著者
伊澤 幸洋 小嶋 知幸 浦上 克哉
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.32, no.4, pp.572-580, 2012-12-31 (Released:2014-01-06)
参考文献数
30

アルツハイマー病 (AD) 患者における簡易知能検査と WAIS-Ⅲ の関連および疾病による知能特性について検討した。対象は, DSM-ⅣとNINCDS-ADRDA の診断基準を満たした AD 患者78 例 (男性 21 例, 女性 57 例) で平均年齢 81.6±6.0 歳であった。検査はHDS-R, MMSE, RCPM の簡易知能検査と WAIS-Ⅲ を実施した。その結果, 各簡易知能検査と WAIS-Ⅲ FIQ, VIQ, PIQ はそれぞれ中等度以上の有意な相関を認め, 旧版のWAIS ・WAIS-R で認めた併存的妥当性は維持されていると考えられた。RCPM は WAIS-Ⅲ動作性下位検査との相関から構成能力や図形の認知処理との関連は強いが, 推理能力との関連はやや弱いと考えられた。また, AD による知能特性として WAIS-Ⅲ の「類似」と「理解」の成績低下から抽象化能力および社会通念の低下がうかがわれる一方, 「数唱」と「行列推理」は比較的高得点であり, 言語性短期記憶や収束的思考能力は疾病の影響を受けにくい知能領域と考えられた。
著者
東川 麻里 波多野 和夫
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.23, no.4, pp.281-288, 2003
被引用文献数
1

再帰性発話と反響言語が合併した失語例を報告した。この症例は「ナカナカ」という語を中心とした常同的発話を産生した。この「ナカナカ」には,「ナカナカブイ」,「ナカナカナイト」のように語尾に付加語が付く程度の変形が観察された。われわれはこの現象を再帰性発話の概念で理解し,その経過における「浮動的段階」 (Alajouanine 1956) に相当すると考えた。さらにこの「ナカナカ」は文法的機能語を伴うこともあり,半常同性発話 (Hadanoら 1997) の症状に類似するものと思われた。反響言語は主として会話場面で出現し,形式としては減弱型または完全型であった。本例の失語型は従来の Wernicke (1874) -Lichtheim (1885) から Geschwind (1965) に至る古典論的な失語分類では位置づけが困難であると思われた。とくに,異なる種の反復性言語行動または自動言語が合併した症例として,これまでに報告例の少ない貴重な症例と思われた。
著者
加藤 徳明
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.40, no.3, pp.297-303, 2020-09-30 (Released:2021-10-01)
参考文献数
18

脳疾患・脳外傷者の自動車運転再開・中止の判断には, 神経心理学的検査等の院内検査だけでなく, 運転シミュレーター, 実車教習を含めた包括的運転評価が勧められる。運転免許適性検査基準を満たしていることは大前提だが, 基準を満たしても同名半盲や半側空間無視, 重度の感覚障害の場合は個別の医学的判断が必要である。免許取り消し又は停止となる病気・病態の確認も重要であり, 認知症は免許取り消しになる。症候性てんかん, 低血糖症, 抑うつ状態, 睡眠時無呼吸症候群は症状の確認が必要である。失語症者は机上検査の解釈が難しく, Trail Making Test-A, Rey-Osterrieth の複雑図形, Tapping span, Vi sual Cancellation 図形「A」・「B」, Continuous Performance Test 等の利用が有効な可能性がある。包括的な評価で「運転適性あり」と判定すれば, 警察の安全運転相談 (全国統一相談ダイヤル : #8080) に連絡するように指導する。不安要素がある場合は「運転再開保留」とし, 3~6 ヵ月程度期間をあけて, 回復を待って再評価を実施する。
著者
上村 直人 藤戸 良子 樫林 哲雄
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.40, no.3, pp.310-316, 2020-09-30 (Released:2021-10-01)
参考文献数
6
被引用文献数
1

