著者
駒木 伸比古
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.2, pp.192-207, 2010-03-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
25
被引用文献数
5 6

本研究は,徳島都市圏における大型店の立地展開とその地域的影響が,出店規制に基づきどのように変化してきたかを明らかにした.徳島都市圏では,大店法の施行から現在に至るまで,大型店の出店に対する規制はそれほど厳しく行われてこなかった.そのため,大店法が強化された1980年代に,県外資本によって大型店の出店が進んだ.大型店の郊外化・大型化は,大店法が緩和された1990年代ではなく,大店立地法が施行された2000年以降に顕在化した.これらの結果は,大店法の施行期間において出店調整に対して行政の関与があったために独自規制や出店拒否が行われず,大店立地法の施行以降も新たな制度に基づく規制の実施に消極的であるという徳島都市圏における出店規制の実態から説明される.加えて,出店規制は,商業集積や消費者買物行動に対しても,間接的に影響を及ぼしてきたことが確認できた.
著者
富田 啓介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.85, no.2, pp.85-105, 2012-03-01 (Released:2017-02-21)
参考文献数
45
被引用文献数
1 2

湧水湿地の形成や維持に,その周囲における人の営為がどのような影響を与えていたのかを,里地・里山の中に存在する愛知県豊田市の矢並湿地を事例に論考した.事例地において,湿原内の植生分布,湿地周囲の環境変遷,堆積物の層相・層序と年代を調査し,総合的に検討した.その結果,砂防堤築造や水田造成などの人為的インパクトによって,湧水が地表を拡散して流れる地形が形成され,湿地が形成されたことが明らかとなった.また,矢並湿地の湿原植生の分布は地下水位とよく対応していたが,地下水位は周囲の里山の管理状況によって変化しうると考えられた.さらに,湿原内での採草行為や,未熟な植生が引き起こした湿地周囲の斜面崩壊も,湿原植生の遷移を抑制した可能性がある.このように,湧水湿地は,周囲における人の営為の影響を受けて形成され,その特徴的な植生を維持する場合がある.
著者
吉田 国光
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.5, pp.402-421, 2009-09-01 (Released:2011-08-25)
参考文献数
53
被引用文献数
3 1

本稿は大規模畑作地帯を事例に,大規模化の基盤である農地移動が農業者のいかなる社会関係のもとに展開するのかを分析し,大規模畑作地帯の形成過程を明らかにすることを目的とした.具体的には,農業者のもつ複数の社会関係を社会的ネットワーク分析における多重送信-単一送信の視点から考察した.研究対象地域は北海道音更町大牧・光和集落とした.対象地域における農地移動に関わる社会関係は,集落と中音更地区内での地縁に加えて小中学校を介した交友関係や血縁,公的機関を介したより広範囲にわたるものであった.多重送信的関係は農地移動に関わる社会関係の基盤となり,安定的な大規模経営の維持に寄与していた.一方で,さらなる大規模化を図る農家は単一送信的関係を活用し,集落という地域単位を越えた広い範囲で農地を集積していた.その結果,さらなる経営耕地面積の拡大が可能となり,大規模畑作地帯が形成された.
著者
殷 冠文 劉 雲剛
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.86, no.2, pp.173-188, 2013-03-01 (Released:2017-12-02)
参考文献数
34

中国の都市形成の特徴は,政府が主導的な役割を果たしていることである.特に1990年代以降の分権化政策によって,地方政府主導による都市建設が進み,とりわけ内陸ではそれが顕著となった.本稿では,中国内陸部の鶴壁市を事例として,中国の都市形成のプロセス,とりわけ地方政府の役割に注目する.鶴壁市における新市街地開発事業へのフィールド調査によって,インフラの整備から,住民の移住への動員,企業誘致など広範囲にわたって,地方政府が都市形成に主導的役割を果たしていることがわかった.行政主導的な開発方式で,新しい都市空間が急速に形成され,新たな都市イメージと居住環境が作られた.しかし,その一方で,旧区への配慮が不足したため,旧区全体の衰退および新旧区間の格差の拡大などの問題が生じた.このようなジレンマをどう受け止めるか,それは現代中国の都市形成を読む上で現実的かつ理論的な課題であろう.
著者
森嶋 俊行
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.4, pp.305-323, 2011-07-01 (Released:2015-09-28)
参考文献数
39
被引用文献数
1 2

