著者
和泉 賢一 藤瀬 剛弘 井上 佳奈子 森 仁恵 山崎 孝太 本郷 優衣 高木 聡子 山内 寛子 蘆田 健二 安西 慶三
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.50, no.4, pp.542-545, 2013 (Released:2013-09-19)
参考文献数
16
被引用文献数
3 6

症例は73歳男性.主訴は貧血.家族歴,生活歴ともに特記事項なし.既往歴に2型糖尿病,橋本病を認めた.血液検査所見にてMCV高値の大球性貧血を認めた(赤血球数279万/μL,ヘモグロビン12.2 g/dL,MCV 121.9 fL).葉酸は基準値内であったが,ビタミンB12を測定したところ,57 pg/mL(基準値:180~914)と低値を認めた.消化管内視鏡であきらかな貧血の原因と思われる所見を認めず,また,抗内因子抗体は陽性であった.治療について,本人と相談したところ,注射は絶対に拒否するとのことであった.同時期に糖尿病の神経障害の治療のため,メコバラミンを内服処方したところ,著明にHb,MCVに改善を認めた.経口によるビタミンB12投与により,悪性貧血が改善したと考えた. 高齢者に貧血は多く,その中でも,悪性貧血は高齢になるにつれ頻度の高くなる疾患であり,注意が必要である.悪性貧血は,ビタミンB12製剤の注射治療が主に行われており,内服治療は一般的ではない.しかし,最近,ビタミンB12大量内服で効果を認めた症例が報告されるようになった.本症例も,ビタミンB12経口内服後に貧血の改善を認めており,効果があると考えられた.身体機能が低下する傾向にある高齢者にとって,安全・安価に加え,侵襲度の低い治療選択肢が増えることは望ましい事と思われる.内服投与も,今後の高齢者悪性貧血の治療の選択肢として考慮して良いのではないかと考え,本症例を報告する.
著者
木下 かほり 佐竹 昭介 西原 恵司 川嶋 修司 遠藤 英俊 荒井 秀典
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.188-197, 2019-04-25 (Released:2019-05-16)
参考文献数
30
被引用文献数
1

目的:外出低下は身体機能や抑うつの影響を受け,いずれも低栄養と関連する.低栄養の早期兆候である食事摂取量減少と外出低下との関連を検討した.方法:老年内科外来を初診で受診した高齢者で認知症あり,要介護認定あり,施設入所中,急性疾患で受診,調査項目に欠損がある者を除外し463名(男性184名,女性279名)を解析した.調査項目は性,年齢,BMI,服薬数,基本チェックリスト,MNA-SFとした.外出週1回未満を外出頻度低下とし,過去3カ月に中等度以上の食事摂取量減少ありを食事摂取量減少とした.外出頻度低下有無で2群に分け調査項目を比較した.目的変数を食事摂取量減少あり,説明変数を外出頻度低下ありとしたロジスティック回帰分析を行った.調整変数は,性,年齢,および,外出頻度低下有無2群間に差を認めた項目で多重共線性のなかった服薬数,基本チェックリストの栄養状態項目得点,口腔機能項目得点,身体機能項目得点,うつ項目得点とした.結果:平均年齢は男性79.6±5.9歳,女性79.9±6.1歳,外出頻度の低下は104名(22.5%).外出頻度低下あり群では外出頻度低下なし群と比べて,高年齢で服薬数が多く,MNA-SF合計点が低く,基本チェックリスト合計点が高かった(すべてp<0.05).ロジスティック回帰分析では性,年齢,服薬数,栄養状態項目得点,口腔機能項目得点で調整後,食事摂取量減少ありに対する外出頻度低下ありのオッズ比2.5,95%信頼区間1.5~4.4,さらに身体機能項目得点およびうつ項目得点で調整後のオッズ比2.0,95%信頼区間1.1~3.6であった.結論:生活機能の自立した高齢者では多変量調整後も外出頻度低下は食事摂取量減少と関連した.食事摂取量減少はエネルギー出納を負に傾け体重を減少させ低栄養をきたす.低栄養の早期予防には日常診療で高齢者の外出頻度に注目することが重要である.
著者
葛谷 雅文
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.35, no.4, pp.268-272, 1998-04-25 (Released:2009-11-24)
参考文献数
12
被引用文献数
3 5

