著者
藤原 愛弓 和田 翔子 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.131-145, 2015-11-30 (Released:2017-10-01)
参考文献数
35
被引用文献数
1

ニホンミツバチの分布の南限域である奄美大島の宇検村で採集された個体が、本州や九州とは明確に異なるハプロタイプを持つとの報告があり、奄美大島の個体群が、遺伝的に隔離された地域個体群である可能性が示唆されている。本研究は、奄美大島のニホンミツバチの保全上の重要性を評価し、保全のための指針を作るために必要な基礎的な生態的知見を得ることを目的として実施した。まず、1)ニホンミツバチの営巣環境を把握するとともに、2)奄美大島のニホンミツバチのワーカーと、東北地方や九州地方のワーカーとの体サイズの比較を行った。3)自然林の大木の樹洞に営巣するコロニーと、里地の石墓の内部空間に営巣するコロニーを対象として、ワーカーの採餌活動パターンおよび繁殖カーストの行動を把握するとともに、天候がそれらに及ぼす影響を把握した。4)自然林内の樹洞のコロニーにおいて、分封が認められたので、その過程を観察した。これら一連の調査に際して、5)天敵となり得る生物、巣に同居する生物と病気による異常行動の兆候の有無に関する記録を行った。本研究では、奄美大島のニホンミツバチは、鹿児島、岩手県のワーカー個体と比較して、体サイズが有意に小さいことが明らかとなった。また、ワーカーの捕食者は観察されたものの、コロニーの生存に大きな影響を与える捕食者や病気は観察されなかった。コロニーの採餌活動は天候の影響を強く受けていた。営巣は自然林だけでなく人工物でも観察されたが、亜熱帯照葉樹林内の樹洞のコロニーのみにおいて分封が観察された。一方、里地での墓、民家、学校の植栽木の樹洞に営巣した複数のコロニーが、殺虫剤などにより駆除されていた。これらのことは、自然度の高い森林内の樹洞が、ニホンミツバチの個体群維持に重要であることを示唆している。
著者
佐野 明
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.383-389, 2017 (Released:2018-05-01)
参考文献数
32

三重県内の洞穴に設置されたバット・ゲートの形状とコウモリ類の生息状況について調査した。10カ所の洞穴に設置されたバット・ゲートには、格子柵と上半が空いたハーフゲートがあった.翼が広短型のキクガシラコウモリ、コキクガシラコウモリ、テングコウモリと中間型のモモジロコウモリは格子柵の設置された洞穴でも生息が確認されたが、狭長型のユビナガコウモリはハーフゲートしか利用していなかった。したがって、ユビナガコウモリが分布する地域ではハーフゲートを設置するのが望ましい。
著者
富田 啓介
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.2014, 2021-04-20 (Released:2021-07-12)
参考文献数
28

西日本の丘陵地を中心に広く分布する湧水湿地は、希少な動植物種のハビタットとして保全上重要な生態系である。しかし、行動範囲の広い哺乳類や鳥類の生活空間としての機能や、それらの行動が湧水湿地の生態系へ与える影響はほとんど知られていない。本研究では、東海地方の湧水湿地を対象に赤外線自動撮影カメラによるカメラトラップ調査を行い、上記の問題を議論するための基礎的データとして、湧水湿地に出現する哺乳類と鳥類の種組成、撮影頻度、行動を把握した。延べ 4,602日の撮影によって、 7箇所の湧水湿地とその隣接地から 13種以上の哺乳類と 19種の鳥類を確認した。哺乳類ではイノシシが最も多く出現した。湧水湿地に出現する哺乳類の種組成は、湿地周囲の森林とほとんど変わらなかったが、撮影頻度は、総じて湿性草原の成立する場所で低くなっていた。哺乳類と鳥類は湧水湿地内で採餌、泥浴びや水浴びを行っており、排泄行動も確認された。このことから、湧水湿地は広域を移動する哺乳類と鳥類にとって重要な生活空間であると考えられた。また、哺乳類と鳥類の行動は、植生の攪乱や種子散布を通じて、湧水湿地の生態系に少なからぬ影響を与えている可能性が示唆された。詳細な影響内容や程度の解明は今後の研究に委ねられるが、湧水湿地の生態系の保全・管理を行うに当たっては、哺乳類と鳥類の行動にも十分配慮する必要がある。
著者
飯田 貴天 村上 哲生 南 基泰 藤井 太一
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2115, (Released:2022-04-28)
参考文献数
56

