著者
中本 敦 伊澤 雅子
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.111-119, 2013-11-30

亜熱帯に位置する沖縄県には、多数の熱帯花木・熱帯果樹が街路樹や庭木として植栽されている。しかしこのような人為的な植栽が送粉共生系や種子散布共生系に与える影響についてはほとんど研究がなされていない。本研究では沖縄島に多数植栽されているデイゴErythrina variegata L.の花の花蜜分泌と訪花者の訪花の日周変化に関する調査を行った。デイゴは昼行性の鳥類によって媒介される鳥媒花であることが知られているが、沖縄島では鳥類に加えて昆虫類やオオコウモリなどによって訪花されていた。デイゴは朝に開花し、日中にのみ花蜜を分泌し、開花した花の約60%ではメジロZosterops japonicas(Temminck & Schlegel)に代表される日中の訪花者によって、夕方までに花蜜が枯渇していた。花蜜を有していた残りの40%のうち、30%の花でクビワオオコウモリ(Pteropus dasymallus Temminck)の夜間の訪花による花蜜の枯渇が観察された。植栽木は絶滅危惧種であるクビワオオコウモリの都市部での餌資源を補う資源として機能する反面、送粉を担っていたオオコウモリが訪れる機会を他の植物から奪うことで、本来の送粉共生系や種子散布共生系に悪影響を与える可能性がある。熱帯を起源とする脊椎動物媒の植物の多い沖縄県では、街路樹や公園などの植栽には、鳥類やオオコウモリが介在したネットワークを考慮した樹種選定を行う必要があるだろう。
著者
宮脇 成生 鷲谷 いづみ
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.17-28, 2010-05-30
被引用文献数
1

地域の生態系に侵入した侵略的外来植物への対策を効果的・効率的に実施するためには、対策を優先的に実施する場所を抽出する手法が必要である。本研究では、千曲川における侵略的外来植物4種(オオブタクサ、シナダレスズメガヤ、ハリエンジュ、アレチウリ)の侵入場所を予測するモデルを作成し、各種の侵入可能性を地図化した。モデルは千曲川の河川区域を5m×5mの格子に分割したデータと、CART(Classification And Regression Tree)により作成し、その予測性能をROC分析の曲線下面積(AUC:Area under the curve)等の指標により評価した。モデルの応答変数は、「対象種優占群落の有無」、説明変数の候補は、「比高(計算水位からの相対的な地盤高)」、「植被タイプ」、「農地からの距離」、「近隣格子における対象種群落の分布格子数」および「河川上流側における対象種群落面積」である。得られた各対象種のモデルは、いずれも説明変数に「比高」を含み、河川での外来植物侵入場所におけるこの変数の重要性が示された。モデルの予測性能は、学習データおよび検証データのいずれにおいても「十分に役に立つ」(AUC>0.7)ことが示された。本研究で検討した侵入範囲の予測モデルを地図として視覚化するアプローチは、絶滅危惧種の保全などの他の保全対策や社会的制約条件も併せて考慮する必要がある保全計画立案の現場において、有益な情報を提供することができるだろう。
著者
高槻 成紀
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.131-133, 2011-05-30
参考文献数
4
被引用文献数
1

I previously (Takatsuki, 2009) proposed the following question: Although bears are often regarded as umbrella species, is this actually true? So far, I have not been able to find scientific evidence in support of this, and I feel that conservation activities should be based on scientific approaches. Indeed, this opinion is in accordance with that of S. Boutin (2005) in his review of the ecological effects of carnivores in boreal forests of Nordic countries, in which he discussed several effects of bears on ungulates, hares, rodents, and vegetation through cascade effects. Boutin emphasized that a "fine-filter" conservation approach that focuses on particularly charismatic carnivores often overlooks ecological processes and that carnivore-oriented conservation requires large refuges. However, actual refuges are often too small for such large carnivore species, particularly in Europe. Such approaches that focus only on carnivores as umbrella species risk the loss of endangered species or organisms requiring particular ecological processes. For biodiversity conservation, a "coarse-filter" approach that focuses on ecological processes such as wild fires, logging, and succession is more important and effective. Given that the social conditions of Japan in terms of biological conservation are often more similar to those of Europe than of North America, a "coarse-filter" approach may be more appropriate for bear conservation in Japan.
著者
今橋 美千代 鷲谷 いづみ
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.1, no.2, pp.131-147, 1997-01-24
被引用文献数
26

