著者
海崎 泰治
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.689, 2017-05-24

定義 簇出(ぞくしゅつ,そうしゅつ)は組織学的な腫瘍の浸潤様式を表現する用語のひとつで,2010年の「大腸癌治療ガイドライン」1)において“癌発育先進部間質に浸潤性に存在する単個または5個未満の構成細胞から成る癌胞巣”と定義されている(Fig. 1).現在では,大腸癌内視鏡治療後の追加手術の必要性を検討するうえでの重要な病理組織学的因子であることが示されている. “簇出”の用語の起源は1950年代に今井2)により提唱された.癌腫の発育様式のひとつとして簇出発育型が定義され,癌胞巣先端部における蕾状芽出像または個細胞性離脱像のほか,硬性(スキルス)癌のようなびまん浸潤像までの広い所見を指し,英語表記としては“sprouting”が用いられた.その後,現在の定義とほぼ一致した所見を指す概念として,“tumor budding”が提唱され,大腸進行癌症例においてリンパ管侵襲やリンパ節転移と相関し,リンパ管侵襲よりも発見しやすい所見であることが示された.しかし,それらの研究で用いられた簇出の定義や評価方法にはあいまいな要素を含んでいたため,大腸癌研究会のプロジェクト研究3)により“簇出”の厳密な定義をしたうえで,粘膜下層浸潤癌(SM癌)におけるリンパ節転移危険因子としての臨床的意義が検討された.その結果,簇出軽度(Grade 1)群(リンパ節転移6.7%と簇出高度(Grade 2/3)群(26.9%)の比較で両者に有意な差を認め,多変量解析では簇出が独立したリンパ節転移の危険因子であることが示された.
著者
田部井 徹
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.777, 1982-10-10

ダウン症候群は,G21トリソミーあるいはD/G,G/G転座による常染色体異常に起因し,出生児の0.17%に出現する。本症は満40歳以上の高齢母親から出生する頻度が高く,とくに転座によるダウン症は,転座保有の親から出生しやすいという。主な臨床症状は,蒙古人様顔貌,四指の奇形および精神知能障害などであるが,出生後早期から適切な治療を開始すれば知能低下や精神障害の程度は軽減させることが可能であるといわれている。 現在迄,ダウン症患者の遺伝学的な検討は数多くあるが,生殖機能に関する報告は少ない。男性の患者は,性器の発育不良による性交不能あるいは精子形成障害がみられ受精能力が欠除することが多く,従って本症の男性が父親になったという報告は見当らない1,2)。通常,女性の患者は,初潮が発来し,月経を有することが多いが,妊娠し分娩する頻度は極めて低い3,4)。本症患者は早死する率が高く,結婚する機会が少なく,さらに重症の精神障害や知能低下のため性交が不可能であることが多いためといわれている。
著者
竹山 恒寿
出版者
医学書院
雑誌
看護学雑誌 (ISSN:03869830)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.12-15, 1955-08-15

強迫観念と多幸症とを並べて比べるのはむずかしい。どちらもあまり関係がない症状だからである。しいていえば強迫観念の訴えには悲観的の気分がただよつているし,多幸症は楽観そのものだから,その点で全く対比的であるといえばいえるであろう。しかし,強迫観念は神経症だけにみられるに反し,多幸症はいろいろの精神病に際してあらわれる症状であり,そのあらわれかたや処置のしかたもちがうし,すべての点で比較できない様な相違がある。これらの症状をのべて,その取扱いかたにふれてみよう。
著者
佐藤 翔輔
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.662-668, 2020-10-15

【ポイント】◆「災害とSNS」に関連する議論・活動・研究開発はこの10年目まぐるしく,その変化のスピードは早い.◆10年間で災害時に実際起きたことを踏まえて.災害時のSNSの付き合い方(付き合わない方)を提案した.◆災害時,SNSはあくまで情報収集・発信の手段の一つとして捉えることが重要.
著者
真壁 寿
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.435, 2005-05-01

