著者
正富 宏之 正富 欣之
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.223-242, 2009
参考文献数
90

北海道に広く分布していた留鳥性タンチョウGrus japonensis個体群は、生息地開発や狩猟により19世紀末には絶滅寸前まで減少し、20世紀半ばまでその状態が継続した。しかし、1950年代に餌付けが行なわれ、冬の餌不足解消により現在は1,300羽を超すまでに回復した。他方、生息地の湿原は既に70%以上が失われているため、個体数増加に伴い繁殖番いの高密度化と越冬群の集中化が進行し、餌や営巣場所を求めて人工環境へ進出する傾向が顕著となっている。これを容易にしたのが、長年の保護活動によるヒトへの馴れであり、その結果、ヒトとのさまざまな軋轢を生んでいる。そこで、従来の個体数増加に力点を置いた保護方針の再検討を行ない、ヒトとの共存を図る新たな将来像の構築が求められる。それには、現状をふまえながら、タンチョウにややヒトと距離を置く生活習性へ向かわせることを基本姿勢とする。その上で、過剰なヒト馴れを低減する方法を模索すると共に、生息地の拡大・保全・維持を行ない、遺伝的多様性の低さに配慮した個体数の増加を図りながら、集中化によるカタストロフィの危険を避けるため、群れの分散化を目指すことである。これは、従来のように一部のツル関係者や行政担当者でなし得ることではなく、利害を持つ地域住民の主体的参加が不可欠であり、その方策として順応的管理に即した円卓会議の設置を急ぐべきである。
著者
渡部 晃平 日鷹 一雅
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.101-105, 2013-05-30 (Released:2017-08-01)

マダラコガシラミズムシは、環境省レッドリストで絶滅危惧II類(VU)とされる止水性水生昆虫であるが、その発生動態に関する詳細な報告はない。本研究では四国南西部の水田において、本種成虫の発生動態について定量的な調査を行った。春先から盛夏にかけての調査期間を通して994個体の成虫が採集され、本種は生息環境の一つとして水田を利用していることが確認された。特に、調査水田内に設営された"いで"と地域で呼ばれる明渠から高密度で生息が確認されたことから、水田環境のうち明渠が本種の生息環境として重要であると考えられた。また、今回施用した水稲用箱施用殺虫剤(殺菌剤プロベナゾール10%、殺虫剤ベンフラカルブ8%)の本種成虫への影響は特に認められなかった。
著者
池田 佳子 荒木 佐智子 村中 孝司 鷲谷 いづみ
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 = Japanese journal of conservation ecology (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.21-31, 1999-06-25
被引用文献数
9

浚渫土中の土壌シードバンクを利用した水辺の植生復元の可能性を小規模なまきだし実験により検討した.水分条件を一定に保つことのできる実験装置「種子の箱舟」の中に霞ヶ浦の湖底から浚渫された底泥(浚渫土)約0.55m^3を1998年3月下旬にまきだし,出現する維管束植物の実生の種を,新たな実生がみられなくなる11月下旬まで定期的に調査した.その結果,合計22種708実生が得られた.また,湖に隣接し,土壌がときどき水をかぶる場所(冠水条件)と,常に水をかぶっている場所(浸水条件)を含む小規模の窪地(10m×5.5m)を造成し,1998年3月下旬に全体に厚さがほぼ30cmになるように浚渫土をまきだし,9月下旬に成立した植生を調査した.窪地の植生には22種の維管束植物が認められた.湿地に特有の植物である「湿生植物」と「抽水植物」は箱舟で5種,窪地で12種出現した.また,出現した帰化種は箱舟で9種,窪地で3種であった.浚渫土の土壌シードバンクは水辺の植生復元の材料として有効であることが示唆された.
著者
河村 功一
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.239-242, 2013-11-30 (Released:2017-08-01)
被引用文献数
2

