著者
古川 和男 加藤 義夫
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.57, no.7, pp.467-475, 2002-07-05 (Released:2011-02-09)
参考文献数
22

再生型太陽エネルギーが主力となるのは世紀末であり, 化石燃料との中間は核分裂エネルギーで埋めざるをえない. その安全性・核廃棄物・プルトニウム問題等の決定的改善に向け, 照射損傷なく核反応・熱輸送・化学処理媒体を兼ねる7LiF-BeF2系熔融フッ化物塩を液体核燃料に利用して, トリウム増殖サイクルの熔融塩核エネルギー協働システムを世界に展開すべきである. これは, 黒鉛減速燃料自給自足型の公共施設的小型原発と, スポレーション反応利用で核転換増殖する加速器熔融塩増殖施設からなる. 世紀末の太陽エネルギーへの本格的交代期 (即ち, 核分裂エネルギーの終焉期) には, この協働システムから出る余剰中性子 (核燃料) を利用して経済的に核廃棄物を消滅しつつ, 地球環境・貧困解決のみでなく, 着実な核兵器完全廃絶を目指すことができよう.
著者
高安 秀樹
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.1, pp.48-49, 2019-01-05 (Released:2019-07-10)

ラ・トッカータ シリーズ「人工知能と物理学」AIの弱点を補うのは物理の人材だ
著者
清野 健 勝山 智男
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.55, no.4, pp.247-256, 2000-04-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
33

蛇口からポタポタと落下する水滴.時計仕掛けと感じられる水滴落下のリズムにも,実際には多様なゆらぎが含まれ,そこには低次元カオスが確かに存在する.これまでに実験によってカオス力学系としての多くの興味深い現象が確認されてきたが,それを生み出す水滴形成の物理とのつながりには多くの謎が残されていた.だが,最近行われた実験と流体力学的数値シミュレーションによって,系の力学的構造がしだいに明らかになってきた.さらに,これらの知見に基づいたバネのモデルは,系の多様な振舞に一次元離散力学系としての統一した説明を与えることを可能にした.最近の研究に基づき,水滴落下系の長時間挙動とその力学的構造について概説する.
著者
斯波 弘行
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.66, no.10, pp.735-743, 2011-10-05 (Released:2019-06-14)
参考文献数
48

超伝導の理論はカマリング・オネスによる発見から40数年間の実験研究の上に提出されたギンツブルクとランダウの超伝導の現象論(GL理論,1950年)とバーディーン,クーパー,シュリーファーの超伝導のミクロな理論(BCS理論,1957年)の2つの画期的な仕事によって基礎が築かれた.その後の半世紀にこれらの理論の深化,拡大が進み,超伝導のメカニズムについての現在の理解はBCS理論直後とはずいぶん違っている.また,物性科学の他の問題との接点へ研究者の目が向きつつある.この小論では超伝導現象の理解に向けた現在までの理論研究を(1)超伝導はなぜ多くの物質で普遍的に起こるのか,(2)超伝導にはどれほどの多様性があるのか,それは物性物理の他の分野の発展とどのように関係しているか,の2つの観点から整理したい.
著者
Aurora Simionescu Norbert Werner 満田 和久
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.69, no.10, pp.707-711, 2014-10-05 (Released:2019-08-22)

