著者
赤川 学
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1, pp.118-133, 2017 (Released:2018-06-30)
参考文献数
31

本稿は, 構築主義アプローチに基づく社会問題の歴史社会学を発展させるための試論である. 以下の作業を行った.第1に, 佐藤雅浩『精神疾患言説の歴史社会学』 (佐藤2013) を取り上げ, それが構築主義的な「観念の歴史」と, スコッチポル流の比較歴史社会学を組み合わせた優れた業績であることを確認する.第2に, 保城広至が提案する歴史事象における因果関係の説明に関する3つの様式, すなわち (1) 「なぜ疑問」に答える因果説, (2) 理論の統合説, (3) 「なに疑問」に答える記述説を紹介した. 従来, ある言説やレトリックが発生, 流行, 維持, 消滅するプロセスとその条件を探求する社会問題の構築主義アプローチは (3) の記述説 (厚い記述) に該当すると考えられてきたが, 既存の研究をみるかぎりでも, 因果連関の説明を完全に放棄しているわけではないことを確認する.第3に, 過程構築の方法論に基づいて, 1990年代以降の少子化対策の比較歴史社会学を実践する. この結果, 雇用と収入安定が少子化対策に「効果あり」という結果の十分条件となることを確認した.第4に, 上記の比較歴史社会学における因果的説明の特性 (メリット, デメリット) を理解したうえで, 因果のメカニズムが十分に特定できないときには, クレイム申し立て活動や言説の連鎖や変化に着目する社会問題の自然史モデルが, 過程追跡の方法として有効であると主張した.
著者
是川 夕
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.109-127, 2013 (Released:2014-09-10)
参考文献数
24

外国人人口の増加は, 1990年代以降の日本における, 戦後日本の社会の構造変化を象徴する出来事であり, これまで多くの研究が行われてきた分野であるものの, 外国人女性の出生行動について行われた研究は, 思いのほか少ない. しかし, 出生行動は現地社会と結びつきの強い「移民2世」を生み出すなど, 移民の定住化の方向性を左右する重要な契機であり, 外国人人口の日本社会への定住化が進む現在, こうした点について明らかにすることは重要である.本稿では, これまで欧米の先行研究が明らかにしてきたように, 移住過程, とくに定住化が外国人女性の出生動向に与える影響について分析を行った. その結果, 外国人女性の出生行動は, 同一国籍内でもサブグループ間で大きく異なる可能性が高いこと, および定住化に伴う適応/同化効果が出生力にプラスの影響を与える可能性が示されたといえよう. また, 日本における外国人の定住化が, 世代の再生産という新たな局面に入っていくことが示されたといえよう.こうした結果は, マクロ統計から得られた知見であり, 今後, ミクロデータを利用したサブグループ間の出生力格差や, 定住化の影響の違いを明らかにする必要があるだろう. その一方で, 本稿の研究はこれまでこうした分野における知見が少なかった中, 今後の調査研究の作業仮説となる重要な知見を提供したものと考えられる.
著者
山崎 仁朗
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.63, no.3, pp.424-438, 2012-12-31 (Released:2014-02-10)
参考文献数
36
被引用文献数
1

鈴木榮太郎は, 『日本農村社会学原理』において, ミクロな相互行為の次元から全体社会を捉える高田保馬の見方から示唆を得て, 自然村論を展開した. これは, 自らの多元的国家論の立場とも符合した. しかし, 晩年に「国民社会学」を構想するようになると, かつて依拠した高田の全体社会論や多元的国家論を批判し, 国家権力による統治活動こそが社会的統一を創り出すという認識に至った. これにより, 鈴木は, 聚落社会一般を権力の視点から捉え直すことになり, 聚落社会の発生にとって, むしろ「行政」が本質的な契機であり, 行政的集団が自然的集団に転化して質的な変容を遂げるという動態的な見方にたどり着いた. 晩年の鈴木が獲得したこの視座は, 「自然」と「行政」とを二項対立的に捉え, もっぱら前者を強調する従来の見方に修正を迫るものであり, 「コミュニティの制度化」によって地域コミュニティの自治をどう保障するかという課題設定に, 理論的な根拠を与える. 今後は, このような視座に立って, 国際比較の視点も取り入れながら「地域自治の社会学」を追究する必要がある.
著者
丸山 里美
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.56, no.4, pp.898-914, 2006-03-31
被引用文献数
2

