著者
中津井 雅彦 鎌田 真由美 荒木 望嗣 奥野 恭史
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.149, no.6, pp.281-287, 2017 (Released:2017-06-14)
参考文献数
7

医薬品研究開発プロセスの効率化によって研究開発コストを抑制することは製薬業界にとっての急務であり,人工知能(AI)や分子シミュレーションの技術を駆使した「インシリコ創薬」に大きな期待が寄せられている.しかし,これまでの「インシリコ創薬」においては,主に計算機性能の不足により,①膨大な化合物ライブラリから疾患原因タンパク質と結合する化合物を網羅的に探索できない,②医薬品候補化合物の薬理活性を正確に予測することが難しい,といった課題があった.本稿では,これらの課題の解決を目指して筆者らが取り組んできた,スーパーコンピュータ「京」を活用した世界最大規模の高速・超並列バーチャルスクリーニング,および大規模分子動力学シミュレーションを活用したタンパク質-化合物結合親和性の高精度予測について紹介するとともに,次期のスーパーコンピュータであるポスト「京」の圧倒的な計算性能が実現するインシリコ創薬の未来を展望する.
著者
田中 英夫 長尾 香織 池田 了
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.2, pp.147-151, 2007 (Released:2007-08-10)
参考文献数
10

ここ20年の抗HIV薬の開発は目覚しく,現在20種を超える薬剤が上市されている.治療に使用されている逆転写酵素阻害薬,プロテアーゼ阻害薬に加え,新規作用機序を持つ薬剤も開発段階にあり,今後さらに治療の選択肢が増えることが期待される.しかし,薬剤耐性ウイルスの出現,長期服用に伴う副作用,HIV感染症の根本治療の困難さなど課題は残されている.
著者
篠塚 和正 和久田 浩一 鳥取部 直子 中村 一基
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.143, no.6, pp.283-288, 2014 (Released:2014-06-10)
参考文献数
50

ATPは様々な細胞から遊離されるが,ATPとその代謝産物のアデノシン(ADO)をアゴニストとする受容体もほとんどの細胞の細胞膜上に存在している.したがって,遊離された ATPやADOは,自身または隣接した細胞の受容体に作用し,異種細胞間の共通した細胞外シグナル分子として相互作用(クロストーク)に寄与している可能性がある.血管交感神経終末部にADO(A1)受容体が存在し,交感神経伝達を抑制的に調節していることはよく知られているが,筆者らはα1受容体刺激により血管内皮細胞から ATP やADO が遊離されること,これがノルアドレナリン(NA)の遊離を抑制することを見出し,逆行性のNA遊離調節因子として機能している可能性を報告した.また,培養内皮細胞の ATP(P2Y)受容体を刺激することにより,内皮細胞内のカルシウムイオンレベルが増加するとともに細胞の形状が変化し,細胞間隙が増大して内皮細胞層の物質透過性が増加することを見出し,ATPが生理学的・病態生理学的な透過性調節因子として機能している可能性を報告した.一方,ヒト線維芽肉腫由来細胞(HT-1080)からATPが遊離されることを見出し,これが血管内皮細胞のP2Y受容体を刺激して細胞内カルシウムイオンレベルを増加させることを明らかにするとともに,このような内皮細胞の反応ががん転移機序の一部に寄与する可能性を報告した.さらに,HT-1080のADO(A3)受容体刺激により,cyclin D1発現量の低下を介した抗がん作用が現れることを見出し,内皮細胞がA3受容体を細胞拮抗に利用している可能性を示唆した.このように,内皮細胞を中心としたATPによるクロストークは多様であり,組織の生理学的・病態生理学的機能変化を総合的に理解する上で,クロストークの役割の解明は重要であると考えられる.
著者
杉浦 一充
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.146, no.5, pp.252-255, 2015 (Released:2015-11-11)
参考文献数
13

