著者
稲津 秀樹
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.61, no.1, pp.19-36, 2010-06-30 (Released:2012-03-01)
参考文献数
36

本稿では,非集住地域に居住する日系ペルー人の生活世界への参与観察に基づいた,彼・彼女らの「監視の経験」を取り上げ,そこに存在する権力の構成を示す視座を提供することを目的とするものである.これまで監視に関する彼らの言明は,精神医学的な知見から「妄想」とみなされてきた故に,移民と監視を巡る研究は国境管理政策の分析に終始していた.そこでは都市における監視社会化の流れも含めた,移民にとっての監視社会の展開を日常的な視点から捉えかえす視点に欠けていたと言える.従って本稿では,監視の経験=関係妄想とする主張をまず批判した上で,調査に基づく彼らの経験を,ガッサン・ハージが説く「空間の管理者」概念を援用しながら分析する方法を採った.空間の管理者とは,移民を空間的に管理する意識をもち,かつそうした態度を取る権利を有する者のことを指している.日系ペルー人への個々の聞き取りから浮かび上がるのは,過去/近い将来における空間の管理者との出会いを想起/予期する経験,更には,空間の管理者として振る舞う日本人との関係を築く過程で自らも管理者として他者と接する経験であった.そして,ある語りの中で,それらの経験が重層的にあらわれている点に着目し,日系ペルー人にとっての権力作動の要諦を,彼らの意識における空間の管理者が,時間/民族間を2つの意味で〈転移〉している点にあることを指摘した.

38 0 0 0 OA 社会意識の構造

著者
城戸 浩太郎 杉 政孝
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1-2, pp.74-100, 1954-01-30 (Released:2009-10-20)
被引用文献数
1 1

In this article, which is a part of a series of reports based on the results of a field research in Tokyo, the writers attempt to analyse the characteristics of the structure of social consciousness of a modern urban population in Japan. This analysis is based on attitude measurements using two scales ; one designed to measure the authoritarian tendency in personality structure which has been affected by the traditional Japanese value-attitude system and which played an important role as a psychological basis of Japanese fascism : the other is designed to measure politico-economic orientation based on a socialistic-nonsocialistic dichotomy. The various means scores of these two scales are compared statistically, for each occupational group, different age categories, educational levels and political party allegiances.The main findings are as follows : 1) As for occupational differences, students and industrial workers are the most socialistic groups in politicoeconomic orientation, but industrial workers reveal more authoritarian and traditional tendencies than students, who are the most non-authoritarian group. The artisan group is most authoritarian and more nonsocialistic. The artisan group reveals a somewhat similar pattern of consciousness to that of the small entrepreneurs and manegrerial and executive types who constitute the most anti-socialistic groups. These groups have played an important role as active psychological supporters of Japanese fascism in the World War II. The white-collar groups as a whole shows similar mean scores on both scales, but groups within the white-collar category differ in their characteristic consciousness.2) There is a positive correlation between authoritarian and non-socialistic attitudes and age. The higher the level of education, the more non-authoritarian and socialistic the sample becomes.3) As for the political party allegiance, the supporters of Jiyuto (Liberal Party) and Kaishinto (Progressive Party) are the most authoritarian and non-socialistic, the supporters of the Left Socialist Party are most nonauthoritarian and socialistic. The Right Socialist Party adherents are rather similar to the conservative party supporters.4) The writers computed the multiple regression equations to both scales in relation to the underlying sociological variables such as age and occupation in order to determine the degree of association between these variables and manifest attitudes. Though the multiple correlation coefficients are not very high, it is demonstrated that occupation and standard of living have been stronger determining factors in politico-economic orientation and age and educational levels stronger determining factors in relationship to authoritarian tendencies.
著者
樫村 愛子
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.189-208, 2004-12-31 (Released:2009-10-19)
参考文献数
42

