著者
張 可勝
出版者
北海道大学文学研究科
雑誌
北海道大学大学院文学研究科研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
no.18, pp.1-15, 2018

『うつほ物語』の俊蔭は、「天の掟ありて、天の下に、琴弾きて族立つべき人」としてその生が定められている。では,秘琴一族の始祖として現世世界(天の下)において弾琴を通じてどのような役割を果たさなければならないのか。そのような視点に立てば,帝や東宮に献琴し,御前で天変地異を引き起こすまで弾琴を披露するのは,一族の確立に向って手順を踏まえて取った行動として読むことが可能になる。そして、自身の職務を「学士」から「琴の師」へと転換させる王命を拒否したのは,「琴の師」として出仕し,朝廷で琴を伝授することとなれば,一族の確立が阻まれかねないという思惑がその背後にあるからであると考えられる。「学び仕うまつる勇みはなし。みさいの罪にはあたるとも,この琴は学び仕うまつらじ」という拒否の念を押した台詞に注目すると,琴の伝授を出仕とかかわらせるという帝の判断自体が否定されている。加えて,「みさいの罪」は「無礼の罪」や「未来の罪」などと解釈されているが,「流罪(るさい)の罪」の誤りであるとする考えを提出した。「天の掟」に従って琴の伝授を行うためなら,築いてきた官途を捨てるのも惜しまないという俊蔭の強固たる意志が表明されている,と読み取れる。その後,俊蔭は三条京極邸に籠もって娘に秘琴を伝授した。外部とのつながりを断ち切って行う方針によって秘琴伝授の非公開の原則が確立された。また,天女の啓示を継承しながら秘琴行使の機宜を遺言という形で規定することによって,秘琴は現世世界では存在そのものが秘匿されなければならないものの,必ず掻き鳴らされるという秘琴行使の公開の論理も示されている。そこに内在する公開と非公開との相克から,秘琴を行使することによって天地を感応させ現世利益を得るという志向性が設定されているのも見過ごしてはならない。さらに,御前での弾琴が引き起こした天変地異の典拠として師曠と師文弾琴の故事を用いていることから、天地を感応させうるという天(地)・楽・人三者の相互関係の構図もその弾琴によって明示されている。このように、現世世界において琴にまつわる一族のあり方は俊蔭によって規定されているのである。
著者
周 菲菲
出版者
北海道大学大学院文学研究科
雑誌
北海道大学大学院文学研究科研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
no.13, pp.111-135, 2013

この論文は,観光研究におけるアクター・ネットワーク論的なアプローチ の必然性と可能性を探求する。まず,従来の観光研究における全体論的な視 点の欠如とモノについての考察の不足といった問題点を指摘する。観光地対 観光者という二分法や,イメージ論のような表象分析の枠では,観光実践の 複雑性を十分に研究することができない。ここで,関係の生成変化に注目し, 人やモノ等の断片的な諸要素を,諸関係を構成する対称的なアクターと見て, それらのアクターが織り成すネットワークの動態の過程を把握するアク ター・ネットワーク論に注目する。そして,観光におけるモノの物質性と場 所の多元性の存在を論証し,観光者のような特定のアクターが観光ネット ワークの中で他のアクター(地域イメージ,モノ等)を翻訳し,自らの実践 に導く様相を,先行研究に基づいてまとめる。さらに,中国人の北海道観光 を例として,アクター・ネットワーク論に基づき,個的実践の共有化の過程 と,地域イメージのブラックボックス化の過程をまとめた。最後に,観光研 究へのアクター・ネットワーク論的アプローチを,地域の複数性を提示する 研究として提示してみた。
著者
井川 重乃
出版者
北海道大学大学院文学研究科
雑誌
北海道大学大学院文学研究科研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
no.12, pp.17-33, 2012

