著者
中西 希 伊澤 雅子 寺西 あゆみ 土肥 昭夫
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.39-46, 2010-05-30

1997年から2008年に交通事故に遭遇したツシマヤマネコ42個体(オス21個体、メス21個体)について、歯の萌出・交換状態と体サイズ及びセメント質年輪を用いて年齢査定を行い、交通事故と年齢の関係について分析した。また、栄養状態についても検討を試みた。交通事故遭遇個体の年齢は0歳から9歳であった。全体の70%以上が0歳で、2〜4歳の個体は確認されず、残り30%近くは5〜9歳の個体であった。交通事故の遭遇時期は、5〜9歳のオスでは2〜6月と9月であったのに対し、0歳のオスでは9月から1月に集中していた。0歳メスは11月に集中していた。0歳個体の事故が秋季から冬季に集中していたことから、春に生まれた仔が分散する時期に、新たな生息環境への習熟や経験が浅く、車への警戒が薄いため、事故に遭遇しやすいこと、また、分散の長距離移動の際に道路を横断する機会が増えることが要因と考えられた。栄養状態に問題のない亜成獣や定住個体が交通事故で死亡することは、個体群維持に負の影響を及ぼすと考えられた。
著者
稲葉 慎 高槻 成紀 上田 恵介 伊澤 雅子 鈴木 創 堀越 和夫
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.51-61, 2002-09-30 (Released:2018-02-09)
参考文献数
26
被引用文献数
1

小笠原諸島に生息するオガサワラオオコウモリのうち,父島個体群の生息数は近年150頭前後でほぼ安定していたが,2001年頃から急速に減少しており,保全対策を緊急に実施する必要がある.オガサワラオオコウモリは果実食で現在では栽培植物に大きく依存し,またエコツーリズムの対象となりつつあるなど,本種をめぐる自然環境・社会環境は複雑であるため,問題点を整理し,保全策の提言をおこなった.
著者
桑原 明大 松葉 成生 井上 幹生 畑 啓生
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.91-103, 2017 (Released:2018-04-01)
参考文献数
49

愛媛県松山平野には、イシガイ、マツカサガイ、ヌマガイ及びタガイの4種のイシガイ科貝類が生息しており、愛媛県のレッドリストでイシガイとマツカサガイはそれぞれ絶滅危惧I類とII類に、ヌマガイとタガイは準絶滅危惧に指定され、減少が危惧されている。これらの二枚貝は絶滅危惧IA類であるヤリタナゴの産卵床でもあり、その保全が重要である。本研究では、松山平野の小河川と湧水池において、イシガイ類の分布と生息環境の調査を行い、過去の分布との比較を行った。また、マツカサガイの殻長のサイズ分布、雌成貝によるグロキディウム幼生の保育、幼生の宿主魚への寄生の有無を調べた。マツカサガイは小河川の流程およそ3.3 km内の15地点で確認され、その生息密度は最大で2.7個体/m2であった。イシガイは小河川の2地点のみで、最大生息密度0.05個体/m2でみられ、ヌマガイとタガイを合わせたドブガイ類も1地点のみ、生息密度0.02個体/m2で確認された。いずれのイシガイ類も、1988-1991年の調査時には国近川水系に広く分布し、最大生息密度は、マツカサガイで58個体/m2、イシガイで92個体/m2、ドブガイ類で5個体/m2であり、この25年間に生息域と個体群サイズを縮小させていた。また、マツカサガイの在不在に関与する要因を予測した分類木分析の結果、マツカサガイの分布は河口に最も近い堰堤の下流側に制限され、砂泥に占める砂割合が38.8%より大きい場所で多く見られるという結果が得られた。このことから、堰堤が宿主魚の遡上を制限することによりマツカサガイの上流への分散が阻害されていること、マツカサガイは砂を多く含む砂泥を選好していることが示唆された。また、殻長51.5 mm未満の若齢個体にあたるマツカサガイは全く見つからなかった。一方、雌成貝は4-8月にかけ最大87.5%の個体が幼生保育しており、5-9月にかけ、グロキディウム幼生が主にシマヨシノボリに多く寄生していることが確認された。したがって、このマツカサガイ個体群では再生産がおよそ10年間にわたって阻害されており、その阻害要因は稚貝の定着、または生存にあることが示唆された。以上のことから、松山平野では、イシガイ個体群は絶滅寸前であり、マツカサガイ個体群もこのまま新規加入が生じなければ急速に絶滅に向かう恐れがあることがわかり、これらの保全が急務であることが示された。
著者
石田 健 宮下 直 山田 文雄
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.159-168, 2003-12-30 (Released:2018-02-09)
参考文献数
23
被引用文献数
1

