著者
松岡 裕之 池澤 恒孝 服部 隆太 富田 博之 平井 誠
出版者
日本衛生動物学会
雑誌
日本衛生動物学会全国大会要旨抄録集
巻号頁・発行日
vol.60, pp.78, 2008

蚊は吸血に先立って皮膚に唾液を注入する。唾液中に存在する血管拡張物資により血管が拡張すると,口吻を差し込み吸血を開始する。ワクチン効果のある蛋白を蚊の唾液腺に発現させておけば,吸血のときその蛋白が被吸血動物に注入されるので,その動物(ヒト)はその蛋白に対する抗体を持つようになる。この発想はFlying syringe と呼ばれ20年前から構想はあったが実現してこなかった。昨今,蚊においても遺伝子導入が可能となってきており,唾液腺に特異的に発現する蛋白のプロモーターを使うことで,唾液腺に外来性の蛋白を発現できる可能性が出て来た。一方我々は,マラリアのワクチン候補蛋白のひとつとして,スポロゾイト表面蛋白(CSP)を提唱している。マラリア原虫におけるCSPはスポロゾイトの表面に豊富に発現している蛋白である。我々はこのCSPのほぼ全長をコードする遺伝子をハマダラカ(<I>Anopheles stephensi</I>)唾液腺特異的蛋白のプロモーター下流に組込み,トランスポーザブルエレメント<I>Piggyback</I>に挟み込んで産卵直後のハマダラカ卵に注射した。レポーター蛋白として緑色蛍光蛋白(GFP)も組込んでおき,これを指標として遺伝子組換えを起こしているハマダラカを選別し,系統化した。これまでに数系統の遺伝子導入ハマダラカを得た。これら数系統の蚊の唾液腺を抗原とし,抗CSP抗体を使ってELISAを実施したところ,CSPを発現していると思われる系統が見つかった。最も発現量の多い蚊系統では1個体の唾液腺中に10ng程度のCSPが産生されていると推定された。このCSP発現蚊群に,繰り返しマウスを吸血させたところ,マウスにおいて抗唾液腺抗体は上昇したものの,抗CSP抗体は産生されて来なかった。唾液腺細胞で産生されたCSPの,唾液への分泌が不良であることが原因であると考えている。
著者
渡辺 護
出版者
日本衛生動物学会
雑誌
日本衛生動物学会全国大会要旨抄録集
巻号頁・発行日
vol.58, pp.47, 2006

中部山岳国立公園に隣接する岐阜県飛騨市の山之村地域で2003年からアブの捕獲調査を行っている。昨年は富山県側の飛越高原も含めて2003-4年の成績を報告したが、今回は岐阜県側で2005年に新たに加えた調査地点の成績を含め、いままでの成績をまとめて報告する。<BR>岐阜県飛騨市山之村地域は標高850-1200mの山地農村地域で、ホウレンソウと牛(飛騨牛)の生産が盛んで、稲作も行われている。また、山間盆地のため地域内には小渓流が多数あり、その源流地域には湿地帯が発達し、水芭蕉などが繁茂している。ニホンカモシカが多く、ツキノワグマとイノシシも生息する。<BR>調査は固定設置型の飛翔捕捉マレイズトラップとボックストラップおよび調査の都度設置する二酸化炭素誘引(ドライアイス使用)のキャノピィトラップと蚊帳トラップを併用して行った。2005年には2004年に開設された乗馬クラブの厩舎への侵入アブの調査も加え、4月下旬から10月上旬まで7-8月はほぼ毎週、他の月は隔週の土曜もしくは日曜日に、捕獲調査(キャノピィと蚊帳トラップ)および誘引アブの回収(マレイズとボックストラップ)を行った。<BR>全般的に吸血性のニッポンシロフアブが多数を占めたが、無吸血性のイヨシロオビアブが近似種の吸血性アオコアブと混生し、多数捕獲される地点もみられた。さらに、吸血性大型種のアカウシアブ、ニセアカウシアブ、アカアブ、カトウアカアブ、ウシアブが多数捕獲された。2005年に調査を開始した厩舎侵入アブもニッポンシロフアブが64%(4,633/7,252)を占めたが、アカウシアブ12%など、大型アブも14.5%を占めた。これらの種構成は隣接する富山での今までの成績とは大きく異なり、その原因の多くは吸血源動物が長期間確保されていたためと考えられ、加えて幼虫の生息に適した様々な環境の存在が示唆される。
著者
佐々木 均 竹田 洋介
出版者
日本衛生動物学会
雑誌
日本衛生動物学会全国大会要旨抄録集
巻号頁・発行日
vol.55, pp.45, 2003

