの事例に共通する不安と推測する。<BR>上記2点において、PT・OTが協働して企業側が示す不安を解消し得るデータとフォロー方法を提示することが重要であり、それがPT・OTの役割であると考える。