Rhodeus atremius, an endemic bitterling fish from Japan, comprises two endangered subspecies: R. a. atremius and R. a. suigensis. The latter subspecies, designated as a Nationally Endangered Species of Wild Fauna and Flora by the Ministry of Environment of Japan, is noted for drastic declines and the extinction of local populations through habitat deterioration. Despite their strong phenotypic resemblance, these two subspecies are much diverged in DNA, each forming a distinct evolutionary lineage. Nevertheless, these two subspecies were clumped into a single subspecies, R. smithii smithii, in a newly published fish encyclopedia, which will lead to R. a. suigensis being dropped from the list of Nationally Endangered Species. This paper critically reviews the validity of this new taxonomic arrangement of R. atremius, including R. a. suigensis, based on phylogenetic systematics. Its potential risk against the conservation management of R. a. suigensis is specifically discussed.
著者
清水 大輔 山崎 裕治
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2029, (Released:2021-08-31)
参考文献数
33

ミヤマモンキチョウは、高山帯から亜高山帯にかけて生息する高山蝶である。本種は、近年の温暖化によって、個体数の減少が危惧されており、 2019年の環境省レッドリストでは準絶滅危惧種に指定されている。しかし、現在本種の生息域や生活環などの基本的な生態研究が十分に行われていない。本調査では、ミヤマモンキチョウの保全を目的とし、本種の主要な生息地である立山連峰弥陀ヶ原の標高約 1600 mから約 2100 mまでの範囲において、生息状況および利用環境に関する調査を行った。その結果、 2019年 7月 17日から同年 8月 18日までの間に、本種の成虫が延べ 529個体確認された。本種の確認地点は、標高 1700 m以上の草原地帯であり、森林地帯では確認されなかった。また、草原において本種の出現に与える影響を推測するために、本種の出現を目的変数とし、草原全体のメッシュの斜度と草原における地形の存在メッシュを説明変数としたロジスティック回帰分析を実施した。その結果、本種の出現に対してメッシュの斜度は正の影響を示し、池塘の存在は負の影響を示した。これは、本種の成虫が池塘周辺と比較して、傾斜が大きく水はけのよい草原地帯を多く利用する傾向があることを示唆する。また、本種が利用する吸蜜植物および寄主植物の種類や樹高、および日照状態などの生育環境を調査した。本調査の結果は、将来的な環境変化が本種のさらなる減少をもたらす可能性があることを示唆する。
著者
福田 秀志 高山 元 井口 雅史 柴田 叡弌
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.265-274, 2008-11-30 (Released:2018-02-09)
参考文献数
30
被引用文献数
5

カメラトラップ法を用いて、大台ヶ原各地域の哺乳類相の現状と、ニホンジカの生息場所の季節変化について調査した。東大台ヶ原(以下、東大台)に9地点、大台ヶ原南東部(以下、大台南東)に7地点、西大台ヶ原(以下、西大台)に3地点の合計19地点に、2002年の6月下旬から11月下旬と2003年の4月下旬から9月上旬まで自動撮影装置を設置した。その結果、ニホンザル、ムササビ、キツネ、タヌキ、テン、アナグマ、イノシシ、ニホンジカの4目8種と未同定のコウモリ類が撮影された。各調査地域のカメラ稼動延べ日数(総カメラ日)は、東大台で913日、大台南東で1,561日、西大台では729日だった。全体では、ニホンジカが圧倒的に多く2,837回(全哺乳類の出現回数の95.2%)を占め、次いでニホンザルの93回(3.1%)で、他の哺乳類は少なかった。とくに、東大台ではニホンジカが2,043回(99.0%)を占めた。一方、大台南東・西大台では、ニホンジカ以外の哺乳類がそれぞれ12.6%、16.3%と一定割合を占めた。ムササビは大台南東のみで、アナグマは西大台のみで撮影された。また、東大台やそこに近接する地点では、シカ以外の哺乳類が全く撮影されない地点も認められた。ニホンジカは、東大台では春季から夏季に増加し、秋季には減少する傾向が認められた。一方、大台南東、西大台では、東大台で撮影頻度が低下する秋季に増加する傾向が認められた。以上のことから、ミヤコザサ草原が広がる東大台では、ニホンジカが圧倒的に優占する単調な哺乳類相となっていると考えられた。また、大台南東や西大台では東大台に比べ哺乳類相は多様と考えられたが、その生息密度は高くないと考えられた。
著者
富田 啓介
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2014, (Released:2021-04-20)
参考文献数
28

