著者
香川 雅信
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1241-1244, 1998-11-15

■犬神の歴史と伝承 犬神は,中国・四国・九州地方にかけて広く信じられている憑きもので,特に四国の徳島県・高知県および九州の大分県において顕著である。一種の動物霊のようなものと考えられていることが多く,小さな犬のような姿をしているとも,鼠のようなものであるとも言われている。犬神はある特定の家筋に代々伝えられるとされ,その家筋のことを「犬神筋」「犬神統」などと呼ぶ。犬神筋(統)の家の者に恨まれたり,妬まれたりすると,犬神に取り憑かれて病気になると考えられている。そのため犬神筋(統)の者との縁組は現在でも忌み嫌われており,重大な社会問題となっている。これとよく似た「憑きもの筋」の俗信は日本の各地に存在するが,山陰地方の「人狐」や関東地方の「オサキ」など,狐系統の憑きものがその家筋に富をもたらすと考えられているのに対して,犬神の場合はそうした性格が希薄である。 歴史的に犬神についての俗信がいつ頃から存在したかは正確にはわからないが,文明4年(1472)に将軍祐筆飯尾常房(常連)から阿波国の三好式部少輔長之にあてて「犬神使い」を捜し出して処罰するよう求めた下知状が出されていることから,室町末期にはすでに存在していたようである。一方,民間には,飢えた犬の首を切ってそれを呪術に用いたのが犬神の始まりとする起源伝承が伝えられている。おそらく,共同体内における何らかの葛藤や対立を背景として,ある家筋を印づけ,あるいは排除するために,邪術師(sorcerer)的なイメージが利用された結果,犬神筋というものが形成されたのであろう。
著者
速水 貴弘
出版者
医学書院
雑誌
検査と技術 (ISSN:03012611)
巻号頁・発行日
vol.38, no.7, pp.557-561, 2010-07-01

はじめに 従来,血糖測定は検査室内の生化学汎用測定器にて行われていたが,迅速性や簡便性の観点から自己血糖測定(self-monitoring of blood glucose,SMBG)機器が普及してきた.しかし,その一方で測定原理の違いからヘマトクリットや溶存酸素などの内的要因,マルトースやプラリドキシムヨウ化メチル(PAM)などの外的要因などさまざまな要因が測定値に影響を与えることが報告されている1~4). 今回筆者らは,アスコルビン酸大量投与後に低血糖症状を示しているのにもかかわらず,簡易血糖測定器にて偽高値を示した症例を経験した.干渉物質としてアスコルビン酸を用いた検討の報告5)もあるが,アスコルビン酸濃度は10mg/dlで,それ以上の濃度での影響は不明であった. そこで,高濃度アスコルビン酸が簡易血糖測定器およびポイント・オブ・ケア・テスティング(point of care testing,POCT)機器に与える影響について検討を行ったので報告する.
著者
永浜 武彦 武井 洋一 鮫島 千秋
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.577-582, 1960-07-20

I.緒言 最近感音性難聴に対するコンドロイチン硫酸の効果が注目され,その治療成績も発表され始めた。著者らの教室でもこの薬剤を使用しているが,現在までの治療成績を検討し,中間成績として発表することにした。
著者
中沢 啓 吉永 繁高 関根 茂樹 岡村 卓真 奥田 奈央子 小山 洋平 福士 剛蔵 山崎 嵩之 春日 健吾 川島 一公 水口 康彦 張 萌琳 江郷 茉衣 阿部 清一郎 野中 哲 鈴木 晴久 小田 一郎 斎藤 豊
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1036-1042, 2020-07-25

要旨●当院で胃型腺腫(幽門腺腺腫)と診断された25例25病変を検討した.H. pylori未感染胃に発生した症例(癌化例含む)は2例(8.0%)のみであり,23例(92.0%)はH. pylori現感染胃,もしくは既感染胃に発生した症例であった.全症例U領域もしくはM領域に位置しており,L領域の症例は認めなかった.色調は白色調,褪色調,発赤調,同色調までさまざまであり,特徴的な所見は認めなかった.肉眼型は隆起型,もしくは表面隆起型に鑑別できるものが大部分であった.全25例中12例(48.0%)に癌合併を認めており,胃型腺腫に対して内視鏡治療を行うことを検討すべきと考えられた.
著者
菅井 有 上杉 憲幸
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1275-1285, 2021-09-25

