著者
長澤 夏子 佐古 崇 渡辺 仁史
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.74, no.646, pp.2611-2616, 2009-12-30 (Released:2010-04-01)
参考文献数
3
被引用文献数
2

We investigated people in a large-scale, commercial facilities in Japan. As a result, it was clarified to be able to describe the shopping behavior in the following two states. (1)Person in state to try to go to target area (2)Person in state to wandering in shopping mallThe person changes by two states and decided the route. This state variation and routing have been decided from the investigation according to acquired data. And, the space made a divergence part and a target store a network as a node. Finally, the simulation result showed good agreement with the result of the field survey. This model was able to reproduce the whole of the shopping behavior done in the shopping mall. This model can be used at the esquisse stage of architectural planning.
著者
近藤 存志
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.63, no.514, pp.249-255, 1998

18世紀後半に始まったエディンバラにおけるニュータウン建設事業は、スコットランド啓蒙思想の最盛期に、その中心地において構想、実施されたことから、しばしばスコットランド啓蒙思潮の「建築」と「都市計画」の分野における具現化の事例として取り上げられてきた。特にその幾何学的な格子状の街区構成が、「秩序」(order)、「規則性」(regularity)、「改良・改善」(improvement)等の啓蒙思潮の概念と結び付けられて解釈されてきたのである。本稿では、ニュータウンの建設に際してエディンバラ議会が制定した建築物の建設に関する法令の内容に注目することで、スコットランド啓蒙思潮がエディンバラにおけるニュータウンの建設構想に与えた影響の一端を確認したい。エディンバラを中心としたスコットランド啓蒙思潮は、法律、政治、学問、文化等の分野の新たな展開を触発し、都市社会はその変化に新しい建築物の建設という形で敏感に反応して、新しく多様な公共施設、大学、病院、刑務所などが相次いで計画、建設された。こうした一連の公共事業のなかでも、とりわけエディンバラのニュータウン建設は18世紀のスコットランド啓蒙思潮が建築・都市計画の分野に果たした影響を最も顕著に示している事例である。18世紀後半のエディンバラは、デーヴィット・ヒューム(David Hume)、ケームズ卿(Henry Home,Lord Kames)、アダム・スミス(Adam Smith)等の著名な啓蒙主義の思想家たちを中心として、多様な学問分野における盛んな知的交流が組織化されていた。スコットランド啓蒙思潮を先導したこれらの思想家たちは、各々異なる専門分野を有していたが、啓蒙思潮の根本概念を一般の社会生活に適用することを試みることで、理想的な啓蒙社会を建設する意図を確かに共有していた。エディンバラにおける公共建築の建設や交通網の整備等を提案する機関が1753年に設置された際に任命された33名の委員には、こうしたスコットランド啓蒙主義の主要な思想家たちとその思潮を理解し支持するエディンバラの識者の面々が名を連ねている。18世紀中頃のスコットランド、とりわけエディンバラは、1707年のスコットランドとイングランドの合邦以来の経済的発展、人口増加、交通網の整備、そして都市拡張の必要性に直面していた。スコットランド啓蒙主義の思想家たちは、経済的・社会的発展が社会の秩序ある「徳」の確立を前提として成立するものであると考えていたから、こうしたスコットランドにおける発展の傾向に際して、如何にこの社会的徳を実現するかという問題に取り組まなくてはならなかった。すなわち、腐敗と堕落を回避して社会的な徳を実現する一方で、継続的な経済発展の前提としての市民の権利、所有、自立を如何に両立させていくかという問題が主要な論点となったのである。こうした時代の課題に対してユ8世紀のスコットランド啓蒙思潮は、自然法の伝統に結び付く個人の自立、所有、権利、義務等の観念を尊重、強調することで社会の「富」の実現を目指す一方で、同時に公共精神や公共的な義務、さらには法令に基づく社会秩序の確立を通じて、「富」の追求が往々にしてもたらす人間の「徳」の堕落を阻止することを模索した、こうした傾向を前提として、スコットランド啓蒙思潮が理想とする都市環境の建設にあたっては、個々の市民の自立、資産、権利等の保障と、共同体の一員として市民が共有すべき公共精神や公共的義務との間の、微妙な均衡を維持することが重要な課題となった。ニュータウンの建設が実際に開始された直後の1768年に発令されたニュータウンにおける建築物の建設に関する法令には、スコットランド啓蒙思潮のこうした課題への取り組みが読み取れる。この法令の発令には、共同体の一員としての市民の公共精神や義務を確立して、共同体としての都市社会の公共の「徳」と「秩序」を維持、確保しようとする意図が含まれていた。具体的には、ニュータウンの景観美や格調を重視した建築物の建設計画規準の作成や個々の建築物に適した敷地の選定などに関する規定が、この法令には盛り込まれている。スコットランド啓蒙思潮によれば、個人の権利と趣味が尊重されることで積極的な「富」の追求が許された市民と社会は、従わなければならない法令の発令を通してその共同体としての「秩序」の崩壊と個人の「徳」の堕落を回避することができると考えられていたのである。こうした法令が発令された一方で、ニュータウンの個々の建築物がそれぞれの所有者の建築的趣味に基づいて個別に設計、建設されたことは、スコットランド啓蒙思潮が個人の所有、権利、自立、個性、趣味等を重視していたことと無関係ではない。実際にこの法令には、「人はそれぞれ建築に関する異なる趣味を持ち合わせているから、不変の規則を決定することは不可能である」(本文注釈18)と明記されており、個々の建物の所有者の建築的趣味を規定する意図がこの法令の発令にそもそもなかったことを裏付けている。こうした個人の建築的趣味を尊重する傾向は、美的趣味が個人の主観に基づくことを明確にしたスコットランド啓蒙の美学思潮を前提としている。ヒュームが異なる主観が異なる美を鑑賞することを論証して美的趣味の規範を確立することが不可能であることを指摘したように(本文注釈19)、ニュータウンの建設に関わったスコットランド啓蒙の識者たちは建築的趣味の規範を確立することの不合理を十分に承知していたのである。一方での秩序と徳の維持と他方の個人の権利と趣味の展開、その両者間にバランスをとることが彼らの困難な課題であった。以上のことから、エディンバラにおけるニュータウン建設事業そのものを、個人と公共、富と徳との間の繊細な均衡を建築的に、あるいは都市の文脈において具現化しようとしたスコットランド啓蒙主義の試みの産物として理解することができるであろう。こうした課題意識と試みが、一貫してニュータウンの建設を構想した人々たちにあったことは、ケームズ卿がエディンバラ議会に対して都市拡張事業の必要性を提言した1763年の書簡のなかにも端的に言い表されている。彼は次のように記した。「エディンバラの市街を拡張する事業は・・・個人の権利領域を侵害することなく、公共精神を発揮する絶好の機会であり、この事業を達成することは愛国心に富むスコットランド人としての大いなる喜びである。」(本文注釈23)
著者
ジャケ ブノア
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.71, no.601, pp.211-216, 2006
被引用文献数
3

