著者
山元 修 西尾 大介 徳井 教孝
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.169-180, 2001-06-01 (Released:2017-04-11)
被引用文献数
2 2

セメントは土木・建築工業分野で広く用いられているが, 水に溶けると強いアルカリ性を示す, 感作性の強いクロムが微量含まれているという性質のため, セメントによる職業性皮膚障害は比較的多く発生しやすい. 本稿ではセメントによる接触皮膚炎4例とセメント熱傷2例を報告する. 患者の職業は左官業, トラック運転手, 土木建設作業員であった. セメント皮膚炎例は, 臨床的に手指に乾燥化, 亀裂, 角化性丘疹・紅斑あるいは急性浸出性湿疹像を呈していた. うち1例は顔面や躯幹, 四肢にも皮疹が認められた. いずれの例もパッチテストにて重クロム酸カリウムに陽性であった. セメント熱傷例はいずれも長靴の中に侵入したセメントに長時間接触後, 下腿あるいは足に難治性潰瘍を生じた. パッチテストにてクロムは陰性であった. コンクリート作業現場の視察にて, 現在の作業形態あるいは作業着では, 皮膚の防護が十分にできないことがわかった. 実状に合った易作業性と防護性を兼ね備えた作業着・手袋使用の推奨, あるいは防護形態の工夫が望まれる. セメントによる皮膚障害のほとんどは, 実際にセメントを扱う小規模事業場の労働者に発生していると思われる. このような労働者の皮膚障害に対する健康管理体制の確立のため, 小規模事業場における健康管理の取り組みを目指した地域産業保健センターの活用が強く望まれる.
著者
一瀬 豊日 中村 早人 戸倉 新樹
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.73-81, 2010-03-01 (Released:2017-04-11)
被引用文献数
3 2

専属産業医を選任する必要のある事業所は, 労働安全衛生規則に定められているが, 専属産業医を必要とする事業所の数は公開されている厚生労働省の統計数値上には未掲載である. しかし本邦では経済基本構造を把握するために, 総務省統計局経済基本構造統計課により, 事業所における従事者数および業種の全数調査が行われている. 本報告では総務省統計局経済基本構造統計課の事業所・企業統計調査を基に法的に必要とされている最低限度の専属産業医数を推計した. 1,000名以上従業員がいる事業所の数は1,228ヶ所(確定数)あり, 特定有害業務を有する業務に常時500名以上の労働者を使用する事業所数と事業所兼任などを考慮すると, 2,000名から2,500名の専属産業医の需要が最低限あると考えられる.
著者
池田 智子
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.35, no.Special_Issue, pp.59-66, 2013-10-01 (Released:2013-10-10)
参考文献数
8
被引用文献数
1

1972年に職業病予防を目的に制定された労働安全衛生法は,時代とともに私傷病(作業関連疾患)への配慮も含む内容に変わり,近年では労使の参加・協力の枠組みも示されるようになった.今後は,拡充された労働安衛衛生法の目的達成のために,労使主体による予防活動のさらなる推進が重要になるが,それには全ての労働者に対して,自主的活動を行える力をエンパワーメントする必要がある.看護とは,対象者の潜在能力を引き出し最大限に発揮できるようエンパワーメントすることであり,環境改善やポピュレーションアプローチを含む活動であることを,既に1850年代にナイチンゲールが説いた.また保健師とは,当事者が自らの健康課題を解決するプロセスへの援助を核とし,コミュニティを基盤に健康問題をとらえ,予防につながる組織的な取り組みを担い,公的責任を志向する公衆衛生専門職である.保健師や看護師(両者を総称して「看護職」)の活動基盤は「エンパワーメント」の理論と技術であり,今後,労使自主対応型の労働安全衛生を推進するにあたり,重要な役割を担える専門職である.
著者
樫山 国宣 園田 信成 尾辻 豊
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.11-24, 2017-03-01 (Released:2017-03-23)
参考文献数
66
被引用文献数
2