外来種の駆除が課題となっている生息地の生態系管理の問題点を紹介し今後の課題を議論した. 複数の外来種が生息している場合に, 一方の種だけを駆除すると, 他の外来種が増加して在来の生物群集に新たな影響を与えることが知られ始めており, その事例とモデルを紹介した. 外来種のジャワマングース(Herpesj jabanicus)の駆除事業が実施されている南西諸島の奄美大島では, 別の外来種であるクマネズミ(Rattus rattus)が多数生息するようになっており, 同様の懸念がある. 捕食性外来種の生息密度, 増殖率および食性と, 被食計の生息密度のほかに, それらの生物群集を支える主要な一次生産であり結実の年変動の大きいスダジイ(Castanopsis sieboldii Hatusimaex Yamazaki et Mashiba)の堅果生産量の変動をモニタリングする必要についても紹介した. 最後に奄美大島の森林生態系保全における順応的管理と研究者の役割について, 議論した.
著者
石間 妙子 関島 恒夫 大石 麻美 阿部 聖哉 松木 吏弓 梨本 真 竹内 亨 井上 武亮 前田 琢 由井 正敏
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.12, no.2, pp.118-125, 2007-11-30
被引用文献数
1

現在、ニホンイヌワシAquila chrysaetos japonicaは天然記念物および絶滅危惧IB類に指定されており、その繁殖成功率は最近30年間で急速に低下している。繁殖の失敗をもたらすと考えられる要因の中で、近年、鬱閉した針葉樹人工林の増加による採餌環境の悪化が注目されつつある。この対応策として、2002年、林野庁は岩手県北上高地に生息するイヌワシの繁殖成績を改善するため、列状間伐による森林ギャップの創出を試みた。イヌワシの採餌環境としての列状間伐の有効性を評価するため、林野庁が試験的に実施した列状間伐区、間伐区と環境が類似している非処理対照区および事前調査によりイヌワシの採餌行動が度々確認された採餌区の3調査区を設け、イヌワシの探餌頻度および北上高地に生息するイヌワシの主要な餌であるノウサギとヘビ類の個体数を比較した。ノウサギ生息密度の指標となる糞粒数は、間伐区において伐採翌年に著しく増加したが、伐採2年後には減少し、3年後には伐採前とほぼ同じ水準まで減少した。ヘビ類の発見個体数は、調査期間を通していずれの調査区においても少なかった。イヌワシの探餌頻度は、調査期間を通して間伐区よりも採餌区の方が高かった。このように、本研究で実施された列状間伐は、イヌワシの餌動物を一時的に増やすことに成功したものの、イヌワシの探餌行動を増加させることはできなかった。今後、イヌワシとの共存を可能にする実用的な森林管理方法を提唱するため、イヌワシの採餌環境を創出するための技術的な問題が早急に解決される必要がある。
著者
関崎 悠一郎 須田 真一 角谷 拓 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.25-35, 2012-05-30 (Released:2018-01-01)
参考文献数
34