グローバル資本主義が社会を脱領土化していく中で, 構築主義理論は, 科学やテクノロジーと結合している資本主義を加速するイデオロギーとなっている.というのも科学は現在構築主義的・自己組織的になっており, これまでは手つかずであった人間の生殖や遺伝子, 環境などを操作し始め影響を与え, その影響の効果を考慮しえないまま人間の生きられる条件を破壊しつつあるからである.構築主義理論は, 人間や社会の構築性を記述したが, 他方でこれまで維持されてきた人間の生きられる条件や構造が実際何であるのかは論じられず, それゆえ現在起こっている人間と社会の解体に対し, 必要とされる社会の再構築を考察できない.構築主義のこの困難は言語至上主義にあり, すでにできあがった言語の共時体系から出発しているため, 再構築可能性と関わる, 言語構造の生成や言語と主体の結合の条件を論じられない.理論的に見れば, 言語の内部からのみ記述するため「自己言及のパラドクス」という難点を抱え, これを脱パラドクス化している身体や主体等を論じられず, 言語化できない身体や主体を唯物化・本質主義化することとなる.バトラーは「唯名論化した精神分析理論」を流用して身体や主体を脱構築し言語化作用を論じたが, そこでも構造の生成は結局のところ論じえない.唯名論的ではない臨床現場から立ち上がった精神分析理論によって, 身体と言語の接合関係を, 自閉症者を参照しながらみていくと, 主体が他者への同化と他者との相互行為から生まれ, それが世界と自己の同一性を生み出し, それによって自律した言語構造が可能となっていることが示され, ここに再構築の理論的可能性があることがわかる.
著者
髙谷 幸
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.68, no.4, pp.531-548, 2018 (Released:2019-03-31)
参考文献数
50
被引用文献数
3 3

本稿では, 1980年代以降の日本における在留資格のない移住者をめぐるカテゴリーの変遷を跡づけることによって, 「不法滞在者」カテゴリーが支配的なカテゴリーとして定着する過程およびその帰結を明らかにする.新しい移住者の来日が増加した1980年代, 彼・彼女らは, 在留資格の有無ではなくジェンダーや職業の区別にもとづき「ジャパゆきさん」や「外国人労働者」と呼ばれた. しかし, 1990年の入管法改定によって, 外国人労働者のなかに合法/不法という区分が持ち込まれた. くわえて「不法滞在者」という区分が警察によって生み出され, 「不法」と名指された者は「犯罪者」としての意味を帯びるようになった. その後, この「犯罪者」としての「不法滞在者」というカテゴリーは, 対抗的カテゴリーとのせめぎ合いをともないつつもさまざまな領域に浸透し, 正統化され, 自明性を帯びるようになった. こうして今や, このカテゴリーの自明性は, 「不法滞在者」排除の実践を支える一方で, その排除が当該カテゴリーの自明性をより強化するという形で相互規定している.同時に, こうした「不法滞在者」カテゴリーの普及は, 「外国人労働者の増加による治安悪化」という根拠なき不安を増幅させ, それが結果として移民政策の確立を困難にさせるという帰結をもたらしてきた.
著者
坂 敏宏
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.270-286, 2014 (Released:2015-09-30)
参考文献数
42

Max Weberの価値自由 (Wertfreiheit) という概念はこれまでさまざまに解釈されてきた. 本稿はまず, Weberの著作からwertfreiまたはwertungsfreiを含む語 (‘価値自由’) の用例を調べ上げることで, Weber自身がこの言葉にどのような意味を与えていたのかを明らかにしようとする. 調査の結果, ‘価値自由’の語はテキスト中30カ所において得られた. これらの用例を分析したところ, これらはすべて社会科学的認識のための方法論の立場を示すものとして用いられており, 実践的な「価値への自由」を含意していなかった. つまり, ‘価値自由’が意味しているのは, 実践的内容を含意するものである価値は, 科学的認識の「過程」において認識の対象とすることができるが認識の基準にすることはできないということ, および認識の「言明」において価値評価は排除されるということである. 次にその意義を考察した. それによると, ‘価値自由’は自然と対置される価値の世界を自然科学と同じ確実性をもって認識するための原理であって, これによって価値の世界を自然の世界と同様の客体として科学的に「説明」することを可能にするものであり, さらには, 認識と実践の統一を主張するHegel的な汎論理主義的性格に抗して, あくまで認識と実践との区別というKant的な立場に踏みとどまろうとするWeberの「哲学」の基礎をなしている.
著者
白川 俊之
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.60, no.4, pp.570-586, 2010-03-31 (Released:2012-03-01)
参考文献数
26

