1 0 0 0 OA 官報

著者
大蔵省印刷局 [編]
出版者
日本マイクロ写真
巻号頁・発行日
vol.1931年11月19日, 1931-11-19

1 0 0 0 OA 官報

著者
大蔵省印刷局 [編]
出版者
日本マイクロ写真
巻号頁・発行日
vol.1931年11月13日, 1931-11-13

1 0 0 0 OA 官報

著者
大蔵省印刷局 [編]
出版者
日本マイクロ写真
巻号頁・発行日
vol.1931年11月21日, 1931-11-21

1 0 0 0 OA 官報

著者
大蔵省印刷局 [編]
出版者
日本マイクロ写真
巻号頁・発行日
vol.1931年11月25日, 1931-11-25

1 0 0 0 岡益の石堂

著者
川上貞夫 著
出版者
矢谷印刷所
巻号頁・発行日
1966
著者
Takayoshi MATSUI Kunio II Shuntaro HOJO Keiji SANO
出版者
社団法人 日本脳神経外科学会
雑誌
Neurologia medico-chirurgica (ISSN:04708105)
巻号頁・発行日
vol.52, no.2, pp.75-80, 2012 (Released:2012-02-24)
参考文献数
7
被引用文献数
10

Our previous study of whiplash injury found that abnormalities in the cervical muscles cause autonomic dystonia. Further research has found that abnormalities in the cervical muscles cause headache, chronic fatigue syndrome, vertigo, and dizziness. We named this group of diseases cervical neuro-muscular syndrome. Patients treated within a 2-year period from April 1, 2002 to March 31, 2004 reported good outcomes in 83.8% for headache, 88.4% for vertigo and dizziness, 84.5% for chronic fatigue syndrome, 88.0% for autonomic dystonia, and 83.7% for whiplash-associated disorder. A large number of outpatients present with general malaise, including many general physical complaints without identifiable cause. We propose that treatment of the cervical muscle is effective for general malaise.
著者
大野三郎著
出版者
国土社
巻号頁・発行日
1965
著者
鈴木 宜之 薄倉 淳子
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理學會誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.54, no.11, pp.884-887, 1999-11-05

少数多体系は粒子の種類, 相互作用によって個性豊かな性質を示す. ランダムに抽出されたサンプル(基底関数)の中から最適なものを選ぶ, 即ちくじ引で当たりくじを拾うstochasticな変分計算によって, 少数系の束縛解を高精度で得ることができる. この簡単な処方箋を紹介し, 回転運動を表すグローバルベクトルと組み合わせた相関ガウス基底を用いた応用例や, ポジトロニウム分子の励起状態に関する新たな結果について報告する.
著者
室谷 直子 前川 久男
出版者
筑波大学心身障害学系
雑誌
心身障害学研究 (ISSN:02851318)
巻号頁・発行日
vol.29, pp.51-59, 2005-03

本研究では、読み障害児においてワーキングメモリ(WM)と読みプロセスとの関連性を明らかにすることを目的とした。読み障害児10名、生活年齢対照群26名、読みレベル対照群20名にWM課題としてリーディングスパンテスト(RST)とリスニングスパンテスト(LST)、および5つの下位項目から成る読み検査を実施し、各々の相関係数を算出した。その結果、両対照群においては各々RSTとLSTとが有意な相関を示した項目はほぼ同じであったのに対し、読み障害児ではRSTは文理解と、LSTは推論と有意な相関を示した。このことから、健常児ではWM課題の実施手続きの違いが読みとの関係性にあまり影響しないのに対し、読み障害児では能動的な音読を伴う条件(RST)ではWMを介して統語的な処理が促進され、受動的な聞き事態(LST)ではWMを介して推論といった意味内容の統合・調整の関わる処理が促進される可能性が示唆された。
著者
黒沢 良彦
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.169-"192-2", 1974

