著者
河崎 洋志 笹井 芳樹
出版者
京都大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
1999

近年、ショウジョウバエを用いた分子遺伝学的研究やアフリカツメガエルを用いた分子発生生物学的研究により、未分化外胚葉から未成熟神経組織にいたる初期神経発生の分子機構が急速に明らかになってきた。次の主要な問題点は、1)哺乳類の初期神経分化の分子機構と2)様々な成熟神経細胞への分化決定機構の解明である。我々はこれらの問題点を、哺乳類未分化胚性幹細胞であるマウスES細胞を用いて解析を進めてきた。まず、試験管内でES細胞を神経細胞へと分化誘導する活性をスクリーニングした。その結果、ES細胞をマウスPA6ストローマ細胞と共培養することにより、ES細胞を効率よく神経細胞へと分化誘導できることを見出し、このPA6細胞の神経分化誘導活性をSDIA(stromal cell-derived inducing activity)と名付けた。SDIA法を用いると、90%以上の細胞が、nestin陽性神経前駆細胞もしくはclass IIIβ-tubulin陽性成熟神経細胞へと分化した。また、BMPは神経細胞への分化をほぼ完全に阻害し、逆に表皮組織への分化の促進したことから、哺乳類においてもBMPは未分化外胚葉から神経・表皮への分化制御を行っていることが示唆された。SDIA法により、いかなる種類の成熟神経細胞が分化誘導されるか検討したところ、約30%がチロシン水酸化酵素陽性であった。これらの神経細胞はドーパミン-β-水酸化酵素を発現せず、また、培養液中にドーパミンが検出されたことから、機能的なドーパミン産生神経細胞であることが明らかとなった。SDIA法により分化誘導した神経細胞を、パーキンソン病モデルマウスの線条体へ移植したところ、2週間にわたり生着していることが明らかとなった。以上のように、SDIA法を用いた試験管内分化誘導は、1)ES細胞から成熟神経細胞へといたる分化過程の解析、および2)細胞移植治療への臨床応用を視野に入れた有用神経細胞の産生に有効な手法である。
著者
笹井 芳樹
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2007

代表研究者らはアフリカツメガエルの系を用いて、核内ZnフィンガータンパクTsh3が初期胚体軸極性を制御する必須因子であることを見いだした。Tsh3の機能阻害では、背側体軸の形成が著しく阻害され、腹側化した胚が発生する。機能亢進及び機能阻害実験からWntシグナルを細胞内で活性化することが明らかになった。Luciferaseアッセイから、Tsh3はs-cateninによる核内での標的遺伝子の発現活性化を促進することも判明した。タンパクレベルの解析から、Tsh3はs-cateninに結合し、直接あるいは間接的にその活性を正に制御することがその機序であることも示唆された。Tsh3はsperm entryによって誘導された背側での弱いWntシグナル活性をブーストして、明確な体軸形成につなげる増幅系に関与している可能性が高い。
著者
笹井 芳樹
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1999

哺乳類を含めた脊椎動物の神経系発生の開始スイッチを入れる分子は何か?という問いに答え、複雑な脳の構成原理に迫ることを目的として以下の研究を行った。神経誘導因子Chordinを用いてアフリカツメガエルの外胚葉を神経細胞に試験管内で分化させ、その際に誘導される遺伝子をデファレンシャル・スクリーニングによって単離し、3つの神経特異的転写因子(Zic-related 1,Sox2,SoxD)を同定した。mRNA微量注入による強制発現実験ではこれらの因子は神経分化を正に制御することが明らかになった。ドミナント・ネガティブ法による機能阻害実験ではSox2,SoxDは神経分化に必須の因子であることが証明された。さらに、スクリーニングを進めてさらに多くの神経誘導因子の下流遺伝子を単離した。初期発生制御因子として特に興味深いものとして、神経堤細胞特異的な転写因子FoxD3を同定した。FoxD3はWinged helix型の転写因子で、原腸胚期の半ばより予定神経堤領域に強く発現していた。mRNA強制発現により、FoxD3は未分化外胚葉細胞からSlug,twist,Ets-1などの神経堤細胞特異的マーカーの発現や色素細胞を誘導し、神経堤細胞を分化させることが判明した。現在、ドミナント・ネガティブ法による機能阻害実験で詳しくin vivoでの役割を検討している。
著者
笹井 芳樹
出版者
京都大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
1998