本研究では小規模な「表層土壌のまきだし」を行うことにより,河畔自然草地の植生復元に土壌シードバンクを利用する可能性を検討した.小貝川の河畔林林床と冠水草原において1992年7月末と1993年3月初めに表層土壌試料を採取し,バーミキュライトを敷いたプランター内にまき出し,出現する実生を定期的に調査した.その結果,林床の土壌からは少なくとも26種5896,草原の土壌からは41種15935の実生が得られた.その中には保護上重要な種であるミゾコウジュとタコノアシが含まれていた.まきだし時期にかかわらず主要な出現種は共通し,多くの種の実生がまきだし直後に出現した.まきだし実験で出現した主要な種はすべて土壌採取地の上部植生構成種であった.これらの結果により,「表層土壌のまきだし」が季節を問わず利用可能であり,河畔冠水草原のような自然度の高い撹乱地の植生を復元する手段として有用であることが示唆された.
著者
服部 保 岩切 康二 南山 典子 黒木 秀一 黒田 有寿茂
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.47-59, 2010-05-30
参考文献数
23
被引用文献数
2

宮崎神宮には照葉樹等の植林後約100年経過した照葉人工林等が保全されている。植林後の年数が明確な本樹林は各地で形成されている工場緑化林や緑地帯などの照葉人工林における植生遷移の予測や生物多様性保全の可能性および孤立林の維持管理方法などについての課題を明らかにする上でたいへん重要である。本社叢の種組成、種多様性、生活形組成の調査を行い、照葉二次林、照葉自然林、照葉原生林との比較を行った。宮崎神宮の社叢は林齢約100年の照葉人工林と林齢約45年の針葉人工林から構成されており、社叢全体に118種の照葉樹林構成種が生育し、その中には絶滅危惧種も含まれていた。植栽された植物を除くと多くの植物は周辺の樹林や庭園から新入したと考えられた。照葉人工林の種多様化に対して隣接する住宅地庭園の果たす役割が大きい。照葉自然林の孤立林に適用される種数-面積関係の片対数モデル式および両対数モデル式を用いて宮崎神宮の社叢面積に生育すべき種数を求めると、前者が119.0種、後者が158.6種となり、前者と現状の調査結果とがよく一致していた。後者の数値が適正だとすると宮崎神宮に十分な種が定着できないのは、地形の単純さと考えられた。社叢の生活形組成では着生植物、地生シダ植物の欠落や少なさが特徴であった。種多様性(1調査区あたりの照葉樹林構成種の平均種数)をみると宮崎神宮の照葉人工林(20.4種)は照葉原生林(42.9種)、照葉自然林(32.9種)と比較して、非常に少なく、照葉二次林ほどであった。1調査区あたりの生活形組成も照葉二次林と類似していた。宮崎神宮の照葉人工林は林冠の高さやDBHなどについては照葉自然林程度に発達していたが、種多様性、生活形組成では照葉二次林段階と認められた。
著者
常田 邦彦 鳥居 敏男 宮木 雅美 岡田 秀明 小平 真佐夫 石川 幸男 佐藤 謙 梶 光一
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 = Japanese journal of conservation ecology (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.9, no.2, pp.193-202, 2004-12-25
参考文献数
28
被引用文献数
14 5

