著者
宝月 理恵
出版者
日本保健医療社会学会
雑誌
保健医療社会学論集 (ISSN:13430203)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.85-95, 2012

本稿の目的は、戦後日本における歯科衛生士の専門職化運動を、医療専門職システムにおける専門職プロジェクトとして把握し、その変容過程と特徴を明らかにすることにある。歯科衛生士団体の機関誌、歯科学雑誌、国会会議録、および歯科衛生士を対象としたインタビュー調査記録の分析から、歯科衛生士と業務の協働・分業を行う歯科医師、歯科技工士、(准)看護婦、歯科助手の支配管轄権をめぐる境界線の変容過程を詳細に検討した。その結果、専門職間の縦のヒエラルキーのみならず、縦横の競合関係が歯科衛生士の専門職化プロジェクトの方向性を決定するとともに、国家政策やジェンダー関係といった外的要因が日本における歯科衛生士の専門職化の道程を規定してきたことが明らかになった。
著者
市野川 容孝
出版者
日本保健医療社会学会
雑誌
保健医療社会学論集 (ISSN:13430203)
巻号頁・発行日
vol.12, no.2, pp.32-38, 2001
被引用文献数
1

不妊治療をめぐる議論は、例えば「代理母を認めるか否か」、「卵や受精卵の提供を認めるか否か」といったものに集中しがちだが、日本の不妊治療については、より根本的な問題、すなわち不妊治療にたずさわる医療者が各々、互いに大きく異なる方針の下、非常に異なる「治療」を実施しているという問題がある。本稿では、この医療における「アノミー」とでも言うべき状況を、不妊治療経験者、および不妊治療を手がける医療者、双方からのヒアリングによって具体的に明らかにする。加えて、こうした「アノミー」が日本の不妊治療において発生する社会的ないし制度的な要因を、イギリスおよびドイツとの比較を通じて明らかにする。
著者
佐藤 伊織 戸村 ひかり 藤村 一美 清水 準一 清水 陽一 竹内 文乃 山崎 喜比古
出版者
日本保健医療社会学会
雑誌
保健医療社会学論集 (ISSN:13430203)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.39-49, 2004

我々は、不妊治療と出生前診断について、一般市民の知識・信念・態度を、自記式調査票により調査した。東京都N区の住民基本台帳から30代〜50代の者179名を無作為抽出し、そのうち住所の明らかな169名を対象とし、99の有効回答を得た。各調査項目と属性間、一部項目間の二変量の関係についてPearsonのx2検定を行った。不妊治療の知識やそれへの態度については、男女に明確な差は認められなかった。しかし、女性の方が不妊治療をよりシビアにとらえる傾向が見られた。市民の中には、不妊を夫婦双方の問題として取り組む姿勢も見られ、これからは実際に男性からも積極的に不妊治療に参加できる環境を整えることが望まれる。出生前診断や中絶に関する態度は、その人の年代・子どもの有無によって違いが見られた。出生前診断が必ずしも優生思想や障害者差別に結びつくものではないという点について特に、認識の普及が必要である。
著者
三上 亮
出版者
日本保健医療社会学会
雑誌
保健医療社会学論集 (ISSN:13430203)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.85-95, 2021-07-31 (Released:2022-07-31)
参考文献数
47

本研究では、理学療法士の資格制度形成過程における、政策推進の背景や、アクター間の相互作用を記述し、そのプロセスが専門職化にどう影響したかを考察した。大正年代、リハビリテーションの理念を持った整形外科医によって初めて資格制度案が形成されたが、政策課題として浮上しないまま沈下した。その後、戦時下の戦傷病者対策や、占領期の米国式福祉政策がこの理念と結合することで、リハビリテーション専門職の必要性が認識される土壌ができ、再び資格制度案が浮上した。しかし、政策案の浮上は同時に、既得権者やその隣接職種、内科系医師、視覚障害者などの参入を招き、それぞれが贔屓の政策課題をこの資格制度案と結合させることで解決を図った。その結果、資格制度案に内在していた理念は変質し、整形外科医が望んだ高度な教育や役割への関心が低下した。このことは、理学療法士の専門職化に少なからず影響を与えていると考えられる。
著者
由井 秀樹
出版者
日本保健医療社会学会
雑誌
保健医療社会学論集 (ISSN:13430203)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.40-50, 2020-07-31 (Released:2021-08-06)
参考文献数
48

