著者
加藤 秀一
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.298-313, 2004-12-31 (Released:2010-04-23)
参考文献数
11

ロングフル・ライフ (wrongful life, 以下WL) 訴訟とは, 重篤な障害を負って生まれた当人が, 自分は生まれないほうが良かったのに, 医師が親に避妊あるいは中絶の決断をするための根拠となる情報を与えなかったために生まれてしまったとして, 自分の生きるに値しない生をもたらした医師に賠償責任を要求する訴訟である.そこでは自己の生そのものが損害とみなされる.しかしWL訴訟は論理的に無意味な要求である.なぜならそれは, すでに出生し存在している者が, 現実に自分が甘受している状態と自分が存在しなかった状態とを比較した上で, 後者のほうがより望ましいということを主張する発話行為であるが, 自分が存在しない状態を自分が経験することは不可能であり, したがってそのような比較を当事者視点から行なうことは遂行的矛盾をもたらすからである.それにもかかわらずWL訴訟の事例は増えつつあり, 原告勝訴の事例も出ている.それだけでなく, WL訴訟と同型の論理, すなわち存在者があたかも非在者であるかのように語る〈非在者の語り=騙り〉は, 裁判以外のさまざまな文化現象の中に見てとることができる.そのような〈騙り〉は, 死の概念を一面化し, 死者を生者の政治に利用することで, 新たな死を召喚する行為である.
著者
渋谷 知美
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.51, no.4, pp.447-463, 2001-03-31 (Released:2010-04-23)
参考文献数
42
被引用文献数
2 2

本稿では, 現代日本の社会学 (ならびに近接領域) において行われている「男性研究者による男性学」「女性研究者による男性研究」の問題点をフェミニズムの視点から列挙し, これをふまえて, 「向フェミニズム的な男性研究」が取るべき視点と研究の構想を提示することを目的とする.「男性研究者による男性学」批判においては, 男性学の概念「男らしさの鎧」「男性の被抑圧性」「男らしさの複数性」「男女の対称性」を取りあげて, 男性学がその関心を心理/個人レベルの問題に先鋭化させ, 制度的/構造的な分析を等閑視していることを指摘した.また, 「女性研究者による男性研究」批判においては, 「男性」としての経験を有さない「女性」が, 男性研究をするさい, どのような「立場性positionality」を取りうるのかが不明確であることを指摘した.そののち, 「向フェミニズム的な男性研究」の視点として, 第1に「男らしさの複数性」を越えた利得に着目すること, 第2に男性の「被抑圧性」が男性の「特権性」からどれだけ自由かを見極めることの2点を挙げ, それにもとづいた研究構想を提示した.
著者
樋口 耕一
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.68, no.3, pp.334-350, 2017 (Released:2018-12-31)
参考文献数
29
被引用文献数
13 16

筆者はテキスト型 (文章型) データの分析方法「計量テキスト分析」を提案し, その方法を実現するためのフリーソフトウェア「KH Coder」を開発・公開してきた. 現在ではKH Coderを利用した応用研究が徐々に蓄積されつつあるように見受けられる. したがって現在は, ただ応用研究を増やすのではなく, KH Coderがいっそう上手く利用され, 優れた応用研究が生み出されることを企図しての努力が重要な段階にあると考えられる. そこで本稿では, 現在の応用研究を概観的に整理することを通じて, どのようにKH Coderを利用すればデータから社会学的意義のある発見を導きやすいのかを探索する.この目的のために本稿では第1に, 計量テキスト分析およびKH Coder提案のねらいについて簡潔に振り返る. 第2に, KH Coderを利用した応用研究について概観的な整理を試みる. ここではなるべく優れた応用研究を取り上げて, 方法やソフトウェアをどのように利用しているかを記述する. また, なるべく多様なデータを分析対象とした研究を取り上げることで, 応用研究を概観することを目指す. 第3に以上のような整理をもとに, 計量テキスト分析やKH Coderを上手く利用するための方策や, 今後の展開について検討する.
著者
稲葉 奈々子
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.238-252, 2016 (Released:2017-09-30)
参考文献数
44
著者
立岩 真也
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.49, no.3, pp.426-445, 1998-12-30 (Released:2009-10-19)
参考文献数
19
被引用文献数
1

