- 著者
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中村 洋
- 出版者
- 社団法人 環境科学会
- 雑誌
- 環境科学会誌 (ISSN:09150048)
- 巻号頁・発行日
- vol.32, no.5, pp.153-163, 2019
<p>モンゴルでは冬から春にかけて,寒さや積雪などの複合的な要因により,家畜が大量死する自然災害"ゾド"が発生する。ゾドは牧民の生業であり,モンゴル国の基幹産業でもある遊牧に悪影響をもたらす。先行研究から,ゾド後,ウランバートルへの人口移動が起こったことや,ゾドにより家畜を失い,遊牧から離れ,転職できなかった世帯では,ドメスティック・バイオレンスなどの問題が起こったことが明らかにされている。しかしゾド後,遊牧から離れ,転職した世帯の特徴を定量的に明らかにした研究は,十分ではない。本研究は,ゾド発生後の牧民の転職要因を定量的に明らかにすることを目指した。調査は,モンゴル国で2010年に発生したゾドにより,最も家畜頭数が減少したドンドゴビ県内にあるサインツァガーン郡の牧民148世帯を対象に行った。ゾド後,148世帯のうち45世帯が家畜の大部分を失うか,家畜を他の世帯に預け,放牧地を離れ,都市に移動していた。そのうち年金生活に入った10世帯を除く35世帯のうち,15世帯が転職し,20世帯が転職していなかった。転職した15世帯と,転職しなかった20世帯の違いや,転職の有無と世帯の属性などの相関を分析した。その結果,転職した世帯は牧民が若く,多くがインフォーマルセクターに従事していた。一方,転職していない世帯は,年齢が高く,健康的な問題などがあった。それに加え,2012年当時は国が鉱山開発で得た収入を全国民に配分しており,無職であってもゾド前より所得は増えていたため,世帯主が転職の意思を強く持たなかった。しかし将来に向けて,社会的弱者のゾド後の生活を安定化させるための社会保障の充実や就業機会の創出が必要である。</p>