研究目的と方法 本研究は、丹下健三の建築言説を対象とし、「伝統」と「創造」という、よく知られた彼の概念の根底に「モニュメンタリティ」の原理が潜んでいることを明らかにするものである。「伝統」と「創造」という概念について、丹下は「Michelangelo頌-Le Corbusier論への序説」(1939)の論文で初めて論じている。そして約二十年後、『桂・日本建築における伝統と創造』(1960)及び『伊勢・日本建築の原型』(1962)において、再び論じている。本研究ではこれらを主要な対象とする。丹下の建築言説には、ル・コルビュジェをはじめ彼が影響を受けた近代西洋哲学者(ニーチェ、ハイデッガー、ヴァレリー)が引用されている。そこで本研究では、それらの原典と丹下の解釈との比較分析を通して、丹下の建築言説を解釈する方法をとる。研究内容 「Michelangelo頌」と約20年後の2冊の著作(『桂』と『伊勢』)を比較し、丹下が用いる「伝統」と「創造」の概念の根底に「モニュメンタリティ」に対する丹下の関心があることを示す。近代建築とモニュメンタリティの関係については、ル・コルビュジェ等の近代建築家やギーディオンも関心を示しており、それらの影響と丹下の独自性を以下のように明らかにした。現代建築家としてのル・コルビュジェの独創性は、過去を見習うボザールのアカデミーとも、伝統を無視する他のモダニズム派(バウハウス)とも異なる方法で、パルテノンのモニュメンタリティを参照したことにある。ル・コルビュジェによると、パルテノンは幾何学の秩序と数学の応用の完璧なモデルとされ、その時代の意志を象徴する建物と解されるが、丹下によるとパルテノンのモニュメンタリティは二つの幾何学の様式の完壁なバランスであり、それらは有機的かつ経験的、無機的かつ合理的と解釈されている。この解釈の二重性はヴァレリーによっても説明され、ニーチェが定義したアポロとディオニュソスの概念が元になっている。丹下は日本建築における「伝統」と「創造」の起源を分析するために、この考え方を応用したと考える。なぜなら、伊勢神宮もまた二つの伝統美によって説明されるモデルとし、一つは縄文的なるもの、もう一つは弥生的なるものとしているからである。更にこの考察はsymbol化されたものというモニュメンタリティの原理を丹下に対して新たにもたらした。結論 丹下はミケランジェロとパルテノンに関するル・コルビュジェの言説を分析し、西洋建築の起源であるパルテノン同様、この分析を日本建築の起源である伊勢神宮に適用したことを示した。また、パルテノンと伊勢神宮はともにモニュメンタリティを表現しており、それらが建築を生みだす神話の象徴として、丹下のモニュメンタリティを理解する上で重要な要素であると考えられる。丹下は「伝統」と「創造」に明確な定義を与えず、ブリコラージュ(レヴィ・ストロース、1962)のように、象徴的なイメージと名前を参照しながら、それらに意味を与えていると考えられる。直接に言及されることはないが丹下の真意は建築の起源を理解し、現代におけるモニュメンタリティをデザインすることにある。現代建築家として、常に「伝統」と「創造」の起源に戻り、ゼロから現代のモニュメンタリティを再解釈することが、丹下健三の「伝統」と「創造」の概念に潜むモニュメンタリティの原理と考えることができる。
著者
鈴木 健二 外山 義 三浦 研
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.67, no.552, pp.125-131, 2002
参考文献数
11
被引用文献数
9 7