ハッチョウトンボ Nannophya pygmaeaが生息している岐阜県可児市大森の湧水湿地群は、太陽光発電施設建設予定地となった段階で開発業者と地域住民らの事前協議によって湧水湿地群を保存することになった。本研究では、 8つの湧水湿地に生息するハッチョウトンボ個体群の遺伝的多様性まで考慮した保全のために、ミトコンドリア cytochrome c oxidase subunit I遺伝子部分領域( 658 bp)を用いて、各湧水湿地に生息する個体群の遺伝的多様性及び遺伝的分化について解析した。 294頭から 8つのハプロタイプが確認され、各湧水湿地に生息する個体群のハプロタイプ多様度は、生息している湧水湿地の面積および傾斜角度、湧水湿地表層水の pHおよび電気電導度、湧水湿地周辺部の植生高と有意な相関関係は認められなかった(ピアソンの積率相関分析, p > 0.01)。また、 8個体群間の遺伝的分化係数( pairwise Fst)を算出した結果、有意な遺伝的分化は全ての個体群間で認められなかった( 10,000回の Permutation test,p > 0.01)。これらの結果から、本湧水湿地群のハッチョウトンボ個体群は、各湧水湿地間を遺伝的交流の制限なく移動している同一個体群であると考えられた。本湧水湿地群のハッチョウトンボ個体群の遺伝的多様性維持のためには、各湧水湿地間の遺伝的交流の制限となる生息地適性の低下や湧水湿地の消失を防ぐ必要がある。現在、市民によって実施されている湧水湿地の水質のモニタリング、湧水湿地内への土砂流入・堆積のモニタリング・除去、周辺から湧水湿地内に侵入した植物の除去を今後も継続し、定期的にハッチョウトンボ個体群の遺伝的多様性についても評価していく予定である。
著者
高橋 純一 福井 順治 椿 宜高
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.73-79, 2009-05-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
41

絶滅危惧種であるベッコウトンボの羽化殻を用いたRAPD解析によって、ベッコウトンボの集団に直接影響を与えることなく、遺伝的多様性を明らかにした。静岡県磐田市桶ヶ谷沼地域の3つの発生地で採集した60個体に対して80種類のプライマーを使用しRAPD解析を行った。17種のプライマーから20個の遺伝子座で多型が検出され、12種のDNA型が見つかった。そのうち集団特異的なDNA型が合計4つ検出された。遺伝子多様度は平均0.317、遺伝子分化係数は平均0.07となり、集団間の多様性は小さかった。AMOVA分析によっても集団間の分化は検出できなかった。また3集団から見出された変異は98.7%が集団内の個体間変異に、集団間では1.3%となった。クラスター分析からも集団間は非常に類縁関係が高いことが明らかになった。
著者
遠藤 辰典 坪井 潤一 岩田 智也
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.4-12, 2006-06-25 (Released:2018-02-09)
参考文献数
28
被引用文献数
12

砂防ダムなど河川工作物による段差は、河川に生息する生物にとって往来を妨げる障壁となる。特に魚類は、川に沿った線的な移動を余儀なくされることから、隔離の影響が著しく大きくなる。そのため、河川工作物によって分断化された場合、工作物上流に隔離された集団が絶滅している可能性がある。そこで、本研究では河川工作物がイワナSalvelinus leucomaenisとアマゴOncorhynchus masou inhikawaeの生息分布に与える影響を調査した。2004年6月から9月に、放流魚と交雑の無い在来個体群の生息が期待される富士川水系の小河川において野外調査を行った。流程に沿った潜水目視により2種の分布域を調べ、GPSによって分布最上流地点および河川工作物の正確な位置を把握した。在来個体群が生息していた29河川に設置されている工作物は計356基(1河川あたり12.3基)であり、全てにおいて魚道は併設されていなかった。調査の結果、1970年代に河川最上流部までイワナ、あるいはアマゴが生息していたが、本調査を行うまでに工作物の上流域で絶滅したと推定される河川が、両種ともに確認された。また、2種の共存河川も5河川から1河川に減少していた。ロジスティック回帰分析を用いて、最上流にある河川工作物(UAB)より上流の2種の生息に影響を及ぼす要因を検討した結果、種、河川にある工作物数、UABより上流の集水面積が有効な説明変数として選択された。すなわちUAB上流の個体群の存在確率は、アマゴの方が低く、またUAB上流の集水面積(生息水域)が小さいほど、工作物数が多いほど低かった。このモデルから、個体群維持(50%個体群存在確率)に必要な集水面積は、イワナでは1.01km^2、アマゴでは2.19km^2と推定され、これより上流に工作物が設置された河川ほど、工作物上流に隔離された集団が絶滅する可能性が高くなることが示された。
著者
中西 弘樹
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.153-158, 2010
参考文献数
15

