著者
井上 武夫
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.51, no.2, pp.111-116, 2000-03-31

ベアティフィカアグリアスの後翅裏面には黒色斑が列をなし,外縁から第2列目の黒色斑は円形で内部に白色または青色の小斑点をともない,眼とひとみに例えられている.第2室から7室までの眼状紋には1個,1b室の眼状紋には2個の白色斑点が通常認められる.眼状紋の大きさは各個体では7個がほぼ同じであるが,亜種間では異なり,ベアータ亜種とスタウディンゲリ亜種は小さく,ベアティフィカ亜種とストゥアルティ亜種では大きい.白や青の小斑点をもたない極めて小さな眼状紋をペルー産4頭の雄に認めたので報告する.写真1-4は1996年7月15日にサティポ近郊のシャンキで採集された雄で,後翅赤色斑は基部に限られ,典型的なベアータ亜種である.7個の眼状紋はかなり小さいが,1b室と2室の眼状紋は特に小さい.ベアータ亜種では1b室の眼状紋が2個に分離している個体を半数に認めるが,この個体では一個の黒点しか認めない.拡大写真では左右の1b室眼状紋の辺縁に白色鱗粉が認められるが,中心部には認めない.第2室の眼状紋は7個の中では最も小さい.右側の拡大写真では黒線が交差しているだけで,円とは遠くかけはなれた形状をしている.左側のは虫が描かれたようで,円形とは言い難い形状をしている.写真5-8は1996年8月5日にチャンチャマーヨ(中部ジャングル地帯)コロラド河流域で採集された雄で,後翅赤色斑は基部に限られ,典型的なベアータ亜種である.7個の眼状紋はかなり小さいが,2,4,6室の眼状紋は特に小さい.1b室の眼状紋は2個に分離しており各々に青色小斑を認める.第2室の眼状紋は7個の中では最も小さい.右側の拡大写真では2-4室の眼状紋の辺縁に白色鱗粉が認められるが,中心部には白も青も認めない.左側の2室眼状紋には白の小斑が中心近くに認められるが,4室の白色鱗粉は眼状紋の辺縁にのみ見られる.写真9-12は1994年2月4日にペバス近郊アンピヤック河流域で採集された雄で,後翅鮮紅色斑は第4列黒色斑の内側まで拡がり,中室には2個の黒色斑の痕跡が認められ,典型的なベアティフィカ亜種である.2-4室の眼状紋は他と比べ2分の1以下であり,ひとみを認めない.右側の拡大写真ではやや大きい2室の眼状紋中心に,少数の青色鱗粉からなるひとみが認められる.3,4室の眼状紋の辺縁には白色鱗粉が認められるが,中心部には白も青も認めない.左側では4室眼状紋中心近くに白と青の鱗粉各1個が認められる.2室と3室の眼状紋には白も青も認めない.写真13-16は1985年8月21日にイキトス近郊イタヤ河流域で採集された雄で,後翅黄色斑は第3列黒色斑の内側まで拡がり,中室には黒色斑の痕跡が認められず,典型的なストゥアルティ亜種である.1b室の眼状紋は他と比べ3分の1以下であり,ひとみを1個しか認めない.右側の拡大写真では1b室の眼状紋は中央部でくびれ,外則部分には青色鱗粉に縁どられた白小斑が認められ,内側部分にも青色鱗粉が1個認められる.左側では1b室眼状紋は中央でほぼ2個の眼状紋に2分され,外側眼状紋には青色鱗粉に縁どられた白小斑が認められる.内側眼状紋は外側の半分以下の大きさしかなく,中心部分には白も青も認めない.しかし,その下部には白の切れ込みがあり,その上に青の鱗粉1個が認められるところから,通常の眼状紋が中心線で上下に2分され,下部が消失したと推測できる.ベアティフィカアグリアスの7個の眼状紋の形状は亜種間ではかなり異なる.著者が所有する137頭のベアータ亜種,36頭のスタウディンゲリ亜種,195頭のベアティフィカ亜種,107頭のストゥアルティ亜種をカラー写真にして比較した.1b室の眼状紋が2個に分離している個体は,各々全体の54%,39%,4%,4%であった.1b室の2個のひとみが全く認められない個体の比率は各々8%,6%,0%,0%であった.1b室のひとみが1個しか認められない個体の割合は各々6%,8%,0%,1%であった.眼状紋の形状は前2亜種間,後2亜種間では類似しており,異常型の出現頻度も似通っていたことから,各々は同一グループに属すと考えられる.後2亜種グループでは肉眼的にひとみを認めない個体は稀であるが,報告した第3と第4の個体以外では,写真を拡大すると眼状紋の中心に青色小斑を認めた.また,このグループで1b室にひとみが1個しかない個体は報告した第4の個体以外になく,極めて稀な変異と考えられる.7個の眼状紋の大きさが個体内で大きく異なることは極めて稀である.ベアータ亜種,スタウディンゲリ亜種の2亜種では,産地によって眼状紋の大きさは異なるが,ベアティフィカ亜種,ストゥアルティ亜種の2亜種のものよりかなり小さい.報告した第1と第2の個体の最小眼状紋の大きさは大差ないが,第3,第4の個体の最小眼状紋に比しかなり小さいのは,亜種グループが異なるためである.報告した4頭は,7個の眼状紋のいくつかが極めて小さく,その中心部に白や青の鱗粉を認めない点で稀な変異体であり,亜種を越えてparvulaocelli var.nov.と命名した.
著者
柴田 洋昭 今福 道夫
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.60, no.4, pp.268-276, 2010-03-15