1) 国家による生存のための資源の分配と, 2) その資源の使途についての個々人の直接決定の最大化とは共在しうるし, また私達はその結合を追求すべきである。もし生存が権利であり, したがって生存の支持が義務であると考えるなら, 1) が採用されるべきである。なぜなら, 国家だけが法によって国民に義務を課すことができるからである。国家による分配の限界は, 国境内に義務を課しつつ, しかも人と財の移動が国境を越えてなされることにある。したがって, 社会的資源の調達と配分において私たちが採るべき方向は, 国家間の格差の是正であって, 国家から「コミュニティ」への移行ではありえない。他方, 2) はあらゆる社会政策, 社会的支出の再考を私たちに迫るものである。すなわち, 私たちは, 特定の目的のために予算が使われること (例 : 景気浮揚) の一切を生に対する余計な介入ではないかと疑ってみることができるのである。社会サービスにおいては利用者の直接選択が困難であるとしばしば言われる。この指摘は部分的には正しい。しかし, 私たちはそうした場合がいったいどれほどあるのかを再検討し, 利用者による直接選択を増やしていくことができる。また, 利用者の決定に対する社会的支援が必要な場合でも, 不要な介入を減少させるための方途を作りだしていくことができるのである。
著者
道場 親信
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.240-258, 2006-09-30 (Released:2010-04-23)
参考文献数
61
被引用文献数
2 3

本稿では, 社会運動史の視点から1960-70年代の「市民運動」「住民運動」がもっている歴史的な意味を再検証するとともに, それが近年の「市民社会」論に対して不可欠の問題提起を含んでいることを明らかにする.その際, 近年の社会運動研究の一部に存在する, 運動史の誤った「段階論」的理解を批判的に取り上げるとともに, 同時代の論議の場に差し戻して検証することで, その “誤り” が, 「公共性」「市民社会」を論じるあり方にもバイアスを与えていることを論じていきたい.その上で, これらの誤解の背後には, 社会運動理解の文脈の歴史的な断絶, 論議の中断が存在することを論じる.1960-70年代の社会運動がもっていた運動主体をめぐる論議の蓄積は, 今日の社会運動, また「市民社会」や「公共性」のあり方をめぐる論議の中で正当な評価を得ているとは必ずしも言い難い.この点につき本稿では, 当時の議論の水準を, とりわけ「住民運動」と呼ばれる運動の展開に即して再確認するとともに, 「地域エゴイズム」というキーワードを手がかりに, 運動文脈の適切な理解を妨げる認識論的な問題が当時と今日を貫いて存在していることを明らかにしたい.
著者
吉村 治正
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.71, no.1, pp.65-83, 2020 (Released:2021-07-16)
参考文献数
36
被引用文献数
3

本稿では,ウェブ調査の示す結果の偏りが,インターネットが使えない人が排除される過少網羅のもたらすバイアス・低い回答率のもたらすバイアス・調査対象者の自己選択によるバイアスのいずれに帰されるかを,2 つの実験的ウェブ調査を通じて検証した.第1 の実験は,同じ標本抽出台帳(選挙人名簿)から抽出された対象者を郵送回答とウェブ回答に無作為に振り分け,回答者の構成ならびに回答内容を比較したもので,網羅誤差と非回答誤差の影響を測定することを目的とした.第2 の実験は,異なる標本抽出台帳(1 つは住民基本台帳,もう1 つは調査業者のもつ登録モニター)から抽出した対象者にまったく同じ内容のウェブ調査を行い,ウェブ調査のモニター登録という自己選択のもたらす影響を測定することを目的とした.その結果,過少網羅および低回答率は1 次集計結果の偏りにはほとんど影響を与えないこと,対照的にモニター登録という自己選択のもたらす影響は無視しえない深刻なものであることが明らかとなった.
著者
田野 大輔
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.51, no.1, pp.71-87, 2000-06-30 (Released:2009-10-19)
参考文献数
20

