著者
飯干 紀代子 藤本 憲正 阿部 弘明 澤 真澄 吉畑 博代 種村 純
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.38, no.2, pp.247-254, 2018-06-30 (Released:2019-07-01)
参考文献数
27

アルツハイマー型認知症患者に, 回想法の亜系であるメモリーブックを用いたグループ介入を多施設で実施し, 可能な限り盲検化を図ったデザインで効果を検証した。66 例 (男性 13 例, 女性 53 例, 平均年齢 86.7±6.1 歳, MMSE 平均 15.1±4.4 点) を, 介入群と非介入群に割り付け, 介入群には週 1 回 90 分程度のメモリーブックを用いた活動を計 12 回実施した。介入前後の評価を実施できた介入群 28 例, 非介入群 23 例, 計 51 例を分析した。反復測定分散分析の結果, 語彙検査総点と読解, 情景画説明, 自伝的記憶流暢性検査の 60 歳以降, 能動的態度評価総点と関心, 対人意識, 発話行動, 社会的態度に交互作用がみられ, いずれも介入群が有意に改善した。これらの効果量は, 順に 0.31, 0.53, 0.76, 0.64, 0.63, 0.54, 0.80, 0.29, 0.67 であった。患者のコンプライアンスも極めて高く, 本介入の言語, 記憶, 態度への効果と有用性が確認された。
著者
大槻 美佳
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.38, no.2, pp.197-203, 2018-06-30 (Released:2019-07-01)
参考文献数
10

非定型な症状を呈した患者を通して, 音韻処理について考察した。本患者は, 言語表出は, 自発話のみでなく, 呼称, 復唱, 書字など全ての表出で, 音韻性錯語, 新造語, 音韻性ジャルゴンが中心であったが, 一方, 言語理解は, 聴覚的には単語レベル, 視覚的には (文字呈示) , 文レベルでも可能であるという乖離を示した。また, 「1 音を聞いて, 該当する仮名文字を選択する」課題も全くできなかったが, 詳細に調べると「1 音」の弁別・認知は可能で, かつ, 「仮名文字」の弁別・認知も可能であることが明らかになった。本患者の症候から, いわゆる ‘音韻処理障害’ には, これまで言及されてきたような, 音韻の認知・喚起・選択・把持・配列などの障害のみでなく, 記号としての役割はある程度果たせるものの, 音響的な表出や文字表出という次のステップに利用できないという壊れかたもある可能性が推測される。
著者
佐藤 卓也
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.38, no.2, pp.149-154, 2018-06-30 (Released:2019-07-01)
参考文献数
8

自動車運転は現代生活において欠かすことのできないものである。高次脳機能障害者が社会復帰する場合, 自動車運転再開について適切な評価が必要である。運転に関する概念モデルとして Michon (1985) 及び渡邉 (2016) があるが, それに対応する高次脳機能として, 視空間認知, 視覚認知, 聴覚認知, 注意機能 (持続, 選択, 配分) , 遂行機能, 処理速度, 作業記憶, そして言語機能が挙げられる。運転評価は, オフロード評価として神経心理学的評価及びドライビングシミュレーター評価と, オンロード評価として自動車教習所での実車評価がある。自験例において, 神経心理学的評価について失語群 60 例 (運転再開可能群 44 例, 再開見送り群 16 例) と非失語群 84 例 (運転再開可能群 64 例, 再開見送り群 20 例) の 2 群で比較検討した。非失語群は, MMSE, 記号探し, 数唱, 語音整列で失語群よりも有意な結果であり, 失語群では負荷が多い可能性が示された。失語群を Goodglass ら (1971) のBoston diagnostic aphasia examination により重症度分類し比較検討すると, 区分 1-3 の群よりも区分 4 及び区分 5 の 2 群が運転再開可能群の割合が高く, MMSE, TMT-A 及び B, 数唱で有意に高い結果であった。言語処理の負荷がこれらの課題において不利となる可能性が考えられ, それは運転にも同様に不利に作用する可能性が示唆された。
著者
鈴木 匡子
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.38, no.3, pp.331-338, 2018-09-30 (Released:2019-10-02)
参考文献数
5