本稿では「フラクタル」三部作と称される北野武監督作品『TAKESHIS'』(二〇〇五年)、『監督・ばんざい!』(二〇〇七年)、『アキレスと亀』(二〇〇八年)を取り上げる。本三部作は映画制作、映画監督とは何かという北野武の自己言及的な側面が強く出た映画だろう。三作に共通したこれらの問題を確認し、北野武映画の系譜にどのような意味を持つのかを考察していく。その手段として監督と主演を兼任するビートたけし/北野武の身体に着目する。『TAKESHIS'』『監督・ばんざい!』で「自写」が映し出されるとき、それらは自傷的かつ「死」のイメージを持つ。それを「自写のマゾヒズム」と定義する。また『アキレスと亀』では、「自写」とともに映画内で使用される絵画、主に自画像が同じく「自写」として同様のイメージと、さらに狂気を展開するものとして検討したい。映画ではビートたけし/北野武を<合わせ鏡>で映し出し、あるいは人形化することで、身体を<像>として増殖させていく。「フラクタル」構造のように、あるいは循環小数にあらわれる循環節のように無限可能性を前提として<像> は無限に増殖している。このような<像>の一部分が、映画全体を示している構造を<換喩的>なイメージの羅列と言い換えることができるだろう。例えるなら『TAKESHIS'』の宣伝ポスターのような、一つ一つの顔が集まってビートたけしの顔を作るコラージュのようでもある。この<換喩的>なイメージは「フラクタル」=無限に繰返されていたが、三作目『アキレスと亀』において、その無限可能性の否定が描かれている。『アキレスと亀』のラストシーンで「アキレスは亀に追いついた」とテロップが表示されるとき、ゼノンのパラドクスの解消と共に、その理論の根底でもある無限可能性も否定されているのではないか。ビートたけし/北野武の身体を用いた<像>の<換喩的>なイメージは、無限増殖を止める。「自写のマゾヒズム」とその狂気の終焉を、北野武映画の転換点として評価したい。
著者
アルトゥン ウグル
出版者
北海道大学大学院文学研究科
雑誌
北海道大学大学院文学研究科研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
no.12, pp.67-84, 2012

日本は19世紀後半の開国以後,資本主義社会の一部となっていく過程において,活発な情報収集活動が行われた。その一つとして当時のオスマン帝国を訪れた記録も残されている。彼らが当時書いた自身の日記や紀行,新聞記事,そして手紙でのやり取り等は今も数多く現存しており,これらが日本におけるトルコに関する知識の基盤となったと推測される。よって,これらの資料は日本とトルコの関係を検討する上で重要になると考えられる。1911年にイスタンブールに留学に来た小林哲之助はトルコの政治的,軍事的,外交上の事情を新聞や外務省にレポートを送るなどの形で伝え,日本に於いてトルコに関する情報を創造する先行者の一人であった。小林が集めた情報は当時のトルコの事情をあらゆる場面で取り上げる上でかなり重要だと思われる。外務省職員であった小林哲之助は,本国より奨学金を得てトルコに留学した。彼は留学生という身分ながら,トルコ国内でその周辺諸国である東ヨーロッパやバルカン半島の事情をレポートし,これらの情報は大阪朝日新聞の鳥居素川と連絡を密にとりあった。鳥居素川の協力の下それらの情報を「ガラタ塔より」という書籍にてまとめている。その中には,小林哲之助がトルコに留学している間に勃発した伊土戦争,バルカン戦争や第一次世界大戦についての内容が詳細に記されており,当時の東ヨーロッパやバルカン半島の様子を知る為にも貴重な資料だと言える。本論文は二章で成り立てて,第一章では第一次世界大戦の前の日本とトルコの陥った状況や国際社会での一付けを考察する。こうやって歴史的背景を構成しながら両国の世界システムにどのような影響を与えて,どういった役割を果たしているかは論じる。また,第二章では小林のトルコに関する観察を取り上げるとともに伊土戦争から第一次世界大戦に至たるまでの時期を検討する。小林が書き残した書籍「ガラタ塔より」,外務省のレポートや論文等を基に日本の外交官が見るトルコのイメージと,このイメージの伝え方や伝達手段,トルコに於ける小林の情報ネットワークに触れながら,小林の活動の目的や,日本のトルコ観に与えた影響を取り上げる。
著者
袁 嘉孜
出版者
北海道大学文学研究科
雑誌
北海道大学大学院文学研究科研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
no.18, pp.31-50, 2018