ヒトラーについて語る場合, たいてい「カリスマ的支配」の概念が引きあいにだされるが, ドイツ民衆の目に映じた彼の魅力はけっして「英雄性」にもとづくものではなかった.注目すべきことに, ヒトラーはスターリンと違って自己の全身像をつくらせなかったのであり, それは彼がたんなる独裁者ではなかったことを意味している.ナチ体制下のメディアの全体的関連のなかでヒトラー・イメージを考察すると, 彼は-とくに写真において-むしろ「素朴」で「親しみやすい」人間として提示されていたことがわかる.民衆との近さを表現したこの親密なイメージ, 市民的価値に由来する「ごくありふれた人間」のイメージこそ, ヒトラーの人気の基盤だった.「総統」が体現していたのは, 政治を信頼できる個人に還元する「親密さの専制」 (R.セネット) にほかならず, こうした「罪なき個人性」の衣をまとったカリスマの陳腐さは, メディア時代の政治的公共性のありかたを考えるうえで重要な意味をもっている.
著者
柴田 悠
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.116-133, 2014 (Released:2015-07-04)
参考文献数
30
被引用文献数
2

日本では, 1998年以降, 貧困や孤立といった社会的状況によって自殺に追い込まれる人々が増えた. 憲法第13条において「国民の生命の権利を最大限尊重すべき」とされている日本政府には, 社会政策によってそのような状況を改善し, 不本意な自殺を予防する責務がある. では, どのような社会政策が自殺の予防に有効なのか.本稿では, 公的な職業訓練・就職支援・雇用助成を実施する「積極的労働市場政策 (ALMP)」に着目した. ALMPは, 「孤立した貧困者」を他者 (支援スタッフや訓練参加者) や労働市場へと繋ぎとめ, 社会経済的に包摂する機能をもつ. 自殺にもっとも追い込まれやすいのが「孤立した貧困者」であるならば, 日本においてALMPは彼らの自殺を予防できるのだろうか. あるいは逆に, 彼らを自殺へとますます追い込んでしまうのだろうか. そこで本稿は, この問いに対して実証的に答えることを目的とした.先行研究よりも広範なデータと比較的精緻な推定モデルで分析した結果, 自殺率の増減の一部は, 失業率上昇率の増減 (貧困者の増減) と, 離婚率の増減と新規結婚率の減増 (孤立者の増減), ALMP支出の減増 (孤立した貧困者の放置/包摂) によって説明できた. またそれらの要因は, 日本での1991~2006年の自殺率変動 (前年値からの変化) のおよそ10~32%を説明した. 他方でALMP以外の社会政策は, 有意な自殺予防効果を示さなかった.
著者
吉田 航
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.314-330, 2020 (Released:2021-09-30)
参考文献数
32

雇用をめぐるジェンダー不平等の生成メカニズムを明らかにする上で,企業側の要因に着目する重要性が指摘されている.先行研究の多くは,企業組織の制度や権力関係に着目し,これらが不平等に与える影響を検討してきた.本稿では,この視点をさらに発展させ,こうした組織的要因の効果が,組織が置かれた環境の変化と連動して,どのように変化しているかを検討した.とくに本稿では企業の経営状況に着目し,組織の制度や権力関係が,企業の経営状況に応じてどのような影響をジェンダー不平等に与えているかについて,国内大企業の新卒採用を対象に分析した. 分析から,組織的要因がジェンダー不平等に与える効果は,必ずしも企業の経営状況から独立に発揮されるわけではなく,一部の組織的要因については,その効果が経営状況によって変化していることが示された.ワークライフバランス改善に向けた企業内施策は,基本的には新卒女性採用比率に影響しないものの,業績が悪いと,施策が充実している企業ほど女性採用比率が低くなる傾向にあった.一方で,女性管理職比率の高さは,新卒女性採用比率を高める効果を持ち,この効果は業績の良し悪しによらず確認された.先行研究で検討されてきた組織の制度・権力関係の効果について,企業の経営状況との関連を検討した本稿は,こうした要因が雇用の不平等に影響するメカニズムの精緻化に貢献するものである.
著者
服部 恵典
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.73, no.2, pp.119-135, 2022 (Released:2023-09-30)
参考文献数
20