汎発性膿疱性乾癬は指定難病である.急激な発熱とともに全身の皮膚が潮紅し,無菌性膿疱が多発する.ときに内臓病変を合併し,治療に難渋し死に至ることもある.誘発因子は上気道感染,抗生剤などの薬剤,妊娠などである.従来,汎発性膿疱性乾癬の病因は不明であったが,近年著者らにより,「尋常性乾癬を伴わない汎発性膿疱性乾癬は大半がIL36RN遺伝子変異によるIL-36RN機能欠損を背景とした疾患である」ことが,また,基本的には常染色体劣性遺伝型式を背景とするが,ときにはヘテロ接合体変異を背景としても発症することが解明された.2015年度から難病の特定疾患調査表にも,IL36RN遺伝子変異解析結果を記載する欄が新たに設けられた.汎発性膿疱性乾癬の類縁疾患で,妊婦に発症する重症の膿疱症である,疱疹状膿痂疹の大半の症例でもIL36RN遺伝子変異が関連する可能性がある.同様に汎発性膿疱性乾癬との鑑別が時に困難である,重症薬疹の1つの病型である急性汎発性発疹性膿疱症の一部の症例にもIL36RN遺伝子変異があることもわかってきた.IL36RN遺伝子ヘテロ接合体変異は日本人の2%弱が保有していることから,IL36RN遺伝子変異の関連する膿疱症は実際にはかなりの多症例数であることが予測される.汎発性膿疱性乾癬のみならず,疱疹状膿痂疹や急性汎発性発疹性膿疱症などの全身性の膿疱症では早期診断早期治療介入,あるいは病因検索と誘発因子回避の指導のために,IL36RN遺伝子変異解析を実施すべきである.IL-36RN欠損症による膿疱症の治療標的はIL-36受容体ならびにそのアゴニストであるIL-36α,IL-36βおよびIL-36γであることは明白なので,今後の根本的治療薬の開発が大いに期待されている.
著者
山田 哲也
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.148, no.1, pp.28-33, 2016 (Released:2016-07-13)
参考文献数
18

体重の調節メカニズムは,摂食とエネルギー消費の調節に集約されるが,近年,エネルギー消費における褐色脂肪組織(brown adipose tissue:BAT)の働きが注目されている.BATは脱共役タンパク質(uncoupling protein-1:UCP-1)の発現に特徴づけられ,熱産生に特化した組織である.BATが担っている熱産生の内で食事誘発性熱産生は,食物摂取に呼応するエネルギー消費調節の仕組みと捉えることができるため,個体レベルのエネルギー代謝調節メカニズムの一つと考えられる.本稿では,BATの食事誘発性熱産生を調節する臓器間神経ネットワークに焦点を絞り,体重調節のメカニズムとその意義について考察する.
著者
松本 成史 柿崎 秀宏
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.1, pp.40-44, 2016 (Released:2016-01-09)
参考文献数
26

1977年,F. Muradらは生体内における血管内皮由来物質としてのNO(一酸化窒素)の働きを発見し,1998年にはノーベル生理学・医学賞を受賞した.血管内皮やNO作動性神経から放出されたNOは,cGMP(環状グアノシン一リン酸)を産生して平滑筋を弛緩させる.cGMPを分解するPDE(ホスホジエステラーゼ)type5の活性化を抑制するPDE5阻害薬は,平滑筋細胞内cGMP濃度の低下を防ぎ,結果としてNO産生量を増加させる.PDE5阻害薬は,1990年代前半に狭心症治療薬として開発されていたが,陰茎海綿体平滑筋等を弛緩させることでED(勃起不全)に有効であることが認められ,本邦においても1999年にシルデナフィルがED治療薬として承認を受けた.またPDE5阻害薬はPAH(肺動脈性肺高血圧症)治療薬としても臨床応用されており,EDのみならず全身的な血管・血流改善薬の可能性を秘めている.LUTS/BPH(前立腺肥大症に伴う下部尿路症状)に関しては,その相関性について議論されており,共通の発症要因としてのNO-cGMP系の低下が注目されてきた.PDE5は陰茎海綿体のみならず,膀胱,前立腺,尿道をはじめとする下部尿路にも広く分布していることが知られており,PDE5阻害薬の中でタダラフィルは2014年に「BPHに伴う排尿障害」治療薬として本邦においても臨床での使用が開始となった.PDE5阻害薬は膀胱出口部閉塞抑制作用,骨盤内血流改善作用,求心性神経活動抑制作用といった下部尿路に対する作用に加え,抗炎症作用,抗酸化作用,血管内皮保護作用等の多岐に亘る薬理作用を有していることが知られており,本項では第88回日本薬理学会年会シンポジウムで発表した内容を中心に報告する.
著者
水田 雅也
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.125, no.3, pp.125-128, 2005 (Released:2005-04-26)
参考文献数
13
被引用文献数
1

