著者
松井 明
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.3-11, 2009-05-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
13
被引用文献数
5

改正土地改良法(2001年6月)により、環境との調和に配慮した農業農村整備事業が強く求められることになった。しかし、従来型の整備による水田がすでに広範に存在する。これら整備済み水田地区においても、最小限の環境対策の実施が望まれるため、その一環として整備済み水田地区排水路における水生生物の成長過程を明らかにし、有効な対策の可能性を調査した。本研究は、茨城県筑西市の圃場整備済み水田地区の排水路を取り上げ、水路レベルを考慮した6調査地点において、2001年4月から2002年3月の間毎月1回定期的に実施した現地調査に基づき、水生生物の成長過程を検討し、以下のことを明らかにした。魚類は、オイカワが9月に、ドジョウが5月に当歳魚が出現した。トンボ類は、バグロトンボ幼虫が6月に、シオカラトンボ幼虫が5月および7月に羽化した。4種とも、非灌漑期になると採捕個体数が減少したことから、越冬地として本排水路系の下流部に湿地を造成することを提案した。
著者
渡辺 敦子 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.65-76, 2004
参考文献数
63
被引用文献数
1

生物多様性の保全という社会的要請に応えることを目的とする保全生態学が集積する知見は,一定の整理を経た後に実社会を動かす政策に反映されることが必須である.ここでは,数年前から生物多様性保全に関わる政策にめざましい進展が認められる日本と,以前から環境保全に関わる先進的な政策を実践しながらも生物多様性条約を批准していない米国について,生物多様性保全上重要な課題のうち,「絶滅危惧種の保全」,「外来種対策」,「遺伝子組み換え生物のバイオセーフティ」にかかわる政策を社会的環境とその歴史的背景および,法的な整備と運用の現状の面から比較・考察した.米国において比較的早くから自然保護・生物多様性保全に資する政策が発展した要因としては,一つにはヨーロッパからの植民と建国以来の激しい自然資源の収奪や大規模な農地開発による生態系の不健全化に直面して醸成された自然保護思想や市民運動の隆盛があった.それと併せ,バイオテクノロジーの発展との関連で生物多様性の経済的価値を強く意識した産業界の思惑および生物学者の政策意思決定への積極的な関与などがあったといえる.それに対して,日本における保全政策は1993年の生物多様性条約への加盟をきっかけとし,過去10年間に関連法整備が進められ,それら法制度整備の有効性に関する評価・改善は今後の課題である.しかし,国内の生物多様性の衰退が急速に進んでいる現状を鑑みると,保全生態学には自然科学としての科学的な厳格さに加え,政策意思決定へのより効果的な寄与が求められるといえよう
著者
中西 希 伊澤 雅子 寺西 あゆみ 土肥 昭夫
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.39-46, 2010-05-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
29
被引用文献数
1

1997年から2008年に交通事故に遭遇したツシマヤマネコ42個体(オス21個体、メス21個体)について、歯の萌出・交換状態と体サイズ及びセメント質年輪を用いて年齢査定を行い、交通事故と年齢の関係について分析した。また、栄養状態についても検討を試みた。交通事故遭遇個体の年齢は0歳から9歳であった。全体の70%以上が0歳で、2〜4歳の個体は確認されず、残り30%近くは5〜9歳の個体であった。交通事故の遭遇時期は、5〜9歳のオスでは2〜6月と9月であったのに対し、0歳のオスでは9月から1月に集中していた。0歳メスは11月に集中していた。0歳個体の事故が秋季から冬季に集中していたことから、春に生まれた仔が分散する時期に、新たな生息環境への習熟や経験が浅く、車への警戒が薄いため、事故に遭遇しやすいこと、また、分散の長距離移動の際に道路を横断する機会が増えることが要因と考えられた。栄養状態に問題のない亜成獣や定住個体が交通事故で死亡することは、個体群維持に負の影響を及ぼすと考えられた。
著者
高槻 成紀 岩田 翠 平泉 秀樹 平吹 喜彦
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.155-165, 2018 (Released:2018-07-23)
参考文献数
38
被引用文献数
5