視空間認知障害はよくみられる症候であるが, 失語のように体系化されたリハビリテーションがなく, 長期経過についての報告も稀である。そこで右優位の両側頭頂葉損傷により多彩な視空間認知機能障害を呈した 1 例の 10 年間の経過を観察した。視覚性即時記憶の低下, 視覚性注意の障害は 10 年間大きな改善はみられなかった。一方, 線分の傾き判断や模写などの構成機能の成績は徐々に良くなったが, 体性感覚や言語化など他の機能により補完している様子が観察された。日常生活では, 広い空間での視空間認知障害, 自分が動く際の視覚と他感覚の統合などについての障害が軽度残存していた。このように症状により回復しやすさに差はあるものの, 両側頭頂葉損傷では視空間認知障害が長期に残存する。患者が症状を理解し, それに対応して工夫していけるよう支援し続けることが大切である。
著者
阿部 順子
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.283-289, 2006 (Released:2007-10-05)
参考文献数
6

心理士は,認知リハビリテーションとして,認知障害を改善するための訓練および,障害への対処法を学ぶ訓練を行う。さらに,本人を取り巻く支援の環境を作るために心理教育を行う。これらのトータルなかかわりによって高次脳機能障害者の社会生活への適応を支援している。実際,モデル事業において心理士は,リハスタッフの中で高次脳機能障害に対する関与時間がもっとも多かったが,関与時間の 4割がカウンセリングで占められていた。名古屋リハでは高次脳機能障害データベースの分析を通して脳外傷後の高次脳機能障害の回復について検討した。神経心理学的検査の結果,脳外傷者の認知機能は受傷後 1年までの回復がもっともよく,早期に訓練を開始した場合および若い年代の回復がよいことが示された。最終的に,脳外傷者の社会生活への適応の様相を GAFの評定を通して明らかにし,適応を改善するアプローチの実際について事例を報告する。
著者
種村 純
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.1-7, 2006 (Released:2007-04-01)
参考文献数
15
被引用文献数
2 1

認知神経心理学的アプローチでは,一般認知理論を基礎に据えることによって演繹的に症候や治療方法を検討することができる。本稿では,失語症治療における音韻的,意味的,さらに統語的側面の障害を特異的に検出する課題の成績を検討し,それぞれの分野の治療方法を紹介した。
著者
海野 聡子 永井 知代子 岩田 誠
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.224-230, 2003 (Released:2006-04-21)
参考文献数
18

神経ベーチェット病患者8例の神経心理学的所見について検討した。程度は異なるが共通して記憶障害があり,言語性/視覚性両課題における遅延再生の障害が特徴的であった。8例中4例に遂行機能検査での成績の低下があった。明白な人格変化を呈したのは1例であった。脳血流SPECTでは,前頭葉,側頭葉の血流低下があり,これらの障害を反映していた一方で,頭部MRI所見は,視床,基底核,脳幹などの皮質下構造の病変の検出にとどまり,これらの障害と対応していなかった。したがって,神経ベーチェット病の記憶障害の神経基盤は,頭部MRIで検出される皮質下構造の病変のみならず,大脳皮質の機能障害も関与していることが示唆された。
著者
金野 竜太 小野 賢二郎
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.255-262, 2016-06-30 (Released:2017-07-03)
参考文献数
19

心理言語学において, 言語は音・意味・統辞の3 要素を中心とした構造を有すると考えられている。 言語情報は, 単語から文や文章まで異なるレベルでそれぞれ処理される。文法知識を適用して文構造を構築していく過程を統辞処理と呼ぶが, 統辞処理では左前頭葉が重要な役割を果たしている。我々は機能的磁気共鳴画像法を用いて, 左下前頭回および左運動前野外側部が文の統辞処理に関与することを実証した。 さらに, 左前頭葉の神経膠腫患者の統辞的文理解を評価したところ, 左下前頭回と左運動前野外側部の神経膠腫によって, 確かに統辞的文理解障害が生じることが明らかとなった。これら統辞的文理解障害を呈する患者の脳活動を詳細に検討することにより, 統辞処理に関与する3 つの脳内ネットワークが可視化された。そして, 統辞的文理解障害が機能的に区別される3 つのネットワークの再構築にもとづくことが明らかとなった。以上の結果は, 統辞処理における神経回路の重要性を示唆する。
著者
川崎 聡大
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.30, no.2, pp.253-262, 2010-06-30 (Released:2011-07-02)
参考文献数
23
被引用文献数
1