西日本の丘陵地を中心に広く分布する湧水湿地は、希少な動植物種のハビタットとして保全上重要な生態系である。しかし、行動範囲の広い哺乳類や鳥類の生活空間としての機能や、それらの行動が湧水湿地の生態系へ与える影響はほとんど知られていない。本研究では、東海地方の湧水湿地を対象に赤外線自動撮影カメラによるカメラトラップ調査を行い、上記の問題を議論するための基礎的データとして、湧水湿地に出現する哺乳類と鳥類の種組成、撮影頻度、行動を把握した。延べ 4,602日の撮影によって、 7箇所の湧水湿地とその隣接地から 13種以上の哺乳類と 19種の鳥類を確認した。哺乳類ではイノシシが最も多く出現した。湧水湿地に出現する哺乳類の種組成は、湿地周囲の森林とほとんど変わらなかったが、撮影頻度は、総じて湿性草原の成立する場所で低くなっていた。哺乳類と鳥類は湧水湿地内で採餌、泥浴びや水浴びを行っており、排泄行動も確認された。このことから、湧水湿地は広域を移動する哺乳類と鳥類にとって重要な生活空間であると考えられた。また、哺乳類と鳥類の行動は、植生の攪乱や種子散布を通じて、湧水湿地の生態系に少なからぬ影響を与えている可能性が示唆された。詳細な影響内容や程度の解明は今後の研究に委ねられるが、湧水湿地の生態系の保全・管理を行うに当たっては、哺乳類と鳥類の行動にも十分配慮する必要がある。
著者
小西 真衣 伊藤 操子 伊藤 幹二
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.45-54, 2009-05-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
32

近年森林や山岳等自然地域では、レクリエーション利用が増加傾向にあり、それに伴う雑草の侵入の増加は重要な問題の一つとなっている。そこで雑草の侵入に対する人為的なかく乱(通行)と環境条件の効果を明らかにするために、京都大学芦生研究林において、かく乱地(通路:車道・林内歩行路・軌道)および非かく乱地の発生雑草の種類および環境要素を調査した。雑草は主にかく乱地で発生が観察され、特に車道基面では、量・種類共に多く雑草の侵入の成功が推察された。発生雑草種の特徴や生活型から、通路上では踏みつけ耐性を有する種が多く、繁殖体の移入経路は車道では人・車両および風、林内通路では人の持ち込みによるものが多いことが示唆された。環境条件は、相対照度と土壌水分率について、車道と林内の間に有意な差が認められた。しかし車道内では、発生雑草種数は相対照度が高い地点で少なく、また土壌水分率と相対照度との間には負の相関が認められたことから、相対照度の高い地点では、開放度の大きさゆえ風圧や乾燥が雑草の発生の障壁となる可能性が考えられた。また、車道基面-のり面、林内歩行路内-歩行路外での発生雑草種の違いから、非かく乱地では雑草の発生に対するなんらかの障壁の存在が予想された。この障壁に関して、土壌硬度が踏みつけのあるかく乱地で有意に高いことから、踏みつけに伴う土壌の二次的な変化の関与が考えられた。
著者
橋本 裕美子 飯島 博 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.29-43, 2001-07-20 (Released:2018-02-09)
参考文献数
18
被引用文献数
2

1998年5月に茨城県潮来町(現潮来市)に開園した実験的なビオトープ「水郷トンボ公園」に導入されたオニバスとミズアオイの管理計画策定に資することを目的として,両種の生育状況と基本的な繁殖生態的特性を,現地でのモニタリングと調査,室内実験および制御条件下での栽培実験によって調べた.オニバスについては,本栽培条件下での面積あたりの生産種子数の上限は約250個/m^2であること,過密により株の大きさが制限された場合には開放花をつけないこと,種子はある種の低温で休眠が誘導されることが明らかにされた.ミズアオイについては,初夏の耕起がミズアオイの生育にとって有効であること,生育が良好な場所(被度75%以上)における面積あたりの生産種子数は約36万個/m^2であること,種子は水中でよく発芽し,水深15cmまでであれば冠水条件でも実生の出現に支障がないことが示された.両種ともに,季節に応じた適切な水位の管理,季節を選んでの耕耘機による耕起および種子や実生の段階での間引きなどの比較的簡単な管理によって,植生におけるこれらの種の優占状態を維持できる可能性が示唆された.
著者
松井 明
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.3-11, 2009-05-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
13
被引用文献数
5

