著者
藤村 好美
出版者
東京大学大学院教育学研究科生涯教育計画講座社会教育学研究室紀要編集委員会
雑誌
生涯学習・社会教育学研究 (ISSN:1342193X)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.35-45, 1997-03-31

Myles Horton pursued a truly democratic society through the practice at the Highlander Folk School. In search for a better way of educating people, Horton came across Bishop Grundtvig's ideas of Folkehojskole and were greatly influenced by him. Horton himself says in his paper, ".. .it was not his educational ideas, but Bishop Grundtvig himself that attracted me." In this paper, I study Grundtvig's ideas of Folkehojskole and see how they influenced Horton's ideas of folk school, so that I can reconfirm the modern meaning of Grundtvig's philosophy. This is one of a series of my work tracing the thinkers who influenced Horton's philosophy of adult education. First, I roughly trace some thinkers who had influence on Horton in accordance with his life history. Secondly, I review Grundtvig's ideas of Folkehojskole together with their historical background in Denmark. Thirdly, I study what Grundtvig's ideas meant to Horton and consider why Horton was disappointed with the folk highschools after Grundtvig's days. Finally, I study the modern meaning and the universality of the ideas of Grundtvig and Horton in relation to the popular education in Latin America.
出版者
京都大学西洋古典研究会
雑誌
西洋古典論集 (ISSN:02897113)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.3-3, 2010-03-28
著者
金 賢仙
出版者
[出版者不明]
巻号頁・発行日
2013

制度:新 ; 報告番号:甲3806号 ; 学位の種類:博士(法学) ; 授与年月日:2013/2/28 ; 早大学位記番号:新6184
著者
小形 正男
出版者
物性研究刊行会
雑誌
物性研究 (ISSN:07272997)
巻号頁・発行日
vol.91, no.5, pp.459-480, 2009-02-20

この論文は国立情報学研究所の電子図書館事業により電子化されました。
著者
斉藤 利彦
出版者
東京大学教育学部
雑誌
東京大学教育学部紀要 (ISSN:04957849)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.279-293, 1981-02-20

The problem of social study in the lower grade of Elementary school has been a very debatable one in Social Study-instruction. This paper is an attempt to elucidate how meaningful "The problem" is to "The Study of Development and Instruction". The contents of this paper are divided into two different objects. One is composed of the theory of Ministry of Education. The other is composed of the theory of the voluntary study-movement of education.
著者
佐々木 享
出版者
技術教育研究会
雑誌
技術と教育
巻号頁・発行日
no.100, pp.3-4, 1976-01 (Released:2013-02-20)
著者
Ooi Giok Ling
出版者
京都大学東南アジア研究センター
雑誌
東南アジア研究 (ISSN:05638682)
巻号頁・発行日
vol.29, no.2, pp.158-178, 1991-09

この論文は国立情報学研究所の学術雑誌公開支援事業により電子化されました。
著者
野間 純平 ノマ ジュンペイ
出版者
大阪大学大学院文学研究科社会言語学研究室
雑誌
阪大社会言語学研究ノート
巻号頁・発行日
vol.10, pp.55-65, 2012-03

本稿では,大阪方言の文末詞「ワ」「カ」に後接する「イ」の意味記述を行った。その分析に当たっては,「ワ」と「ワイ」を比較し,「カ」と「カイ」を比較し,両者に共通する「イ」の意味を抽出するという方法を用いた。そしてその結果,「ワイ」「カイ」の「イ」は,「文末詞の聞き手目当て性を強める」という機能を持っていることが明らかになった。具体的には,聞き手に対する「突きつけ」や「責め」など,様々な意味として表れる。それは,「イ」が形式的に独立性が低く,意味も抽象的であることと関係する。また,本稿では「ワイナ」「カイナ」という形式を考察の対象から外したため,そちらの形式についても考察を深め,「イ」の持つ意味をより詳細に記述することが今後の課題となる。
著者
弦本 美菜子
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部考古学研究室
雑誌
東京大学考古学研究室研究紀要 (ISSN:18803784)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.131-158, 2014-03-29