微細なパターン形成に関与するChordinの下流因子の機能解析として我々は昨年報告したChordinの下流因子の機能解析を行うためのドミナンlへ・ネガチィブ変異体を作成し、mRNA微量注入法により胚での神経発生における機能を検討した。SoxDのドミナント・.ネガチィブ変異体を強制発現させ機能阻害をすると、胚の大脳の発生が顕著に抑制され、OTXなどのマーカーも抑えられた。このことはSoxDが大脳原基の発生に必須であることを示した。また、脳及び頭部外胚葉の「微細なパターン形成」に関与する新しい因子の同定を目的として脳及び頭部外胚菓の形成期の細胞間や組織間の「ローカルなトーク」を媒介する因子を同定しようとした。中期神経胚の頭部神経板よりこうしたシグナルトラップcDNAライブラリーを作成し小スケール・スクリーニングを行った結果、十数個の新しい神経特異的分泌因子(または膜蛋白)を同定したがFloor Plate特異的に発現している新規の分泌因子はSonic Hedgehogと同じぐらい早期より発現していた。この因子KielinはChordinと弱い相同性を示したが生物学的活住は全く兄なっていた.KielinはChordinとShhで誘導され、正中部のパターン形成に関与するらしいことがわかってた。さらにCyclopsというTGF-beta系の因子でも誘導された。この因子を発現ベクターに組み込み、現在さらに詳しい検討を進めている。
著者
笹井 芳樹
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2005

本研究では初期胚、特に神経系のパターン形成の分子機構を解明するため、Znフィンガー型転写因子およびそれらの関連遺伝子ネットワークの前脳・中脳発生における役割について、アフリカツメガエルを用いて研究を行った。XSa1Fは中枢神経系の吻側領域の決定因子であることを以前に証明したが、本研究ではさらにXSa1Fに拮抗するZnフィンガー型転写因子としてXTsh3を同定し、カエル胚(尾芽胚)の尾側中枢神経系に特異的に発現し、同部位の発生を促進することを見いだした。微量注入法により、XTsh3を外胚葉に強制発現すると神経系を尾側化し、前脳の発生を抑制した。逆にXTsh3-MOによる外胚葉での機能阻害では、前脳の拡大を誘導した。細胞内シグナル解析により、XTsh3はWnt/beta-catenin系を促進することが明らかとなった。XTsh3はbeta-cateninおよびTcf3と結合し、Wntシグナルによる核内転写の強化因子として働くことを証明した。そのことと一致して、中内胚葉でのXTsh3-MOによる機能阻害では、原腸胚での背側軸形成が強く抑制され、胚全体の腹側化が観察された。既に報告していたXSa1FによるWntシグナルに対する反応性の低下に加え、今回の研究ではTsh3が反対の活性を持ち、機能的な拮抗因子として働くことが判明し、XSa1F-Tsh3という2つのZnフィンガー型転写因子によって、細胞のWntシグナルへの反応性が正負に制御される機構が初期胚の軸形成に決定的な役割を果たすことが明らかとなった。
著者
笹井 芳樹
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

脊椎動物の中枢神経系は領域特異的に背腹軸に沿った極性を有している。背側領域の中枢神経組織の発生制御解析は腹側領域に比して遅れている。中枢神経系背側領域の初期決定に関わる分泌性シグナルの分子実体と誘導源の解明のため、我々はこれらの観点からアフリカツメガエルの系を用いてスクリーニングを行い、前脳を含めた中枢神経系の背側領域の分化を誘導する新規分泌性シグナル因子Tiarinを同定した。本研究では、Tiarinによる中枢神経系の背側領域分化誘導の制御機序を胚・細胞レベルで明らかにするため、Tiarinタンパクがどのようなシグナル伝達系の活性化または抑制によって、細胞分化を制御しているかを明らかにした。まず、Tiarinは既存の背腹軸に関与するシグナル(Shh, Wnt, BMP)との強い相互作用によって働くのかを検討した。その結果、これらのシグナル因子と物理的な結合や受容体の競合などの直接的な相互作用は認められなかった。さらなる細胞内シグナルの検討から、Tiarinとこれらの因子のクロストークは下流シグナルのレベルのみに認められることが判明した。シグナル解析のためにはTiarinタンパクの大量作成が必須であり、293細胞を用いてmg単位の産生に成功した。このタンパクを用いての結合実験から、受容体の多く発現する細胞を複数同定した。プルダウン法により、結合膜タンパクを精製し、複数の候補タンパク質をプロテオミクス的手法によって選別した。さらにTiarinのファミリー遺伝子をニワトリ胚およびマウス胚より複数単離した。そのうちマウスのmONT3について発現解析をノックイン法で行い、神経系や中胚葉組織などの特異的な発現を検出した。ニワトリのcONT1はニワトリ胚での強制発現で神経堤細胞の産生が亢進することを見いだした。
著者
笹井 芳樹
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
1998