銀河団は,差し渡し数百万光年の空間に数十個から1,000個もの銀河が集中している宇宙最大の天体です.普通の物質(バリオン)に限ると,銀河団の主たる構成要素は実は銀河ではなく,温度数千万度の高温ガスです.銀河団中のバリオンのほとんどは,X線を発する高温ガスとして銀河と銀河の間の空間に存在します.銀河団は,X線を放射する高温ガスの海の中に個々の銀河が浮かんでいるような天体と言えるでしょう.「すざく」衛星は,2005年に日本が打ち上げたX線天文衛星であり,現在も,世界中に開かれた国際X線天文台として活用されています.「すざく」衛星は,特に,天球面上に広がった表面輝度の低い放射を検出する感度に優れています.我々はこの特長を活かし,距離2.5億光年という近傍にあるペルセウス座銀河団の大規模観測を行いました.すべての銀河団の中で最も明るく,大きく広がったこの銀河団は,詳細な研究には最適です.X線観測からは銀河団の淡いガスの密度や温度を始めとする多くの重要な物理量を得ることができます.今回,「すざく」を用いたペルセウス座銀河団の大規模マッピング観測により,銀河団の中心から銀河団の縁であるビリアル半径に至るまでの高温ガス(バリオン)の分布を精密に得ることができました.その結果,銀河団の縁では,エントロピー分布は理論が予測するよりも平坦であり,密度は理論予測や電波観測で得られた値よりも高いことが初めて明らかになりました.この矛盾は,宇宙の大構造から銀河団に落ちてくるガスが塊を作って存在しており,熱化されるビリアル半径を通過した後も,この塊が残ると考えると説明できることがわかりました.さらに,ペルセウス座銀河団の広い範囲にわたって鉄の組成比を調べたところ,その場所ごとのばらつきが非常に小さく,ほとんど一様であることを発見しました.重元素の発生源である星の分布とは相関していません.1,000万光年にもおよぶ広い範囲について鉄の割合がほぼ一様であることから,鉄のほとんどは,銀河団が形成された時代よりも前に宇宙に大きく広がり,よく混ざっていたと考えられます.銀河団の誕生は宇宙誕生から約40億年後(いまから約100億年前)だと考えられているので,いまから100億年以上前に,鉄などの重元素が星々から大量にまき散らされ,宇宙中に拡散した時代があり,現在の宇宙に広がるほとんどの重元素はその時代にまき散らされたものであると考えるのが妥当です.数多くの星が生まれ,巨大ブラックホールが急成長したこの時代,星々から生み出された重元素は,超新星爆発や銀河中心の超巨大ブラックホールによって引き起こされた銀河からの強い風に乗って宇宙中に拡散して行ったと考えられます.
著者
谷口 義明
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.69, no.11, pp.744-752, 2014-11-05 (Released:2018-09-30)

私たちは銀河系(天の川銀河)という銀河に住んでいる.銀河系には約2,000億個もの星があり,その大きさは10万光年にも及ぶ(1光年は光が1年間に進む距離で,約10兆km).宇宙には銀河系のような銀河が1,000億個程度あると考えられている.銀河には渦巻構造を持つ円盤銀河と回転楕円体構造を持つ楕円銀河(天球面に投影して観測すると見かけ上が楕円に見えるため楕円銀河と呼ばれる)がある.円盤銀河の円盤はもちろん回転運動をしている.楕円銀河の構造は星々のランダム運動(速度分散)でサポートされている場合が多いが,少なからず回転運動もしている.角運動量を持たない銀河はないということである.回転している銀河には中心があり,その場所は銀河中心核と呼ばれる.確かに銀河の写真を見てみると,銀河の中心部は明るい.そこには星の集団があるのだろうと考えられていたが,どうもそうではないケースがあることがわかった.1960年代のことである.銀河の中には,中心部が異様に明るく輝いているものがあり,それらは活動銀河中心核と呼ばれる.これらの中心核から放射されるエネルギー量は星の集団では説明できない.そのため,超大質量ブラックホールによる重力発電が有力なエネルギー源であると考えられるようになった.つまり,銀河中心核にある超大質量ブラックホールに星やガスが降着し(質量降着と呼ばれる),そのときに解放される重力エネルギーを電磁波に変換して明るく輝いているというアイデアである.では,活動銀河核を持つ銀河は特別で,普通の銀河の中心核には超大質量ブラックホールはないのだろうか?答えはノーである.最近の10数年の研究によって,ほとんどすべての銀河の中心には超大質量ブラックホールが存在することが明らかになってきたのである.その結果,驚くべきことがわかった.超大質量ブラックホールの質量は銀河の回転楕円体成分(スフェロイド:円盤銀河の場合はバルジと呼ばれる構造であり,楕円銀河の場合は銀河本体)の質量と非常に良い比例関係を示すことである.両者のサイズは約10桁も異なっているので,なぜこのような驚くべき関係があるのか大きな問題としてクローズアップされたのである.なぜなら,この事実は,ブラックホールが銀河と共に進化してきたことを意味するからだ.ブラックホールの重力圏は銀河のスケールに比べれば極端に小さいので,共進化はブラックホールと銀河とがお互いに何らかのフィードバックを与えつつ進化してきたことを意味する.さらに,最近では,宇宙の年齢がわずか8億歳の頃に,太陽質量の10億倍を超える超大質量ブラックホールが既に形成されていることが発見され,その起源も謎となっている.このような超大質量ブラックホールを短期間で作るには,種となるブラックホールの形成のみならず,どのような物理過程でブラックホールが大質量を獲得していくのかは不明のままである.銀河衝突などのトリガーの要素も取り入れた研究が行われている.本稿では,観測的な進展も合わせて,超大質量ブラックホールと銀河の共進化についての現状を解説し,今後の研究の展望について言及する.
著者
霜田 光一
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.70, no.8, pp.591-598, 2015-08-05 (Released:2019-08-21)