19世紀の後半に活躍したイギリスのWilliam R. Gowers(1845年~1915年)が筋ジストロフィーの特徴的な床からの立ち上がりを図入りで詳細に記載している(図)1).彼の名にちなんでこの特徴的な立ち上がりをガワーズ徴候(Gowers'sign)と呼ぶ.この徴候は手で膝を押しながら大腿を除々によじ登り立ち上がることから別名登攀性起立とも呼ばれる.筋ジストロフィーだけでなく,筋炎やKugelberg-Welander病のような筋原性疾患でも認められる2).Duchenne型筋ジストロフィーでは,5ないし6歳頃から8歳位までに認められる徴候である. Gowersは医学生時代,常にトップの優秀な医学生で,大変な博識家であったと伝えられている.また彼は有名な植物学者でもあったし,絵も描き,文学もこなしたという.19世紀におけるLeonardo da Vinciのような天才であった.彼は医学生時代から筋ジストロフィーに興味を持ち,1879年に著書を著し,その臨床的特徴を詳細に記載している.この徴候は,1868年にフランス人医師のDuchenneによって最初に述べられていたが,Gowersの精密な絵があまりにもその特徴を表しているため,ガワーズ徴候という呼び名が後世に残ったとされている3).
著者
松浦 年男
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1102-1110, 2020-12-25

私は人文社会系の3学部を配する学生数3,800名の小〜中規模大学において、教養教育を担う部門に所属する。専門分野は言語学・音声学だが、日本語を特に対象とすることから、授業では初年次教育としての日本語科目を十年来担当している。 初年次教育の日本語科目では卒業研究やゼミ論文の執筆を見すえて、レポートや論文などの硬い文章の執筆にかかわる能力の育成を目的とし、さまざまな練習や添削などを行っている。これらは大学教育のなかに閉じるものではなく、当然のことながら卒業後に求められる文章執筆にかかわる能力でもある。そのため、専門教育とは別の次元で、学生の将来ともかかわりが深いものとなっている。
著者
平松 洋一 清水 栄司
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1159-1165, 2019-10-15

抄録 小児期逆境体験(ACEs)とは,小児期に体験した虐待やその他の家庭内の機能不全であり,さまざまな難治性の精神疾患の背景要因として注目されてきた。うつ病とACEsとの関連性は多くの研究で言及されている。たとえば,ACEsを経験していることでうつ病のリスクが増加すること,自殺行動と関連性が強いことなどが示されている。一方で,うつ病の患者にみられる,現在の気分に一致してネガティブな記憶を想起しやすい「気分一致効果」の観点から,うつ病とACEsとの関連性に関する研究に疑問が呈されることもあるが,抑うつ症状の悪化,改善によらずACEsの評価に時間的な一貫性があるという研究もある。治療において,ACEsを背景に持つうつ病の場合は,薬物療法の効果が低下し,難治化する一方で,認知行動療法の有効性が示されている。認知行動療法の進歩の中で,特にコンパッション(compassion:慈悲,思いやり)に焦点を当てた治療技法は,ACEsを持つ難治性うつ病を改善することが期待される。また,ACEsへ直接働きかけ得る認知行動療法の技法として,抑うつ気分に伴うネガティブな視覚イメージや記憶を同定し,その内容を見直す「イメージ書き直し(imagery rescripting)」技法が欧米で実践されており,我々も,うつ病患者を対象にした本邦初のイメージ書き直しの臨床研究において,ACEsの記憶と抑うつ気分の関連性をみている。
著者
小林 博
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.917-922, 2016-06-15

要約 目的:緑内障患者において,2年間にわたる点眼補助具の使用によるアドヒアランスの変化を検討した。 対象と方法:対象は,少なくとも6か月にわたり,ラタノプロスト点眼液0.04%またはラタノプロスト・マレイン酸チモロール配合点眼液を単独に点眼しており,点眼方法に問題があると申告した緑内障患者112名(73.8±11.6歳,男性34名,女性78名)である。点眼補助具(ザルイーズ®)を渡し,2年間にわたり,2か月ごとにその使用状況と点眼のアドヒアランスの変化を調査した。 結果:調査は108名(96.4%)が完了した。調査開始から6か月後,12か月後,24か月後の使用率は,68.5%,74.1%,75.0%であった。最終調査の時点で点眼補助具を使用している患者では,点眼のアドヒアランス良好患者が使用前では55名(67.9%),使用後では71名(87.7%)であり,有意に増加した(p=0.003)。使用していない患者では調査開始前18名(66.7%),調査終了時21名(74.1%)であり,変化はなかった(p=0.3)。 結語:緑内障薬の点眼補助具は,2年間においても,75%が使用されており,使用の容易さと忍容性の高さを示していた。点眼補助具を使用することで,点眼が容易になり,点眼のアドヒアランスが改善したと考えられた。
著者
小延 鑑一
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.117, 1968-02-15