The history and present status of the conservation of <i>Hibiscus hamabo</i> Siebold et Zucc., which grows around salt marshes and is considered a semi-mangrove plant, were studied. Recently, several localities of this species have been designated as town, city, and prefectural natural monuments. The species is listed in the regional Red Data Book for most prefectures where it occurs. Citizens and government departments have performed numerous conservation activities. The conservation activities of citizens have varied, although some have incorrectly involved transplanting <i>H. hamabo</i> from other regions. It is important that conservation activities are carried out not only by citizens but also by government departments and researchers.
著者
関島 恒夫 森口 紗千子 向井 喜果 佐藤 一海 鎌田 泰斗 佐藤 雄大 望月 翔太 尾崎 清明 仲村 昇
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.1922, (Released:2021-08-31)
参考文献数
55

オオヒシクイが集団飛来地あるいは渡りのルートとして主に利用する北海道道北地方から本州にかけての日本海沿岸域は、良好な風況が見込まれることから、現在、多数の風力発電施設の建設が進められている。大型風車の設置は、鳥が風車に衝突するだけでなく、風車群を回避することによる迂回コストの増大などにより、中継地や越冬地利用の放棄など生息地の劣化あるいは消失に繋がる可能性があり、地域個体群に対する負の影響が懸念されている。オオヒシクイなど大型水禽類の生息地を保全しつつ、再生可能エネルギーの拡大を目指して風力事業を推進するには、鳥類への影響が大きい区域を提示したセンシティビティマップに基づき、風力発電事業の計画段階で事前に衝突リスクの高いエリアを回避する手続きが有効である。本稿では、はじめに大型水禽類を対象にしたセンシティビティマップの現状と課題を説明し、続いて、オオヒシクイを対象として、全国の主要な集団飛来地における風車回転域飛行確率を考慮したセンシティビティマップと、北海道道北地方から本州日本海沿岸域にかけての主要な渡りルートにおいて渡り中の飛行高度規定要因を考慮したセンシティビティマップの 2つのマップ作成手順を紹介する。最後に、これらセンシティビティマップを用いた風力発電施設の立地に係る検討手続きを提案する。
著者
宇留間 悠香 小林 頼太 西嶋 翔太 宮下 直
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.155-164, 2012-11-30 (Released:2017-10-01)
参考文献数
19
被引用文献数
8

近年、草地性や湿地性の生物の代替生息地である農地の生物多様性が著しく減少しており、農地生態系の再生を目的とした環境保全型農業が普及し始めている。本研究では、新潟県佐渡市で行われているトキの個体群の復元を目的とした環境保全型農業のうち、冬期湛水および「江」の設置が、繁殖のため水田を利用することのある両生類3種(ヤマアカガエル、クロサンショウウオ、ツチガエルの一種)の個体数や出現確率に与える影響を探った。佐渡市東部の20箇所の水田群(計159枚の水田)において各種両生類の個体数を調べ、一般化線形モデル(または一般化線形混合モデル)と赤池情報量基準(AIC)を用いて、水田と水田群の2階層における個体数を説明する統計モデルを探索した。その結果、ヤマアカガエルとツチガエルの一種において、冬期湛水もしくは江の設置が強い正の影響を与えることが明らかになった。ヤマアカガエルでは、水田と水田群レベルで異なる農法が正の効果を示した。これは、個体群レベルの応答を評価するためには適切な空間スケールを定める必要があることを示唆している。景観要因としては、ヤマアカガエルとクロサンショウウオで水田周辺に適度な森林率が必要であるが、その空間スケールは大きく異なること、またツチガエルの一種では景観の影響を受けないことが明らかになった。この結果は、日本の里山のように景観の異質性が高い環境では、環境保全型農業の影響評価の際に、一律の指標種を用いるのではなく、局所的な生息地ポテンシャルにもとづいて評価対象種を選定する必要があることを示唆している。
著者
井田 秀行 青木 舞
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.105-114, 2006-12-05
被引用文献数
2

