著者
橋本 健二
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.164-180, 1999
被引用文献数
3

戦後日本では, 大橋隆憲らを中心に階級構成研究が独自の発展を遂げたが, 彼らの研究は, 資本家階級と労働者階級への2極分解論や, 労働者階級=社会主義革命勢力という規定など, きわめて非現実的な想定に立っていたこと, また特定の政治的立場を前提とした政治主義性格のために, 階級研究に対する数多くの誤解を生みだし, このことが日本における階級研究を衰退させる結果をもたらしてしまった。いま必要なことは, 階級研究からこうした理論的・政治的バイアスを取り除き, これを社会科学的研究として再構築することである。理論的には, 1970年代半ば以降の, 構造主義的階級理論から分析的マルクス主義に至る階級研究の成果を生かしながら, フェミニズムの立場からの階級研究批判に答えうる階級構造図式と階級カテゴリーを確立することが求められる。実証的には, 社会階層研究の豊かな蓄積を模範としながら, 計量的な研究のスタイルを確立する必要がある。本稿はこうした階級研究の発展のための基礎作業である。<BR>以上の目的のため, 本稿はまず, 現代日本の階級構造を, 資本主義セクターと単純商品セクターの節合関係を前提として, 資本家階級・新中間階級・労働者階級・旧中間階級の4階級からなるものとして定式化し, さらに各職業の性格のジェンダー差を考慮して, 実証研究に適用可能な階級カテゴリーを構成する。次に, 階級構成の変化を概観するとともに世代間階級移動量の趨勢を検討し, 近年の日本では世代間階級移動への障壁が強まりつつあることを明らかにする。最後に, 階級所属と社会意識の関係を検討し, 階級所属が社会意識の形成に第一義的な重要性を持ち続けていることを明らかにする。
著者
森 重雄
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.50, no.3, pp.278-296, 1999-12-30 (Released:2010-04-23)
参考文献数
46

この小論では, ポスト構造主義的ないしはディコンストラクティヴな志向をもって〈人間〉を検討する。とはいえ, この小論は高階理論に属するものではなく, 〈人間〉の歴史性を検討するものである。この小論では, モダニティ概念に立脚しつつ, とりわけマルクス, デュルケーム, エリアス, アレント, 大塚久雄, ニスベットらの社会=歴史的および社会経済的社会理論をつうじて, 〈人間〉が現出する社会歴史的文脈を検討する。この社会学的検討において, 関心は西欧史上の「移行期」, すなわち農村マニュファクチュアが絶対主義的商業資本に対立し, 「ブルジョア革命」によって前者が後者にやがて打ち勝ってゆく過程に, 主として注がれる。〈人間〉はこの「移行期」をつうじて実定的かつ制度的に, 今世紀において確立する。この小論は, この過程をあとづけるための検討であり, 私たちが〈人間〉であることの自明性がもつ問題性を究明するものである。「議論はここからはじまってこそ社会学になる」という人びとが多くいるかもしれない。しかし冒頭にその意義と限界の表裏一体性を明らかにしたこの小論の範囲内では, 考察はここまでである。この小論の目的は〈人間〉, 「脱人格化」 (ルーマン 1965 = 1989 : 76) といわば再人格化のシジフォス的運動をくりかえす〈人格性システム〉 (ルーマン1965 = 1989 : 179) の原基たる〈人間〉, が誕生する環境設定を明らかにすることにあった。その答えを端的に示せば, 〈人間〉とはモダニティ, すなわち共同体解体をもたらした分業がアノミックに高進する〈社会〉という環境設定のうえにはじめて現象する社会的実定性であるということである。この「アノミー」と表裏一体の関係をなしながら成立したモダニティとしての〈人間〉は, はじめ骨相学において, あるいはロンブローゾの犯罪人類学において, 外面的な「名前」を与えられる。やがてこの〈人間〉はビネーからターマンに続くIQにおいて, あるいは「スピアマンのg」において, 今度は内面的な名前を与えられる (グールド 1981 = 1989) 。さらにこの内面は学歴や資格というラベルさらには適性検査や「SPI」によって, いやまして情報化的に掘削されてゆくばかりである。ところで, 近代化・現代化や開発と呼ばれるモダニティの世界的展開のなかで, こんにち私たちがたしかに〈人間〉となったことは, じつは一つの重大問題である。この〈人間〉の問題性は, たとえば慢性的なアイデンティティ不安という, モダニティがもたらした病に如実に示されていよう。この問題性は, 〈人間〉がそもそも掘削されるべき-フーコー流に言えば-「厚み」をもった実在などではなく, その反対に掘削されることによって「厚み」を重ねてゆく近現代の社会的実定性である点にある。社会学および社会理論の根底には, 私たちがこのように〈人間〉になってしまったこと, そしてそれをもたらした〈社会〉の問題性にたいする冷徹な感性がなければならない。
著者
近藤 博之
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.181-196, 1999-09-30 (Released:2009-10-19)
参考文献数
16
被引用文献数
5 1