J. OBENEERGER (1935) によれば, チベット以東の東アジアに産するウバタマムシ属ChalcophoraSOLIERは5種類であるが, 筆者は, ヨーロッパ各国に所蔵される模式標本を含む多くの標本を検討する機会を得, さらに手許にある日本, 琉球, 台湾などの多くの標本を検討した結果, 東アジア産の本属の種類はウバタマムシC. japonica CORY, 1840 およびサツマウバタマムシC. yunnana FAIRMAIRE, 1888の2種に整理されるべきで, その2種が地域的に多くの亜種に分化しているものである, との結論に達した。特に, 琉球列島内での両種の変化は顕著で, 両種共に数亜種に分けられるが, その変化の傾向は全く異り, ウバタマムシでは吐〓喇列島の中之島と日本本土に原亜種japonica GORY, 吐〓喇列島の宝島に特産亜種takarajimana Y. KUROSAWA, 沖繩群島の久米島に特産亜種kumejimana Y. KUROSAWA, 喜界島を含む奄美群島と沖繩群島に特産亜種のアオウバタマムシoshimana SCHONEELDT, 八重山群島と台湾に亜種miwai Y. KUROSAWA を産する。これを系統的に分けるとtakarajimana, kumejimanaおよびmiwaiが一群をなし, さらにjaponicaがこれに近く, oshimanaは全く異った一見別種に見える程の特化した一群をなしている。他の群の昆虫ではこの様な場合, oshimanaに当る奄美群島と沖繩群島のものが独立種と見做される場合が多いが, アオウバタマムシの場合には, 両群の間に大陸産の2亜種chinensis SCHAUFFUSSおよびbourgoini OBENBERGERを置くと両者の特徴は連続してしまい, 両者を別種と見做すことは難かしくなる。両群の分布を見ると, takarajimana, kumejimana, miwaiなどjaponica群の各亜種は琉球列島の地質的に内帯と考えられる島々に分布し, oshimanaは外帯と考えられる島々に限って分布する。その分布状況は琉球列島を縦に分割するような形になっている。一方, サツマウバタマムシでは, 屋久島, 種子島以北に亜種satzumae LEWIS, 吐〓喇列島に亜種nakanei Y. KUROSAWA, 奄美群島に亜種insularis THERY, 沖繩群島と八重山群島に亜種abnormalis MIWA et CHUJO, 台湾に亜種formosana Y. KUROSAWAを産し, このうちsatzumaeとformosanaが互に近く, 他の琉球産の3亜種がそれぞれ近似する。その分布状況は琉球列島を地史に関係なく横に分割するような形になっている。両種の琉球列島内におけるこの奇妙な分布状況の相違は, 従来, 他の昆虫群でしばしば論ぜられて来た様な, 地質時代における島嶼の離合のみを基にしていては到底説明が出来ない。いま, 両種の各亜種間の近縁関係から, 各亜種の分化の順序を推定してみると, 第1表および第2表の通りになる。すなわち, 現代をP, それより一時代以前の地質時代をA, さらにその前の時代をBとし, 順次C, D, E…とすると, ウバタマムシの各亜種はF時代に, サツマウバタマムシはD時代に一本の祖先型に収斂する。この一本になった時代が, 恐らく両種が琉球列島に侵入して来た時代と考えられる。一般に西南方より日本や琉球に侵入した昆虫にとっては, 氷期は海退による陸橋の成立によって大陛方面から西より東に分布を拡大させる時期で, 間氷胡は侵入者が海峡の成立によって隔離されて環境に適応して特化を進行させるか, あるいは衰退の道をたどり, ついには絶滅するかの時期であると考えられる。従って, Aをウルム氷期, Bをリス・ウルム間氷期と考えると, Dはミンデル氷期, Fはギュンツ氷期に相当する。ギュンツ氷期に西から半島状に突出していた琉球列島に沿って東漸, 北上したウバタマムシの祖型は吐〓喇海峡がすでに成立していたので, ここで北上を阻止されて以北には侵入出来なかったと推定される。次のギュンツ・ミンデル間氷期に宮古海峡が成立したので, 現在の沖繩, 奄美両群島にまたがる地域に隔離されて特化したものがアオウバタマムシで, 吐〓喇海峡以北には分布していない。サツマウバタマムシが琉球列島に侵入して来たのは次のミンデル氷期で, この時すでに宮古海峡が成立していたので, ここで北上は当然阻止された筈で, これ以北の地域へのサツマウバタマムシの分布は陸橋による分布ではなく, 他の方法による侵入と考えなければならない。このことが両種の現在の分布様相を全く異ったものにした原因であると考えられる。ウバタマムシ属の各種は幼虫が松類の枯材の材部に穿入するので, 幼虫が穿入した松材が海中に漂流し, 海流によって思わぬ所に漂着し, これから成虫が発生することがある。対馬から漂着したと思われるサツマウバタマムシが佐渡北端で発見されたのはその好例である。また, 奄美群島型や沖繩群島型に似たサツマウバタマムシが九州南端部で時に採集されたり, ウバタマムシの緑色を帯びる個体の発見されるのは常にアオウバタマムシの漂着可能な太平洋岸沿いの地方に限られ事実も, 琉球列島から漂着したサツマウバタマムシやアオウバタマムシが漂着地に先住するサツマウバタマムシやウバタマムシに同化されて, その子孫に漂着者の形質が稀に現れるものと見做してよいであろう。