The purpose of this study is to clarify the transaction between the residents' life and staffs' care in Group-living. The method of this study is observations of behavior and interviews with staffs. Behavior maps were drawn every 5 minutes from morning to night. The survey was repeated 3 times at the period of 2 months, 4 months and 6 months after the opening of the home. Some results show as follows: (l)Arrangement of the spaces plays an important role in forming of unconcernedly watching from staffs to residents. (2)As the time went by, not only residents' life but also staffs' care were changing in a quality. (3)Not only a bringing-out but also care behind-the-scenes were supporting residents' life.
著者
椎橋 武史 小林 克弘
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.72, no.612, pp.169-175, 2007

The purpose of this paper is to make an analysis of Louis Sullivan's architectural thought focusing on his idea of 'mobile equilibrium.' We made clear that for him the idea is the law of all things in nature, and the principle which must be expressed in man's work of art. In the end, we explained how he expressed the idea of 'mobile equilibrium' in his work through analyzing his last work of architectural ornament.
著者
椎橋 武史 小林 克弘
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.72, no.619, pp.223-230, 2007

The purpose of this paper is to make clear how the "mobile equilibrium", which is essential concept in Louis Sullivan's architectural thought, is expressed in his building design. We analyzed his facades focusing on the vertical elements (pier, mullion, etc.) which have the most primitive meaning for Sullivan, from two points of view; the composition method of facade, and the ornamental motifs. As to the former, he gradually made the composition synthesized to visualize the "mobile equilibrium" of moving force in structure. As to the latter, he used botanical ornament accompanied with the vertical elements, to represent whole facade as one growing organism.
著者
椎橋 武史 小林 克弘
出版者
一般社団法人日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.73, no.628, pp.1387-1393, 2008-06-30