本稿の目的は,近代化産業遺産保存活用の動きが広まる過程を分析することにより,鉱工業都市の脱工業化段階での都市構造や産業構造の再編に対し,中核企業と地域各主体の関係がどう投影されるかを論じることである.具体的な事例として大牟田・荒尾地域における石炭産業関連近代化産業遺産の保存活用運動を挙げ,これを検討した.当該地域における近代化産業遺産保存活用の実践は,産業特性や立地の条件によってもたらされる地域産業構造変化に加え,中核企業の歴史的な起源と地域政策に左右され,中核企業による遊休不動産処分施策に対応するかたちで進行した.保存活用運動に関連する主体は,当初は企業や自治体であったが,後にNPOや地域住民も参加するようになった.これらの主体は,「国家」「地域」「経済」「文化」といった観点から価値を主張するようになった.近代化産業遺産に対するまなざしの変化と多元化は,地域経済の変化とあいまって,保存活用の実践形態の多様化に作用した.
著者
上杉 昌也 浅見 泰司
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.4, pp.345-357, 2011-07-01 (Released:2015-09-28)
参考文献数
25
被引用文献数
1 9

本稿では, 所得格差が広がったとされる1990年代後半以降, 小地域レベルにおいて世帯収入階層による居住分化が進んだかどうかを検証し, その要因や背景について考察した.初めに町丁目単位での所得分布を推定する方法を提示し, 1998年と2003年の東京都大田区を事例にその空間分布を比較した.その結果, 5年間における世帯収入水準は全体的に低下する中で空間的にも居住分化の進展の兆しが見られた.これは持家世帯や単身世帯の居住分化が高まったことに付随するものと考えられるが, 貧困層の空間的隔離が問題視される北米の諸都市と比べればいまだ低い水準である.大田区で居住分化が進んだ要因を居住地移動から分析した結果, 近隣移動が居住分化の進展に寄与している可能性が大きいといえる.他方で大田区では脱工業化を背景として, 地区によっては区外からの流入も含めた短期間で大量の人口流入が居住分化を抑制していることも予想される.
著者
宋 弘揚
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.93, no.5, pp.372-386, 2020-09-01 (Released:2023-02-19)
参考文献数
16
被引用文献数
5

本稿では,渡日中国人技能実習生の増加鈍化期における中国山東省青島市の送り出し機関に注目し,送り出し方針の転換とそれに伴う機関群の再編を考察した.日本に特化した送り出しを行ってきた各機関は,技能実習業務から撤退したり,派遣地域と業務内容の多角化を図ったりした.方針の転換は,大きく「多角化型」と「維持型」の2つに整理することができる.その結果,青島市の機関群の一部では,送り出し方針の多角化・高度化を通じた機関間の「棲み分け」が進行している.
著者
高屋 康彦 廣瀬 孝
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.5, pp.389-401, 2009-09-01 (Released:2011-08-25)
参考文献数
39
被引用文献数
2 1

花崗岩を用いた二つの溶解実験の結果から,溶解特性に及ぼす要因について考察した.実験Aでは,固/液比を0.25,0.5および1に設定し,破砕した岩石試料を3種類の粒径(粗粒:32~45 mm;中粒:8~16 mm;細粒:1~2 mm)で振るい分けたもの200 gを用いた.実験Bでは,粉末試料1.0 gまたは直方体のブロック試料3.54×3.54×20.0 mm3を蒸留水50.0 mlと反応させた.その結果,溶解特性は表面積および固/液比の影響を大きく受け,その度合いは花崗岩では表面積の方が,花崗閃緑岩では固/液比の方が大きいことがわかった.花崗岩類が他の岩石に比べて溶けにくいことは,間隙率が小さいことと岩石中のアルカリ成分量が少ないことに起因すると考えられる.実験開始直後から初期の溶解特性は,有色鉱物の溶解特性の影響を受けやすい.花崗岩は破砕(粉砕)することにより,Fe,KおよびMgが溶出しやすくなるが,それは黒雲母の縁部からの顕著な溶解によると思われる.このことは,花崗岩の溶解特性が表面積の影響を大きく受けることの一因となっている.
著者
寺床 幸雄
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.89, no.5, pp.211-233, 2016-09-01 (Released:2019-10-05)
参考文献数
41
被引用文献数
3 1