現在でもイトトンボにとって比較的良好なハビタットとなるため池が多く残されている北上川水系久保川の流域において、イトトンボ類の分布に影響する要因を、コイの直接・間接的影響に焦点をあてて検討した。調査地域のため池56ヶ所において、2008年4月〜2010年7月に調査を行ない、イトトンボ成虫の個体数と水草の被度、池に隣接する林縁の有無、コイおよびウシガエルの生息の有無、周辺の森林面積と池密度などを記録し、出現種ごとの出現頻度と諸要因との関係を階層ベイズ法により分析した。なお、解析では水草被度およびウシガエルの有無の期待値を、それぞれコイの有無と池密度の関数とすることで、コイによる水草被度を介した間接効果と池密度によるウシガエルを介した間接効果についても定量化を行なった。種ごとに認められた傾向は、湿地を好むとされる絶滅危惧種モートンイトトンボが水草に高い依存性を示すなど、概ね既知の種生態に合致するものであった。全種共通の傾向としては、水草被度が有意な正の効果を示し、水草被度にはコイの存在が有意な負の効果を示した。ウシガエルの存在に対する池密度の影響が有意な正の効果を示した一方で、コイとウシガエルのイトトンボへの直接効果は有意ではなかった。これらの結果から、調査地域において現在、イトトンボの生息に最も大きく影響している要因はため池内の水草であり、コイは、直接捕食よりも水草を減少させる生態系エンジニアとしての効果を通じて、イトトンボに間接的な負の影響をもたらしていることが示唆された。
著者
浜口 哲一 青木 雄司 石崎 晶子 小口 岳史 梶井 公美子 小池 文人 鈴木 仁 樋口 公平 丸山 一子 三輪 徳子 森上 義孝
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.297-307, 2010-11-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
16
被引用文献数
2

神奈川県茅ヶ崎市において、指標種を用いた環境評価調査を行った。この調査は、望ましい自然環境を想定しそれを指標する動植物種の分布調査に基づいて評価を行ったこと、調査区域の区分や指標種の選定などの計画立案から現地調査にいたるまで市民の参画があったことに特徴がある。まず市民による議論をもとに里山(森林、草地、水辺)や海岸など、住民の心情や生物多様性保全の観点から望ましい自然環境を決め、それらに対応する合計163種の指標種(高等植物、昆虫、脊椎動物)を決めた。集水域に対応し、また人間が徒歩で歩き回る範囲程度の空間スケールである76の小区域(平均0.47km^2)において、一定の努力量の上限のもとで最も発見できそうな地点を優先して探索する方法で指標種のマッピングを行った。小区域ごとの出現種数をもとに小区域単位の評価マップを作成したほか、詳細な地点情報を用いて保全上最も重要なコア地域を明らかにすることを試みた。
著者
長谷川 啓一 上野 裕介 大城 温 井上 隆司 瀧本 真理 光谷 友樹 遊川 知久
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.311-321, 2017 (Released:2018-05-01)
参考文献数
32

キンラン属は、我が国の里山地域を代表する植物種群であり、菌根菌との共生関係を持つ部分的菌従属栄養植物である。全国的に、里山林の荒廃や樹林の減少に伴って生育地が減少しつつある。本研究では、キンラン、ギンラン、ササバギンランの3種を対象に、(1)樹林管理の有無とキンラン属の分布にどのような関係があるか、(2)キンラン属が生育するためにどのような環境整備が必要か、(3)ハモグリバエ類の食害はどの程度生じているのか、を明らかにし、今後、キンラン属の保全のためにどのような方策が必要かを検討した。調査は、茨城県つくば市の20.5 haの樹林において、キンラン属3種の分布と、樹林の管理状態、生育地点の林内環境(植生被度、開空率、近接する樹木の樹種と胸高直径、リター層の厚さ、土壌硬度、土壌水分)を調査した。また、ハモグリバエ類による3種の食害状況を調べ、結実率を求めた。その結果、下草刈りなどの樹林管理を行っている管理エリア(14.0 ha)では3種すべてが生育し、合計47地点で計881株が確認されたのに対し、非管理エリア(6.5 ha)では、キンランのみが生育し、その数も1地点で計3株であった。また、3種の生育株数は、微環境の違い(開空率、草本被度、土壌硬度)や、近接する外生菌根性の樹種によって異なることがわかった。他方、3種ともに、袋がけを行わなかった大半の株でハモグリバエ類による被害を受けており、食害を受けていない健全株は、キンラン1%、ギンラン12%、ササバギンラン0%であった。これらの結果から、キンラン属の保全のためには、生育環境を維持するための樹林管理に加え、ハモグリバエ類による食害対策が重要と考えられた。
著者
橋本 佳延 中村 愛貴 武田 義明
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.12, no.2, pp.103-111, 2007-11-30
被引用文献数
4