改正土地改良法(2001年6月)により、環境との調和に配慮した農業農村整備事業が強く求められることになった。しかし、従来型の整備による水田がすでに広範に存在する。これら整備済み水田地区においても、最小限の環境対策の実施が望まれるため、その一環として整備済み水田地区排水路における水生生物の成長過程を明らかにし、有効な対策の可能性を調査した。本研究は、茨城県筑西市の圃場整備済み水田地区の排水路を取り上げ、水路レベルを考慮した6調査地点において、2001年4月から2002年3月の間毎月1回定期的に実施した現地調査に基づき、水生生物の成長過程を検討し、以下のことを明らかにした。魚類は、オイカワが9月に、ドジョウが5月に当歳魚が出現した。トンボ類は、バグロトンボ幼虫が6月に、シオカラトンボ幼虫が5月および7月に羽化した。4種とも、非灌漑期になると採捕個体数が減少したことから、越冬地として本排水路系の下流部に湿地を造成することを提案した。
著者
渡辺 敦子 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.65-76, 2004
参考文献数
63
被引用文献数
1

生物多様性の保全という社会的要請に応えることを目的とする保全生態学が集積する知見は,一定の整理を経た後に実社会を動かす政策に反映されることが必須である.ここでは,数年前から生物多様性保全に関わる政策にめざましい進展が認められる日本と,以前から環境保全に関わる先進的な政策を実践しながらも生物多様性条約を批准していない米国について,生物多様性保全上重要な課題のうち,「絶滅危惧種の保全」,「外来種対策」,「遺伝子組み換え生物のバイオセーフティ」にかかわる政策を社会的環境とその歴史的背景および,法的な整備と運用の現状の面から比較・考察した.米国において比較的早くから自然保護・生物多様性保全に資する政策が発展した要因としては,一つにはヨーロッパからの植民と建国以来の激しい自然資源の収奪や大規模な農地開発による生態系の不健全化に直面して醸成された自然保護思想や市民運動の隆盛があった.それと併せ,バイオテクノロジーの発展との関連で生物多様性の経済的価値を強く意識した産業界の思惑および生物学者の政策意思決定への積極的な関与などがあったといえる.それに対して,日本における保全政策は1993年の生物多様性条約への加盟をきっかけとし,過去10年間に関連法整備が進められ,それら法制度整備の有効性に関する評価・改善は今後の課題である.しかし,国内の生物多様性の衰退が急速に進んでいる現状を鑑みると,保全生態学には自然科学としての科学的な厳格さに加え,政策意思決定へのより効果的な寄与が求められるといえよう
著者
中西 希 伊澤 雅子 寺西 あゆみ 土肥 昭夫
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.39-46, 2010-05-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
29
被引用文献数
1

1997年から2008年に交通事故に遭遇したツシマヤマネコ42個体(オス21個体、メス21個体)について、歯の萌出・交換状態と体サイズ及びセメント質年輪を用いて年齢査定を行い、交通事故と年齢の関係について分析した。また、栄養状態についても検討を試みた。交通事故遭遇個体の年齢は0歳から9歳であった。全体の70%以上が0歳で、2〜4歳の個体は確認されず、残り30%近くは5〜9歳の個体であった。交通事故の遭遇時期は、5〜9歳のオスでは2〜6月と9月であったのに対し、0歳のオスでは9月から1月に集中していた。0歳メスは11月に集中していた。0歳個体の事故が秋季から冬季に集中していたことから、春に生まれた仔が分散する時期に、新たな生息環境への習熟や経験が浅く、車への警戒が薄いため、事故に遭遇しやすいこと、また、分散の長距離移動の際に道路を横断する機会が増えることが要因と考えられた。栄養状態に問題のない亜成獣や定住個体が交通事故で死亡することは、個体群維持に負の影響を及ぼすと考えられた。
著者
高槻 成紀 岩田 翠 平泉 秀樹 平吹 喜彦
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.155-165, 2018 (Released:2018-07-23)
参考文献数
38
被引用文献数
5