ツマグロヒョウモンArgyreus hyperbiusとミドリヒョウモンArgynnis paphiaの食草外産卵について調べた.母蝶による産卵場所は,食草およびそれ以外のものを含むケージの中で,卵の被食率は野外の自然条件下で調べた.ツマグロヒョウモンは,食草にも食草外にも産卵したが,石や枯れ葉よりは生きた植物に多く卵を生み,また食草近くに多く生む傾向を示した.ミドリヒョウモンは食草から離れたケージの上部に産卵した.ミドリヒョウモンの卵の被食率は地表付近で高かったことから,本種の高所への産卵習性は,地上捕食者から卵を守るために進化したものと思われた.一方,しばしば見られたマグロヒョウモンの食草外産卵については,被食回避や,産卵習性の移行の可能性を検討した.
著者
江田 慧子 中村 寛志
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3, pp.121-126, 2011-10-11
被引用文献数
2

ミヤマシジミの食草は在来のコマツナギであるが,近年中国産コマツナギが道路法面の緑化に使われるようになってきた.本研究では,ミヤマシジミ幼虫が中国産コマツナギを摂食して正常に成長するかどうかを確認し,その生存率と発育状態を在来コマツナギを食べた個体と比較した.孵化直後のミヤマシジミの幼虫を在来コマツナギ食43個体と中国産コマツナギ食65個体のグループに分け,25℃,16L:8Dの恒温器で成虫まで飼育した.♂の発育期間は♀より約2日ほど早かった.生存率,羽化不全率,発育期間に関しては,在来コマツナギ食と中国産コマツナギ食では差がみられなかった.蛹体重と前翅長の平均値は,在来コマツナギ食より中国産コマツナギ食の方が大きかった.これらの結果から,ミヤマシジミが中国産コマツナギを食草にする可能性を考察した.
著者
今野 清美
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
やどりが (ISSN:0513417X)
巻号頁・発行日
no.201, 2004-06-30
著者
宮田 彬
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.52, no.3, pp.115-121, 2001-06-30
参考文献数
6