中国原産のトウネズミモチは近年、日本において都市の空地、都市林、里山、都市河川等に逸出、急速に分布拡大していることが確認されており、生育と繁殖力が旺盛で早期に優占群落を形成することから在来の生態系や生物多様性に多大な影響を与える侵略的外来種となることが危惧されている。本研究では都市河川に侵入した外来樹木トウネズミモチの個体群が洪水によって受ける分布拡大への影響を明らかにするために、平成16年10月に大規模な洪水が発生した兵庫県南西部を流れる猪名川低水敷の5.3haの範囲において、その洪水直後と洪水翌年にトウネズミモチ個体群の調査を行い、結果を洪水前に行われた既存研究の結果と比較した。調査ではトウネズミモチの個体数、各個体のサイズ、結実の有無、倒伏状況を記録したほか、空中写真撮影を行い調査地における裸地面積および植被部分の面積を測定した。結果、洪水によって陸域に占める裸地の面積は洪水前に比べ871%拡大し、個体群の主要な構造を形成するサイズ1m以上の個体の1/3が消失した一方で、実生・稚樹個体数は洪水直後の24個体から洪水翌年には49個体に増加した。また洪水によってサイズ1m以上の個体の1/3が倒伏し、洪水後の個体群の平均樹高は洪水前の3.3mから2.2mに低下した。個体群に占める結実個体の割合は洪水翌年が24.5%となり、洪水前の46.8%の約1/2に低下した。洪水翌年における立木個体に占める結実個体の割合は37.5%であったのに対し倒伏個体に占める結実個体の割合は4.5%であった。これらのことから、河川敷のトウネズミモチ個体群は洪水による個体数の減少によってその規模が縮小するとともに、個体の倒伏に伴い結実状況は悪化する一方で、洪水によって形成された裸地に新規個体が参入し、残存個体の繁殖力も立木個体を中心として翌年より緩やかに回復するものと考えられ、洪水によるトウネズミモチ個体群の分布拡大を抑制する効果は軽微であることが示唆された。
著者
馬場 幸大 西尾 正輝 山崎 裕治
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.61-66, 2016 (Released:2016-10-03)
参考文献数
34

要旨 国指定天然記念物であるイタセンパラについて小規模水槽飼育を実施し、飼育条件の違いが成長や生残に与える影響を調査した。実験条件として、1日あたりの給餌の頻度(1回、3回)、個体の密度(5匹、20匹)そして日当たり(日なた、日陰)の3つの項目に注目した。これらの条件を組み合わせた8通りの実験群を3組ずつ用意し、1か月ごとに生残率を算出し、標準体長および体重を計測した。さらに、本種の繁殖期とされる9月および10月における計測については、性成熟の判定を行った。飼育実験の結果、豊富な餌量の供給および低密度における飼育によって、良好な成長が期待できることが示唆された。一方で、残餌や高水温に起因する水質悪化が、摂餌活性および生残率の低下をもたらす可能性が示された。また、すべての実験群において性成熟する個体が出現した。これらのことから、保護池のような広大な土地が確保できない場所においても、効果的な条件を整えた小規模水槽において本種の飼育は可能であり、有効な保全方策の1つとなることが明らかとなった。
著者
冨士田 裕子 加川 敬祐 東 隆行
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.77-92, 2016 (Released:2016-10-03)
参考文献数
38

要旨 環境省により準絶滅危惧(NT)に指定されているチョウジソウの保全のために、日本におけるチョウジソウの産地記録を標本調査と文献調査等によって整理し、現地調査を行い、現存個体群についてはシュート数と生育環境の調査を行った。チョウジソウは北海道から宮崎県に至る38都道府県の180産地で記録があり、そのうち61産地での生育が確認されたが、7都府県で絶滅、7府県で現状不明で生育が確認できなかった。残存生育地は、各県で1?数か所であることが多く、広い分布域をもちながら、産地は散在し不連続であった。生育が確認された立地は、林床、湖岸林縁、湖岸草地、草原と多様であった。多くの場所が湖岸や河川敷、谷斜面脚部など、元々氾濫や水位変動の影響を受ける場所であった。これらの立地のうち、現在は堤内地となっている場所では、攪乱が起こりにくいと考えられた。
著者
今井 葉子 角谷 拓 上市 秀雄 高村 典子
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.15-26, 2014-05-30