吸血性アブ類が,ソバの授粉昆虫として果たす役割を知る目的で,2002年8月,北海道幌加内町内2ヶ所でNZIトラップを用いた吸血性アブ類の捕獲調査を行い,得られた個体の体表に付着した花粉をグリセリンジェリー法で採取し,酢酸カーミンで染色した後検鏡し,ソバの花粉か否かを調べた.<BR> その結果,ソバ畑隣接地で,アカウシアブを優占種とする4属8種合計77個体,ソバ畑から離れた湿性草地で,ゴマフアブを優占種とする5属9種164個体の吸血性アブ類が得られた.ソバ畑隣接地で得られた吸血性アブ類の74%が,ソバ畑から離れた湿性草地で得られた個体でも57%がソバ花粉を体表に付着させていて,他殖植物であるソバの受精に吸血性アブ類が関与していることが示唆された.
著者
比嘉 由紀子 Arlene Garcia-Bertuso 徳久 晃弘 永田 典子 沢辺 京子
出版者
日本衛生動物学会
雑誌
日本衛生動物学会全国大会要旨抄録集
巻号頁・発行日
vol.64, pp.48, 2012

デング熱は20世紀以降,流行が世界中で報告され,2億 5千万人以上が感染リスクを負っており,特に熱帯アジアでの流行が大きく,この地域に限っていえばマラリアを凌ぐ最も深刻な蚊媒介性ウイルス感染症となっている.フィリピンは東南アジアの中でも特にデング熱感染者数,死亡者数が多い国であるが,媒介蚊に関してはマニラを含む首都圏の情報が断片的にあるのみである.そこで,本研究では, 2010年 1月にルソン島において,古タイヤから発生するデング熱媒介蚊調査を行った.侵襲度を調べるとともに,野外にてピレスロイド系殺虫剤感受性簡易試験を行った. その結果,135地点から蚊の幼虫を採集した. 3,093個のタイヤのうち,775個のタイヤをチェックした. 有水,有蚊幼虫タイヤ数はそれぞれ 341(44.0%),127(16.4%)個だった. ネッタイシマカはルソン島に広く生息しており,ヒトスジシマカは北部と南部の一部にみられた.デング熱媒介蚊以外にネッタイイエカも採集された ネッタイシマカのほうがヒトスジシマカよりピレスロイド系殺虫剤に対する感受性が低下していることが示唆された.
著者
橋本 知幸 江口 英範 松永 忠功 紅谷 一郎 伊藤 弘文
出版者
日本衛生動物学会
雑誌
日本衛生動物学会全国大会要旨抄録集
巻号頁・発行日
vol.63, pp.65, 2011