酸化ストレスは,老化や癌のみならず,生活習慣病の病態にも関与していることが明らかとなってきた.糖尿病においても酸化ストレス亢進が,糖尿病血管障害やインスリン作用に影響している.特に糖尿病血管障害に関しては,主として以下の4つの経路により亢進した酸化ストレスが,障害の進行に関与していると考えられる:1)ポリオール代謝亢進に伴う酸化ストレス,2)advanced glycation end products(AGEs)産生とAGEs受容体(RAGE),3)ミトコンドリア電子伝達系からのスーパーオキサイド産生増加,4)血管壁細胞におけるNAD(P)Hオキシダーゼ活性化.一方,糖尿病状態においては酸化ストレスに抗すべき酸化ストレス消去系の活性低下も生じる.8-epiprostaglandin F2α(8Epi)を酸化ストレスマーカーとして検討すると,糖尿病患者では酸化ストレスが亢進しているが,必ずしも血糖値の動きとは関連しておらず,高中性脂肪血症との関連性が示唆された.酸化ストレスは,血管障害のみならず,神経細胞においてもタンパク質の機能障害,細胞内輸送の障害,ひいてはアポトーシスを引き起こし,糖尿病性神経障害の病態に深くかかわっていることが明らかにされてきた. 酸化ストレスとは,「生体の酸化反応と抗酸化反応のバランスが崩れ,前者に傾いた状態」と定義される.酸化ストレスは,タンパク質,脂質,DNA障害を介して,老化や癌,生活習慣病の病態に関与していると考えられている.インスリン作用が不足した状態である糖尿病においても酸化ストレスが種々の程度に亢進し,病態に影響していることが明らかにされてきた.特に糖尿病血管障害に関しては,酸化ストレス亢進により血管内皮細胞の機能障害,血栓形成やLDLの酸化変性を促進する一方,細胞内情報伝達系を修飾しサイトカイン,接着因子,増殖因子の発現を増強させて血管病変の進行を促進する.また最近では,酸化ストレスがインスリン抵抗性や膵β細胞からのインスリン分泌にも影響しうることが示されている.
著者
吉澤 一巳 成田 年 鈴木 勉
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.142, no.1, pp.22-27, 2013 (Released:2013-07-10)
参考文献数
40
被引用文献数
1

オピオイド鎮痛薬による薬物療法は,がん性疼痛に限らず非がん性疼痛に対してもその有用性が報告されている.しかしながら,米国では慢性非がん性疼痛患者に対するオピオイド鎮痛薬の使用量が急増するとともに精神依存をきたす患者も増えていることが問題となっている.一方,幅広い臨床経験からがん性疼痛治療にオピオイド鎮痛薬を適切に使用する限り,精神依存は問題にならないことが知られている.また我々は,これまでの基礎研究において疼痛下ではオピオイド鎮痛薬に対する精神依存の形成が著明に抑制されること,さらにその抑制機序も明らかにしてきた.従って,「オピオイド鎮痛薬は安全な薬」という安易なメッセージではなく,オピオイド鎮痛薬の適正使用の本質を理解することが重要と考える.そこで本稿では,オピオイド鎮痛薬の非疼痛下における精神依存形成機構と疼痛下における精神依存不形成機構を中心に,臨床における依存の発現状況と予防・治療に関する知見を交えて概説する.
著者
宮田 桂司 伊東 洋行
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.128, no.2, pp.104-107, 2006 (Released:2006-08-31)
参考文献数
10