都市部において、低所得層向けに設立された施設を中心に、1920年代から医療施設出産が普及しはじめていたことが近年の研究で明らかになってきた。本稿では、この議論を精緻化させるため、行政の社会調査を主な素材に、1920–30年代の東京市における①低所得層の利用できた施設の分布状況、②低所得層のなかでも生活のより厳しい人々が施設の利用をためらった要因を検討した。結果、以下が明らかになった。①施設は市の中心部に集中していた。②減額されていたとしても、利用料の負担が重く、利用手続きが手間であったことなどが、低所得層のなかでも生活の厳しい妊婦に施設の利用をためらわせていた。彼女たちは、修練のため低価格で出産介助を行う資格取得後間もない産婆を利用することがあったが、低所得の施設利用者は、専門職養成や医学研究のための学用患者でもありえたことを考慮すれば、学用患者の階層化が生じていたといえる。
著者
篠宮 紗和子
出版者
日本保健医療社会学会
雑誌
保健医療社会学論集 (ISSN:13430203)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.51-61, 2020-07-31 (Released:2021-08-06)
参考文献数
46

本研究の目的は、自閉症の脳機能障害説という医学理論が日本の教育制度に採用されたプロセスを明らかにすることである。2000年代に自閉症が脳機能障害として制度上に位置づけられたことを契機に、自閉症が脳の障害であることが多くの人に知られ始めた。これを受けて、社会学では問題行動や自己に関する語りにおける自閉症の脳機能障害説の役割が分析されてきたが、制度面の研究は少数であり、教育制度に脳機能障害説が持ち込まれた背景は未検討である。本研究では資料調査を通じて、医学では1970年代に脳機能障害説が定説化したが、制度上は医学的な正確さよりも教育機会確保のために自閉症を心因性の「情緒障害」の枠内で扱ったこと、2000年代に入ると障害児教育制度改革において障害の「特性」に応じた教育が目指され、把握すべき「特性」は障害の原因によって異なるという考えから自閉症が脳の障害として位置づけ直されたことを明らかにした。
著者
中山 和弘 朝倉 隆司 宗像 恒次 園田 恭一
出版者
日本保健医療社会学会
雑誌
保健医療社会学論集 (ISSN:13430203)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.50-61, 1990 (Released:2020-03-31)
参考文献数
23
被引用文献数
2

The analyses presented here examine relationships between the use of alternative medicine and health practices as an attitude to health. The sample is individuals aged 20 and older living in Tokyo. Multivariate analyses show that there are two attitudes to the use of alternative medicine and health practices. One is the choice of both alternative medicine and health practice except time of sleep and living a regular life, the other is the choice of either traditional medicine or health practices. Though they don’t almost related with age, education and health status, they associate with sex, the saliency of health, and the consciousness of relationship between body and mind which is a major concept of holistic health.
著者
増山 ゆかり
出版者
日本保健医療社会学会
雑誌
保健医療社会学論集 (ISSN:13430203)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.12-17, 2017-01-31 (Released:2018-07-31)

1957年にドイツでサリドマイド剤を含む医薬品が開発され、副作用がない夢の新薬と持てはやされ翌年の1958年には日本でも医薬品として承認されました。この医薬品の副作用によって、多くの人々の命が奪われた事件が「薬害サリドマイド事件」です。多くの消費者は、企業が示す安全性や有効性のエビデンスに国が保証し、それを製品化したのだから偽薬でも飲まされない限り、重篤な副作用は起きないと思っているのではないでしょうか。しかし、承認時におこなう治験や臨床試験だけで、すべての副作用を把握できるわけではありません。実際には、市場に出て初めて医薬品という商品は価値を問われるのです。何が起きたのか知る間もなく亡くなった人や、何の落ち度もない人が自分のせいだと苦しむ無念さは、今もこの国の何処かで哀しみを湛えているでしょう。副作用に科学的根拠を求めれば、被害の蓄積を待つということしかないのです。被害が何をもたらしたのか知り、それを教訓にする責任が社会にはあると思います。
著者
花井 十伍
出版者
日本保健医療社会学会
雑誌
保健医療社会学論集 (ISSN:13430203)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.1-7, 2017-01-31 (Released:2018-07-31)