筆者の知る限りでは,ヒメジャノメとヒメウラナミジャノメの「縄張り行動」に関する具体的な報告はない.「縄張り」と関係深い「一定の場所に滞在し見張る」,「同種個体あるいは異種のチョウを追跡する」などの行動は,ジャノメチョウ科に限らず多くの科でも観察されているが,当たり前の現象なのか意外に記録が少ない.そこで予報としてヒメジャノメとヒメウラナミジャノメについて観察した事実を記録し,チョウ類同好者の注意を喚起したい.観察場所は,大分市富士見ヶ丘の自宅の庭とその付近である.ヒメジャノメM-1個体:2000年7月27日-8月1日まで,B地点の数本のベニカナメモチが植わったやや暗い一角に本種の雄がおり,早朝,いつも高さ約1mあたりから飛び出した.夜はその辺りで眠ったらしい.8月1日,捕えマークした(M-1).その雄は8月5日まで5日間毎日同じ場所に出現したが,その日から8月8日まで留守をし,帰宅後は見られなかった.マーク前の7月27日から31日まで見られた個体も同一個体と思われ,それはベニカナメモチの垣根を中心に直径約2-3mほどの狭い「縄張り」を10日間も占拠していた.その間,同種または異種のチョウとの関係は観察出来なかった.ヒメジャノメM-2とM-3:8月8日以来,新鮮な雄がBの外側の隣家のヤマモモの木陰付近を占拠していた.8月12日,早朝,Bに来たので,捕らえマークした(M-2).翌日の朝,M-2はAのアラカシの高さ160-170cmの葉上にいた.午前8時30分,そこから2mほど南のAのブルーベリーの葉上に別の新鮮な雄(M-3)がいた.その時,M-2の所在は分からなかった.午後6時50分,M-2が突然Eの池の縁に現れ,やがて東側のアジサイの茂みに姿を消した.その後,両個体とも二度と見られなかった.マーク前の8月8日から11日まで4日間見られた雄と,M-2は同一個体らしい.8月13日に縄張り外のAやEに姿を見せたのは,別の雄M-3がAに現れたことと関係があるかも知れない.ヒメウラナミジャノメの場合:8月27日からDのアベリアの垣根で毎日見かけた雌と同一と思われる個体が,30-31日,アベリアの高さ60cmの下草で翅を閉じぶら下がり眠っていた.その雌はマーク後もDの狭い場所に留まり,9月2日まで見られ,縄張り内のキク科植物の花をよく吸蜜し,また時々ガクアジサイの葉上で翅を半開きにして静止していた.この個体も同種の他個体または異種と接触する場面は観察出来なかった.
著者
高橋 真弓 カイムーク エカチェリーナL.
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.48, no.3, pp.153-170, 1997-08-30
参考文献数
18