教員養成系大学生の身近な自然観を把握するため、信州大学教育学部(長野県長野市)の学生284名を対象にアンケートを実施した。アンケートでは幼少期の生活環境と、当学部の「自然数育実習」で扱われている題材のうち日本の伝統植物や代表的樹木に対する認識を探ることに焦点を当てた。その結果、多くの学生の幼少期の生活環境は、農村部のような自然が身近にある場所であったり、お年寄りとの接触が少なくない環境であったりした。ここで、お年寄りとの接触頻度は住宅地よりも農村部で高いことが示された。なかでも、農村部に暮らし、お年寄りとの接触も多かった学生ほど、自然遊びや伝統的外遊びをしていた割合が高く、日本の伝統植物である「春の七草」の正答率も比較的高かった。このことから、幼少期の生活環境が伝統植物への認識に、ある程度影響を及ぼしている可能性が示唆された。一方で、「秋の七草」や「ススキの利用法」への認識は低く、その要因として、人の生活様式の変化に伴う伝統植物の利用放棄や生育適地の衰退が、世代間の伝承の停滞を導いた可能性がある。日本の代表的樹種に多く挙がったのは、サクラ、マツ、スギ、ヒノキで、その傾向に幼少期の生活環境との関連性は認められなかった。また、長野県の代表的樹種の首位に挙がったシラカバの占める割合は、長野県出身者が県外出身者を大きく上回っていた。これらの樹木は一般的に比較的身近な存在ではあるが、サクラを除けば、それら樹木への認識の多くは、日常生活との関わりというよりも、むしろ、現在までに得られた知識やイメージの集約により形成されたものと考えられた。以上から、将来の学校教員としての役割を踏まえると、教員養成系大学における自然教育では、こうした学生の実状に合わせた授業の展開が必要だろう。例えば、漠然と捉えている自然を、より身近にかつ具体的に捉えられるよう、導入には、自然に関わる地域の風習、文化、季節の行事など身近な題材を用い、そこに生態学的な視点を盛り込むことで、身近な自然と人の関わりを理解することから始めると効果的であると考える。
著者
北本 尚子 本城 正憲 津村 義彦 大澤 良
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.1932, 2021-04-20 (Released:2021-07-12)
参考文献数
32

サクラソウ Primula sieboldii E. Morrenは、落葉樹林の林床や草原に生育する多年生の準絶滅危惧種である。地下芽によるクローン成長と種子繁殖を行う。地下芽により増えた株をラメット、同一の遺伝子型を持つラメットの集まりをジェネットと呼ぶ。異型花柱性の他殖性であり、柱頭が葯よりも高い位置にある長花柱花ジェネットと、低い位置にある短花柱花ジェネット間で受粉しないと種子が生産されない。長野県にある筑波大学山岳科学センター八ヶ岳演習林には、サクラソウの自生地が存在する。保全と研究を目的として、 1990年から一部の局所個体群について、断続的に個体数や花型が調査されているが、全域での調査は行われていないため、保全上重要となる個体群動態に関するデータが不足している。そこで、演習林全域におけるサクラソウの個体数を 2006年と 2018年に調査し、 1990年の調査記録と比較した。その結果、ラメット総数は 28年間で大きく変わらなかったものの、開花ラメット数は 2006年の 2833に対し、 2018年は 1518と有意に減少していた。この傾向は、開花ジェネット数においてさらに顕著であり、 2006年は 939ジェネットが開花したのに対し、 2018年は半分以下の 434ジェネットでしか開花が観察されなかった。開花ジェネット数の減少により、花型比の偏りが顕著となり、どちらかの花型が 1ジェネット以下となっている局所個体群が全体の 4割にあたる 12群で観察された。このような局所個体群では、種子繁殖の失敗や次世代の遺伝的多様性の減少が生じている可能性がある。
著者
西原 昇吾 苅部 治紀 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.143-157, 2006-12-05 (Released:2018-02-09)
参考文献数
91
被引用文献数
6