ヒョウヒダニアレルゲン(Der 2)量によってダニ汚染度を簡易判定する「マイティチェッカー&reg;」の測定精度について、実際の室内塵を用いて検証した。室内塵は東京都1区内の幼稚園及び保育園より掃除機を用いて、1m<sup>2</sup>から1分間かける方法で、計101検体を採取した。室内塵は秤量して、マイティチェッカー&reg;の測定手順に従って、抽出・判定した後、その抽出液上清をELISA法によるダニアレルゲン量測定用に、残渣をダニ数カウント用に供した。マイティチェッカー&reg;の判定(4段階;-、±、+、++)は同一の反応結果を6人が干渉しないように同時に行った。アレルゲン量測定はIndoor Biotechnology社製測定キットを用いてサンドイッチELISA法によりDer p 1量、Der f 1量、Der 2量を測定した。 6人の判定が全員一致したのは101検体中44検体で、判定が「++」および「-」の時に一致度が高かった。また各スコアに対するDer2量の幅は、「-」が0~34.7ng/m<sup>2</sup>(平均8.43ng/m<sup>2</sup>)、「±」が8.22~479ng/m<sup>2</sup>(平均36.4ng/m<sup>2</sup>)、「+」が11.7~3,160ng/m<sup>2</sup>(平均353ng/m<sup>2</sup>)、「++」が27.5ng/m<sup>2</sup>~3,160(平均936ng/m<sup>2</sup>)であった。 ヒョウヒダニ数、ダニアレルゲン量、マイティチェッカー判定結果それぞれの相関性をスピアマン順位相関係数により確認したところ、いずれも高い相関(r=0.63~0.96)を示した。マイティチェッカー&reg;はDer2と特異的に反応するものであるが、実際の室内塵ではDer1量とDer2量の間にも高い相関が見られることから、ヒョウヒダニアレルゲン簡易検査法として有用であると考えられた。
著者
紅谷 一郎 伊藤 弘文 江口 英範 松永 忠功 橋本 知幸
出版者
日本衛生動物学会
雑誌
日本衛生動物学会全国大会要旨抄録集
巻号頁・発行日
vol.63, pp.66, 2011

これまで幼稚園及び保育園についてのダニ調査報告が少ない。そこで東京都1区内の幼稚園及び保育園より室内塵を採集し、ヒョウヒダニ数及びダニアレルゲンの調査をするとともに学校などでダニ検査事例が比較的多い7月~9月の時期にヒョウヒダニ数やダニアレルゲンがどのように変化しているか検証した。室内塵は、掃除機を用いて1分間かけて1m<sup>2</sup>から採取し、幼稚園では7月、8月、9月それぞれ1回ずつ、保育園では8月に1回実施した。全部で101検体の室内塵を採取した。採取した全ての室内塵についてヒョウヒダニ数とELISA法によるダニアレルゲン量の測定、マイティチェッカー&reg;によるダニアレルゲンレベル判定を実施した。マイティチェッカー&reg;の手順に従い、採集した室内塵をPBS-T10mlに浸漬・抽出し、アレルゲンレベルの判定を行った後、抽出液上清をELISA測定用に、残渣をダニ数カウント用に供した。上清中のアレルゲン量は、Indoor Biotechnology社製測定キット(標準抗原はUniversal Allergen Standard)を用いてサンドイッチELISA法によりDer p 1量、Der f 1量、Der 2量を測定し、残渣は全てろ紙上に展開してダニを計数・同定した。ヒョウヒダニ数は101検体中70検体が10匹/m<sup>2</sup>未満であり、学校環境衛生の基準100匹/m<sup>2</sup>を超える検体は6検体であった。100匹/m<sup>2</sup>以上であった採取場所の材質は6箇所ともカーペットだった。ダニアレルゲン量はDer 2量<Der 1量、Der p 1量<Der f 1量の傾向があった。7月、8月、9月に同じ場所から採取した室内塵のデータを比較した結果、ダニ数では7月<8月、8月<9月、ダニアレルゲン量では8月<9月という傾向が認められた。
著者
砂原 俊彦
出版者
日本衛生動物学会
雑誌
日本衛生動物学会全国大会要旨抄録集
巻号頁・発行日
vol.64, pp.66, 2012