これまで知られていなかった東北地方海岸のタヌキの食性を宮城県仙台市宮城区岡田南蒲生と岩沼市蒲崎寺島のタヌキを例に初めて明らかにした。このタヌキは2011 年3 月の東北地方太平洋沖地震・津波後に回復した個体群である。南蒲生では防潮堤建造、盛土などの復興工事がおこなわれ、生息環境が二重に改変されたが、寺島では工事は小規模であった。両集団とも海岸にすむタヌキであるが、魚類、貝類、カニ、海藻などの海の生物には依存的ではなかった。ただしテリハノイバラ、ドクウツギなど海岸に多く、津波後も生き延びた低木類の果実や、被災後3 年ほどの期間に侵入したヨウシュヤマゴボウなどの果実をよく利用した。復興工事によって大きく環境改変を受けた南蒲生において人工物の利用度が高く、自然の動植物の利用が少なかったことは、環境劣化の可能性を示唆する。また夏には昆虫、秋には果実・種子、冬には哺乳類が増加するなどの点は、これまでほかの場所で調べられたタヌキの食性と共通であることもわかった。本研究は津波後の保全、復旧事業において、動物を軸に健全な食物網や海岸エコトーンを再生させる配慮が必要であることを示唆した。
著者
上田 紘司 永井 孝志
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2010, (Released:2021-05-24)
参考文献数
60

水草の多様性や現存量が世界的に減少しているが、水草には多様な魚類や甲殻類等が生息し、水草はそれらの餌資源、産卵場、生息場として機能している。水草の生態学的有用性の機能の視点から水草の保全対策が重要と考えられる。しかし、具体的にどこでどのような動物種がどのような水草種をどのように利用しているのかというエビデンスについて、これまでに発表されている膨大な文献の中から体系的に整理した報告はない。本研究では魚類と甲殻類等に対する水草の有用性を明らかにするために、システマティックマップの手法を用いて膨大な文献を体系的に整理した。データベースは、 Web of Science Core Collectionと J-STAGEを使用した。検索は 2017年 10月に行い、検索式は水草、魚類、甲殻類、餌資源、産卵場、生息場を示すキーワードを組み合わせた。採択基準は 1)魚類や甲殻類等が水草又は大型藻類を利用した結果が得られている文献であること、 2)人工植物を扱っていないこと、 3)文献の種類は原著に限定し、レビューを含まないこと、 4)抄録があること、 5)英語又は日本語で記載されていることである。本調査の該当文献は 512件(英文献 470件、和文献 42件)とした。これらの文献を整理した結果は以下の通りである: 1)調査地では北米、中南米、欧州、豪州が多くアジア、アフリカが少ない; 2)調査水域は湖と河川が多く、海域は少ない; 3)調査対象水草はホザキノフサモ等の沈水植物が多く、抽水植物、浮遊植物、浮葉植物がそれに続く; 4)調査対象の動物は魚類が半数を占め、中でもブルーギルやヨーロピアンパーチの未成魚を扱った文献が多い; 5)水草の利用目的は生息場を扱った文献が 80%以上を占め、餌資源や産卵場を扱った文献は少ない。アジア・アフリカ地域での研究や産卵場としての利用を扱う研究が不足していることが示され、今後のさらなる研究が望まれる。また、新たな試みとして生態学分野の 10種類の研究手法を 3段階のエビデンスレベルに分類した。その結果、水草が魚類や甲殻類等に対して生態学的に有用であることを高いエビデンスで示す文献を抽出することができた。しかし、今後のエビデンスレベルの評価には、研究手法だけでなくより詳細な検討が必要と考えられた。また、このようにエビデンスを整理した結果が科学的根拠に基づいた保全活動や政策に活用されていくことが重要である。
著者
大澤 隆文 古田 尚也 中村 太士 角谷 拓 中静 透
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.95-107, 2019 (Released:2019-07-01)
参考文献数
66