近年の機能画像や認知神経心理学の進歩により Brodmann44,45 野が構文の処理に密接に関与していることは明らかである。今回,「構文処理」の障害について特異的言語障害と FOXP2 遺伝子変異の関連から,「構文処理」における側頭葉の関与については機能画像および損傷脳での知見とGarrett (1981) のプロセスモデルとの対応関係の二つの視点から検討を行った。その結果,「構文処理」の障害における形態素以前と,意味論以降で障害機序が異なる可能性を示唆した。後者では,構文処理のプロセスにおいて, 統語構造の生成や語彙の選択,文法的形態素の付与には Brodmann44,45 野が関与し,述語項構造については側頭葉が関与し「動詞の意味」を手がかりとして格の付与を行うことが示唆された。このことは,前方病変での文法障害症例への新たな訓練の視点を付与するものであると考えられた。
著者
谷口 洋
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.407-412, 2010-09-30 (Released:2011-10-01)
参考文献数
25

嚥下障害は脳梗塞急性期の20~50%に認められる。嚥下障害を呈した症例の一部は窒息や嚥下性肺炎で不幸な転帰を辿ったり,経管栄養の継続を必要としたりするが,その多くは改善する。嚥下造影検査等で嚥下障害を経時的に評価することは治療の上で有効だが,病巣部位による嚥下障害の予測が可能であれば,それは大きな意味を持つ。本稿ではテント上,テント下における嚥下の機能解剖を概説し,また脳梗塞の病巣部位と嚥下障害との関連について文献的検討を行う。
著者
松田 実
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.227-235, 2016-06-30 (Released:2017-07-03)
参考文献数
37
被引用文献数
1

前頭葉障害による発話障害を, 3 つの水準に分けて考察した。発話運動面の障害である発語失行 (AOS) では, 従来から重要視されていた構音の誤りの非一貫性では, 他の構音障害と区別できない可能性がある。神経行動学的水準と思われる発話開始困難や発話衝動の低下については, 補足運動野よりも白質障害に注目すべきかもしれない。言語学的な水準の障害として自由発話での喚語や表現選択の問題以外に, 文の構成障害があることを取り上げ, 自験の進行性非流暢性失語例の文作成の障害像を提示した。
著者
村井 俊哉
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.99-106, 2003 (Released:2006-04-21)
参考文献数
29

意味記憶はエピソード記憶と対比するかたちで認知心理学領域に導入された長期記憶の下位分類である。1970年代以降の神経心理学領域での意味記憶研究は,A.意味記憶システムと他の認知機能 (とくにエピソード記憶) を支えるシステムとの関係,B.意味記憶システムそれ自体の構造,の2点に大別できる。Aについては,意味健忘,意味痴呆の名称のもとに選択的意味記憶障害の症例が相次いで報告され,意味記憶システムはその他の認知機能を支えるシステムとある程度独立しているということが確認されてきた。最近は encodingの段階での両記憶の関連が関心を呼んでいるが,発達性健忘と呼ばれる一連の症例が注目されている。Bについてとくに関心をもたれてきたのが,生物と非生物の意味記憶とのあいだで成績に乖離がみられる一連の症例である。いくつかの興味深い説明仮説が提唱されているが,いずれが正しいかについて,いまだ決着はついていない。
著者
三村 將
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.36, no.3, pp.368-375, 2016-09-30 (Released:2017-10-05)
参考文献数
24

前頭側頭葉変性症, 特に行動異常型前頭側頭型認知症 behavioral variant frontotemporal dementia (bvFTD) においては, 一般に多彩な人格変化や常同行為, 固執傾向, 情動障害, 行動異常や精神症状を呈する。bvFTD の鑑別にあたっては, 当然ながら他の一次性認知症性疾患や, 他の器質疾患をきちんと除外していく必要があるが, 日常診療においてbvFTD と鑑別を要する頻度が高いのはむしろ精神疾患である。  もともとbvFTD では, 発動性低下と生気感情の喪失が人格変化の前景に立つ場合, うつ病との鑑別が難しいことはよく知られていた。特に, うつ病の類縁疾患のなかで, 遅発緊張病は初老期以降にうつ状態や意欲低下で発症し, その後, 緊張病性興奮や昏迷, さらに著しい拒絶症やステレオタイプ, 対人接触障害を認めるために, bvFTD と誤診されることが多い。また, bvFTD を疑わせる社会的逸脱行動や精神症状が, 実は双極性障害の躁状態に起因していることもあるし, 統合失調症や強迫性障害もしばしば bvFTD と症候学的に鑑別対象となる。  近年, bvFTD との鑑別で注目に値する病態は発達障害圏である。「成人の発達障害」の重要性はすでに共通認識となっているが, ここで問題にするのは「初老期以降の発達障害」である。これらの症例では, 画像上 bvFTD を疑わせる所見はなく, 生活歴でもともと発達障害傾向を有していた人が, 高齢になって, おそらくは加齢による脱抑制が関与して行動異常や固執傾向が顕在化したものと考えられる。一方, 最近は発達障害と bvFTD の遺伝的, 生物学的共通性にも関心がもたれている。
著者
河内 十郎
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.37, no.2, pp.201-204, 2017-06-30 (Released:2018-07-02)
参考文献数
26