この様にして両種は過去, 現在を問わず, 常に海流によって北東方に分布を拡大する能力を有するわけであるが, 漂着地に近縁の亜種がすでに存在する場合には上述の通りこれによって同化されてしまい, 漂着亜種は土着することは不可能であるが, 漂着地に対抗亜種が全くなく, 気候も適していて十分な松林さえあれば, 漂着亜種はその地に土着するのに困難は全くない筈である。この様にして, ミンデル氷期以後, 八重山群島(半島)から繰り返し漂流したサツマウバタマムシが対抗種の全くいない沖繩群島以北の島々に漂着し土着して, それぞれの亜種に分化するのにそれ程長い期間を要したとは考えられないのに反し, ウバタマムシの方は沖繩, 奄美両群島にはアオウバタマムシという有力な対抗亜種が存在するために, 漂着してもすぐ同化されてしまい土着することが出来ず, 沖繩や奄美群島の形成以後にその内側の海中に噴出した, アオウバタマムシの存在しない小火山島の久米島や宝島に漂着したものが辛うじて土着し得たに過ぎない。これが, ウバタマムシの琉球列島の内帯に見出される亜種群が互に近似するゆえんである。日本本土に見られる亜種japonicaは恐らくリス氷期かそれ以後に大陛から日本に侵入したもので, 琉球列島の各亜種が侵入出来なかった屋久島以北の地域に拡がったのであろう。この場合問題になるのは, 吐〓喇列島の中之島に産するものがjaponicaと区別出来ないことである。海流によって日本本土から中之島に漂着することは過去の地質時代においても不可能であったであろう。従って, 同島と日本本土は少なくともリス氷期以後において一度は連繋していたと考えなければならない。同一種の亜種でありながら, 中之島産のものが奄美大島亜種よりは日本本土亜種に近い例はウバタマムシ以外にもかなりの例が知られている。他の吐〓喇列島の島々に如何なるウバタマムシの亜種が産するか否か全く資料がないので, 断定することは出来ないが, 吐〓喇海峡は屋久島・口之島間よりは悪石島・宝島間の方が先に成立したのではなかろうか。地質学的にも吐〓喇海峡は宮古海峡より以前に成立し, その時代はギュンツ氷期かそれ以前と考えられているが, ウバタマムシ類の分化過程から推定される両海峡の成立時代も, この地質学からの推定に一致するのは当然とは云え興味深い。次に, アオウバタマムシoshimanaが日本から琉球列島の内帯を経て台湾に至る亜種群と異り, 大陸の中国中部からインドシナ半島に至る地域に産する亜種群に近似している理由を考察する。oshimanaは中国南部からインドシナ半島北中部に分布する亜種bourgoiniと共にウバタマムシの各亜種の中では最も古い形態を残す遺存亜種であり, oshimanaが琉球列島に隔離された後に, 大陛のウバタマムシが再び南北に分裂して出来たものが, 南のbourgoiniの祖型と北のjaponicaの祖型であると考え, chinensisとmiwaiは, bourgoiniとjaponicaが氷期の南下と間氷期の北上とを繰り返している間に生じた交雑型から生じた亜種であると考える。すなわち, 両亜種の第1回目の交雑型が翅鞘の間室の点刻はjaponicaに似ているが翅端の形はbourgoiniに似ているmiwaiで, 第2回目の交雑型が翅鞘間室の点刻はbourgoiniに似ているが翅端の形はjaponicaに似ているchinensisであろうと考えた。サッマウバタマムシの台湾亜種formosanaと日本亜種satzumaeが最も近似している理由は, 朝鮮半島と済州島には本種を全く産しないので, 中国大陸の恐らく楊子江流域に形成された両亜種の共通祖型が最近の地質時代, 恐らくはウルム氷期に, 朝鮮半島を経ずに直接九州に侵入したものがsatzumaeで, 台湾の山地に隔離されて残存したものがformosanaであるが, 大陸ではその後になって北上して来たyunnanaに同化されてしまい, 新しくnonfriediが形成されたのではないかと推定される。もちろん, ウバタマムシにもサツマウバタマシにも共に絶滅して現存しない亜種があったであろうことは想像に難くないが, ここでは一応現存の亜種に基き論を進めた。大陛における亜種の形成は地理的隔離の他に, 氷期, 間氷期における同一種内の南下, 北上の過程において, 異亜種の雑交による中間型の形成, その隔離による亜種としての固定の過程が重要な役を演じていると考えられる。これに反し, 琉球列島の様な大陛周辺部の島嶼では, 南下, 北上は不可能な場合が多く, 雑交は特殊な場合を除いては不可能で, 還境に適応して残存するより方法はない。この点で, 亜種の形成過程は大陸と島嶼地域とでは著しい相違があると筆者は考える。
著者
CHE-MPONDA Aleck Humphrey
出版者
The Research Committee for African Area Studies, Kyoto University
雑誌
African Study Monographs (ISSN:02851601)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.63-74, 1984-12

