著者
進 純郎 荒木 勤
出版者
医学書院
雑誌
助産婦雑誌 (ISSN:00471836)
巻号頁・発行日
vol.44, no.9, pp.754-758, 1990-09-25

はじめに 繰り返す陣痛の苦しみに打ち克って,元気なわが子の姿を目の当たりにした母親は,それまでの苦しみなど嘘であったかのように穏やかな笑顔に変わる。 一方,分娩時に受けた会陰切開縫合部痛は分娩の苦しみが薄れるとともに増強し,母乳を与える時期になってもその痛みは消えず,分娩後の最も忘れられない疼痛の一つとして,母親の記憶の中にいつまでも生き続けるものである。
著者
美崎 英生
出版者
医学書院
雑誌
検査と技術 (ISSN:03012611)
巻号頁・発行日
vol.27, no.8, pp.973-980, 1999-07-01

新しい知見 臨床検査の医療における役割はますます大きくなっている.“患者にやさしい無侵襲あるいはそれに近い検体の微量化”,“結果がリアルタイムに出る迅速性”,“ベッドサイドで検査ができる簡便性”の要望が強い.その中で簡便な高感度測定法の役割は大きい.酵素サイクリングはその技術の1つとして,特に血液検体の多量採取が困難な乳幼児や小児,老人の検査(微量の血液を数百倍に希釈して測定),あるいは測定感度不足のため正確な測定ができていない物質の測定には期待が大きい.また,感染症の目視検査による迅速対応は重要である.酵素サイクリング法は数倍から数万倍程度の感度で測定が可能である.現在,酵素サイクリングを利用した検査薬としては総胆汁酸,ケトン体,カルニチン分画定量,リゾレシチン,羊水ホスファチジルグリセロールの測定系が開発された.さらにアンモニアや糖尿病関連物質などの微量物質の測定への応用が期待される.
著者
中島 一憲 溝口 るり子
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.35, no.4, pp.429-435, 1993-04-15

【抄録】 我が国では稀な病態である多重人格を主とする多彩な症状を呈した解離型ヒステリーの1例を報告した。症例は19歳の女性。発現した症状は,人格交代,健忘および遁走,幻聴などであり,人格交代では,本来の第一人格とは対照的な特徴を持っ第二人格と,13歳以前の第一人格への自動的な年齢退行を示した人格の二つの交代人格がみられた。第二人格への交代には,就職や失恋体験との時間的関連が強く認められた。入院治療が症状消退に対しては有効であった。 本症例では,特有な性格特徴を基盤として,現実生活における葛藤状況からの逃避や願望充足という意義を持つ心理的防衛機制が働き,症状発現に至ったものと考えられた。また13歳時の「母親の急死」という心的外傷体験が病理性をはらみ,症状発現に関与していたと推定された。さらに人格交代に対する治療的かかわり方や心理検査についても考察を加えた。
著者
草部 雄太 竹島 明 清野 あずさ 西田 茉那 髙橋 真実 山田 翔太 新保 淳輔 佐藤 晶 岡本 浩一郎 五十嵐 修一
出版者
医学書院
雑誌
BRAIN and NERVE-神経研究の進歩 (ISSN:18816096)
巻号頁・発行日
vol.69, no.8, pp.957-961, 2017-08-01

呼吸器感染症の原因ウイルスの1つであるエンテロウイルスD68型による,稀な成人の脳脊髄炎の1例を報告する。患者は33歳男性。発熱,咽頭痛,頭痛で,5日後に両側顔面神経麻痺,嚥下障害,頸部・傍脊柱筋の筋力低下を呈した。頭部MRIのT2強調画像にて脳幹(橋)背側と上位頸髄腹側に高信号病変を有する特徴的な画像所見を認めた。血清PCRにより当時流行していたエンテロウイルスD68型が検出された。両側末梢性顔面神経麻痺を急性にきたす疾患の鑑別としてエンテロウイルスD68型脳脊髄炎も考慮すべきである。
著者
岩田 研二
出版者
医学書院
雑誌
理学療法ジャーナル (ISSN:09150552)
巻号頁・発行日
vol.49, no.4, pp.299-305, 2015-04-15