近年, 高齢者と自動車運転の問題, 特に認知症と自動車運転は社会的にも問題化し, 臨床現場でも様々な対応や試みが行われている。さらに 2017 年 3 月 12 日からは 75 歳以上の高齢ドライバーは 3 年ごとの免許更新時と基準行為と呼ばれる特定の交通違反を犯すと, 更新を待たずに認知機能検査を受検することが必要となった。その結果, 認知症が疑われる第一分類に判定されれば, 医師の診断を受けることが義務化された。現在, わが国では認知症と判定されれば, 現行法でも既に自動車運転が禁止されているが, どのような状態であれば運転を中断すべきか, という医学的基準や評価方法は確立されていない。認知症といっても軽度から重度まで, また認知症の原因疾患によっても事故の危険性には差異がある可能性があり, 今後さらなる医学的検討が必要である。そこで今回, 臨床現場における認知症と運転行動の関連性のほか, 現時点での課題について解説した。
著者
光戸 利奈 錦織 翼 辰川 和美 橋本 優花里 宮谷 真人
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.18-27, 2019-03-31 (Released:2020-04-03)
参考文献数
30

言語流暢性課題の得点がアルツハイマー病 (以下 AD) や軽度認知障害 (以下 MCI) の評価に役立つ指標であることがすでに報告されている。そして, 言語流暢性課題では反応の質的な分析を行うことで, 語彙検索機能や自己モニタリング機能について検討できる可能性がある。また, 語彙検索機能については, 検索の方略という視点から検討されているが, 英語話者を対象とした先行研究で扱われている方略は日本語話者にとって一般的とはいえないため, 日本語話者特有の方略に基づいて分析する必要がある。そこで本研究では, 日本語話者の AD と MCI の語彙検索機能と自己モニタリング機能の特徴を明らかにすることを目的とした。動物の名前を挙げる意味課題と「か」からはじまる語を挙げる文字課題を, AD と MCI, そして健常高齢者 (以下 NC) に実施した。語彙検索機能の評価には日本語話者特有の方略を考慮した上でクラスター数とスイッチ数を用い, 自己モニタリング機能の評価には, 産生語の重複エラー率と検査者への質問の有無の割合を用いた。その結果, 意味課題において AD では NC と比べてクラスター数とスイッチ数が少なく, 重複エラー率が高かったことから, 語彙検索機能と自己モニタリング機能の低下が示唆された。また, MCI では NC と比べてクラスター数とスイッチ数は少なかったものの, 重複エラー率には違いが示されなかったことから, 自己モニタリング機能に先行して語彙検索機能が障害される可能性が示唆された。
著者
能登谷 晶子
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.38, no.2, pp.216-221, 2018-06-30 (Released:2019-07-01)
参考文献数
25

人は加齢とともに聴力閾値の上昇が高音域から生じる。内耳は加齢による影響を受け, 言葉や音楽の聞き取りに支障をきたすとされる。一方, 脳幹の聴覚伝導路は病理学的には加齢による神経の脱落は軽度にすぎないと言われている。したがって, 中枢性聴覚障害の精査では, 末梢レベルの聴こえの確認が重要である。本稿では, 広義の聴覚失認, Landau-Kleffner 症候群による純粋語聾, 皮質聾のうち自験例を中心に報告した。聴覚失認例では聴力は軽度から中度の閾値上昇で推移し, 語音・環境音では, 聴こえるが意味理解困難な状態を示した。母音聴取 50%, 子音は不可であった。純粋語聾例では, 聴力は正常から軽度の閾値上昇で推移し, 母音聴取は 100%, 子音の混乱が目立った。環境音の認知に問題なかった。 皮質聾例では, 純音聴力は無反応, 語音・環境音ともに聴取困難であった。いずれも聴性脳幹反応 (ABR) は正常範囲にあった。皮質聾例では, 患者自身の声が大声になる例とならない例に分類された。
著者
赤沼 恭子 目黒 謙一 橋本 竜作 石井 洋 森 悦朗
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.360-367, 2004 (Released:2006-03-24)
参考文献数
13
被引用文献数
4 3

地域在住高齢者 160名を対象に, MMSE自由書字を, 文字数, 漢字・仮名における文字形態の誤り, 文字運用に焦点をあて CDR別に分析した。CDR 0 は健常, CDR 0.5は最軽度アルツハイマー病, CDR 1+はアルツハイマー病である。その結果, 文字数は CDRが重症化するにしたがい減少傾向を示し, 文字形態は健常においても 30%に漢字もしくは仮名の誤りを生じていたが, CDR 0.5群もしくは 1+群において仮名を誤る対象者が多かった。文字運用は, 名詞においては CDR 0群と 0.5群では誤りに差はないものの CDR 1+群で誤りが多く, 送り仮名では CDR 0.5群で誤りが多くみられた。文字運用に注目した場合, 漢字と仮名で構成された送り仮名 (綴り) の誤りは最軽度アルツハイマー病という病的過程を反映している可能性が示唆された。
著者
品川 俊一郎
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.36, no.3, pp.361-367, 2016