高解像度の衛星画像が急速に普及してきて,地域によっては Google Earthによって無料で利用できるようになってきた.これは衛星を管理する企業が注文を受けて撮影した画像を注文者に販売した後Google社に公開を前提に提供しているためである.したがって,いかなる研究機関や企業,組織からも撮影の注文のない地域では高解像度の衛星画像が存在せず,Google Earthで見ても低解像度の画像しか見ることが出来ない.このような顧みられない場所にこそ顧みられない病気や媒介者が存在し調査の必要性も高いといえるが,衛星写真の注文には高額な料金が必要で,注文から良好な画像の撮影までに 1年以上かかる場合もある.このような地域に対して低コストで迅速に地上の画像を得るために,凧を利用して上空から地上を撮影する方法を試みた.凧はPremier Kites Power Sled 24,カメラは視野角 170度のGoPro HD Hero 960を用い数秒おきのインターバル撮影を行う.撮影された画像はAdobe Photoshop ElementsにPanorama Tools Pluginを組み合わせて幾何補正を施す.この方法の利点はPhotoshopを含めて5万円以内とコストが安いことである.欠点は風が弱いと撮影できないこと,カメラの方向に固定するのが困難なため,ソフトウェア上で画像の幾何補正を手動により行う必要がある点である.
著者
渡辺 洋介 谷川 力 神田 浩一 加藤 光吉
出版者
日本衛生動物学会
雑誌
日本衛生動物学会全国大会要旨抄録集
巻号頁・発行日
vol.60, pp.28, 2008

近年、コンピュータを利用した音響機器および分析ソフトが開発普及し、従来に比較してネズミ類の発生する超音波の分析がしやすい環境になってきた。そこで筆者らは以前データレコーダーで磁気テープに録音したねずみ類が発生する超音波コールをアナログデジタル変換した後、最近普及しているサウンド分析ソフト(アドビオ-ディション2.0)で分析した。今回は収録されたデータのうちからドブネズミとクマネズミの雄成獣が主として闘争時に発生する超音波コールの分析を試みた。同種ともそれぞれ雄3個体を同じケージに入れて供試した。その結果、発生周波数ではドブネズミは約23kHzで周波数が比較的平坦な変化であったが、クマネズミは26kHzでドブネズミに比較して周波数が高く、周波数変化も多かった。また、持続時間については、ドブネズミは約740ms、クマネズミは720msであった。しかし、両種とも超音波コールが発生する始まりは周波数が高く、終わりは低くなる傾向があった。超音波コールの時間軸を伸ばして可聴音としたものでは、ドブネズミは「ピー・ピー」という平坦な音であり、クマネズミは「ピロ・ピロ」と変化のある音に聞き取れ、両種に相違があることが認められた。
著者
梁瀬 徹
出版者
日本衛生動物学会
雑誌
日本衛生動物学会全国大会要旨抄録集
巻号頁・発行日
vol.63, pp.32, 2011

<I>Culicoides</I>属ヌカカ(以下、ヌカカ)によって媒介されるアカバネウイルスやアイノウイルス、チュウザンウイルスは反芻動物に感染し、流産、早産、死産、先天異常(いわゆる異常産)を起こす。我が国では、これらのアルボウイルスによる牛の異常産の流行がしばしば起こり、畜産業に多大な損耗を与えている。また、同様にヌカカによって媒介されるブルータングウイルスやシカ流行性出血熱ウイルス、牛流行熱ウイルスは世界中に広く分布し、反芻動物に急性の疾病を起こす。低緯度地域では、年間を通じて感染サイクルが維持されるため、これらのアルボウイルスは常在化していると思われる。しかし、高緯度地域ではヌカカの成虫の活動は冬期にはみられないため、ウイルスは越冬せず常に低緯度地域から保毒ヌカカが侵入することにより、アルボウイルス感染症の流行が起こると考えられている。国内で毎年行われている、未越夏の子牛を用いたアルボウイルスの侵潤状況の調査においても、各種アルボウイルスに対する抗体陽転は夏期に西日本から始まり、東に拡大することが明らかになっている。また、過去50年にわたり国内で分離されたアカバネウイルスの遺伝子解析の結果、流行年によって遺伝子型が異なることが示され、流行ごとに新たに国外からウイルスが侵入していると考えられる。下層ジェット気流が大陸から日本に流れる梅雨期に、東シナ海上でアルボウイルスの主要な媒介種のひとつと考えられるウシヌカカが捕集されていることは、保毒ヌカカの国外からの侵入の可能性を示唆している。現在、我々の研究グループでは、九州西側に設置した吸引型大型トラップによりヌカカの捕集を行い、気象解析データとの比較から、国外からの飛来の可能性の有無について調査を行っている。また、国内外で捕集されたヌカカのミトコンドリア遺伝子を解析して、飛来源の推定に利用することを試みており、現在までに得られたこれらの知見を紹介する。
著者
小林 睦生 二瓶 直子 栗原 毅
出版者
日本衛生動物学会
雑誌
日本衛生動物学会全国大会要旨抄録集
巻号頁・発行日
vol.55, pp.20, 2003