教育機会の趨勢に関する近年の多くの研究は, 教育達成の相対的な格差が長期にわたりきわめて安定していることを示している。それらは教育機会の拡大からもたらされた変化と階層間の格差に関わる変化とを注意深く区別しているが, モデルの構成要素としてメリトクラシー仮説の意味するところを十分に考慮してはいない。本論は, 閾値の発想を取り入れた累積的ロジット・モデルを用いて, この問題に改めて取り組んでみたものである。そこでは, 各出身階層に一次元の連続量として進学の優位度を想定し, それを共通の閾値で区分したものが現実の教育達成をもたらしていると仮定している。この枠組みを用いてSSM調査データ (1955年と1995年) を分析することにより, 1) 戦前期から今日までの教育機会の変動が各出身階層の優位度分布を一定としたまま, もっぱら閾値の低下によってもたらされたこと, 2) 男女の教育達成の差も閾値構造の違いに帰属できること, 3) 高度成長期を含む戦後の教育拡大は階層間の格差を広げるように働いたこと, 4) 相対的な格差は今後も維持されるが, 絶対的な格差は徐々に減少していく見通しであること, などが明らかとなった。優位度分布の布置がつねに同じであるというこの結果は, 教育機会の問題に要因論的アプローチが不適切であることを示すものと解釈される。
著者
清水 瑞久
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.54, no.3, pp.250-264, 2003-12-31

本論文は, 明治の社会学者・外山正一をとりあげ, 彼にとっての社会学が何であったのかを考察する.そのために, これまでの社会学説史の中で外山がどのようにイメージされてきたのかを, 主なる2つの潮流をあげて検討する.1つは, 民権運動に対抗して書かれた外山の「民権弁惑」に依拠し, もう1つは, 古代社会を研究して女性の自由を主張する「日本知識道徳史」に依拠する.本論文では, 一見するところ相容れることのない, これら2つの潮流を架橋しようと試みる.その試みのもとに, まず, 外山がその同時代社会における社会学の使命をいかに考えたのかを検討する.次いで, 古代社会に対する外山の眼差しがいかなるものであったのかを省察していく.そこから結論されるのは, 外山は国民を陶冶しようとして, 進化論的な歴史社会学を構想し, そのために同時代社会の中に神話的な物語を導入し, また, 神話世界に同時代社会を読み解いたということである.
著者
渡辺 登
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.348-368, 2006-09-30 (Released:2009-10-19)
参考文献数
15
被引用文献数
2

グローバリゼーションの進展とそれに対応する新自由主義的改革=「構造改革」の一環としての行財政改革を目的とした「平成の大合併」によって, 地域社会でのさまざまな共同性, 協働性が溶解しつつある現状と向き合う中で, 一体私たちは何を語り得るのか.本稿では, 原発建設の是非を問う全国で初の住民主導による住民投票を実施して原発建設計画を白紙撤回に導き, 今回の「平成の大合併」では行政主導の住民投票で新潟市への編入合併を選択した新潟県 (旧) 巻町を事例とし, 原発建設計画への住民投票運動において中心的な役割を果たした住民グループの主要メンバーへのインタビューを通じて得られた彼ら・彼女らの「語り」に着目することで, 以上への回答を試みた. (旧) 巻町の事例への検討を通じて, 地域におけるさまざまな人々の問題解決のための営為を彼ら・彼女らの語りから, 解釈し, 再構成し, 地域で紡ぎだされつつある, あるいはそのためにせめぎ合うさまざまな力の交錯の物語を丹念に描き出すことが重要であることはもちろんであるが, 特に確認すべきは, それぞれの人々の多様な捉え方, 位置づけかたを, 彼らの日常的営みからの活動に寄り添いつつ, その語りをコンテキストに沿いつつ再構成し, 関連づけ, 意味づけを行う作業を, 絶えず私たちの自明の前提を問い直しながら行うことが不可欠であるということである.
著者
谷本 奈穂
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.286-301, 1998-09-30 (Released:2009-10-19)
参考文献数
53
被引用文献数
2

従来, 研究対象として無視されがちであった恋愛に関する言説を分析し, 恋愛の社会的物語を明らかにする。また分析素材として雑誌記事を採り上げるが, その方法として, 個々の記事を社会的物語の「断片」と捉え, それらを一つの物語として「復元」するというやり方を提案する。また, その際には物語記号論と物語論を援用する。分析の結果, 見えてきた現代的恋愛モデルは, (1) プロセスが肥大し結末は延期された, (2) 享楽的で苦しみを最小化している, というものである。更に, このモデルを生み出し, また受け入れる読者 (若者) の心性は, 以下のような側面を持つと解釈できる。 (1) 結果よりプロセスを大事にする。 (2) 仲間内でシェルターの中に閉じこもる。 (3) 最終決定を避けようとする。