<p>&ensp;&ensp;前頭側頭型認知症 (Frontotemporal dementia: FTD) は遺伝学的, 病理学的, そして臨床症候群としても不均一な疾患群であり, 関連遺伝子としてはMAPT, GRN, C9orf72 などが知られており, 組織病理学的にはピック球のような tau をもつもの, TDP-43 をもつもの, FUS をもつものなどに大別される。この生物学的不均一性によりアルツハイマー病における A β蛋白のような疾患特異的なバイオマーカーの開発が困難となっている。画像診断においては前頭葉の大脳皮質の損傷は均一ではなく, 臨床場面で画像のみにおいて診断を行うことは困難である。認知機能検査における遂行機能障害も疾患特異的なものは少なく, 行動徴候の把握が認知機能検査よりも鋭敏とされている。行動型 FTD では診断基準に挙げられるような脱抑制, 自発性低下, 共感性の欠如, 常同行動, 食行動変化といった行動症候が出現するが, FTD は精神疾患や他の認知症などへの過剰診断と過小診断どちらも多いため,注意が必要である。</p>
著者
中川 良尚 佐野 洋子 北條 具仁 木嶋 幸子 加藤 正弘
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.31, no.4, pp.373-383, 2011-12-31 (Released:2013-01-04)
参考文献数
20
被引用文献数
4 2

失語症状の長期経過を明らかにする研究の一環として, 失語症例の超長期的言語機能回復後の経過, および言語機能に低下を示した症例の特徴について検討した。対象は, 右利きの左大脳半球一側損傷後に失語症を呈した 270 例中, 2 年以上経過を追跡することができ, かつフォローアップの最終評価時年齢が 70 歳以下であった 151 例。言語機能回復訓練実施中あるいは訓練終了後に, SLTA 総合評価法合計得点が低下した症例が 151 例中 37 例 (24.5%) 存在した。内訳は, 最高到達点から 1 点低下した症例が 19 例, 2 点以上低下した症例が 18 例であった。     SLTA 総合評価法得点を合成項目別に検討すると, 約 90% の症例で訓練によって回復した合成項目に低下を認めたことから, 訓練により回復した機能は必ずしも保持されるのではなく, 脆弱であるとことが示唆された。
著者
小嶋 知幸
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.156-168, 2006 (Released:2007-07-25)
参考文献数
15
被引用文献数
1 1

復唱という言語モダリティについて,とくに言語情報入力の処理と,入力された言語情報の把持という処理に焦点を当て,生理心理学的立場から論じた。復唱における入力の処理過程を認知神経心理学的観点から分析したモデルに基づき,音響処理·音韻処理·語彙処理·意味処理の 4水準に,一時的な音響⁄音韻情報把持に必要な残響記憶を加えた計 5つの水準について,それぞれの水準の障害で生じる臨床像と推定される障害メカニズムについて,症例に基づいて報告した。また,臨床症状から推定した各処理水準における障害メカニズムの妥当性を,電気生理学的に検証する方法について探った。
著者
櫻井 靖久
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.25-32, 2010-03-31 (Released:2011-05-11)
参考文献数
34
被引用文献数
7 3

これまでに明らかにされた病巣局在の結果に基づいて,孤立性失読・失書の新しい神経学的分類を提唱した。従来の分類との違いは以下の通りである。(1) 非古典型純粋失読は紡錘状回型と後頭葉後下部型に分けられる。紡錘状回型は漢字に著明な純粋失読,より一般的には単語の純粋失読,後頭葉後下部型は仮名の純粋失読,より一般的には文字の純粋失読と特徴づけられる。(2) 側頭葉後下部型の失読失書の病巣は紡錘状回中部・下側頭回(37 野)である。これより内側の病変(37 野)で紡錘状回型純粋失読が起こり,この背外側の病変(中側頭回後部,21/37 野)で漢字の純粋失書が起こる。(3) 角回性失読失書の病巣は角回だけでなくその後方の外側後頭回を含む。角回のみの病変では純粋失書になる。
著者
安野 史彦
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.119-128, 2004 (Released:2006-03-09)
参考文献数
49