最近数10年間におけるシカ個体群の増加は,農林業被害の激化をもたらしただけではなく,シカの摂食による自然植生および生態系の大きな変化を各地で引き起こしている.自然環境の保全を重要な目的とする自然公園や自然環境保全地域では,この問題に対してどのような考え方に基づいて対応するかが大きな課題となっている.知床半島のエゾシカは一時絶滅状態になったが1970年代に再分布し,1980年代半ばから急増して,森林と草原の自然植生に大きな影響を与え続けている.知床半島のシカは冬季の気象条件と餌によって個体数が制限されているとはいえ,メスの生存率は高く,かつ自然増加率が高いために高密度で維特されている.メスも大量に死亡するような豪雪でも来ない限り激減することはない.そのため,自然に放置した場合には,植生への影響は軽減されないだろう.知床におけるエゾシカの爆発的増加が,自熱生態的過程か人為的な影響による要因かを区分することは,現状ではできない.管理計画策定にあたって重要なのは,半島全体の土地利用と自然保全の状況に応じて地域ごとの管理目標を明確にし,総合的な計画を策定することである.また,モニタリング項目として絶滅リスク評価につなげられるような「植物群落の分布調査」が不可欠である.知床国立公園内や周辺地域での生息地復元や強度な個体数管理などを実施する場合は,生態系管理としての実験として位置づけ,シカと植生の双方について長期のモニタリングを伴う順応的な手法を採用していく必要がある.
著者
寺川 眞理 松井 淳 濱田 知宏 野間 直彦 湯本 貴和
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.161-167, 2008-11-30
被引用文献数
1

大型果実食動物が絶滅した「空洞化した森林」では種子散布者が喪失し、植物の種子散布機能の低下が生じていると危惧されている。本研究では、ニホンザルが絶滅した種子島に着目し、サルの主要餌資源のヤマモモを対象に、種子の散布量が減少しているかを調べた。種子島と近隣のニホンザルが生息する屋久島にて、ヤマモモの結実木を直接観察し、散布動物の種構成と訪問頻度、採食果実数を求めた。屋久島で73時間46分、種子島で63時間44分の観察を行い、調査地の周辺では果実食動物がどちらの島でも10種ずつ確認されたが、ヤマモモに訪れたのは、主にニホンザル(屋久島のみ)とヒヨドリ(屋久島と種子島)に限られていた。ニホンザルは、ヒヨドリに比べて滞在時間が長く、採食速度も速いため、1訪問あたりの採食果実数は20倍以上の差があった。この結果は、ニホンザル1個体が採食したヤマモモの果実量をヒヨドリが採食するには20羽以上の個体が必要であることを意味する。しかしながら、本研究では、屋久島と種子島のヒヨドリのヤマモモへの訪問個体数は同程度であった。ヤマモモ1個体あたりの1日の平均果実消失量は、屋久島ではニホンザルにより893.0個、ヒヨドリにより25.1個の合計918.1個、種子島ではヒヨドリのみで24.0個であり、サルが絶滅した種子島では、ヤマモモの果実が母樹から持ち去られる量が極めて少ないことが示された。本研究の結果は、ニホンザルが絶滅した場合にヒヨドリがその効果を補うことはできない可能性を示しており、温帯においても空洞化した森林での種子散布者喪失の影響を評価していくことは森林生態系保全を考える上で今後の重要な課題であると考えられる。
著者
高川 晋一 西廣 淳 上杉 龍士 後藤 章 鷲谷 いづみ
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.109-117, 2009-05-30