19世紀までに幾何光学と波動光学はほとんど完成し,光はマクスウェル方程式で記述される電磁波であることが確認されていた.そこで,光学の研究はカメラや顕微鏡などの光学機械の新しい考案や,レンズの設計と収差の理論など,応用物理学的研究が主流になっていた.アインシュタインはプランクのエネルギー量子の概念を発展させて,1905年,光電効果を説明する光量子仮説を提出した.光の周波数(振動数)をνとすると,光はエネルギーhνをもつ粒子として振る舞う.この粒子を光量子または光子と呼ぶ.光は波動性をもつけれども,場合によっては粒子性を示すと考えなければならなくなった.これを契機に量子論が展開され,原子による光の放出と吸収は上下2つの定常状態の間の遷移によると考えられた.1916年,アインシュタインは遷移確率を計算して光の放出には自然放出と誘導放出の2つの過程があることを示した.しかし,通常の物質では誘導放出よりも吸収が大きく,正味の誘導放出を観測することはできなかった.原子または分子の反転分布状態では,正味の誘導放出が得られるという議論はあったが,量子論の世界は人為的に操作することはできないと信じられていた.一方において,1906年に発明された真空管を中心に,無線技術とエレクトロニクスが進歩し,ラジオ放送が1920年に始まった.そして,第2次世界大戦中に軍用レーダーの研究に従事した物理学者が,戦後電波分光学の研究を始めた.エレクトロニクスを用いて,核磁気共鳴や分子のマイクロ波スペクトルが実験された.タウンズ(C. H. Townes)はアンモニアの分子線で多数の反転分布分子を空洞共振器に入れれば分子発振器ができるだろうと考えた.1951年のこの着想に基づく実験は1954年に成功し,メーザーと呼ばれるようになった.メーザーは電子管では発生できない短波長のミリ波,サブミリ波,赤外線,可視光線,紫外線の発振器として期待された.これらの高周波メーザーは光メーザー(optical maser)と呼ばれていたが,1960年に実現し,その後は簡潔にレーザー(laser)と呼ばれている.レーザーは時間的にも空間的にも高度にコヒーレントな光を発生する.そこで光の発振スペクトル幅1ヘルツ,パルス幅1フェムト秒,尖頭出力1ペタワットも得られる.レーザー光の指向性は極度に鋭いので,集光すれば,超高光強度が得られる.レーザーはこのように画期的に優れた特性をもっているので,これまでに多種類のレーザーが開発され,その高性能化が進んでいる.その応用はレーザー通信,レーザー加工,レーザー計測などから始まり,今では科学技術のあらゆる方面に広がり,見えないところでレーザーが使われている.たとえばコンピューターもテレビも新幹線もジェット機も,レーザーが不可欠な要素になっている.レーザーは光学を一新し,非線形光学,量子光学,量子情報科学などだけでなく,ボーズ・アインシュタイン凝縮,超高光子密度科学,高温高圧物性,生体細胞のin vivo超解像イメージングなど,新しい研究を創発している.
著者
斉田 浩見
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.76, no.11, pp.705-713, 2021-11-05 (Released:2021-11-05)
参考文献数
24

