著者
中岡 裕章
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.91, no.2, pp.146-161, 2018 (Released:2022-09-28)
参考文献数
31
被引用文献数
1

本稿は,埼玉県飯能市を事例に,エコツアー実施者の参画意識の差異を,その属性や地域特性の観点から分析し,地域づくりを目的としたエコツーリズムの意義と問題点を明らかにした.東京大都市圏郊外に位置するベッドタウンとしての性格が強い市の東部に居住する実施者は,参画理由に生きがいや楽しみを挙げる者が多く,ツアーに経済的利益を求めない傾向がある.一方,人口減少と高齢化が急速に進行する市の中・西部に居住する実施者は,ツアーの経済的な利益によって若者の定着などを期待する傾向がある.このように,実施者の参画意識には地域差が認められる.特筆すべき観光資源のない里地里山地域において,生きがいや楽しみを求める実施者の意向が大きく反映されたツアーが多く行われ,地域内外の交流が促進されたことは意義が大きいと考えられるが,他方でツアーに経済的利益を期待する実施者の意向にはそぐわないものとなっていることも明らかとなった.
著者
谷野 喜久子 細野 衛 渡邊 眞紀子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.86, no.3, pp.229-247, 2013-05-01 (Released:2017-12-05)
参考文献数
38
被引用文献数
2 2

日本の海岸砂丘構成層の起源として海浜砂,テフラ,大陸風成塵などが知られるが,個々の構成層の形成物質を検証した例は少ない.本研究は構成層の理化学特性に基づき,尻屋崎砂丘の起源と形成史を考察する.砂丘は田名部段丘面(MIS5e相当)上の尻屋崎ローム層を覆い,埋没土層を境に構成層I~Vからなる.最下位層Iを除く上位層II~Vはbi-modal(シルト・砂各画分)の粒度組成を示し活性アルミニウムに富む.この特徴と明度・色特性(H2O2処理)が尻屋崎ローム層に類似することから,砂丘はローム層と段丘構成層の剥離物が再堆積した物と考えられる.砂丘砂の理化学特性(TC≧1%,MI≦1.7)は,それが二次的な風化テフラ付加による黒ぼく土様の化学的特性と腐植性状をもつテフリック レス デューンであることを示唆する.これは地形史的に冬季北西風と直交する西海岸の段丘崖に風食凹地(ブロウアウト)が発達し,その後にヘアピン・縦砂丘が分布することと矛盾しない.
著者
山本 健兒
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.1, pp.1-25, 2009-01-01 (Released:2011-05-12)
参考文献数
49
被引用文献数
2

ドイツでは,グローバリゼーションの進展に伴って都市内の社会的空間的分極化が激化してきたといわれている.本稿は,その実態をドイツのドルトムント市を事例に検証することを目的とする.この都市は分極化を克服するための政策が積極的に実施されてきたところである.分極化は社会的排除という概念と密接に関わっている.これは移民・貧困・失業などの具体的に計測し得る指標の特定地区への集中的出現として把握できる.分析の結果,ドルトムント市内には社会的排除の現象が如実に現れている場所としてノルトシュタットをはじめ,いくつか確認できる.しかし,グローバリゼーションの進展とともにそれが激化してきたと簡単に言えるわけではない.むしろ,激化の側面と緩和の側面が同時進行してきた.ガストアルバイターだけというよりもむしろ,東欧・ロシアからの移民が多いところや,これも含めて移民の多様性が顕著な地区で激化の側面がみられる.
著者
岡田 登
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.85, no.1, pp.58-71, 2012-01-01 (Released:2016-12-01)
参考文献数
22
被引用文献数
1

本研究では群馬県東毛地域を事例として,農協連携によりニガウリ生産が拡大した要因を,農協間の協力関係の構築とニガウリ栽培を導入した農家の経営内容に注目して明らかにした.2002年から東毛地域で全農群馬が主導し,東毛3農協が連携してニガウリの共同販売を開始できたのは群馬板倉農協と館林農協の販売担当者に農協連携による共同販売以前から協力関係が存在していたことがある.これによって,全農群馬は各農協への指示系統を確立させ,規格と販売先を指示し,栽培技術を共有させることができた.また東毛3農協管内の60歳未満男性専業者のいる農家がニガウリ栽培を導入したことが生産拡大の契機となった.これらの農家がニガウリの生産に成功したことで,その後キュウリやナス以外の作物を主体に生産している農家や,女性農業者,兼業農家,および60歳以上の農業者がその栽培を導入するようになり,その生産は拡大した.
著者
高屋 康彦 小口 千明
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.4, pp.369-376, 2011-07-01 (Released:2015-09-28)
参考文献数
26
被引用文献数
3 5