心筋梗塞をはじめとする虚血性心疾患は,主に粥状動脈硬化を基盤に発生し,その主な危険因子は,高血圧,脂質異常,糖尿病,肥満,喫煙である.これまで,我が国の虚血性心疾患の発症率は,生活習慣や冠動脈の解剖学的な違いから,欧米(男性7.2,女性4.2人/1,000人・年)に比べ日本は(男性1.6,女性0.7人/1,000人・年)と低かったが,近年,生活習慣の欧米化によって状況は変化し,現在では心血管病による死亡は我が国の死因の2位,虚血性心疾患による死亡は全心血管病による死亡の4割を占めるようになった.特に心筋梗塞の既往のある患者では,心筋梗塞再発のリスクが2.5%と高く,心筋梗塞の2次予防のために冠危険因子の厳格な管理が必要であり,冠危険因子の管理実行について多くの治療指針やガイドラインが整備されているが,いまだ問題も多い.脂質管理について,low density lipoprotein(LDL)低下療法による虚血性心疾患の予防効果が証明され,動脈硬化疾患予防ガイドラインが策定されたが,2次予防を行っている患者の中でLDL目標値100 mg/dl を達成しているのは3分の1にとどまるという報告もある.また,虚血性心疾患の高リスク患者にさらに低いレベルの目標値が必要か否かは明らかではない.糖尿病も,厳格な血糖コントロール群で死亡率が5.0%と上昇(標準治療では4.0%)を認め,血糖コントロールの開始時期(早期の治療開始)や,評価指標(HbA1cや食後血糖),治療薬剤選択(ビグアナイド系薬剤やDPP-4阻害薬)についてもまだ議論の余地がある.現行の治療ガイドラインに従い,血圧では家庭血圧135/85 mmHg未満,脂質ではLDL-C 100 mg/dl 未満,high density lipoprotein(HDL) 40 mg/dl 以上,TG 150 mg/dl 未満,糖尿病では,HbA1c(NGSP)7.0%未満を目標に厳格な管理を行うことが,虚血性心疾患の2次予防として有効である.
著者
落合 信寿 近藤 寛之
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.35-45, 2017-03-01 (Released:2017-03-23)
参考文献数
54
被引用文献数
1

職場や生活環境に見られる視覚表示の色には,安全確保のために,色彩の見えの効果が利用される.これらの効果は,色彩の機能性と総称され,視認性,可読性,誘目性,識別性の4種類に分類される.本稿では,産業安全および環境安全に関わる視覚表示の色彩設計に利用される色彩の機能性と,眼科学で問題とされる色覚異常(特に先天赤緑異常)との関連に着目し,色彩の機能性が1型色覚における赤の知覚に及ぼす影響について考察した.日本の眼科臨床においては,現在,急激な制度改革の影響により,先天赤緑異常への対応が不十分な状況にある.一方,職域における色覚異常への対応は,これまでほとんど顧みられることはなく,今後,解決すべき産業安全衛生の問題である.この問題解決を図るための一つのモデルとして,英国HSE(Health and Safety Executive)が定めた色覚検査に関するガイドラインの先駆的事例を紹介した.また,日本の眼科臨床に即したガイドライン作成に関わる問題点についても考察し,産業安全および環境安全に色彩の機能性を利用した視覚表示における色覚異常への対応について論じた.
著者
佐藤 寛晃 田中 敏子 笠井 謙多郎 北 敏郎
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.31, no.4, pp.353-358, 2009-12-01 (Released:2017-04-11)
被引用文献数
4 4

49歳男性船長が, 船倉タンク内での廃液処理作業中に倒れた船員の救出に降り, 間もなく同様に倒れて死亡した. 船長の剖検の結果, タンク底面に残った廃液の吸引による溺死と診断された. 意識消失に至った経緯を明らかにするために船倉タンク内のガス分析を行ったところ, 酸素濃度は18.86〜19.31%, 二酸化炭素濃度は7.28〜9.07%で, その他に硫化水素を含め特記すべき濃度のガスは検出されなかった. したがって, 意識消失は二酸化炭素中毒によるものと考えられ, タンク内の廃液の発酵により高濃度の二酸化炭素が発生し, 死亡事故が発生したと結論づけた. 二酸化炭素が発生しうる環境においては, その危険性を十分に認識しておく必要があると考えられた.
著者
馬田 敏幸
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
産業医大誌 (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.25-33, 2017
被引用文献数
2

<p>将来の新エネルギーを創出すると期待されている核融合技術には,燃料となるトリチウムが大量に使用され,放射線作業従事者のトリチウムによる被曝が懸念される.また福島第一原子力発電所の廃炉作業の工程では,発生しているトリチウム汚染水対策による,作業従事者の健康問題が懸念されている.トリチウム被曝の形態は,低線量・低線量率の内部被曝が想定されるが,経口・吸入・皮膚吸収により体内に取り込まれたトリチウム水は,全身均一に分布することから影響は小さくないと考えられる.さらに有機結合型トリチウムは生体構成分子として体内に蓄積され,長期被曝を生じるので,トリチウムの化学形の考慮は重要となる.トリチウムの生体影響を検討するために,生物学的効果をX線や <i>&gamma;</i>線と比較する必要があり,トリチウムの生物学的効果比(RBE)の研究が多くされてきた.本総説では,確率的影響に分類される放射線発がんや,発がんの原因となる突然変異など生物効果を指標にして得られたRBEについて紹介する.加えて,近年開発されてきた,低線量・低線量率被曝の生物影響を検出可能な遺伝子改変マウスを使った動物実験系の原理と,トリチウム実験の概要についても紹介する.</p>
著者
岡﨑 龍史 大津山 彰 阿部 利明 久保 達彦
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.91-105, 2012-03-01 (Released:2017-04-11)
被引用文献数
2 7