これまで知られていなかった東北地方海岸のタヌキの食性を宮城県仙台市宮城区岡田南蒲生と岩沼市蒲崎寺島のタヌキを例に初めて明らかにした。このタヌキは2011 年3 月の東北地方太平洋沖地震・津波後に回復した個体群である。南蒲生では防潮堤建造、盛土などの復興工事がおこなわれ、生息環境が二重に改変されたが、寺島では工事は小規模であった。両集団とも海岸にすむタヌキであるが、魚類、貝類、カニ、海藻などの海の生物には依存的ではなかった。ただしテリハノイバラ、ドクウツギなど海岸に多く、津波後も生き延びた低木類の果実や、被災後3 年ほどの期間に侵入したヨウシュヤマゴボウなどの果実をよく利用した。復興工事によって大きく環境改変を受けた南蒲生において人工物の利用度が高く、自然の動植物の利用が少なかったことは、環境劣化の可能性を示唆する。また夏には昆虫、秋には果実・種子、冬には哺乳類が増加するなどの点は、これまでほかの場所で調べられたタヌキの食性と共通であることもわかった。本研究は津波後の保全、復旧事業において、動物を軸に健全な食物網や海岸エコトーンを再生させる配慮が必要であることを示唆した。
著者
上田 紘司 永井 孝志
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2010, (Released:2021-05-24)
参考文献数
60

水草の多様性や現存量が世界的に減少しているが、水草には多様な魚類や甲殻類等が生息し、水草はそれらの餌資源、産卵場、生息場として機能している。水草の生態学的有用性の機能の視点から水草の保全対策が重要と考えられる。しかし、具体的にどこでどのような動物種がどのような水草種をどのように利用しているのかというエビデンスについて、これまでに発表されている膨大な文献の中から体系的に整理した報告はない。本研究では魚類と甲殻類等に対する水草の有用性を明らかにするために、システマティックマップの手法を用いて膨大な文献を体系的に整理した。データベースは、 Web of Science Core Collectionと J-STAGEを使用した。検索は 2017年 10月に行い、検索式は水草、魚類、甲殻類、餌資源、産卵場、生息場を示すキーワードを組み合わせた。採択基準は 1)魚類や甲殻類等が水草又は大型藻類を利用した結果が得られている文献であること、 2)人工植物を扱っていないこと、 3)文献の種類は原著に限定し、レビューを含まないこと、 4)抄録があること、 5)英語又は日本語で記載されていることである。本調査の該当文献は 512件(英文献 470件、和文献 42件)とした。これらの文献を整理した結果は以下の通りである: 1)調査地では北米、中南米、欧州、豪州が多くアジア、アフリカが少ない; 2)調査水域は湖と河川が多く、海域は少ない; 3)調査対象水草はホザキノフサモ等の沈水植物が多く、抽水植物、浮遊植物、浮葉植物がそれに続く; 4)調査対象の動物は魚類が半数を占め、中でもブルーギルやヨーロピアンパーチの未成魚を扱った文献が多い; 5)水草の利用目的は生息場を扱った文献が 80%以上を占め、餌資源や産卵場を扱った文献は少ない。アジア・アフリカ地域での研究や産卵場としての利用を扱う研究が不足していることが示され、今後のさらなる研究が望まれる。また、新たな試みとして生態学分野の 10種類の研究手法を 3段階のエビデンスレベルに分類した。その結果、水草が魚類や甲殻類等に対して生態学的に有用であることを高いエビデンスで示す文献を抽出することができた。しかし、今後のエビデンスレベルの評価には、研究手法だけでなくより詳細な検討が必要と考えられた。また、このようにエビデンスを整理した結果が科学的根拠に基づいた保全活動や政策に活用されていくことが重要である。
著者
大澤 隆文 古田 尚也 中村 太士 角谷 拓 中静 透
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.95-107, 2019 (Released:2019-07-01)
参考文献数
66