比色分析は一般には試料溶液に適当な試薬を加えることにより,目的とする成分(物質)を着色化合物にして,その色調の強さを光電比色計で比較測定する分析法である。着色化合物の溶液が固有の色を呈するのは,その溶液が波長によって異なった吸収を示すことによるもので,白色光が透過した場合,ある波長域の光が吸収されるとそれ以外の波長一すなわち溶液は吸収した光の余色を呈することになる。光の吸収が可視領域で行なわれるような溶液について,白色光を透過せしめてその色調の強さを比較定量するのがいわゆる比色法であり,肉眼では可視光線のみしか観測することができないが,受光部に光電管などを用いると波長領域は紫外から赤外の領域にまで拡張できる。そして比色を単色光ないしはきわめて狭い波長範囲の光を用いて行なうと,分析の精度は高くなるほか種々の利点が生じてくるのである。 比色分析法は,その利用している化学反応一呈色反応一が鋭敏であるために微量分析法に適しているのみならず,その化学反応などの操作の点からも迅速に分析を行なうことができる特徴をもっている。このようなことから臨床化学分析のほとんどがこの比色分析法により実施されているのである。

2 0 0 0 No-reflow現象

著者
赤石 誠
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.211-212, 1997-02-15

■最近の動向 No-reflow現象とは,一定時間の虚血の後に冠動脈を再灌流しても,心筋への血流が回復しない現象をいう.その原因として,①白血球による微小血管の閉塞,②心筋の浮腫や拘縮による微小血管の圧迫,③血管内皮の膨化,④血管の攣縮が考えられている.Klonerらの古典的な犬の実験により,このNo-reflow現象は40分間の冠動脈閉塞では生じず,90分間の冠動脈閉塞で生じることが示されている.また,このNo-reflow現象が生じる部分は,心筋虚血が最も強い心内膜下領域であることも示されている. 現在,No-reflow現象とは,心外膜上の冠動脈に閉塞がないのに微小血管抵抗が高いために冠動脈血流が得られない状態と,心外膜上の冠動脈に閉塞がなく,冠動脈血流が得られているにもかかわらず,灌流域の心筋への血流が得られない状態の両者を指している.いずれも急性心筋梗塞症における血管再疎通後にしばしば認められる現象である.急性心筋梗塞症に対する再灌流療法が,一般的な治療法となっている今日,閉塞している冠動脈をPTCAや血栓溶解療法により再疎通させても心筋への血流が回復しないというNo-reflow現象は,心筋梗塞症の再灌流後の心筋の病態にもたらす意義,治療法を含めて,私たちが真剣に議論しなくてはならない問題の一つである.
著者
清水 晶
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.45-47, 2019-04-10

summaryヒト乳頭腫ウイルス(human papillomavirus:HPV)感染が関連する癌としては子宮頸癌をはじめ,陰茎癌,肛門癌,中咽頭癌などが知られている.爪部有棘細胞癌/Bowen病もHPV感染に起因するが,十分には認識されていない.今回われわれは自験例と既報告HPV関連爪部有棘細胞癌136例を集計した.患者平均年齢は52.2歳,男女比は2.5:1であった.右1〜3指,左3指に好発し,臨床的には爪母周囲に生じ,爪周囲型と爪下/爪甲線条型に分けられた.HPVのDNA型のほとんどは粘膜型ハイリスクであり,HPV16型が約半数を占めるが特にBowen病では多様性がみられた.患者およびパートナーではHPV関連病変が多く,爪有棘細胞癌/Bowen病はハイリスクHPVのリザーバーおよび性感染症としての認識が必要であると思われた.
著者
石福 恒雄
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.11-16, 1980-01-15