2010年に開催された第10回生物多様性条約締約国会議(COP10)で合意された、愛知ターゲットの戦略目標Aにおいて、多様な主体の保全活動への参加の促進が達成すべき目標として掲げられている。この目標を達成し広範で継続的な保全活動を実現するためには、重要な担い手となる、市民の保全活動への参加あるいは保全行動意図をどのように高めるかが重要な課題である。本研究では、社会心理学の分野で用いられる意思決定モデルを援用し「生態系サービスの認知」から「保全に関連強い行動意図」(以下、「行動意図」)へ至る市民の意思決定プロセスを定量的に明らかにすることを目的に、市民を対象とした全国規模のアンケート調査を実施した。既存の社会心理学の意思決定モデルにもとづきアンケートを設計し、4つの「生態系サービス(基盤・調整・供給・文化的サービス)」から恩恵を受けていると感じていること(生態系サービスの認知)と「行動意図」の関係を記述する仮説モデルの検証を行った。インターネットを通じたアンケート調査により、5,225人について得られたデータを元に共分散構造分析を用いて解析した結果、「行動意図」に至る意思決定プロセスは、4つの生態系サービスのうち「文化的サービス」のみのモデルが選択され、有意な関係性が認められた。社会認知に関わる要素では、周囲からの目線である「社会規範」や行動にかかる時間や労力などの「コスト感」がそれぞれ「行動意図」に影響しており、これらの影響度合いは「文化的サービス」からのものより大きかった。居住地に対する「愛着」は「社会規範」や「コスト感」との有意な関係が認められた。さらに、回答者の居住地の都市化の度合いから、回答者を3つにグループ分けして行った解析結果から、上記の関係性は居住環境によらず同様に成立することが示唆された。これらの結果は、個人の保全行動を促すためには、身近な人が行動していることを認知するなどの社会認知を広めることに加えて、生態系サービスのうち特に、「文化的サービス」からの恩恵に対する認知を高めることが重要となる可能性があることを示している。
著者
田村 淳 入野 彰夫 山根 正伸 勝山 輝男
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.11-17, 2005-06-30
被引用文献数
11

ニホンジカの採食圧により林床植生が衰退した丹沢山地冷温帯の3タイプ(オオモミジガサーブナ群集, ヤマボウシーブナ群集, イワボタンーシオジ群集)の植物群落に設置した植生保護柵25基において, 設置4年後に植物相を調査した.柵の中(3.7ha)で334種の維管束植物を確認した.その中には県の絶滅種, 絶滅危惧種など12種, および県新発見種1種が含まれていた.オオモミジガサーブナ群集は出現種の5.1%が希少種で他の2群落よりも希少種の出現率が高かった.対象地域の過去の植物相と比較すると, シカの採食圧下で一度消失したと考えられる希少種5種が出現し, 過去に未確認だった希少種も6種出現した.したがって, ニホンジカの採食圧が強い丹沢山地冷温帯において, 植生保護柵の設置は単に林床植生の保護だけでなく, 希少種の保護・回復にも有効な手段と考えられた.
著者
中本 敦 伊澤 雅子
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.111-119, 2013-11-30

亜熱帯に位置する沖縄県には、多数の熱帯花木・熱帯果樹が街路樹や庭木として植栽されている。しかしこのような人為的な植栽が送粉共生系や種子散布共生系に与える影響についてはほとんど研究がなされていない。本研究では沖縄島に多数植栽されているデイゴErythrina variegata L.の花の花蜜分泌と訪花者の訪花の日周変化に関する調査を行った。デイゴは昼行性の鳥類によって媒介される鳥媒花であることが知られているが、沖縄島では鳥類に加えて昆虫類やオオコウモリなどによって訪花されていた。デイゴは朝に開花し、日中にのみ花蜜を分泌し、開花した花の約60%ではメジロZosterops japonicas(Temminck & Schlegel)に代表される日中の訪花者によって、夕方までに花蜜が枯渇していた。花蜜を有していた残りの40%のうち、30%の花でクビワオオコウモリ(Pteropus dasymallus Temminck)の夜間の訪花による花蜜の枯渇が観察された。植栽木は絶滅危惧種であるクビワオオコウモリの都市部での餌資源を補う資源として機能する反面、送粉を担っていたオオコウモリが訪れる機会を他の植物から奪うことで、本来の送粉共生系や種子散布共生系に悪影響を与える可能性がある。熱帯を起源とする脊椎動物媒の植物の多い沖縄県では、街路樹や公園などの植栽には、鳥類やオオコウモリが介在したネットワークを考慮した樹種選定を行う必要があるだろう。
著者
宮脇 成生 鷲谷 いづみ
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.17-28, 2010-05-30
被引用文献数
1