生物多様性条約では、生物多様性の保全や持続可能な利用全般について2020年までに各国が取り組むべき事項を愛知目標としている。2020年に開催される予定の同条約締約国会議(COP15)では、2020年以降の目標(ポスト愛知目標又はポスト2020目標)を決定することが見込まれ、海外では愛知目標に係る効果や課題を考察した学術研究も多く出版されている。本稿では、パリ協定等の生物多様性分野以外の諸分野から参考になる考え方・概念も引用しつつ、SMART等の、愛知目標に続く次期目標の検討にあたり考慮し得る視点やアプローチを詳細に整理した。また、自然保護区等に関する愛知目標11等を事例として、地球規模又は各国の規模で2020年以降の目標設定にあたり考慮すべき課題や概念、抜本的な目標の見直しに係る提案等の特徴や課題について、日本における状況も紹介しつつ議論した。これらを通じ、厳正的な自然保護の拡充を誘導する目標設定に加え、それ以外の地域・分野についても、自然と共生を進める諸アプローチの効果評価や目標設定を追求する余地があることを提案した。
著者
小池 文人
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.1-9, 2019 (Released:2019-07-01)
参考文献数
7

本学術雑誌の印刷冊子から電子媒体への移行を検討するため、本誌の購読者と非購読の生態学会会員に対して、様々な形態で提供されている学術雑誌の利用状況に関するアンケートを行った。最も多く利用されていたのは利用者個人の手続きなしで利用できる雑誌であり(機関契約のセット購読やオープンアクセスジャーナル等)、次に利用されていたのは印刷冊子であった。多くの学会で行われているような個人のパスワードでアクセスする雑誌の利用は3誌以下で全く利用しない回答者も多く、都度払いのpay per viewはほとんど利用されていなかった。本誌の移行に関しては、だれでも自由にアクセスできる形態か多数の雑誌のセット購読など、利用者個人の手続きなしで利用できる形態が最も望ましく、次は現在と同じく印刷媒体での提供であり、個人のパスワードでアクセスする形態はサーキュレーションの低下をもたらす可能性がある
著者
藤井 伸二
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.67-72, 2009-05-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
36

近畿地方北部におけるオナモミ属3種(イガオナモミ、オオオナモミ、オナモミ)の相対的な過去の変遷について、植物標本に基づいた調査を行った。その結果、オナモミの1950〜1960年代の急速な減少とその後の絶滅、オオオナモミの1950年以降の優占化、イガオナモミの1980年代の急速な勢力拡大は大阪湾を起点にした河川沿いの内陸部への侵入によって起こったことが明らかになった。近縁種群の過去の変遷を知る上で、植物標本の情報を活用することの有効性が示された。
著者
白木 彩子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.85-96, 2012-05-30 (Released:2018-01-01)
参考文献数
37
被引用文献数
4

2004年2月、北海道苫前町においてオジロワシの風車衝突事故による死亡個体が日本で初めて確認された。それ以降、本種の衝突事故の発生は続いているが、事故の対策はとられていない。オジロワシのような法的な保護指定種が多数死亡しているにも関わらず、実質的に放置されている現状には問題がある。そこで本報告は、これまでに発生したオジロワシの風車衝突事故の事例から事故の特徴や傾向について分析することと、事故の発生要因についてオジロワシの生活史や生態学的な特性から考察することを主な目的とした。また、これまでの保全の経緯も踏まえつつ、今後の保全対策のあり方について考えを述べた。2003年から2011年5月までに、北海道内の風力発電施設で確認された鳥類の風車衝突事故は20種を含む82件だった。このうちもっとも多いのはオジロワシの27件で、齢別にみると幼鳥を含む若鳥がほとんどを占め、主として越冬期にあたる12月から5月に事故が多い傾向がみられた。風車衝突事故による死亡個体のうち半数程度は北海道で繁殖する集団由来の留鳥であると推測されたが、個体群へのインパクトを正しく評価するためにも、今後、衝突個体が留鳥か渡り鳥なのかを明らかにすることは重要である。オジロワシの風車への衝突事故は風車が3基の施設で11件と最も多く、小規模の施設でも多数の事故が発生し得ることが示された。事故の発生した風車は海岸部の段丘崖上や斜面上にあるものが半数以上を占め、これらの地形はオジロワシにとって衝突するリスクの高い条件のひとつと考えられた。死骸の多くは衝突事故の発生から数日以内に発見されており、このことから、確認された死骸は実際に衝突死したオジロワシのうちの一部であることが推測された。現在のところ、風力発電施設によるオジロワシ個体群に対するインパクトを評価するために必要なデータは不十分な状況であるが、とくに地域集団に対する悪影響が懸念されることから、衝突事故の防止は急務と考えられる。具体的には、施設建設前の適切な立地選定と、稼働後に発生した事故対策措置である。衝突事故が発生している既存の風車については、今後の衝突の可能性を査定した上で、オジロワシの利用頻度の低い場所への移設や日中の稼働停止も含めた有効な事故防止措置の実施が望まれる。
著者
正富 宏之 正富 欣之 富士元 寿彦 増澤 直 小西 敢 藤村 朗子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.1910, 2020-05-15 (Released:2020-06-28)
参考文献数
29