近年, 野宿者の存在が社会問題化している.これまでの野宿者研究では, 野宿者の生活に見られる自立的で主体的な側面を描き出すことによって, 野宿者は更生すべきだとするまなざしに対抗しようとしてきた.そのときには一枚岩の男性労働者を想定しながら, 野宿者の勤勉性を主張するというやり方がしばしばとられてきた.しかしこうした主張は, 勤勉な男性野宿者以外の存在を排除するものとなっている.<BR>本稿は, ある公園と施設において行った調査に基づいて, 女性野宿者の生活世界に焦点をあてるものである.野宿者の中で女性の割合は2.9%にすぎず, 従来の研究では女性はほとんど存在しないものとされてきた.しかし彼女たちの実践から見えてくるのは, 男性野宿者の場合とは異なる, ジェンダー化された女性野宿者の世界である.さらに彼女たちに特徴的に見られたのは, 周囲との関係性に拠りながら, 状況に応じて野宿を続けたり, 野宿から脱出することを繰り返す姿だった.<BR>こうした断片的な生のあり方は, 女性に顕著にあらわれているが, 女性野宿者に本来的に固有なものでも, 女性野宿者だけに見られるものでもない.これまでの研究では一貫した意志のもとに合理的な選択を行う主体像を想定し, 行為遂行的な実践は見落とされてしまっていたが, それは, このような女性野宿者たちの実践に接近することに先立って, 野宿者に抵抗や主体的な姿を見ようとする欲望が存在していたためだろう.
著者
江原 由美子
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.57, no.1, pp.74-91, 2006-06-30 (Released:2010-01-29)
参考文献数
9
被引用文献数
1

本稿の主題は, ジェンダーの社会学が, 社会生活に対してどのような意味を持っているのかを, シュッツの社会的行為論の枠組みを使用して, 記述することである.本稿では「理論化」という行為を, 実践的目的のために, 情報を縮減することと, 定義する.社会成員は誰も, 社会生活に適応するために, 多くの「理論化」を行っている.「ジェンダー」は, 社会成員のこのような「理論化」によって生み出される「理論」の1つである.「ジェンダー」は, 人びとの知覚を構造化し, 男女間のコミュニケーションの困難性を生み出す.ジェンダーの社会学は, 男女間のコミュニケーション困難性を探求することによって, 男女の相互理解を促進することに貢献してきた.ジェンダー・バッシングは, こうした男女の相互理解に向けた活動を, 破壊したのである.
著者
牟田 和恵
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.41, no.1, pp.12-25, 1990-06-30 (Released:2009-10-13)
参考文献数
16
被引用文献数
2 1

本稿は欧米の近代家族史研究に触発されて、明治期刊行の七種類の総合雑誌・評論誌をデータとして近代日本の家族像の一端を探る試みである。記事の分析により得られた知見は以下の二点にまとめられる。 (1) 明治初期から旧来の封建的家族道徳を批判し新しい家族のあり方を模索する意識が現れ、二〇年代にはそれが「家庭 (ホーム) 」という言葉に象徴される、家内の団欒や家族員間の心的交流に高い価値を付与した家族への志向に結晶化する。その底を流れるロジックは、西欧化と産業化への意欲であり、国家と社会の発展のためには直系的「家」の論理は逆機能的であるという認識である。つまり「家庭」は家族員の情緒的結合の象徴であると同時に国家社会の発展の礎としても位置づけられているのである。 (2) 二〇年代後半以降、「家庭」型家族の理念にまた別の要素が加わる。明治初期の平等・友愛的な啓蒙的家族像は後退し、夫と妻の性役割分業が規範化されて「家庭」は「家婦」そして「主婦」が中心として存在し夫や老親に仕え子に献身する場となる。同時に家族や家庭は公論の対象から除外され、家庭はいわば「女性化」・「私化」する。これまで明治期以降の近代日本の家族については、明治民法による封建武士の家族制度の一般民衆への拡大、そして家族の「前近代性」、と結び付いた家族国家主義のイデオロギーによる国家の家族管理が論じられてきた。本稿はこれに異論を唱えるものではないが、明治期前半に西欧的な「家庭」型家族への志向が存在したこと、そして天皇絶対主義国家体制が確立し家族国家主義のイデオロギーの浸透する明治期中盤以降にこの新しい家族道徳もまたその土壤となり、同時に封建儒教的女性観を新たな形で普及させる機能を担ったというパラドックスが誌面から窺えることを指摘したい。
著者
孫・片田 晶
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.67, no.3, pp.285-301, 2016 (Released:2017-12-31)
参考文献数
22

