著者
森 信介 土屋 雅稔 山地 治 長尾 真
雑誌
情報処理学会研究報告自然言語処理(NL)
巻号頁・発行日
vol.1998, no.48(1998-NL-125), pp.93-99, 1998-05-28

本論文では、確率的モデルによる仮名漢字変換を提案する。これは、従来の規則とその重みに基づく仮名漢字変換と異なり、入力に対応する最も確率の高い仮名漢字混じり文を出力とする。この方法の有効性を確かめるため、片仮名列と仮名漢字混じり文を有するコーバスを用いた変換実験を行ない、変換精度を測定した。変換精度は、第一変換候補と正解の最長共通部分列の文字数に基づく再現率と適合率である。この結果、我々の提案する手法による再現率は95.07%であり、適合率は93.94%であった。これは、市販の仮名漢字変換器の一つであるWnn6の同じテストコーパスに対する再現率(91.12%)と適合率(91.17%)を有意に上回っており、確率的モデルによる仮名漢字変換の有効性を示す結果となった。
著者
田村 誠
雑誌
大阪産業大学論集 人文・社会科学編 (ISSN:18825966)
巻号頁・発行日
vol.30, pp.31-49, 2017-06-30

“The Nine Chapters on the Mathematical Art” was the oldest book of mathematics in China before the unearthing of “Suan-shu shu.” The aim of our research is to provide a complete translation and annotation of it including annotations of Liu Hui(劉徽)and Li Chunfeng(李淳風)from the viewpoint of our previous work on “Suan-shu shu.”This is the twenty-seventh article based on our research and results in which we studied the problems 10 to 17 of Chapter 8, Fangcheng(方程)
著者
張替 俊夫
雑誌
大阪産業大学論集 人文・社会科学編 (ISSN:18825966)
巻号頁・発行日
vol.30, pp.15-29, 2017-06-30

“The Nine Chapters on the Mathematical Art” was the oldest book of mathematics in China before the unearthing of “Suan-shu shu.” The aim of our research is to provide a complete translation and annotation of it including annotations of Liu Hui(劉徽)and Li Chunfeng(李淳風)from the viewpoint of our previous work on “Suan-shu shu.”This is the twenty-sixth article based on our research and results in which we studied the problems 4 to 9 of Chapter 8, Fangcheng(方程)
著者
田村 誠
雑誌
大阪産業大学論集 人文・社会科学編 = JOURNAL OF OSAKA SANGYO UNIVERSITY (ISSN:18825966)
巻号頁・発行日
vol.31, pp.1-23, 2017-10-31

“The Nine Chapters on the Mathematical Art” was the oldest book of mathematics in Chinabefore the unearthing of “Suan-shu shu.” The aim of our research is to provide a completetranslation and annotation of it including annotations of Liu Hui(劉徽)and Li Chunfeng(李淳風)from the viewpoint of our previous work on “Suan-shu shu.”This is the twenty-eighth article based on our research and results in which we studied theproblems 18 of Chapter 8, Fangcheng(方程).
著者
及川 祥平
出版者
成城大学
巻号頁・発行日
2015-02-20

成城大学学位規則 第6条第3項
著者
植田 康孝 木村 真澄
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.27, 2017-03-31