本稿では、輸入血液製剤による血友病患者等のHIV感染事件(薬害エイズ)の被害者であるという立場から、薬害エイズと呼んでいる一連の現象を概括するとともに、薬害という社会現象の多様性にも言及する。被害者が薬害の教訓を活かして欲しいと祈念するとき、それは制度的問題だけではなく、被害者が生きてきた経験そのものを知り、行動して欲しいという願いを含意するのである。
著者
齊尾 武郎
出版者
日本保健医療社会学会
雑誌
保健医療社会学論集 (ISSN:13430203)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.36-43, 2018-01-31 (Released:2019-02-26)

1990年代後半から2000年代にかけてEBM(根拠に基づく医療)がわが国の医学界を席巻した。これは「多数の患者に対する客観的な臨床的医学データ(エビデンス)を集積し、個別の患者の治療のために用いよう」という医療改革運動・思潮・医学的方法論であり、従来の人体機械論的医学に一石を投じるものとして、「医学的なパラダイムシフト」であると盛んに喧伝された。しかし、EBMは現代科学論的にはパラダイムシフトではなく、科学的医学の範疇のものである。初期のEBMには原理的な弱点があり、わが国の医学界でEBMへの関心が高まり、さまざまな思惑が噴出するにつれ、EBMはその気高い理念とは逆の混乱した状況に陥っていき、ついにはごく短期間でEBMは終焉を迎えた。本稿では、わが国のEBMの歴史を概観し、EBMの輸入にまつわる諸問題を検討した。
著者
田代 志門
出版者
日本保健医療社会学会
雑誌
保健医療社会学論集 (ISSN:13430203)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.21-30, 2016-01-31 (Released:2017-08-30)
参考文献数
23

本稿では、現代的な死にゆく過程の成立をある医師の個人史と重ねて整理し、それが以下の3段階から形成されていることを明らかにした。まず、病院での死が当たり前となり、死にゆく過程が医療の管理下に置かれるようになること。次にその過程で「一分一秒でも長く生かす」ことの正しさが疑われるような局面が表面化すること。最後にこうした難しい局面においては、本人が死の近いことを知ったうえで、主体的に「生き方」を選択するという規範が支持されるようになること。これにより、「自分の死が近いことを認識している人間が残された生をどう生きるべきか思い悩む」という実存的問題が「発見」され、それが医療スタッフの経験する困難にも質的変化をもたらした。以上の変化を受けて、医療社会学には専門家による「生き方の道徳化」を批判的に検討しつつも、現代的な死にゆく人役割の困難さの内実に迫る研究に取り組むことが求められている。
著者
細田 満和子
出版者
日本保健医療社会学会
雑誌
保健医療社会学論集 (ISSN:13430203)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.64-73, 2010
被引用文献数
1

本稿は健康に関する社会運動という視座を援用しつつ、日本におけるリハビリ診療報酬削減政策撤廃をめぐる社会運動を事例に、人々の運動による保健医療の改革の可能性を論じるものである。健康に関する社会運動は、近年ブラウンらによって提唱された概念で、医療社会学と社会運動論のギャップを埋め、市民の健康に関する運動による社会変革の可能性を示すものと把握できる。日本では全ての国民は公的医療保険に加入し、診療報酬によって規定された医療ケアを受けることができるが、2006年4月厚生労働省は、公的保険によってカバーされるリハビリテーション医療の日数の上限を原則180日と制限した。これに対して患者や医療関係者から大きな反発の声が上がり、それは全国的な運動となり、行政に再改定させる展開となった。本稿ではこの運動の過程を概観し、一定の成果を挙げた要因を分析し、そうした運動が医療改革に反映されるような医療ガバナンスの可能性を検討する。
著者
中村 和生 浦野 茂 水川 喜文
出版者
日本保健医療社会学会
雑誌
保健医療社会学論集 (ISSN:13430203)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.65-75, 2018-01-31 (Released:2019-02-26)
参考文献数
16
被引用文献数
1

本稿は、当事者研究、すなわち日常生活を送っていくにあたり何らかの苦労や困難を持つ人々による自分たち自身を対象とした共同研究(我々のデータでは、精神障害を持つ人々のグループセッション)という実践を主題とする。そして、このグループセッションという相互行為において、ある者が当事者をする中でファシリテーターを担っていることに注目し、このことの意義ならびに、そのような担い手によるいくつかのやり方を解明することを目的とする。ときに、この担い手はファシリテーターから離れた参加者としてもふるまうが、これがいかにして可能であり、また、その可能性の下でどのように首尾よく成し遂げられているのかを検討し、プレセッションにおいてすべての参加者が行う、自己病名の語りを通した自己紹介によって当事者としての共成員性が確立することを見いだす。また、このファシリテーターはどのように発言の順番をデザインしているのかを分析し、ファシリテーターはほぼすべての順番を自己選択で取り、またしばしば次話者選択をする一方で、次話者選択しない場合にも、状況に応じた適切な指し手を繰り出していることを見いだす。
著者
八巻 知香子 山崎 喜比古
出版者
日本保健医療社会学会
雑誌
保健医療社会学論集 (ISSN:13430203)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.13-25, 2008-08-08 (Released:2016-11-16)