近年の研究はセロトニン神経系が記憶機能に重要な役割を有することを示唆している。われわれは脳内5-HT1A受容体に特異的に結合する[11C]WAY-100635をリガンドとした positron emission tomography (PET) を用いて脳内5-HT1A受容体結合能を測定し, 記憶機能との関連を検討した。さらに5-HT1A受容体の作動薬であるタンドスピロンを用い, 5-HT1A受容体の刺激が認知機能に及ぼす効果について検討を行った。両側海馬に限局した後シナプス5-HT1A受容体の結合能は, 被験者の顕在記憶機能との間で負の相関を示した。タンドスピロン投与は用量依存的に言語性顕在記憶機能を低下させた。結果は海馬に局在する後シナプス5-HT1A受容体が, 顕在記憶機能に対して抑制的な影響を有することを明らかにした。
著者
高原 世津子 野間 俊一 種村 留美 上床 輝久 種村 純
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.25, no.3, pp.251-258, 2005 (Released:2007-03-01)
参考文献数
9
被引用文献数
1

欧米で広く推奨されている学習方法であるPQRST法は, Preview, Question, Read, Self-Recitation, Testからなり, 他の記憶ストラテジーに比べ有効であることが示されている。今回われわれは, 両側側頭葉前下部, 前頭葉眼窩面に広範な脳内出血を認め, 受傷後7ヵ月半を経過した健忘症患者にPQRST法を用いた記憶訓練を施行し, 良好な結果を得たので報告する。PQRST法は本来言語的手がかりを使用するが, 今回は, 症例に相対的に残存していた視覚性記憶もあわせて利用した。PQRST法は記憶障害患者に深い情報処理を促し, 文章の理解と保持を促進したことが示唆された。また, Baddeleyらによってその有効性が確認されている, 誤りなし学習法についても検討し, それが追認された。また, 学習時にのみ示していた軽度保続に対しても, 誤りなし学習が有効であることが示唆された。約2ヵ月の治療的介入の結果, 検査成績の向上とともに, 実際の生活場面においてもエピソード記憶が改善し, 症例は社会復帰を果たした。
著者
三村 將
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.31, no.2, pp.157-163, 2011
被引用文献数
4

高次脳機能障害をもつ者は運転に関して,認知症のような絶対的欠格事由ではない。しかし,認知機能のどの領域がどの程度保たれていれば運転適性とみなされるかの基準があいまいである。高次脳機能障害者の運転能力を評価する方法としては,実車による路上評価,運転シミュレータ等によるオフロード評価,机上の神経心理学的検査,家族等同乗者による評価が挙げられる。このうち,一応のゴールドスタンダードとみなされるのは実車による路上運転評価であり,今後,医療機関と自動車教習所などとの連携により,高次脳機能障害者の路上運転評価を系統的に進めていくシステム作りが急務である。本稿では,我々が行っている高次脳機能障害者の運転評価の状況について,症例をあげて概説した。高次脳機能障害者の自動車運転については,さまざまな分野の専門家がそれぞれの立場から意見を出し合い,最良の方策を検討していくべき問題である。
著者
本川 達雄
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.37, no.1, pp.1-6, 2017-03-31 (Released:2018-04-01)
参考文献数
16

サイズの生物学によれば, 時間は体重の 1/4 乗に比例し, 体重当たりのエネルギー消費量は体重の 1/4 乗に反比例する。よって, 動物の時間の速度はエネルギー消費量に比例するという関係が得られる。 この関係は現代人の社会生活の時間にもあてはまると考えた。そしてエネルギーによりつくり出された異常に速い時間が現代人のストレスの源になっていると心配した。現代人はエネルギーを使って時間をつくり出す。一つにはコンピュータなどの時間加速装置を用いて余暇を生み出している。もう一つは医療により死という不活発な時間を活発なものに変換している。こうして人工的に生み出された時間とどうつきあうかは, 高次脳機能障害の治療に関わる方々にとっても, 大きな課題であろう。
著者
田川 皓一
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.1-10, 2007 (Released:2008-04-01)
参考文献数
8
被引用文献数
2