絶滅のおそれのある水生植物アサザ(Nymphoides peltata)の個体群を土壌シードバンクから再生させるための事業が、霞ヶ浦(茨城県)において、国土交通省により行われた。本論文では、この事業の概要と、連動して実施した研究の成果について報告する。事業では、アサザの発芽・定着適地の条件を、生理生態学的特性と過去の湖岸環境に関する知見に基づき「春先の季節的水位低下で湖岸に露出する裸地的条件」と予測した上で、そのような条件を含む場の整備が行われた。その結果として、工事を実施した2002年に267個体の実生を定着させることに成功した。しかし、定着した実生は陸生型にとどまり、2002・2003年の生育期を通して浮葉型としての栄養成長は認められなかった。そこで、一部の実生を採取し、栽培条件下で過去の霞ヶ浦に存在した水位変動の条件を再現して育成し、2004年に湖に再導入した。その結果、少なくとも10ジェネットが定着し、導入から3年後にはその浮葉は合計488m^2の範囲に広がり、開花、種子生産、およびそれに由来すると推測される湖岸での発芽も確認された。これらの取り組みを通じて、「春先に水位が低下し、その後に上昇する」という、かつての季節的水位変動パターンを回復することが、自立的に存続可能な個体群の再生にとって重要であることが検証された。
著者
伊藤 千恵 藤原 一繪
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.12, no.2, pp.143-150, 2007-11-30
被引用文献数
6

トウネズミモチは、中国原産の外来種で、街路樹などに植樹されてきたが、その後植栽地から逸出し分布拡大している。また、都市域の森林群落ではトウネズミモチの実生個体が多く、将来群生地を形成する可能性のある種である。そのため、生活形の似ている常緑小高木で同属在来種のネズミモチとの比較から、トウネズミモチの侵入の実態をとらえ、生態学的特性を解明するため、都市域森林群落における生育地、種子散布特性、発芽特性、初期生存率についての調査・実験を行った。調査の結果、トウネズミモチはネズミモチに比べ小さな果実(長径:6.55±0.68mm、短径:5.53±0.55mm)を多数つけており、ヒヨドリ、メジロ、シジュウカラなど205個体(総観察時間22.5時間)の採餌が確認でき、ネズミモチに比べ果実採餌鳥類種数、個体数ともに多く観察され、多数の種子が鳥類により野外に散布されていると考えられる。トウネズミモチの発芽は、光条件の影響を受けないことが示されたため、森林群落の林床においても発芽可能であると考えられる。一方、実生の生存率は林内(相対光量子束密度4.1%)と林縁(相対光量子束密度16.4%)で有意な違いがみられた。また、トウネズミモチはロジスティック回帰分析の結果、相対光量子束密度6.3%以上で出現頻度が50%(コドラート面積25m^2)を超えることを示した。DBHも相対光量子束密度と正の相関が得られた。トウネズミモチの出現、成長には、光量が重要な要因としてかかわっていたことから、トウネズミモチは実生の成長段階において光要求性の高い種であることが示された。すなわち、閉鎖林冠下などの光条件が悪い場所では成長の段階で枯死する可能性が高く、新たな定着は難しいと考えられる。一方、実生の生存率が高い光条件が良好な場所では、高い定着率であることが予想され、実生は成木へと成長していくことが十分に可能であり、今後新たに個体数が増加する可能性が考えられる。
著者
石田 弘明 戸井 可名子 武田 義明 服部 保
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.1-16, 2008-05-30
被引用文献数
2

兵庫県、大阪府、埼玉県の都市域に残存する孤立化した夏緑二次林において緑化・園芸樹木の逸出種のフロラを調査した。兵庫県では31地点、大阪府では19地点、埼玉県では16地点の夏緑二次林を調査した。逸出種の出現種数はいずれの地域についても30種を超えており、3地域をまとめたときの総出現種数は60種であった。逸出種の出現種数の70%以上は鳥被食散布型種であったことから、緑化・園芸樹木の夏緑二次林への侵入は主に果実食鳥の種子散布によっていると考えられた。逸出種の中には在来種が数多く含まれていたが、その種数は逸出外来種の2倍以上であった。逸出種の出現種数と夏緑二次林の樹林面積との関係を調べたところ、いずれの地域についてもやや強い正の相関が認められた。また、兵庫県の夏緑二次林で確認された逸出種の出現個体数と樹林面積の間にも同様の相関がみられた。しかし、逸出種の種組成に基づいて算出された各二次林のDCAサンプルスコアと樹林面積の間には、いずれの地域についても有意な相関はみられなかった。このことから、逸出種の種組成に対する樹林面積の影響は非常に小さいと考えられた。兵庫県の夏緑二次林でみられた鳥被食散布型の5種(シャリンバイ、トウネズミモチ、コブシ、トベラ、ヨウシュイボタノキ)について、樹林の林縁部から同種の植栽地までの最短距離を算出し、その距離と出現個体数および分布との関係を解析した結果、ほとんど全ての個体は植栽地から200m以内の樹林に分布しており、これらの種の夏緑二次林への侵入には植栽地からの距離が大きく関係していることが示唆された。これらの知見に基づいて、緑化・園芸樹木の夏緑二次林への侵入・定着を抑制するための方法を提案した。
著者
田村 典子
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.37-44, 2004-06-30
参考文献数
26
被引用文献数
3