生物多様性条約では、生物多様性の保全や持続可能な利用全般について2020年までに各国が取り組むべき事項を愛知目標としている。2020年に開催される予定の同条約締約国会議(COP15)では、2020年以降の目標(ポスト愛知目標又はポスト2020目標)を決定することが見込まれ、海外では愛知目標に係る効果や課題を考察した学術研究も多く出版されている。本稿では、パリ協定等の生物多様性分野以外の諸分野から参考になる考え方・概念も引用しつつ、SMART等の、愛知目標に続く次期目標の検討にあたり考慮し得る視点やアプローチを詳細に整理した。また、自然保護区等に関する愛知目標11等を事例として、地球規模又は各国の規模で2020年以降の目標設定にあたり考慮すべき課題や概念、抜本的な目標の見直しに係る提案等の特徴や課題について、日本における状況も紹介しつつ議論した。これらを通じ、厳正的な自然保護の拡充を誘導する目標設定に加え、それ以外の地域・分野についても、自然と共生を進める諸アプローチの効果評価や目標設定を追求する余地があることを提案した。
著者
小池 文人
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.1-9, 2019 (Released:2019-07-01)
参考文献数
7

本学術雑誌の印刷冊子から電子媒体への移行を検討するため、本誌の購読者と非購読の生態学会会員に対して、様々な形態で提供されている学術雑誌の利用状況に関するアンケートを行った。最も多く利用されていたのは利用者個人の手続きなしで利用できる雑誌であり(機関契約のセット購読やオープンアクセスジャーナル等)、次に利用されていたのは印刷冊子であった。多くの学会で行われているような個人のパスワードでアクセスする雑誌の利用は3誌以下で全く利用しない回答者も多く、都度払いのpay per viewはほとんど利用されていなかった。本誌の移行に関しては、だれでも自由にアクセスできる形態か多数の雑誌のセット購読など、利用者個人の手続きなしで利用できる形態が最も望ましく、次は現在と同じく印刷媒体での提供であり、個人のパスワードでアクセスする形態はサーキュレーションの低下をもたらす可能性がある
著者
藤井 伸二
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.67-72, 2009-05-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
36

近畿地方北部におけるオナモミ属3種(イガオナモミ、オオオナモミ、オナモミ)の相対的な過去の変遷について、植物標本に基づいた調査を行った。その結果、オナモミの1950〜1960年代の急速な減少とその後の絶滅、オオオナモミの1950年以降の優占化、イガオナモミの1980年代の急速な勢力拡大は大阪湾を起点にした河川沿いの内陸部への侵入によって起こったことが明らかになった。近縁種群の過去の変遷を知る上で、植物標本の情報を活用することの有効性が示された。
著者
白木 彩子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.85-96, 2012-05-30 (Released:2018-01-01)
参考文献数
37
被引用文献数
4

2004年2月、北海道苫前町においてオジロワシの風車衝突事故による死亡個体が日本で初めて確認された。それ以降、本種の衝突事故の発生は続いているが、事故の対策はとられていない。オジロワシのような法的な保護指定種が多数死亡しているにも関わらず、実質的に放置されている現状には問題がある。そこで本報告は、これまでに発生したオジロワシの風車衝突事故の事例から事故の特徴や傾向について分析することと、事故の発生要因についてオジロワシの生活史や生態学的な特性から考察することを主な目的とした。また、これまでの保全の経緯も踏まえつつ、今後の保全対策のあり方について考えを述べた。2003年から2011年5月までに、北海道内の風力発電施設で確認された鳥類の風車衝突事故は20種を含む82件だった。このうちもっとも多いのはオジロワシの27件で、齢別にみると幼鳥を含む若鳥がほとんどを占め、主として越冬期にあたる12月から5月に事故が多い傾向がみられた。風車衝突事故による死亡個体のうち半数程度は北海道で繁殖する集団由来の留鳥であると推測されたが、個体群へのインパクトを正しく評価するためにも、今後、衝突個体が留鳥か渡り鳥なのかを明らかにすることは重要である。オジロワシの風車への衝突事故は風車が3基の施設で11件と最も多く、小規模の施設でも多数の事故が発生し得ることが示された。事故の発生した風車は海岸部の段丘崖上や斜面上にあるものが半数以上を占め、これらの地形はオジロワシにとって衝突するリスクの高い条件のひとつと考えられた。死骸の多くは衝突事故の発生から数日以内に発見されており、このことから、確認された死骸は実際に衝突死したオジロワシのうちの一部であることが推測された。現在のところ、風力発電施設によるオジロワシ個体群に対するインパクトを評価するために必要なデータは不十分な状況であるが、とくに地域集団に対する悪影響が懸念されることから、衝突事故の防止は急務と考えられる。具体的には、施設建設前の適切な立地選定と、稼働後に発生した事故対策措置である。衝突事故が発生している既存の風車については、今後の衝突の可能性を査定した上で、オジロワシの利用頻度の低い場所への移設や日中の稼働停止も含めた有効な事故防止措置の実施が望まれる。
著者
正富 宏之 正富 欣之 富士元 寿彦 増澤 直 小西 敢 藤村 朗子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.1910, 2020-05-15 (Released:2020-06-28)
参考文献数
29