日本人は,鉄腕アトム,ドラえもんなど,いつの時代も人間そっくりのヒト型ロボットに憧れて来た。そして,その憧れは,近年,技術革新が著しい人工知能へと結び付く。人間のように動き,時に感情まで持つアンドロイド(ヒト型ロボット)は様々なSF マンガに登場するため,今やエンタテインメントには欠かすことが出来ない存在になっている。鉄腕アトムやドラえもんといった,ロボットを題材としたアニメが人気となった日本では,特にヒト型ロボットの研究が先行して来た。コミュニケーションが出来るヒト型ロボットは海外でも需要が高い。日本以外にも少子高齢化に悩む国では新たな労働力が必要となるためである。サービス業でロボットを利用すれば,生産性を向上して経済成長を促すことが出来る。日本は,福島第一原発,少子高齢化に伴う健康・医療,介護,労働力不足,地方経済の疲弊など数多くの課題を抱えるが,課題解決するためには人工知能(ロボット)の活用が不可欠である。課題先進国であるからこそ,人工知能の開発が進むチャンスである。 問題となるのは,ロボットが獲得する「自律知」である。人間が作り出す人工知能を搭載する最新のロボットは果たして「心」を持つことが出来るのか。「感情」や「自意識」を持った「人格」がロボットに宿るのか。議論の分かれ目は「感性」や「意識」,そして「精神」や「魂」といったある種の神秘性をロボットが持てるか,それともそれらがロボットには欠落するか,という点に尽きる。この問題は,ハリウッドのSF 映画における見方と日本アニメ文化の見方で大きく分かれる。西欧キリスト教文明では,心を持つのは人間だけに限定され,動物には心はないと考える。ましてやロボットのような無機物の「魂」には「心」も「魂」もないと考える。一方,日本人は,路傍の石やモノノケなど森羅万象あらゆるモノに「モノの気」があると考えて来た。もちろん森羅万象の「気」「魂」「心」「意識」「自我」には様々な階層があるが,自然に対するそのような見方の下では,人間以外の存在も「心」や「魂」を持てることを,日本人は自然に受け入れることが可能になっている。 「ドラえもん」や「鉄腕アトム」のような「自律知」を持った「汎用人工知能」を実現するためには,2つの問題を解決しなければならない。人工知能のシステムに価値観を「植え付ける」という技術的問題と,その価値観はどういうものにするべきかという倫理的問題である。道徳論はいわば,人類の永遠のテーマとして扱われて来た。何千年も前から議論が続いているが,私たちはいまだ道徳論に対する「正解」を見つけられずにいる。汎用人工知能として日常生活に溶け込むロボット「ドラえもん」にどのような倫理観を植え付けるべきかという正解を見つけることは,今後ともに議論の余地を残す。軍事ロボットを開発する米国や中国と異なり,ロボットを平和用途に限定して用いる日本が果たすべき役割は大きい。いつの時代も問われているのは人間の倫理観である。
著者
下間 芳樹
雑誌
情報処理
巻号頁・発行日
vol.59, no.6, pp.557-560, 2018-05-15

大学入学者選抜改革推進委託事業 情報学的アプローチによる「情報科」大学入学者選抜における評価手法の委託研究の第2回シンポジウムに参加した.本事業は2016年度から2018年度まで3年間に渡る文科省の事業で,大阪大学が受託し東京大学と情報処理学会が連携機関として参加している.第1回のシンポジウムは2017年3月20日に開催され2017年度の成果が中間報告された.今回は2017年度の成果とその後の進捗状況が報告された.内容は事業概説,模擬試験を実施するCBTシステムについて,模擬試験結果の分析について,情報学の参照基準について,評価のためのルーブリックと作題例について等である.
著者
愛甲 健二 松木 隆宏
雑誌
コンピュータセキュリティシンポジウム2014論文集
巻号頁・発行日
vol.2014, no.2, pp.704-710, 2014-10-15

数理統計的手法により実現されたマルウェア検知アルゴリズムは,学習と評価が保持するデータセットに依存するためその有用性の証明が難しい.本稿ではマルウェアの時系列データに着目し,対象となる検知アルゴリズムの性能が持続する期間を調査,推定し,検知精度の低下と再学習が必要となる時期を予測する手法を提案する.
著者
押岡 大覚 鎌倉 利光
出版者
聖泉大学紀要員会
雑誌
聖泉論叢 (ISSN:13434365)
巻号頁・発行日
no.25, pp.19-30, 2018

本研究では,コ・ファシリテーター方式,一泊二日の宿泊形式により実施されたフォーカシング指向グループ("Focusing-oriented" Group:以下,F.O.G.)ワークショップ参加者から得られた《満足した点》及び《不満足な点・心残り・気がかり》に係る自由記述について,テキストマイニング及び多変量解析による分析を施し,F.O.G.のグループ・プロセスに関する仮説の生成を目的とした。その結果,《満足した点》では「自分のフェルトセンスの感受」,「メンバーの発言への傾聴体験」,「メンバーが言語化したフェルトセンス」,「グループでの気づき」,「聴くことの大切さへの気づき」,「集団雰囲気の感受」,「フェルトセンスの尊重」という構成概念が抽出され,それらをもとに仮説が生成された。一方《不満足な点・心残り・気がかり》では,「発言することへの憂慮」,「自分が言語化したフェルトセンス」,「メンバーとの心理的距離感」,「自分のフェルトセンスが感じられない」という構成概念が抽出され,それらをもとに仮説が生成された。ただし,これらの仮説は第3回から第5回F.O.G.モデル構成から得られたものであり,これまで,あるいはこれ以降実施されるF.O.G.モデル構成全般に汎化して考えられるか否かについては,一定の保留が必要である。
著者
木村 二郎
出版者
桃山学院大学総合研究所
雑誌
桃山学院大学総合研究所紀要 = ST. ANDREW’S UNIVERSITY BULLETIN OF THE RESEARCH INSTITUTE (ISSN:1346048X)
巻号頁・発行日
vol.42, no.3, pp.29-43, 2017-03-16