福島第一原子力発電所(福島原発)事故後, 放射線被曝に対する意識について, 福島県内一般市民(講演時200名, 郵送1,640名), 福島県外一般市民(52名), 福島県内医師(63名), 福島県外医師(大分53名, 相模原44名, 北九州1,845名)および北九州のS医科大学医学部学生(104名)を対象にアンケート調査を行った. アンケート調査の回収率は, 福島県の一般市民は講演時86%と小児科医会を通じて郵送した50%と, 福島県外の一般市民91.3%および福島県内医師は講演時に86%回収, また福島県外の医師は, 相模原市85%および大分県は講演時に86%回収し, 北九州市はFAXにて17%回収となった. 福島原発後の放射線影響の不安度は, S医科大学医学部学生が12.2%ともっとも低く, 次に医師(福島県内30.2%, 県外26.2%)が低く, 福島県外一般市民(40.4%), 福島県内一般市民(71.6%)の順に高かった. 不安項目に関しては, S医科大学医学部学生や福島県医師は, 健康影響よりも環境汚染(食物や土壌汚染)に対し不安を持つ割合が高く, 福島県外医師や福島県内外の一般市民は健康被害および環境汚染の双方に不安を持っていた. 放射線の知識が高い人が, 現状に対する不安は少なく, 放射線知識の普及の必要性が結果として示された.
著者
小林 美和 山元 修
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.219-224, 2002-06-01 (Released:2017-04-11)
被引用文献数
2 2

農業従事者に発症したスポロトリコーシス2例を供覧し, 当科で経験した11例についてまとめた. ガーデニングが流行していることから, 都市部においても, 趣味で土いじりを行う人での発症の増加が予想される. 本症を一種の職業性皮膚疾患として捉えたうえで, 農作業中の感染経路としての外傷予防を, 農家や趣味で農作業を行う人に呼びかけるとともに, 「カビ」による感染症についての啓蒙も必要である.
著者
久能 芙美 岡田 洋右 新生 忠司 黒住 旭 田中 良哉
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.37, no.1, pp.49-53, 2015-03-01 (Released:2015-03-14)
参考文献数
9
被引用文献数
1

症例は42歳女性.動悸・発汗過多・手指振戦のため2011年3月に来院.甲状腺刺激ホルモン(thyroid stimulating hormone; TSH) < 0.01 μU/ml,遊離サイロキシン (free thyroxine; FT4) 6.15 ng/ml,抗TSH受容体抗体 (TSH receptor antibody; TRAb) 7.8 U/ml の検査所見よりバセドウ病と診断し,メチマゾール 30 mg,プロプラノロール30 mg 内服を開始し甲状腺機能は改善した.しかし,躁症状,易刺激性,幻覚妄想が顕著となり2011年5月医療保護入院となった.アリピプラゾール24 mgおよびリチウム400 mg内服を開始したが,幻覚・妄想症状が遷延し抗精神病薬の調節を要した.甲状腺機能改善に遅れ,2011年7月に精神症状は改善し退院.退院後はメチマゾール10 mg内服で甲状腺機能は正常化を維持し,抗精神病薬内服は中止できた.バセドウ病では気分や活動性の変化などの気分障害が多いが,本例のように幻覚妄想など本格的な精神症状が主徴となり入院加療まで要した報告は少ない.バセドウ病に伴う症状精神病では精神症状が遷延する可能性があり,精神科専門医との綿密な連携が重要である.
著者
太田 一昭
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.213-224, 1989-06-01 (Released:2017-04-11)