ブラックホールとは,重力が極めて強く光すら脱出できない(つまり原理的に観測不可能な)時空領域である.そのため,既知のブラックホールと思われる天体は「ブラックホール候補天体」というのが正しい.ブラックホールの定義に「重力が強くて光も脱出できない」とあるが,これは「光の軌道も重力で曲がる(質量をもたない光子にも重力が働く)」ことを意味する.このような挙動はニュートン重力では不可能なので,ニュートンの理論よりも正確に重力現象を記述する理論でなければブラックホールを理解できない.現実の重力現象を正しく記述する理論の最有力候補は,一般相対性理論である.しかし,一般相対論の検証は,例えば太陽系の弱い重力場で実施されてきたが,もっと強い重力場での検証はまだ不十分である.そのため,一般相対論を修正したさまざまな修正重力理論も生き残っている.それら理論の中から最適なものを探す研究を,重力理論の「探査」ということにしよう.重力理論の探査はこれまで主に,太陽系の弱い重力場と宇宙全体の規模の平均的な重力場でおこなわれてきた.星など個々の天体規模で,太陽系より強い重力場における重力理論の探査は,次の三つでようやく緒についたところである:(a)2015年に初検出された重力波イベント,(b)2018年に実現した我々の天の川銀河中心の巨大ブラックホール候補天体(いて座Aスター,Sagittarius A*,Sgr A*)の重力場に起因する重力ドップラー効果の検出,(c)2019年に成功したM87銀河中心の巨大ブラックホール候補天体の影の撮像.このうち(b)はもっとも地味な研究だが,太陽の400万倍の質量をもつSgr A*を周回する星々(S-starsという)の観測を米国と欧州のグループが1990年代後半から始めた(これが2020年ノーベル物理学賞の50%になった).筆者(理論)と共同研究者(観測)も2013年から,すばる望遠鏡でS-stars観測を進めている.そして,観測技術の革新を経て,S-starsの一つの星S0-2がSgr A*に最接近した2018年に,S0-2から届く光の分光観測でSgr A*の重力に起因する重力ドップラー効果が測定できた.これは一般相対論と矛盾せず,ニュートン重力の却下を意味する.そして現在,重力理論の探査を計画中である.一般相対論を始め多くの重力理論では,重力とは時空が曲がる効果だと考えて,時空の形を決める計量テンソルgμνを重力場とみなす.そして,Sgr A*周辺のS-stars観測による重力理論の探査でカギとなるのは,ブラックホール時空の計量gμνが含むパラメータをいかに測定データから決めるかである.一般相対論のブラックホール時空計量のパラメータは,ブラックホールの質量(ブラックホールに落ちた質量)と自転角運動量(重力場の向きが中心軸周りに回転する向きに傾く効果)である.修正重力理論では他にも未知パラメータや,計量とともに重力を担う未知の場も含む.こういったパラメータや場に観測データの測定精度の範囲で制限を付けることで,修正重力理論の可能性を調べることができる.この研究はこれから深まっていくところであり,理論も観測も手がついていないテーマは沢山ある.興味をもった若手の皆さんの参加を大歓迎したい.
著者
江尻 宏泰
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.76, no.7, pp.426-434, 2021-07-05 (Released:2021-07-05)
参考文献数
62