In the 46th general election of members of the House of Representatives held on December16, 2012, the Liberal Democratic Party of Japan (LDP) gained a substantial victory, and the Abeadministration was established. In his inaugural address, Prime Minister Shinzo Abe expressedhis firm intention to promote a set of economic policies named the “three arrows” : aggressivemonetary easing, flexible fiscal stimulus, and a new growth strategy, with the aim of rescuing theJapanese economy from prolonged deflation. Pushed by the government, and based on a joint announcement(policy accord) issued with the government, Masaaki Shirakawa, the then Governorof the Bank of Japan (BOJ) agreed to set a 2% inflation target in January 2013. To achieve thistarget, Haruhiko Kuroda, who succeeded Mr. Shirakawa in March 2013, introduced the quantitativeand qualitative monetary easing (QQE) policy on April 4, 2013.During the period of rock-bottom rates that started in 1995, the BOJ introduced a new monetarymeasure called “unconventional monetary policies,” including zero interest rates, quantitativemonetary easing (QE) and comprehensive monetary easing policies. Similar unconventionalmonetary policies have also been employed in the United States and European countries since theLehman Brothers went bankrupt in 2008. Generally, the QQE policy adopted by the Kuroda-ledBOJ can be categorized as an extension of these unconventional monetary policies. However, becausethe implementation level and impact of QQE are more extensive than existing policies interms of scale and extent, the QQE policy by Mr. Kuroda is also called “ijigenkanwa” (differentdimension easing policy). It can be said that QQE was actually introduced under compulsion ofthe government as a measure to attain the 2% inflation target.Although three years and several months have passed since the introduction of the QQE policy,the BOJ has not yet achieved its initial goal of “realizing a 2% inflation target within two years.”The purpose of this study is to assess the monetary easing policies implemented by the BOJ. InChapter 1, I examine the dogma of pro-reflation economists (a doctrine that considers deflationas the cause of the economic stagnation), which is an underlying idea of the QQE policy, from acritical viewpoint. Chapter 2 clarifies that although the QQE policy has had a favorable impact onthe monetary economy such as foreign exchange rates, the stock market and the bond market,their effectiveness in the real economy has not yet been adequately confirmed. Chapter 3 examinesthe relationship between monetary policy and fiscal policy, particularly focusing on “monetary financing” issues, in an attempt to point out that the increase in the future risk of economicdifficulties such as sudden rise of interest rate (sudden drop of government bond price), hyper-inflation and so on is an adverse effect of the QQE policy. Chapter 4 introduces existing principalstatements/opinions on QQE policy assessment issues. Chapter 5 provides a critical examinationof the details of “a shift in monetary easing policy” and “comprehensive assessment,” which werediscussed at the BOJ Monetary Policy Meeting held in September 2016.
著者
真鍋 祐子
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.91, pp.293-309, 2001-03-30