水田および周辺のため池などの一時的-永続的止水域に生息するゲンゴロウ類は、休耕田の乾燥化、ため池の管理放棄、大規模開発、採集圧や侵略的外来種の侵入などの様々な要因が重なり、現在では危機的な生息状況にある。全国各都道府県から刊行された最新のRDBを比較検討したところ、スジゲンゴロウは8府県、コガタノゲンゴロウは6府県、シャープゲンゴロウモドキは4都府県、ゲンゴロウは2県で絶滅種として掲載されていた。神奈川県では、さらにツブゲンゴロウなど4種類の小型種もRDB掲載種であった。比較的情報の多いシャープゲンゴロウモドキについて現地調査および文献収集によって現状把握を試みたところ、戦前に知られていた生息地はすべて消失していることが判明した。1984年の千葉県での再発見以降、生息地の発見が各地で相次いだが、その後、それらの生息地は急速に失われ(全国6割減)、石川県以外で生息が認められた県においても、各県に残されている生息地はそれぞれ数ヶ所以下であることも明らかになった。比較的多くの生息地が残されている石川県においても、休耕田の乾燥化、ため池の管理放棄、大規模開発、採集庄や侵略的外来種の侵入などによって一層の減少が危倶される状況であった。一方、保全条例の制定や休耕田の湛水化など、保全に向けた取り組みも進展し始めている。本稿では、ゲンゴロウ類と共存するための農村整備のあり方についても考察した。
著者
正富 宏之 正富 欣之
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.223-242, 2009
参考文献数
90

北海道に広く分布していた留鳥性タンチョウGrus japonensis個体群は、生息地開発や狩猟により19世紀末には絶滅寸前まで減少し、20世紀半ばまでその状態が継続した。しかし、1950年代に餌付けが行なわれ、冬の餌不足解消により現在は1,300羽を超すまでに回復した。他方、生息地の湿原は既に70%以上が失われているため、個体数増加に伴い繁殖番いの高密度化と越冬群の集中化が進行し、餌や営巣場所を求めて人工環境へ進出する傾向が顕著となっている。これを容易にしたのが、長年の保護活動によるヒトへの馴れであり、その結果、ヒトとのさまざまな軋轢を生んでいる。そこで、従来の個体数増加に力点を置いた保護方針の再検討を行ない、ヒトとの共存を図る新たな将来像の構築が求められる。それには、現状をふまえながら、タンチョウにややヒトと距離を置く生活習性へ向かわせることを基本姿勢とする。その上で、過剰なヒト馴れを低減する方法を模索すると共に、生息地の拡大・保全・維持を行ない、遺伝的多様性の低さに配慮した個体数の増加を図りながら、集中化によるカタストロフィの危険を避けるため、群れの分散化を目指すことである。これは、従来のように一部のツル関係者や行政担当者でなし得ることではなく、利害を持つ地域住民の主体的参加が不可欠であり、その方策として順応的管理に即した円卓会議の設置を急ぐべきである。
著者
渡部 晃平 日鷹 一雅
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.101-105, 2013-05-30 (Released:2017-08-01)

マダラコガシラミズムシは、環境省レッドリストで絶滅危惧II類(VU)とされる止水性水生昆虫であるが、その発生動態に関する詳細な報告はない。本研究では四国南西部の水田において、本種成虫の発生動態について定量的な調査を行った。春先から盛夏にかけての調査期間を通して994個体の成虫が採集され、本種は生息環境の一つとして水田を利用していることが確認された。特に、調査水田内に設営された"いで"と地域で呼ばれる明渠から高密度で生息が確認されたことから、水田環境のうち明渠が本種の生息環境として重要であると考えられた。また、今回施用した水稲用箱施用殺虫剤(殺菌剤プロベナゾール10%、殺虫剤ベンフラカルブ8%)の本種成虫への影響は特に認められなかった。
著者
河村 功一
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.239-242, 2013-11-30 (Released:2017-08-01)
被引用文献数
2