史跡・吉見百穴の坑道壁面における凝灰岩の塩類風化による岩屑生産の速度を把握し, 塩類と岩屑の量的関係を求めるため, 崩落物質を回収する現地調査を1年間にわたって実施した.温度・湿度がともに低い冬から春先には粒状の風化による岩屑生産が著しく, それ以外の時期には岩屑量は非常に少なかった.壁面で観察された析出鉱物としては, 冬から春先にかけてはナトリウムミョウバンおよびハロトリカイトが顕著であり, 石膏とジャロサイトは年間を通して認められた.岩屑量および析出する鉱物種の季節性から, 塩類の析出に伴う岩屑生産に最も寄与している鉱物はナトリウムミョウバンおよびハロトリカイトであると考えられる.崩落した岩屑量と塩類量との間には一次の相関があることが明らかになった.
著者
植村 円香
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.3, pp.242-257, 2011-05-01 (Released:2015-09-28)
参考文献数
12

本稿では,生産者の高齢化が進んでいる東京都利島村のツバキ実生産を事例に,世代による経営形態の違いと,高齢者の生計維持における意義を検討した.ツバキ実生産は,粗放的で長期収穫が可能なので,高齢者でも生産しやすく,年間100万円程度の販売収入を得ることができる.しかし,若年者にとっては,ツバキ実生産のみで生計を維持することは難しく,ツバキ実生産への参入はみられない.このように経営形態が,世代によって異なることに注目し,農業者をコーホートに分けて比較分析を行った.その結果,ツバキ実生産は,高齢者によって長期的に維持されていること,高齢者の中でも上の世代ほど経営規模が大きく,より多くの収入を得て,安定した生計維持ができていることが判明した.しかし,世代間での農業資源の偏在を前提にすると,利島におけるツバキ実生産の維持には,世代間でどのようにツバキ林を受け継ぎ,ツバキ実の生産を調整していくかが課題となる.
著者
高屋 康彦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.2, pp.131-144, 2011-03-01 (Released:2015-09-28)
参考文献数
39
被引用文献数
3

花崗岩地形の形成過程を理解するためには, 酸性条件下の化学的風化で生成される二次生成物の特徴をとらえる必要がある.そのため本研究では, 風化変質実験を実施した.実験では同一形状に整形した花崗岩および鉱物4種(黒雲母, 斜長石, アルカリ長石および石英)と酸溶液とを56日間反応させ, 試料表面の化学組成をXPSで求めた.低pH条件下の花崗岩の変質では, 黒雲母が顕著に溶解してケイ素酸化物(水酸化物)が形成された.中性から弱酸性条件下では, 斜長石の溶解によるpH増が黒雲母からの鉄酸化物(水酸化物)の沈殿を促進した.同時に, 黒雲母の溶解による水溶液中のMgなどの陽イオンの存在が斜長石の変質におけるアルミニウム酸化物(水酸化物)の沈殿を遅らせた可能性がある.このような構成鉱物間の相互関係は, 黒雲母の反応性を高めている.野外での花崗岩風化の特徴の一つである鉄錆の生成は, 斜長石の溶解によって促されることが明らかになった.
著者
青山 雅史
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.1, pp.44-60, 2011-01-01 (Released:2015-01-16)
参考文献数
50
被引用文献数
1 1