2001年の東北地方でのヒトスジシマカの分布調査では,横手,水沢,気仙沼,新庄で新たに分布が確認され,1998-2000年の調査における同蚊の分布北限は,内陸部の数都市を除き明らかに北側へ移動した.今年の調査では,盛岡,水沢江刺,花巻,北上,宮古,釜石,八戸,弘前,青森等で調査を行ったが,ヒトスジシマカの分布は確認されなかった.なお,上記の未確認の都市の内,宮古は1997年以降明らかに年平均気温が上昇しており,今後,定着の可能性が高い.山形市では2000年に初めてヒトスジシマカの分布が確認されたが,今年一般市民から刺咬被害の苦情があったことから再調査を行った.その結果,市内全域にヒトスジシマカの分布が確認された.なお,2000年に同市に優先して分布していたヤマトヤブカは少数しか確認されなかった.
著者
吉田 政弘 長内 健佑
出版者
日本衛生動物学会
雑誌
日本衛生動物学会全国大会要旨抄録集
巻号頁・発行日
vol.63, pp.49, 2011

特定外来生物に指定されているアルゼンチンアリは、1993年広島県廿日市市内で日本で初めて確認されてから、18年経過している。その間に山口県、兵庫県、岐阜県、神奈川県、東京都、愛知県、静岡県、大阪府、京都府の9都府県にと全国的に分布拡大する様相を呈してきています。ここ2、3年の間に近畿地方、特に兵庫県下では、従来(1993年)から確認されている埋め立て人工島のポートアイランドでの全島域にまたがる広がりはいうまでもなく、2009年には隣接する麻耶埠頭、さらには2010年10月には共同発表者の長内氏による、湾岸に面する神戸市中央区海岸通りのビル街での発見、確認に基づき、ポートアイランドをはさむ、麻耶埠頭よりハーバーランド(直線距離にして約5Km)に及ぶ、神戸港湾岸一帯を目視(捕獲)法により調査した。その結果、国道2号線沿いの山側にあるビル街、人工島のメリケン波止場およびポートアイランドに隣接する人工埋め立ての一部の突堤で確認された。これらの調査結果について報告する。
著者
加藤 大智 Jochim Ryan 佐古田 良 岩田 祐之 Gomez Eduardo Valenzuela Jesus 橋口 義久
出版者
日本衛生動物学会
雑誌
日本衛生動物学会全国大会要旨抄録集
巻号頁・発行日
vol.61, pp.26, 2009

吸血性節足動物の唾液は、抗凝固、血管拡張、発痛抑制、抗炎症などの作用をもつ"生理活性物質のカクテル"で、これを宿主に注入することにより効率よく吸血行為を行っている。本研究では、中米から南米北部におけるシャーガス病の主要なベクターであるサシガメ<I>Triatoma (T.) dimidiata</I>の唾液腺遺伝子転写産物の網羅的解析により、新規生理活性物質の探索を行った。<I>T. dimidiata</I>唾液腺からmRNAを抽出、それを鋳型にcDNAライブラリーを作製し、無作為に464クローンの遺伝子転写産物の塩基配列を決定した。その結果、361クローン(77.8 %)が分泌タンパクをコードしており、このうち、89.2 %が低分子輸送タンパクであるリポカリンのファミリーに属するタンパクをコードしていた。特徴的なことに、分泌タンパクのうち、52.1 %が<I>T. protracta</I>唾液の主要なアレルゲンとして同定されているprocalinに相同性を示しており、このタンパクが吸血の際に重要な役割を果たしていることが示唆された。この他に、<I>T. dimidiata</I>の主な唾液成分として、コラーゲンおよびADP誘発性の血小板凝集阻害物質、トロンビン活性阻害物質、カリクレイン・キニン系の阻害物質、セリンプロテアーゼ阻害物質などと相同性を持つタンパクを同定することができた。本研究で得られた結果は、吸血性節足動物のユニークな吸血戦略を理解する上で有用な知見をもたらすものと考えられた。また、得られた遺伝子クローンから作製することができる組換えタンパクは、研究・検査試薬および新薬の素材分子として活用できるものと考えられた。
著者
松島 加奈 岩佐 光啓
出版者
日本衛生動物学会
雑誌
日本衛生動物学会全国大会要旨抄録集
巻号頁・発行日
vol.61, pp.71, 2009

