著者
尾前 照雄 上田 一雄
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.22, no.3, pp.207-217, 1985
被引用文献数
1

久山町住民間の老年者を用いて, その生理・生化学的特徴, 疾病, 死因について検討した. 対象とした集団は1961年, 1978年の断面調査時における満40歳以上の男女住民それぞれ1,621人, 2,190人であった. 追跡調査では1961年に設定した満40歳以上の男女1,621人 (第1集団) と, 1974年の同年齢階層の男女2,053人 (第2集団) について, 8年間の成績を比較した. また, 1961年から1981年の20年間における乳幼児を除く久山町住民連続剖検769例を用いて, 臓器重量の経年的変化や, 老年者疾病の特徴について分析した. 40歳以上の各年齢層毎に比較すると, 比体重は加齢とともに減少し, 同一個体の追跡結果では, その程度は男により著明であった. 30歳以上の連続剖検例について臓器重量の経年的変化をみると, 脳・肝・腎重量は加齢とともに減少したが, 心重量にはその傾向がみられなかった. 血液生化学値の加齢変化には男女差がみられたが, 男女共通に加齢とともに上昇するのはアミラーゼ, BUN, クレアチニンであり, 減少するのはアルブミン, LAPであった. 老年者の血圧については, 収縮期血圧は加齢に伴い上昇すると考えられたが, 老年期における変動には個体差が大きかった. 心血管系疾患に対する高血圧のリスクは老年者では減少するが, 収縮期血圧の上昇は, 心血管系疾患の危険因子として無視できなかった. 日本人における三大成人病の脳卒中, 心疾患, 悪性新生物の死亡率は加齢とともに増加した. しかし近年久山町住民間では高齢者死亡率の減少がみられ, 脳卒中死亡率の減少が一部関与していた. 老年者の脳卒中, 心疾患, 悪性新生物には, 症状の発現様式が典型的でない, 重複病変が多く存在する, これらの疾病によりADLが制限される, などの特徴があった. 剖検例における血管性痴呆, 老年痴呆の頻度はそれぞれ3.8%であり, 老衰は1.2%であった. 肺炎は合併病変として老年者の生命予後に重大な影響をおよぼした.
著者
井出 利憲
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.35, no.1, pp.10-17, 1998-01-25 (Released:2009-11-24)
参考文献数
33

ヒト体細胞の分裂回数の限界 (分裂寿命) は胎児期にプログラムされていると考えられる. 複製機構のもつ基本的な性質のために, 直鎖DNAの末端にあるテロメアDNAが複製毎に約100bp程度ずつ短縮することが, 分裂寿命の絶対的な有限性を決める. 正常体細胞の分裂寿命の限界 (細胞老化) では増殖抑制遺伝子が構成的に発現昂進するために増殖がとまる. テロメア短縮 (分裂時計) からのシグナルによって, これらの遺伝子変化が起きるものと考えられる. テロメアNAの短縮にともなって, 増殖停止遺伝子だけではなく, 種々の機能遺伝子, たとえばサイトカインなどの活性ペプチドの発現も変化する. 生理的再生あるいは病理的原因 (障害修復など) によって, 体内の各種細胞の分裂回数が増加するにとともにテロメアDNAが短縮し, これがシグナルとなって, 構成細胞の増殖能力低下だけではなく, 機能遺伝子の発現変化が体内の細胞・組織・臓器に機能不全をもたらすことが, 個体の老化を進行させるものと思われる.DNA癌ウイルスの癌遺伝子によるトランスフォーム細胞では, 分裂回数は延長する (延命) が, やがてほとんどすべて死滅する. テロメアDNAが限界まで短縮して染色体が不安定化するための死である. ヒト体細胞が無限分裂寿命になる (不死化する) ためには, テロメアDNAを延長するテロメラーゼの発現が不可欠である. 生殖巣では, テロメラーゼが発現しており, 無限分裂寿命を保証する. 胎生期にもテロメラーゼがあるが, 体細胞分化の段階でテロメラーゼの発現が抑制され, 分裂寿命がプログラムされると思われる. 成体でも増殖の幹細胞には弱いテロメラーゼ活性があってテロメア短縮を遅延させ, 生涯にわたる細胞供給を保証する. 大部分の癌組織には強いテロメラーゼ活性があることがわかったため, 癌診断と癌治療の新たなターゲットとして注目されている.
著者
村山 繁雄 齊藤 祐子 金丸 和富 徳丸 阿耶 石井 賢二 沢辺 元司
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.42, no.5, pp.483-489, 2005
被引用文献数
1