本研究では,長崎県長与町の果樹栽培地域において,農家間の社会関係および地域外アクターとの関係性が農業の維持に果たす役割を,社会関係資本の視点から明らかにした.社会関係資本については,「結束型/橋渡し型」および「構造的/認知的」の両区分に基づいて検討した.研究対象地域では,柑橘研究同志会の活動のように戦後早くから地域的協働が進んでいた.1990年代後半以降は,農業存続への危機感から新たな協働が模索されている.地域内の役割などの構造的・結束型社会関係資本は,農業に関連する地域的協働を可能にしてきた.協力の規範や信頼といった認知的・結束型社会関係資本は,変化を伴いつつも高い水準で維持されている.行政との長期的な信頼の構築は橋渡し型社会関係資本として機能し,現在でも「ながさき型集落営農」などの新たな取組みを支えている.一方で,特定農家への役割の集中など,農業の地域的協働には新たな問題も生じていた.
著者
久谷 明子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.92, no.5, pp.269-282, 2019-09-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
36
被引用文献数
4

本稿では,宝塚市子ども委員会を事例として,子どもの視点を活かしたまちづくりの観点から,子どもの意識する場所の拡がりを検証した.まちづくりに関する意見や提案の機会を得た子ども委員たちが,提案に至る学びのプロセスの中で,自分たちのまちとして意識する場所を拡大させたことを明らかにした.子どもが意識するものには,場所的な拡がりだけではなく,時間的な拡がりもある.現実の社会の中での体験的な活動を通して,子どもたちは自分たちの暮らす地域から,視野をより広げる力を培ったことが明らかになった.
著者
村井 昂志
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.6, pp.618-637, 2010-11-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
27
被引用文献数
1 1

本研究では,人口減少や年齢構成の変化に伴って生じる問題の一例として,公立小中学校の廃校をとりあげた.特にその跡地利用を論題に据え,都市圏内における地域差と,その背景となる地理的条件の差異を分析した.分析にあたっては,東京大都市圏を研究地域に設定し,全廃校跡地を対象とするアンケート調査と,都心部・都心周辺部・郊外部から1自治体ずつを選んでの事例調査を行った.自治体は,一般に公益を満足しない用途での廃校の跡地利用を避ける一方,公益目的であれば,民間事業者などに跡地を譲渡・売却してその維持コストの削減を図ることも多い.このことが,高地価のため民間事業者による公益的な施設の運営が難しい都心部や,大規模な未利用地の希少性に乏しい郊外部に比べ,都心周辺部で跡地の売却・譲渡や恒久利用が先行するという地域的傾向を生んでいると考えられる.
著者
日下 博幸 羽入 拓朗 縄田 恵子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.5, pp.479-492, 2010-09-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
26
被引用文献数
2 3

本研究では,2000年7月4日に東京で観測された局地豪雨を対象に,GPS可降水量とヒートアイランド現象に着目した気象観測データの解析を行った.その結果,この日,大気の状態は不安定で,平野スケールの地上風の収束場が都心に位置しており,山岳から都心に移動してきた降水系に伴う発散風と海風としての南風の局所的な収束が都心で生じていたことが確認された.さらには,可降水量の増加域は降水域と一致しており,その値は降水の数時間前に増加し,約1時間前に最大になる傾向にあったことがわかった.しかしながら,ヒートアイランド現象は明瞭に見られたものの,それに伴う都心での明瞭な水蒸気の集積は認められなかった.本事例の場合,ヒートアイランドが東京で強い上昇流を引き起こしながら水蒸気を集積し豪雨を発生させたと考えることは難しい.
著者
横山 貴史
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.6, pp.610-625, 2011-11-01 (Released:2016-09-29)
参考文献数
23
被引用文献数
1 3