The purpose of this paper is to study how the idea of "mobile equilibrium" is expressed in building design of Louis Sullivan, following our former papers. In this paper, we analyzed the relationship between the idea and the contrasting composition on the facade of his buildings. In many of his facades, "the mass" which is static rigid and massive and "the detail" which is dynamic, organic and delicate are clearly contrasted. By this contrasting composition, Sullivan expressed in his facade the idea of "mobile equilibrium", both "emotional and intellectual", both "subjective and objective".
著者
大橋 寿美子 小谷部 育子 篠原 聡子 小泉 雅生 高橋 鷹志
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.69, no.577, pp.17-24, 2004
被引用文献数
2 2

Increasing of double-income, non-blood and single or couple family has revealed the limit of the nLDK housing for nuclear family. In this paper, spatial organization model for future family is proposed and based on the model works of houses are analyzed. We hypothesized that family functions are substituted by the habitation network which builds relationship not only between individuals other than blood relatives, but also between individuals and regional society are substitute for family function. The notion of the Open Common is proposed as a domain in which a resident interact with other people who constitute this habitation network. Furthermore, a model plan and existing houses of the free adaptation type are presented and analyzed.
著者
沼田 麻美子 小場瀬 令二
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.75, no.652, pp.1499-1506, 2010-06-30 (Released:2010-08-26)
参考文献数
13
被引用文献数
1

This research is a study on the effect of estimating price of the scenic views in the super-high-rise residence. The effect at the year since construction is considered by targeting of the newly-built selling in the-high-rise residence, and the numerical value of a relative standard is calculated on an azimuth, views from the room, natural elements, and the building things etc.Finally, as for the view synthesis chart, value from the scenic views from the room is evaluated. The value of the scenic views is able to be clarified in the process of the design stage, and the rights to landscape will be protected in the future by the security of the value.
著者
加藤 耕一
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.67, no.554, pp.337-342, 2002

The constructions of most of the early gothic cathedrals were started under the reign of Louis VII. This paper investigates the actual relationship between Louis VII and the construction of the cathedrals. Regarding the finances of the constructions, Louis VII gave economic aid in some case, but they weren't the great patronages. As for his power of ruling over the "royal bishopric", it reduced under his reign. Thus. Louis VII wasn't the great patron of the early gothic style. The fact that the king renounced his right to deprive the bishops' possessions might help the construction of the gothic cathedrals.
著者
海野 聡
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.76, no.669, pp.2177-2182, 2011-11-30 (Released:2012-02-23)

This study aims at “Ro” architecture in Nara period. The research method used in this article is detailed study on both historical documents and existing buildings. There is a commonly-held view that people cannot go upstairs in pre-Kinkaku period. But some historical documents show that people went upstairs in Nara period.This research has five conclusions. 1. It is defined that “Ro” architecture was (N-1) storied architecture with N-layers. 2. The important function of “Ro” architecture was to be seen in Nara period. 3. There were no floor on the first floor, that is to say, the first floor of “Ro” architecture was dirt floor. 4. The importance of “Ro” architecture was to go upstairs in Nara period. 5. “Ro” architecture built after Heian period lost its function to go upstairs.
著者
大内田 史郎
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.70, no.595, pp.205-211, 2005

The interior of the dome on the original form of Tokyo Station, which was finished with various decorations, was one of the most distinctive features in its design. Despite the fact, there exist a number of unknown facts on the dome design. For example, it has not been clarified yet how the relation between the design, technique, architect, or Kingo Tatsuno, craftsmen, and so on, worked together on the formation of the dome. This paper is to clarify the design of original Tokyo Station and the position of the building among the works by Tatsuno and other architects in those days.
著者
松政 貞治
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.66, no.543, pp.289-296, 2001
被引用文献数
1

This is a study on the inter-textual movement of meaning-historicity in urban architecture, through a critique of the notion of analogy of Aldo ROSSI 1931-97 who is Italian architect and theoretician. In his opinion, the History appears through the typological permanence and the structure of meanings in the urban architecture. Through the collective memory, it is revealed with the urban traces and the sedimented meanings. In that time, it embodies the "place" of the collective memory. It appears that the memory of architecture can be inscribed in the "analogical city".
著者
岡本 祥浩
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.72, no.616, 2007