はじめに タイの総人口は約6,495万人1),2012年の世界保健機関(World Health Organization:WHO)の報告によると,平均寿命は男性71歳,女性79歳であり2),これから進行する高齢化に対する対策が早急の課題である.開発途上国のイメージが強いタイだが,2004年に「メディカルハブ構想」を掲げ,医療観光(メディカルツーリズム)を推進するようになってから,外国人富裕層を顧客とし,高度な医療設備を完備した病院が,質の高い医療サービスを提供している.一方で,依然,地域間格差,所得間格差が大きく,理学療法士数の少なさからも,一部の私立病院を除いて適切なリハビリテーションを受けられない場合も多い.本稿では,タイの高齢化,医療観光,医療・年金制度,医療格差,理学療法学教育,これからの課題と可能性についてまとめる.
著者
禾 紀子 中山 秀夫 鶴町 和道 栗原 誠一
出版者
医学書院
雑誌
臨床皮膚科 (ISSN:00214973)
巻号頁・発行日
vol.42, no.11, pp.1001-1006, 1988-11-01

練り歯磨中のハッカ油(Japanese mint oil)が原因と思われる,臨床的・組織学的に典型的な口腔粘膜扁平苔癬の1例を報告する.貼付試験にて,ハッカ油強陽性を示し,歯磨,菓子類等に含まれるミントを避ける生活で,病巣の著明な改善をみ,以前の歯磨再使用で再発をみた.
著者
大鳥 精司
出版者
医学書院
雑誌
臨床整形外科 (ISSN:05570433)
巻号頁・発行日
vol.54, no.5, pp.485-488, 2019-05-25

先進国を中心とする国際機構,経済協力開発機構(OECD)の2015年のデータをみると,医師に占める女性の割合は,日本は20.4%で,加盟国で最低だった.つまり,日本は先進国で最低ということで,加盟国平均のおよそ半分だった.女性医師の割合は若いほど高く,2012年度の調査委においては,50歳以上では約10%であるが,29歳以下,30〜39歳ではそれぞれ35.5%,30.1%となっている.平成24年診療科別医師男女比では皮膚科や小児科,産婦人科といった診療科では女性医師の占める割合は高いが,外科や脳神経外科などの診療科では,非常に低い.深刻なのはわが整形外科で4.4%であり,診療科最低となっている(図1).千葉大学整形外科も開講から65年の歴史を有するが,初めて女性医師が入局したのは平成元年であり,それ以降も各学年に1名の入局にとどまっているのが現状である(図2).したがって,私が得られているのは非常に数少ないデータであるが,個人的に考察してみたい.
著者
堀井 恵美子
出版者
医学書院
雑誌
臨床整形外科 (ISSN:05570433)
巻号頁・発行日
vol.54, no.5, pp.449-450, 2019-05-25

大学時代に指導を受けた先生の奥様の「卒業したら,女医は3倍働かないと認められない」という一言を,卒後40年たった今も忘れることはない.当時は女子医学生10%の時代だったから,ずっと男性の中で実習も部活も行ってきた.女性整形外科医は稀有の時代だったから,どこへ行っても女性1人は続いたが,違和感なく過ごしてきた.整形外科の仕事が好きだったので,長時間業務も気にならず,無我夢中で楽しく日常診療を行ってきた. 研修医以降のキャリアの形成には,指導医の役割が重要である.卒業時点では男性医師と同じスタートラインに立っているが,まず,科を選択するにあたって,好き・嫌いよりも,“体力的にどうか?”,“出産・育児を乗り越えられるか”などを考慮せざるを得ない.特に外科系を選択しようとすると,これらの不安材料は足かせとなる.キャリアと家庭を両立できるかどうかは,家族の支援と,社会の理解と,そしてなによりも指導医(上司)の理解が不可欠である.私の時代は一般的にはそれらを期待できず,恵まれた環境にいる人とスーパーウーマンだけがそれを享受できた.実際,大学時代の同期(女性)の中で,育児経験者は半数以下で,厳しい環境であったことがうかがえる.
著者
下永 皓司 光原 崇文 細貝 昌弘 川住 知弘
出版者
医学書院
雑誌
Neurological Surgery 脳神経外科 (ISSN:03012603)
巻号頁・発行日
vol.46, no.6, pp.501-508, 2018-06-10