世界におけるタンチョウ Grus japonensis Mlerは、大陸個体群と北海道個体群の二つの地域個体群に分かれる。北海道個体群の道東から北海道北部への繁殖域の拡大を、 2003年から 2015年まで航空機により調査した。北海道の北端宗谷地方には、 1860年ころまで確実にタンチョウが生息していたが、その後 2000年代初頭まで、この種の出現記録はなかった。しかし、地上調査により 2002年に日本海に面するサロベツ原野地区で夏に 2羽を見つけ、翌年から飛行調査を行い、 2004年には営巣活動に続いて 45日齢ほどのヒナも観察した。また、 2006年にオホーツク海側のクッチャロ湖地区で初めて 2羽を目撃し、 2008年には繁殖を認めた。その後、 2014年にサロベツ原野地区で 3番い、クッチャロ湖地区で 2番いが営巣し、 2015年は北限となる稚内大沼地区でも 1番いが加わり、計 6番いが就巣し、宗谷地方の主要繁殖適地における営巣地分布拡大を確認した。その結果、 2004年から 2015年までに、ペンケ沼周辺で 13羽、クッチャロ湖周辺で 9羽の幼鳥が育った。これに伴い、宗谷地方の春 -秋期個体群は 2015年までに最多で 15羽(幼鳥を含む)となり、明確な増大傾向を示した。宗谷地方へのタンチョウ進出は、道東における繁殖番いの高密度化によるもので、収容力に余地のある道北の個体群成長は、道東の過密化傾向抑制(分散化)にとり極めて意義深い。しかし、個体は冬に道東へ回帰し給餌場を利用すると思われるので、感染症等のリスクを抱えたままであるし、 2016年以降の営巣・繁殖状況等も不明である。従って、道東と分離した道北個体群創設や越冬地造成等も含めた効果的対応手段策定のため、道北一帯で飛行調査を主軸とする全体的動向把握を継続的に行うことが不可欠である。
著者
村上 裕 久松 定智 武智 礼央 黒河 由佳 松井 宏光
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2005, (Released:2020-11-10)
参考文献数
19

二次的自然としての水田やため池を繁殖場所として利用するトンボ類は、水稲の生育ステージや、ため池の植生、水位管理、周辺環境等が種個体群の存続を許容するものであったことから、水田面積の拡大とそれに伴うため池の造成により安定的な分布域を形成したものと考えられる。本研究は、ため池の水際を主な産卵場所として利用し、冬期に減水したため池の乾出した底質で卵が越冬する可能性を指摘されてきたオオキトンボを対象種とし、ため池の水位管理方針が幼虫発生に与える影響を研究した。現地調査として、本種の産卵行動が例年確認されているため池から無作為に抽出した 3地点で成熟個体および羽化後の未成熟個体のラインセンサスを行ったほか、ため池管理者へ水位管理に関する聞き取り調査を行った。また、ため池の満水位直下の砂礫を採集し、乾燥状態で管理後に翌春湛水して孵化した幼虫数を計測した。調査の結果、冬期に大きく減水したため池の干出した砂礫から多くの幼虫が発生した。ただし、他の池と同等の成熟個体が飛来し、産卵行動が確認され、冬期に減水していたにも関わらず孵化幼虫が認められないため池も存在した。
著者
森 章
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.283-291, 2009-11-30
被引用文献数
1