神経予定外胚葉はまず中枢神経系原基である神経板と末梢神経原基である神経堤細胞とに分画化される。中枢神経原基・神経板は発生のごく初期に吻尾方向と背腹方向の2軸に沿って大きく分画化され、いわゆる領域特異性を獲得する。吻尾方向には大脳・間脳、中脳、後脳、脊髄が大きく区分され、背腹軸では背側(翼板)、腹側(基板)、中間部に区分される。それぞれの領域には特異的な分子マーカー(ホメオボックス遺伝子など)が既に同定されており、それらを用いて神経細胞がどの領域特異性を獲得したかを判定することが原則的に可能である。しかし、この領域特異性の上流にあって、その個性付け獲得を制御している因子については多くが不明のままである。そこで、領域特異性の上流にある神経分化の個性付け因子を系統的に遺伝子スクリーニングすることを行った。まず初期神経板で働く領域特異的分泌タンパクを系統的にシグナル・シーケンス・トラップ法によって用いて、アフリカツメガエルの系で神経管の背側に位置する非神経外胚葉に早期から発現する新規の分泌因子Tiarinを単離に成功した。H15年度は単離したマウスおよびニワトリホモローグを用いて、これちの種での機能について強制発現を用いて解析し、神経提細胞の産生促進効果を観察した。また、現在2種類のマウス関連遺伝子に関して遺伝子破壊法で機能阻害研究を進めている。研究の促進のため、ES細胞から神経前駆細胞を分化させ、これを用いた試験管内神経パターン形成のアッセイ系を確立した。この系を用いて末梢神経系を含む神経提細胞のES細胞からの分化に世界で初めて成功した。
著者
岩田 博夫 加藤 功一 笹井 芳樹 滝 和郎
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2002

胚性幹細胞(ES細胞)からのインスリン産生細胞の分化誘導:マウスまたカニクイザルのES細胞から米国NIHのMcKayらの報告した分化誘導法を基本に研究を進めてきた。インスリン陽性細胞には2種類のタイプが存在し、一つはインスリン染色で細胞全体が強く染色される小さな細胞、他はインスリン染色で細胞質のみ染色される比較的大きな細胞であった。また、サブカルチャーを行っても常にインスリンの免疫染色が陽性になる細胞が存在した。さほど高効率ではないが、間違いなくインスリン産生細胞へと分化誘導できていると考えている。高効率にインスリン分泌細胞を分化誘導するために、Tet systemを利用してカニクイザルサルES細胞内でPDX-1遺伝子発現を制御することによりインスリン分泌細胞へと分化誘導する方系を作成した。ES細胞からのドーパミン産生細胞の分化誘導:PA6細胞のConditioned Medium中の成分とポリイオンコンプレックス形成法を用いて表面を試作し、この表面上でES細胞をドーパミン産生細胞へと分化誘導した。また、PA6細胞のConditioned Mediumを用いてES細胞を浮遊培養しドーパミン分泌細胞への分化誘導を行った。培養30日後においてもドーパミンの検出ができた。中空糸内にカニクイザルES細胞を封入した後、PA6細胞の順化培地中で培養を行ったところ、効率よく神経細胞へと分化した。免疫隔離膜:PEG脂質を用いて細胞表面を細胞に障害を与えることなく極めて薄い層で覆うことができた。カプセル化による体積増加が極めて小さい生細胞マイクロカプセル化法として極めて有力であると考える。ヒトES細胞:ヒトES細胞使用許可の取得が諸般の事情で遅れ、平成18年3月10日付けでヒトES使用計画の大臣確認書が交付された。このため大部分の仕事はマウスES細胞とカニクイザルのES細胞を用いて研究を行った。
著者
笹井 芳樹
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2005

