著者
小森 憲治郎 豊田 泰孝 森 崇明 谷向 知
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.36, no.3, pp.350-360, 2016-09-30 (Released:2017-10-05)
参考文献数
33

意味記憶の選択的障害例である意味性認知症 (SD) の言語症状は, 語義失語である。SD に伴う語義失語では, 語の辞書的な意味の喪失を反映し, 語の想起と理解の障害像に特有の症状があり, また書字言語に関しては表層失読のパターンが認められる。これらの症状に共通する特徴は, 頻度や典型性から離れた対象に対する既知感の喪失である。SD 特有とされる語義失語であるが, 側頭葉前方部の萎縮を伴うアルツハイマー病 (AD) 例の亜型にも, SD と類似の言語症状や画像所見を認める場合があり, 注意が必要である。本研究で取り上げた2 例は, エピソード記憶障害に違いはあるものの, 年齢や教育年数など背景条件が類似し, 画像や神経心理学的検査プロフィールにおいても共通の特徴が認められた。しかし注意深い観察により, 次のような相違点を見出すことができた。まず, 呼称と理解成績の一貫性は, 症例2 では高いが, 症例1 では低かった。また理解できない対象への態度にも違いがあり, 症例2 では「わからない」反応が多いのに対し, 症例1 では命題的な場面で, 対象の個別の感覚的属性にとらわれ抽象的な判断能力が弱まる『抽象的態度の障害』を呈した。これは健忘失語の二方向性障害を示唆する所見である。これらの特徴から, 症例1 は側頭葉前方部の萎縮に伴い二方向性の健忘失語を呈したAD 例, 症例2 は高齢発症のSD 例と診断した。このようなSD と見誤り易い症候が出現する背景には, SD の神経病理として有力なTDP-43 の神経変性疾患における併存や, 比較的扁桃体周囲に限局する分布の特徴が関与している可能性を推測した。
著者
葛原 茂樹
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.37, no.2, pp.187-194, 2017-06-30 (Released:2018-07-02)
参考文献数
26

神経内科医としての約 45 年の間に経験した思い出深い認知症症例と, 認知症に関係した研究と発見, それらにまつわる話題をオムニバス風に紹介した。1970 年代に経験した Pick 病様の前頭側頭型認知症を伴う筋萎縮性側索硬化症 (ALS) 症例は, 現代の TDP proteinopathy の一型である frontotemporal dementia-ALS であった。1979~1981 年の米国留学中に見た kuru 斑を伴う Creutzfeld-Jakob 病 (CJD) とグアムの筋萎縮性側索硬化症・パーキンソン・認知症複合 (ALS/PDC) の脳標本の知識が, 帰国後に役に立ち, 筑波大学では Gerstmann-Sträussler-Scheinker 病, 三重大学では紀伊半島の PDC の日本初の症例を発見する契機になった。1983 年から7 年間勤務した東京都老人医療センターでは, レビー小体病の臨床特徴を明らかにし, アルツハイマー病と健常者の多数例を対象に老化脳のタウと Aβ の免疫組織化学的研究によって, その相違を明らかにした。また, レビー小体がユビキチン化されていることを初めて明らかにした。研究に協力してくれた多くの患者と共同研究者に深謝する。
著者
吉村 貴子 前島 伸一郎 大沢 愛子 苧阪 満里子
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.36, no.4, pp.484-491, 2016-12-31 (Released:2018-01-05)
参考文献数
30
被引用文献数
3 1

言語流暢性課題 (Word Fluency Test: WFT) には, 意味流暢性課題 (Category Fluency Test: CFT) と文字流暢性課題 (Letter Fluency Test: LFT) があり, 臨床における認知症の評価にも有用と考えられている。   今回われわれは, 認知症のWFT の成績とワーキングメモリ (working memory: WM) の関連について検討することで, 認知症の WFT に現れた WM の特徴を明らかにすることを目的とした。さらに, 認知症における WFT の結果によって, WM をどのように推定できるかについて考察した。   結果, 認知症においても WFT は WM と関与する可能性があり, 特に LFT の成績には WM がより関わりが強いことが示唆された。さらに, アルツハイマー病と前頭側頭型認知症によって, WFT の遂行に関与する WM の特徴が異なる可能性も示された。   これらより, 認知症タイプによって WFT の遂行に必要な WM の側面が異なる可能性について考察した。
著者
菅野 倫子
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.33, no.2, pp.212-220, 2013