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』では,見てわかるように,「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」という二つのタイトルの物語が並行して展開されている。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』をはじめ,それ以降の村上春樹の小説には,「パラレル・ワールド」構造が著しいと言われている。ところが,「世界の終り」世界と「ハードボイルド・ワンダーランド」世界は,「パラレル・ワールド」ではなく,「異世界」であると主張する。 「ハードボイルド・ワンダーランド」世界では,「私」と「孫娘」の二人が車に乗って,〈地上空間〉を走ったら博士のオフィスに着く。そして、地下にある〈研究室〉,すわなち〈内部〉に到達し,さらに地下の方に潜んでいる〈やみくろたちの聖域〉も含む〈内部の内部〉へ下りて行くのである。こうして考えれば,「ハードボイルド・ワンダーランド」世界における複数の空間は入れ子構造になっている。入れ子構造となっている「ハードボイルド・ワンダーランド」世界において垂直的な位相が顕著なのに対して,「世界の終り」世界「世界の終り」世界は,「ハードボイルド・ワンダーランド」世界の「再生」として開いた空間として、何かの欠落が生じたためにより平面的構造となっている。もしそれが真であれば,この意味で,「世界の終り」世界における「影」の〈脱出〉にも,何かの欠落が生じたために果たされないとしか考えられない。 本研究は,時間の視点に着眼し,第三回路の起動によって始まる二つの物語の関わりを考察したうえで,「私」と「僕」の行動や移動によって広がっていく二つの世界の空間構成を明らかにする。それに加えて,第三回路の人工性に着眼し,「私」の成長物語としてではなく,村上春樹の長編小説における個とシステムの対置を元に,本作について再考する。
著者
桒原 彩
出版者
北海道大学文学研究科
雑誌
北海道大学大学院文学研究科研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
no.18, pp.125-139, 2018

2014年全米公開のティム・バートン監督作品通算19作目にあたる『ビッグ・アイズ』は,実際に起ったゴーストペインター事件を基にした物語である。ゴーストペインターである妻(マーガレット)の表象は,実際のところその夫(ウォルター)と対となって,バートン作品の大きな主題である「疎外」をかつてなく形式的に分断された2つの方向から描き出している。本稿は『ビッグ・アイズ』における疎外を二者の立場それぞれに分析し,物語や演出の詳細な作品分析を踏まえ,まなざし論を経由し,ティム・バートンの作家性を「疎外」とそこから希求される「身体」というキーワードをもちいて考察していく。これまでティム・バートンの作家性は社会におけるアウトサイダー的表象のなかにその多くが見出されており,本稿もその流れを汲むものであるのは言を俟たない。しかし,まなざしを改めて映画の装置として分析に組み込むとき,それは社会と個,表象と身体を結ぶ媒介として,バートンの主題である「疎外」をより明確に浮き彫りにしていく。 本稿において,二者の疎外の分析を通じて見いだされるのは身体と表象の対立である。ゴーストペインターであるマーガレットが自身の表象/記号を社会的に奪われた身体だけの存在としてあるのに対し,ウォルターは身体をほとんどなきものとしてイメージの表面を漂う分裂的な表象/記号そのものである。しかしそれらの疎外は,BIG EYESがまなざしのアレゴリーとして働くとき,そのまなざしを原動力として,いずれも異なったかたちで身体を求めることとなる。
著者
齊田 春菜
出版者
北海道大学文学研究科
雑誌
研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.107-122, 2016-01-15

本稿は、円地文子の「少女小説」である「秋夕夢」の初出と初刊を比較・考察し、円地の「少女小説」の新たな一面を捉 えなおすものである。そして、その結果、円地の「少女小説」や戦後の「少女小説」について多少なりとも新たな知見を提 出することを試みるものでもある。 円地は、主に戦後直後から一九五〇年代前後に「少女小説」を数多く執筆していたという伝記的な事実がある。この「少 女小説」は、様々な理由からその中身を具体的に考察されたことはなく、論じる価値のないものとされてきた。そのため、 従来の研究では、円地の「少女小説」について、いまだに十分に論じられているとは言い難く、その全貌は、詳細に明らか にされてはいないのである。そこでまず、「円地文子少女小説目録ノート」を作成し、円地の「少女小説」作品を現段階にお いて詳細にまとめた。次に、『円地文子全集』に収録さ れていない「秋夕夢」の初出と初刊で削除された章の全貌とその直前 の両方の共通である章を引用し、内容を提示する。そこから、なぜ初出で描かれた物語が初刊において削除されたのかにつ いて考察を行った。削除された章は、その有無によって少女が成長すること/成長しないことという「秋夕夢」の解釈の多 様性を引き出す装置として浮かび上がることを明らかにした。つまり、「秋夕夢」の中で描かれる少女は、戦後の「少女小説」 研究で理解される少女のイメージとは、異なる少女像を持っている可能性があることを示唆したのである。 以上のように円地の「少女小説」は、一見既存の枠組みに回収されてしまうような側面を持ちながら、詳細に検討をして いくと多様な要素を多く含んでいる。このことは、他の円地の「少女小説」を検討していくことの可能性を秘めているので あり、円地のテクストのイメージの新たな解釈の補助線として期待することができるのである。
著者
モルナール レヴェンテ
出版者
北海道大学文学研究科
雑誌
北海道大学大学院文学研究科研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
no.17, pp.209-228, 2017