要旨●腺窩上皮型腫瘍は腺窩上皮に類似する低グレードの腫瘍として本邦では以前から認知されてきた組織型である.しかし,本腫瘍の臨床病理像および分子異常についてはこれまで明らかにされてこなかった.腺窩上皮型腫瘍は異型性の観点から低グレードと高グレードに分類することができるが,本稿では低グレード腺窩上皮型腫瘍のみを扱った.本腫瘍の臨床病理像としては,腺窩上皮への類似性が特徴であることは論をまたないが,粘液形質の観点からもMUC5ACの発現が全例にみられた.一方で,腸細胞の転写因子であるCDX2が高頻度に発現していた.背景粘膜においても腸上皮化生を有する萎縮性胃炎が全例にみられた.分子異常としてはWnt系シグナル異常の指標であるβ cateninの核内蓄積が陰性で,p53過剰発現もほとんどの症例で陰性であった.またMSIもほとんどみられなかった.一方AI(allelic imbalance)は通常型低グレード腫瘍と比較しても高頻度であったが,メチル化異常は低〜中等度であった.本腫瘍は分化型腫瘍に分類されるが,通常型腫瘍とは異なる組織学的特徴を有していることのみならず,分子異常の観点からも独立性を指摘できる特異な腫瘍であると思われる.
著者
柴垣 広太郎 三代 剛 福山 知香 高橋 佑典 古谷 聡史 大嶋 直樹 川島 耕作 石村 典久 長瀬 真実子 荒木 亜寿香 門田 球一 石原 俊治
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1287-1298, 2021-09-25

要旨●H. pylori未感染者に発生するラズベリー様腺窩上皮型胃腫瘍とH. pylori既感染者に発生する腺窩上皮型胃癌の臨床病理学的特徴を検討した.前者は萎縮のない胃底腺領域に発生する発赤小隆起で,いわゆるラズベリー様外観を呈し,NBI拡大観察で不整な乳頭状/脳回様構造を呈した.後者は萎縮粘膜に発生する粗大な発赤隆起で,前者より大きく形態も歪であった.NBI拡大観察で乳頭状/脳回様構造を呈したが,形態不整は高度であった.病理組織学的には,前者はよく分化した上皮内病変で,WHO分類では多くがlow-grade dysplasia相当であったが,Ki-67 labeling indexは異型度によらず高値を示した.後者は構造異型・細胞異型が高度で,脱分化や脈管侵襲も認められ,胃型胃癌としての高い悪性度を示した.
著者
宇佐美 貴士 松本 俊彦
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1139-1148, 2020-08-15

抄録 わが国における10代の薬物乱用の実態を調査するために,全国の有床精神科医療施設を対象に実施した病院調査から得られた10代の薬物関連精神障害症例71例を比較検討した。危険ドラッグは2014年調査の48%から2018年調査で0%へと低下し,市販薬は2014年調査の0%から2018年調査で41.2%へと増加し,乱用薬物が危険ドラッグから市販薬へと推移していた。2014年の危険ドラッグ乱用群と2018年の市販薬乱用群を比較すると,学歴やICD-10 F1分類の下位診断カテゴリー,併存障害が異なり,臨床現場において,新たな薬物乱用層が出現していることが示唆された。得られた知見から今後のわが国の薬物乱用防止教育と精神科医療に求められることについて考察を行った。
著者
林 明人 大越 教夫
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.847-851, 2004-09-10

はじめに パーキンソン病の治療は薬物療法が中心であるが,現在使用されている抗パーキンソン病薬では病気の進行を抑えることはできない.罹病期間が長期になると,運動障害,特に歩行障害が強くなる場合が多く,リハビリテーションの果たす役割が重要と考えられる. 近年,パーキンソン病の歩行障害に対して音リズムを取り入れた音楽療法などのリハビリテーションに関わる研究がなされ,その有用性が注目されている1,2).また,音リズム刺激による機序として,パーキンソン病で障害される内的なリズム形成に対して,外的なリズムである音リズムにより刺激することで歩行リズムの形成が安定化する可能性が推察されている3,4).また,メトロノームのような,より明確な音リズム刺激のほうが,行進曲などの音楽よりも効果があることも報告されている2).しかし,これまでの報告は音リズムに歩行訓練を合わせた課題だけの結果のみであり,音リズム刺激のみの効果について調べた報告はない.したがって,パーキンソン病に対する音リズム刺激のみの効果を検討することはその機序を考察するうえでも試みられるべきと考えられる. 本研究では,歩行障害を有するパーキンソン病患者に対して,歩行訓練を行わないで,音リズム刺激のみによる効果の有無を調べ,その有用性を検討することを目的とした.また,パーキンソン病患者はしばしば抑うつなどの精神症状を伴うことがあり,歩行障害だけではなく,抑うつに対する効果についても検討を加えた.
著者
丸山 祥 松本 仁美 岡和田 愛実 新藤 恵一郎 赤星 和人 金子 文成
出版者
三輪書店
巻号頁・発行日
pp.1437-1442, 2020-12-15

Abstract:脳卒中後の重度上肢麻痺に対する視覚誘導性自己錯覚(KINVIS)療法と従来型運動療法による複合療法に,Aid for Decision-Making in Occupation Choice for Hand(ADOC-H)を加えたアプローチによって日常生活での手の使用に変化がみられたので報告する.患者は50代男性で,左脳梗塞発症後3.5年経過していた.介入(10日間)は,①視覚誘導性自己錯覚療法,②従来型運動療法,③ADOC-Hを用いたアプローチを毎日行った(③のみ7日間).結果,上肢運動機能の改善を認め,日常生活での麻痺手の使用が増加した.本結果は,視覚誘導性自己錯覚療法と従来型運動療法によって運動機能改善が得られ,さらにADOC-Hを用いたアプローチによって日常生活での麻痺手の使用が促進することを示唆している.
著者
鎌田 智有 春間 賢 井上 和彦 石井 学 村尾 高久 山中 義之 藤田 穣 松本 啓志 眞部 紀明 楠 裕明 畠 二郎 塩谷 昭子 高尾 俊弘
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.750-758, 2016-05-25