老化・痴呆の克服を目指し, 在宅高齢者支援病院と併設研究所が共同で, ブレインバンクシステムを構築した. 法的基盤としては, 死体解剖保存法18条と, 病院剖検承諾書をもとに行う, 共同研究を前提とした. 共同研究申し込みの内容に対しては, 論文審査と同様の守秘義務のもと, 外部委員による事前審査を行うこととした. 共同研究者の適格性については審査の上, 研究所協力研究員に委嘱するかたちをとった. 倫理面では, 病院・研究所及び, 共同研究先の倫理委員会の承認を前提とした. その上で, バンク管理者, 神経病理診断責任者, 臨床情報提供者が, 共同研究者となることを条件に, 共同研究を開始した. 標本採取には, 神経病理担当医が, 開頭剖検例全例に対し, 臨床・画像を判断の上, 採取法を決定した. 凍結側の脳については, 割面を含む肉眼所見を正確に写真に残し, 代表部位6箇所を採取, 神経病理学的診断を行った. 凍結については, ドライアイスパウダー法を採用した. 反対脳については, 既報通り (Saito Y, et al: 2004) 検討した. 現在までの蓄積は, 脳パラフィンブロック6,500例以上, 凍結脳 (部分) 1,500例以上, 凍結半脳450例以上で, 30件以上の共同研究を実行中である. 欧米のブレインバンクとはシステムは異なるが, その哲学である,「篤志によるものは公共のドメインに属し, 公共の福祉に貢献しなければならない」を共有する点で, ブレインバンクの名称を用いることとした. 依然として, 大多数の日本の研究者が, 欧米のブレインバンクに依存している事態の打開のためには, このシステムが市民権を得るよう, 努力していく必要がある. そのためには, 同様の哲学を有するもので, ネットワーク構築を行うことにより, 公的研究費を得る環境作りが必要である. ブレインバンクの重要性が人口に膾炙された上で, 患者団体との提携をめざすことが, 現実的と思われる.
著者
江頭 正人
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.55, no.1, pp.41-45, 2018-01-25 (Released:2018-03-05)
参考文献数
20

超高齢社会の到達にともない,今後ますます,脳心血管イベント予防,血栓症予防を目的に抗凝固薬をはじめとする抗血栓薬を服用している高齢者が増えてくることが予測される.同様の目的で使用される降圧薬や脂質異常症治療薬と異なり,抗凝固薬は出血リスクを高めるという大きなリスクが存在する.したがって,高齢者に抗凝固薬を投与する際には,有効性のみならず安全性への配慮が重要となる.
著者
岡村 菊夫 鷲見 幸彦 遠藤 英俊 徳田 治彦 志賀 幸夫 三浦 久幸 野尻 佳克
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.42, no.5, pp.557-563, 2005
被引用文献数
6