飛騨山脈南部槍・穂高連峰における山岳永久凍土の有無およびその分布状況を明らかにするため,小型自記温度計を用いて,気温および地温の観測をおこなった.気温観測の結果,槍・穂高連峰主稜線上は不連続永久凍土帯の気温条件下にあることが判明した.また,地表面温度観測の結果,本山域のカール内に存在する岩石氷河や崖錐斜面上の多数の地点における晩冬季の積雪底地表面温度(BTS)の値は,それらの地点に永久凍土が存在する可能性があることを示した.特に,大キレットカール内の岩石氷河上では,永久凍土が存在している可能性が高いことを示すBTSや年平均地表面温度などの値が複数年にわたって得られた.地表面が特に粗大な礫から成る地点では,冬季の地表面温度の低下が他地点よりも顕著であった.これは,冬季に粗大礫の上部が積雪面上に露出し,その露出部が寒冷な外気により冷却され,礫自体の冷却が進行していくことによりもたらされたものと考えられる.
著者
増山 篤
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.6, pp.585-599, 2010-11-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
23

本稿の主目的は,一つの地域が空間的に連坦し,最大限均質な部分地域へ区分される必要条件を導くことである.地理学では,部分地域が連坦し,最大限均質になるという2条件を満たす地域区分がしばしば試みられる.こうした区分のために,さまざまな方法が提案されてきたが,先の2条件を厳密に満たすものはない.2条件を満たそうとする地域区分は,最適化問題としてとらえられる.一般に,最適化問題の解法は最適解が満たす必要条件に基づく.地域区分に関しても最適性の必要条件があれば,期待するような部分地域を見出すのに有用と考えられる.そこで,2条件を満たす地域区分となる必要条件を理論的に導出し,その必要条件に基づく地域区分方法について検討した.その結果,まず,等値線に従う区分が,必要条件を満たすことが分かった.また,等値線の組合せによって,二つの条件を厳密に満たすのは困難だが,従来の方法を上回る区分が期待できることが示された.
著者
與倉 豊
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.6, pp.600-617, 2010-11-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
40
被引用文献数
1 2

本稿は,グローバル企業の知識結合に着目し,日本企業による外資導入の実績に関する資料を基に,社会ネットワーク分析を用いて組織間の関係構造を考察した.さらに共分散構造分析を用いて,知識結合に基づく企業間ネットワークの特性と,企業のパフォーマンス(経済的成果)との関連性について検討した.分析の結果,製造業18業種がコンポーネント数や平均次数といったネットワーク統計量の差異によって六つのグループに類型化された.ノード数が多く複雑なネットワークを,ブロックモデルを用いて縮約化することによって,知識結合において重要な役割を果たすグローバル・ハブが抽出された.また,多母集団同時分析によって,ネットワークの関係構造において優位な位置にあるノードほど,財務諸表で測られる企業のパフォーマンスに対して正の影響を与えることが示された.さらに,医薬品や電気機器,自動車等,精密機械など科学的・分析的知識を必要とする業種ほど,ネットワーク優位性の影響が強く働くことが明らかになった.
著者
瀬戸 真之 須江 彬人 石田 武 栗下 正臣 田村 俊和
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.3, pp.314-323, 2010-05-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
27
被引用文献数
5 2

福島県の御霊櫃峠(約900 m)には,西北西の強風にさらされることが多い斜面に構造土が存在する.この構造土は,扁平礫が露出した帯と植生が密生した帯とが,数十cm~2 mほどの間隔で交互に配列している.両方の帯とも傾斜方向にかかわらず,ほぼ西北西–東南東の卓越風向に伸びる.伸びの方向が最大傾斜方向と直交する所では階状土,一致する所や傾斜が緩い所では縞状土の形状を示し,本稿では「植被階状礫縞」と呼ぶ.本研究では,低標高山地斜面に構造土が発達する点に注目し,その詳細を記載した.階状土部分の断面では,階段状を示すのは堆積物上面のみで,堆積物と基岩との境界面はほぼ一様の傾斜で,地表の礫は植被に乗り上げている.植被階状礫縞は,強風により積雪を欠く裸地で植被が卓越風向に平行な縞状に発達し,凍結・融解で傾斜方向に礫が移動し,卓越風向にほぼ直交する向きの斜面では植被に堰き止められ,ほぼ一致する向きの斜面ではそのまま移動して形成されたもので,現在も発達中と考えた.
著者
小島 大輔
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.6, pp.604-617, 2009-11-01 (Released:2011-08-25)
参考文献数
33
被引用文献数
3 3