要旨●H. pylori感染胃炎に対する除菌治療が2013年2月に保険認可された.現在,除菌による胃癌の予防が期待されているが,その一方で除菌後に胃癌が発見される症例も臨床上少なくない.除菌後10年未満と除菌後10年以上で発見された症例での臨床的特徴を比較検討した結果,10年以上で発見された胃癌は腫瘍径20mm大以下の比較的小さな病変であり,2次癌の比率が有意に高率であった.共通する特徴として,両群共に非噴門部領域に発生する0-IIc型病変を中心とした分化型早期癌であり,胃体部には高度な萎縮性変化を伴っていた.このような症例では,除菌から長期が経過しても胃癌発生のリスクが残存することを理解しておくことが重要である.
著者
藤崎 順子 山口 和久 山本 智理子 堀内 裕介 大隅 寛木 吉水 祥一 片岡 星太 平澤 俊明 由雄 敏之 石山 晃世志 山本 頼正 土田 知宏 五十嵐 正広
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.778-787, 2016-05-25

要旨●2013年4月〜2014年3月までの間に,当院でESDを施行した症例中,除菌後発見胃癌症例166例の検討を行った.臨床的には陥凹型,分化型が多く,除菌後5年未満,5年以上に分けると,5年以上で発見された病変サイズは小さい傾向にあった.さらに,レトロスぺクティブに画像の解析が可能であった分化型優位の140例について検討を行った.術前にNBI拡大内視鏡検査にて範囲診断を施行し,ESDを行った結果,病理学的に水平断端陽性,もしくはマーキング上に病変範囲が乗っていた範囲誤診例だった症例は,5年未満で79例中1例(1.3%),5年以上で61例中3例(4.9%)と5年以上の症例で多かった.画像の検討が可能であった140例は,除菌後5年未満が79例,5以上〜10年未満が38例,10年以上が23例であった.NBI拡大内視鏡検査での胃炎様所見は,5年未満で34例(43.0%)にみられ,5年以上で25例(41.0%)であった.さらに,5年以上を5〜10年と10年以上に分けた場合,5〜10年で13例(34.2%),10年以上経過例では12例(52.2%)であり,10年以上で高い傾向を示した.病理組織学的に表層の非癌上皮が確認できた症例は,5年未満で27例(34.2%),5〜10年で8例(21.1%),10年以上で8例(34.8%)であった.今回の検討では除菌後長期例での胃炎様変化の出現率が高かった.
著者
中村 正彦 Anders Øverby 高橋 哲史 松井 英則 高橋 信一 村山 琮明
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.278-284, 2016-04-01

はじめに ヘリコバクター・ピロリ(以下,ピロリ菌)の発見と前後して,人間の胃に別の種類のらせん菌が存在することが,ドイツのHeilmannら1)により報告された.この菌は,“ハイルマニイ菌”と総称され,ピロリ菌に比べて大型で,粘液層に加え,胃腺腔深部に存在することが報告された(図1).ピロリ菌は霊長類以上にしか通常は感染しないのに対し,ハイルマニイ菌の大きな特徴は,いわゆる人獣共通感染症の一つであり,犬,猫,豚などがホストだということである.わが国においては,1994年に弘前大学のTanakaら2)により初めて報告されているが,その後の報告は,畜産関係以外は,あまり多くなかった. 2014年2月に,わが国ではピロリ菌陽性慢性胃炎に対する除菌が保険適用となり,ピロリ菌の国民総除菌時代に突入した.その結果,ピロリ菌の除菌が進み,上部消化管疾患の変容が始まりつつある.その一つである,菌交代現象として,ハイルマニイ菌感染が増加することが危惧されており,研究代表者らはハイルマニイ菌陽性症例を報告している.また,ピロリ菌陰性の胃MALTリンパ腫,慢性胃炎,鳥肌胃炎などで陽性症例を認めているが,MALTリンパ腫以外については,いままで報告は断片的なものだった. 診断に関しては,ハイルマニイ菌では,ウレアーゼ(urease)活性は陰性あるいは弱陽性程度のため,リアルタイムPCR(real time-polymerase chain reaction:RT-PCR)法がゴールドスタンダードとなっている.そのために,簡便で迅速な診断法の開発が急務と考えられる. 筆者らは,2005年より動物および人由来のハイルマニイ菌をマウスへ感染させることで,高頻度に胃MALTリンパ腫を誘発することに成功し,そのモデルを用いて,基礎,臨床両面からの検討を行ってきた. 本稿では,現時点でのハイルマニイ菌の全体像,最近の話題および検査とのかかわりについて述べたい.