本研究は,「ヘテロ男性を主なターゲットとするAV(アダルトビデオ)が,なぜ・いかにして一部を切り取るだけで『女性向け』のアダルト動画に編集(不)可能なのか」という問いを通じ,ポルノグラフィを「再意味づけ」する実践の可能性と限界を経験的に明らかにする.ポルノは,必然的に男性から女性への暴力・収奪を引き起こすものだと理論化すると,まさに描き出された通りの不平等を普遍化してしまうという問題がある.ゆえに,ポルノを差別や抑圧に抵抗するかたちで読み直す「再意味づけ」への着目が重要となる.しかし,「再意味づけ」が性規範の単なる反復や強化に陥る可能性が指摘されているにもかかわらず,先行研究では個人の抵抗可能性が過大評価され,視聴を支える動画サイトにおける優先的な読みとの交渉的解釈が分析されていなかった. 分析には,女性向けアダルト動画サイト「GIRL’S CH」のプロデューサーへのインタビュー,動画レビュー,編集前後の映像を用いた.サイトと利用者は,もともと「男性向け」だったAV から「女性向け」と感じるシーンを新たな見所として発見する読み直しを行えているが,女性に対し抑圧的とされてきたシーンは「女性向け」と再意味づけせずに省く傾向があった.本稿はこうして,作品の一部のみ観てもよいというAV のメディア的特性への着目を通じて,バトラーの反ポルノ批判の有効性と同時に,その限界を経験的に示した.
著者
坂無 淳
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.65, no.4, pp.592-610, 2015 (Released:2016-03-31)
参考文献数
31

本稿では, 大学教員の研究業績の男女差について分析を行う. 多くの先行研究では, 平均的には男性の業績が多い傾向が示されている. しかし, 研究業績には性別という属性以外に多くの規定要因があり, それらの要因を統制したうえでも, なお性別が規定要因となるかを明らかにする必要がある. そこで, 2010年に日本の地方国立大学で行った調査から, 大学教員の1年間の論文数を従属変数とした統計的な分析を行う. その結果, 単純に平均値を比較すると, 年1本ほど男性の論文数が多い傾向があった. つぎに, 性別に加え, キャリア年数, 研究以外の業務量 (授業担当数や学内会議数), 出張日数, 分野, 職階を独立変数に入れた重回帰分析と, 低い値に偏る従属変数の分布に適合した負の二項分布回帰を行った. その結果, 性別は規定要因とならず, むしろ分野や出張日数が強い規定要因となった. 具体的には, 分野では医歯薬学と比べて, 他分野では少なく (農学は除く), 出張日数が多い人は論文数が多い傾向がある. また, 婚姻や育児状況, それらと性別の交互作用など家族面の要因を独立変数としても, それらは規定要因とはならなかった. 結論として, 他の要因を統制すると, 性別は研究業績の規定要因とならず, 性別という属性に基づく研究業績の差は見られない. くわえて, 出張日数が研究業績に与える影響の大きさと, 多様な状況にある研究者への出張支援の重要さが示唆される.
著者
森山 至貴
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.62, no.1, pp.103-122, 2011-06-30 (Released:2013-03-01)
参考文献数
15

社会的マイノリティをめぐる議論は,差別の考察と結びつくかたちで常にカテゴリー語を1つの重要な論点としてきた.しかし,当該カテゴリー成員にとっての呼称が果たす意味や意義については,考察されていない.そこで本稿では,ゲイ男性およびバイセクシュアル男性の自称としての「こっち」という表現を取り上げ,この論点について考察する.具体的にはゲイ男性またはバイセクシュアル男性13人に行ったインタビューの結果を分析する.ゲイ男性とバイセクシュアル男性の集団を指す「こっち」という「婉曲的」な呼び名が〈わたしたち〉を指すために用いられる理由はいくつかあるが,そこに「仲間意識」のニュアンスが込められている点が重要である.この点には「こっち」という言葉のもつトートロジカルな性質が関連しており,「仲間」であることは性的指向の共通性には回収されない.また,「仲間意識」を強く志向するこの語彙を用いることによって「仲間意識」を発生させることも可能である.ただし,それが投企の実践である以上,他の言葉よりは見込みがあるにせよ,「仲間」としての〈わたしたち〉が必ず立ち上がるとは限らない.反例もあるにせよ,曖昧さをもったトートロジカルな「こっち」という言葉は柔軟で繊細なかたちで〈わたしたち〉を立ち上げるための言葉として存在しており,このことは意味的な負荷の軽減がマイノリティ集団の言語実践にとって重要ではないか,との洞察を導く.
著者
笹島 秀晃
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.106-121, 2016 (Released:2017-06-30)
参考文献数
33
被引用文献数
2