本稿では、江戸時代、鎖国期における日本国内への海外産陶磁器の流入について考える。長崎が中国陶磁の入り口として主要なものであったことと、長崎に入ってきた幅広い種類の商品から選択された特定のものが江戸まで運ばれたということを指摘したい。日本が中国・オランダとのみ貿易を行ったこの時期に海外から流入した陶磁器はほとんどが中国製品であり、流入の窓口としては長崎が主なものとして考えられる。長崎と大消費地である江戸の遺跡とで出土した中国陶磁を比較すると、共通するものが多くあることが確認される。江戸時代を通じ長崎と江戸は太いパイプでつながっていたことを実例として示すものである。また沖縄を通して入ってきた中国陶磁と比較すると、中国南部の製品を中心とした沖縄ルートでの流入に対し、景徳鎮窯系の製品を多く含むという長崎ルートの特徴が見て取れる。江戸では景徳鎮窯系の磁器が輸入陶磁器の大部分を占めることから、江戸へ運ばれた中国陶磁は主に長崎から入ってきたものであると推定することができる。江戸と共通する中国陶磁は唐人屋敷跡・オランダ商館跡でも確認されるため、貿易の担い手については中国船・オランダ船の両方が考えられる。長崎で出土するが江戸ではほとんど出土していないものがあることもわかった。江戸で出土した中国陶磁は、特に江戸時代後期には生産地や器種に偏りが見られる一方で、長崎では江戸で少ない福建・広東産の粗製の製品や、他の器種も多数確認された。江戸での偏りは陶磁器が長崎に入った後になされた選別によるものだと判断できる。中国陶磁が江戸へ至る間に働いた選択の背景としては、中国陶磁に付与されたブランド性や、中国陶磁とそれを用いた行為との関係があったことが推察される。江戸での需要に応えたもの以外の中国陶磁が長崎で見られることからは、中国陶磁の日本への流通という面から見た長崎と江戸の性格の違いが看取される。
著者
大舘 大學
巻号頁・発行日
2011-11

ジャコウネズミSuncus murinusはトガリネズミ科の小型哺乳類であり(いわゆるネズミ=齧歯類の仲間ではない)、名古屋大を中心として実験動物化され、その生物学的な性質はよく調べられている。ジャコウネズミは北インド・ネパール、東南アジア大陸部からインド南部が原産地とされている。インド洋-南シナ海は古来より海洋貿易がさかんであり、マレー系、インド系、中国系、そしてなによりもイスラーム勃興以降にアラブ人やペルシャ人がさかんに貿易活動を行った。さらに大航海時代以降にはヨーロッパ各国の商業活動も行われるようになった。日本では16世紀-17世紀前半の朱印船貿易、琉球の進貢船、江戸時代の長崎貿易がこの海洋貿易ネットワークの東端を担っている。このような人間の活動によって、ジャコウネズミは原産地から東南アジア島嶼部、ペルシャ、アラビア半島、アフリカ東海岸、マダガスカル、コモロ諸島、九州などに人や品物と共に移動したと考えられている。遺伝子解析や核型分析では東南アジア島嶼部への人為移入が強く示唆され、さらにはインド中部においては二つの系統のジャコウネズミが陸路で牧畜民に伴い移動して中部で交雑した可能性も示唆されている。しかし移動の歴史についての詳細は不明で、特にインド洋西部沿岸地域の移動の詳細は分かっていない。 この研究プロジェクトではジャコウネズミがどのような歴史的過程で分布を広げたか、各地域でどのように認識されているのかなどを明らかにしたい。そのためには広範囲を対象地域として、動物学(系統地理学、集団遺伝学、核型分析、形態分析)、ウイルス学、生態学(絶滅と定着の条件)、歴史学(インド洋交易史、南蛮貿易史、イスラーム史など)、民俗学(フォークロアの比較、意図的移動の可能性)、文献学(文学作品や年代記)、言語学(呼称の分布)など理系・文系を超えた様々な学問分野の専門家との有機的協力体制が必要不可欠である。 ジャコウネズミはこのように小さなマイナーな(そして臭い)動物ではあるがその人為移動の歴史はまことにダイナミックである。住家性ネズミ(クマネズミ、ドブネズミ、ハツカネズミ)も人と共に移動することが知られ、多くの研究がなされているが、温暖な地域に分布が限定されること、陸路よりも海洋ルートで拡散したらしいこと、歴史学的な裏付けがとれることなどから、移動のルートと過程を特定しやすいメリットがある。当学会では特に人と動物の関係史という観点から、この研究の面白さを理解していただき、人文境界研究として興味ある方の協力、参加を願いたい。対象地域が広大な地域(しかも危険地帯)でかつ異分野の学際にまたがるのでこのプロジェクトは大型研究予算の獲得を目指していますが、科研費の当否に関わらずこのプロジェクトは進める積もりです。
著者
松本 雄一 Yuichi Matsumoto
雑誌
商学論究 (ISSN:02872552)
巻号頁・発行日
vol.59, no.4, pp.73-100, 2012-03-05