This discussion raises a few questions on the way of understanding of the homeless policies in the UK. The period of the consideration for homeless policies is important, especially in the UK due to the radical change of housing policy by Thatcher regime.
著者
岩下 将務
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.66, no.540, pp.119-124, 2001
被引用文献数
1 1

The purpose of this study is to get a fundamental knowledge in the architectural planning of play setting shared by all children include handicapped. For this objective, the investigation works to observe 5 intellectual handicapped children chosen from 3 day-service institutions was undertaken in about one week (include integrate program) for one child. Some results are shown as follows. 1) Playing of subject children increase at integrate program, 2) There are various participation and breakaway in children's presence, 3) It is important to make not only fixed play structure but all play settings.
著者
ベルデホ J.R.ヒメネス 布野 修司 山田 協太
出版者
一般社団法人日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.73, no.623, pp.117-123, 2008-01-30
被引用文献数
2 1

Authors have been conducting the field research under the title 'Origin, Transformation, Alteration and Conservation of Urban Space of Colonial cities' since 1999. This paper discusses the characteristics of the Spanish Colonial cities created in the Cuba Island. In the period of the Spanish urbanism in America, approximately a sixty of colonial cities were established in Cuba. This study on these cities has been accomplished based on the analysis of old maps corresponding to colonial Spanish period. As cartographic database, 916 images and maps from AGI (The Archive of the Indies in Seville-Archivo de Indias de Sevilla), are used for analysis. In the analysis of the city maps, we classify them into several types according to the criteria of urban items such as location, urban, plaza, blocks, streets, measures, plots etc. , which Law of Indies describes.
著者
羽賀 義之 金 俊豪 三橋 伸夫
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.73, no.624, pp.349-355, 2008-02-28 (Released:2008-10-31)
参考文献数
4
被引用文献数
2 8

The purpose of this study is to clarify the actual conditions and tendency of local facilities as specified refuge shelter in The Mid Niigata Prefecture Earthquake 2004 in order to improve the plan of refuge shelter. The former Nagaoka city was chosen for investigation. As the result, the followings are made clear: 1) case of school facilities, the gymnasium was mainly used for refuge shelter; 2) case of community center and nursery school, most of the rooms were used for refuge shelter; 3) a securing of privacy was the main problem in a refuge life. It is important for the refuge shelter to discuss the correspondence of problems considered characteristic of each local facilities.
著者
松川 智一 土本 俊和
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.62, no.495, pp.215-222, 1997
被引用文献数
1

This paper traces the modernization of urban area from the relation between land and buildings. A matter of four was changed by HAIBUTSU-KISHAKU in the former quarter of MEIJI period at Castle-town MATSUMOTO.The prefecture dismissed Buddist temple's power and planned the conversion of Buddist temple. Land : Zi-Chi was converted to land of prefecture. Building : Main hall of Buddist temple was converted to a school building. Act : Buddist act was converted to the modem education. Operating cost : A offering from a supporter of a Buddhist temple was converted to a contribution from a volunteer. Buddist temple was antecede to school at Castle-town MATSUMOTO.
著者
千代 章一郎 横山 尚
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.70, no.594, pp.245-252, 2005

This paper aims to clarify the transformation of the landscape of tourism just after the World War II through the oral explanations by the tour guides in the reconstruction period of the sightseeing bus tours in Hiroshima. Analyzing the guide texts and the interview to the tour guides at that time, we can find out the process of the connection of the various information; the tradition of Hiroshima before the war, the historical evidences in the wartime and the postwar rehabilitation. That is to say, the atom-bombed city Hiroshima in the beginning intended to be the 'peace' city, integrating the landscapes of tourism of the various times and spaces.
著者
水上 優
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.68, no.563, pp.313-320, 2003
被引用文献数
1 1

The task of this paper is to make analysis of Frank Lloyd Wright's architectural-theory through his concepts of "growth" and "structure." He asserted architecture should be built like a tree growing. The concept of growth signifies eternal becoming from "Idea," that produces unity in variety in Nature, to particular something. The concept of structure means the system which supports growth, and is the essential framework of being. Through this analysis, it is indicated that the concept of Earth is the fundamental structure from which all beings grow, including Nature, architecture as Native, and human-nature.