   失文法は脳病変により生じる文法の障害である。日本語における失文法は英語などの各言語と同様に, 発話における格助詞の脱落や誤用にとどまらず, 動詞の脱落や誤用, 文構造の単純化, および多くの例で構文理解障害を呈する。我々は文の理解や発話に文法的誤りを呈した左前頭葉主病変7 例と左側頭葉主病変3 例に動詞を与えて文の発話を求め, 格助詞や項の誤りが消失するかどうかについて検討を行った。 その結果, 左側頭葉限局病変の1 例では動詞があることにより格助詞と項の誤りはすべて消失したが, 他の症例では格助詞と項の誤りは残存した。誤りが残存した症例の病変部位は, 左前頭葉主病変例では左下前頭回皮質・皮質下白質を含み, 左側頭葉主病変例では左側頭葉および頭頂葉を含む広範な領域であった。 結果より, 今回の症例では左側頭葉病変が文発話における動詞の喚語に関わること, 統語処理の過程には左前頭葉病変のみならず左側頭葉・頭頂葉病変が関わることが考えられた。
著者
小西 海香
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.207-213, 2016

<p>&ensp;&ensp;顔認知の障害を示す発達障害として, 先天性相貌失認がある。先天性相貌失認では, 視覚障害や知的機能障害, 脳の器質的損傷がないにもかかわらず, 顔という視覚刺激から人物を特定することが困難である。この顔認知の障害はholistic processing の障害であると考えられている。「人の顔を覚えられない」という顔認知の障害は自閉スペクトラム障害でも認めることがある。先天性相貌失認の2 症例を紹介し, 顔再認課題の成績と課題中の視線パターンを自閉スペクトラム障害症例の結果と比較した。その結果, 先天性相貌失認と自閉スペクトラム障害では顔認知障害のメカニズムは異なる可能性が推察された。</p>
著者
目黒 謙一
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.477-484, 2012-09-30 (Released:2013-10-07)
参考文献数
16
被引用文献数
1

認知機能障害や認知症は, リハビリテーションを施行する際の阻害因子とされ, 「適応外」とされてきた。しかし, 患者が増加している現在, 個々の症例検討を通じてエビデンスを創出し, それに基づく適応を決定することが重要である。アルツハイマー病の場合, 進行を遅延させる抗認知症薬の服用は前提である。主に認知面へのアプローチが中心となるが, エビデンスレベルが高いものは見当識訓練と回想法を中心とするグループワークである。個別的には, 患者の生活歴を考慮した心理社会的介入により, 生活の質 (QOL) を一定期間維持できるが, それは抗認知症薬の薬効の最大化ということでもある。血管性認知症の場合, 血管性危険因子の管理や, 脳卒中の再発防止薬の投与は前提である。歩行訓練時に学習障害を呈した症例や, 重度失語症の音楽療法の症例を提示し, また移乗動作の包括的リハビリテーションや系列動作の問題について知見を提示し, 今後の認知症患者の全人的理解と生活歴を考慮したリハビリテーションの「適応」決定についての問題提起としたい。
著者
益澤 秀明
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.35, no.3, pp.265-270, 2015-09-30 (Released:2016-10-01)
参考文献数
32