<b>目的</b>: 水分を多く摂取することで脳梗塞や心筋梗塞を予防できるか否か, これまでの報告を系統的にレビューする. <b>方法</b>: PubMed 上で dehydration, hydration, water intake, fluid intake, cerebral infarction, cerebrovascular disease, apoplexy, myocardial infarction, angina pectoris, ischemic heart disease, blood viscosity, hemorheology を組み合わせた条件で文献検索し, 6名が論文を評価, 取捨選択した. <b>結果</b>: 検索された611論文のうち22論文を選択した. 前向き無作為化試験が1つ, 前向きの非無作為化試験が4つ, コホート研究あるいは症例対照研究が8つ, 後ろ向きの記述研究が9つ存在し, 以下の点が明らかとなった. 脱水は血液粘稠度を上昇させ, 脳梗塞や心筋梗塞を惹起する原因の一つである. 血液粘稠度上昇には, 脱水以外にも重要な複数の要因が関連する. 夜間の水分補給は血液粘稠度を下げるが, 脳梗塞を予防するという証拠はない. コップ5杯以上の水を飲む人は, 2杯以下しか飲まない人より心筋梗塞の発症が低いとする報告が1つ存在した. <b>結論</b>: 脳梗塞や心筋梗塞の主な原因は動脈硬化, 動脈硬化性粥腫であり, 予防には生活習慣の是正が根本的に重要である. 水分を多く摂取すると脳梗塞を予防するという直接的な証拠はなかった. 水分摂取と脳梗塞・心筋梗塞の頻度に関してはさらなる研究が必要であり, 高齢者のQoLを向上させる適切な水分摂取法を検討していく必要がある.
著者
羽生 春夫 佐藤 友彦 赤井 知高 酒井 稔 高崎 朗 岩本 俊彦
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.44, no.4, pp.463-469, 2007 (Released:2007-09-06)
参考文献数
27
被引用文献数
4 7

目的:老年期の認知症患者について記憶障害に対する病識の程度や有無を比較検討した.方法:軽症のアルツハイマー病(AD)63例,レビー小体型認知症(DLB)17例,血管性認知症(VaD)14例および軽度認知障害(MCI)56例を対象とし,記憶障害によって日常生活上起こりうる問題点を標準化された質問票(日本版生活健忘チェックリスト,EMC)を用いて,患者と介護者から同時に評価し,両者の差から病識の程度や有無を判定した.結果:各群で患者EMCスコアに相違を認めなかったが,介護者EMCスコアはMCI群,DLB群,VaD群と比べてAD群で有意に高く,病識低下度(介護者EMCと患者EMCのスコア差)はAD群で有意に高くなった.有意な認知機能障害を認めない老年者コントロールの病識低下度の平均+2標準偏差を超えるものを病識低下ありと定義すると,AD群の65%,MCI群の34%,DLB群の6%,VaD群の36%が該当し,AD群が最も多く,DLB群は最も少なかった.AD群で介護者が配偶者による場合と配偶者以外による場合に分けて比較したが,両群で介護者EMCスコアに相違を認めなかった.結論:軽症のADやMCI患者の一部でさえも記憶障害に対する病識の低下を示す場合が少なくなく,有効かつ安全な治療や介護を行う上で留意する必要があると考えられた.一方,その他の認知症,特にDLBでは明らかな病識低下例を示す割合が少なく,ADとは異なる病態の相違が示唆されたのと同時に,この記憶障害に対する病識の相違が鑑別点の一つとして活用できる可能性が示された.
著者
光武 誠吾 石崎 達郎 寺本 千恵 土屋 瑠見子 清水 沙友里 井藤 英喜
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.55, no.4, pp.612-623, 2018-10-25 (Released:2018-12-11)
参考文献数
30
被引用文献数
6