世界におけるタンチョウ Grus japonensis Mlerは、大陸個体群と北海道個体群の二つの地域個体群に分かれる。北海道個体群の道東から北海道北部への繁殖域の拡大を、 2003年から 2015年まで航空機により調査した。北海道の北端宗谷地方には、 1860年ころまで確実にタンチョウが生息していたが、その後 2000年代初頭まで、この種の出現記録はなかった。しかし、地上調査により 2002年に日本海に面するサロベツ原野地区で夏に 2羽を見つけ、翌年から飛行調査を行い、 2004年には営巣活動に続いて 45日齢ほどのヒナも観察した。また、 2006年にオホーツク海側のクッチャロ湖地区で初めて 2羽を目撃し、 2008年には繁殖を認めた。その後、 2014年にサロベツ原野地区で 3番い、クッチャロ湖地区で 2番いが営巣し、 2015年は北限となる稚内大沼地区でも 1番いが加わり、計 6番いが就巣し、宗谷地方の主要繁殖適地における営巣地分布拡大を確認した。その結果、 2004年から 2015年までに、ペンケ沼周辺で 13羽、クッチャロ湖周辺で 9羽の幼鳥が育った。これに伴い、宗谷地方の春 -秋期個体群は 2015年までに最多で 15羽(幼鳥を含む)となり、明確な増大傾向を示した。宗谷地方へのタンチョウ進出は、道東における繁殖番いの高密度化によるもので、収容力に余地のある道北の個体群成長は、道東の過密化傾向抑制(分散化)にとり極めて意義深い。しかし、個体は冬に道東へ回帰し給餌場を利用すると思われるので、感染症等のリスクを抱えたままであるし、 2016年以降の営巣・繁殖状況等も不明である。従って、道東と分離した道北個体群創設や越冬地造成等も含めた効果的対応手段策定のため、道北一帯で飛行調査を主軸とする全体的動向把握を継続的に行うことが不可欠である。
著者
村上 裕 久松 定智 武智 礼央 黒河 由佳 松井 宏光
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2005, (Released:2020-11-10)
参考文献数
19

二次的自然としての水田やため池を繁殖場所として利用するトンボ類は、水稲の生育ステージや、ため池の植生、水位管理、周辺環境等が種個体群の存続を許容するものであったことから、水田面積の拡大とそれに伴うため池の造成により安定的な分布域を形成したものと考えられる。本研究は、ため池の水際を主な産卵場所として利用し、冬期に減水したため池の乾出した底質で卵が越冬する可能性を指摘されてきたオオキトンボを対象種とし、ため池の水位管理方針が幼虫発生に与える影響を研究した。現地調査として、本種の産卵行動が例年確認されているため池から無作為に抽出した 3地点で成熟個体および羽化後の未成熟個体のラインセンサスを行ったほか、ため池管理者へ水位管理に関する聞き取り調査を行った。また、ため池の満水位直下の砂礫を採集し、乾燥状態で管理後に翌春湛水して孵化した幼虫数を計測した。調査の結果、冬期に大きく減水したため池の干出した砂礫から多くの幼虫が発生した。ただし、他の池と同等の成熟個体が飛来し、産卵行動が確認され、冬期に減水していたにも関わらず孵化幼虫が認められないため池も存在した。