戦後の公立学校では, 法的に「外国人」とされた在日朝鮮人の二世・三世に対し, どのような「問題」が見出されてきたのだろうか. 在日朝鮮人教育の運動・言説は, 1970年代以降全国的な発展を見せるが, そこでは「民族」としての人間形成を剝奪されているとされた児童生徒の意識やありようの「問題」 (教師が想定するところの民族性や民族的自覚の欠如) に専ら関心が注がれてきた. こうした教育言説をその起源へ遡ると, 1960年代までの日教組全国教研集会 (教研) での議論がその原型となっている.1950年代後半から60年代の教研では, 在日朝鮮人教育への視角に大きな変容が生じた. その背景には帰国運動など一連の日朝友好運動と日本民族・国民教育運動の政治が存在していた. この時期の教育論には, 親や子どもの声に耳を傾け, 学校・地域での疎外, 進路差別, 貧困などの逆境に配慮し, その社会環境を問題化する教育保障の立場と, 学校外の政治運動が要請する課題と連動した, 民族・国民としての主体形成の欠落を問題化する立場が存在していた. 当初両者は並存関係にあったが, 上記の政治の影響下で60年代初頭には後者が圧倒的に優勢となった. その結果, 「日本人教師」が最も重視すべきは「同化」の問題とされ, 「日本人」とは本質的に異質な民族・国民としての意識・内実の “回復” を中核的な課題とする在日朝鮮人教育言説が成立した.
著者
小宮 友根
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1, pp.134-149, 2018-06-30

<p>本稿の目的は, 「概念分析の社会学」の立場から構築主義社会問題論を再解釈することである. 構築主義社会問題論は, OG問題を乗り越え, 経験的研究に取り組むだけの段階にあると言われて久しい. けれど, 「クレイム申し立て活動」を調べることが社会学方法論上どのような意義をもつのかについては, これまで決して十分に注意が払われてこなかったと本稿は考える.</p><p>本稿はまず, OG問題をめぐる議論がもっぱら哲学的立場の選択をめぐるものであり, 「クレイム申し立て活動」の調査から引き出せる知見の身分に関するものではなかったことを指摘する. 次いで, 社会問題の構築主義のもともとの関心が, 犯罪や児童虐待といった問題を, 社会問題として研究するための方法にあったこと, そしてその関心の中に, 社会のメンバーが社会の状態を評価する仕方への着目が含まれていたことを確認する. その上で, 「概念分析の社会学」という方針が, そうした関心のもとで社会問題研究をおこなうための明確な方法論となることをあきらかにする.</p><p>「概念分析の社会学」は, 私たちが何者で何をしているのかについて理解するために私たちが用いている概念を, 実践の記述をとおして解明しようとするものである. この観点からすれば, 構築主義社会問題論は, 「クレイム申し立て活動」をほかならぬ「社会問題」の訴えとして理解可能にするような人々の方法論に関する概念的探究として解釈することができるだろう.</p>
著者
伊達 平和
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.64, no.2, pp.187-204, 2013 (Released:2014-09-30)
参考文献数
30
被引用文献数
1 1

本稿では, 東アジア・東南アジア社会の「圧縮された近代」に伴う急速な家族の変容と, 価値観の変容を背景として, 家父長制意識の多様性とその意識に対する高学歴の影響を計量的に分析した. まず, 瀬地山角の東アジアにおける家父長制研究より, 家父長制意識を父権尊重意識と性別役割分業意識の2つの軸で捉え, I家父長主義, II父権型平等, III自由・平等主義, IV分業型自由の4つの型に整理した. 次に, 日本, 韓国, 台湾, 中国, ベトナム, タイの6地域のデータから, その2つの意識の平均値を比較した. さらに, 年齢などの変数を統制したうえで, 二項ロジスティック回帰分析による多変量解析を行った.分析の結果, これら6地域の家父長制意識の相対的な布置関係が明確に示された. 中国と台湾は家父長主義, 韓国は父権型平等, 日本は自由・平等主義, タイとベトナムは分業型自由に分類された. さらに, 家父長制意識に対する高学歴の影響が, 各国において異なること示され, 家父長制意識の近代化における変化の多様性が明らかになった. また, 「圧縮された近代」における圧縮の度合いが人々の家父長制意識に影響を与えることも明らかになった.
著者
薬師院 仁志
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.49, no.1, pp.42-59, 1998-06-30 (Released:2009-10-19)
参考文献数
9
被引用文献数
1