不公平感を生じさせる要因について検討をおこなう.本稿は,獲得的地位にもとづく領域別不公平感を,資源配分への評価の指標としてとりあげる.そして獲得的地位による資源配分への異議申し立てになるものとして,機会の不平等という社会状況に着目する.分析では,機会の不平等を認知する傾向が,客観的な階層的地位と,不公平感と,それぞれどのような関係にあるのかを重点的に検討する.このような方法をとることで,階層が機会の不平等という状況認知への影響を介することで,不公平感といかなる関係にあるのかを明らかにすることが本稿の目的である.分析の結果,機会の不平等を認知すると,不公平感が上昇するという関係があることがわかる.階層と上記の両変数との関係を見ると,低階層の人において,高い不平等認知と不公平感とが観測される.階層と不平等認知から不公平感を説明する重回帰分析では,階層要因のなかでは教育が負の,そして不平等認知が正の影響を,不公平感に対してもっており,不平等認知を統制しても教育の効果は消えない.以上より,回答者の階層的地位が低いと機会の不平等を認知する傾向が高まり,結果,不公平感が上昇するという間接的な関連がある一方で,低学歴層における高い不公平感という直接的な関連が存在することが判明する.
著者
奥村 隆
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.45, no.1, pp.77-93, 1994-06-30 (Released:2010-05-07)
参考文献数
44

「思いやり」と「かげぐち」どちらも, ありふれた現象である。 しかし, どちらも, 私たちが他者とともにあって「社会」を形づくる形式・技法として考察されるべきものではないだろうか。私たちがある技法を採用するのはどうしてか, それを「社会」形成の形式とするときその社会はどのような性格をもつのか。こうした問いの焦点のひとつに, この現象は位置づけられるのだ。このような「社会」形成の形式・技法は, 日常の自明性のなかにいるかぎり対象化できない。本稿では, 次のような方法をとる。まず, ある視点から, 論理的に一貫した理念型 (「原形」と呼ぶ) をつくる。その理念型を基準とすることで, 日常は基準からズレたものとして見えるようになる。そこで, そのズレ・距離 (「転形」と呼ぶ) を測定することで, それを生みだしている力=私たちが日常採用している技法が記述可能なものとなる。本稿は, 「存在証明」という視点を採用する。ここから組み立てられる「原形」は, 他者とともにあって「社会」を形成する困難さを内包したものになるだろう。この「原形」からみるとき, 「思いやり」と「かげぐち」が, その困難さに折り合いをつけながら「社会」を形づくる技法であり, それゆえにふたつが結びつかざるをえないものであること, そして, この技法をもつ「転形」 (すなわち私たちの社会) に「原形」とは別の困難さが存在していること, が浮かび上がってくるのである。
著者
千田 有紀
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.72, no.4, pp.416-432, 2022 (Released:2023-03-31)
参考文献数
31
被引用文献数
1

本稿は,フェミニズム・ジェンダー理論や実践の課題を問い直すものである.近代フェミニズム思想は,「性的差異」と「平等」をどのように両立させるかという課題と格闘してきた.女性が普遍的人権を適用されないのは,女性の身体に「差異」が潜んでいると認識されていたからである.近代社会の形成期に生起した第一波フェミニズムは,「母」であることを権利の源泉としつつ,個人としての権利も主張した.第二波フェミニズムは,近代社会批判とともに,社会的につくられた「母」役割を批判しつつも,自らの身体性を主張の源泉とした. ジェンダー概念の関連でいえば,「解剖学的宿命」に対抗するやり方のひとつが,「文化的社会的産物」としてのジェンダーという概念をつくりだすことであった.またポスト構造主義の登場により,差異は関係的な概念であること,そして「生物学的なセックス」や「身体」もまた言語的,社会的に構築されていると考えられるようになった.さらにジェンダーのみならず,さまざまな諸カテゴリーの位置性や交差性が問われることになった.ジェンダーの構築性の指摘から30年以上が経過した現在,「女」というカテゴリーの定義をめぐる論争のなかで,「身体」をどう位置づけるのかという問題が,以前とは異なる課題とともに再浮上している.
著者
西田 尚輝
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.71, no.3, pp.482-498, 2020 (Released:2021-12-31)
参考文献数
26