ニュートリノは,電子と同じ軽い素粒子で,電荷がなく「弱い力」が作用する.ニュートリノの基本的な性質や反応には,・ニュートリノ(粒子)も反ニュートリノ(反粒子)も中性の粒子だが,ニュートリノは,粒子と反粒子が同じマヨラナ粒子か,あるいは別のディラック粒子か,・ニュートリノ振動の観測から,ニュートリノには質量があることがわかったが,どのくらいの質量があるのか,・超新星爆発によるニュートリノ(超新星ニュートリノ)は,どう原子核と反応し,どのような原子核を生成するか,というような未解決の重要問題があり,現在,各国で研究中だ.これらは,原子核内でニュートリノが関与する崩壊や反応を調べて研究できる.原子核の特殊な二重ベータ崩壊では,原子核内の中性子がベータ崩壊で陽子になり,その際に放出された反ニュートリノが,ニュートリノとして,原子核内の別の中性子に吸収されてベータ崩壊を起こし,陽子に変わる.すなわちニュートリノが放出されない.このような崩壊は,反ニュートリノとニュートリノが同じであるマヨラナ粒子の場合に起こる.崩壊確率T 0νは,ニュートリノの(有効)質量mの二乗と核レスポンスB0νに比例し,T 0ν=kB0νm2である.崩壊確率T 0νを測って質量を求めるには,核レスポンスB0νが必要だ.B0νはこの崩壊で2中性子が2陽子になる核行列要素M 0νを用いてB0ν=|M 0ν|2と書ける.超新星ニュートリノの反応によって原子核内の中性子が陽子になり新原子核が生成される場合,その確率T νはニュートリノの量ϕと核レスポンスBνに比例して,T ν=k′Bνϕである.ニュートリノ量ϕから新原子核の生成率(変換率)を知るには,核レスポンスBν=|M ν|2が要る.M νは反応で中性子が陽子になる核行列要素だ.これらの核レスポンスの正確な値を理論的に計算することは,原子核が核子,中間子,励起核子の複雑な多体系なため,すべてを計算に取り込むことが不可能なので,大変難しい.また,ニュートリノビームを使って直接測定することは,反応率が非常に小さく,実側が極めて困難だ.最近,筆者らのグループは,阪大の核物理研究センターで,荷電交換反応を測定してニュートリノの核レスポンスが調べられることを示した.入射する3Heの荷電交換反応で,原子核内の中性子が陽子になる反応の測定から,二重ベータ崩壊や超新星ニュートリノの反応で,中性子が陽子になる際の核レスポンスを調べた.また,ミュー粒子が荷電交換して原子核に捕獲される反応を測って,原子核内の陽子が中性子に変わる際の核レスポンスを調べた.荷電交換反応による実験のポイントは,反応率が大きく高精度の測定ができることと,プローブの粒子(3Heやミュー粒子)と原子核との相互作用オペレーターが,二重ベータ崩壊や超新星ニュートリノと原子核との相互作用オペレーターと同じ型であることだ.ニュートリノの核レスポンスでは,アイソスピンとスピンと運動量が関与するレスポンスが重要だが,同じ型のレスポンスを荷電交換反応で測定できた.荷電交換反応による核レスポンスの実験研究の知見を基に,二重ベータ崩壊や超新星ニュートリノなどの核レスポンスB0νとBνが求められた.それらの核レスポンスを基に,二重ベータ崩壊や超新星ニュートリノ核生成の研究が進み,ニュートリノの基本の解明が進むことを期待したい.
著者
宮原 ひろ子
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.70, no.5, pp.340-346, 2015-05-05 (Released:2019-08-21)