本稿は, フィリップ・ベナールによる『自殺論』 (É.デュルケム, 1897年) の解釈を批判的に再検討する試みである。すなわち, ベナールによる解釈にもとづいて『自殺論』を再構成すると同時に, その限界を示すことを通じて, 『自殺論』という書物のもつ問題構成の重大性を再確認することを目標にしている。ベナールは, デュルケムの抱く女性にたいする偏見が, 『自殺論』においてデュルケム本来の理論をねじ曲げてしまったと主張する。デュルケムは, 女性もまた男性と同じように「自由への欲求」をもっていたのだという事実を隠蔽するために, 「宿命論的自殺」 (過度の拘束から生じる自殺) を追放してしまったというのである。ベナールは, 「宿命論的自殺」を『自殺論』から救出し, それとアノミー自殺とのU字曲線的関係を, 拘束という変数を軸に再構成したのである。本稿の課題は, ベナールによるこのような『自殺論』解釈を整理すると同時に, それがいかなる根拠にもとついて導出されたのかを明らかにし, あわせて, それがどの程度の妥当性をもつのかを理論的に検討することである。その際, 特に, ベナールが「集団本位的自殺」を自らの理論から除外したことに注目し, デュルケムとベナールの理論的相違点を明確にしたいと思う。
著者
脇田 彩
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.63, no.4, pp.585-601, 2013-03-31 (Released:2014-03-31)
参考文献数
33

本稿の目的は, 日本社会における女性の階層再生産の概要を, 実証的に記述することである.女性を階層研究の対象とする際, 階層的地位には2つの区別すべき側面, すなわち個人単位の地位と, 世帯の生活水準があることが明らかになる. しかしその2つの側面からなる女性の階層再生産の全体像は, あまり記述されていない. 本稿では階層的地位の2つの側面を区別し, それぞれに対する出身階層の影響を示した. 従属変数である個人単位の地位の測度として個人所得, 世帯の生活水準の測度として夫妻の合計所得, そして独立変数である出身階層の測度として両親の職業の組み合わせを用いた.2005年SSM調査データを用いた分析の結果, 女性の階層再生産の特徴として, 2点が明らかになった. 第1に, 女性の出身階層は, (1) 両親の職業的地位がともに高い家庭, (2) 典型的な専業主婦家庭, (3) 両親どちらかが農業に就いていた家庭, そして (4) 父親がブルーカラーの家庭という, 4つのグループで捉えられる. 第2に, 女性の階層的地位の2つの側面に対する, 出身階層の効果は異なる. 個人単位の地位の達成には両親の職業的地位がともに高い女性, 次いで両親どちらかが農業に就いていた女性が有利である. 一方, 世帯の生活水準の達成には典型的な専業主婦家庭出身の女性がもっとも有利である. これら2つの特徴が, 女性が両親から階層的地位を受け継ぐ過程をより複雑に見せていると考えられる.
著者
加藤 裕治
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.270-285, 1998-09-30

本稿は明治初期に活躍した二人の新聞記者, 成島柳北と福地源一郎の西南戦争をめぐる報道態度と (新聞) 報道言説に着目し, 「中立的 (ニュートラル) な視点」に基づいて事実を伝達すると想定されている「客観的報道言説」が, 「文学的定型 (物語) に基づく言説」を拒絶する地点で可能になったことを指摘する。その上で, そうした報道言説に含まれているパラドックスの可能性と隠蔽の問題を, タックマンによる「枠組」の概念に基づきながら検討し, こうした「中立的な視点に基づく事実によって出来事を知らせること」を指向しつつ誕生した「客観的報道言説」が, 実際には不可能であることを指摘する。
著者
石田 淳
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.61, no.1, pp.90-99, 2010-06-30 (Released:2012-03-01)
参考文献数
49
被引用文献数
3 1
著者
柴田 悠
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.61, no.2, pp.130-149, 2010-09-30 (Released:2012-03-01)
参考文献数
23
被引用文献数
1