森林は陸域の生物相の約65%を支えており、森林における生物多様性の保全は、多くの分類群の保全につながる。しかし、人為の影響を欠いた森林はごく僅かで、多くの森林が人間の生活活動の場である。そのような森林においても、生態系の人為改悪を防ぎ、生物多様性の保全という機能を持たせることが、これからの持続可能な森林管理における主要課題である。本研究では、「自然生態系、生態プロセス、生物多様性の保全を主目的にしていない景観中のエリア」と定義される"マトリックス"において、如何に生物多様性に配慮するか、配慮できるか、その重要性を論じる。そこで、日本と同様に森林面積が高く、保護区率の低いスウェーデンでのマトリックスマネジメントの事例に着目した。スウェーデンでは、歴史的に長い間、人間活動が行われ、土地所有形態も零細かつ複雑になっている。国や地方自治体が大規模な自然保護区や国有林を一元的に所有・管理できる状況ではなく、国有林面積は僅か7%ほどで、民有林が国土の大半を占めている。しかし、スウェーデンでは、各土地所有者が生産性だけに焦点を当てた森林施業を行うわけではなく、生物多様性に配慮した新しい森林施業・管理を行っている。国立公園や自然保護区といった法的な保護対象となる森林の保全だけでなく、希少種の生育する潜在性の高い森林を数多くの私有地に指定し、伐採せずに保護している。また、伐採活動を行う施業林においても、伐採時に全ての樹木を伐採、搬出するのではなく、動植物相のための住み場所としての樹木や枯死木を残しておくといった、生態系の機能や生物多様性に対する配慮がなされている。つまり、スウェーデンでは、マトリックスの中に存在する、経済活動の対象となる森林において、如何にして生物多様性に配慮しながら管理、保全するのかを重要視している。このようなスウェーデンで実施されている新しい森林管理は、人為影響を受け続けた日本の森林生態系の保全、復元、そして管理に対しても、非常に重要な示唆を含んでいると考えられる。
著者
松本 祐樹 森 貴久
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.219-226, 2016 (Released:2017-07-17)
参考文献数
17

1998年から神奈川県において、本来は中国に分布するアカボシゴマダラ名義タイプ亜種Hestina assimilis assimilisが確認されている。アカボシゴマダラ幼虫の食餌植物は在来種であるゴマダラチョウH. persimilis japonicaとオオムラサキSasakia charondaと同じエノキCeltis sinensis Persであるため、在来種との食物資源をめぐる競合が危惧される。山梨県でのアカボシゴマダラの侵入については報告例が少なく、現在の分布状況や個体数密度は不明である。また、越冬して定着しているかについてもわかっていない。本研究は、2012年から2014年に神奈川県から山梨県県央部にかけてのアカボシゴマダラの幼虫の分布と山梨県での越冬の可能性について明らかにした。アカボシゴマダラの山梨県での分布は山梨県県央地域まで確認されたが、生息率は山梨県県央地域と東部地域は神奈川県地域に比べて低く、県境地域ではその中間だった。また、自然下でも実験下でも山梨県内で越冬できることが確認されたが、自然下での生存率は8%と低かった。これらの結果から、アカボシゴマダラは山梨県県央部にまで徐々に分布を拡大していること、および山梨県での越冬は生理的には可能だが、自然下では生理的要因以外の要因で越冬しにくくなっていることが示唆された。今後、山梨県内でのアカボシゴマダラの生息率が上昇すれば、在来種蝶への悪影響が懸念される。
著者
中村 太士 中村 隆俊 渡辺 修 山田 浩之 仲川 泰則 金子 正美 吉村 暢彦 渡辺 綱男
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.129-143, 2003
参考文献数
33
被引用文献数
6