失業保険の費用を労働者,雇用主,国のあいだでどのように分担するかは,福祉国家によって異なる.しかし従来の権力資源論,資本主義の多様性論,インサイダー・アウトサイダー理論は,各国の失業保険の費用分担構造の違いを体系的に説明しなかった.本稿の目的は,制度の経路依存性と長期的過程に着目して,失業保険の雇用主拠出にかんする新たな説明を提示することである. 本稿は,戦間期ヨーロッパ諸国の失業保険の比較歴史分析によって,失業保険のコスト分担パターンを決定したのは,20 世紀初頭に福祉プログラムがどのように構造化されたか(市民権ベース/職業ベース)と,どのような組織が失業保険を実施していたか(労組/他組織)という2 つの要因だったことを示す.職業ベースの福祉プログラムを採用した国のうち,フランスのように多元的な失業金庫制度をもっていた国は,その制度選択の結果として,戦間期においても労働者だけが保険料を負担する旧来の制度を維持したのに対し,ドイツのように労働組合のみが失業金庫を管理運営していた国は,第一次世界大戦後に,未組織労働者の無保険状態の解消のために失業保険を一般化し,雇用主にも保険料負担を求めた. 福祉国家の大部分は拠出金で賄われているため,その費用を誰が負担するのかという問いを考えることは重要である.本稿は失業保険という政策領域でこの問いに取り組み,今後の研究にいくつかの道を開くものである.
著者
宮田 りりぃ 石井 由香理
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.266-280, 2020 (Released:2021-09-30)
参考文献数
12
被引用文献数
1 1

本稿では,2016 年から大阪新世界エリアの女装コミュニティにおいて不定期開催されている,当事者主体の交流イベントに着目する.そこで,一連のイベントに関わった人々へのインタビューから,イベントの成立過程および当事者たちの自己語りについて描き出す.その上で,そこでは女装の逸脱的意味づけがどう組み替えられているのかを考察する.第1 に,この交流イベントは,当事者同士の連帯と結びついた「楽しみの増加」を目指す女装者たちと,長期的観点からの「売り上げの増加」を目指す商業施設側との間の利害や合理的判断が一致するかたちで成立していた.第2 に,女装者たちが語る自らの性別越境とは,女装と男性とを自由に往来するような可逆的なものであり,また気軽に実践できるような楽観的なものでもあった.これらの結果から,一連のイベントは,女装という行為に対する娯楽化と経済化という異なる逸脱的意味づけの組み替えが共存することで支えられており,さらに逸脱の娯楽化は当事者たちによる固定的な性別越境のあり方との差異化によって可能となっていることがわかった.以上の知見は,これまで医療化によって支援から周縁化されたり,犯罪化によって差別的扱いを受けたりする傾向にあった女装という行為を捉え直すための,新たな視角を提起するものである.
著者
松永 伸太朗 永田 大輔
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.71, no.3, pp.358-376, 2020 (Released:2021-12-31)
参考文献数
16

芸能などの芸術産業に比して,労働集約性が高く熟練した制作人口を大規模に必要とするアニメ産業では,制作者の定着への志向がいかに維持されるかが課題となる.定着が維持されるためには,制作者が仕事を獲得し続けられる見通しをもてることが必要である.アニメ産業ではプロジェクトベースの契約が主流である制作者を,労務管理側が評価することが難しいため,制作者同士の相互評価が産業への定着志向を持ち続けるうえで重要になる.本稿ではアニメ産業の制作者同士の相互評価が機能しうる場としてのインフォーマルなコミュニティを支える構造的条件とその限界について,アニメーターへの2つのインタビュー調査に基づいて検討した. 近年の技術革新に伴い現場の管理側が若手中心になり,管理側からのアニメーターへの評価がさらに難しくなり,アニメーター同士の相互評価の重要性は増していた.ベテランはインフォーマルな相互評価を行っていることを語っていたが,若手は自らが適切に「評価されていない」という感覚をもっており,コミュニティの衰退が示唆されていた.このような差異を導く原因として,分業による評価の曖昧化と,放映期間の短期化によるコミュニケーション機会の減少があった. 産業への定着志向が維持されるためにはインフォーマルなコミュニティが必要である.本稿はそのコミュニティがどのように揺らいでいるかの構造的条件の解明の重要性を指摘した.
著者
齋藤 圭介
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.68, no.3, pp.386-403, 2017 (Released:2018-12-31)
参考文献数
44
被引用文献数
1