過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome:IBS)は脳腸相関が深く関与する疾患の代表である.致死的な疾患ではないが,患者のQOLに及ぼす影響は大きく,より有効な薬剤の開発が望まれている.その発症メカニズムは複雑であり,消化管機能異常の発現する部位や発現パターンに依存して下痢型,便秘型およびその交替型に分類され,特に便秘型IBSの便通異常に関する病態モデルがないなど,創薬にとっては難しい疾患の一つでもある.一方,下痢型IBSに関しては,臨床予測性の高い便通異常および痛覚過敏に関する病態モデルが複数存在している.現在,制限付きではあるが,米国でセロトニン5-HT3受容体拮抗薬が下痢型IBS治療薬として上市され,我が国においても5-HT3受容体拮抗薬の上市は間近である.さらに,腸管神経叢における情報伝達機構が明らかになるにつれ,新たな神経伝達物質をターゲットとした創薬研究も行われており,今後の展開が注目される.
著者
堀 哲郎
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.115, no.4, pp.209-218, 2000 (Released:2007-01-30)
参考文献数
57

従来,脳と免疫系は各々それ自体,独立した自律系として捉えられ,別個に研究されてきた.しかし,近年,生体に社会心理的なストレスを与えたり,脳の特定部位を破壊,刺激すると,免疫機能が影響を受けることや,免疫反応の条件付けが可能であることなどから,脳の活動変化が免疫系に影響を及ぼすことが示された.また,感染,炎症に伴い誘起される神経系と内分泌系の反応が免疫系からの情報に依存することも明らかになってきた.そのような知見を背景に,脳と免疫系とはお互いに影響し合うという「脳・免疫系連関」は一つの研究領域として1970年代に確立し,爾来急速に発展し,現在に至っている.この現象が成立する背景には,脳と免疫系が情報伝達物質(サイトカイン,ホルモン,神経・内分泌ペプチド,古典的神経伝達物質)と受容体を共通に持っているという事実がある.脳は,免疫臓器を支配する自律神経系や内分泌系とを操作して免疫系の働きを修飾している.一方,免疫系も上記の情報伝達物質を産生し,体液性および神経性に神経および内分泌系へ信号を送り,多彩な急性期反応を発現させ,それらの反応が逆に免疫系の働きに影響を与えるという複雑な干渉が両者の間に存在する.かくして脳と免疫系とは共同して個体全体として生体防衛に当たることが明白になってきた.本稿では,脳・免疫系連関において主要な働きをする情報伝達物質であるサイトカインの中枢神経作用とそれを媒介する神経伝達物質について,インターロイキン-1の働きを中心に抄述する.
著者
鷲塚 昌隆 平賀 義裕 古市 浩康 泉 順吉 吉長 幸嗣 阿部 亨 田中 芳明 玉木 元
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.111, no.2, pp.117-125, 1998-02-01 (Released:2007-01-30)
参考文献数
32
被引用文献数
4 6

今回我々は,エタノールによるマウスの行動障害に対し,酵素阻害薬を用いてエタノールおよびアセトアルデヒドの関与と,蛋白加水解物である肝臓水解物の作用について検討した.さらに,エタノールあるいはアセトアルデヒドによるマウスの致死毒性およびラットの肝毒性に対する肝臓水解物の作用について検討し,以下のような結果を見いだした.1:エタノール5ml/kgの経口投与によって歩行および摂食に対する障害が認められた.2:これらの障害に対して,肝臓水解物は経口投与により用量依存的な改善作用を示した.3:アルコール脱水素酵素阻害剤の前投与によって肝臓水解物の改善作用に明らかな減弱が認められたが,アルデヒド脱水素酵素阻害剤の前投与では肝臓水解物の改善作用に影響は認められなかった.4:エタノール10m1/kgを経口投与した時に生じる正向反射の消失および死亡に対し,肝臓水解物は改善作用を示さなかった.一方,アセトアルデヒド1.8ml/kgを経口投与した時に生じる正向反射の消失および死亡に対し,肝臓水解物は用量依存的な改善作用を示した.5:アセトアルデヒド1.2ml/kgを1時間間隔で2回経口投与した時に認められる血清中のGPT活性の上昇に対し,肝臓水解物は抑制作用を示した.以上の結果から,肝臓水解物はエタノールにより引き起こされる毒性症状に対して改善作用を有し,これらの改善作用は主にアセトアルデヒドの毒性軽減に起因することが示唆された.
著者
小比賀 聡 笠原 勇矢
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.148, no.2, pp.100-104, 2016 (Released:2016-08-01)
参考文献数
21