地域の生態系に侵入した侵略的外来植物への対策を効果的・効率的に実施するためには、対策を優先的に実施する場所を抽出する手法が必要である。本研究では、千曲川における侵略的外来植物4種(オオブタクサ、シナダレスズメガヤ、ハリエンジュ、アレチウリ)の侵入場所を予測するモデルを作成し、各種の侵入可能性を地図化した。モデルは千曲川の河川区域を5m×5mの格子に分割したデータと、CART(Classification And Regression Tree)により作成し、その予測性能をROC分析の曲線下面積(AUC:Area under the curve)等の指標により評価した。モデルの応答変数は、「対象種優占群落の有無」、説明変数の候補は、「比高(計算水位からの相対的な地盤高)」、「植被タイプ」、「農地からの距離」、「近隣格子における対象種群落の分布格子数」および「河川上流側における対象種群落面積」である。得られた各対象種のモデルは、いずれも説明変数に「比高」を含み、河川での外来植物侵入場所におけるこの変数の重要性が示された。モデルの予測性能は、学習データおよび検証データのいずれにおいても「十分に役に立つ」(AUC>0.7)ことが示された。本研究で検討した侵入範囲の予測モデルを地図として視覚化するアプローチは、絶滅危惧種の保全などの他の保全対策や社会的制約条件も併せて考慮する必要がある保全計画立案の現場において、有益な情報を提供することができるだろう。
著者
高槻 成紀
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.131-133, 2011-05-30
参考文献数
4
被引用文献数
1

I previously (Takatsuki, 2009) proposed the following question: Although bears are often regarded as umbrella species, is this actually true? So far, I have not been able to find scientific evidence in support of this, and I feel that conservation activities should be based on scientific approaches. Indeed, this opinion is in accordance with that of S. Boutin (2005) in his review of the ecological effects of carnivores in boreal forests of Nordic countries, in which he discussed several effects of bears on ungulates, hares, rodents, and vegetation through cascade effects. Boutin emphasized that a "fine-filter" conservation approach that focuses on particularly charismatic carnivores often overlooks ecological processes and that carnivore-oriented conservation requires large refuges. However, actual refuges are often too small for such large carnivore species, particularly in Europe. Such approaches that focus only on carnivores as umbrella species risk the loss of endangered species or organisms requiring particular ecological processes. For biodiversity conservation, a "coarse-filter" approach that focuses on ecological processes such as wild fires, logging, and succession is more important and effective. Given that the social conditions of Japan in terms of biological conservation are often more similar to those of Europe than of North America, a "coarse-filter" approach may be more appropriate for bear conservation in Japan.
著者
今橋 美千代 鷲谷 いづみ
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.1, no.2, pp.131-147, 1997-01-24
被引用文献数
26

本研究では小規模な「表層土壌のまきだし」を行うことにより,河畔自然草地の植生復元に土壌シードバンクを利用する可能性を検討した.小貝川の河畔林林床と冠水草原において1992年7月末と1993年3月初めに表層土壌試料を採取し,バーミキュライトを敷いたプランター内にまき出し,出現する実生を定期的に調査した.その結果,林床の土壌からは少なくとも26種5896,草原の土壌からは41種15935の実生が得られた.その中には保護上重要な種であるミゾコウジュとタコノアシが含まれていた.まきだし時期にかかわらず主要な出現種は共通し,多くの種の実生がまきだし直後に出現した.まきだし実験で出現した主要な種はすべて土壌採取地の上部植生構成種であった.これらの結果により,「表層土壌のまきだし」が季節を問わず利用可能であり,河畔冠水草原のような自然度の高い撹乱地の植生を復元する手段として有用であることが示唆された.
著者
服部 保 岩切 康二 南山 典子 黒木 秀一 黒田 有寿茂
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.47-59, 2010-05-30
参考文献数
23
被引用文献数
2