北海道十勝地方と大雪山において、オオクロバエミヤマクロバエの発生動態と生活史を明らかにすべく、2007年5月から2008年10月までの2年間、平地(70m)、2箇所の鶏舎(70m, 160m)、日勝峠中腹(500m)、日勝峠頂上(1000m)で、2008年6〜10月には大雪山黒岳(1850m)で調査を行った。ハエの捕集には腐肉を用いた予研式トラップを使用し、成虫と幼虫を捕獲した。幼虫は羽化のためにトラップ近くに置いた羽化トラップに移した。採集した成虫は種を雌雄に分けて同定し、個体数、翅の摩耗度、卵巣発育段階、受精嚢の精子の有無を調べた。捕集されたクロバエ類は7種で、最も優占したのがミヤマクロバエで、次いでオオクロバエだった。2箇所の鶏舎では、クロバエ類の捕集数に大きな違いが見られた。ミヤマクロバエは平地と500mでは10月に最も多く捕集され、1000mと黒岳(1850m)では7〜9月に最も多かった。8月の黒岳(1850m)では羽化がみられた。卵巣は、1000〜1850mで7〜10月に成熟した個体で占められ、交尾率も高かった。平地と500mでは 10月に多くの個体が卵巣成熟していた。オオクロバエは、平地と鶏舎では6月に最も多く捕集され、500m、1000m、 黒岳(1850m)では7、8月に多い傾向がみられた。8月の500mでは羽化がみられた。卵巣成熟した個体は、平地から1000mでは6月から8月までみられ、黒岳(1850m)でも7〜9月の間に多くの個体が卵巣成熟し、交尾率も8〜10月には高くなる傾向にあった。2種の生活史と垂直移動について考察する。
著者
佐々木 均 本多 寛子
出版者
日本衛生動物学会
雑誌
日本衛生動物学会全国大会要旨抄録集
巻号頁・発行日
vol.64, pp.70-70, 2012

北海道内における吸血性アブ相を把握するとともに,蔓延する牛白血病対策の基礎資料を得る目的で,2011年7月7日から同年9月15日までの期間,隔週1回,計5回(9月1日は雨天のため中止),北海道檜山管内江差町にある元山牧場(41°52'9.1"N, 140°11'14.6"E)で,ボンベから1,500ml/min.放出される二酸化炭素を化学的誘引源とするNZIトラップを用いて吸血性アブ類の捕獲調査を行い,ニッポンシロフアブを最優位種 (5,551個体,58.57%)とし,ヤマトアブ (2,862個体,30.20%),キンイロアブ(540個体,5.70%)と続く,5属12種合計9,478個体を得た.1トラップ1時間当たりの捕獲数は,7月中旬と8月中旬にピークを示しその後減少する双峰型の消長を示したが,ニッポンシロフアブは 7月中旬に,ヤマトアブは8月中旬にそれぞれピークを持つ単峰型の消長を示し,種によってピークの時期が異なる傾向を示した. 7月21日,8月5,19日には,朝8:30から16:30まで1時間毎に捕獲された個体を回収して日周活動性を調査したが,気温の上昇に連動する形の消長を示した.得られた種類は,これまでの調査で記録された種のみであったが,種構成の変遷と発生消長についてはこれまで調査されておらず,本調査によって短い発生期間ながら,時期によって牛白血病媒介種として防除対象となる種が 7月 8月の2ヶ月はニッポンシロフアブ,8月中旬はヤマトアブと異なることが明らかになった.
著者
米島 万有子 渡辺 護 二瓶 直子 津田 良夫 中谷 友樹 小林 睦生
出版者
日本衛生動物学会
雑誌
日本衛生動物学会全国大会要旨抄録集
巻号頁・発行日
vol.63, pp.51, 2011