Brodmann の 44 野と 45 野とからなるとされている Broca 野は, Broca が構音言語機能の座としたにもかかわらず, 今日では言語野とされており, Broca 野が実際に構音言語機能を持つのかどうかはまだ明らかではない。Wernicke 野 (上側頭回後部) も, Wernicke はことばの聴き取りを意味する言語の聴覚心像の座としたにもかかわらず, 言語理解の座として議論されることが多く, Wernicke 野の真の機能も明らかではない。ヒトの脳では長連合線維を確認する手段がないなかで Broca 野と Wernicke 野とを結ぶとされた弓状束は, 拡散テンソル画像 (Diffusion Tensor Imaging: DTI) の出現によって種々検討されているが, 起始部と終止部を決定できないなどの DTI の致命的な欠陥のために, 結果は混乱を呈している。
著者
前澤 聡 二村 美也子 藤井 正純 松井 泰行 若林 俊彦
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.226-233, 2014-06-30 (Released:2015-07-02)
参考文献数
20

脳腫瘍摘出の際,作業記憶の局在を術前に知ることは高次機能温存の鍵となる。我々は新たな手法として数唱課題 (digit span) を用いたfMRI を考案し,その有用性を検討した。4 人の脳腫瘍患者に対し術前評価として3TMR によるfMRI を施行。作業記憶局在評価のための数唱課題を行った。ブロックデザインで課題A では4 桁の逆唱,課題B では4 桁の順唱を行い,課題A から課題B を引き算し解析した。 結果として,左側の背外側前頭前野皮質 (DLPFC) (4/4 例) ,前部帯状回 (3/4 例) ,左頭頂間溝付近 (3/4 例) に賦活が認められた。これらの部位は他の言語機能タスクとは一部を除き異なっていた。本結果は数唱課題によるfMRI が作業記憶に関与する脳内局在を示している可能性を示唆する。N-back やreading span のfMRI より簡便であり負担が少ないため,脳腫瘍患者の術前評価として有用である。
著者
伊藤 永喜 佐野 洋子 小嶋 知幸 新海 泰久 加藤 正弘
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.187-194, 2005 (Released:2006-07-14)
参考文献数
17

閉塞型睡眠時無呼吸低呼吸症候群 (obstructive sleep apnea hypopnea syndrome : 以下, OSAHS) に対する治療目的に導入した経鼻的持続陽圧換気療法 (nasal continuous positive airway pressure : 以下, nCPAP) が, 言語機能回復に奏効したと考えられる失語症例を経験した。症例は43歳, 右利き男性。脳静脈洞血栓症に対するシャント手術後に脳内出血を発症, 右半身の不全麻痺と重度失語症が残存。発症8ヵ月後に江戸川病院にて, 本格的な言語訓練開始となる。病前より夜間無呼吸・いびきがあり, 終夜睡眠ポリグラフィ (PSG) の結果, 中等度閉塞型睡眠時無呼吸低呼吸症候群と診断された。失語症に対する言語訓練が開始されてから約2年経過した時点よりnCPAPを開始したところ, 失語症状の中でも回復に困難を示していた標準失語症検査での発話の項目などで検査上顕著な改善を認めた。また日常の発話においても流暢性が増して意思疎通性が大幅に改善した。以上より, nCPAP治療がOSAHSを合併する失語症者の言語機能回復に奏効する可能性が示唆された。
著者
大沢 愛子 前島 伸一郎
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.192-205, 2008-06-30 (Released:2009-07-01)
参考文献数
62
被引用文献数
3 5