Vascular endothelial growth factor (以下VEGFと略す) は血管内皮細胞に対する特異的増殖因子として同定され, 胎生期の血管形成, ならびに種々の病態に伴う血管新生に関与していることが明らかにされつつある. 我々は以前血管平滑筋細胞の培養上清に血管新生誘導物質が存在し, それがVEGFであることを報告した. さらに人動脈硬化巣, 特に atheromatous plaque において, 平滑筋細胞層のみならず, lipid core 近傍のマクロファージ由来泡沫細胞周辺にVEGFの存在を認めた. 以上の結果よりVEGFは動脈硬化巣に存在し, 動脈硬化形成になんらかの役割を果たしていると思われる. しかしながらVEGFの発現が動脈硬化巣でどのように制御されているか依然として不明である. 今回我々はマクロフアージのVEGF発現にターゲットをしぼり, 炎症性サイトカインと, 動脈硬化の発症進展に重要な役割をはたしていると思われる酸化的変性低比重リポ蛋白 (OX-LDL) の影響につき検討した. マクロファージ cell line であるRAW264細胞に interleukin 1β, tumor necrosis factor αを暴露すると, RAW 264細胞にVEGF mRNA の発現が誘導された. さらに, OX-LDLの暴露によっても濃度 (5~100μg/ml), 時間 (3h~24h) 依存性にVEGF mRNA発現の増強を認めた. それに伴い細胞上清中のVEGF蛋白量も増加した. 以上より, 既に動脈硬化巣に存在が確認され, 病変の進展に関与していると思われる炎症性サイトカインや, OX-LDLによりマクロファージのVEGF mRNA 発現が誘導されることが明らかとなった. VEGFは動脈硬化巣に存在する微小血管形成や, 血管透過性の亢進, さらには単球・マクロファージの病変部への集積等に関与している可能性があると思われた.
著者
七田 恵子 大場 京子 芳賀 博 上野 晴美 柴田 博 松崎 俊久 高橋 重郎 斉藤 紀仁
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.14, no.4, pp.260-267, 1977-07-30 (Released:2009-11-24)
参考文献数
24

東京都養育院老人ホームの老年者 (男子724名, 女子1,239名) 計1,963名を対象として血清コレステロール, トリグリセリドを測定し, 皮脂厚, 老人環, 収縮期血圧, 拡張期血圧, 心電図所見との関連について検討した.1) 血清コレステロール分布はほぼ正規型を呈し, トリグリセリドはやや右方に偏った分布を描いたが対数変換を行うと幾分偏りが是正された.2) 5歳間隔の平均値で血清コレステロールの加齢変化を検討すると, 男子は横ばい, 女子は加齢とともに減少傾向を示した. トリグリセリドについても同じ傾向であった. すべての年齢層で性差を認め, 男子に比し女子は有意に高値であった.3) 各変量における単相関係数を求めると, 血清脂質と皮脂厚の間に男女いずれも有意な相関が示された (血清コレステロール: 男子r=0.215, 女子r=0.241, トリグリセリド: 男子r=0.254, 女子r=0.327, いずれもp>0.001). 血清脂質と老人環の関係は男子のトリグリセリドにおいてのみ低い正相関 (r=0.101, p>0.05) がえられた. 夜間排尿回数と女子のコレステロールおよび, 夜間排尿回数と男子のトリグリセリドの間に低い負の相関がえられた. 血清脂質と血圧の関係では, 女子においてコレステロールと収縮期血圧との関係を除いて低い正相関々係を示し, 男子ではトリグリセリドと拡張期血圧の間にのみ低い正相関を示した.4) 血清コレステロール. トリグリセリドに関し, 年齢, 皮脂厚・老人環, 夜間排尿回数, 収縮期血圧, 拡張期圧の6項目に対する偏相関係数を求めると血清脂質と肥満の指標である皮脂厚との関連は単相関と同様強いが, 皮脂厚などの要因を除外すると, 血清脂質と年齢および血圧との相関は低くなった. 男子において老人環および夜間排尿回数とトリグリセリドの間に有意な相関が認められた.5) 血清脂質レベルによる心電図所見出現率に関して, 高脂血群に有意に高率である所見は見出せず, 低脂質群に心房細動ならびに高電位出現率の高い傾向が認められた. 年齢変化を鋭敏に表わした異常Q, ST-T所見についても脂質レベルによる一定の関係はなかった.
著者
七田 恵子 大場 京子 芳賀 博 上野 晴美 柴田 博 松崎 俊久 高橋 重郎 斉藤 紀仁
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.38-43, 1977-01-30 (Released:2009-11-24)
参考文献数
24
被引用文献数
2 1