2008年12月,太陽活動が約200年ぶりとも言われた太陽活動の低下を見せた.通常11年の周期で増減する太陽活動のリズムが乱れ,太陽表面での磁場活動や太陽総放射量が観測史上最低のレベルに達した.2009年1月に開始した第24太陽活動周期は2013年に極大を迎えたが,太陽表面の磁場活動の指標となる太陽黒点の数は,2001年の極大期の半分程度に低下した.太陽活動は今後どうなるのだろうか.17世紀の半ばから70年間にわたって発生した太陽活動の異常低下(マウンダー極小期)は再来するのだろうか.人工衛星による太陽観測と,樹木や氷床コアなどを使った長期的な太陽活動変動の復元の両面から研究が進められている.また,もしマウンダー極小期が再来するとすれば地球環境にどのような影響が出るのかも,社会にとって重要な問題である.こちらについては,気象観測と古気候学的な手法による研究から検証が進められている.太陽活動が地球に影響する経路はいくつか考えられる.日射量変動の影響,太陽紫外線の成層圏への影響,太陽宇宙線の中間圏への影響,そして銀河宇宙線の影響である.銀河宇宙線が気候に影響するプロセスは未解明な点が多いが,大気成分のイオン化を通じて雲活動に作用していると考えられている.1997年に銀河宇宙線と低層雲の被覆率に相関が見られるという驚くべき発表がなされて以来,その相関の検証や,チャンバー実験による物理プロセスの研究が進められている.地球に飛来する銀河宇宙線のフラックスは,宇宙線をシールドする太陽圏磁場や地磁気の強度などによって決まる.太陽圏とは,太陽表面から吹き出すプラズマと磁場の風(太陽風)が到達する領域のことである.太陽風は,太陽から約80天文単位(AU)のところで星間物質との相互作用により亜音速に減速し,最終的には太陽から120AUあたりにまで達していると考えられている.また,太陽圏の周辺の宇宙環境が変わっても,地球に飛来する宇宙線量は変化する.銀河宇宙線量の変動は本当に気候変動に影響するのだろうか.それについて1つの手がかりを与えているのは上述のマウンダー極小期である.太陽黒点が70年間にわたって消失している間,太陽圏環境が変化し,宇宙線フラックスが特異なパターンで変動していたことが明らかになったのである.その頃,地球は小氷期と呼ばれる寒冷化を経験しているが,実はその間,地球の気候は特徴的なパターンで変動を続けた.最近の研究で,その変動パターンが宇宙線の変動によって説明可能であることが示された.太陽圏を満たす磁場の大規模構造の変動によって宇宙線の変動パターンが決まり,そしてそれが気候変動を駆動する一要因になっている可能性が高いことが示されたのである.そのほか,地球史上のイベントと宇宙環境の変動に,強い相関関係があることも明らかになりつつある.地磁気強度と気候にも相関関係が見つかっている.宇宙線が雲活動に影響するプロセスは研究途上であるが,宇宙線は地球の変動に重大な役割を果たしている可能性が高い.地球は,大気,海洋,生物圏などのサブシステムから成る多圏複合システムで,それ自身複雑な内部振動を持つが,その気候システムを,太陽圏システムというさらに大きなくくりでとらえ直す必要性があることを示唆している.さらに言えば,太陽圏周辺の磁場環境あるいは放射線環境を含めた銀河系システムというさらに大きな視点での議論が必要であることも意味している.地球,太陽,太陽圏,宇宙線の物理を有機的に結び付け,地球史上の様々な未解明の変動を宇宙という視点でとらえ直すことで,その原因を究明することを目指しているのが「宇宙気候学」である.
著者
立川 真樹 小田島 仁司
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.70, no.4, pp.269-274, 2015-04-05 (Released:2019-08-21)