今村昌平は「テーマ監督」である。すなわち今村の作品群はその時期々々において特定のトピックや主題を軸に構成されていることを示す。主題におけるそういった反復は,監督自身によって「ねばり」と呼ばれた。その表現を借りれば,最初の「重喜劇」とみなされる『果しなき欲望』(1958年)以降,今村は売春・強姦・近親相姦という3つのテーマにねばっていた。作品ごとに重点の置き方は異なるが,1968年までの全ての娯楽映画(『にあんちゃん』を除き)において,いずれもその主題は3つのテーマのなかから少なくとも2つ以上は選び取られているといえる。1964年制作の『赤い殺意』は藤原審爾の東京を舞台に可愛い印象の女性が強姦されるという小説を原作にテーマのみを借りた,今村昌平ならではの映画作品である。強姦を主題に近親相姦的な要素も加えて物語の舞台を監督の憧れた地方,東北へもっていった。主人公の貞子は,仙台の郊外において農地を所有する高橋家の若妻である。強盗に犯されてしまったあと強くなってゆき,彼女をまるで女中のように扱いしていた姑との上下関係を逆転させ家の権力者に上昇する。本論文では社会学と作家の志向から離れて,いくつかの新しい観点を導入する上で作品そのものに絞って分析を行なう。変化する立場において彼女自身が如何に変貌し,どのような行動をとるかという二点をめぐって『赤い殺意』を考察する上で今村昌平が「重喜劇」と呼んだ60年代の作品群と関連付けて結論を述べる。
著者
姜 銓鎬
出版者
北海道大学大学院文学研究科
雑誌
北海道大学大学院文学研究科研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
no.13, pp.1-15, 2013

林芙美子(一九〇三〜一九五一)の『放浪記』は、一九三〇年に初版が発刊されて以来、一九三九年の改訂版を経て二〇一二年の復元版に至るまで、数多くの版本が存在する作品である。ところで、戦後の版本は、おおよそ改訂版を版本としており、最近発刊された版本の中では、初版を底本としているものが多い。つまり、数多くの『放浪記』の中で、この二種類の版本は一番重要な底本になっているのである。改造社から出た『放浪記』は、整理されていない野性味を持つ作品として認識されている。一方、新潮社から出た『放浪記|決定版|』(改訂版)は、構成的な部分において、一層整理された形態になっている。こういう特徴は、それぞれの版本を比較することで確認することができる。しかし、今までの『放浪記』研究は、作品の成立において出版社の変更ということを看過し、これについて論じる研究も登場していない。そこで本論では一九三〇年の改造社版『放浪記』及び一九三九年の新潮社版『放浪記|決定版|』を中心として、その成立過程をまとめながら、出版社の変更の原因と理由について考察しようとする。また、先行研究で改訂版を初版より低く評価する傾向に注目し、そのような批判意見について再考する。改訂版に対する批判意見として共通するのは、『放浪記』のステレオタイプ化した「ルンペン文学」というイメージを放棄していない点である。しかし、これこそ『放浪記』に対する批判を払拭しようとした芙美子の意思とは正反対の意見であり、改訂版の意義を完全に無視することになる。
著者
張 馨方
出版者
北海道大学文学研究科
雑誌
研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.83-94, 2017-11-29

『類聚名義抄』は日本平安時代に成立した部首分類の漢和字書であり,原撰本系と改編本系が存する。原撰本系には,図書寮本が唯一の伝本であり,引用の典拠を明記した漢和字書である。改編本系には,現在,高山寺本・観智院本・蓮成院本・西念寺本・宝菩提院本などが知られる。観智院本は唯一の完本であり,そのほか,高山寺本・蓮成院本・西念寺本・宝菩提院本はいずれも零本である。原撰本系に比べて,改編本系の諸本には漢字字体の増補という特徴が認められる。ただし,これまでの改編本系諸本についての研究では,漢字字体を主眼とした調査は成されていなかったといえる。『類聚名義抄』では漢字字体を「掲出されるもの」と「注文に含まれるもの」に分けることができる。本稿では,注文中の漢字字体の記載に注目し,原撰本系図書寮本と改編本系観智院本・蓮成院本とで対照可能な「法」帖の「水」「冫」「言」の三部を調査対象とし,改編本系の改編方針の解明を目指して,原撰本系図書寮本と改編本系観智院本・蓮成院本との記載を比較分析する。その検討の手順を具体的に述べると,まず,図書寮本・観智院本・蓮成院本の三本それぞれにおいて注文中の漢字字体の記載状況を調査し,次に,原撰本系図書寮本と改編本系観智院本・蓮成院本とを比較対照して注文中の漢字字体の記載について考察・分析する。
著者
大谷 伸治
出版者
北海道大学大学院文学研究科
雑誌
研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.1-16, 2011-12-26