都老人ホームに居住する65歳以上の男724名, 女1,239名, 計1,963名を対象として集団検診を行い, 諸種臨床検査成績における加齢変化を検討し, 次の如き結果を得た.1) 老人環: 老人環出現率は年齢が進むにつれ有意に増加し, 程度も増強し, 加齢変化を顕著に現わす指標と考えられた. また老人環と血清コレステロールとの関係は認められなかった.2) 夜間排尿回数: 就寝してから朝起床するまでの排尿回数は, 加齢とともに頻回となり, この傾向は男に比し女に強く認められた.3) 肥満度: 肥満について身長, 体重より算定した肥満度ならびに栄研式皮厚計を用いて計測した皮下脂肪厚の両面より加齢変化をみると, 女では加齢にともないるいそう傾向が認められた. この関係は肥満度に較べ皮下脂肪厚により強く表現された. しかし男では加齢による体格変動は一定の傾向を示さず横ばいであった.4) 血圧: 収縮期血圧は加齢とともに上昇し, 拡張期血圧は下降の傾向がみられるが, とくに女に顕著な変化が認められた.5) 心電図: 加齢にともなう心電図異常はST-T変化, 脚ブロック, PQ延長, 心房細動, 左軸偏位であり,とりわけST-T異常の出現が目立った.6) 血清脂質: コレステロールの平均値について男は概して横ばい, 女は加齢とともに明らかな低下を示す. 中性脂肪は男・女ともに平均値の減少化をみるが, 女により強い傾向が認められた.
著者
谷口 英喜 秋山 正子 五味 郁子 木村 麻美子
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.52, no.4, pp.359-366, 2015-10-25 (Released:2015-12-24)
参考文献数
14
被引用文献数
2 2

目的:介護老人福祉施設の通所者におけるかくれ脱水(脱水の前段階)の実態調査を行い,非侵襲的なスクリーニングシートを開発することを目的とした.方法:介護老人福祉施設の通所者70名を対象に血清浸透圧値を計測し,かくれ脱水(体液喪失を疑わせる自覚症状が認められないにもかかわらず,血清浸透圧値が292から300 mOsm/kg・H2O)の該当者を抽出した.該当者において,脱水症の危険因子および脱水症を疑う所見に関してロジスティック回帰分析を行い,オッズ比を根拠に配点を行った.配点の高い項目から構成される高齢者用かくれ脱水発見シートを作成し,該当項目に応じた合計点毎の感度および特異度を求め,抽出に最適なカットオフ値を探索した.結果:かくれ脱水の該当者は,15名(21.4%)であった.先行研究のかくれ脱水発見シートを改良し,①女性である(4点),②BMI≧25 kg/m2(5点),③利尿薬を内服している(6点),④緩下薬を内服している(2点),⑤皮膚の乾燥や,カサつきを認める(2点),⑥冷たい飲み物や食べ物を好む(2点),の6項目から構成される高齢者用かくれ脱水発見シートを考案した.このシートにおいて,かくれ脱水である危険性が高いと考えられるカットオフ値は,9点(合計21点)に設定した(感度0.73,特異度0.82;P<0.001).結論:高齢者においては,脱水症の前段階であるかくれ(潜在的な)脱水が一定の割合で存在し,非侵襲的なスクリーニングシートにより抽出が可能である.
著者
竹田 亮祐
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.182-187, 1993
被引用文献数
1

