著者
塚原 東吾
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.27-39, 2018

<p> 日本のSTSは,公害問題についての宇井純や原田正純,もしくは反原発運動の高木仁三郎らの系譜を受け継ぐという想定があるが,これはある種の思い込みに終わっているのかもしれない.実際,日本のSTS は今や体制や制度への批判ではなく,科学技術と社会の界面をスムースに接合させる機能を自ら担っている.そのため本稿では,日本のSTSで"科学批判"と呼ばれる潮流の衰退が進んでいる現状について,まずはおおまかな図式を示してみる.</p><p> またこの変容を考えるため金森修の所論を,戦後日本の科学批判の歴史にそって検討する.さらに日本でSTSの出現に至った2 つの重要な潮流,すなわち一つ目は廣重徹に濫觴を持ち中山茂が本格展開した思潮(この流れは80 年代に吉岡斉を生み出す)と同時に,村上陽一郎のパラダイムがある種の転換(「村上ターン」)を迎えたことが,戦後科学論の分岐点として,STSを制度化の背景になっていたことを論じる.</p>
著者
八巻 俊憲
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.81-95, 2016-05-30 (Released:2023-09-11)
参考文献数
33

Concerning to the severe accident of the Tokyo Electric Power Company's Fukushima Daiichi Nuclear Power Station, characteristics of the damages and risk communication emerged by the accident are reported from the point of view of a resident in Fukushima. Information and communication about the ongoing crisis have been quite insubstantial and insecure, while the residents have tried to tackle the matters under the circumstance of each. Under the uncertain information about the radiation risk, large perception gaps are laid between the government or expertise and the residents. As the peculiarities accompanying the scales of the nuclear severe accident are clarified, usefulness of some STS theories has been reevaluated about the science transfigured after 1970's. Recognizing the emergence of the Beck's “Risk Society”, safety oriented society and the new rolls of expertise are expected.
著者
一方井 祐子
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.33-45, 2020-04-30 (Released:2021-04-30)
参考文献数
32

欧米等を中心に,シチズンサイエンスが盛り上がりを見せている.シチズンサイエンスとは,研究者等の専門家と市民が協力して行う市民参加型のプロジェクトである.シチズンサイエンスの活動は古くから行われてきた.しかし近年,インターネットやスマートフォンを使って参加する新しいシチズンサイエンス(オンライン・シチズンサイエンス)が始まり,プロジェクトの多様性が広がっている.日本でもいくつかの萌芽的なプロジェクトが成果を出し始めた.一方で,既存のアカデミアの枠組みの中でプロジェクトを実施する際の課題も徐々に明らかになってきた.本稿では,オンライン・シチズンサイエンス登場の背景を述べるとともに,日本の事例を取り上げ,その内容と課題を整理する.
著者
一方井 祐子 井上 敦 南崎 梓 加納 圭 マッカイ ユアン 横山 広美
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.79-95, 2021-05-20 (Released:2022-05-21)
参考文献数
27
被引用文献数
1

世界的に見てSTEM分野を学ぶ女性の割合は低いが,その原因についてはよく分かっていない.本研究では,STEM分野に必要とされる7つの能力のジェンダーイメージの有無,およびこれらの能力がSTEMの6分野でどの程度求められるイメージがあるかを調べた.日本とイギリスでオンライン調査を実施した結果,日本とイギリスともに,「論理的思考力」と「計算能力」で男性的イメージが強く,「社会のニーズをとらえる能力」で女性イメージが強かった.分野別の能力については,日本とイギリスともに,物理学と数学で「計算能力」のイメージが強く,生物学では「豊富な知識量」のイメージが強かった.これらの結果は,各分野に特徴的な能力のイメージが国の違いを越えて見られる強固なイメージであることを示すものである.
著者
花岡 龍毅
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.68-78, 2019-04-20 (Released:2020-04-20)
参考文献数
19

医療費が増加するのは高齢者が増えるからであるという一般に流布している見解が誤りであることは,医療経済学においては,ごく初歩的な常識である.本稿の課題は,こうした誤った認識の根底にある思想を「高齢者差別主義」と捉えた上で,こうした一種の「生物学主義」が浸透している社会の特質を,フーコーの「生政治」の思想を援用しながら検討することである. 生権力は,もともと一体であるはずの集団を,人種などの生物学的指標によって分断する.年齢などの指標によって高齢者と若年者とに分断する「高齢者差別主義」もまた生権力の機能であるとするならば,そして,もしこうした仮説が正しいなら,フーコーの指摘は現代の日本社会にも当てはまる可能性がある.フーコーが私たちに教えてくれているのは,生権力のテクノロジーである生政治が浸透している社会は,最悪の場合には自滅にまでいたりうる不安定なものであるということである.
著者
田井中 雅人
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.57-70, 2022-07-10 (Released:2023-07-10)
参考文献数
34