Plato and Aristotle described a society's leader as naturally selected by Divine Providence. They call him a "Prince" or the "Philosopher King." These characterizations remotely size-up Tanzania's Julius Kambarage Nyerere whose rise to prominence is quite fascinating. A "King" he was not. A "Prince" that he was. His own people rendered him great respect and called him "Mwalimu, " the "philosopher, " the "thinker." The term "Mwalimu" ordinarily means "teacher" but when reverence is injected into it, it means "thinker" or "philosopher." Nyerere schooled in adulthood and became the first Tanganyikan to earn a Master of Arts degree. He accomplished the feat in 1952 at Edinburgh, Scotland. The five years he spent in colonial Britain were years of genuine universal nationalism. Pan-Africanism was in full swing since 1945 calling for self-determination for African peoples then under European imperialism and colonialism. And, following World War II and the formation of the United Nations in 1945, the flame of Tanganyika's nationalism was lit and Nyerere was its bearer. He led Tanganyika to independence by 1961 and to union with distabilized Zanzibar in 1964 to form the current Tanzania. Nyerere was at the helm in Tanzania for over two decades earning for himself and for his country international respectability and domestic tranquility.
出版者
日経BP社
雑誌
日経コンストラクション (ISSN:09153470)
巻号頁・発行日
no.531, pp.62-64, 2011-11-14