褐色細胞腫の記載者である故村上先生の本邦第1例の業績を記念し, 内分泌性高血圧のうち, 褐色細胞腫次いで原発性アルドステロン症及び Cushing 症候群をとりあげ, わが国における「副腎ホルモン産生異常症」疫学調査成績をもとにその臨床症候や検査成績を60歳前後で比較した場合の特徴について考案を加え, さらに上記3疾患について最近話題の2, 3の事項を紹介した. また本態性高血圧症を内分泌代謝学的に亜分類しょうとする観点から, 11β-hydroxysteroid dehydrogenase (11β-HSD)部分的障害仮説についてわれわれの得つつある最近の知見を付言し, 培養動脈平滑筋細胞に11β-HSD mRNAの発現を認めること, SHRの血管 (腸間膜動脈) にいおてはWKYラットに比べ11β-HSD活性が低下していること, 同遺伝子異常の可能性を示唆する実験的事実を報告した.
著者
尾前 照雄 上田 一雄
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.22, no.3, pp.207-217, 1985
被引用文献数
1

久山町住民間の老年者を用いて, その生理・生化学的特徴, 疾病, 死因について検討した. 対象とした集団は1961年, 1978年の断面調査時における満40歳以上の男女住民それぞれ1,621人, 2,190人であった. 追跡調査では1961年に設定した満40歳以上の男女1,621人 (第1集団) と, 1974年の同年齢階層の男女2,053人 (第2集団) について, 8年間の成績を比較した. また, 1961年から1981年の20年間における乳幼児を除く久山町住民連続剖検769例を用いて, 臓器重量の経年的変化や, 老年者疾病の特徴について分析した. 40歳以上の各年齢層毎に比較すると, 比体重は加齢とともに減少し, 同一個体の追跡結果では, その程度は男により著明であった. 30歳以上の連続剖検例について臓器重量の経年的変化をみると, 脳・肝・腎重量は加齢とともに減少したが, 心重量にはその傾向がみられなかった. 血液生化学値の加齢変化には男女差がみられたが, 男女共通に加齢とともに上昇するのはアミラーゼ, BUN, クレアチニンであり, 減少するのはアルブミン, LAPであった. 老年者の血圧については, 収縮期血圧は加齢に伴い上昇すると考えられたが, 老年期における変動には個体差が大きかった. 心血管系疾患に対する高血圧のリスクは老年者では減少するが, 収縮期血圧の上昇は, 心血管系疾患の危険因子として無視できなかった. 日本人における三大成人病の脳卒中, 心疾患, 悪性新生物の死亡率は加齢とともに増加した. しかし近年久山町住民間では高齢者死亡率の減少がみられ, 脳卒中死亡率の減少が一部関与していた. 老年者の脳卒中, 心疾患, 悪性新生物には, 症状の発現様式が典型的でない, 重複病変が多く存在する, これらの疾病によりADLが制限される, などの特徴があった. 剖検例における血管性痴呆, 老年痴呆の頻度はそれぞれ3.8%であり, 老衰は1.2%であった. 肺炎は合併病変として老年者の生命予後に重大な影響をおよぼした.
著者
井出 利憲
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.35, no.1, pp.10-17, 1998-01-25 (Released:2009-11-24)
参考文献数
33