『放射線被曝の歴史』を著した神戸大教授・中川保雄(1943-91)は,広島・長崎への原爆攻撃による「効果」を調査したアメリカ軍合同調査委員会と原爆傷害調査委員会(ABCC)が,爆心地から2キロ以遠の様々な症例を被曝の急性症状から切り捨てるなど,恣意的な基準をつくって放射線被害の過小評価を定着させたことを突き止め,それはアメリカの原爆投下を正当化するためだったと論じた. 「マンハッタン計画」にあたった科学者たちは,「耐容線量」に替えて「許容線量」の概念を打ち出し,遺伝学者の懸念や世界的な反核世論を抑え込んだ. 放射線被曝防護をめぐる「国際的基準」について,中川は「核・原子力開発のためにヒバクを強制する側が,それを強制される側に,ヒバクがやむをえないもので,我慢して受忍すべきものと思わせるために,科学的装いを凝らして作った社会的基準であり,原子力開発の推進策を政治的・経済的に支える行政的手段なのである」と看破していた.福島原発事故後もそうした基準の押しつけが続いており,中川の研究の今日的意義が再評価されるべきである.
著者
中村 征樹
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.31-43, 2008-06-30 (Released:2021-08-01)
被引用文献数
2

Science Cafés are one of the most prominent activities among a wide variety of science communication initiatives in Japan. In the past few years, they have spread throughout the country widely, and gained exceptional public acknowledgement as such an enterprise. The characteristics of Japanese science cafés lie in the great diversity of styles and organizers. Such diversity may be a result of challenges to adapt the European origin science cafés to a Japanese culture. In this paper, the scope and challenge of Japanese science cafés are examined by comparison to their pioneers. Science Cafés were born in France and in the United Kingdom around 1997. Although their styles and aims are different among both, a high priority is placed on the discussion in common, and plural standpoints are strongly emphasized. Such an emphasis on "public dialogue" can find its roots in the global change of the relation between science and society. Science cafés do not only bring about a new "mode" to talk about science, but also they cultivate a new relationship between science and society. For the future of Japanese science cafés, such aspects of "public dialogue" are worth serious consideration.
著者
中田 はる佳
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.161-176, 2020-04-30 (Released:2021-04-30)
参考文献数
46
被引用文献数
1

未承認薬利用制度を積極的に導入してきた米国で,Right to try( RTT)連邦法が成立した.本法下では,FDAなどの審査を経ずに,患者が製薬企業に未承認薬利用を要望できる.患者の治療選択肢が拡大したように思える一方,患者の身体・生命の保護が不十分との指摘や,未承認薬利用の費用補助について定めがなく,患者が未承認薬を「試す権利」の保護が不十分という指摘がある.患者や家族の間では,資金調達手段としてメディカルクラウドファンディングが注目されている.手軽に資金を募れる一方で,医療への不平等なアクセスが解消されない,患者や家族のプライバシーが過度に損なわれるなどの課題もある.日本では,欧米の制度を参考に,拡大治験と患者申出療養制度が導入された.これらの制度は「臨床試験の実施を求める権利」を患者に与えるが,個人の治療として未承認薬を「試す権利」を与えてはいないようにみえる.患者個人の治療選択肢の拡大とエビデンス集積のバランスのとり方は引き続きの検討が必要であろう.
著者
渡部 麻衣子
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.96-105, 2021-05-20 (Released:2022-05-21)
参考文献数
35

本稿では,英国における「医療・医学の女性化 feminization of medicine」をめぐる議論と対策の現状をまとめる.英国では2000 年初頭から,医師に占める女性の割合が男性を上回りつつある状況が,医学界の危機として「 医療・医学の女性化」という言葉を用いて論じられるようになった.2004 年,王立内科医協会の女性代表は,女性医師の増加は,特に激務を必要とする領域で医療の供給不足を招くと同時に,医師の社会的地位の低下を招く,すなわち「女性化は医学界を弱体化させる」と主張した.しかしこの主張は即座に批判され,医師,医学研究者の労働環境の改善を求める主張へとつながった.そして現在,同時期に発展した,学術領域におけるジェンダー均衡化を目指す施策の一環として,医学教育・研究における女性の地位向上を目指す取り組みが行われている.英国における「医療・医学の女性化」の事例は,「女性化」が,「弱体化」ではなく「変化」を促す起点となり,専門家集団が変容する過程を表す.
著者
隠岐 さや香
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.53-63, 2021-05-20 (Released:2022-05-21)
参考文献数
21
被引用文献数
1