自然環境と蝶類東シベリアのヤクート地方の自然環境はきわめて厳しく,その中心都市ヤクーツク市の気温は,1月平均-41.2℃,7月平均18.7℃,月別平均気温の年較差は実に59.9℃に達する.とくに東部の山間地スンタル・ハヤタなどでは冬の最低気温が-60℃に達することもあるという.このような極寒地にもなお多くの蝶類が生息することには驚きを禁じえない.ヤクート地方の植生は,主としてグイマツLarix dahurica(落葉針葉樹)からなる比較的明るいタイガであり,概して樹木の成長が悪く,樹幹もあまり太くならない.林の切れたところにはツンドラ(寒地荒原)や乾性草原が見られ,地下数十cm以下は夏でも解氷せず,永久凍土となっている.蝶類の大部分は年1化性の寒地性の種で,環北極種や東シベリア固有のものも多い.またヒオドシチョウ,シータテハ,オオイチモンジのような少数の純森林性の種も見られるが,大部分はツンドラや乾性草原にすむ広義の草原性蝶類である.ヤクート地方の低地帯の雪解けは5月にはほぼ終わる.5月下旬からクモマツマキチョウ,ミドリコツバメ,アサヒヒョウモンなどが現われて蝶の活動期に入り,6月下旬の夏至のころから約3週間ぐらいがその頂点となる.7月下旬には種類数・個体数を減じ,"秋の蝶"の季節となり,6月の蝶と顔ぶれがすっかり入れかわってしまう.このリストにあげた90種のうち,日本との共通種は31種で,この中にはウスバキチョウ,ミヤマモンキチョウなどの日本の"高山蝶"が9種含まれているが,キアゲハ,モンシロチョウ,ツバメシジミなど平地にも多い種が含まれていることは注目される.また同じ種でも,ヤクート地方の蝶は,夏の長い日長,夏のかなりの高温,長い越冬期における極度の低温など日本の高山地帯とは大きく異なった自然環境のもとで生活しており,これらの蝶の生活は,種の存在のしかたについての興味深い問題を投げかけている.二,三の種の分類についてこのリストにあげた90種の蝶の分類は,主として最近ロシアから出版されたTuzov(1993)およびKorshunov&Gorbunov(1995)による分類にもとづいている.しかし東シベリアの蝶の分類は全体として現在研究の途上にあり,今後多くの命名上の変更が行われるものと思われる.つぎにこの報文でとくに分類上問題となる種についてコメントしておきたい.14a-b.Pieris bryoniae(Hubner,1791)ヤマスジグロチョウTuzov(1993)およびKorshunov&Gorbunov(1995)にしたがい,とりあえずヤクート地方で採集されたものをP.bryoniaeとして扱い,東部のスンタル・ハヤタで採集されたものを亜種schintlmeisteri(Fig.12),その他の地方のものを亜種vitimensis(Figs 10,11)とした.シベリアにおけるP.bryoniaeとP.napiの関係については未解決の問題が多く,今後の形態,生態,雑種などに関する詳細な研究が期待される.24.Lycaeides idas verchojanicus(Kurentzov,1970)タイリクミヤマシジミ(新称)Kurentzov(1970)はverchojanicusをヒメシジミ"Lycaena argus"の一亜種としたが,ここで扱う材料の♂交尾器の特徴(とくにvalva先端やjuxtaの形状)(Figs 3D,H)や,前肢と中肢脛節の長い刺状突起を欠くことから,これは明らかにヒメシジミではない.♂交尾器の全般的特徴(Higgins,1975)や翅斑から,verchojanicusは,ユーラシア大陸からアラスカにかけて広く分布するLycaeides idasの一亜種である可能性が大きい.Korshunov&Gorbunov(1995)はこのverchojanicusをL.tancreiの一亜種としているが,ここで扱う個体は,すくなくとも翅斑に関するかぎり,Kurentzov(1970)がカラーで図示したL.tancreiとは著しく異なったものである.いずれにしても今後シベリアにおけるverchojanicusとtancreiとの関係に関する詳しい研究が期待される.なお,verchojanicusはヤクート地方においてミヤマシジミL.argyrognomon jakuticaと混飛していることが多く,両者は明らかに近縁の別種である.両者の分布範囲を考慮して,L.idasに対してタイリクミヤマシジミの和名を用いることにしたい.39.Clossiana dulkeiti(Kurentzov,1970)マガダンヒョウモン(新称)スンタル・ハヤタで採集された1♂を,交尾器の特徴により,Kurentzov(1970)にもとづいて,C.dulkeitiと同定した.またこの個体の翅斑の特徴は,ウラジヴァストーク市のロシア科学アカデミー極東支所の生物学・土壌学研究所に保存されるタイプ標本の特徴ともよく一致する.本種では♂交尾器valvaのcosta先端の突起が細長く伸びて,その先端部の膨らみが弱く(Fig.5C),その形状は近縁のC.erdaヤクートヒョウモン(新称)やC.distinctaチュコトヒョウモン(新称)と明らかに異なる.C.erdaでは突起の柄が短く,その先端の膨らみが著しく(Fig.6C),またC.distinctaではその先端部が顕著な足形になっている(Kurentzov,1970;高橋,印刷中).また,本種ではvalvaのharpe先端部が少しくびれているのも特徴で(Fig.5D),C.erdaやC.distinctaではこのようなくびれが見られない.Tuzov(1993)はC.dulkeitiをC.distinctaの亜種とし,Korshunov&Gorbunov(1995)は,これをC.erdaの亜種としているが,上記の理由により,Kurentzov(1970)にしたがって,これを独立種として扱いたい.本種はヤクート地方の東方に接するマガダン州のコルィマ山脈のオムスクチャン連峰とマダウンスキエ裸峰から知られ,その分布範囲はマガダン州からヤクート東部にかけての一帯とみられ,その分布範囲をもとに,マガダンヒョウモンの和名を用いることにする.
著者
五十嵐 邁
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
やどりが (ISSN:0513417X)
巻号頁・発行日
no.56, 1968-12-20
著者
北 杜夫
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
やどりが (ISSN:0513417X)
巻号頁・発行日
no.25, pp.1-4, 1961-05-15