小脳は,長い間,純粋に運動の調節や制御を行うための神経基盤であると考えられてきた。しかし,1980 年代の半ばごろから,小脳と高次脳機能の関連性を示唆するような解剖学的,神経心理学的な種々の報告がなされるようになってきた。特に,近年の電気生理学や神経画像の発展に伴い,注意や記憶,視空間認知,計画,言語などに関するさまざまな課題の遂行に,小脳が関与していることが明らかになってきた。臨床的にも,脳卒中や自閉症,注意欠陥・多動性障害例などで小脳病変と認知機能障害に関する報告がみられる。   小脳と高次脳機能の関連についての仮説としては,小脳が内部モデルによる行為のモニターとフィードバックを行うとする説,情報処理の円滑な協調化を行うとする説,タイミングの制御を行うとする説などがある。しかし,これまでの研究には,運動出力との分離が困難である,前頭葉の賦活を伴うなどの種々の問題点もあり,小脳がどのように認知機能に関連しているのか,という問いに答えるためのエビデンスの構築が望まれる。
著者
小島 真奈美 藤田 郁代
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.31, no.2, pp.222-230, 2011-06-30 (Released:2012-07-01)
参考文献数
16

アラビア数字の書取に誤りを呈した伝導失語 1 例と Broca 失語 1 例について,個々の数字部分の処理と桁の処理という観点から,誤りの特徴と誤りが生じたレベルを検討した。方法として,0 を含む数と含まない数の「数の書取テスト」と,数字と桁の処理を個別にみる「数字テスト・桁テスト」を作成し実施した。その結果,伝導失語例には数字の誤りを多く認め,Broca 失語例には数字の誤りに加えて桁の誤りを認めた。誤りが生じたレベルについては,両例の数字の誤りはアラビア数字を書く前の復唱のレベルで生じ,Broca 失語例の桁の誤りは,復唱後にアラビア数字を書字するレベルで生じた。以上から,両例の数字の誤りは,Dehaene ら (1995) のトリプルコードモデルの言語フレームにおける数字の処理の誤りであり,Broca 失語例の桁の誤りは,視覚アラビア数字形式における桁の処理の誤りと考えられた。
著者
大東 祥孝
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.446-452, 2012-09-30 (Released:2013-10-07)
参考文献数
25
被引用文献数
1 1

バビンスキー型病態失認とソマトパラフレニアについて考察した。とりわけ, 筆者の考える, 発現機序仮説について述べた。筆者の仮説に従えば, 左半身の麻痺に気づかないようにみえるのは, 実は決して麻痺している左半身の麻痺を否認しているのではない。右半球損傷によって喪失した左半身の「身体意識」が, 残存する「身体図式」を介して右半身に組み込まれ, 右半身が身体意識のすべてとなる。患者は, 実は麻痺している左半身の麻痺を否認している訳ではない。ソマトパラフレニアは, 自身に帰属しなくなった左半身と現実の麻痺肢との間の矛盾解決のために生じた, 誘発作話, 空想作話である。
著者
福永 真哉 服部 文忠 田川 皓一 生方 志浦
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.96-101, 2010-03-31 (Released:2011-05-11)
参考文献数
11
被引用文献数
2 3

純粋失読の読字障害は,漢字と仮名の両方にみられるとされているが,一方が強く障害されて乖離するという報告もあり,いまだ一定の結論が出ているとは言いがたい。また,漢字と仮名のなぞり読みにおける乖離について,漢字の条件を統制し,仮名と比較した検討はこれまで行われていない。我々は,左後頭葉から脳梁にかけての損傷で,純粋失読を呈した一症例を経験した。本症例は,標準的な失語症検査において,仮名の読みが漢字の読みに比して良好であった。しかし,漢字の条件を統制して比較を行ったところ,音読,なぞり読みともに,形態が単純で,高親密度,高頻度の漢字と仮名との間では有意差を認めなかったが,形態が単純で,高親密度,高頻度の漢字と,形態が複雑で,低親密度,低頻度の漢字の間では有意差が認められた。また,形態が複雑で,低親密度,低頻度の漢字においては,なぞり読みが有効な傾向にあった。本症例において,漢字の読字過程は複雑さ,親密度,頻度によって,異なっている可能性が考えられた。