外来種のタイワンリスが神奈川県において分布を拡大している.2002年にアンケートと現地調査によって確認された生息範囲は304km^2に及んだ.導入された1950年代からの分布拡大パターンを解析したところ,指数関数的に分布域が拡大していることが分かった.7年間にわたる標識再捕法および直接観察から,個体群パラメーターを算出し,個体数の増加速度を推定した.神奈川県におけるタイワンリスのこれまでの分布拡大パターンは密度効果のない個体数増加によって説明可能であることが明らかになった.
著者
佐々木 翔哉 大澤 剛士
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.275, 2022-10-25 (Released:2023-01-01)
参考文献数
40

タヌキ Nyctereutes procyonoidesは、東アジア地域に分布する食肉目イヌ科の中型哺乳類である。タヌキは人間の生活圏の近くにも生息し、農業被害や衛生上の問題等の様々な問題を引き起こすことがある。近年では、日本の様々な地域のタヌキ個体群において、疥癬症が流行している。ヒゼンダニ類が寄生することによって生じる疥癬症は、宿主の健康状態を悪化させ、活動や生態等に様々な影響を与える。疥癬症が引き起こす影響の 1つとして、夜行性の野生動物が昼間に活動するようになることが知られているが、タヌキにおけるその定量的な報告はほとんどみられない。タヌキの疥癬症を引き起こすイヌセンコウヒゼンダニはヒトやネコにほとんど寄生しないとされるが、感染したタヌキの活動が昼間に行われることで、昼に屋外に出されることが多いイヌにイヌセンコウヒゼンダニが感染する可能性が高まるほか、タヌキが持つ他の人獣共通感染症やダニ類などの寄生生物とヒトとの接触機会が増加する可能性がある。そこで本報告は、疥癬症に感染したタヌキが生息する東京都西部の 4つの都市公園において、約 1年間のカメラトラップ調査を行い、疥癬症に感染しているタヌキと健常なタヌキの活動時間を定量的に比較した。その結果、疥癬個体は健常個体よりも高率で昼間に活動していることが示された。この結果は、疥癬症が実際にタヌキの昼間の活動を引き起こしていることを示唆するものである。
著者
遠藤 大斗 宇野 裕美 岸田 治 森田 健太郎
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2318, (Released:2023-09-08)
参考文献数
47