目的:高齢の在宅医療患者にとって,退院直後の再入院は療養環境の急激な変化を伴うことから心身への負担は大きく,有害事象の発生リスクも高めるため,再入院の予防は重要である.退院直後の再入院の発生と個人要因との関連を検討した研究は多いが,医療施設要因との関連を検討した研究は少ない.本研究は,在宅医療の提供体制の観点から退院直後の再入院予防策を検討するため,東京都後期高齢者医療広域連合から提供を受けたレセプトデータを用いて,在宅医療患者の退院後30日以内の再入院に関連する個人要因及び医療施設要因を明らかにする.方法:分析対象者は,在宅医療患者のうち,平成25年9月~平成26年7月に入院し,退院後に入院前と同じ施設から在宅医療を受けた7,213名(平均年齢87.0±6.0歳,女性:69.5%)である.退院後30日以内の再入院に関連する個人要因及び医療施設要因(入院受入れ施設の病床数,在宅医療提供施設の病診区分及び在宅療養支援診療所/在宅療養支援病院「在支診/在支病」であるか否か等)を一般化推定方程式(応答変数:二項分布,リンク関数:ロジット)で分析した.結果:退院後30日以内に再入院した患者の割合は11.2%であった.一般化推定方程式の結果,退院後30日以内の再入院ありと関連したのは,男性,悪性新生物,緊急入院利用であった.医療施設要因では,在宅医療提供施設が在支診/在支病の場合(調整済オッズ比:0.205,p値<0.001),診療所を基準にすると入院医療施設が200床以上の病院(調整済オッズ比:0.447,p値<0.001)で再入院抑制と関連していた.結論:在支診/在支病のような24時間対応可能な在宅医療の提供体制は,退院直後の再入院を抑制する要因(往診など)を包含している可能性が示唆された.在支診/在支病による訪問診療が再入院抑制に働く機序を明らかにする必要がある.
著者
近藤 克則
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.19-26, 2006

世界ではじめて, 全国民に利用時原則無料で医療を保障する制度を作った国がイギリスである. しかし, そのイギリスでは, 長きにわたる医療費抑制政策の結果, 130万人を超える入院待機者に象徴される医療の荒廃を招いた. そこからの脱却を図ろうとブレア政権は, 医療費を5年間で実質1.5倍にし, 医師・看護師を大幅に増員する医療改革に取り組んでいる. 政府の発表によれば最近になりようやくその効果が見え始めている. その過程や改革の内容は, 公的医療費抑制に向けた論議がされている我が国の将来を考える上で, 多くの示唆を与えてくれる.<br>本論では, まず「第三世界並み」とまで表現されたイギリス医療の荒廃ぶりを, 待機者問題などを例に示す. 次に, それと比べる形で, 我が国にも医療費抑制政策の歪みが表れていることを述べる. 例えば, 病院勤務医が労働基準法を遵守すれば病院医療が成り立たない状況にあることを示す. この余裕のない状態から, さらに医療費が抑制されれば, もはや医療従事者の士気が保てず, 医療が荒廃するであろう.<br>後半では, ブレア政権が, どのようにして医療費拡大への国民の支持を得たのか, その医療改革の枠組みや保守党時代との違いを検討する. さらに, ここ数年の改革の軌跡と, それへの政府の立場と批判的な立場の両者の評価を紹介する.<br>これらを通じ, イギリスの医療改革の経験を踏まえ, 日本においても「医療費抑制の時代」を超えて「評価と説明責任の時代」へと向かうための3つの必要条件-(1)医療現場の荒廃ぶりと, その主因が医療費抑制政策にあることを国民に知ってもらうこと, (2)医療界が自己改革をして国民からの信頼を取り戻すこと, (3)「拡大する医療費が無駄なく効率的・効果的に使われる」と国民が信頼し納得できるシステムを構築すること-を述べる.
著者
野村 哲志
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.54, no.3, pp.343-348, 2017-07-25 (Released:2017-08-29)
参考文献数
11

高齢者は加齢と共に身体機能の変化が起こり,種々の病気を合併し,薬剤の使用などの影響も受けやすい状況です.それらの影響で,昼夜逆転を含んだ睡眠障害を起こしやすい状況にあります.特異のものとしてレム睡眠行動障害があり,せん妄と鑑別の上で内服加療の必要があります.せん妄には背景因子があり,認知症患者で見られる周辺症状も含めた対応としては,病態の背景を理解し,生活指導の上少量の薬剤で対応する必要があります.
著者
三村 將 藤田 佳男
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.55, no.2, pp.191-196, 2018-04-25 (Released:2018-05-18)
参考文献数
12

安全な自動車運転を行っていくためには,「認知,予測,判断,又は操作」の領域が十分に保たれていることが必要である.運転安全性の評価には,神経心理学的検査,運転シミュレータ,同乗者による評価,実車による評価を適宜組み合わせていく.認知機能領域に関しては,注意機能と視空間認知機能を中心に,一般的知能,記憶,遂行機能,聴覚―言語機能,感情コントロールといった領域を評価する.
著者
関 一彦 鶴田 和仁 稲津 明美 福本 安甫 繁田 雅弘
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.243-248, 2013 (Released:2013-08-23)
参考文献数
26
被引用文献数
1 4