我々はこれまでにフィーダー細胞を用いずに、ES細胞の細胞塊を無血清下に浮遊培養ですることで、効率よく神経細胞に分化させる系をまず樹立した(SFEB法)。マーカー解析の結果、SFEB法でES細胞から産生された神経細胞はこれまで産生が困難であった大脳の前駆細胞であることが明らかになり、さらにShhを作用させることにより、この大脳前駆細胞から大脳基底核などの細胞を試験管内で分化誘導することに成功した。この研究により、従来不可能であった試験管内での大脳神経細胞の大量産生が可能なり、大脳の変性疾患(ハンチントン病やアルツハイマー病など)の発症機序の解明や大脳疾患の治療法開発に大きく貢献することが期待される。SFEB法によりES細胞からの前脳の分化誘導は確認されたが、小脳、橋などへの分化効率は低い。小脳、橋などを含む変性疾患に関連する後脳吻側部に着目し、細胞外シグナルによる分化誘導系の樹立を目指し、条件検討を行い、マウスES細胞からの10%程度での小脳主要ニューロンの安定した分化誘導法を確立した。一方、ヒトES細胞分化にSFEB法を応用するにあたっては、ヒトES細胞特有の問題として、細胞死による細胞生存の低さがあった。今年度、この細胞死をROCK阻害剤が抑制することを発見し、大量培養を効率よく行うことが可能となり、これを用いてヒトES細胞からの大脳の分化誘導にも成功した。ヒトES細胞の技術をさらに広く再生医療や創薬に用いるために重要な基盤技術が確立された。
著者
笹井 芳樹
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2001

神経堤細胞は末梢神経系をはじめとする多く種類の細胞する能力をもった細胞であり、初期発生過程で神経板(中枢神経系原基)と皮膚原基の中間から発生する。我々はこの発生過程で「神経堤という領域性を決定する因子」としての転写因子FoxD3の役割をアフリカツメガエルの系を用いて明らかにした。FoxD3はWinged-helix型の転写因子で、上述のChordinとFGFで誘導されるcDNAの系統的スクリーニングで単離された。神経堤発生の極めて初期から神経堤特異的に発現していることが明らかとなった。未分化外胚葉(アニマル・キャップ)細胞にFoxD3を強制発現することで神経堤細胞マーカーSlug, Twistなどが誘導された。ドミナント・ネガティブFoxD3による機能阻害実験では、神経堤細胞の分化が強く抑えられた。このことはFoxD3が神経堤細胞分化決定のマスター遺伝子の一つであることを示している。カエルで単離した神経堤細胞の決定因子FoxD3について、マウス・ニワトリ胚のホモローグの単離と発現分布解析を詳細に行った。結果、FoxD3は哺乳類、鳥類においても極めて早い段階から予定神経堤細胞領域に発現し、Slugの発現より早くから出てきていることが明らかとなった。FoxD3の発現調節を詳細に検討するため、マウスES細胞から神経堤細胞への試験管内分化系を確立を試み成功した。現在、これを用いた詳細な遺伝子相互作用を解析中である。
著者
仲村 春和 田中 英明 岡本 仁 影山 龍一郎 笹井 芳樹 武田 洋幸 野田 昌晴 村上 富士夫 藤澤 肇
出版者
東北大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
1998

「脳のパターン形成研究」班は平成10-15年の6年にわたって、最新の分子生物学的手法、遺伝子改変のテクニックなどを駆使して、脊椎動物の脳・神経系の形態形成に焦点を当て手研究を行ってきた。本研究プロジェクトでは、特に(1)発生初期の神経としての分化の決定、(2)その後中枢神経内でのコンパートメントの形成、(3)コンパートメント内での位置特異性の決定、(4)神経回路の形成の機構についての各班員が分担して研究を行った。本研究領域は6年間にわたり展開され、これまでの研究成果の項に記すように各研究班ともに成果をあげている。そこで本研究領域の成果をとりまとめ広く公表するとともに、今後の展開、共同研究の道を開くため公開シンポジウムを開催する。本年度はその成果公開のため国際公開シンポジウムを開催した。シンポジウムには海外からMarion Wassef, Andrea Wizenmann, Elizabeth Grove博士を招待し、国内講演者は本研究班の班員を中心とし、関連の研究者を加え、13人の演者による発表が行われた。シンポジウムでは、脊椎動物脳のパターン形成に関して様々な視点からの講演と討論が行われ、これまでの各演者の成果を交換するとともに今後の研究の展開、共同研究の可能性についても意見が交換された。