イトウは国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストにCRとして掲載されている国内最大級の淡水魚であり、土地開発があまり進んでいない湿原や湿地帯をその流域に含む河川に生息する。そのため、湿地帯に形成される河川の氾濫原はイトウの生息環境に重要であると考えられてきた。しかし、本種に関するこれまでの知見は成魚に関するものが多く、幼魚に関する科学的知見は乏しい。本研究では、イトウの幼魚から成魚までの生息環境特性を明らかにするとともに、同所的に生息する同科魚類との比較を行い、本種の保全対策に寄与することを目的とした。調査は北海道大学雨龍研究林を流れるブトカマベツ川で行った。本河川には氾濫原が存在し、川筋が幾本にも分かれる網状流路が発達している。調査は網状流路が形成する分流域と本流域の2つに分けて実施し、河川規模の小さい分流域ではエレクトロフィッシャーを用いた捕獲を行い、河川規模の大きい本流域ではシュノーケリングを用いた潜水目視を行った。さらに、調査地点の物理環境と捕獲された個体の胃内容物を調べた。30地点で実施した分流域調査の結果、捕獲されたイトウは尾叉長69-137mmの幼魚であった。分流域の物理環境について主成分分析を行った結果、流速が遅く濁度が高いという止水的環境においてイトウ幼魚の生息密度が高くなる傾向が認められた。イトウ幼魚の胃内容物からは、魚類や両生類といった大型動物や動物プランクトンのミジンコ目が確認され、イワナおよびヤマメと比べて陸生落下動物の割合が少なかった。21地点で行った本流域調査の結果、目視されたイトウはいずれも体長300-800 mmの若魚・成魚であった。本流域の物理環境の主成分分析の結果、倒木などのカバー割合が高く深い淵においてイトウ若魚・成魚の生息密度が高くなる傾向が認められた。以上の結果から、イトウ幼魚は氾濫原に形成される流速が極めて遅い場所を選択的に利用するのに対し、イトウ若魚・成魚は流れのある本流で深くカバーのある環境を選択的に利用し生息していることが明らかになった。また、イトウ幼魚は成魚と同様に魚食性を示すことに加え、他のサケ科魚類が選好する陸生落下昆虫以外の餌資源を多く利用することが分かり、イトウは幼魚のときから他のサケ科魚類とは異なる摂餌行動をもつと考えられた。今後、イトウの野生個体群を保全していくためには、氾濫原環境の保全が極めて重要であると考えられた。
著者
一條 信明
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2121, (Released:2023-04-30)
参考文献数
38

釧路市の820 m2 の小さな池に、2013 年から2015 年まで毎年春から秋にかけてアナゴ籠20 個を設置し、継続的にウチダザリガニの捕獲を行い、小型(< 30 mm 頭胸甲長)850 個体、中型(30-40 mm 頭胸甲長)471 個体、大型(>= 40 mm 頭胸甲長)80 個体を駆除した。捕獲個体数は、2013 年1205 個体、2014 年162 個体、2015 年34 個体と、年を経るごとに急激に減少した。2016 年から2020 年まで6 月から9 月にかけて20 個のアナゴ籠で毎年8 回以上ウチダザリガニの捕獲作業を行ったが、2016 年1 個体、2017 年2 個体、2018 年4 個体、2019 年7 個体と、捕獲個体数は極めて少なかった。2020 年には16 回捕獲作業を行ったが、捕獲個体数は0 だった。2013 年の捕獲結果について各月雌雄ごとのサイズグループ解析を行ったところ、7 月には年齢順にグループI、II、II、IV が判別できた。各グループの平均頭胸甲長から、I は小型個体、II は小型~中型個体、III は中型~大型個体、IV は大型個体に相当した。その後グループII、III、IV は消失し、9 月以降に池に残っていたのは若齢のグループI だけだった。2014 年と2015 年には、小型個体と中型個体は雌雄とも少数が捕獲され、大型個体は2014 年に雄2 個体2015 年に雄1 個体しか捕獲されなかった。その後、小型個体は2018 年以降、中型個体と大型個体は2020 年には捕獲されなくなった。本研究により、孤立した小水域において、アナゴ籠を多数使用し長期間駆除活動を行うことで、ウチダザリガニを根絶できる可能性が示された。
著者
上野 真由美
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.1911, 2020 (Released:2020-12-31)
参考文献数
16
被引用文献数
3