筆者がここで二重身体験というのは,自分がもう一人存在するという体験の総称であり,そのなかには,後に述べるようにさまざまな様式が存在し,いわゆる自己像幻視(Heautoskopie)も含まれている。それゆえ,二重身体験は幻覚の問題と深いかかわりをもっている。筆者はここで二重身体験の考察をとおして幻覚の問題を論じていくことにしたい。 二重身の場合,それは自分自身の分身なのか他者の分身なのかは一応問題にしなければならないであろう。精神病理学上はどちらも存在するが,言葉の使い方からみる限り,Doppelgangerはむしろ他者の分身という意味が本来のものである。しかし,筆者がここでいう二重身はもっぱら自分自身の二重身を指している。筆者は最近別の論文のなかで,主として分裂病者にみられる自己の二重身(以後単に二重身とする)の問題を論じたが,ここではその論点を土台にして,幻覚の問題に直接示唆を与えてくれそうないくつかの体験の局面を選びだし,それに基づいて幻覚の問題を論じることにしたい。
著者
伊東 直哉
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.2307, 2020-12-10

私が岡先生を尊敬する理由の一つに岡先生が素晴らしい教育者であるということがあります.岡先生は,自身が長い修行期間を経たのだからといって,教え子にも同じ期間の修行を要求するタイプの医師ではありません. さて,感染症科にご相談いただく症例のなかには,発熱に対して必要な培養検査のみならずアセスメント不在で抗菌薬が処方されているケースがわんさかあります.少しでも臨床感染症を勉強したことのある人にとっては,こういったプラクティスが間違いであることは明白です.しかし,こういった症例に対して正論を相手にゴリ押しすれば,面倒なやつだとレッテルを貼られ,コンサルトが来なくなり,感染症科はいずれ沈没してしまうでしょう.私自身もそういったケースの主治医に対してネガティブな感情をぶつけてしまったことがありました.しかし,現在では長期間および頻回に同様のケースに曝露された結果,耐性機序を獲得しネガティブな感情は排泄ポンプですぐに排除され,日々の表情筋のトレーニングで感情を抑えた顔を保持することができるようになりました.とはいえ,私が“悟り”を開くまでにはある程度の期間が必要であったのは事実であり,そこに至るまでにいくつものトラブルがありました.
著者
福田 佳奈子 足立 厚子 指宿 千恵子 白井 成鎬 佐々木 祥人
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.751-755, 2016-09-01

要約 患者は味噌醸造家に育った兄弟である.症例1:32歳,男性(兄).中学時より麹吸入時呼吸困難を繰り返していた.症例2:22歳,男性(弟).小児期から手足の腫脹,腹痛,下痢,嘔吐を繰り返し,麹吸入時の呼吸困難に加え,成人後,摂食後2時間後に腹痛・嘔吐があった.2症例ともに自家製の麹,麹菌,味噌のプリックテストが強陽性であった.アスペルギルス特異IgE(Immuno-cap)は,症例1クラス1,症例2クラス0であった.症例2は血清補体価CH50およびC4が著明に低値であった.症例1は麹菌に対する即時型機序,症例2は補体が関与する機序を考えた.麹菌に対するアレルギーの報告は,味噌醸造を家業とする職業性が多い.麹菌(Aspergillus oryzae)特異IgEは通常測定できず,交叉性のあるAspergillus fumigatus特異IgEで代用診断される.麹菌が産生するαアミラーゼ特異IgEは自験2例では陰性であったが,病態への関与を否定するものではない.
著者
泉谷 一裕
出版者
医学書院
雑誌
臨床皮膚科 (ISSN:00214973)
巻号頁・発行日
vol.68, no.11, pp.851-856, 2014-10-01

要約 9〜65歳の男性4名,女性1名の足底に無症候性橙色色素斑が認められた.8mm大の色素斑を認めるもの,小さな色素斑を散在性に多数認められる症例があった.現症では炎症所見は認められなかった.皮膚に色素斑を生じ,春と秋に好発するため,臀部や頰部で報告されているカメムシ皮膚炎との関連性を推察した.しかしながら,これまでカメムシが及ぼす足底の変化を調べた報告は全くなかった.そこで,マルカメムシ,クサギカメムシの2種を足底で踏む皮膚試験を施行し,その皮膚の変化を観察した.クサギカメムシでは試験開始5分以内に自験例と同様の橙色色素斑が出現し,2週間で完全に消退した.試験経過中カメムシ皮膚炎とは異なり,炎症所見は全く認めなかった.以上より,自験例の色素斑はカメムシにより生じた足底橙色色素斑と判断した.治療は不要で2週間以内に自然消退する.
著者
堀内 圭輔 千葉 一裕
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1254-1257, 2020-11-25