新歴史主義批評の基本的な前提と視点についてまとめてみた. 新歴史主義は, 文化あるいはテクストの統一を否定する. 新歴史主義は文学と歴史の二項対立的区分を拒否し, 歴史を, 安定した背景として文学テクストと対置しない. 文学も歴史の一部を構成し, 非文学テクストあるいは他の文化的実践と相互に浸透し, それらのコンテクストになりうると考える. 新歴史主義批評は, テクストを権力関係との係わりという点から分析することに深い関心をもつ. 文学研究の新しい歴史化とは, 新しい政治批評であるとも言える. この批評の政治性は, 特にイギリスのマルクス主義的唯物論派の人々に顕著である. アメリカの新歴史主義者は, 自己の批評活動の政治性を抑圧する傾向がある. 新歴史主義の批評方法にはさまざまの困難や問題点が見出されるけれども, それが最も刺激的で大きな可能性をもった現代の批評方法の一つであることは確かである.
著者
大田 俊行
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.189-200, 2000-06-01 (Released:2017-04-11)
被引用文献数
6 1

フェリチンは鉄貯蔵蛋白であり, 血清フェリチンは生体内の鉄貯蔵量を反映することから鉄欠乏や鉄の過剰状態の把握に使われてきた. つまり, 鉄欠乏性貧血では血清フェリチンは減少し, 鉄過剰状態になると増加する. しかし, 貯蔵鉄の増加を反映しない高フェリチン血症が種々の炎症性疾患および悪性腫瘍に見出されている. これらの疾患において, 血清フェリチン増加のメカニズムが解析され, いくつかの炎症性サイトカインおよび一酸化窒素の関与が指摘されてきている. さらに, フェリチンサブユニットの解析やCon-A結合フェリチンの割合が疾患によって異なるといった分子学的研究が進んでいる. このような血清フェリチン高値の臨床的意義の解明がなされつつあるが, 高フェリチン血症は単なる結果をみているのではなく, 種々の反応を通して積極的に病態形成に関与する可能性があり, さらなる研究が必要である.
著者
黒住 旭 岡田 洋右 西田 啓子 山本 直 森 博子 新生 忠司 田中 良哉
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.34, no.4, pp.353-361, 2012-12-01 (Released:2013-02-28)
参考文献数
20

症例は49歳男性.43歳時より動作時に動悸,冷汗,虚脱感が突然生じるようになり,低血糖発作(血糖50~60 mg/dl)を疑われ当科紹介.75 g経口糖負荷試験で5時間後に血糖56 mg/dlまで低下したが,無治療で血糖は回復.48時間絶食試験終了直前,排尿後の立位時に気分不良となり冷汗,頻呼吸を生じた.その際装着していたホルター心電図で140台の洞性頻脈を認めた.頻脈は日中活動時のみ出現し,起立時に再現性がありhead-up tilt試験を施行.起立時に血圧低下なしに心拍数上昇を認め,経過から体位性起立頻脈症候群の可能性が高いと判断した.β遮断薬開始後に発作は出現せず,1ヵ月後に再検したhead-up tilt試験では起立時の心拍数増加も消失を認めた.一般的に体位性起立頻脈症候群は洞性頻脈,不適切洞性頻脈,洞房結節リエントリー性頻拍といった頻脈性不整脈や神経調節性失神との鑑別が困難なことも多いが,本症例においては低血糖発作との鑑別として考慮すべき疾患と考えたため報告する.
著者
織茂 弘志 山元 修 小林 美和 安田 浩
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.69-75, 2001-03-01 (Released:2017-04-11)
被引用文献数
2 2

平成12年6月, 当教室では強酸による化学熱傷を2例経験した. 症例1は44歳の男性. 化学工場勤務中, 防護マスクをしていたにもかかわらず, その隙間より硝酸が侵入し, 顔面に化学熱傷を受傷した. また, 作業衣を通して右上腕から肩甲部および両下腿から大腿前面にも被酸した. 症例2は26歳の男性. 化学工場勤務中, 濃硫酸を両前腕部に浴び, Ⅱ度の化学熱傷を受傷した. いずれの例も酸をホースにより充填している作業中に, 不慮の事故で酸に曝露している. 両者ともマニュアルどおり15分以上の洗浄をし, 重大な機能障害を残すことなく軽快したが, 一部深達性の損傷部位も認めた. さらなる安全対策のために, 産業医学的側面より検討を行った. 今回の曝露事故を教訓として, 作業に関して次の3つの改善点をあげた. 1)作業中の油断, 特にベテランに多い慣れに伴う強酸の危険性の軽視に対しては, 再教育あるいは啓蒙活動が必要である. 2)主な受傷部位以外にも, 被酸部位の見逃しの可能性があることに対しては, 保護衣を脱ぎ, 全身シャワーを浴びることを勧めた. 3)保護マスクをしていたにもかかわらず曝露したことに対しては, 保護マスクの改良を提案した. また, 強酸曝露時の黄色痂皮を診たときは, 過小評価することなく, 深達性潰瘍の存在を念頭におくべきであることを反省した. 事故防止のため, より質の高い安全対策が望まれる.
著者
松浦 祐介 川越 俊典 土岐 尚之 蜂須賀 徹 柏村 正道
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.31, no.2, pp.181-193, 2009-06-01 (Released:2017-04-11)
被引用文献数
3 3