2 0 0 0 OA 谿間にて(II)2

著者
北 杜夫
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
やどりが (ISSN:0513417X)
巻号頁・発行日
no.24, pp.1-7, 1960-12-25

2 0 0 0 OA 谿間にて(II)1

著者
北 杜夫
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
やどりが (ISSN:0513417X)
巻号頁・発行日
no.23, pp.3-9, 1960-10-01
著者
小林 隆人 稲泉 三丸
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.20-30, 2003-01-10

オオムラサキの幼虫の越冬期の死亡率とその要因を明らかにする試みの一つとして,栃木県真岡市において1999年11月下旬から2000年3月末にかけて以下の実験を行った.幼虫が越冬している林床の枯葉に,天敵の捕食活動を防止するための1mm,5mm,40mmメッシュのネットを地表に被せた区,風などの物理的要因による枯葉の移動を防ぐために枯葉に重りをつけた区,および無処理区を設けた.いずれの区においても死亡個体数は11月下旬から12月末までは少なかったが,越年後の1-2月には増加した.調査終了時のこれら5つの試験区での幼虫の生存率は64-70%で,全ての調査日において試験区間の生存率の差は有意でなかった.ペンキで標識を付けた枯葉に,越冬幼虫1個体,2個体,3個体に相当する重りをつけ,11月下旬に林床に設置し,翌年3月に再確認したところ,枯葉はすべて設置した地点から見つかった.調査期間中の真岡市における最低気温は-9.3℃,12月の最低気温は-8℃であった.越冬期前半(12月)の越冬幼虫を室温5℃から-5,-10℃まで徐々に低下させた条件,あるいは急激に低下させた条件に置いた場合の生存率はいずれも90%以上の高い値を示し,処理間で有意な差はなかった.幼虫が越冬する枯葉に対する給水頻度を実験的に変えたところ,毎日,4日に1度,7日に1度,15日に1度の間隔で給水した区での幼虫の生存率は高い値を維持したが,30日に1度の給水区,および全く給水しなかった区では,3月初めより他の区に比べ有意に低くなった.野外において幼虫の死亡率を調べた期間において1日当たり10mmを越える降水があった日は1月上旬と3月中-下旬に限られ,20日以上の間降水がない期間が3回あった.以上の結果から,越冬期に捕食者によって死亡するオオムラサキ幼虫の個体数,枯葉の移動による幼虫の消失数は少なく,低温による死亡数も越冬期前半に関しては少ないと考えられた.本種幼虫の越冬期の死亡要因の1つとして枯葉に対する給水頻度が働いている可能性が示唆された.
著者
田下 昌志
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.52-62, 2009-01-10
被引用文献数
2