びまん性軸索損傷は重度から最軽度の軽度脳外傷まで量的に連続する脳外傷病態スペクトラムである。脳挫傷などの局在性脳損傷が合併していても閉鎖性頭部外傷の転帰・後遺障害ではびまん性軸索損傷が主体とされる。びまん性軸索損傷後遺症は精神症状 (=脳外傷による高次脳機能障害: 認知障害と情動障害からなる) と神経症状 (小脳失調と中枢性運動麻痺) からなり, 軽重の違いはあっても共通している。 重度ほど自己洞察性が低下し病識・自覚症状が減少・消失するのも特徴である。後遺障害の程度は受傷直後からの意識障害期間と, また慢性期の脳萎縮・全般性脳室拡大の程度と有意に関連する。障害が軽度ほど, また若年齢ほど長期的には改善傾向が著しい原則がある。軽度脳外傷後の一部症例に遅発し遷延するʻ脳振盪後症候群ʼは脳外傷重度と関連せず, 症状に改善傾向がなく遅延増悪し, 自己洞察性が正常~亢進しているのが特徴である。
著者
三村 將 佐野 洋子 立石 雅子 種村 純
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.42-52, 2010-03-31 (Released:2011-05-11)
参考文献数
8
被引用文献数
5 4

わが国の失語症言語治療研究を総覧した。エビデンスレベルを評価したところ,無作為条件配置研究は見いだされず,後ろ向きの対象者を統制した研究が 1,統制が行われていない臨床連続例の検討が 35 見いだされた。さらに,効果サイズを算出できる 20 研究について評価したところ,多くの研究において高いレベルの効果が認められた。本邦の失語症言語治療の研究では,実際に高い言語治療成果を挙げているが,科学的に高い水準のエビデンスを挙げ得ていない,と評価された。
著者
三村 將
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.31, no.2, pp.157-163, 2011-06-30 (Released:2012-07-01)
参考文献数
9
被引用文献数
1 4

高次脳機能障害をもつ者は運転に関して,認知症のような絶対的欠格事由ではない。しかし,認知機能のどの領域がどの程度保たれていれば運転適性とみなされるかの基準があいまいである。高次脳機能障害者の運転能力を評価する方法としては,実車による路上評価,運転シミュレータ等によるオフロード評価,机上の神経心理学的検査,家族等同乗者による評価が挙げられる。このうち,一応のゴールドスタンダードとみなされるのは実車による路上運転評価であり,今後,医療機関と自動車教習所などとの連携により,高次脳機能障害者の路上運転評価を系統的に進めていくシステム作りが急務である。本稿では,我々が行っている高次脳機能障害者の運転評価の状況について,症例をあげて概説した。高次脳機能障害者の自動車運転については,さまざまな分野の専門家がそれぞれの立場から意見を出し合い,最良の方策を検討していくべき問題である。

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著者
笹沼 澄子
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.135-138, 2007 (Released:2008-07-01)
参考文献数
6
被引用文献数
2 2
著者
船山 道隆 小嶋 知幸 稲葉 貴恵 川島 広明
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.467-477, 2010
被引用文献数
3

左縁上回後部,上~中側頭回後部,角回の皮質下の脳出血後,初期には頻発する新造語ジャルゴンを伴うウェルニッケ失語を呈し,回復とともに伝導失語の臨床像に収束した 1 例を報告した。本症例は,目標語と無関連な新造語が頻出する初期の段階から,改善経過の中で,音韻の断片や,目標語の推測が可能な音韻性錯語の段階を経て,最終的に,音韻の置換や転置を主症状とする伝導失語の臨床像に収束した。また,この間,語性錯語・迂言など,語彙レベルの障害を示唆する症状は観察されなかった。これらの経過から,少なくとも本症例において発症初期に頻出した新造語は,出力音韻辞書 (音韻選択) のレベルの障害に起因するのではないかと考えられた。従来,新造語の出現には,語彙レベル・音韻レベル両水準の関与が指摘され,その発現機序に関してはいまだに意見の一致を見ていないが,少なくとも 1 つの可能性として,語彙以降 (post-lexical) の段階の障害においても新造語が出現しうることが示唆された。
著者
吉野 眞理子
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.324-329, 2013-09-30 (Released:2014-10-02)
参考文献数
9