細胞診による子宮頸がん検診はその有効性を証明する十分な証拠があるにもかかわらず. 日本のがん検診受診率は他の先進諸国と比較して格段に低い. 順調に低下してきた死亡率もここ数年上昇傾向にある. 子宮頸癌の発生にはヒトパピローマウイルス(HPV)が関与していることが明らかであり, 性意識の変革や性行動の多様化により若年層で子宮頸癌の発症率が特に増加していることは大きな社会的問題である. 細胞診による子宮がん検診には約10%の偽陰性率がありなかでも頸部腺癌症例に偽陰性が多い. 細胞診のみによるがん検診には限界があるため, わが国でもがん検診の精度を上げる目的で液状検体(liquid-based cytology: LBC)を使用したり, 細胞診検査にHPV検査を導入する動きがある. 細胞診によるがん検診は様々な問題を抱えているが, 子宮頸癌による死亡率を減らすためには国・地方自治体・医療機関・企業・教育の現場などが現状を正確に理解し, それぞれが課題に対して積極的に取り組む姿勢が必要である.
著者
松田 晋哉 村田 洋
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
産業医大誌 (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.151-164, 1996
被引用文献数
1 1

わが国の民間病院の経営状況を知る目的で, 社会福祉・医療事業団の資料をもとに, 同事業団が貸付を行った民間病院の財務分析を行った. その結果, わが国の民間病院の経営状況は, 成長性, 効率性は低いレベルでの定常状態にあるが, 経営状況は比較的安定していると考えられた. しかし、費用の効果性が伸び悩むとともに, 収益性が悪化しており, 特に資本の回転率が低い, すなわち投下資本に無駄が生じてきていることが明らかとなった. 損益分岐点分析でもこの点は明らかであり, 近年損益分岐点比率は上昇(すなわち, 経営安全率は減少)しており, 何らかの短期的変動要因で医業収益が5%低下すると平均値以下の民間病院は赤字転落するという厳しい経営状況の実態が明らかとなった.
著者
澤田 雄宇 中村 元信
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.40, no.1, pp.77-82, 2018-03-01 (Released:2018-03-19)
参考文献数
26

皮膚は生体の最外層に存在する生体外と生体内を区分する重要な臓器であり,外的刺激からのバリア機能を主とした生体防御機構として働いている.食事や運動,睡眠などをはじめとした日々の生活習慣は,人が生きる上で欠くことのできない行動であるが,近年の報告では,この生活習慣が皮膚疾患と密に関連していることが報告されている.生活習慣と皮膚疾患とのかかわりについては,疫学的な調査を皮切りに,さまざまなアプローチでその病態に及ぼす影響が検討されてきた.皮膚科領域において,炎症性皮膚疾患の代表的なものとして乾癬があげられる.乾癬は特に生活習慣と密に関連しており,食事,睡眠,喫煙,飲酒などさまざまな因子から影響を受けている.乾癬の病態としてinterleukin (IL)-23/IL-17 axisを代表としたカスケードが重要であるが,日々の生活習慣はその病態に影響を与える可能性が考えられている.本総説では,日々の生活習慣がいかに乾癬の病態に関与しているかについて,疫学調査から具体的にメカニズム解析を行った研究を交えて報告する.
著者
阿南 あゆみ 山口 雅子
出版者
学校法人 産業医科大学
雑誌
Journal of UOEH (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.73-85, 2007-03-01 (Released:2017-04-11)

親が子供の障害を受容して行く過程に関する文献的検討を行った結果, 障害の診断を受けてから, 親の心の軌跡に焦点を当てた段階説と慢性的悲哀説の2説が報告されている. 段階説の概略は, 親が子供の障害を受容して行く過程は長期に渡り紆余曲折があるが, いずれは必ず障害のある我が子を受容するに至るとする説である. 一方慢性的悲哀説は, 親の悲しみは子供が生きている限り永遠に続き, 子供の成長に伴う転換期において繰り返し経験され続け, 悲しみに終わりはないとする説である. さらにわが国においては, 2説を包括する形の障害受容モデルもあり, 研究者による分析方法や解釈の仕方に違いが見られる. 障害を持つ子供の支援に携わる医療者は, 主たる養育者である親が子供の障害を受容して行く過程を理解し, さらに2説の枠組みだけではなく親の養育体験全体を捉えることが必要であり, 今後さらなる体系的研究が望まれる.