本稿の目的は,政治的事件を発端としたある〈巡礼〉の誕生と生成過程を追うなかで,民俗文化研究の一領域をなしてきた巡礼という現象がかならずしもア・プリオリな宗教的事象ではないことを示し,その政治性を指摘することにある。ここではそうした同時代性をあらわす好例として,韓国の光州事件(1980年)とそれにともなう巡礼現象を取り上げる。すでに80年代初頭から学生や労働者などの運動家たちは光州を「民主聖地」に見立てた参拝を開始しており,それは機動隊との弔い合戦に明け暮れた80年代を通じて,次第に〈巡礼〉(sunrae)として制度化されていった。しかし,この文字どおり宗教現象そのものとしての巡礼の生成とともに,他方ではメタファーとしての巡礼が語られるようになっていく。光州事件の戦跡をめぐるなかでは犠牲となった人びとの生き死にが頻繁に物語られるが,それは〈冤魂〉〈暴徒〉〈アカ〉など,いずれも儒教祭祀の対象から逸脱した死者たちである。光州巡礼における死の物語りは,こうしたネガティヴな死を対抗的に逆転評価するなんらかのイデオロギーをもって,「五月光州」のポジティヴな意味を創出してきた。すなわち光州事件にまつわる殺戮の記憶の物語りに見出されるのは,自明視された国民国家ナショナリズムを超え,それに対抗する代替物としての民族ナショナリズムを指向する政治的脈絡である。光州をめぐるメタファーとしての巡礼は,それゆえ,具体的には「統一祖国」の実現過程として表象される。そこでは統一の共時的イメージとして中朝国境に位置する白頭山が描出されるとともに,統一の通時的イメージとして全羅道の「抵抗の伝統」が語られる。
著者
吉田 健二 齋藤 彰一 毛利 公一 松尾 啓志
雑誌
情報処理学会論文誌コンピューティングシステム(ACS) (ISSN:18827829)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.11-24, 2014-05-15

オペレーティングシステム(OS)には高い耐障害性が求められる.しかし,耐障害性を向上させる既存手法は,専用ハードウェアや大きな実行時オーバヘッドが随伴するという問題がある.我々はOSを計算機上に複数動作させてアクティブ/バックアップ構成を組み,プロセスとファイルキャッシュを保護する耐障害性向上手法を提案する.本提案手法では,保護するデータは障害発生後に取得することで事前の実行状態保存による実行時オーバヘッドをゼロに抑えることができる.また,提案手法を実現するために必要となるリソースはCPU 1コアと少量のメモリ領域のみである.本提案手法を実装した結果,リカバリの時間は最短で0.4秒,2GB程度のデータの復元が必要となった場合でも10秒程度であることを確認した.また,テキストエディタ,NFSサーバ,データベースサーバ,HTTPサーバで障害を発生させた場合の停止時間は最長1.5秒であった.
著者
井原 今朝男
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.178, pp.305-329, 2012-03-01

戦国・織豊期の天皇像について、公家衆が地方に下向するものが多く、天皇は公家 社会に対する統括権を喪失し「太政官も廷臣も必要としない天皇制」になったとする 歴史像が通説になっている。本稿では、明応五年(一四九六)前関白九条政基が家礼唐橋在数を殺害した事件で、 後土御門天皇が九条家に対して勅勘の処分にした裁判事例をとりあげ検討した。その 結果、天皇は被害者の一門菅原氏に勅使を派遣して菅氏輩訴状を出させ、論人の九条 家にも勅使を派遣して准后申状を提出させて、裁判をはじめた。近臣や伝奏経験者に 勅問を発して意見具申をもとめ、二月五日に天皇自ら妻戸間に出御して、伝奏・職事 らと合議を行い、両局輩から勘文を出させて、御前沙汰と呼ぶべき裁判審議を行った。 武家に申して御沙汰するか否かについては、重科の罪ではないとして、九条尚経解官 の処分案について検討することで二月五日の御前定を終えた。この天皇裁判事件は、 天皇が官人と結ぶ官位制(国家官僚制)と、権門が家礼と結ぶ主従制(家産官僚制) という二つの官僚制のうち、どちらを優先させるか、という難問であった。摂籙家や 九条家と姻戚関係にあった三条西実隆や甘露寺親長ら近臣は、家礼在数の罪科は明瞭 であるとして、家長による家礼・臣への処罰権を軽視するものとして摂家解官の処分 案に反対した。閏二月二日の御前定で、天皇は摂家解官の処分案を撤回し、近衛家が 提案した九条家勅勘・出仕停止の処分案を「御治定」として決裁した。このように室 町戦国期の天皇は、公家身分内部の紛争や殺害事件に対して天皇の裁判権・処罰権を 行使しており、勅使の派遣や勅問によって関係者の合意形成に努力し、勅勘・出仕停 止の処分案を天皇による最終決定として判決した。その反面、武家執奏を口実にして、 天皇の意志に反した近衛家から関白職を取り上げた。室町・戦国期にも天皇が公家間 の紛争に対して裁判権を行使し、幕府を後見として利用しつつ家父長制的権力を強化 していたことをあきらかにした。