社会科学の分野において, 政治学者を中心に1990年代後半から定量的研究と定性的研究のあいだで方法論についての論争が生じた. 定量的な方法論が定性的なものよりも科学的であるという主張にたいし, 定性的研究者は反論する過程で方法論・手法を洗練させていく.本稿の目的は, こうした定性的研究者の新たな方法論のうち質的比較分析 (QCA) に注目をし, 社会科学の分野で生じているこの方法論争を検討することで, 社会学で目下進んでいる方法論の多様化に積極的な意義を見いだすものである.本稿の構成は以下のとおりである. まず定量的・定性的研究という枠組みで方法論争が先鋭化した社会科学の方法論争を取り上げ, そこでの論点を整理する (2節). 続いてQCAの方法論を概観したのち (3節), 定量的手法とQCAの支持者たちが, 定量と定性の方法論をめぐる論点にたいして, どこに・いかに対立しているのかを確認する (4節). 以上の議論をまとめ, 方法論の対立は, 単なる手法 (テクニック) 上の違いにとどまらずその方法論が拠って立つ世界観にまで及ぶ根深い問題であることを指摘し, 方法論間にあるトレードオフの問題を考察する. そして現在の社会学の方法論の多様化という現状の理解に資する知見を導出し結論とする (5節).
著者
筒井 淳也
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.64, no.4, pp.572-588, 2013 (Released:2015-03-31)
参考文献数
45

本稿では, ポスト工業化社会における排他的親密性の現状と行く末について, おもに経験的研究の成果に依拠しつつ論じている. 戦後の工業化と経済発展に伴う男性稼ぎ手夫婦の段階を経て, 現在女性の再労働力化が進んでいる. おもな先進社会のなかでも各国ごとにバラつきがあるとはいえ, 女性の所得水準が全体的に上昇していくなかで見られるのは, カップル関係の衰退ではなく維持である. しかしその内実には, 同棲の広がりに代表される深刻な変化が生じている. この変化について, 関係性は外部の社会的要因から自由になっていくのか, 持続的関係は衰退するのか, 排他性は弱まっていくのかという3点について, おもに同棲についての欧米社会における実証研究を手がかりとしつつ検討を行った. さらに, 男女の経済状態が均等化するなかで, 人々が自発的に関係構築をするための生活条件が整備されていくと, 関係性やそれから得られる満足は自発的選択の結果として理解されていくのか, という問いを立て, 必ずしも自己責任論が徹底されるとは限らないこと, しかし親密な関係性を首尾よく構築できないことに対して公的な補償が充てられることは考えにくいことを論じた. 他方で日本社会はこういった生活条件が整備されつつある段階であり, 関係性の実践が男女で非対称的な経済的条件にいまだに強く拘束されている段階である, といえる.
著者
仁平 典宏
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.485-499, 2005-09-30 (Released:2010-04-23)
参考文献数
41
被引用文献数
16 4

ボランティア活動に対しては, 国家や市場がもたらす問題への解決策として肯定的な評価がある一方で, ネオリベラリズム的な社会編成と共振するという観点から批判もある.本稿は, 既存の議論を整理し, ネオリベラリズムと共振しないポイントを理論的に導出することを目的とする.既存の議論における共振問題は, ボランティア活動の拡大が, ネオリベラリズム的再編の作動条件を構成するという条件の水準にあるものと, 再編の帰結に合致してしまうという帰結の水準にあるものとに整理される.条件の水準では, 公的な福祉サービス削減の前提条件とされる問題と, システムに適合的で統治可能な主体の創出のために活用されるという問題が指摘され, 帰結の水準では, 社会的格差の拡大とセキュリティの強化という帰結と一致するという問題が指摘されてきた.本稿では, これらの共振が絶えず生じるわけではなく, それぞれに共振を避けるポイントが存在していることが示され, それが, 共感困難な〈他者〉という, これまでのボランティア論において十分に想定されてこなかった他者存在との関係を巡って存在していることが指摘される.
著者
古市 憲寿
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.63, no.3, pp.376-390, 2012-12-31 (Released:2014-02-10)
参考文献数
46
被引用文献数
1 1