ヒト体細胞の分裂回数の限界 (分裂寿命) は胎児期にプログラムされていると考えられる. 複製機構のもつ基本的な性質のために, 直鎖DNAの末端にあるテロメアDNAが複製毎に約100bp程度ずつ短縮することが, 分裂寿命の絶対的な有限性を決める. 正常体細胞の分裂寿命の限界 (細胞老化) では増殖抑制遺伝子が構成的に発現昂進するために増殖がとまる. テロメア短縮 (分裂時計) からのシグナルによって, これらの遺伝子変化が起きるものと考えられる. テロメアNAの短縮にともなって, 増殖停止遺伝子だけではなく, 種々の機能遺伝子, たとえばサイトカインなどの活性ペプチドの発現も変化する. 生理的再生あるいは病理的原因 (障害修復など) によって, 体内の各種細胞の分裂回数が増加するにとともにテロメアDNAが短縮し, これがシグナルとなって, 構成細胞の増殖能力低下だけではなく, 機能遺伝子の発現変化が体内の細胞・組織・臓器に機能不全をもたらすことが, 個体の老化を進行させるものと思われる.DNA癌ウイルスの癌遺伝子によるトランスフォーム細胞では, 分裂回数は延長する (延命) が, やがてほとんどすべて死滅する. テロメアDNAが限界まで短縮して染色体が不安定化するための死である. ヒト体細胞が無限分裂寿命になる (不死化する) ためには, テロメアDNAを延長するテロメラーゼの発現が不可欠である. 生殖巣では, テロメラーゼが発現しており, 無限分裂寿命を保証する. 胎生期にもテロメラーゼがあるが, 体細胞分化の段階でテロメラーゼの発現が抑制され, 分裂寿命がプログラムされると思われる. 成体でも増殖の幹細胞には弱いテロメラーゼ活性があってテロメア短縮を遅延させ, 生涯にわたる細胞供給を保証する. 大部分の癌組織には強いテロメラーゼ活性があることがわかったため, 癌診断と癌治療の新たなターゲットとして注目されている.
著者
村山 繁雄 齊藤 祐子 金丸 和富 徳丸 阿耶 石井 賢二 沢辺 元司
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.42, no.5, pp.483-489, 2005
被引用文献数
1

老化・痴呆の克服を目指し, 在宅高齢者支援病院と併設研究所が共同で, ブレインバンクシステムを構築した. 法的基盤としては, 死体解剖保存法18条と, 病院剖検承諾書をもとに行う, 共同研究を前提とした. 共同研究申し込みの内容に対しては, 論文審査と同様の守秘義務のもと, 外部委員による事前審査を行うこととした. 共同研究者の適格性については審査の上, 研究所協力研究員に委嘱するかたちをとった. 倫理面では, 病院・研究所及び, 共同研究先の倫理委員会の承認を前提とした. その上で, バンク管理者, 神経病理診断責任者, 臨床情報提供者が, 共同研究者となることを条件に, 共同研究を開始した. 標本採取には, 神経病理担当医が, 開頭剖検例全例に対し, 臨床・画像を判断の上, 採取法を決定した. 凍結側の脳については, 割面を含む肉眼所見を正確に写真に残し, 代表部位6箇所を採取, 神経病理学的診断を行った. 凍結については, ドライアイスパウダー法を採用した. 反対脳については, 既報通り (Saito Y, et al: 2004) 検討した. 現在までの蓄積は, 脳パラフィンブロック6,500例以上, 凍結脳 (部分) 1,500例以上, 凍結半脳450例以上で, 30件以上の共同研究を実行中である. 欧米のブレインバンクとはシステムは異なるが, その哲学である,「篤志によるものは公共のドメインに属し, 公共の福祉に貢献しなければならない」を共有する点で, ブレインバンクの名称を用いることとした. 依然として, 大多数の日本の研究者が, 欧米のブレインバンクに依存している事態の打開のためには, このシステムが市民権を得るよう, 努力していく必要がある. そのためには, 同様の哲学を有するもので, ネットワーク構築を行うことにより, 公的研究費を得る環境作りが必要である. ブレインバンクの重要性が人口に膾炙された上で, 患者団体との提携をめざすことが, 現実的と思われる.
著者
江頭 正人
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.55, no.1, pp.41-45, 2018-01-25 (Released:2018-03-05)
参考文献数
20

超高齢社会の到達にともない,今後ますます,脳心血管イベント予防,血栓症予防を目的に抗凝固薬をはじめとする抗血栓薬を服用している高齢者が増えてくることが予測される.同様の目的で使用される降圧薬や脂質異常症治療薬と異なり,抗凝固薬は出血リスクを高めるという大きなリスクが存在する.したがって,高齢者に抗凝固薬を投与する際には,有効性のみならず安全性への配慮が重要となる.
著者
岡村 菊夫 鷲見 幸彦 遠藤 英俊 徳田 治彦 志賀 幸夫 三浦 久幸 野尻 佳克
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.42, no.5, pp.557-563, 2005
被引用文献数
6