核酸医薬は現在新たな創薬手法として注目を集めている.特に,標的遺伝子のmRNAに相補的な配列をもつオリゴヌクレオチドを用いて,その遺伝子の発現を抑制するアンチセンス法の研究開発は広く進められており,現在では数多くの医薬候補が臨床試験に進んでいる.アンチセンス核酸の特徴の一つには,標的遺伝子の配列情報があれば誰しも容易に設計できるという点があげられるが,その有効性を最大限に引き出すためには配列のデザインが非常に重要である.しかし,これまでのところ明確なデザイン戦略は知られておらず,試行錯誤に頼るところが大きい.本稿では,これまでの知見や我々独自の経験から,アンチセンス核酸の配列デザインの基本的な考え方や留意すべきポイントをまとめた.
著者
中藤 和博 原田 勝也 戸部 貴彦 山路 隆之 高倉 昭治
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.136, no.3, pp.128-132, 2010 (Released:2010-09-13)
参考文献数
34

統合失調症は,幻覚,妄想などの陽性症状,自閉,感情鈍麻などの陰性症状および認知機能障害を主要症状とする代表的な精神疾患である.統合失調症の発症機序としてドパミン神経系機能亢進やグルタミン酸神経系機能低下の関与が示唆されている.現在,統合失調症の治療には,主にドパミン受容体に作用する薬剤が用いられているが,近年,さまざまな機序でグルタミン酸神経系を賦活する化合物の研究が精力的に行われている.これらのうち,特に注目されてきたのがNMDA受容体グリシンサイト賦活薬であり,このカテゴリーに含まれる化合物としてグリシン,D-セリン,グリシントランスポーター1阻害薬,D-アミノ酸酸化酵素阻害薬などが挙げられる.グリシンサイト賦活薬は,神経細胞死や痙攣を誘発せず,統合失調症の各種動物モデル,中でも既存治療薬が奏功しない認知機能障害モデルで効果を示すことから,既存の抗精神病薬を上回る薬剤になる可能性がある.現在までにグリシンサイト賦活薬の小規模臨床試験が多数実施され,治療効果を示すことが相次いで報告されている.中でも新規グリシントランスポーター1阻害薬であるRG1678は,第II相臨床試験での有効性が最近公表され,注目を集めている.グリシンサイト賦活薬が上市されれば,薬物療法の選択肢が増えるとともに,患者の社会復帰促進に貢献することが期待される.
著者
田辺 由幸 中山 貢一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.124, no.5, pp.337-344, 2004 (Released:2004-10-22)
参考文献数
27
被引用文献数
8 10