本稿は, 1990年代後半以降に政府や経済界から提出された「起業」や「起業家」像の検討を通して, 日本の社会秩序が「起業」や「起業家」をどう規定し, 受け入れてきたのかを分析するものである.バブル経済が崩壊し日本型経営が見直しを迫られる中で, 「起業家」は日本経済の救世主として政財界から希求されたものだった. しかし, 一連の起業を推奨する言説にはあるアイロニーがある. それは, 自由意志と自己責任を強調し, 一人ひとりが独立自尊の精神を持った起業家になれと勧めるにもかかわらず, それが語られるコンテクストは必ず「日本経済の再生」や「わが国の活性化」などという国家的なものであったという点である. 自分の利益を追求し, 自分で自分の成功を規定するような者は「起業家」と呼ばれず, 「起業家」とはあくまでも「日本経済に貢献」する「経済の起爆剤」でなければならないのである. さらに, 若年雇用問題が社会問題化すると, 起業には雇用創出の役割までが期待されるようになった.1999年の中小企業基本法の改正まで, 日本の中小企業政策は「二重構造」論の強い影響下, 中小企業の「近代化」や大企業との「格差是正」を目指すという社会政策的側面が強かった. その意味で, 起業家に自己責任と日本経済への貢献を同時に要求する理念は, 1990年代後半以降の時代特殊的なものと言える.
著者
小宮 友根
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1, pp.134-149, 2017 (Released:2018-06-30)
参考文献数
45

本稿の目的は, 「概念分析の社会学」の立場から構築主義社会問題論を再解釈することである. 構築主義社会問題論は, OG問題を乗り越え, 経験的研究に取り組むだけの段階にあると言われて久しい. けれど, 「クレイム申し立て活動」を調べることが社会学方法論上どのような意義をもつのかについては, これまで決して十分に注意が払われてこなかったと本稿は考える.本稿はまず, OG問題をめぐる議論がもっぱら哲学的立場の選択をめぐるものであり, 「クレイム申し立て活動」の調査から引き出せる知見の身分に関するものではなかったことを指摘する. 次いで, 社会問題の構築主義のもともとの関心が, 犯罪や児童虐待といった問題を, 社会問題として研究するための方法にあったこと, そしてその関心の中に, 社会のメンバーが社会の状態を評価する仕方への着目が含まれていたことを確認する. その上で, 「概念分析の社会学」という方針が, そうした関心のもとで社会問題研究をおこなうための明確な方法論となることをあきらかにする.「概念分析の社会学」は, 私たちが何者で何をしているのかについて理解するために私たちが用いている概念を, 実践の記述をとおして解明しようとするものである. この観点からすれば, 構築主義社会問題論は, 「クレイム申し立て活動」をほかならぬ「社会問題」の訴えとして理解可能にするような人々の方法論に関する概念的探究として解釈することができるだろう.
著者
栗田 宣義
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.66, no.4, pp.516-533, 2015
被引用文献数
1

<p>現代日本の若年層女性, 具体的には高校生を含むハイティーン女子に焦点を当て, 他者からの承認を意味するリア充, および, 容貌身体の美醜評価による序列に基づいたルックス至上主義ならびに美醜イデオロギーの視角から, 彼女たちの生きづらさを, 探索的因子分析と共分散構造分析を用いて, 計量社会学的に明らかにした. 高校生全学年を含む15歳から19歳の就学層を被調査者とした, ウェブ上の質問紙経由での回収数458名のインターネット調査を用いた分析の結果, 非リア充であるほど生きづらさを抱える傾向があり, また, リア充であるほど容姿外見の変身願望が強い傾向があることが判った.</p>
著者
三具 淳子
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3, pp.305-325, 2007-12-31 (Released:2010-04-01)
参考文献数
23
被引用文献数
2 2

