- 著者
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川合 伸幸
- 出版者
- 日本認知科学会
- 雑誌
- 認知科学 (ISSN:13417924)
- 巻号頁・発行日
- vol.14, no.2, pp.217-222, 2007 (Released:2009-03-06)
- 参考文献数
- 5
認知科学において「熟達化」は重要な研究テーマの1つである.芸術家,スポーツ選手,科学者など,各分野のエキスパートがその研究対象となることが少なくないが,普通の人が何気なく行っている熟達化もある.その1つが,顔の認識である.一般的な成人は,画像処理によってわずかに顔のパーツの距離(両眼間の距離や,眼と口の距離)が変えられただけでも,元の顔と違いを区別できる.しかし,他人種の顔写真を用いたときにはその成績が下がることや,子どもはそもそも成績が悪いことなどから,これは熟達化の1つであると考えられている. 成人の顔を見分ける能力は,他の種の顔にもほとんど般化しない.実際,私はチンパンジーならどの顔も区別がつくが,同じ類人猿のゴリラやオランウータンの顔は区別できない.本稿では,このような顔認識の熟達化が経験によってどのように変化するかを示した3編の実験論文を紹介する. 最初の論文は,音声知覚の発達と同様に,生後6ヶ月ではヒトとサルの両方の顔を個別に区別できるが,生後9ヶ月になると同種の顔しか区別できなくなることを示している.2番目の論文は,同じ人種の顔は区別できるが他人種の顔は区別しにくいという他人種効果は5歳までに出現するが,6歳以降に養子として異なる人種の地域に移住すれば,その人種の顔のほうが区別しやすくなるという可塑性を示したものである.3番目の論文は,サルとヒトの顔に対する識別能力を8歳児と成人で比較し,すでに8歳でヒトの顔のわずかな配置の違いを識別できるようになっており,それ以降にさらに発達する顔認識の熟達化は,かならずしもその後の顔認識の経験とは関連していないことを示唆している.