<b>目的</b>: 水分を多く摂取することで脳梗塞や心筋梗塞を予防できるか否か, これまでの報告を系統的にレビューする. <b>方法</b>: PubMed 上で dehydration, hydration, water intake, fluid intake, cerebral infarction, cerebrovascular disease, apoplexy, myocardial infarction, angina pectoris, ischemic heart disease, blood viscosity, hemorheology を組み合わせた条件で文献検索し, 6名が論文を評価, 取捨選択した. <b>結果</b>: 検索された611論文のうち22論文を選択した. 前向き無作為化試験が1つ, 前向きの非無作為化試験が4つ, コホート研究あるいは症例対照研究が8つ, 後ろ向きの記述研究が9つ存在し, 以下の点が明らかとなった. 脱水は血液粘稠度を上昇させ, 脳梗塞や心筋梗塞を惹起する原因の一つである. 血液粘稠度上昇には, 脱水以外にも重要な複数の要因が関連する. 夜間の水分補給は血液粘稠度を下げるが, 脳梗塞を予防するという証拠はない. コップ5杯以上の水を飲む人は, 2杯以下しか飲まない人より心筋梗塞の発症が低いとする報告が1つ存在した. <b>結論</b>: 脳梗塞や心筋梗塞の主な原因は動脈硬化, 動脈硬化性粥腫であり, 予防には生活習慣の是正が根本的に重要である. 水分を多く摂取すると脳梗塞を予防するという直接的な証拠はなかった. 水分摂取と脳梗塞・心筋梗塞の頻度に関してはさらなる研究が必要であり, 高齢者のQoLを向上させる適切な水分摂取法を検討していく必要がある.
著者
羽生 春夫 佐藤 友彦 赤井 知高 酒井 稔 高崎 朗 岩本 俊彦
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.44, no.4, pp.463-469, 2007 (Released:2007-09-06)
参考文献数
27
被引用文献数
4 7

目的:老年期の認知症患者について記憶障害に対する病識の程度や有無を比較検討した.方法:軽症のアルツハイマー病(AD)63例,レビー小体型認知症(DLB)17例,血管性認知症(VaD)14例および軽度認知障害(MCI)56例を対象とし,記憶障害によって日常生活上起こりうる問題点を標準化された質問票(日本版生活健忘チェックリスト,EMC)を用いて,患者と介護者から同時に評価し,両者の差から病識の程度や有無を判定した.結果:各群で患者EMCスコアに相違を認めなかったが,介護者EMCスコアはMCI群,DLB群,VaD群と比べてAD群で有意に高く,病識低下度(介護者EMCと患者EMCのスコア差)はAD群で有意に高くなった.有意な認知機能障害を認めない老年者コントロールの病識低下度の平均+2標準偏差を超えるものを病識低下ありと定義すると,AD群の65%,MCI群の34%,DLB群の6%,VaD群の36%が該当し,AD群が最も多く,DLB群は最も少なかった.AD群で介護者が配偶者による場合と配偶者以外による場合に分けて比較したが,両群で介護者EMCスコアに相違を認めなかった.結論:軽症のADやMCI患者の一部でさえも記憶障害に対する病識の低下を示す場合が少なくなく,有効かつ安全な治療や介護を行う上で留意する必要があると考えられた.一方,その他の認知症,特にDLBでは明らかな病識低下例を示す割合が少なく,ADとは異なる病態の相違が示唆されたのと同時に,この記憶障害に対する病識の相違が鑑別点の一つとして活用できる可能性が示された.
著者
光武 誠吾 石崎 達郎 寺本 千恵 土屋 瑠見子 清水 沙友里 井藤 英喜
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.55, no.4, pp.612-623, 2018-10-25 (Released:2018-12-11)
参考文献数
30
被引用文献数
6