第1子出産は女性の労働者としての地位を大きく変える分岐点である.「妻の就業」は本人の経済的自立の基盤であり,夫婦の平等志向を実現させる重要な要因であるとともに,夫婦の内と外のジェンダー・アレンジメントの結節点でもある.この点をふまえ,本稿は,第1子誕生を間近に控えた夫婦へのインタビューをもとに,出産後の妻の就業継続等の行動を決定する過程を分析した.その際,Komterによる3つの権力概念の適用を試みた.その結果,夫婦の個別的相互関係においては「顕在的権力」の作用は認められず,確認されたのは,マクロなレベルに規定要因をもつ「潜在的権力」と「目に見えない権力」の作用であった.「目に見えない権力」の背景には,ジェンダー・イデオロギーとともに合理主義的判断の優位性がみられ,こうした複合的な規定要因が補強しあって作用するため,妻の多くが不満をもたずに労働市場から「スムーズ」に退出していく態様がとらえられた.これらの分析結果は,Komterの権力概念の再考を迫るものとなった.1つ目は,「潜在的権力」が社会構造的レベルにも規定要因をもつという点,2つ目は,「目に見えない権力」はジェンダー・イデオロギーのみによって規定されているわけではく,複合的な要因を考慮する必要があるという点である.
著者
北村 匡平
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.68, no.2, pp.230-247, 2017 (Released:2018-09-30)
参考文献数
44

敗戦から1950年代にかけて, 大衆娯楽として最も隆盛していた映画は, 多くの国民的スターを輩出した. この時代のスターダムにおけるスターイメージの変遷とそれを価値づける言説に, 大衆の欲望モードの変化がみられるのが1955年頃である. 本稿は, 原節子と高峰三枝子に代表される占領期的な欲望を体現する‹理想化の時代›から, 1955年以降の若尾文子を代表とする‹日常性の時代›への推移を見取り図として, 映画スターに対する大衆の欲望モードの偏差を浮上させることを目的とする.この転換期, 大衆の集合的欲望を最も引き受けていたのは若尾文子であった. 超俗的な美貌をもった占領期のスター女優とは異なり, 若尾文子を価値づける言説は, 「庶民的」「親近感」「平凡」であり, 大衆の‹日常性›を体現するペルソナを呈示していたからこそ彼女はスターダムの頂点にのぼりつめることができた. 本稿は, 娯楽雑誌におけるスターの語られ方を分析することによって, 経済発展だけでは説明できない言説空間の変容を捉える. そこで見出されるのは, 占領期の‹理想化›された社会を象徴するスターへの反動として, 大衆文化を具現する‹日常›の体現者を称揚する言説構成である. スターを媒介にして自己を見つめ返すようなまなざしの構造が生成する1950年代中頃, 若尾文子は「平均的」であることによって大衆の‹日常性›を演じ, 若者の「リアリティ」を体現したのである.
著者
須永 将史
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.63, no.3, pp.341-358, 2012-12-31 (Released:2014-02-10)
参考文献数
38

ジュディス・バトラーの身体へのアプローチにはどのような意義があるのだろうか. 本稿ではまず, 『ジェンダー・トラブル』におけるバトラーの身体へのアプローチに, 重要な側面が3つあることを指摘する. それは, 第1に, ジェンダー概念の再定義がなされていることであり, 第2に, 身体論の主要な論点を「身体なるもの (=The body)」という論点から「個々の身体 (=bodies)」という論点へと移行させようとしていることだ. そして第3の側面は, 「身体なるもの」の「内部/外部」の境界が不確定であるという主張がなされていることである.次に, フェミニズム/ジェンダー論にとっての既存の身体観を整理し, バトラーが各論者の身体観をどのように批判し, どのように乗り越えようとしたかを述べる. バトラーはボーヴォワールの議論が精神/身体の二元論を保持していることを批判し, イリガライの議論が生物学的性差としてのオス, メスの二元論を保持していることを批判する. バトラーのアプローチによると, 2人が保持するそうした二元論自体が, 問題視されるべきなのである.本稿では, バトラーの貢献とは次のようなものだと結論する. それはすなわち, ジェンダーという概念を再定義することによって, 人々を異性愛の基準においてのみ首尾一貫させる現象の水準を指摘しようとしたことだ. また本稿では, を実証的に明らかにするためには, 実際の社会において使用される身体や行為を記述することがフェミニズム/ジェンダー論の今後の課題であることも示唆する.