本稿は,北海道函館市南茅部におけるコンブ養殖業について,養殖方法の地域差とその条件を明らかにした.1950年代以降,南茅部ではコンブの増産と養殖の導入が図られた.1966年の1年促成コンブ養殖試験の成功により,安定したコンブ生産が可能となり,以降,1年促成養殖は南茅部全域に急速に広まっていくが,天然コンブと同様に2年の成長期間を必要とする2年養殖も継続された.地区別にみると,天然コンブの価格序列である浜格差において,高く評価される尾札部地区では,浜格差の影響を強く受ける2年養殖が重要であるが,低位である大船地区では,浜格差の影響を受けずに地区独自の取引を行うことができる1年促成養殖への特化が認められた.以上から,南茅部におけるコンブ養殖業の導入は,既存の天然コンブ漁の状況に基づき,地区ごとに異なった養殖方法の選択的受容につながった.その結果,地区間のコンブの収益格差の解消に結びついたと意義付けることができた.
著者
瀬戸 寿一 矢野 桂司
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.85, no.3, pp.259-274, 2012-05-01 (Released:2017-10-07)
参考文献数
47

本稿は京都の景観計画への活用を目的とした調査において,市民調査員に良好と判断された通り景観の特徴を考察するものである.その際に(1)京町家GISデータを用いて「良好な通り景観」の選定に関わる景観要素を定量分析した.また(2)市民調査員や居住者が「良好な通り景観」をどのような意識に基づき選定したかについて,発話などの資料を用いて定性的に検討した.その結果,(1)定量分析では,「良好な通り景観」が既存の景観保全地区以外にも,日常生活を印象づける長屋建ての多い通りなどで選定された.(2)定性分析では,当該地域の居住者にとって,伝統的な外観意匠を残す京町家を中心とする,過去と現在とであまり変化の見られない景観に高い関心を持つことが明らかとなった.以上の結果から,市民参加型調査で選定された「良好な通り景観」の情報を景観計画に活用するには,定量分析のみならず,市民の景観に対する意識に関する定性分析も必要であることが示唆された.
著者
福本 拓
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.3, pp.288-313, 2010-05-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
45
被引用文献数
6 11

本稿の目的は,東京および大阪における在日外国人のセグリゲーションを国勢調査小地域統計を用いて明らかにし,植民地期の移民とその子孫で構成される「オールドカマー」と,1980年代以降に急増した「ニューカマー」という,渡来時期の違いに着目して分析することにある.本稿ではグローバル指標とローカル指標とを併用することでセグリゲーションの変化を把握する.「ニューカマー」の割合が大きい東京では,セグリゲーションの変化に一貫した傾向は見出せない.一方「オールドカマー」の多い大阪では,「オールドカマー」の社会減を反映しセグリゲーションは低下傾向にあるといえる.東京と大阪を比較すると,特定の町丁字における外国人の増加が新規入国の「ニューカマー」の流入に起因するという点で共通している.外国人の増加は,「ニューカマー」でも入居が容易な民間賃貸マンションの存在とも関連していると推測できる.総じて,両都市におけるセグリゲーションの変動には,「オールドカマー」の存在という歴史的要因および新規入国の「ニューカマー」の流入が大きく寄与している.特に新規入国の「ニューカマー」の動向については,外国人の長期滞在を想定していない日本の出入国管理政策の影響が一定程度あるといえる.
著者
若林 芳樹 西村 雄一郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.1, pp.60-79, 2010-01-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
109
被引用文献数
5 3