目的:高齢の在宅医療患者にとって,退院直後の再入院は療養環境の急激な変化を伴うことから心身への負担は大きく,有害事象の発生リスクも高めるため,再入院の予防は重要である.退院直後の再入院の発生と個人要因との関連を検討した研究は多いが,医療施設要因との関連を検討した研究は少ない.本研究は,在宅医療の提供体制の観点から退院直後の再入院予防策を検討するため,東京都後期高齢者医療広域連合から提供を受けたレセプトデータを用いて,在宅医療患者の退院後30日以内の再入院に関連する個人要因及び医療施設要因を明らかにする.方法:分析対象者は,在宅医療患者のうち,平成25年9月~平成26年7月に入院し,退院後に入院前と同じ施設から在宅医療を受けた7,213名(平均年齢87.0±6.0歳,女性:69.5%)である.退院後30日以内の再入院に関連する個人要因及び医療施設要因(入院受入れ施設の病床数,在宅医療提供施設の病診区分及び在宅療養支援診療所/在宅療養支援病院「在支診/在支病」であるか否か等)を一般化推定方程式(応答変数:二項分布,リンク関数:ロジット)で分析した.結果:退院後30日以内に再入院した患者の割合は11.2%であった.一般化推定方程式の結果,退院後30日以内の再入院ありと関連したのは,男性,悪性新生物,緊急入院利用であった.医療施設要因では,在宅医療提供施設が在支診/在支病の場合(調整済オッズ比:0.205,p値<0.001),診療所を基準にすると入院医療施設が200床以上の病院(調整済オッズ比:0.447,p値<0.001)で再入院抑制と関連していた.結論:在支診/在支病のような24時間対応可能な在宅医療の提供体制は,退院直後の再入院を抑制する要因(往診など)を包含している可能性が示唆された.在支診/在支病による訪問診療が再入院抑制に働く機序を明らかにする必要がある.
著者
近藤 克則
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.19-26, 2006

世界ではじめて, 全国民に利用時原則無料で医療を保障する制度を作った国がイギリスである. しかし, そのイギリスでは, 長きにわたる医療費抑制政策の結果, 130万人を超える入院待機者に象徴される医療の荒廃を招いた. そこからの脱却を図ろうとブレア政権は, 医療費を5年間で実質1.5倍にし, 医師・看護師を大幅に増員する医療改革に取り組んでいる. 政府の発表によれば最近になりようやくその効果が見え始めている. その過程や改革の内容は, 公的医療費抑制に向けた論議がされている我が国の将来を考える上で, 多くの示唆を与えてくれる.<br>本論では, まず「第三世界並み」とまで表現されたイギリス医療の荒廃ぶりを, 待機者問題などを例に示す. 次に, それと比べる形で, 我が国にも医療費抑制政策の歪みが表れていることを述べる. 例えば, 病院勤務医が労働基準法を遵守すれば病院医療が成り立たない状況にあることを示す. この余裕のない状態から, さらに医療費が抑制されれば, もはや医療従事者の士気が保てず, 医療が荒廃するであろう.<br>後半では, ブレア政権が, どのようにして医療費拡大への国民の支持を得たのか, その医療改革の枠組みや保守党時代との違いを検討する. さらに, ここ数年の改革の軌跡と, それへの政府の立場と批判的な立場の両者の評価を紹介する.<br>これらを通じ, イギリスの医療改革の経験を踏まえ, 日本においても「医療費抑制の時代」を超えて「評価と説明責任の時代」へと向かうための3つの必要条件-(1)医療現場の荒廃ぶりと, その主因が医療費抑制政策にあることを国民に知ってもらうこと, (2)医療界が自己改革をして国民からの信頼を取り戻すこと, (3)「拡大する医療費が無駄なく効率的・効果的に使われる」と国民が信頼し納得できるシステムを構築すること-を述べる.
著者
野村 哲志
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.54, no.3, pp.343-348, 2017-07-25 (Released:2017-08-29)
参考文献数
11

高齢者は加齢と共に身体機能の変化が起こり,種々の病気を合併し,薬剤の使用などの影響も受けやすい状況です.それらの影響で,昼夜逆転を含んだ睡眠障害を起こしやすい状況にあります.特異のものとしてレム睡眠行動障害があり,せん妄と鑑別の上で内服加療の必要があります.せん妄には背景因子があり,認知症患者で見られる周辺症状も含めた対応としては,病態の背景を理解し,生活指導の上少量の薬剤で対応する必要があります.