筆者は,2005年5月から2006年4月にかけて長野市の郊外でクヌギが主要植生となっている里山のうちから,長野市松代地区と同市新諏訪地区の2箇所で,人間の活動と里山のチョウ類の多様性との関係を調べるため,ラインセンサス法によりチョウの種と個体数を数えるモニタリング調査を実施した.調査地のうち松代地区は,森林の施業が行われており,現在でも多くの里山昆虫が見られる地区で,一方の新諏訪地区は,かつては豊かなチョウ相を示したが,現在は,森林化が進みチョウ影をあまり見かけなくなった地区である.その結果は,松代地区で39種541.00個体,新諏訪地区で32種379.00個体を観察した.種多様度を示すH'や1-λは,松代地区より新諏訪地区で高い値を示した.これは,松代地区では,オオムラサキやジャノメチョウの個体数で全観察個体数の約50%を占め,特定の種が突出したためである.人為的な管理が行われている里山は,特定の種にとって特に生息に適する環境を生み出しているほか,森林でありながらジャノメチョウの様な草原性の種を産するなど,人為に伴う攪乱により,種数は多いものの種の均衡性の乏しい環境を生み出していた.過去における松本市および長野市の平地部でのラインセンサス結果をもとに,人為による攪乱度(HI指数)と種多様性(H')を比較すると,人為の適度な干渉のもとで最大の種(チョウ群集)多様性が生み出されることが示された.
著者
MURAYAMA SHU-ITI OKAMURA HACHIRO
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.10-25, 1973-07-01

われわれは1972年4月1日より8日までの短期間,フィリピンのルソン島各地で採集を行い,確実な目撃種4種を含めて計129種五百数十頭の蝶類を得た.おもな採集地はSanto Thomas(2日,5日), Ashin(3日,4日,6日), Tagaytay(1日), Atimonan(8日), Baguio(7日)Manila近郊低地(8日)等である.4月は同地で一年中最も暑い時期にあたり,同月下旬よりは雨期に入る.アゲハチョウ科全体としては,ひとつの発生期の山をすぎた感があったが,ミスヂチョウ類やシジミチョウ類には好時期とみえ,短期間の割に成果を収めえた.岡村にとっては今回は第2回目のルソン島採集であった.129種のうち,新種と思われるもの2種,新亜種と思われるもの7種のほか,未記録種と覚しきもの若千あり,なお学名の決定に研究の余地あるものが少くない.また岡村はAshin, BaguioにおいてPapilio rumanzovia, P. hydaspes, P. ledebouriaの採卵を行い,阿江茂博士に托して飼育・羽化に成功をみたが,P. benguetana 1♀は同氏よりのお知らせによると,2個産卵したうち1卵のみ孵化し第5令に達したが惜しくも死亡したということであった.学名の前に*記を付したものは目撃種,また和名の後に*印を付したものは今回新しくつけられたものである.掲載の写真は従来図示されることの少なかった,あるいは全く図示されたことのない種,亜種または性を選んだ.
著者
井上 武夫 新井 久保
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.48, no.4, pp.207-213, 1997-11-30