Ⅰ.はじめに もやもや病に対する血行再建術後の過灌流症候群は,成人例の報告で38%に及ぶという報告もあるが12),多くは一過性の症状と考えられている.今回われわれは,多発脳梗塞にて発症した,バセドウ病に合併した類もやもや病の直接血行再建術後に,局所過灌流による血管性浮腫が経時的に増大し,集学的治療を行ったにもかかわらず,脳出血を来し転帰不良となった症例を報告する.
著者
鈴木 義雄
出版者
医学書院
雑誌
臨床外科 (ISSN:03869857)
巻号頁・発行日
vol.37, no.8, pp.1173-1182, 1982-08-20

はじめに 人工肛門というアイデアがこの世に生れたのは1710年のことである.フランスのルイ14世時代で,日本では,宝永7年,7代将軍家継の時代にあたる.フランスのAlexis Littr'eは,生後6日目,鎖肛で死亡した新生児を解剖し,閉鎖部位を切除して,今日でいう,端々吻合を行うか,少なくとも,閉鎖部位より口側の腸管を体外に誘導すれば,救命できたであろうと示唆した.Académie Royale de Sciencesの歴史学者Fontanelle氏が,上記のような,Alexis Littr'eの文献に着目し紹介したのが初まりである(Tilson Dinnick1)より).現在の高度に発達した医療を十分に理解するために,過去の流れに注目することは意義がある.人工肛門造設術も当然変遷の歴史があり,今回は現在の人工肛門造設術にいたつた過程を年代順にひもといてみたい.
著者
富岳 亮 田中 惠子
出版者
医学書院
雑誌
BRAIN and NERVE-神経研究の進歩 (ISSN:18816096)
巻号頁・発行日
vol.65, no.4, pp.395-400, 2013-04-01

はじめに Stiff-man/person症候群(SPS)は,1956年にMoerschとWoltmanが筋硬直と歩行障害を呈する13例に対してstiff-man症候群と命名した疾患である1)。1963年にはHoward2)が本症でジアゼパムが有効であることを初めて報告し,1971年には,病理学的に脳幹と脊髄に炎症所見を呈する例が報告された3)。 1999年,BrownとMarsdenはstiff-man症候群に加え,経過や主たる症候が異なるSPSを3群に分けてstiff-man plus症候群という名称を提唱した4)。すなわち,①亜急性の経過で生じる筋硬直・脳幹症状と進行性脳脊髄炎を呈するprogressive encephalomyelitis with rigidity and myoclonus(PERM),他の2群は比較的慢性の経過で,②脳幹由来のミオクローヌスを主とし四肢にも波及していくjerking stiff-man症候群と,③四肢末梢優位に有痛性痙攣と硬直を認め,特に下肢に優位で体幹の症状が少ないstiff-limb症候群を区別して示した。硬直が一側下肢から始まった場合stiff-limb症候群と診断される。多くの症例では経過とともに硬直は全身に広がっていくが,一部に下肢の硬直が際立っている症例が存在する。 SPSでは,経過中に種々の神経症候を呈する症例が存在しSPS-plusとされるが,Dalakas5,6)の経験では10%に小脳症状を伴い,5~10%にてんかん,眼球運動障害を伴う。SPSに小脳症状を伴う症例では,強い硬直と痙縮を呈し,小脳症状は体幹失調と構音障害,歩行は下肢と体幹に強い硬直を伴う運動失調性歩行を呈し,急速眼球運動の障害と追跡眼球運動障害,さらには水平注視時の眼振を認めた。以上のように,SPSは古典的なstiff-man症候群に加え,stiff-man plus症候群,さらに傍腫瘍症候群としてのSPSが加わり徐々に本症候群の概念が確立されていった。 本症では神経組織に炎症所見を生じる例があることから,ステロイドホルモン投与7),血漿交換療法が試行され8),奏効する例が報告されたことより,自己免疫学的機序の可能性について検討が加えられた。Solimena, De Camilliら9,10)はSPSの約60%にグルタミン酸脱炭酸酵素(glutamate decarboxylase:GAD)に対する自己抗体の存在を見出した。また,悪性腫瘍を背景とし,SPSを呈する傍腫瘍性神経症候群で抗アンフィフィシン(amphiphysin)I抗体が検出された例が報告され11),縦隔腫瘍にSPSを合併した1例でゲフィリン(gephyrin)抗体が見出されたとの報告もある12)。
著者
川崎 厚史 橋田 徳康 金山 慎太郎 小川 憲治
出版者
医学書院
雑誌
臨床眼科 (ISSN:03705579)
巻号頁・発行日
vol.57, no.5, pp.732-736, 2003-05-15

