著者
勝部 眞人 坂根 嘉弘 中山 富廣 河西 英通 布川 弘 木村 健二 徳永 光俊 真栄平 房昭 弁納 才一 張 楓 張 翔 戴 鞍鋼 蘇 淳烈 朴 ソプ
出版者
広島大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2006 (Released:2006-04-01)

本研究は、19世紀末~20世紀初頭におけるグローバリゼーションのなかで、在地社会の持つ伝統的文化性(「在来」)が新しい社会変動(「外来」)に対してどのような影響を与え、どういう形で生き残っていくのか…を、東アジア社会という枠組みで検討しようとしたものである。期間中に日本・中国・朝鮮3国の比較に議論が集中し、瀬戸内という対象地域の特質解明にまでは至らなかったが、3国社会比較の視座について「在地社会の共同性」という観点からの手がかりを得ることができた。
著者
真栄平 房昭 Fusaaki MAEHIRA
雑誌
女性学評論 = Women's studies forum
巻号頁・発行日
vol.13, pp.17-31, 1999-03

In July 1853 the East India Squadron under the command of Com. MatthewC.Perry arrived in Japan. Then Japan's feudal system began to collapse rapidly and Japan was forced to open the country to foreign trades and diplomatic relations. The subject of this paper is to consider one aspect of the international relations. The subject of this paper is to consider one aspect of the international relations between Japan and Perry's squadron coming to Ryukyu, from the viewpoint of women's history. As the object of the consideration, I take a rape case against a Ryukyuan woman by one of the Perry's crew named William Board. This case developed into a serious problem that could impair the relations between the United States and Ryukyu. In the history of the modern international law, it is also regarded as the first case followed by many assault cases by foreigners. Ryukyu was regarded as an important strategic relay base necessary for the U.S. Therefore they pressured Japan into limiting Ryukyu's jurisdiction by the "Gunboat Diplomacy". In this short paper, first I analyze the American deplomatic policy toward Japan and Perry's claim of the occupation of Ryukyuan ports by American squadrons. Then I provide concrete written testimonies concerning the sexual assault case.
著者
高良 倉吉 狩俣 繁久 赤嶺 政信 山里 純一 豊見山 和行 池田 栄史 真栄平 房昭
出版者
琉球大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2001 (Released:2001-04-01)

歴史学分野では戦後のアメリカ統治期の約5年間に与那国島を南の拠点とし、口之島を北の拠点とする密貿易・密航ルートが先島諸島・沖縄諸島・奄美諸島・トカラ列島そして九州にまたがって形成されていたことから、トカラ列島の問題を前近代史に限るのではなく、現代史にも位置づけ直す必要がある点が確認された。沖縄県立博物館所蔵の古図の分析を本格的に行ない、同図が15世紀中期に朝鮮で作成された琉球国之図に近似していること、原図作成者と見られる中世の九州海商がすでに九州・トカラ・奄美そして琉球に至るネットワークを形成し、彼らの活動舞台に関する詳細な情報を入手していたことなどが明らかとなった。この古図の分析結果は中世日本史の分野に対する十分な問題提起になりうると思う。トカラ列島中之島を対象とする民俗学的調査では過疎化や住民の交替などにより古層を伝える伝承者がすでに存在せず、むしろ能動的な民俗変容こそ問題とすべき段階にあることが葬墓制の事例研究などから明らかとなった。言語学的にみてトカラ方言が九州方言と琉球方言をつなぐ重要な位置にあり琉球方言形成史解明のための手がかりを与える方言であることが確認された。研究の最終作業として行なわれた2度にわたるワークショップでは、トカラ列島の位置づけをめぐって薩摩・九州からの視点と奄美・沖縄からの視点だけでなく、中国をふくめた環東シナ海における位置づけが重要であるなどの論点と今後の主要な課題が確認できた。
著者
齋木 喜美子 船寄 俊雄 真栄平 房昭 森田 満夫 正置 友子 高橋 正教 大澤 研一 櫻澤 誠
出版者
福山市立大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008 (Released:2008-04-01)

4年間の研究成果は以下の通りである。1.伊波常雄教育関係資料を保管するうるま市石川歴史民俗資料館と共同して資料を整理し、同資料の目録とCD-ROMを作成・発行した。2.戦後沖縄、とりわけ占領期の沖縄教育の実態と課題について研究を深め、研究メンバーがそれぞれ成果を発表した。また、各自の研究論文とシンポジウムの記録、聞き取り調査の内容などをまとめ、最終年度に研究成果報告書として刊行することができた。3.最終年度に、うるま市石川歴史民俗資料館とうるま市教育委員会の協力を得て資料展示会とシンポジウムを開催し、地元メディアにも大きく取り上げられた。4.伊波常雄教育関係資料リスト、検索用CD-ROM、研究成果報告書を国内外の主要な図書館や研究機関に送付し、一般にも研究成果を発信できた。以上、今後の占領期教育実践研究進展のための基盤づくりができたことを踏まえ、当初の計画通りの成果を上げられたものと考える。
著者
田中 恭子 荒井 茂夫 白石 昌也 黒柳 米司 真栄平 房昭 田中 明彦 中田 睦子
出版者
南山大学
雑誌
重点領域研究
巻号頁・発行日
1996 (Released:1996-04-01)

計画研究「中国とアジア太平洋の広域世界」は、研究分担者6名、公募研究者6名、研究協力者2〜3名による共同研究を進めてきた。3年間にあわせて15回の研究会を行い、そのうち2回は領域研究の他の班(中華世界班、社会班)と、1回は特定領域研究「南アジアの構造変動とネットワーク」の世界システム班と合同で開催し、学際的研究を進めた。また、第5回研究集会において「アジア太平洋世界と中国」セッションを主宰し、班の研究成果を領域研究全体で共有するよう努めた。3年間の研究活動の結果、次のような共通認識を持つに至った。(1)冷戦の終結は、米ソ中3極構造を崩壊させ、中国を「地域化」させた。中国の影響力および経済関係は、アジア太平洋地域にほぼ限定され、その外交戦略もまた、近隣のアジア諸国との関係緊密化によって、平和な環境を維持し、アメリカの「脅威」に対処するものである。(2)東南アジア諸国には新たな「中国脅威論」が浮上しているが、これは、中国の「建設的関与」促進によって緩和可能と考えられていること、華人はもはや争点でないことの2点において、冷戦期の「脅威論」とは質的に異なっている。(3)経済的には、香港・台湾を含む華人ネットワークが中国の発展の重要要因となっている。とくに、広東・福建の僑郷(香港住民・海外華人の出身地区)の発展は、ほぼ全面的に彼らに依存してきた。このため、北京も僑郷地区も海外華人との連係強化に懸命である。(4)これらの動向は、いずれも何らかの構造的変化を示すものであり、1997年の香港返還およびアジア経済危機がさらなる構造変動を促すことかどうか注目される。