肥満は様々な循環器病や糖尿病などの生活習慣病の危険因子であり,その予防と解消は極めて重要である.肥満の解消には,エネルギー需給バランスの改善が第一であるが,一方で,痩身効果を期待した脂肪組織へ局所的マッサージなどは日常的に経験することである.このような脂肪組織の局所的な運動,例えば圧迫,伸展(ストレッチ),揺動などは,組織を構成する脂肪細胞への機械的な力学刺激になり得よう.『脂肪細胞に対して,力学刺激がどのような効果を示すのか?』意外なことに,この疑問について科学的に検証された例はこれまでにほとんど見あたらない.肥満は成熟・肥大化した脂肪細胞が増え過ぎることによる脂肪組織の過形成が原因である.その際には前駆脂肪細胞の増殖・分化と分化後の細胞の脂肪の蓄積による肥大化のいずれもが重要な位置を占めると考えられる.我々は,株化培養前駆脂肪細胞を用いたin vitro脂肪細胞分化系において,ERK/MAP-kinase系が伸展刺激により持続的に活性化されることにより,脂肪細胞の分化に重要な転写制御因子PPARγ2の量が減少し,成熟脂肪細胞への分化が強く抑制されることを明らかにした.この結果は,脂肪細胞に対して力学刺激を与えることの生理的意義として,脂肪組織における脂肪細胞の更新・再生(リニューアル)の抑制を示唆するとともに,既存薬物との併用も含めた力学刺激の生活習慣病への適用の可能性をも期待させるものと考える.
著者
谷口 敦夫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.136, no.6, pp.330-334, 2010 (Released:2010-12-06)
参考文献数
20
被引用文献数
2 1

かつて日本では痛風はまれな疾患であった.しかし,現在では日本での痛風の有病率は欧米に匹敵する.高尿酸血症も成人男性の20~30%に達する.このように痛風・高尿酸血症は日常診療で遭遇することの多い疾患であり,充分なコンセンサスの得られた治療ガイドラインが必要である.そこで,2002年に日本痛風・核酸代謝学会は高尿酸血症・痛風の治療ガイドラインを作成し,標準的な治療法を示した.第2版は2010年1月に発刊され,第1版で示された高尿酸血症・痛風治療の基本を踏襲しつつ,第1版発刊以後の新たなエビデンスが加えられている.高尿酸血症には尿酸塩沈着による合併症と,尿酸塩の沈着が直接関連しない合併症がある.痛風は前者であり,このほかに痛風結節,痛風腎,尿路結石がある.一方,後者には生活習慣病あるいはメタボリックシンドロームがある.痛風では痛風発作と称される激しい関節炎や組織障害をきたす痛風結節が注目されがちである.しかし,痛風はあくまで高尿酸血症の合併症の1つであり,全身的な代謝異常としての認識が必要である.尿酸塩の組織沈着という観点から,高尿酸血症は血清尿酸値7.0 mg/dlを超える場合と定義されているが,第2版では最近の疫学調査の結果も重視し,血清尿酸値7.0 mg/dl以下であっても血清尿酸値が上昇する場合には生活習慣病のリスクが高まることに留意すべきであることが加えられた.一方,高尿酸血症・痛風の治療においては,基礎療法として生活指導が重要である.薬物治療では痛風関節炎(痛風発作)の治療と高尿酸血症の治療を区別する必要がある.高尿酸血症の治療については,痛風あるいは痛風結節の有無・高尿酸血症に伴う合併病態の有無・高尿酸血症の程度を考慮して治療方針を立てていく.このガイドラインが,高尿酸血症・痛風の臨床において有効に活用されることを期待する.
著者
六反 一仁
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.121, no.1, pp.15-20, 2003 (Released:2003-01-28)
参考文献数
26
被引用文献数
4 4