釧路湿原の多様な生態系は, 様々な人為的影響を受けて, 劣化ならびに消失しつつある. 大きな変化である湿原の樹林化は, 流域上地利用に伴う汚濁負荷の累積的影響によって起こっていると推測される. 汚濁負荷のうち特に懸濁態の微細粒子成分(ウォッシュロード)は, 浮遊砂量全体の約95%にのぼる. 既存研究より, 直線化された河道である明渠排水路末端(湿原流入部)で河床が上昇し濁水が自然堤防を乗り越えて氾濫していることが明らかになっている. Cs-137による解析から, 細粒砂堆積スピードは自然蛇行河川の約3〜8倍にのぼり, 湿原内地下水位の相対的低下と土壌の富栄養化を招いている. その結果, 湿原の周辺部から樹林化が進行しており,木本群落の急激な拡大が問題になっている. また, 東部3湖沼の中でも達吉武沼流域では, 土壌侵食ならびに栄養足負荷の流入による達吉武沼の土砂堆積, 水質悪化が確認されており, 水生生物の種数低下が既存研究によって指摘されている.ここではNPO法人トラストサルン釧路と協働で, 自然環境漬報の集約にもとづく保全地域,再生地域の抽出を実施している. また, 伐採予定だったカラマツ人工林を買い取り, 皆伐による汚濁負荷の流出を防止し自然林再生に向けて検討をすすめている. 湿原南部には1960年代に農地開発されたあと, 放棄された地区も点在しており,広里地域もその一つである. この地域は国立公園の最も規制の緩い普通地域に位置しており, 湿原再生のために用地取得された. ここではタンチョウの1つがいが営巣・繁殖しており, 監視による最大限の注意を払いながら, 事前調査結果にもとづく地盤据り下げならびに播種実験が開始されている. 釧路湿原の保全対策として筆者らが考えていることは,受動的自然復元の原則であり, 生態系の回復を妨げている人為的要因を取り除き, 自然がみずから蘇るのを得つ方法を優先することである. さらに, 現在残っている貴重な自然の抽出とその保護を優先し可能な限り隣接地において劣化した生態系を復元し広い面積の健全で自律した生態系が残るようにしたい. そのために必要な自然環境情報図も環境省によって現在構築されつつあり, 地域を指定すれば空間的串刺し検索が可能なGISデータベースがインターネットによって公開される予定である.
著者
小池 文人
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.25.1_1, (Released:2020-05-15)
参考文献数
16

生態学に関わる応用分野は、環境省や農林水産省、国土交通省をはじめ、さまざまな省庁に分散し、鳥獣保護管理法や都市緑地法など自然に関わる法律も各省庁への所管が決まっている。これに応じて省庁から都道府県を経て市町村の担当課に至る行政の系列が形成されている。系列間では国から市町村に至るまでそれぞれのレベルでの連携が望まれるが連絡は必ずしも良くない。ここでは行政系列に対応する伝統的な大学教育のカリキュラムを解析することで、各系列における基本的な生態学的知識のレベルを調査し、未来に向けた生態学的技術の提供と系列間の協働を促進するためのアプローチを検討した。個体以上のレベルを扱うマクロ生物学である生態学に固有な技術的資源には、生物の数の増減を予測する個体群の技術と、種間の相互作用の結果を予測する群集の技術、物理・化学的な環境を予測する狭義の生態系の技術、実際の地域の複雑な景観をあつかう技術に加えて、生物の種ごとに違う生活史や、自然の状態に関する知識ベースがある。教育課程の中では医師養成と建築技術者養成、土木技術者養成で生態学に関する授業が少なく、獣医師養成と農業技術者養成は中程度で、森林技術者養成と水産技術者養成では多くの授業が行われていた。個体群に関する授業は水産技術者養成で特に多かった。個体群技術は新興感染症の伝播制御と緊急防除や生物であるヒトの少子化対策を含むが、医師養成や建築技術者養成などではあまり扱われていなかった。都市の森林や河川、海岸を主管する行政系列の人材を育成する建築技術者養成と土木技術者養成では生活史や群集が扱われていなかった。系列間の連携の手がかりとして基礎的な生態学の授業がこれらの伝統的な大学教育プログラムに組み込まれることが望ましいが、出身者がヒトを含めた生態系管理の主担当となるのはカリキュラム面で困難であり、生態学の技術と知識の教育を受けた人材が計画を立てる中央省庁だけでなく現場の作業に関わる市町村にも入る仕組みの構築が必要である。行政系列どうしの縦割りの弊害の解消にはアカデミック・セクターが主導して現場担当者のレベルで勉強会や情報交換会を開くと効果的であり、保全生態学研究誌はさまざまな応用分野が集うことができる共通のプラットフォーム構築のためオープンアクセス化を進めている。
著者
池田 透
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.159-170, 2001-01-15 (Released:2018-02-09)
参考文献数
23

