著者
澤村 美幸
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.17-32, 2007-01-01 (Released:2017-07-28)

本稿では,いわゆる〈弟〉を表す伝統的方言の「シャテー(舎弟)」を事例とし,地方の文化,とりわけ社会構造が語の伝播にどのように関わってくるのかを考察した。「シャテー」は京畿地方を中心とした中央語史上では武士階級の位相語として定着するが,近世後期以降,東日本では庶民語化して広範囲に伝播するのに対し,西日本では武士階級の位相語としてとどまり続けるという東西差が生まれてくる。この背景には,社会構造の東西差があり,長子単独相続的傾向の強い東日本の社会構造が,「『イエ』にとっての序列関係」を反映した語を必要としたため,「シャテー」の庶民語化や伝播が起こったと考えられる。この事例から,語の伝播は,中央の文化的威光の高さのみが原動力となって起こるのではなく,地方側の文化にも中央語を受容する必然性が生じた際に起こる場合があることが明らかとなった。
著者
常盤 智子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.18-33, 2018-04-01 (Released:2018-10-01)
参考文献数
11

本稿では、明治期に翻訳から生じたとされる「N(Nは名詞の意)の多く」という類の直訳に注目し、数量の多いことを表す英語の表現「~ of N」がどのような日本語と対応しているのかについて、当該期の日英対訳会話書約150点を対象に横断的な調査を行った。その結果、日本人の手になる会話書にも英米人の手になる会話書にも副詞等を伴う意訳が多くみられることがわかった。また、日本人の会話書の中には英米人の会話書ではみられない「Nの多く」類の直訳が一定数みられた。これは後に一般化する同種の表現の早い例とみることができた。当該期において日本人の外国語理解の方法には訓読という背景があり、書きことばを無視できなかったことに対し、英米人は当時の話しことばの習得に重点をおいていたということが、今回の調査結果に反映していることを論じた。
著者
金澤 裕之
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.133-140, 2015-04-01 (Released:2017-07-28)

近代語研究の進展に貢献し得る比較的新しい資料に、いわゆるSP(平円盤)レコードを音源とする各種の録音資料がある。しかしこの資料に関しては、言語(特に、話しことば)の研究にとって重要な要素である「音声」を有しているという事実があるにも拘わらず、その活用という点では、必ずしも十分な成果がもたらされていないというのが、客観的に見た現在の状況である。そこで本稿では、録音資料に関するこれまでの経過、並びに、最新のニュースや試みの実態を詳しく伝えるとともに、録音資料のこれからの可能性について言及する。
著者
李 芝賢
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.6, no.4, pp.32-46, 2010-10-01 (Released:2017-07-28)

[便]を対象に個別語の使用増加が複数の字音を持つ漢字の字音と意味の関係に与える影響について考察する。現代日本語における[便]はビンが<通信手段>に,ベンが<都合>に集中した用例を持つ。<都合>はビン/ベンに共通するが,ベンに傾いている。このような使用様相は明治期における「郵便」「便利」などの個別語の使用拡大により形成されたと思われる。<たより>に連なる<通信手段>は「郵便」のような「-ビン」構造の語が通信・運輸において使用されたことにより定着する。<都合>は「便利」「不便」「便」のような<都合>に近い語義を持つベンの例の使用拡大によりベンに傾く。
著者
小木曽 智信
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.9, no.4, pp.49-62, 2013-10-01 (Released:2017-07-28)

古典語研究の精密化・高度化のためには単語の情報が付いたコーパスが必要とされる。そうしたコーパスの構築のためにはコンピューターによる古典語の形態素解析(自動品詞分解)が必要だが,従来,古典語の形態素解析は困難であるとされていた。こうした中で,筆者らは,既存の解析器と組み合わせて実用的な解析を可能にする電子辞書「中古和文UniDic」を新たに開発した。この辞書は,統計的機械学習の手法に基づき,電子化辞書UniDicの見出し語を拡充し,手本となる単語情報つきの古典語コーパスを作成することで開発された。これにより,平安時代の仮名文学作品について約97%(辞書への未登録語が存在する場合は約96%)の精度で正しく解析することが可能になった。この辞書による解析結果を用いることで,従来は不可能だった用例検索や統計的手法にもとづく新しい古典語研究が可能になった。UniDicは短単位という揺れの少ない斉一な単位を採用しているため,作品や時代を超えて解析結果を比較することができる。中古和文UniDicは無償で一般公開されており,国語研究所の「日本語歴史コーパス 平安時代編」の構築に利用されている。
著者
久保薗 愛
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.12, no.4, pp.18-34, 2016

<p>18世紀前半の鹿児島方言を反映するロシア資料には,過去否定を表すヂャッタという形式が見られる。この形式と,19世紀以降の過去否定形式を比較したところ,ヂャッタからンジャッタへという変化が認められた。近世半ば以降,本方言では否定とそれ以外の要素を分けて表現する方向に変化したものと思われる。また,表記に使用されるキリル文字の音価及び日本語表記の様相を分析した結果,この形式は否定の連用中止形デ(ヂ)+アッタに由来する可能性が高いことを論じた。</p>
著者
金澤 裕之
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.133-140, 2015-04

近代語研究の進展に貢献し得る比較的新しい資料に、いわゆるSP(平円盤)レコードを音源とする各種の録音資料がある。しかしこの資料に関しては、言語(特に、話しことば)の研究にとって重要な要素である「音声」を有しているという事実があるにも拘わらず、その活用という点では、必ずしも十分な成果がもたらされていないというのが、客観的に見た現在の状況である。そこで本稿では、録音資料に関するこれまでの経過、並びに、最新のニュースや試みの実態を詳しく伝えるとともに、録音資料のこれからの可能性について言及する。
著者
内田 智子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.11, no.3, pp.1-15, 2015-07-01

本稿は、蘭学資料に見られる「アルファベット表記の五十音図」の特徴とその掲載目的を考察するとともに、蘭学者がこの音図に基づいて行った音声分析について述べたものである。蘭学資料の音図は、従来日本語をアルファベット表記したものという程度の認識であったが、本稿では、蘭学学習においてこの音図が「音節」の概念を理解するために重要な役割を果たしたことを示した。また、蘭学者中野柳圃がこの音図によって行った音声分析を国学者の記述と比較した。当時の国学者がワ行音を「ア行音+ア行音」「喉音」と捉えていたのに対し、柳圃はアルファベットと音図によって「子音+母音」「唇音」という結論を導き出したことを指摘した。