目的:パーキンソン病(PD)では,罹病初期から非運動性症候の一つである嗅覚障害が顕著に認められ,またその自覚がないことは広く知られているが,低下する嗅覚の種別などについては検討されていない.よって,今回は,PDにおいて低下する嗅覚の種別(臭素)について健常者と比較し障害のプロフィールを明らかにすることを目的とした.方法:対象は,神経内科外来に通院中で臨床的にPDと診断されている女性患者14名(平均年齢71.6±6.1歳)と,精神疾患及び神経疾患に罹患してない健常高齢者女性11名(平均年齢68.9±6.9歳)であった.検査には,スティック型嗅覚同定能力検査法(OSIT-J)(Odor Stick Identification Test for Japanese)を用いた.結果:PD,健常者ともに低下していた臭素は材木・みかん・家庭用のガスであった.PDは,香水に対する嗅覚は保たれていた.一方,墨汁・メントール・カレー・ばら・ひのき・蒸れた靴下(汗臭い)・練乳(コンデンスミルク)の臭素は,健常者に比べ有意に低下しており,PDの補助診断指標となる可能性が示された.結論:PDで低下している嗅覚の内容を把握しておくことは,日常生活における危険の回避において,また効果的なリハビリテーションのプログラムの遂行において重要であると考えられた.
著者
蓮尾 裕 上田 一雄 藤井 一朗 梁井 俊郎 清原 裕 輪田 順一 河野 英雄 志方 建 竹下 司恭 廣田 安夫 尾前 照雄 藤島 正敏
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.65-72, 1986
被引用文献数
1

昭和48・49年及び昭和53年の久山町検診を受診した満60歳以上 (昭和53年検診時) の一般住民で, 両検診の血液生化学値が検討できた男女818名を対象にし, 昭和53年から昭和56年11月30日まで追跡調査した. 両検診時の血液生化学値と, 同一個体の両検診間での変化値について, 追跡期間中に死亡した57名と生存例761名の2群のあいだで年齢補正を加えて, 男女別に比較検討した.<br>昭和53年検診時の血液生化学値18項目中, 男性死亡例ではアルブミン, 尿素窒素の低値とGOT, GPT, TTT, ALP, LAPの高値がみられ, 一方, 女性死亡例ではアルブミン, カルシウムの低値がみられた.<br>生存例の両検診間の生化学値の変化を基準にして, 死亡例についてみると, 男性ではアルブミン (-0.2g/d<i>l</i>), 尿酸 (-0.5mg/d<i>l</i>), Na (-2.2mEq/<i>l</i>), Ca (-0.3mg/d<i>l</i>) の低下, 女性ではアルブミン (-0.2g/d<i>l</i>), Ca (-0.3mg/d<i>l</i>) の低下を認めた. これら死亡例にみられた5年間の生化学値変化は, 生存例に比べて有意であった (p<0.05).<br>死亡例を悪性新生物死亡 (23例), 心血管系疾患死亡 (15例), その他の死因による死亡 (19例) に分類し, 生化学値の個体内変化を生存例のそれと比較した. 前記4項目について, 疾患の種類による特異的な変化はみられなかった. 死亡例を脳卒中後遺症, 寝たきり, 手術の既往歴の有無によって2群にわけ, 各群での生化学値の変化を生存例と比較した. このような後遺症や既往歴を持つ群で, 生化学値の変化が必ずしも大きいとはいえなかった. 以上のことから, 死亡例にみられた血液生化学値変化は, 生前の合併症や疾病の種類に基づくとは考え難く, 死亡例にみられたより進んだ老化過程にむしろ関係があると考えられる.
著者
神長 達郎
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.1-6, 2006-01-25 (Released:2011-03-02)
参考文献数
18
被引用文献数
2 1