日本各地で野生化しているアライグマの現状とその管理課題について考察を試みた.アライグマは雑食性で多様な環境で生息可能であり,逃亡・遺棄によって野生化が生じると,人間を怖れないために人間の生活圏内でも条件にさえ恵まれれば急激に増加する可能性を持っている.また,日本には天敵も存在しないためにアライグマが野山に拡散するに連れて在来の生物へも影響が及び,生態系の撹乱が危惧される.生物多様性条約への批准を機に日本でもようやく移入種問題が取り上げられるようになったが動きは遅く,現在のアライグマ対策は地方自治体が主体となって展開している.農業被害に端を発した北海道の対策は,生態系の保全を念頭においた科学的対策構築へと展開してきたが,法的規制に関連する予防措置や対策継続のための長期的予算確保など問題も多く残されている.今後は移入種問題を危機管理の問題としてとらえ,移入種に対する管理指針の確立とガイドラインの制定とを含めて国家的対策としての体制を整え,自治体との連携作業で事態に対処することが望まれる.
著者
山ノ内 崇志 赤坂 宗光 角野 康郎 高村 典子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.135-146, 2016 (Released:2017-07-17)
参考文献数
44
被引用文献数
2

全国の湖沼の水生植物の種多様性を保全することを目的とし、得点化と相補性に基づき優先的に保全すべき湖沼を評価した。文献より植物相の情報が得られた全国361湖沼のうち、近年(2001年以降)の情報が得られた最大74湖沼について解析した。得点化による手法として、現存種数、希少性、残存性の3指標により順位付けを行った。評価の結果、いずれの指標でも類似した湖沼が上位に入る傾向があり、3指標それぞれで20位以内(以下、上位)となった全26湖沼のうち、14湖沼が全ての指標で上位に入った。このことは、一般的に現存種数が多い湖沼は絶滅危惧種が多く、残存性も良好な傾向があることを示すと考えられた。相補性解析では、近年の情報が得られた85種を最低1湖沼で保全する保全目標で評価した。1000回の試行の全てにおいて、20湖沼の選択をもって保全目標を達成し、得点化による指標で抽出された湖沼に加えて、種数は少ないが汽水性や北方系など特徴的な希少種が分布する湖沼が選択された。このことから、現在得られている情報に基づく限りにおいて、相補性解析だけでも現実的な湖沼数の選択が可能と考えられた。保全すべき湖沼の解析対象は近年の情報が得られた湖沼に限ったため、これを補う目的で過去(2000年以前)の情報のみが得られた湖沼を再調査の候補地として評価した。過去の種数および希少性を指標として湖沼を順位付けするとともに、近年の記録が得られていない種(現状不明種)28種の分布記録がある湖沼を抽出した。これにより、過去の記録種数・希少性指標での上位20湖沼と現状不明種指標で抽出された全湖沼として、計61湖沼が調査候補として抽出された。保全優先湖沼として抽出された湖沼は日本各地に分布しており、湖面積や最大水深に偏りは見られなかった。水生植物の保全を考える上では、大湖沼に限らず様々なタイプの湖沼に注目する必要がある。
著者
辻田 有紀 遊川 知久
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.121-127, 2008-05-30 (Released:2018-02-09)
参考文献数
29
被引用文献数
14