このまま過剰供給構造を続けていては、地元の建設会社が共倒れする。こんな危機感から、行政側から供給を「制限」する動きも出てきた。建設会社の格付けと発注標準の見直しだ。 国や自治体などの発注機関は、経営事項審査の評点や受注実績などをもとに、建設会社をA等級やB等級などと格付けしている。
著者
槌野 正裕 荒川 広宣 小林 道弘 中島 みどり 高野 正太 山田 一隆 高野 正博
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1750, 2015 (Released:2015-04-30)

【背景】我々は,大腸肛門病の専門病院として,第42回当学会より,理学療法士の視点で直腸肛門機能についての研究を継続している。研究結果から得られた知識を基に,治療の質向上を図っている。今年度は,大腸肛門リハビリテーション科による便秘外来の開設に伴い,理学療法士も排便障害を主訴として受診された方に対して,バルーン排出訓練を行っている。特に,ROMEIIIF3領域の症例に対して介入し,排便姿勢や骨盤底筋群の弛緩方法,腹圧の加え方などを指導して,快適な排便を目指して治療を行っている。今回,医師から指示された症例に対して,バルーン排出訓練をポータブルトイレで実施し,訓練の際に直腸内の圧変化と息み時間を評価したので以下に報告する。【対象と方法】バルーン排出訓練を理学療法士も介入して実施した女性6例(平均年齢77.7±9.6歳)を対象とした。バルーン排出訓練では,患者はシムス体位で臥床し,シリコン製のバルーンを肛門から挿入する。肛門管を過ぎて直腸内にバルーンを留置し,airを50ml送気したものを疑似便に見立て,通常の排便のごとく息んで排出する。訓練中には,一連の圧変化をスターメディカル社製直腸肛門機能検査キットGMMS-200で評価する。訓練は下記の方法で行い,1.から5.を比較検討した。患者は,1.airを送気して便意を感じた状態で起き上がり,ポータブルトイレへ移動する。移動が完了したら,2.背筋の伸ばした伸展座位で排出する。3.排出ができなければ前屈座位で排出する。4.伸展座位で排出できた症例も前屈座位での排出を同じように実施する。訓練終了後に,パソコンのモニターを用いて,5.排出までの息み時間を計測した。また,一連の排便動作における圧の変化を説明し,腹圧の加え方や骨盤底筋群の弛緩を促した。【結果】1.臥位からポータブルトイレへ着座した時点で,直腸圧が21.8±6.9cmH2O上昇した。2.伸展座位での排出では,2例が可能(94.9±161cmH2O)であり,4例は不可能(90.5±44.1cmH2O)であった。不可能な4例は,直腸圧が高まっていても排出ができない症例が2例,直腸圧が高まっていない症例が2例であった。3.前屈座位での排出では,4例が可能(120.8±22.5cmH2O)であり,2例が不可能(73.1±28.1cmH2O)であった。伸展座位で直腸圧が高まっても排出できなかった2例は排出可能であった。また,排出不可能であった2例のうち,1例は伸展座位でも排出できない症例であり,1例は普段から伸展座位でしか排出できない症例であった。臥位,伸展座位,前屈座位の全ての姿勢で排出できた症例の息み時間は,臥位10.5秒,伸展座位5秒,前屈座位3秒でバルーンの排出が可能であった。5.伸展座位と前屈座位で,排出までに息んだ時間は,排出が可能な場合は9.0±5.7秒,9.5±4.4秒,不可能な場合は15.1±10.5秒,9.8±3.2秒であった。全体で排出可能な場合は,9.5±4.4秒,不可能な場合は13.3±8.7秒であった。【考察】今回,バルーン排出訓練での直腸圧の変化と息み時間を比較した。まず,着目したことは,臥位と座位では直腸圧が変化している点である。臥位よりも座位では,直腸圧つまり腹圧が21.8±6.9cmH2O上昇した。このことは,オムツを着用したままの臥位での排便ではなく,便意を逃さずトイレへ誘導し,便座へ着座してから排便を促すことが重要であることの根拠になると考える。また,伸展座位では排出可能,不可能にかかわらず同程度の直腸圧であったが,前屈座位では排出が可能な例で直腸圧が高く,不可能な例では低い傾向であった。排出までに息んだ時間は,排出可能な場合は9秒,不可能な場合は伸展座位で15秒,前屈座位では10秒と伸展座位で排出できない場合は長く息んでいた。我々の過去の研究では,肛門内圧は骨盤前傾位で高く,後傾位で低くなること。前屈座位では伸展座位よりも肛門直腸角が鈍角になりやすいことを報告しており,出口である骨盤底筋群は伸展座位で弛緩が困難なため息みが長くなり,前屈座位では弛緩し易いために息みが短かったと考えられる。これらの結果から,前屈座位では腹圧が適度に上昇し,骨盤底は弛緩するため排出が行い易くなったと考えられる。【理学療法学研究としての意義】理学療法士が排泄についての生理を知識として持つことで,在宅生活を送るための支援につながり,生活の質を高めることが出来ると考えている。