本稿では,日本人のカナダ旅行の発展に伴う日本人向け現地旅行業者の活動の展開に着目し,旅行目的地とその供給体系との関係について分析を行った.1970年代まで,日本人のカナダ旅行の供給体系はアメリカ旅行の供給体系のサブシステムだった.カナダでは主に現地の日系人が設立した旅行業者が媒介部門の役割を担い,日本人の旅行目的地においてカナダ西部と東部は,それぞれアメリカ西部と東部のそれに統合されていた.1980年代になると,東西両地域を含んだ旅行商品の大量供給や夏季以外の旅行商品の開発が行われた.また,日本人カナダ旅行者の急増に伴い,柔軟な催行体制を用いた日本系旅行業者の進出によって,アメリカ旅行の供給体系から独立したカナダ旅行の供給体系が構築された.1990年代後半の日本人カナダ旅行者数のピーク以降,日本から進出した日本系旅行業者は,季節変動に対し労働力の数量的・機能的柔軟さを高め,その存続を図っている.
著者
佐藤 仁
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.6, pp.571-587, 2009-11-01 (Released:2011-08-25)
参考文献数
50
被引用文献数
1 2

本稿の目的は戦前から戦後にかけての日本の資源論をレビューした上で,そこに通底する考え方を明らかにし,資源論の独自性を確認することである.資源論のサーベイは過去20年以上行われておらず,地理学においても資源論という分野名称は 1990年代にはほぼ消滅した.しかし,かつての資源論には,今なお評価すべき貢献が多く残っている.本稿では,特に資源論が盛んであった1950年代から1970年代にかけての議論,特に石井素介,石光 亨,黒岩俊郎,黒澤一清といった資源調査会と関わりの深かった論者の総論部分を中心に取り上げ,そこに共通する考え方や志向性を紡ぎだす.筆者が同定した共通項は,1)資源問題を社会問題として位置づける努力,2)現場の特殊性を重視する方法論,3)国家よりも人間を中心におき,国民に語りかける民衆重視の思想,である.経済開発と環境保護の調和がますます切実になっている今日,かつての資源論に体現された総合的な視点を新たな文脈の中で学び直すべきときが来ている.
著者
宮 由可子 日下 博幸
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.4, pp.346-355, 2009-07-01 (Released:2011-08-25)
参考文献数
22
被引用文献数
1 2

関東平野で冬季に吹く局地風「空っ風」について気候学的な解析を行い,日変化や鉛直構造を明らかにした.結果は以下の通りである.①空っ風日の地上風は明瞭な日変化を示す.関東平野の北西~西北西風の卓越する地域では,日中の風速は冬期平均の2倍近くに達する.②空っ風日の境界層上部の風速は昼前に小さく,夕方に大きくなる.③空っ風日の大気の安定度は冬期平均のそれに比べて弱い.これらの特性は,空っ風日には多くの運動量が地上まで輸送されていること,空っ風が熱対流混合風の性格を持っていることを示唆している.④空っ風日の相対湿度・日降水量は日本海側で高く関東平野で低い.1日当たりの日射量は日本海側で少なく関東平野で多い.これらの傾向は冬期平均に比べてより顕著である.以上の結果は,空っ風がフェーン現象を伴っており,この現象がもたらす晴天が混合層の発達をより助け,熱対流混合層の性格をより強めていることを示唆している.
著者
渡邉 英明
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.1, pp.46-58, 2009-01-01 (Released:2011-05-12)
参考文献数
49
被引用文献数
2

本稿では,江戸時代における定期市の新設・再興の実現過程について,幕府政策との関係に注目して考察した.幕府機関は,市場争論の裁定において,新市を規制する方向で政策を運用している.その中で,新市実現への道は2通りあった.一つは,新市を出願し,近隣市町への影響がないと承認されること,もう一つは,開催の既成事実を経年的に積み重ねることである.手続きを踏まえない新市は,近隣市町から訴えられれば差止めとなるが,近隣市町が黙認する限り公儀は積極的に介入しなかった.開設経緯が不詳の定期市のいくつかは,こうした過程で実現したことが想定される.また,定期市の再興も,新設に準じる行為と認識されていたが,定期市開催の由緒を証明できる市町の場合,公儀に願い出た上で再興が実現された例も確認できる.その際には,周辺市町への周知が行われ,再興を承認する請証文が回収された.