黄色と赤色はベアータアグリアス裏面の基本色ではあるが,ペルー産の表面に現われることは稀であり,後翅前縁第7室に黄色斑をともなうA.b.stuarti var.fulvescens Rebillardが唯一記載されているにすぎない.著者らは1984年以来ペルー国内で500頭以上のベアータアグリアスを収集してきたが,雌1頭,雄7頭の前翅前縁に黄色または赤色紋を認めた.写真1,2は1987年9月22日にイキトスで採集された雌で,前翅前縁と第12翅脈との間の第12室,および第11,12翅脈間の第11室に黄褐色紋が認められる.拡大写真では多数の黄褐色鱗粉が第11,12室に認められ,中室にも広く散見される.また,第10翅脈上にも少数認められる.写真17はその裏面であり,後翅基部の黄褐色斑は大きくA.b.stuarti f.micaela(Biedermann)と同定できる.写真3,4は1986年8月3日にイキトスで採集された雄で,前翅前縁第11室に黄褐色紋が認められる.拡大写真では多数の黄褐色鱗粉が第11室に認められ,第10,12室と中室,および第10翅脈上にも認められる.写真18はその裏面であり,後翅基部の黄褐色斑は大きくA.b.stuarti f.micaelaと同定できる.写真5,6は1987年1月31日にイキトスで採集された雄で,前翅前縁基部に黄褐色紋が認められる.拡大写真では多数の黄褐色鱗粉が第12室基部に認められ,少数は第11室,および第12翅脈上にも認められる.写真19はその裏面であり,後翅基部の黄褐色斑は大きくA.b.stuarti f.micaelaと同定できる.写真7,8は1993年8月にイキトスで採集された雄で,前翅前縁第11,12翅脈が黄褐色になっている.拡大写真では多数の黄褐色鱗粉が第11,12翅脈上に認められ,第9,10翅脈上にも散見される.また,前縁と第12室基部にも多数認められる.写真20はその裏面であり,後翅基部の黄褐色斑は大きくA.b.stuarti f.micaelaと同定できる.写真9,10は1993年9月にヤバリ河で採集された雄で,前翅前縁基部に黄褐色紋が認められる.拡大写真では多数の黄褐色鱗粉が第11,12室基部,および第11,12翅脈上に認められる.写真21はその裏面であり,後翅基部の黄褐色斑は大きくA.b.stuarti f.micaelaと同定できる.写真11,12は1991年11月13日にペバスで採集された雄で,前翅前縁基部に赤色紋が認められる.拡大写真では多数の赤色鱗粉が前縁と第12翅脈上基部に認められ,少数は第11,12室にも認められる.第11,12室には青色鱗粉も認められる.写真22はその裏面であり,後翅基部の鮮紅色は大きく,中室内に退色した黒色斑を認め,A.b.beatifica var.incarnata Michaelと同定できる.写真13,14は1996年10月1日にアタラヤで採集された雄で,前翅前縁第11室に赤色紋が認められる.拡大写真では多数の赤色鱗粉が第11室に認められ,第10,12室と中室にも認められる.第11室基部には青色鱗粉が認められる.写真23はその裏面であり,後翅基部の赤色斑は中室基部まで拡がっておりA.b.beata f.staudingeri Michaelと同定できる.写真15,16は1996年9月5日にサティポで採集された雄で,前翅前縁第11室に赤色紋が認められる.拡大写真では多数の赤色鱗粉が第11室に認められ,第10,12室と中室にも認められる.第11室基部には青色鱗粉が認められる.写真24はその裏面であり,後翅基部の赤色斑は小さくA.b.beata Staudingerと同定できる.以上,ペルー産ベアータの5変異体のうちA.b.beata f.pherenice Fruhstorferを除く4変異体の前翅前縁に黄色または赤色紋を認めた.ブラジル産のA.b.hewitsonius Batesには前翅前縁に大きな黄色斑が出現することは周知の事実であるが,ペルー産では知られていなかった.A.phalcidon fournierae var.viola Fasslを連想して,著者らはこれら8頭をpseudoviolaと呼んでいる.
著者
柳田 慶浩 中島 秀雄
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.63-78, 1999-03-30 (Released:2017-08-10)
参考文献数
16
被引用文献数
2

The moth fauna of the Ogasawara (Bonin) Islands was surveyed from March 22 to March 29, 1998 on Chichi-jima I., Haha-jima I. and Ani-jima I. A total of 101 species including 12 unrecorded species is listed.
著者
四方 圭一郎
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
やどりが (ISSN:0513417X)
巻号頁・発行日
vol.2011, no.228, pp.8-14, 2011-04-30 (Released:2017-08-19)
参考文献数
1
著者
山本 毅也
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.68, no.3-4, pp.104-111, 2017-12-31 (Released:2018-03-25)
参考文献数
7
被引用文献数
2

Besides the red (normal) and white color forms of the hind wing anal angle spots in Sasakia charonda, there exists the pink color form. Through test crosses by the hand pairing method, this study demonstrates that the red and pink forms occur from different alleles of an autosomal gene, the former being dominant and the latter recessive. White and pink color forms are in incomplete dominance and the color of the hind wing anal spots in the F1 generation shows a color cline between white and pink.