1900年にPlanckが導出した放射法則は,19世紀末から続いた熱放射の論議に決着をつけるとともに,量子物理学への道を切り開いた.今日,一般的な熱計測法がPlanckの放射法則を礎に成立しており,基礎科学から熱工学にわたる広範囲で応用されている.白熱球などマクロな物体からの熱放射のスペクトルは,厳密には物質の化学組成や放射面の粗さに依存するものの,多くの場合,黒体もしくは灰色体のそれで近似できる.しかし,放射体が次第に小さくなり放射波長と同程度かそれ以下になっても,Planckの放射式は成立するであろうか?ミクロの極限である原子の発光スペクトルは,原子固有の線スペクトルである.放射体を小さくした場合,熱放射はどのように放射体自身の個性を獲得していくのだろうか?意外なことに,Planckの発見から100年を経た現在に至るまで,熱放射のサイズ効果を明確にした実験は行われていない.微粒子を対象とした実験の本質的な難しさによるのかもしれない.微粒子からの熱放射スペクトルを観測するためには,高温の微粒子を熱的に孤立した状態で空間に保持しなければならない.何らかの支持を用いれば熱的接触が不可避で,支持体自身からの熱放射が微粒子の微弱な信号を覆い隠してしまう.また,粒径が不均一な集団からの信号を観測したのでは,個々のスペクトル構造は平均化されて特徴を失ってしまう.そこで我々は,光トラップにより高温の微粒子を空中に浮遊させ,単一の微粒子からの熱放射スペクトルを計測する新たな実験法を開発した.我々の光トラップは,波長10μmの炭酸ガスレーザー光の定在波を利用したもので,トラップ領域に生じる上昇気流により重力の一部を相殺してトラップの安定度を向上させている.そこにアルミナ,酸化チタンなどの誘電体微粒子を捕捉すると,トラップ光を吸収して高温になり白熱する.このとき微粒子は融点を超えて液滴となっており,表面張力で球形をなしている.蒸発によって縮小していく高温微粒子からの熱放射の可視・近赤外スペクトルを観測すると,単調な黒体様のものから徐々に規則的な鋭いピークを持つ形に変化する.この周期的なスペクトルは,Whispering Gallery Mode(WGM)と呼ばれる誘電体微粒子の光共振器モードに共鳴した構造であることが明らかになった.物質が自然放出を起こす確率は,その空間の電磁場のモード密度に比例する.モード密度が離散的になる有限の空間では,特定の周波数で自然放出の増強・抑制が起こる.誘電体球のWGMは境界で全反射を繰り返しながら周回する電磁波によるモードで,非常に高いQ値を持つ.今回観測されたピーク構造は,WGMに同調した周波数で熱放射が増強されたもので,共振器量子電磁気学的効果を通して,誘電体微粒子の熱放射に放射体の形状や大きさの個性が現れることを示している.微小な熱放射体は火炎や星間ダストなど自然界にも豊富に存在しており,熱放射のサイズ効果の解明は自然現象の正しい理解に欠かせない.さらに,サイズ効果を積極的に利用すると,波長選択性や指向性など,熱放射の特性を制御することも可能になる.
著者
水島 公一
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.76, no.1, pp.48-50, 2021-01-05 (Released:2021-01-05)
参考文献数
1

ラ・トッカータ あの研究の誕生秘話リチウムイオン電池の始まり
著者
増渕 覚 町田 友樹
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.75, no.9, pp.550-558, 2020-09-05 (Released:2020-11-18)
参考文献数
63

60年ほど前に「原子を一つずつ配置して思い通りの物質を作れば,これまで考えられなかったほど多くの物性を引き出すことができる」と述べたのはリチャード・ファインマン教授でした.江崎玲於奈博士は半導体超格子を提案し,分子線エピタキシーによって「ボトムアップでナノサイズの人工物質を作る」という概念を実証しました.物質を構成する原子や分子を自在に積み上げて組み合わせることができれば,これまで見られなかった新しい電子物性を有する物質を創り出すことができる――物性科学を志した研究者であれば,このような想いを心に描いたことがあるのではないでしょうか.近年になり,グラファイトをはじめとする様々な二次元結晶が,スコッチテープを用いた剥離法により単原子層まで薄層化できるようになりました.剥離された原子層は様々な手法によって機械的に貼り合わせることができ,原子層単位で界面が制御された人工構造――ファンデルワールスヘテロ構造――が作製できます.接合界面における格子整合が不要であることから,様々な材料同士の組み合わせが実現でき,波動関数の混成と電子間相互作用によって,多彩な電子物性が発現します.例えば,結晶方位角のズレをθ~1.06°に正確に制御して単層グラフェンを二枚重ねると,両者のバンドの交点においてフラットバンドが形成され超伝導が発現します.グラフェンと六方晶窒化ホウ素を結晶方位を合わせて重ね,磁場を印加すると「ホフスタッターの蝶」と呼ばれるフラクタル状のバンドが形成されます.構成要素として利用可能な二次元結晶は20種類以上存在し,ファンデルワールスヘテロ構造は無限の可能性を秘めていると期待されます.これまで電子物性研究に用いられてきた最高品質のファンデルワールスヘテロ構造は,二次元結晶を剥離して貼り合わせるという極めて原始的な手法により作製されてきました.高品質な母結晶を剥離することが,最も不純物の取り込みが少ない試料作製法だからです.原子層を壊さずに重ねるため,過去10年間にわたり様々な手法が開発されてきました.ファンデルワールスヘテロ構造を舞台として物性科学研究をさらに進めるためには,それぞれの手法の特徴を理解し,これらを上手く組み合わせていくことが重要です.さらに最近,ロボティクス・機械学習・深層学習を用い,研究者が手作業で行ってきたファンデルワールスヘテロ構造の作製工程を自動化し,これまで考えられなかった複雑な試料を作製する研究が始まりつつあります.研究は今後,興味深い物性を示す組み合わせをシステマチックに探索する形へ移行していくと考えられます.その先には,物質を構成する原子や分子を自在に積み上げて組み合わせ,様々な機能を持つ材料を自在に設計するという,多くの科学者が抱く究極の夢が広がっています.
著者
内田 慎一
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.66, no.10, pp.754-761, 2011-10-05 (Released:2019-06-14)
参考文献数
54