今日でも依然として障害者差別や障害者を劣位におく価値観があることは国内外で繰り返し指摘されているが、これらのテーマを扱う研究の多くが、受け手である障害者個人への負の影響という観点からのみの測定が大半を占め、価値観自体の議論や把握はなされてこなかった。本研究は、障害のある人が感じている「障害者への社会のまなざし」それ自体について把握する手法について提案し、是正が望まれている「社会のまなざし」の特徴を明らかにした。結果から、障害者が感じ取る「障害者への社会のまなざし」は、否定的な要素についても、肯定的な要素についても存在を感じている人は非常に多く、否定的な要素については是正を、肯定的な要素については広がりを望んでいた。「障害者への社会のまなざし」の肯定的評価傾向は、対人的な被差別経験および移動・情報入手の不便による日常の不快な経験の多寡と強く関連しており、日常生活の実感に基づくものと考えられた。
著者
黒嶋 智美
出版者
日本保健医療社会学会
雑誌
保健医療社会学論集 (ISSN:13430203)
巻号頁・発行日
vol.31, no.2, pp.67-77, 2021-01-31 (Released:2022-01-31)
参考文献数
18

本論文は、医師が診療において医療記録を「読み上げ」たり「読」んだり「見」たりすることで組織される様々な実践の組織のされ方を分析する。視線の向きや身体の向きなど医師の身体的振る舞いの諸特徴は、医療記録を「読」んだり「見」たりすることで産出される行為を構成する重要な資源である。本論文では医師と患者が医療記録を資源として参照しながら、どのように適切なタイミングで発話をデザインしているのかに着目することで、医療記録が患者についての記録であるという明白な事実は参与者たちにとってどのようなことを意味するのかを実践の分析をもとに明らかにしていく。
著者
由井 秀樹
出版者
日本保健医療社会学会
雑誌
保健医療社会学論集 (ISSN:13430203)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.43-53, 2016-01-31 (Released:2017-08-30)
参考文献数
34

出産の医療化は戦後の現象として語られる傾向にあったが、都市部においては戦前、戦中期の段階からある程度医療施設出産が普及していたことも明らかにされつつある。しかし、従来の研究では戦前、戦中期の医療施設出産は十分な根拠をもって論じられてこなかった。本稿では、東京府の著名助産取扱医療施設に注目し、その運営状況を、戦中期に行われた助産取扱医療施設に関する調査や施設史などから検証し、戦前・戦中期東京府でどのような医療施設でどの程度出産が行われていたか検討した。その結果、1930年代中盤から40年代初頭にかけての東京府では、産婦人科取扱施設自体は多数存在していたにも関わらず、大部分の医療施設出産は一部の低所得者向けに設立された助産取扱医療施設において行われていたことが示された。したがって、この時期の東京府の医療施設出産は集約型と特徴付けられる。
著者
高山 智子 八巻 知香子
出版者
日本保健医療社会学会
雑誌
保健医療社会学論集 (ISSN:13430203)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.39-50, 2016-07-31 (Released:2018-01-31)
参考文献数
20
被引用文献数
1

患者自らが健康や医療に関する情報を探し活用する力は、今後ますます重要となり、近年増加するインターネットやソーシャルメディアなどの新しいメディアを介した情報による第二次の情報格差も懸念される。本研究では、健康関連の情報を得るときに、人々がさまざまな情報媒体をどのように活用しているのか、情報入手経路の特徴、人々の背景要因による情報入手経路の活用の仕方を検討し、特にインターネットを介した情報提供方法の今後のあり方の示唆を得ることを目的として検討を行った。その結果、調査協力者の3/4以上が、自分もしくは家族や周囲でがんの経験を持ち、健康あるいはがん関連の情報入手経路は、性別、年齢、教育背景、職業により異なる特徴を示した。今後はこれらの異なる背景要因を手がかりとした情報格差を是正する具体的な介入方法や実際に活用できるアプローチを検討し、情報を探し、活用できる力につながるようにしていくことが必要である。