今回は昨今,特に問題になっているAuthorshipの誤用・乱用・悪用を取り上げます.敢えて口にすることがはばかられる暗黙の了解事項ともいえる内容も若干含みます.指導医,Principal Investigator(PI)からしてみると,“何をいまさら”と思われるかも知れませんが,本連載はもともと,若手の医師・研究者が対象ですので,あえてこの話題を取り上げます.言わずもがなですが,筆者が偉そうにこれらの問題を語れる立場ではないことは重々承知の上です.不行儀・不埒をご容赦ください.

2 0 0 0 作話症

著者
越賀 一雄 浅野 楢次
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.15-20, 1959-01-15

Ⅰ 話をする,あるいは話を作るということが,人間の精神生活の発達の中で極めて大きな意味を持つていることは,子供の心理的発達をみても十分にうなずかれることであり,それは人間学的にも深い意義を持つている。「目は口程に物を言い」ということもあろうが,まず話をする,話を作るといえば言葉なしでは不可能であり,作話症とか妄想も根本的には言葉というものについて考えねばならないであろう。 話をするといえば,いろいろな意味があつて一概にはいえないが,話を作るといえば,そこに若干悪い意味を含んでいるようである。「あの人のいうことは作り話が多い」というのは少し非難めいた言葉であつて,はつきりいえば嘘つきということなのである。しかし大体,聴く人の注意を惹きつける上手な話は嘘の多少混じつた話であつて,ただ事実を無味乾燥にくどくどと述べただけではあまり面白くないのが普通である。話は横道に入るが,精神病医の患者の症状の記載にもそんな趣がある。ただ患者のいつたり,振舞つたりするところを忠実に述べるのみでは上手な記載とはいえないのであつて,不必要なところは適当に省略し,必要な点は強調してこそ初めて上手な記載といえると思う。勿論あまりに1ヵ所を強調しすぎて虚構の作話になるのは困る。省略,強調は精神病医が勝手にやるからといつてその記載が主観的だなどと決めてかかるのは主観客観ということを本当に弁えぬ主観的独断である。かかる点で精神病医の記載には文学に相通ずるものがあるように思う。誰かが一体妄想について果して精神病医と文学者とのいずれがこれをよく理解しているであろうかと多少精神病医に皮肉まじりに問いかけていた精神病医があつたが,これは考察に値する問題を含んだ問いかけである。
著者
南野 知恵子
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.979, 1999-11-25

私は参議院議員として,助産婦として,女性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツを確立するため努力をしてきましたが,低用量ピル認可に向けた働きかけもその一環として研究会・政策勉強会などを通じて最大限やってまいりました。この度「低用量ピル」という選択肢を日本の女性が手にすることができたことは大きな前進をとげたといえます。 女性が自らのリプロダクティブ・ヘルス/ライツを承認するということは,自らの女性性を認知したうえで自立することですが,真の始まりはこれからだと思います。受胎調節実地指導員の役割を引き受ける助産婦には責任も生じてきます。ピルをより求めやすくする,より適切な保健指導や相談を受けやすくする環境整備,医療界で働く人々の専門性の効果的発揮により受益者のニーズに応えられるなど,解決しなければならない課題は山積しています。人間が互いに人対人として認め合い,他性を理解し尊重する相互間の受容が,どのように熟してゆくかにかかっていることであるとも思います。私自身看護婦・助産婦・受胎調節実地指導員でもあり,同性の悩みに触れてきた経験から多くを学びました。かつてわが国の女性は,一人の人間として自立していくための選択肢に乏しく,そのことに気づかない女性,気づかせてもらえない多くの女性がいました。リプロダクティブ・ヘルス/ライツの課題達成は看護職者であり政策作成の場にいる私にとって燃える課題でした(今もそうですが)。ピルの認可に40年もの長期を要したことは,日本がやはり「男性社会」であると感じざるをえませんでした。そこで,改善をめざして多くの議員の協力をとりつけることを考えました。まず,自民党内の勉強会に,松本清一・熊本悦朗先生をお招きし「性感染症とエイズの問題」について講演していただきました。「ピル・エイズ・性感染症」をテーマにしたのは,初めてでした。