熱ショックタンパク質(HSP, heat shock proteins)は,種々のストレスに反応して細胞内にすばやく合成され,ストレスに対して強力な抵抗力を誘導する.このHSPの臨床応用を目指した研究が始まってから10年以上が経過した.この間,HSPの構造と機能の解析が進み,HSPは,ストレス応答に加え分子シャペロンと総称される機能を介して,細胞内タンパク質の品質管理,情報伝達,さらには,細胞外タンパク質としての機能まで,多岐にわたる役割をもつことが明らかにされた.HSPのなかでも,強力な細胞保護作用を誘導するストレス誘導性Hsp70を安全に,選択的に誘導する化合物として,geranylgeranylacetone(GGA)が登場した.GGAは日本で最も多く服用されている胃粘膜保護薬であるが,胃以外の臓器でも,脳,心臓,肝臓,小腸をはじめその効果が動物実験で報告されている.また,国内外でのGGA研究の広がりを通じて,新しい薬理作用も明らかにされつつある.例えば,チオレドキシンや抗ウイルス遺伝子の発現を誘導する作用も報告された.さらに,分子シャペロンの新しく発見された機能に関連して,例えば,小胞体ストレスやfolding diseasesと総称される細胞内の異常たんぱく質の蓄積を主体とする疾患においても,GGAの有効性を検証する必要がある.これからの課題として,例えば,小胞体シャペロンのように,特定の場所で特定の標的タンパク質と相互作用する分子シャペロンをターゲットにした薬剤の開発も魅力的な研究課題と思われる.こうした情勢を踏まえ,分子シャペロン誘導剤の第1号として登場したGGAの現状と問題点を解説し,新たな分子シャペロン誘導剤の可能性について解説した.
著者
津田 敏彦 今田 和則 水口 清
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.132, no.1, pp.55-63, 2008 (Released:2008-07-14)
参考文献数
54
被引用文献数
2

イミキモド・クリーム剤(販売名:ベセルナクリーム5 %)は,米国の3M Companyで開発された外用剤で,本邦初の尖圭コンジローマ治療薬である.イミキモドは,細菌やウイルスの構成成分を認識し免疫応答を賦活化するトール様受容体(TLR)のひとつであるTLR7に対してアゴニスト活性を示す.イミキモドは,直接的にはウイルスの増殖抑制作用を示さないが,単球あるいは樹状細胞に発現するTLR7に作用してIFN-α,TNF-αおよびIL-12などのサイトカイン産生を促進し,主としてIFN-αの作用によりウイルスの増殖を抑制する.また,イミキモドにより産生が促進されるIFN-α,TNF-αおよびIL-12などのサイトカインはT細胞を活性化し,活性化T細胞から産生されるIFN-γなどのサイトカインを介して細胞性免疫応答を賦活化する.尖圭コンジローマ患者を対象とした臨床薬理試験において,イミキモド5 %クリームの塗布により疣贅部位のヒトパピローマウイルス-DNA量の減少,IFN-α,TNF-α,IFN-γおよびIL-12のp40サブユニットの各mRNA量の増加が認められた.以上から,イミキモド5 %クリームは塗布部位において各種サイトカインの産生を促進し,ウイルス増殖の抑制および細胞性免疫応答の賦活化によるウイルス感染細胞傷害作用により,疣贅を消失させると考えられる.国内および海外で実施された尖圭コンジローマ患者を対象とした臨床試験において,イミキモド5 %クリームの1日1回,週3日,最大16週間塗布により疣贅の消失あるいは縮小が認められた.本邦では,これまで尖圭コンジローマの治療には外科的療法が用いられてきたが,イミキモド・クリーム剤は外科的療法と比較して侵襲が少なく,有用な治療薬として期待される.
著者
鳥越 香織 中山 直樹 阿知和 宏行
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.148, no.3, pp.154-161, 2016
被引用文献数
1

