著者
佐藤 廉也
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.93, no.5, pp.351-371, 2020-09-01 (Released:2023-02-19)
参考文献数
41
被引用文献数
4

森の資源に依存して暮らす人びとが生涯を通じて植物知識をいかに獲得していくのかを検討するために,エチオピアの焼畑民マジャンギルを対象に植物知識を測るテストを実施し,その結果を性・年齢に注目しつつ分析した.テストは植物名の知識,樹木利用知識,樹木の断片から樹木名を同定する能力,というレベルの異なる3種を設定した.その結果,植物名と利用知識では,10歳代には急激に,20歳代以上には緩やかに,年齢とともに得点が増加する傾向が認められる一方,生業の性分業に由来すると推測される知識量の性差がみられた.同定テストでは,30歳代までは年齢が高くなると得点も高くなる傾向があるのに対し,40歳代以上では逆に年齢と得点に負の相関が認められ,知識のレベルによって獲得・維持パターンが異なるという結果が得られた.以上の結果と生業活動に関する情報を合わせ,植物知識が生業活動と密接に関連しつつ獲得・維持されるという示唆が得られた.
著者
梶田 真
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.85, no.6, pp.587-607, 2012-11-01 (Released:2017-11-16)
参考文献数
86
被引用文献数
2 1

本稿では,1990年代以降,ボトムアップ型・内発型の農村開発の推進を図ってきたEU・LEADER事業に関する学術研究の展望を行った.これらの研究は,農村開発をめぐるアクター間の権力関係の問題や,効果的なパートナーシップ構築における専門的な支援者の重要性,事業評価を通じた学習やエンパワーメントの重要性を明らかにしている.また,現場の動きを踏まえた理論化を通じて,内発型・外来型の二分論を超えた新内発型農村開発論の提起も行われている.こうした成果は,地域的・制度的な文脈の違いはあるものの,現代の日本の農村においてボトムアップ型・内発型農村開発を進める上での重要な論点を示している.また,現場の動きと社会理論の双方を踏まえて,より精緻な農村開発理論を提示しようとする試みは,農村開発に関わる研究者の研究戦略を考える上でも多くの示唆を与えるものである.
著者
田中 圭 中田 高
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.91, no.1, pp.62-78, 2018-01-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
16

広島市北郊で2014年8月20日未明に発生した土石流は山麓緩斜面に広がる住宅地を襲い,74名の犠牲者を伴う大災害を引き起こした.このような被害が発生した理由として,高度経済成長期における急速な宅地開発であると指摘されている.本稿では41名の犠牲者が集中した八木3丁目を対象に,撮影時期の異なる空中写真から作成したDSMを基に建物の建築時期を推定し,GISを用いて建築時期別に建物被害と土石流との関連について分析を行った.また,発災前にUAVを用いて撮影した範囲において,発災後に撮影を行い,それら画像からDSMなどを作成し,災害の状況を詳細に比較検討した.これらの分析結果から壊滅的な被害を受けた建物は,高度経済成長期以降に渓流の谷筋に建築されたものに集中したことがわかった.単純な高度経済成長期による宅地開発ではなく,土石流の発生危険度が高い地域に建物が建築され続けたことが,被害拡大の素因であることが明らかになった.
著者
神田 竜也
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.1, pp.21-43, 2010-01-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
25
被引用文献数
1 2

本稿では,長門市油谷地区の事例を中心にして,肉用牛繁殖農家の水田放牧導入とその普及要因を明らかにし,水田放牧の規模拡大および新規導入を可能とする条件について検討した.油谷地区における水田放牧の普及要因には,①放牧施設の整備に関連する事業の助成を利用できたこと,②肉用牛飼養の省力化,飼料コストの削減に水田放牧が効果的であること,③畜舎近くのまとまった土地を放牧地に利用できたこと,④地域リーダーの存在を指摘できる.また,放牧地の確保と放牧面積拡大,低コストによる放牧施設の整備,先発放牧農家の指導的役割が,水田放牧の新規導入と継続のための条件として位置づけられる.水田放牧による畜産的土地利用は,耕作放棄の進む中山間地域において,肉用牛繁殖農家の高齢化対策と新たな農地管理策としての可能性を有している.
著者
三木 理史
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.89, no.5, pp.234-251, 2016-09-01 (Released:2019-10-05)
参考文献数
60

本稿の目的は,1920年代における漢人の満洲への出稼移動に着目し,満鉄旅客輸送の特徴を明らかにすることにある.その具体的課題は,満鉄の鉄道旅客輸送の実態と,旅客の中心であった出稼者の移動の2点の解明で,本稿の分析結果は以下の4点にまとめられる.1. 出稼地は次第に南満から北満へと移行し,出稼者が満鉄線と中東鉄道線の利用増加を促進した.2. 出稼者の入満経路は大連経由が増加して京奉鉄路経由が減少した.3. 出稼者は三等や貨車搭乗(四等)で割引運賃や無賃による利用が多く,輸送人員も非常に大量であった.4. 北満への出稼者誘致は当初吉林省が積極的で中東鉄道東部線沿線を中心に進み,中ソ国境での紛争や自動車輸送の進展などの事情によって,次第に未開発地の多い西部線沿線へと移った.鉄道にとって無料や低運賃の出稼者輸送の意義は,大量性に加えて,穀物輸送貨車の空車回送の間合い運用が可能な点にあった.
著者
前田 竜孝
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.92, no.6, pp.381-396, 2019-11-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
30
被引用文献数
4

本稿では,水産物直売所の開設が漁業経営にどのような影響を与えたのかを,大阪府岬町の深日漁業協同組合に所属する経営体を事例に考察した.深日においては,1950年代以降漁協が運営する共販市場が主な出荷先として機能してきたが,2017年4月にA店が町内に開店したことで流通構造が大きく変化した.直売を始めた経営体は漁獲金額を大幅に上昇させた.一方で,水産物の処理や箱詰め,店舗までの輸送といった作業が必要となり,集出荷作業に要する時間は増加した.加えて,直売の開始によって市場価値が低く共販市場で取引されてこなかった水産物の出荷先が確保されたことも判明した.この出荷の傾向は,くず魚を多く漁獲する底引網を営む経営体には有利に作用したが,その他の漁業種類を営む経営体には影響しなかった.このように,新たな流通システムが地域に導入される際,経営体間で変化の度合いにどのような差異があったのかは検討すべき重要な課題である.
著者
久井 情在
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.92, no.6, pp.364-380, 2019-11-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
28
被引用文献数
2

「平成の大合併」後,旧市町村が「ローカル・ガバメントからローカル・ガバナンスへ」という変化を体現する空間単位として注目されている.本稿では,旧市町村がローカル・ガバナンスの構成単位として定着する可能性について,大分県佐伯市の旧町村地域政策である2つの事業を事例に考察した.具体的には佐伯市と合併した旧8町村のうち,旧直川村と旧米水津村におけるそれぞれの事業の実施主体と活動スケールを調べた.その結果,当初は両地域とも行政の主導によって旧村スケールの事業が展開されており,旧米水津村ではスケールが保たれたまま,徐々に住民主導に移行していた.一方,旧直川村では実施主体が小地域スケールの住民団体に置き換わっており,旧村スケールの住民主導の実施主体は現れていない.このことは,旧市町村スケールにおけるローカル・ガバナンスの勃興が,必ずしも期待できないことを示唆している.