国内最後のマラリア浸淫地として知られた滋賀県琵琶湖東岸地域において,現在の蚊の発生状況を把握するために,2008年からCDC型トラップを用いて蚊の捕獲調査を行っている.2010年は,琵琶湖に注ぐ犬上川流域を縦断的に,また内湖である西の湖周辺を対象として,地点間による蚊相と捕獲数の差異を明らかにするために調査を行った.方法は,ドライアイス1kgを誘引剤としたCDC型トラップを用いて,6月18日から10月2日まで,3週間毎に2日間連続で行った.調査地点は,犬上川の上流から下流にかけて12地点,西の湖沿岸およびそれに注ぐ蛇砂川流域に10地点を設定した.その結果,シナハマダラカ,コガタアカイエカ,アカイエカ,カラツイエカ,ヒトスジシマカ,ヤマトヤブカ,オオクロヤブカ,ハマダライエカ,フトシマツノフサカの10種類が捕獲された.犬上川流域では,全捕獲数21,233個体のうち約92%がコガタアカイエカ(19,585個体)で,次いでアカイエカが約7%(1457個体),シナハマダラカが0.2%(57個体)であった.トラップの設置地点間を比較すると,犬上川上流および下流ではコガタアカイエカの捕獲数が多いのに対し,中流部では少なかった.また,上流部ではアカイエカの割合が低かった.一方,西の湖周辺では総計40,347個体のうち、約97%がコガタアカイエカ(38,998個体),アカイエカが約2%(608個体)そしてシナハマダラカが約1%(462個体)捕獲された.地点間の比較では,コガタアカイエカは特に西の湖沿岸に多く,シナハマダラカは蛇砂川流域で多いことがわかった.このように地点間比較から,捕獲数および蚊相にはトラップ設置場所によって差異が認められる.この差異について,環境省生物多様性情報システムの第5回植生調査データを資料とし,GIS(地理情報システム)を用いて,トラップ周囲の植生構成比との関係から検討した.また,2009年度の調査データを基に作成した吸血飛来のポテンシャルマップと2010年度の蚊の調査結果がどの程度一致したのかを検証した.
著者
高木 正洋
出版者
日本衛生動物学会
雑誌
日本衛生動物学会全国大会要旨抄録集
巻号頁・発行日
vol.61, pp.7, 2009

日本の疾病媒介蚊研究は、多くの先人により業績が積み上げられてきた。国内や台湾などで繰り広げられたマラリア防遏事業に関わっての媒介蚊研究から数えれば、その歴史は今やほぼ一世紀である。特に第二次世界大戦後の1950年頃からの進捗はめざましく、日本衛生動物学会もこの時期に大いなる充実を果たした。中でも山田信一郎博士らに始まり戦後に跨る日本脳炎の疫学とその媒介蚊の研究の成果は、広範かつ組織的に行われた研究スタイルと共に、世界に誇るべき学術的果実のひとつといってよいであろう。<BR> それから約半世紀、日本の環境は大きく変わった。それに伴って蚊媒介性感染症と媒介蚊の発生様相も劇的に様変わりしてきた。国内のマラリアや日本脳炎は駆逐、或いは激減した。しかし一方では、温暖化の進行と軌を一にして、デング熱やチクングニャ熱を媒介するヒトスジシマカの北方への分布拡大が確認されている。また海の向こう、熱帯を中心として数々の感染症とその媒介蚊が相変わらず我々を取り囲んでおり、しかもその間を半世紀前とは比較にならない規模で人と物が行き交うという現実もある。今の日本は不気味な空白のただ中に置かれている、という表現が当たっているように感じるのである。間断無き侵入監視の強化とともに、1960年代に負けない活発な研究を、グローバルな視点で再構築することが何よりも大切な時期にさしかかっているのではないだろうか。<BR> このシンポジウムは、上記のような認識に立って企画された。我々には、日本における媒介蚊研究の隆盛期以来ずっと今日まで日本の蚊学を支え、余人及ばぬ造詣を蓄えられた先輩があり、他方、気鋭の蚊学者による国際的な評価に能うべき研究成果も次々に挙がってきている。ここでは、それらの蚊学者のうち5名の会員にお願いし、媒介蚊の研究は過去どのように進展してきたかについて学び、加えて今、そして未来に向けグローバルな視野に立った蚊研究は何をすべきなのだろうかを、二、三の疾病を例にあげて討議を試みる。<BR> この討議が今後斯学の発展に寄与するだけではなく、多くの疾病流行地での研究向上に資すること、そして疾病対策や媒介蚊駆除戦略の再検討に役立つことを期待している。
著者
高野 愛 坪川 理美 DeMar Taylor 川端 寛樹
出版者
日本衛生動物学会
雑誌
日本衛生動物学会全国大会要旨抄録集
巻号頁・発行日
vol.64, pp.43-43, 2012