要約 鉄欠乏性貧血の3症例に網膜中心動静脈閉塞症が併発した。いずれも女性で,年齢は29歳,44歳,51歳,すべて片眼発症である。受診の動機は急性の視力低下または霧視であり,初診時の患眼の矯正視力は,0.02,1.0,0.8であった。眼底所見として桜実紅斑,動脈周囲の糸状網膜浮腫または限局性浮腫があり,蛍光眼底造影で網膜内の循環遅延があり,一過性の網膜中心動脈閉塞症と診断した。その後,視神経乳頭の発赤浮腫,網膜静脈の拡張蛇行,火炎状の網膜出血が生じ,網膜中心静脈閉塞症の所見を呈した。全例に血清鉄,フェリチン,ヘモグロビン,ヘマトクリット値の低下があった。鉄欠乏性貧血の原因である拒食症,胃潰瘍,不正性器出血がそれぞれにあった。鉄剤などの投与で貧血は軽快した。これに続いて視力と眼底所見は速やかに改善し,最終視力として0.3,1.5,1.2を得た。初診時視力が良好なほど視力転帰がよかった。
著者
坂井 文彦
出版者
医学書院
雑誌
神経研究の進歩 (ISSN:00018724)
巻号頁・発行日
vol.46, no.3, pp.343-349, 2002-06-10

国際頭痛学会分類の診断基準を使用した慢性頭痛の大規模な疫学調査が日本でも行われ,片頭痛の有病率は15歳以上の人口の8.4%と多いことが明らかにされた。片頭痛のために日常生活がかなり犠牲になっている人も多く,約74%の人がかなりの支障度に悩まされている。その割に,片頭痛に対する認識度は低く,定期的に医療機関を受診している人は全体の2.7%にすぎない。片頭痛により患者が大きな犠牲を強いられていることは社会にとっても大きな損失であり,経済的損失としても大きい。最近,片頭痛治療薬に大きな進歩がみられている。新しい薬剤を正しく使用するために,医療側,患者側いずれの認識も高まることが必要である。
著者
見野 耕一 中嶋 義文
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.52, no.3, pp.211-220, 2010-03-15

はじめに 無床総合病院精神科の危機について語られることが最近目立ってきている。無床総合病院精神科の診療特徴が人的な不足などの問題を生じさせ,それがある時点を越えると危機的な状況に発展してしまう。本稿では,危機的な現状を検証し,その状況に対する臨床現場での取り組みを紹介し,今後の課題を論じてみたい。 有床総合病院精神科の施設数と精神科病床数についてみてみると,日本総合病院精神医学会の調査では,2002年度は272施設,21,734床であったが,2008年度は239施設,17,319床へと減少,すなわち精神科病床数は2002年度から比べると2割減少している。調査後も休止したり診療をやめたりする病院が続いている。地域の中核病院などの総合病院精神科病棟が医師不足などから閉鎖・縮小されたり,精神科外来そのものが総合病院から消失しており,わが国の総合病院精神科はこれまでにないほど危機的な状況にさらされている5)。日本病院団体協議会の調査によると,2007(平成19)年度の病床休止もしくは返還は,産婦人科,小児科に次いで精神科が3番目であった。 無床総合病院精神科の場合はもっとも減少が顕著である。日本総合病院精神医学会無床総合病院精神科委員会の調査によれば,2009年8月現在,精神科常勤医のいる無床総合病院精神科の病院数と常勤医数は178病院,268名である(シニアスタッフ3名以上の大学病院など除く)。調査2)を始めた1999年より122病院が減少(41%)している。2008年度は,10病院が閉鎖となっている。 厚生労働省の調査では,精神科専門の医師数は微増しているが,この10年で診療所と精神科病院に勤める医師数は増加したのに対し,総合病院の医師数は1割減となっている。 減少の原因は複合的である。病院間では病院統廃合がまず挙げられるが,病院内では精神科医療の診療報酬が低く抑えられているため,診療科間の比較では不採算とみなされやすく,経営の観点から閉科となることが挙げられる。最大の理由は,多忙さにある。インセンティブのない多忙さは忌避され,常勤医の異動(開業など)に伴い欠員が生じた際に赴任を希望する精神科医がおらず,結果として非常勤医による外来診療をしばらく続けた後に閉鎖となるパターンが多い。診療報酬改定により,自殺未遂で入院した患者を精神科医が診察すると診療報酬が加算されたり,がん対策基本法で緩和ケアチームに精神科医の関与が求められるなど,精神科医の役割は増しているが,その主体となる総合病院精神科医自体が減少しているため,ニーズに応えられないのが現状である。
著者
船橋 利理 駒井 則彦 小倉 光博 桑田 俊和 中井 三量 辻 直樹
出版者
医学書院
雑誌
Neurological Surgery 脳神経外科 (ISSN:03012603)
巻号頁・発行日
vol.17, no.10, pp.917-923, 1989-10-10