GISとその応用技術の普及にともない,それが地理学研究のみならず社会に及ぼす影響をめぐって,英語圏では1990年代から議論されてきた.本稿は,GISと社会をめぐる諸問題について,英語圏の動向をもとに論点を整理し,日本のGIS研究に対する意味合いを考察するものである.まず2000年以前のこうした議論を「クリティカルGIS」と呼んで整理したSchuurman(1999, 2000)の論考をもとに,三つの時期に分けて論調の変化と影響を検討した.その結果,1990年代初頭の社会理論派との反目・対立から,対話・協調へと移行した結果,GISと社会との関係を包含する地理情報科学が成立した過程が確かめられた.2000年以降になると,参加型GISの実践,フェミニズム地理学が提起した質的GIS,科学技術社会論からみたGISと社会との関わり,監視とプライバシーをめぐる法的・倫理的問題などをめぐって研究が進展している.こうした議論を日本のGIS研究に導入するにあたっては,英語圏での論点を的確にとらえた上で,GIS関連技術の普及や制度的・社会的背景の違いにも留意する必要があると考えられる.
著者
古関 喜之
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.89, no.1, pp.1-21, 2016-01-01 (Released:2019-10-05)
参考文献数
23

本稿では,台湾産マンゴーの日本への輸出を取り上げ,ポジティブリスト制度導入後の日本市場向けマンゴーの生産・輸出システムと,安全性や品質管理を重視した日本市場への対応が生産地域や台湾農業に与えた影響について検討した.日本でのポジティブリスト制度導入後,台湾では政府主導によって,日本向けマンゴー輸出業者と日本市場向けマンゴー園の登録制度,および輸出前の生産者単位による残留農薬と糖度の検査体制が構築された.安全性を重視した対日輸出への取組みは,農家に農薬費の負担を増大させたが,収益増加にも結びついている.また,生産者の安全管理に対する意識を高め,台湾国内では日本の安全基準に基づく輸出システムで生産されたマンゴーが流通し,差別化商品として扱われている.台湾農業にとって,安全性重視の対日輸出への取組みは,輸出や国内販売において,台湾産マンゴーの市場を多様化させる一因となっている.
著者
中川 恵理子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.85, no.4, pp.397-409, 2012-07-01 (Released:2017-11-03)
参考文献数
28

本稿では,独占的大規模産地による全国的な広域流通システムが生鮮野菜価格の空間分布をどのように規定しているのかを,長野県産の夏ハクサイを事例に,輸送費と市場規模に焦点を当てて検討する.まず,統計データの分析によって,(1)長野県からの輸送費と卸売価格の間には正の相関関係がみられること,(2)同一輸送費圏内では大規模市場の価格は平均値に近く,中小規模市場の価格は取扱量と負の相関関係にあること,の2点が示された.次に,聞取り調査より,JA全農長野の一元的出荷体制が輸送費と卸売価格との相関関係を生んでいることが確認された.そして,同一輸送費圏内での価格の分布を規定している要因は大規模市場の建値形成機能であり,中小規模市場の価格が取扱量と負の相関関係にある要因は,JA全農長野との直接取引の有無および主要な取扱品の規格の差であることが明らかになった.
著者
今里 悟之
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.85, no.2, pp.106-126, 2012-03-01 (Released:2017-02-21)
参考文献数
21
被引用文献数
2 1

本研究は,耕地一枚ごとの通称地名である「筆名」について,命名原理と空間単位に関する従来の知見を再検証した.棚田と散村が卓越する,長崎県平戸市宝亀町および木場町の8世帯・計139枚の耕地を事例に,筆名とその由来,筆名が指示する空間単位,土地利用,面積と斜度,周囲の景観要素などについて調査した.その結果,従来の研究で提示された四つの命名原理の出現頻度が平地農村とは異なる点,同一の集落内でも命名原理に大きな世帯差が見られる点,時に複数の命名原理による筆名が存在する点,小字名の転用以外の方法でも情報量が節減されている点,などが明らかになった.さらに,認知言語学におけるアフォーダンス,プロトタイプ,ランドマークとトラジェクター,ベースとプロファイルの諸概念が,命名原理の一部を理論的に説明し得ることが見出された.空間単位に関しては,従来の仮説の部分的な修正が必要である.