社会の近代化に伴って,親密性やその意味は,いかに変化するのか.先行研究によれば,特定の条件に依存しない「再帰的親密性」(親族・近隣・職場以外での友人関係など)は,社会の近代化に伴って普及し,個人にとって一定の重要性を帯びたと考えられる.しかし未検証の仮説として,社会が近代化すると,(1)「再帰的親密性の数や割合が変化する」,(2)再帰的親密性の重要度が「上昇する」,(3)「必ずしも上昇せず,上限未満の一定の高さを得た後で上昇しなくなりうる,または下降しうる」(特定条件に再埋め込みされた親密性もまた次第に重要になる),との3つの仮説が想定できた.検証方法としては国と個人のマルチレベル分析が必要であったため,それを採用した.まずISSPデータ(2001年)で「再帰的に選択された友人の数と割合」を分析すると,国レベル近代化変数「総就学率」が効果を示した.また再帰的友人関係の「幸福度に対する貢献度」(一般的重要度)を分析すると,国レベル近代化変数「一人当たりGDP」の上昇に伴って,一般的重要度は低下した.さらにWVSデータ(1990年と2000年)で,友人と家族の主観的重要度の比を分析すると,「一人当たりGDP」の上昇に伴って「友人関係(比較的再帰的な親密性)の相対的重要化」がある程度は進行するが,それ以上は進行しなくなった.以上の結果は,仮説(1)を支持するとともに,仮説(2)よりも仮説(3)のほうを支持した.
著者
南田 勝也
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.49, no.4, pp.568-583, 1999-03-30 (Released:2010-11-19)
参考文献数
16
被引用文献数
2

本稿は, 20世紀後半を代表する音楽文化, 若者文化であるロック (Rock) を, 諸個人の信念体系や社会構造との関係性の分析を中心に, 社会科学の対象として論述するものである。ロックはその創生以来, 単なる音楽の一様式であることを越え, ある種のライフ・スタイルや精神的態度を表すものとして支持されてきた。それと共に, 「ロックは反逆の音楽である」「破壊的芸術である」「商業娯楽音楽である」といったように, さまざまにその “本質” が定義されてきた。ここではそれらの本質観そのものを分析の対象とし, 諸立場が混合しながらロック作品を生産していく過程について考察する。そのような視点を用いた論理展開をよりスムーズに行うために, ピエール・ブルデューの〈場〉の理論を (独自の解釈を施したうえで) 本論考に援用する。「ロック」という名称を共通の関心とする人々によって構成され, [ロックである/ロックでない] という弁別作業が不断に行われ, ロック作品がその都度生産されていく (理念的に想定した) 空間を「ロック〈場〉」と呼び, 〈場〉の参与者の社会的な配置構造とそこに生じるダイナミズムを論述することを主たる説明の方法とする。これらの考察を基にして, 最終的に汎用度の高いモデル図を作成し, 社会と音楽の関係性を総合的かつ多角的に把握するための一つの視座を提出する。
著者
赤羽 由起夫
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.37-54, 2013 (Released:2014-09-10)
参考文献数
25
被引用文献数
1

本稿の目的は, なぜ少年犯罪において「心の闇」が語られるようになったのかを明らかにすることである.「心の闇」は, 1990年代後半から2000年代中頃にかけて社会問題化した戦後「第4の波」と呼ばれる少年犯罪を語るうえで重要なキーワードの1つとなった言葉である. この「心の闇」の語られ方には, それが, 一方で理解すべきものとして語られながら, 他方でどれだけ努力しても理解できないものとしても語られたという特徴がある. つまり, 「心の闇」は, 「心」を理解したいという欲望の充たされなさによって特徴づけられているものであり, ここからは, エミール・デュルケムが『自殺論』で論じたアノミーの存在を指摘することができるのである.そこで, 本稿では, 「心の闇」という言葉がどのような社会状況において人々に受容されるのかについて, デュルケムのアノミー論を援用しながら知識社会学的に考察する. 考察を進めるうえでの参考資料としては, 新聞と週刊誌の少年犯罪報道で語られた「心の闇」を用いる.本稿では, 以下の手順で考察を進めていく. 第1に, デュルケムのアノミー論について概説し, 「心の闇」とアノミーの関係についての仮説を提示する. 第2に, 少年犯罪報道において, どのようにして「心の闇」が語られていたのかを確認する. 第3に, どのようにして「心の闇」がアノミー的な欲望の対象となったのかについて考察する.