原発性進行性失語(以下,PPA)の失語像の多様性について,〝logopenic〟型PPA を中心に分類上の問題点を考察した。英語圏症例の示す臨床症状の検討をもとに確立されたPPA の分類基準を用いて,日本語話者PPA 文献例の分類を試みた。その結果,全87 例のうち,非流暢・失文法型に12 例,意味型に7 例,〝logopenic〟型に13 例が分類され,残り55 例はどの亜型にも分類できなかった。その要因として,言語症状の記載の欠如,検査時期の問題,3 亜型分類の解剖学的・病理学的基盤の問題が挙げられた。日本語話者におけるPPA 症候学の確立のために,少なくとも前2者の問題を解決する必要があると思われる。
著者
橋本 衛 小川 雄右 池田 学
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.31, no.3, pp.269-276, 2011-09-30 (Released:2012-10-13)
参考文献数
18
被引用文献数
1 1

前頭側頭葉変性症 (FTLD) は, 著明な人格変化や行動障害を主徴とし, 前頭葉・前部側頭葉に病変の主座を有する変性性認知症を包括した疾患概念である。われわれは FTLD の行動障害の背景にある心的機能の障害として「抽象的態度 (abstract attitude) の障害 ; 与えられた刺激の具体性にしばられて, その刺激の持つ一般的, 抽象的属性を洞察できなくなる」に注目した。FTLD 患者, アルツハイマー病 (AD) 患者それぞれ 13 例を対象に, われわれが作製した抽象的態度を評価する 3 つの課題 (概念化課題, 概数見当課題, 状況想像課題) を実施した。結果は, FTLD 患者は 3 つの課題の成績がいずれも AD 患者よりも有意に低かった。さらに課題の成績と常同行動の評価尺度である SRI スコアとの間に有意な相関を認めた。これらの結果から, FTLD では抽象的態度が障害されていること, 抽象的態度の障害が認知の側面のみならず意思決定にも影響しその結果常同行動のような FTLD に特徴的とされる行動障害が引き起こされることが明らかとなった。
著者
松元 健二
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.165-174, 2014

<b> </b>内発的に動機づけられていた課題に対して,成績に応じた外的金銭報酬を付加すると,内発的動機は低下する(アンダーマイニング効果)。内発的に動機づけられて課題を行っているときは,外的金銭報酬がなくても,課題開始の合図に対して前頭前野外側部が反応し,課題をうまくこなすことができただけで線条体が反応したが,アンダーマイニング効果によって内発的動機が低下すると,課題開始の合図に対する前頭前野外側部の反応も,課題をうまくこなすことができたときの線条体の反応も,外的金銭報酬なしには見られなくなった。課題で用いる道具を指定されたときと自分で選んだときとでは,後者を人は好み,課題成績も高い。指定されたときは,課題に失敗すると前頭前野腹内側部の活動が顕著に下がったが,自分で選んだときにはそのような活動低下は見られなかった。これらの結果は,内発的動機づけとその変動には,前頭前野の外側部と腹内側部そして線条体が重要な役割を果たしていることを示唆している。
著者
緒方 敦子 川平 和美
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.32, no.2, pp.204-211, 2012-06-30 (Released:2013-07-01)
参考文献数
23

観念失行の定義, 発生メカニズムについての議論は続いている。一方, 道具使用や随意運動にいたるメカニズムが解明されつつある。我々は, 観念失行を有する失語症患者を対象に道具の認知や使用法と手順の知識について, 道具の写真の並び替えなど非言語的課題を用いて検討したところ, 単一物品の使用法理解は全例で保たれていたが, 複数物品の使用については誤りがあった。ADL への影響では観念失行例は観念失行のない例に比べて入院時, 退院時とも ADL は低かったが, その向上の程度は差が無かった。失語と観念失行を有する右片麻痺例への調理訓練も検討し, 頻回に調理実習を繰り返すと, 多くの例が調理可能となった。観念失行の効果的なリハビリテーションは確立されていないが, 観念失行を道具使用の運動プログラムの立ち上げに至る神経回路の障害と考えると, 誤りのない道具使用を実現する神経回路の興奮水準を高める刺激の多い環境で, 繰り返して行うことが必要である。
著者
渡邉 修
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.177-182, 2016-06-30 (Released:2017-07-03)
参考文献数
19

