著者
江種 満子
出版者
文教大学
雑誌
文学部紀要 = Bulletin of The Faculty of Language and Literature (ISSN:09145729)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.65-91, 2004-01-01

前稿で中断した「こわれ指輪」論を発展させ、テクスト全体の構造を、「女権」という主題軸と「指輪」によるレトリックの軸の相互関係としてとらえた。さらにこれらの二つの軸に埋もれるようにして、植木枝盛のいわゆる「歓楽」への視線が瞥見できる点を指摘。これはのちの紫琴時代のテクスト群がみせる粘弾性の強い人間観の貴重な兆しである。しかし紫琴時代に至るまでには、女権論者清水豊子を挫折させた二つの体験(大井事件による妊娠出産と古在由直との結婚)が介在する。この時期を、豊子書簡と古在書簡および掌篇「一青年異様の述懐」によって考えた。その後、夫の由直の留学によって僥倖のように訪れる紫琴時代をいくつかのテクストによって読み解く。なかでも「葛のうら葉」の位置は最も重要である。「葛のうら葉」は、構造的に清水豊子時代の「こわれ指輪」をなぞるかにみえて、じつはその後の豊子の体験と英知と想像力を結集して、異質な世界へ超え出た成熟の文学的達成である。
著者
大久保 純一
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.203, pp.65-84, 2016-12-15

安政2年10月2日に関東南部を襲った大地震は,江戸の下町を中心に甚大な被害を与えることとなった。この安政の江戸大地震に関しては,地震の被災状況を簡略な絵図と文字情報で周知した瓦版類,地震の被害や被災者の逸話などをまとめた冊子,地震の原因であると信じられていた地中の大鯰をテーマとした一種の戯画・諷刺画である鯰絵など,多様な出版物が売り出された。これらは災害史や民俗学の分野で注目を集めつつあるが,一部に精細な被災の光景を描く図を含みながらも,絵画史の領域での検討はかならずしも十分ではなかった。本稿では,安政江戸地震を機に盛んとなった出版物における災害表象を,主に風景表現の視点から検討する。安政の大地震に関する一枚刷には,従来の瓦版などの簡素な印刷物とはことなる,高度な木版多色摺の技術を用いた臨場感豊かなものが散見され,たんに災害を速報するという以上の機能が期待されている。それらに見られる被災の表現は名所図会の挿絵の視点や造本趣向を応用した『安政見聞誌』でひとつの頂点を見せ,その工夫は『安政見聞録』『安政風聞集』などにも踏襲されている。安政の大地震における災害絵図出版の盛行により,点数こそ多くはないものの錦絵の出版にも災害図の一領域が生み出されることになり,明治期には地震や火山の噴火,大火災などをテーマとした作品が出版され,やがて関東大震災の絵葉書などにもつながってゆく。
著者
栗脇 隆宏 西野 隆典 成瀬 央
雑誌
研究報告音楽情報科学(MUS) (ISSN:21888752)
巻号頁・発行日
vol.2015-MUS-107, no.48, pp.1-4, 2015-05-16

本研究では,様々な楽器音が混在した音楽信号を対象としてスネアドラムとバスドラムの自動採譜に取り組む.提案手法では,対象楽曲に使用されているスネアドラムとバスドラムの特徴を表す周波数成分をそれぞれ 1 箇所ずつ検出し,検出したピーク周辺の周波数帯域におけるスペクトログラムのパワーの立ち上がりに着目した認識対象楽器のスペクトルのモデルを作成する.その後各時刻においてモデルとスペクトルとの距離を計算し,閾値処理を行うことでドラムスの発音時刻検出を行う.RWC 音楽データベース中のポピュラー音楽 5 曲を対象とした評価実験より,F 値の平均がスネアドラムでは 0.95,バスドラムでは 0.93 という結果が得られた.
著者
三上 喜孝
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.113, pp.169-180, 2004-03-01

律令国家により銭貨が発行されると、平城京や平安京などの都城を中心に銭貨が流通すると同時に、銭貨による出挙(利息付き貸付)が広範に行われるようになった。この銭貨出挙については、これまでも古代史の分野で膨大な研究蓄積がある。なかでも正倉院文書に残るいわゆる「月借銭解」」を素材とした研究により、古代の写経生の生活の実態や、各官司・下級官人による出挙運営の実態を明らかになってきた。だが古代の都市生活の中で銭貨出挙が果たした役割についてはなお検討の余地がありそうである。そこで本稿では、正倉院文書、木簡、六国史の記事を再検討し、銭貨出挙が都市民に果たした役割を総体的に検討した。正倉院文書の「月借銭解」(借銭文書)といえば宝亀年間の奉写一切経所のものが有名だが、宝亀年間より前の借銭文書からは、短期貸付の場合の無利息借貸、銭の運用のために貸し付けられた「商銭」、天皇の即位等にともなう「恩免」など、出挙銭のさまざまな存在形態をうかがうことができる。出土木簡からも銭貨出挙が平城京や平安京で広範に行われていたことが推定でき、借用状の書式の変遷を知る手がかりを与えてくれる。銭貨出挙の際に作成される借用状は、奈良・平安時代を通じて「手実」「券」などと呼ばれ、不整形な紙が用いられていた。平安時代の借銭文書の実物は残っていないが、書式は奈良時代の借銭文書のそれを踏襲していたとみてよいだろう。康保年間(九六四〜九六七)の「清胤王書状」の記載から、銭貨出挙のような銭貨融通行為が、銭貨発行が途絶える一〇世紀後半に至ってもなお頻繁に行われていたものとみられることは興味深い。銭貨出挙は律令国家による銭貨発行以降、都を中心に恒常的かつ広範に行われており、これを禁ずることは平安京における都市生活にとって支障をきたすことになったのであろう。それはとりもなおさず、平安京の都市生活における大規模な消費と深く関わっていたと考えられる。
著者
山口 悟史 金 多仁
雑誌
研究報告数理モデル化と問題解決(MPS) (ISSN:21888833)
巻号頁・発行日
vol.2020-MPS-131, no.4, pp.1-6, 2020-12-10

ダムの放流計画を自動作成するための数理最適化手法「プログレッシブ動的計画法」を提案する.近年の水害の頻発を受け,従来にない放流計画が求められている.ダム放流量を急激に変化させない「放流の原則」を満たしつつ,大雨に先立ってダムの容量を空けておく「事前放流」,下流の河川流量を小さく抑えるために複数のダムからタイミングをずらして放流する「ダム群連携操作」を実現するために,提案手法は離散微分動的計画法を繰り返すことで段階的に解像度を向上させる.これにより提案手法は放流量を高い解像度(1m3/s)で探索する.N 川ダム群を対象にシミュレーション実験を行った結果,現在のダム操作規則では 3 ダムとも緊急放流に至るケースであっても,提案手法では緊急放流を避け,かつ下流河川のピーク流量を 41% 下げる解を見つけた.対象期間 1.5 日の最適化に要した時間は 191 秒であった.提案手法がダムの放流計画の自動作成に有用であると結論する.