日本の場合,経済学は受験の際に「文系」とされながらも数学が重視される分野である.学校基本調査によると,1980 年代には男子学生の比率がきわめて高く,女子学生は物理学分野と同程度しかいなかった.しかし,この30 年間で女子学生数は増えて,その伸び率は,理工系の中で最も女子学生比率の高い生物学分野の上昇率を上回っている.数学の利用という共通点を有しながらも,理工系諸分野と動向が異なる背景には何があるのだろうか.また,このような傾向は今後も続きうるのだろうか.本稿では経済学分野の歴史的経緯や文化的背景を確認した上で,日本の学部および大学院の経済学部分野における女子学生比率の動向を検証する.その上で「天賦の才」概念や,学問対象におけるジェンダー・バイアスといった問題に関する先行研究を踏まえて,経済学と女性の関わりにおける特徴を考察し,自然科学・工学諸分野との比較を試みる.
著者
小川 眞里子
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.43-52, 2021-05-20 (Released:2022-05-21)
参考文献数
17

筆者自身のテーマについては,特集に先立って2020年3月に短い報告を『GRL Studies』に発表しているので,関係図表はそちらに譲り,本稿では出来るだけ重複を避け新しい情報を盛り込むよう努めた.戦前に女性博士は100名以上誕生し,その8割以上は医学博士であった.彼女たちに正規の大学教育は開かれておらず,医学部や工学部が女性に門戸を開くのは戦後のことである.戦前において科学を学び研究を志す女性を救ったのは,1917年創立の理化学研究所であった.戦後,新制大学が開かれ建前上女性はどの学問を志すこともできるようになった.しかし,日本初の女性工学博士の誕生は1957年であり,STEMM分野への女性の進出は依然として少ない状況であった.女性の専攻分野に多様性が出てきたのは,1986年の男女雇用機会均等法が施行されてからである.今日,日本のみならず,世界的にSTEMM分野の人材の多様性が求められ,女性の参入が期待されてはいるが,他の先進国に比べ日本は大きく後れを取っている.九州大学をはじめ女性枠採用教員の活躍は,ダイバーシティ推進に向けた大きな一歩と言えよう.
著者
廣野 喜幸
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.18-36, 2019-04-20 (Released:2020-04-20)
参考文献数
57

1980 年代のバイオテクノロジーの進展は人体の商品化を可能にし,資本システムは実際に人体を商品化してきた.先進諸国は臓器売買を禁じる法律を制定したが,発展途上国では(特にイランでは国家主導で)売買がなされている.経済的アクターによる生権力は,近代世界システムが外部を周辺化したさいに,強制労働という規律権力で始まり,18~19 世紀を中心とする黒人奴隷制度で「生き続けよ,そうでなければ死に廃棄せよ」とする生権力の形態をとり,それが引き続き人体のパーツに達したと解釈できる.このタイプの経済的生権力は近代世界システム論のいう半周辺地域に,より深く浸透しているが,この機序の詳細を解明することが今後の課題となろう.
著者
山本 龍彦 尾崎 愛美
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.96-107, 2018

<p> 現在の人類は,人工知能(Artificial Intelligence, AI)の技術革新に牽引される,第4次産業革命の時代を迎えていると言われている.わが国では,民間企業による採用場面や融資場面などの「適性」評価にAIが利用され始めており,刑事分野においても,AIを用いて犯罪の発生等を予測するシステムの導入が検討されている.米国では,一部の州や地域で,AIを用いた犯罪予測システムを用いた捜査が既に実施されているほか,刑事裁判における量刑判断にもAIが利用されている.その代表例が,COMPASという有罪確定者の再犯リスクを予測するプログラムである.しかし,このプログラムがどのようなアルゴリズムによって再犯予測を行っているのかは明らかにされておらず,このアルゴリズムにはバイアスが混入しているのではないかとの批判がなされている.このような状況下において,ウィスコンシン州最高裁は,COMPASの合憲性を肯定する判断を下した(State v. Loomis判決).本稿は,State v. Loomis判決を手がかりとして,AIを憲法適合的に"公正に"利用するための道筋について検討するものである.</p>