遺伝的多様性を確保しつつ野生植物の自生地復元を実施するためには、栄養繁殖ではなく、種子繁殖での個体増殖が望ましい。ところが、ラン科植物では、自生地に種子を播種し、個体を増殖することが困難である。ラン科の種子は、自然条件下での発芽に共生菌からの養分を必要とするため、生育に好適な共生菌のいる場所に播種しなければ発芽しない。しかし、自生地で共生菌が生育する場所を特定することは非常に難しい。共生菌が生育する場所を特定するためには、種子を入れた袋を地中に埋設し、定期的に回収することで発芽を観察する野外播種試験法が有用である。そこで本報では、絶滅が危惧されているマヤランとサガミラン(サガミランモドキ)を対象に、野外播種試験を行った。その結果、一部の試験区で多くの発芽が観察され、自生地における共生菌の分布を特定することができた。さらに、発芽に好適な深さや時期なども推定でき、野外播種試験法の有用性が示された。本手法は、ラン科植物の自生地内保全を行う上で実践的な技術となるばかりでなく、発芽の環境や種子休眠など、学術的な知見も得られる有用な手段として、幅広い応用が期待できる。
著者
嶋津 信彦
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.99-110, 2011-05-30 (Released:2018-01-01)
参考文献数
16

2010年6月22日から10月18日に沖縄島300水系において、延べ流程340kmを踏査し、外来水生生物31分類群と在来魚41分類群の分布を記録した。生物の確認は、主に川を歩いて遡りながらの目視観察で行われた。結果、外来水生生物の分布は、島の南部に多く、北東部で少なかった。カワスズメ属、グッピーおよびコイは順に141、120および54水系で確認された。セルフィンプレコ属やジルティラピア、アカミミガメなどは、人口密度の高い南部に分布が集中していた。一方、ダニオ属やプラティ、コウタイなどは、観賞魚であるが人口密度の低い北部でのみ記録された。絶滅危惧種をはじめ在来魚の分布は、北部と中西部に多かった。ソードテールは、北部での分布拡大が著しい外来魚であり、絶滅危惧種への影響も危惧される。
著者
森 章
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.283-291, 2009-11-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
44
被引用文献数
3

森林は陸域の生物相の約65%を支えており、森林における生物多様性の保全は、多くの分類群の保全につながる。しかし、人為の影響を欠いた森林はごく僅かで、多くの森林が人間の生活活動の場である。そのような森林においても、生態系の人為改悪を防ぎ、生物多様性の保全という機能を持たせることが、これからの持続可能な森林管理における主要課題である。本研究では、「自然生態系、生態プロセス、生物多様性の保全を主目的にしていない景観中のエリア」と定義される"マトリックス"において、如何に生物多様性に配慮するか、配慮できるか、その重要性を論じる。そこで、日本と同様に森林面積が高く、保護区率の低いスウェーデンでのマトリックスマネジメントの事例に着目した。スウェーデンでは、歴史的に長い間、人間活動が行われ、土地所有形態も零細かつ複雑になっている。国や地方自治体が大規模な自然保護区や国有林を一元的に所有・管理できる状況ではなく、国有林面積は僅か7%ほどで、民有林が国土の大半を占めている。しかし、スウェーデンでは、各土地所有者が生産性だけに焦点を当てた森林施業を行うわけではなく、生物多様性に配慮した新しい森林施業・管理を行っている。国立公園や自然保護区といった法的な保護対象となる森林の保全だけでなく、希少種の生育する潜在性の高い森林を数多くの私有地に指定し、伐採せずに保護している。また、伐採活動を行う施業林においても、伐採時に全ての樹木を伐採、搬出するのではなく、動植物相のための住み場所としての樹木や枯死木を残しておくといった、生態系の機能や生物多様性に対する配慮がなされている。つまり、スウェーデンでは、マトリックスの中に存在する、経済活動の対象となる森林において、如何にして生物多様性に配慮しながら管理、保全するのかを重要視している。このようなスウェーデンで実施されている新しい森林管理は、人為影響を受け続けた日本の森林生態系の保全、復元、そして管理に対しても、非常に重要な示唆を含んでいると考えられる。