失語症者における画像診断の目的は,基礎疾患を診断し,責任病巣や発現機序を明確にして病態の理解や予後の推定に役立てることにある。脳梗塞による失語症者を対象として,前頭葉損傷と失語症,伝導性失語の責任病巣,ならびに境界型梗塞と失語症について検討を加えた。左の前頭葉損傷では種々の失語症が出現する。純粋語唖の責任病巣は中心前回であり,ブローカ領野に限局した病巣では超皮質性感覚性失語を呈する。この両領域が障害され運動性失語となる。ブローカ領野の周辺領域や前頭葉内側部の障害では超皮質性運動性失語が出現する。伝導性失語症の典型例では左の縁上回を中心とする領域に病巣が存在した。なお,このタイプの失語症は中心後回の病巣でも出現しうる。表層型の境界域梗塞では超皮質性失語が出現しうる。また,主幹動脈の閉塞による深部型の境界域梗塞では重度の失語症を呈すことがあり,この場合大脳半球にも重度の脳血流代謝の障害をみる。
著者
石合 純夫
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.28, no.3, pp.247-256, 2008-09-30 (Released:2009-10-27)
参考文献数
27
被引用文献数
6 2

半側空間無視は,空間性注意の右方偏倚を基本とし,課題に対する性急さ,用いる方略の不適切さなど,非空間性要因が加わった最終的表現形である。非空間性要因は,課題ごとに指示を工夫すると改善できる場合がある。注意の右方偏倚の矯正目的で「左を見て」と指示する際は,空間的フレームの明確な左側を示すと有効である。しかし,フレーム内の処理向上には,探索の跳躍を抑えるpacing を要する。保存された感覚を一側性に刺激する方法には,カロリック刺激,視運動性刺激,頸部筋振動刺激があり,刺激中の無視改善効果がある。プリズム順応は短時間で感覚—運動協調に変容を創り出し,持続性の無視改善効果が期待されている。しかし,効果は症例と課題によって異なり,今後の検討を要する。新旧の方法を交えて多角的にアプローチし,半側空間無視患者の日常生活活動向上を目指したい。
著者
山末 英典
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.38, no.2, pp.139-146, 2018-06-30 (Released:2019-07-01)
参考文献数
15

社会的コミュニケーションの障害など自閉スペクトラム症中核症状に対する治療方法は確立出来ていないのが現状である。本稿ではオキシトシン経鼻投与の効果を臨床評価に加えて, マルチモダリティ脳画像解析による脳機能変化として検出した医師主導臨床試験による, この中核症状治療薬の開発過程を紹介する。治療開始前の遺伝子情報による治療効果予測の可能性を示す研究成果も含めた。こうした本邦発の研究成果が活用され, 出来る限り早く自閉スペクトラム症当事者のために新規治療薬の臨床応用が実現することが望まれる一方で, 臨床的に意義の高い効果についての確認, 最適な用量や用法の設定, 特に幼少児期における長期投与の安全性など, オキシトシンを自閉スペクトラム症中核症状の治療薬として実用化するためにはまだ検討するべき点が多く残されている。そのため, こうした検討事項を踏まえてデザインした医師主導治験を含めた研究計画について, 現在進行形で実施している。
著者
緑川 晶 河村 満
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.19-25, 2003 (Released:2006-04-21)
参考文献数
14
被引用文献数
1 1

脳梁無形成例において,従来報告のない離断症候と考えられる障害を報告した。対象は,合併奇形がなく,知能が保たれた脳梁無形成例 (脳梁は全欠損,前交連は保たれている) と対照群5名。方法として鏡映描写課題を左右の手で実施した。その結果,脳梁無形成例では対照群と比較して劣位側 (本例では右手) で「明らかな拙劣さ」と「完了時間の遅延」が認められた。後天的な脳梁離断例と異なり,先天的な脳梁無形成例で認められる離断症候は少なく,わずかに視空間課題における障害が報告されてきた。本検討では脳梁無形成例において,前頭葉課題とされている鏡映描写課題で離断症候が生じ得ることを明らかにした。