I.はじめに 1982年,われわれは遷延性意識障害患者に対して意識の回復を目的に頸髄硬膜外刺激を試み著効を得たことを報告した7).その後,諸施設で追試が行われ,有効例がつぎつぎと報告5,12)されるようになってきた.しかし,いかなる部位の障害による遷延性意識障害が本法の適応になるかに関しては未だ議論のあるところである. 今回,大脳,脳幹など種々の障害による遷延性意識障害患者に対して慢性的に脊髄硬膜外刺激(Spinal CordStimulation以下SCSと略記する)を加え,治療効果を検討したので報告するとともに,本法の適応に関してもわれわれの考えを述べる.
著者
高橋 正雄
出版者
医学書院
雑誌
総合リハビリテーション (ISSN:03869822)
巻号頁・発行日
vol.25, no.12, pp.1398, 1997-12-10

障害の受容を妨げる要因の一つに,障害者自身や家族の偏見という問題力がある.障害に対する誤解や偏見に満ちた社会のなかで暮らしている本人や家族は,しばしば,自らも障害に対する誤解や偏見を共有しているため,いざ自分が当事者になった時の混乱や絶望が大きいのである.しかし,1950年に発表されたパール・バックの『母よ嘆くなかれ』(伊藤隆二訳,法政大学出版局)には,当事者がそうした先入観を乗り越えて,自らの運命を受け入れていく過程が描かれている. 米国の宣教師の家に生まれたパール・バックは,元々「愚かなことや,のろまなことを黙って見ていられない性質」だった.しかし,精神遅滞の娘を養育する過程で,パール・バックは「娘の魂もまた,その魂として最大限に成長する権利をもって」おり,「人間の精神はすべて尊敬に値すること」を知る.彼女は,「人はすべて人間として平等であること,また人はみな人間として同じ権利をもっていることをはっきり教えてくれたのは,他ならぬわたしの娘でした.(中略)もしわたしがこのことを学ぶ機会を得られなかったならば,わたしはきっと自分より能力の低い人に我慢できない,あの傲慢な態度をもちつづけていたにちがいありません」と語るのである.
著者
水関 隆也
出版者
医学書院
雑誌
臨床整形外科 (ISSN:05570433)
巻号頁・発行日
vol.29, no.2, pp.167-173, 1994-02-25

抄録:反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)の治療は理学療法から神経ブロックまで多種多様である.その発生には外傷後に生じる末梢神経系の血管調節系の不均衡と,交感神経系の過緊張が深く関与しており,浮腫や痛みを生ずるとされている.一方,凍瘡(しもやけ)の発症には寒冷侵襲に対する細動静脈の拡張収縮の不均衡,すなわち交感神経系の機能低下がその原因の一つとされている.両者とも,血管調節系の異常という点で共通点がある.地方によっては古くからしもやけの治療としてよく用いられていた温冷交代浴に着目,RSDの治療に試みた,その結果,23例中,19例に満足すべき除痛効果を得れた.RSDの早期認識,早期治療開始が良結果につながるという一般的法則を覆すものではないが,本法は安全で簡便な治療法で副作用はないのでRSDの治療の第一選択として勧められる.