<p>近年,多発性骨髄腫では新規薬剤が開発され,治療成績が向上している.しかし,現在のKey drugであるプロテアソーム阻害薬ボルデゾミブおよび免疫調整薬(Immunomodulatory drugs:IMiDs<sup>®</sup>)レナリドミドの2剤に治療抵抗性・不応性になった患者に対する有効な治療選択肢は極めて限られており,新たな薬剤が求められている.ポマリドミドは,米国セルジーン社が創製したサリドマイド,レナリドミドに続く新規のIMiDs<sup>®</sup>であり,主作用として直接的殺腫瘍作用,免疫調整作用,骨髄微小環境への作用を示す.また,経口カプセル剤のため,骨髄腫患者にとって治療に伴う負担が軽く,利便性が高い.非臨床試験からは,in vitroでは同じIMiDs<sup>®</sup>のレナリドミド耐性株においても腫瘍増殖抑制やアポトーシス促進が示され,in vivoではレナリドミドと交差耐性を示さないことが確認された.ポマリドミドの標的は442個のアミノ酸から成るセレブロン(Cereblon:CRBN)であり,CRBNは催奇形性の主要な原因因子であることが分かっている.最近の研究結果から,このようなCRBNを介したIMiDs<sup>®</sup>の作用機序が解明されている.臨床においては,米国で行われた第Ⅰ/Ⅱ相試験(MM-002)でデキサメタゾンとの併用効果が認められ,欧州で行われた第Ⅲ相試験(MM-003)でデキサメタゾンとの併用によりボルテゾミブおよびレナリドミド抵抗性の患者にも有効性が確認された.本邦では2012年より日本人対象の治験を開始した.日本人再発難治骨髄腫患者を対象とした第Ⅰ相試験(MM-004)では,ポマリドミドの薬物動態学的パラメータは海外試験の結果と類似し,安全性プロファイルも同様であった.再発難治骨髄腫日本人患者でのデキサメタゾンとの併用におけるポマリドミド4 mgの有効性および安全性については,後の第Ⅱ相試験(MM-011)にて確認された.2014年6月には希少疾病医薬品の指定を受け,海外での臨床試験成績および国内臨床試験の結果を踏まえ,2015年3月に「再発又は難治性の多発性骨髄腫」に対する製造販売承認を取得した.ポマリドミドは,レナリドミドやボルテゾミブによる治療にもかかわらず再発・進行した難治性の多発性骨髄腫に有効な薬剤であり,骨髄腫疾患領域のアンメット・メディカル・ニーズを満たす画期的な新薬である.なお,本剤は催奇形性を有する可能性があるため,レブラミド<sup>®</sup>・ポマリスト<sup>®</sup>適正管理手順(Revmate<sup>®</sup>:レブメイト)の下での使用が承認条件として定められている.</p>
著者
吉田 隆雄 幸田 健一 中尾 進太郎 大山 行也
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.146, no.2, pp.106-114, 2015
被引用文献数
1

ニボルマブ(遺伝子組換え)[商品名:オプジーボ<sup>®</sup>点滴静注20 mg,100 mg,以下ニボルマブ]は,ヒト型抗ヒトPD-1モノクローナル抗体であり,「根治切除不能な悪性黒色腫」を効能・効果として,2014年9月より世界に先駆けて日本で発売された新たな免疫チェックポイント阻害薬である.非臨床試験において,ニボルマブは,ヒトPD-1の細胞外領域に特異的に結合し,PD-1とPD-1リガンド(PD-L1およびPD-L2)との結合を阻害した.また,ニボルマブは抗原刺激によるヒトT細胞の増殖およびIFN-γ産生を増強し,悪性黒色腫患者T細胞を用いた悪性黒色腫抗原ペプチド再刺激系においては,腫瘍抗原特異的CD8陽性T細胞およびIFN-γ産生細胞を増加させ,ヒト悪性黒色腫細胞に対するCD8陽性T細胞の細胞傷害活性を増強した.さらに,ニボルマブは各種抗原を接種したサルの細胞性および液性免疫応答を増強し,抗マウスPD-1抗体4H2は,マウス同系担がんモデルにおいて腫瘍組織中の免疫関連遺伝子の発現量を増加させ,抗腫瘍効果を示した.このようにニボルマブは,PD-1とPD-1リガンドとの結合を阻害し,抗原特異的なT細胞の増殖,活性化およびがん細胞に対する細胞傷害活性を増強することで抗腫瘍効果を示すことから,悪性腫瘍に対する新たな治療薬になると考えた.臨床試験において,悪性黒色腫患者を対象とした国内第Ⅱ相試験にて有効性,安全性および忍容性が確認されたことから,ニボルマブは悪性黒色腫の有用な治療薬となりえることが示された.本試験結果を踏まえ,2013年12月に製造販売承認申請を行い,2014年7月にニボルマブは世界初の抗PD-1抗体として製造販売承認を取得した.現在,様々ながん腫に対するニボルマブの臨床試験が実施されており,今後ニボルマブが,がん治療の選択肢を広げるものと期待される.