都心衰退地区に形成される芸術家街は, ジェントリフィケーションの契機となることが知られてきた. 芸術家の存在は, 不動産開発や飲食業・文化産業の集積を促し, その過程において地価は高騰し居住者階層は移り変わる. 先行研究では, ジェントリフィケーションのメカニズムを分析するにあたって, おもに不動産業者や消費者としての中産階級に注目してきた. ところが, 重要なアクターであるはずの美術作品の展示・売買を行う画廊については十分な分析がなされてこなかった. 本稿の目的は, 芸術家街を契機とするジェントリフィケーションのメカニズムを, 画廊の集積過程に着目して分析することである. 具体的な検討事例は, 1965年から71年の間に芸術家街から画廊街へと転換した, アメリカ合衆国ニューヨーク市SoHo地区である. 芸術家街であるSoHo地区に画廊が集積した要因は, 安価な地価や広い室内空間を備えた未利用の工場建築物の存在だけではなかった. むしろ, ニューヨーク市における美術業界の構造変動の中で, 画廊経営者が自身の美術的立場を明確にする際に準拠した, 芸術家街の表象という文化的要因が重要であったことを明らかにする.
著者
鶴田 幸恵
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.133-150, 2008-06-30 (Released:2010-04-01)
参考文献数
19
被引用文献数
1 1

本稿の目的は,「性同一性障害の正当な当事者であること」をめぐる当事者の語りを検討し,そこでいかなる基準が用いられているかを示すことである.まずは,サックスによる成員カテゴリーの自己執行/他者執行の区別を参照しながら,性同一性障害カテゴリーがどのように用いられているのかを見ていく.次に,「正当な性同一性障害」について当事者が語っているインタビュー・データを分析し,そこで用いられている基準を析出する.その結果,「医療への依存度」「自己犠牲の程度」「女/男らしくあることへの努力」「社会性の有無」という複数の基準が用いられていることがわかった.これらの基準はもともと医学において用いられている基準を参照したものであったものだが,現在ではそれが独り歩きし,性同一性障害コミュニティ独自の基準となっている.以上の議論によって明らかになったのは,性同一性障害カテゴリーが,それを執行する権利が医学にのみあるのではないものとして,コミュニティのなかに存在しているということである.また,そのカテゴリーを適用されるための基準が,医学の求める基準をさらに厳格化し,社会にいかに適応的であるかによるものとなっている,ということである.性同一性障害カテゴリーは,医学から離れた当事者間の相互行為においても,当事者自身によって,非常に道徳的なものとして管理されているのである.
著者
朴 沙羅
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.64, no.2, pp.275-293, 2013 (Released:2014-09-30)
参考文献数
34

近年, 敗戦直後の連合軍占領期 (1945年9月から52年4月) における人口移動が解明されるにつれて, 在日コリアンの一部が太平洋戦争後に日本へ移住してきたことも次第に明らかにされてきた. その移動は通常, 「密航」や「不法入国」と呼ばれ, 管理され阻止される対象となった. しかし, 「密航」という言葉のあからさまな「違法性」のためか, 「密航」を定義する法律がどのように執行されるようになったかは, 未だ問題にされていない.本稿が問題とするのはこの点である. 出入国管理法が存在せず, 朝鮮半島からの「密航者」や日本国内の「朝鮮人」の国籍が不透明だった時期に, なぜ彼らの日本入国を「不法」と呼び得たのか. 「密航」はどのように問題化され「密航者」がどのように発見されていったのか. これらを探究することは, 誰かが「違法」な「外国人」だとカテゴリー化される過程を明らかにし, 「密航」をめぐる政治・制度・相互行為のそれぞれにおいて, 「合法」と「違法」, 「日本人」と「外国人」の境界が引かれていく過程を明らかにすることでもある.したがって, 本稿は, 朝鮮人の「密航」を「不法入国」と定義した法律, その法律を必要とした政治的状況, その法律が運用された相互行為場面のそれぞれに分析の焦点を当て, それによって, 植民地放棄の過程において「日本人」と「外国人」の境界がどのように定義されたかを明らかにしようと試みる.