ニホンジカの管理に関する問題の一つは、管理にかかわる計画と実行が、二つの法と行政の系列にまたがって支配されていることである。環境省の管理下にある「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」は、主に都道府県によるニホンジカ管理計画の策定に関与しながらも対策に係る予算は限定的である一方、農林水産省の下での「鳥獣による農林水産業等に係る被害の防止のための特別措置に関する法律」においては、市町村等が行う総合的対策(捕獲、侵入防止策、担い手の育成、調査等)を対象とする財政措置がひかれている。両法の究極的目標は、鳥獣と社会の軋轢を軽減するという点で一致しており、縦断的(県と市町村)および部局間(農林業と環境)の連携が必要である。北海道のエゾシカ管理のように鳥獣管理の主管を環境部局が担う場合には、これら 2つの法律が異なる部局(環境部局・農業部局)の管轄に分かれ、農業部局から財政措置が施される市町村のエゾシカ対策に環境部局が直接関与することは簡単ではない。さらに本州と違う点として、北海道が本州以南の 15都府県に相当する大きさであることから、(総合)振興局が本州以南の県に相当し、市町村と北海道を結ぶ縦断的階層の中間的役割を担う点が挙げられる。このような点に関する学問的な論文は存在するが行政的な解決策は示されておらず、縦割りへの具体的な対応方法の経験とアイデアの共有は現場にとって重要である。本事例では鳥獣管理の統括的な体制を築くために、実験的に振興局単位での会議を企画し、関連部門(農林業と環境)の複数階層(県から市町村)の担当者を参集した。行政に限定した会議構成員であったことから、予算執行における自治体の悩みなど、行政的な課題をより深く意見交換することができた。このように環境が主管である都道府県の場合には、計画と実行のずれを自覚し、縦断的かつ横断的連携を築いていく仕組みが必要だと考える。
著者
中本 敦 佐藤 亜希子 金城 和三 伊澤 雅子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.45-53, 2011-05-30 (Released:2018-01-01)
参考文献数
28
被引用文献数
2

沖縄島におけるオリイオオコウモリPteropus dasymallus inopinatusの個体数の長期モニタリング(2000年から実施)において、近年個体数の増加傾向が見られた。調査はルートセンサス法を用いて、沖縄島の都市部と森林部の2ヶ所で行った。都市部では2001年9月から2009年8月に、森林部では2004年と2008年の2年間調査を行った。両調査地ともにここ4〜8年間の間で個体数がおよそ3倍に増えていた。またこの目撃個体数の増加は全ての季節で見られた。これらの結果は、オリイオオコウモリの目撃数の増加が空間的な偏りの変化ではなく、沖縄島個体群自体の増大を意味するものであることを示す。沖縄島に接近した台風の数は2005年以降減少しているが、これは個体群の成長率の上昇のタイミングと一致していた。以上のことから沖縄島のオリイオオコウモリの個体群サイズは台風による攪乱頻度によって調節されている可能性があることが示唆された。今後、地球温暖化により台風の攪乱が不規則になると、本亜種の個体数変動が不安定になり、個体数増加による農業被害の拡大とともに地域個体群の絶滅が起こる可能性が高まることに注意する必要がある。
著者
花井 隆晃 中西 彬 伴 邦教 服部 翔吾 田頭 直樹 谷口 義則
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2210, (Released:2023-07-05)
参考文献数
19