fMRI (functional MRI) は, 人における脳機能局在を研究する手段として, 中心的な地位を占める. fMRIは100mmのオーダーの空間分解能と, 数秒程度の時間分解能とを持ち, 脳内部位の認識が容易であるという特徴を持つ. また, ほぼ大脳および小脳全体の計測が可能である. 時間分解能を補うためには, 時間分解能に優れた脳機能局在研究手段である, EEG (Erectroencepharogram) やNIRS (Near-Infrared Spectroscopy) との並列, または同時施行が有用である. fMRIは臨床MRI機でも施行可能であるが, fMRIを適切に計画および実行し, さらに得られた結果を正しく解釈するには, 一定の知識が必要である. また, 結果は別の手段により検証されることが望ましい. fMRIで重要な事のひとつはタスクのデザインである. タスクの形式は大きく分けて Block design と Event related design があり, それぞれに利点, 欠点がある. コントロールタスクの選択, タスクの提示順番や回数などにも検討が必要である. 被験者や患者の安全を守るという点では, 強い静磁場に入れてはならない被験者があり, 熟知しておく必要がある. 得られた結果の解析には, 複雑な数学的過程が必要であり, SPM (Statistical Parametric Mapping) などがこれを担っている. SPMは複雑な機能を備えたソフトウェアであるが, fMRIの結果解析にはこれの理解が必要である. このように, fMRIは多様な知識を必要とするため, その運用は集学的なチームによってなされる事が望ましい. 適切に運用すれば, fMRIは多くの可能性を秘めた手段であると考えられる.
著者
下方 浩史 葛谷 文男
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.30, no.7, pp.572-576, 1993-07-25 (Released:2009-11-24)
参考文献数
13
被引用文献数
5 32

Age is one of the most important factor of changes in energy metabolism. The basal metabolic rate decreases almost linearly with age. Skeletal musculature is a fundamental organ that consumes the largest part of energy in the normal human body. The total volume of skeletal muscle can be estimated by 24-hours creatinine excretion. The volume of skeletal musculature decreases and the percentage of fat tissue increases with age. It is shown that the decrease in muscle mass relative to total body may be wholly responsible for the age-related decreases in basal metabolic rate. Energy consumption by physical activity also decreases with atrophic changes of skeletal muscle. Thus, energy requirement in the elderly decreases. With decrease of energy intake, intake of essential nutrients also decreases. If energy intake, on the other hand, exceeds individual energy needs, fat accumulates in the body. Body fat tends to accumulate in the abdomen in the elderly. Fat tissue in the abdominal cavity is connected directly with the liver through portal vein. Accumulation of abdominal fat causes disturbance in glucose and lipid metabolism. It is shown that glucose tolerance decreases with age. Although age contributes independently to the deterioration in glucose tolerance, the decrease in glucose tolerance may be partly prevented through changes of life-style variables, energy metabolism is essential for the physiological functions. It may also be possible to delay the aging process of various physiological functions by change of dietary habits, stopping smoking, and physical activity.
著者
門 祐輔
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.34, no.5, pp.428-430, 1997-05-25 (Released:2009-11-24)
参考文献数
17
被引用文献数
1 1

症例は82歳男性. 猛暑の夏に重労働をし, 下肢の浮腫, しびれ, 筋力低下, 全身倦怠感が生じ本院へ入院した. 神経学的には下肢遠位部に強い筋力低下, 感覚障害, アキレス腱反射の消失あり. 胸部レントゲンで心胸郭比の拡大, 超音波心臓検査法で左室壁運動の亢進を認めた. ビタミンB1値, 赤血球トランスケトラーゼ活性の低下を認め,「浮腫を伴う多発性神経炎」を呈する脚気と診断した. ビタミンB1の投与でこれらの症状, 所見は消失した. 本例は, われわれが調べえた限りでは最高齢の脚気患者であるが, 最近の報告例は以前に比し高齢化してきている. 脚気は若年者だけの病気と考えず, 高齢者でも多発性神経炎の鑑別診断に加える必要がある.