1986年の高温超伝導体の出現は物性物理学の眺望を一変させてしまった.それ以前の超伝導研究を振り返るとともに,高温超伝導が促した分光手法の飛躍的な発展により明らかになった特異な常伝導,超伝導状態など実験の進展を述べる.研究が進むとともに新たな謎も生まれメカニズムの解明を阻んでいる.ドープされたモット絶縁体から生まれる超伝導は,基本的にはd波クーパー対のBCS理論の枠組みで理解されるが,従来の超伝導研究では意識することのなかった競合相との共存,巨大なゆらぎ等が物性に大きく関わっていることがわかってきた.
著者
青山 龍美 早川 雅司 木下 東一郎 仁尾 真紀子
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.69, no.6, pp.376-380, 2014-06-05 (Released:2019-08-22)

電子やミュー粒子はスピンに伴う磁気能率を持ち,その大きさはボーア磁子を単位としてg因子で表される.g因子はDiracの相対論的量子力学による値g=2から仮想光子の量子効果により0.1%ほどずれ,これを異常磁気能率(g-2)と呼ぶ.電子の異常磁気能率は最も精密に測定されている物理量の一つであり,理論的には量子電気力学(QED)でほぼ説明できることから,高精度理論計算を通じてQEDの精密検証を与えてきた.最新の測定値はハーバード大グループによる円筒形のPenning trapを用いた実験で得られたもので,0.24ppb(ppb=10^<-9>)もの精度に達している.理論計算もそれに見合う精度まで進める必要があり,摂動論に基づく高次項の評価が急務であった.著者らのグループは数値的手法により摂動の10次項の完全な決定を行い,結果として電子g因子について10^<-12>のオーダーまで測定値と理論計算が一致することをみた.この精度までQEDの正しさが検証されたと言える.他方,QEDの理論が正しいとすると,QEDの結合定数である微細構造定数αの値を測定値と理論計算から求めることができる.その値は0.25ppbの精度を持ち,他のどの決定法によるものより精度の高い値である.電磁気的な相互作用は多岐にわたる物理現象に現れることから様々な決定法があり,これらの値が互いに無矛盾であるかは,QEDの正しさを検証するもう一つのアプローチとなる.電子の約207倍の質量を持つレプトンであるミュー粒子の異常磁気能率も0.5ppm(ppm=10^<-6>)の高い精度で測定されている.測定値と,QEDを含む素粒子標準模型からの理論値の間に約3σの差が見つかり,標準模型を超える新物理を探るプローブの一つとして注目されている.そのような議論の前提として,大半を占めるQEDの寄与を高精度に求めることが不可欠である.QED摂動論の10次項の決定と8次項の精度の改良により,QEDからの寄与は現在の測定の不確かさの1/1,000まで求まり,目下準備中の次の実験による測定精度の向上にも十分対応できると言える.理論値で最も不確かさの大きい寄与はハドロンの効果によるもので,標準模型との差を議論する上でこの寄与の精度の向上が現在の主要な課題である.QED摂動論を数値的に行うにあたって,著者らの手法は,中間くりこみの処方を用いて計算の各段階で発散量があらわに現れないようにするものであり,それによって計算機上での数値計算が可能になる.摂動の10次に寄与するファインマン図形は膨大かつ複雑であるが,これを系統的に扱う手法を開発した.著者らが約10年にわたって進めてきたQED摂動論の数値的研究について紹介する.