愛知県の谷津田の 2地点に生息するホトケドジョウの消化管内容物を四季にわたって調べた。全体では個体数および湿重量はいずれもユスリカ科が最大であった。また、個体数ではカイアシ亜綱、カクツツトビケラ科が多く、湿重量ではイシビル科、ガガンボ科が大きかった。餌料重要度百分率( %IRI)の解析結果では、いずれの地区でもホトケドジョウの体長が 50 mm未満の階級においてユスリカ科が最大であった。 50 mm以上 60 mm未満の階級では、それ未満の体長階級よりもユスリカ科の %IRIが低く、イシビル科やカクツツトビケラ科、ガガンボ科などの比較的湿重量の大きいものが高かった。また、ホトケドジョウの標準体長と餌生物の最大湿重量の間には弱い正の相関が認められた。季節ごとの餌生物の %IRIは、地区 Bの 6月を除いて、両地区のいずれの季節においても、ユスリカ科が最大であり、冬季のユスリカ科の %IRIが他の季節よりも高かった。本研究では餌となる底生無脊椎動物等の現存量を定量化しなかったものの、ホトケドジョウが四季を通じてユスリカ類を利用すること、特に冬季には本分類群に強く依存する傾向が示唆された。本研究の結果、ホトケドジョウの保全を図る上で仔魚・稚魚期および冬季の主な餌資源であるユスリカ類が多く生息し、イシビル科やガガンボ科等の比較的大型の水生無脊椎動物を含む多様な底生生物が生息可能な環境の保全が重要であることが示された。
著者
黒田 有寿茂 中濵 直之 早坂 大亮 玉置 雅紀 花井 隆晃
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2214, (Released:2023-04-30)
参考文献数
60

スパルティナ・アルテルニフロラ(Spartina alterniflora Loisel.)は北アメリカの大西洋岸およびメキシコ湾岸原産の干潟や河口の塩性湿地に生育するイネ科多年生草本である。本種は干潟の陸地化や沿岸域の保護を目的とした意図的な導入、また非意図的な移入・逸出によって世界各地に分布を広げており、定着地に大規模な密生群落を形成することで在来の生態系や産業に大きな影響を及ぼしている。日本国内において、本種は 2008 年に愛知県豊橋市の梅田川河口で初めて確認され、その後 2010 年に熊本県で確認された。スパルティナ・アルテルニフロラのもつ干潟生態系への脅威から、2014 年には本種を含むスパルティナ属全種が特定外来生物に指定された。本稿ではスパルティナ・アルテルニフロラの形態的・生態的な特徴と、2020 年に山口県下関市で新たに確認された本種の侵入状況ならびに駆除の現状についてとりまとめた。
著者
山口 正樹 杉阪 次郎 工藤 洋
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.111-119, 2010-05-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
21

アブラナ科の越年生草本タチスズシロソウArabidopsis kamchatica subsp.kawasakianaは環境省のレッドリストに絶滅危惧IB類として記載されている。生育地が減少しており、その多くが数百株以下の小さな個体群である。著者らは、2006年春に、琵琶湖東岸において3万株以上からなるタチスズシロソウの大群落が成立していることを発見した。この場所では2004年から毎年夏期にビーチバレーボール大会が行われており、砂浜が耕起されるようになった。この場所の群落は埋土種子から出現したものと考えられ、耕起により種子が地表に移動したことと、競合する多年草が排除されたごとが群落の出現を促した可能性があった。2006年には、この群落を保全するため、ビーチバレーボール大会関係者の協力のもと、位置と時期を調整して耕起を行った。その結果、3年連続で耕起した場所、2年連続で耕起後に1年間耕起しなかった場所、全く耕起しなかった場所、初めて耕起し左場所を設けることができた。この耕起履歴の差を利用し、翌2007年に個体密度と面積あたりの果実生産数を調査することで、タチスズシロソウ群落の成立と維持に重要な要因を推定した。2006年に初めて耕起した場所では、耕起しなかった場所に比べて、翌年の個体密度、面積当たりの果実生産ともに高くなった。2年連続耕起後に1年間耕起を休んだ場所では、3年連続で耕起した場所に比べて、翌年の個体数は増えたが果実生産数は増加しなかった。また、結実期間中(6月)に耕起した場所では、結実終了後に耕起した場所に比べて、翌年の個体密度と果実生産数が低下した。これらのことから、秋から春にかけてのタチスズシロソウの生育期間中には耕起を行わないことと、結実後に耕起を行うことがタチスズシロソウ個体群の保全に有効であると結論した。このことは、ビーチバレーボール大会のための耕起を適切な時期に行うことにより、砂浜の利用と絶滅危惧植物の保全とが両立可能であることを示している。