- 著者
-
橋本 健二
- 出版者
- 日本社会学会
- 雑誌
- 社会学評論 (ISSN:00215414)
- 巻号頁・発行日
- vol.59, no.1, pp.94-113, 2008-06-30 (Released:2010-04-01)
- 参考文献数
- 63
- 被引用文献数
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今日の「格差社会論」の隆盛は,これまでの階級・社会階層研究には深刻な問題があったことを明らかにした.階級・社会階層研究は,拡大する経済格差と「格差の固定化」など,社会的に注目されている諸現象を十分解明することができず,社会学に対する社会的要請に応えることができない状態にある.このことは同時に,社会学の諸分野に階級または社会階層という有効な独立変数を提供するという,階級・社会階層研究の固有の使命を十分に果たしえていないということも意味する.こうした階級・社会階層研究の困難をもたらしたのは,その戦後日本における独特の展開過程だった.戦後日本の階級研究は大橋隆憲によって確立され,その階級図式は社会学者を含む多くの研究者に受け入れられたが,それはMarxの2階級図式を自明の前提とし,しかも労働者階級を社会主義革命の担い手とみなす政治主義的なものであり,1980年代には有効性を失った.社会階層研究を確立した尾高邦雄も,同様に階級を政治的な存在とみなしたが,大橋とは逆に現代日本には明確な階級が存在しないと考え,連続的な序列,あるいはその中に人為的に作られた操作的カテゴリーとしての社会階層の研究を推進した.こうして日本では,他の多くの国とは異なり,階級と社会階層がまったく別の概念とみなされるようになり,その有効性と現実性は大きく制約されてしまった.階級・社会階層研究のこうした弱点と困難を克服するためには,(1)Marxの2階級図式を明確に否定して,資本家階級,新中間階級,労働者階級,旧中間階級の4階級図式,あるいはそのバリエーションを採用するとともに,(2)社会階層を,階級所属が産業構造,労働市場,家族,国家などさまざまな制度によって媒介されることによって形成される社会的カテゴリーとして定義することが有効である.このとき階級と社会階層の不毛な対立は克服され,両者を相互補完的に活用することにより,現代社会の構造を分析する生産的な研究分野としての「階級-社会階層研究」を構想することができよう.