Rhodeus atremius, an endemic bitterling fish from Japan, comprises two endangered subspecies: R. a. atremius and R. a. suigensis. The latter subspecies, designated as a Nationally Endangered Species of Wild Fauna and Flora by the Ministry of Environment of Japan, is noted for drastic declines and the extinction of local populations through habitat deterioration. Despite their strong phenotypic resemblance, these two subspecies are much diverged in DNA, each forming a distinct evolutionary lineage. Nevertheless, these two subspecies were clumped into a single subspecies, R. smithii smithii, in a newly published fish encyclopedia, which will lead to R. a. suigensis being dropped from the list of Nationally Endangered Species. This paper critically reviews the validity of this new taxonomic arrangement of R. atremius, including R. a. suigensis, based on phylogenetic systematics. Its potential risk against the conservation management of R. a. suigensis is specifically discussed.
著者
清水 大輔 山崎 裕治
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2029, (Released:2021-08-31)
参考文献数
33

ミヤマモンキチョウは、高山帯から亜高山帯にかけて生息する高山蝶である。本種は、近年の温暖化によって、個体数の減少が危惧されており、 2019年の環境省レッドリストでは準絶滅危惧種に指定されている。しかし、現在本種の生息域や生活環などの基本的な生態研究が十分に行われていない。本調査では、ミヤマモンキチョウの保全を目的とし、本種の主要な生息地である立山連峰弥陀ヶ原の標高約 1600 mから約 2100 mまでの範囲において、生息状況および利用環境に関する調査を行った。その結果、 2019年 7月 17日から同年 8月 18日までの間に、本種の成虫が延べ 529個体確認された。本種の確認地点は、標高 1700 m以上の草原地帯であり、森林地帯では確認されなかった。また、草原において本種の出現に与える影響を推測するために、本種の出現を目的変数とし、草原全体のメッシュの斜度と草原における地形の存在メッシュを説明変数としたロジスティック回帰分析を実施した。その結果、本種の出現に対してメッシュの斜度は正の影響を示し、池塘の存在は負の影響を示した。これは、本種の成虫が池塘周辺と比較して、傾斜が大きく水はけのよい草原地帯を多く利用する傾向があることを示唆する。また、本種が利用する吸蜜植物および寄主植物の種類や樹高、および日照状態などの生育環境を調査した。本調査の結果は、将来的な環境変化が本種のさらなる減少をもたらす可能性があることを示唆する。
著者
福田 秀志 高山 元 井口 雅史 柴田 叡弌
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.265-274, 2008-11-30 (Released:2018-02-09)
参考文献数
30
被引用文献数
5

カメラトラップ法を用いて、大台ヶ原各地域の哺乳類相の現状と、ニホンジカの生息場所の季節変化について調査した。東大台ヶ原(以下、東大台)に9地点、大台ヶ原南東部(以下、大台南東)に7地点、西大台ヶ原(以下、西大台)に3地点の合計19地点に、2002年の6月下旬から11月下旬と2003年の4月下旬から9月上旬まで自動撮影装置を設置した。その結果、ニホンザル、ムササビ、キツネ、タヌキ、テン、アナグマ、イノシシ、ニホンジカの4目8種と未同定のコウモリ類が撮影された。各調査地域のカメラ稼動延べ日数(総カメラ日)は、東大台で913日、大台南東で1,561日、西大台では729日だった。全体では、ニホンジカが圧倒的に多く2,837回(全哺乳類の出現回数の95.2%)を占め、次いでニホンザルの93回(3.1%)で、他の哺乳類は少なかった。とくに、東大台ではニホンジカが2,043回(99.0%)を占めた。一方、大台南東・西大台では、ニホンジカ以外の哺乳類がそれぞれ12.6%、16.3%と一定割合を占めた。ムササビは大台南東のみで、アナグマは西大台のみで撮影された。また、東大台やそこに近接する地点では、シカ以外の哺乳類が全く撮影されない地点も認められた。ニホンジカは、東大台では春季から夏季に増加し、秋季には減少する傾向が認められた。一方、大台南東、西大台では、東大台で撮影頻度が低下する秋季に増加する傾向が認められた。以上のことから、ミヤコザサ草原が広がる東大台では、ニホンジカが圧倒的に優占する単調な哺乳類相となっていると考えられた。また、大台南東や西大台では東大台に比べ哺乳類相は多様と考えられたが、その生息密度は高くないと考えられた。
著者
富田 啓介
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2014, (Released:2021-04-20)
参考文献数
28