多くの生物は,所属する生態系内に適した Niche(ニッチェ)を獲得している.しかしながらある生物の遺伝的変化等が生態系内ニッチェ分布に影響を及ぼすこともある.近年,マラリア原虫の遺伝学的変異が感染宿主域の変化をもたらし,その結果哺乳類,鳥類,爬虫類へそのニッチェが拡大した可能性(ビッグ・バン仮説)が示されている<sup> 1)</sup>.ダニ媒介性感染症病原体の多くは,媒介ダニによって効率よく伝播されるためにその感染維持システムを進化させることで,自らのニッチェを獲得・維持してきたと考えられている.このため,病原体と媒介宿主の遺伝学的系統は多くの点で一致すること,すなわち「共種分化:cospeciation」関係が見出されることが多い.しかしながら,我々はマダニ媒介性感染症の一種であるボレリア感染症に関する研究を行う過程で,共種分化では説明できない,急激な進化プロセスがボレリア属の進化の歴史に内在される可能性を見出した.その急激な進化は,マダニ体内における病原体の動態を変化させる遺伝学的要素の獲得に起因する「宿主転換:Host-switching」によるものと考えられた.我々は,この進化学的イベントを理解するための研究を様々な角度から進めている.本発表ではこの研究についての最新の知見を報告する.1) Hayakawa T,et al. Mol Biol Evol. 25:2233-2239, 2008.
著者
星 友矩 砂原 俊彦 Dylo Pemba Paul Banda 皆川 昇
出版者
日本衛生動物学会
雑誌
日本衛生動物学会全国大会要旨抄録集
巻号頁・発行日
vol.64, pp.80-80, 2012

マラリアはアフリカ諸国にて重要な健康問題である.マラリア対策の手段として蚊帳は広く受け入れられている.しかし,蚊帳を入手しても利用をしない現地住民が居ることも事実であり,彼らに蚊帳利用を効果的に促す教育手法が探索されている.蚊帳が無料配布されたマラウイ共和国チルワ湖南西に位置する 2つの村にて,十分な蚊帳を配布したにも関わらず蚊帳を利用していない人が居た36世帯(対象 96名)対象世帯をランダムに3群(コントロール群,既存の教育を実施した群,蚊を見せる教育を実施した群)に分けて教育介入を行った. コントロール群には一切教育は提供せず,残りの2群には一般的な印刷教材を用いた教育を行った.教育提供後の同日夜間,各世帯にてCDCライトトラップを用いて蚊の採集を行った.翌朝 トラップ回収時に蚊の形態について記された印刷教材を用いながら教育を行った.蚊を見せる教育群には,印刷教材と共に採集された蚊を見せたが,既存の教育群には採集された蚊は見せず,印刷教材のみ用いた.各群にて知識の向上は認められなかったが,蚊帳の使用は蚊を見せる教育を行った世帯のみにおいて有意に向上した.