東京都の高次脳機能障害者実態調査 (平成 20 年) によると, 高次脳機能障害の内訳として, 社会的行動障害, 注意障害, 遂行機能障害など, 前頭葉損傷に起因する症候が極めて多い。本稿では, これらのリハビリテーションについて論述する。(1) 注意障害に対する机上の注意訓練は, strategy training として有効である。また, タイムプレッシャーマネージメントも効果が高い。(2) 遂行機能障害に対し, 自己の能力を自覚したうえで, 動作を選択していく Metacognitive strategy training や意図した行動が実現するように, 「計画し, 構造化」できるように訓練を行うGoal management training は効果が高い。(3) 易怒性に対しては, その原因を明らかにし軽減するための環境調整や行動変容療法, 認知行動療法, 薬物療法に効果がある。(4) 病識低下に対し教示, 体験学習, 体験学習などが有効である。前頭葉損傷は重篤例であっても時間をかけて適応し回復していく。「社会脳」の再学習には, 地域をベースとした連携体制のうえでのリハビリテーションが必要となる。
著者
北條 具仁 船山 道隆 中川 良尚 佐野 洋子 加藤 正弘
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.29, no.4, pp.434-444, 2009-12-31 (Released:2011-01-05)
参考文献数
21
被引用文献数
1

脳損傷後に距離判断が困難となった症例の報告は非常に少ない。今回われわれは,脳損傷後に距離判断が困難となった 2 症例 (1 例目は右頭頂-後頭葉の脳出血,2 例目は両側頭頂-後頭葉の脳梗塞 )を報告する。本 2 症例は,Holmes の提唱したvisual disorientation (1 例目は不全型)を呈し,その1 症状として距離判断の障害が出現していた。過去の報告例における距離判断の障害の根拠は主に主観的な訴えであったが,われわれはより客観的な距離判断の障害を検出する目的で,1 例目の症例に対して,大型車や 2 種免許を取得・更新する際に用いられる距離判断の検査機種 (KowaAS-7JS1) を用いて距離判断の検査を行った。その結果,健常者群および左半側空間無視群と比較して有意な成績の低下を認めた。本 2 症例および過去の報告例から,距離判断の神経基盤は,右側を中心とした頭頂-後頭葉の後方,すなわち,上頭頂小葉,下頭頂小葉後部,楔部にある可能性が考えられた。
著者
澤村 大輔 生駒 一憲 小川 圭太 川戸 崇敬 後藤 貴浩 井上 馨 戸島 雅彦 境 信哉
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.533-541, 2012-09-30 (Released:2013-10-07)
参考文献数
19
被引用文献数
2 5

頭部外傷後注意障害患者の行動観察評価スケールであるMoss Attention Rating Scale (以下, MARS) の日本語版を作成し, その信頼性と妥当性を検討した。対象は頭部外傷後注意障害患者 32 例である。対象者の担当理学療法士, 作業療法士, 言語聴覚士, 臨床心理士, 看護師, 介護福祉士が MARS を施行した。信頼性については MARS 総合得点, 因子得点における評価者内信頼性, 評価者間信頼性を検討し, 妥当性については神経心理学的検査を用い, 基準関連妥当性, 構成概念妥当性を検討した。結果, MARS 総合得点では高い評価者内, 評価者間信頼性 (ICC>0.80) が得られ, 因子得点においても中等度以上の信頼性係数 ICC>0.40 が得られた。また十分な基準関連妥当性, 構成概念妥当性が確認できた。以上より MARS は多職種で使用でき, 注意障害の検出に優れた評価スケールであることが示唆された。