宮崎神宮には照葉樹等の植林後約100年経過した照葉人工林等が保全されている。植林後の年数が明確な本樹林は各地で形成されている工場緑化林や緑地帯などの照葉人工林における植生遷移の予測や生物多様性保全の可能性および孤立林の維持管理方法などについての課題を明らかにする上でたいへん重要である。本社叢の種組成、種多様性、生活形組成の調査を行い、照葉二次林、照葉自然林、照葉原生林との比較を行った。宮崎神宮の社叢は林齢約100年の照葉人工林と林齢約45年の針葉人工林から構成されており、社叢全体に118種の照葉樹林構成種が生育し、その中には絶滅危惧種も含まれていた。植栽された植物を除くと多くの植物は周辺の樹林や庭園から新入したと考えられた。照葉人工林の種多様化に対して隣接する住宅地庭園の果たす役割が大きい。照葉自然林の孤立林に適用される種数-面積関係の片対数モデル式および両対数モデル式を用いて宮崎神宮の社叢面積に生育すべき種数を求めると、前者が119.0種、後者が158.6種となり、前者と現状の調査結果とがよく一致していた。後者の数値が適正だとすると宮崎神宮に十分な種が定着できないのは、地形の単純さと考えられた。社叢の生活形組成では着生植物、地生シダ植物の欠落や少なさが特徴であった。種多様性(1調査区あたりの照葉樹林構成種の平均種数)をみると宮崎神宮の照葉人工林(20.4種)は照葉原生林(42.9種)、照葉自然林(32.9種)と比較して、非常に少なく、照葉二次林ほどであった。1調査区あたりの生活形組成も照葉二次林と類似していた。宮崎神宮の照葉人工林は林冠の高さやDBHなどについては照葉自然林程度に発達していたが、種多様性、生活形組成では照葉二次林段階と認められた。
著者
寺川 眞理 松井 淳 濱田 知宏 野間 直彦 湯本 貴和
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.161-167, 2008-11-30
被引用文献数
1

大型果実食動物が絶滅した「空洞化した森林」では種子散布者が喪失し、植物の種子散布機能の低下が生じていると危惧されている。本研究では、ニホンザルが絶滅した種子島に着目し、サルの主要餌資源のヤマモモを対象に、種子の散布量が減少しているかを調べた。種子島と近隣のニホンザルが生息する屋久島にて、ヤマモモの結実木を直接観察し、散布動物の種構成と訪問頻度、採食果実数を求めた。屋久島で73時間46分、種子島で63時間44分の観察を行い、調査地の周辺では果実食動物がどちらの島でも10種ずつ確認されたが、ヤマモモに訪れたのは、主にニホンザル(屋久島のみ)とヒヨドリ(屋久島と種子島)に限られていた。ニホンザルは、ヒヨドリに比べて滞在時間が長く、採食速度も速いため、1訪問あたりの採食果実数は20倍以上の差があった。この結果は、ニホンザル1個体が採食したヤマモモの果実量をヒヨドリが採食するには20羽以上の個体が必要であることを意味する。しかしながら、本研究では、屋久島と種子島のヒヨドリのヤマモモへの訪問個体数は同程度であった。ヤマモモ1個体あたりの1日の平均果実消失量は、屋久島ではニホンザルにより893.0個、ヒヨドリにより25.1個の合計918.1個、種子島ではヒヨドリのみで24.0個であり、サルが絶滅した種子島では、ヤマモモの果実が母樹から持ち去られる量が極めて少ないことが示された。本研究の結果は、ニホンザルが絶滅した場合にヒヨドリがその効果を補うことはできない可能性を示しており、温帯においても空洞化した森林での種子散布者喪失の影響を評価していくことは森林生態系保全を考える上で今後の重要な課題であると考えられる。