西日本の丘陵地を中心に広く分布する湧水湿地は、希少な動植物種のハビタットとして保全上重要な生態系である。しかし、行動範囲の広い哺乳類や鳥類の生活空間としての機能や、それらの行動が湧水湿地の生態系へ与える影響はほとんど知られていない。本研究では、東海地方の湧水湿地を対象に赤外線自動撮影カメラによるカメラトラップ調査を行い、上記の問題を議論するための基礎的データとして、湧水湿地に出現する哺乳類と鳥類の種組成、撮影頻度、行動を把握した。延べ 4,602日の撮影によって、 7箇所の湧水湿地とその隣接地から 13種以上の哺乳類と 19種の鳥類を確認した。哺乳類ではイノシシが最も多く出現した。湧水湿地に出現する哺乳類の種組成は、湿地周囲の森林とほとんど変わらなかったが、撮影頻度は、総じて湿性草原の成立する場所で低くなっていた。哺乳類と鳥類は湧水湿地内で採餌、泥浴びや水浴びを行っており、排泄行動も確認された。このことから、湧水湿地は広域を移動する哺乳類と鳥類にとって重要な生活空間であると考えられた。また、哺乳類と鳥類の行動は、植生の攪乱や種子散布を通じて、湧水湿地の生態系に少なからぬ影響を与えている可能性が示唆された。詳細な影響内容や程度の解明は今後の研究に委ねられるが、湧水湿地の生態系の保全・管理を行うに当たっては、哺乳類と鳥類の行動にも十分配慮する必要がある。
著者
小西 真衣 伊藤 操子 伊藤 幹二
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.45-54, 2009-05-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
32

近年森林や山岳等自然地域では、レクリエーション利用が増加傾向にあり、それに伴う雑草の侵入の増加は重要な問題の一つとなっている。そこで雑草の侵入に対する人為的なかく乱(通行)と環境条件の効果を明らかにするために、京都大学芦生研究林において、かく乱地(通路:車道・林内歩行路・軌道)および非かく乱地の発生雑草の種類および環境要素を調査した。雑草は主にかく乱地で発生が観察され、特に車道基面では、量・種類共に多く雑草の侵入の成功が推察された。発生雑草種の特徴や生活型から、通路上では踏みつけ耐性を有する種が多く、繁殖体の移入経路は車道では人・車両および風、林内通路では人の持ち込みによるものが多いことが示唆された。環境条件は、相対照度と土壌水分率について、車道と林内の間に有意な差が認められた。しかし車道内では、発生雑草種数は相対照度が高い地点で少なく、また土壌水分率と相対照度との間には負の相関が認められたことから、相対照度の高い地点では、開放度の大きさゆえ風圧や乾燥が雑草の発生の障壁となる可能性が考えられた。また、車道基面-のり面、林内歩行路内-歩行路外での発生雑草種の違いから、非かく乱地では雑草の発生に対するなんらかの障壁の存在が予想された。この障壁に関して、土壌硬度が踏みつけのあるかく乱地で有意に高いことから、踏みつけに伴う土壌の二次的な変化の関与が考えられた。
著者
橋本 裕美子 飯島 博 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.29-43, 2001-07-20 (Released:2018-02-09)
参考文献数
18
被引用文献数
2

1998年5月に茨城県潮来町(現潮来市)に開園した実験的なビオトープ「水郷トンボ公園」に導入されたオニバスとミズアオイの管理計画策定に資することを目的として,両種の生育状況と基本的な繁殖生態的特性を,現地でのモニタリングと調査,室内実験および制御条件下での栽培実験によって調べた.オニバスについては,本栽培条件下での面積あたりの生産種子数の上限は約250個/m^2であること,過密により株の大きさが制限された場合には開放花をつけないこと,種子はある種の低温で休眠が誘導されることが明らかにされた.ミズアオイについては,初夏の耕起がミズアオイの生育にとって有効であること,生育が良好な場所(被度75%以上)における面積あたりの生産種子数は約36万個/m^2であること,種子は水中でよく発芽し,水深15cmまでであれば冠水条件でも実生の出現に支障がないことが示された.両種ともに,季節に応じた適切な水位の管理,季節を選んでの耕耘機による耕起および種子や実生の段階での間引きなどの比較的簡単な管理によって,植生におけるこれらの種の優占状態を維持できる可能性が示唆された.