本稿は、昭和戦前期に国民精神文化研究所で「日本政治学」の確立に従事した藤澤親雄の思想について論じるものである。 これまでの藤澤を取り上げた研究は、藤澤=独善的な日本主義者という固定観念が強いあまりに、藤澤の言説をいくつか 引用するだけで、自由を否定する単純な反近代・反動復古主義者と評価してきた。 しかし、藤澤は主観的には、個人の価値や民主主義等の西欧近代的なものを根本的に否定したことはなく、自由主義・個 人主義が果たした歴史的意義を認め、その良さを残しながら、危機を乗り越える新しい原理を日本の国体に見出し、それを体系化しようとしていた。また、それはすべてが日本主義的・民族主義的に論じられたわけではなく、西洋諸思想との関連を有しており、「道」「産霊」といった日本的・東洋的な用語を冠していながらも、その目的意識や内容は、彼が批判した矢部貞治の衆民政論と非常に類似していた。すなわち、藤澤と矢部のデモクラシーに対する見方は根本的に違ったが、自由主義・個人主義を克服し、あらゆる対立矛盾を統合する天皇を中心とした民族共同体の構築を目指すという構造的な面において、両者は一致していた。 したがって、藤澤の「日本政治学」は、単にファシズム体制を正当化するために唱えられたとするのは正確ではなく、当 時さかんに叫ばれた近代の危機に対する政治学的な処方箋の一つであり、彼の意図に反し、当時の日本における代表的な政治学者の一人である矢部貞治の西欧的なデモクラシー論と親和性をもつものであった。 また、藤澤が、天皇機関説のみならず、天皇主権説をも否定していたことや、天皇からの恩恵的な権利だとはいえ、「臣民に食を保証する権利」という生存権に類するような権利を認めるべきだと考えていたことも興味深い事実であった。 しかし一方で、天皇の権威に服することで日本人はすべて自由であり、天皇にまつろはぬ者には強制力を行使してもかま わないと、国体・天皇に対してあまりに盲目的であった点において、藤澤の「日本政治学」はやはり問題であった。
著者
井上 裕子
出版者
北海道大学大学院文学研究科
雑誌
北海道大学大学院文学研究科研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
no.10, pp.219-233, 2010

1945年から1949年の台湾を舞台にした映画『悲情城市』では,史実を伝える文字画面や筆談の文字,また複数の言語によるセリフ,手紙や日記体のナレーション,ラジオ放送の音声など,豊かな手法で物語が語られている。そしてこのすべて言語にかかわる手法は視覚による文字と聴覚による音声に分けることができ,映画のなかの文字と音声の言語はそれぞれ対称的に配置され,その機能と効果を果たし,物語内容を語っている。さらにこれらの言語は,物語とともに,台湾という空間における一時の歴史的時間をも語っていることが分かる。そして,この映画のその視覚的な文字と聴覚的な音声に着目し,それらを分析・考察して浮かび上がってくるのは,情報伝達における音声言語の未全であり,一方での文字言語の十全である。映画をみるに当たって,私たちは音声で映像を補うよりは字幕を頼りにする。音声情報に十分な注意を払わずに,視覚情報に重きを置く。これはやはり,映画における音声の映像への従属を示すのだろうか。しかし,『悲情城市』では聞こえる音声が情報伝達の未全を示す一方,聞こえない音声である「沈黙」がそれを補うように伝達の十全を表わしている。音声には多くの情報が隠されており,文字は映像に組み込まれることで,映像の力に勝るとも劣らない機能を発揮する。つまりそれは,音声と映像の豊かな統合であり,そこに映画の構造における映像と音声というものを考察する一つの機会ととらえることができる。この作品では,視覚の文字,聴覚の音声が映画の構造のなかでそれぞれ対等の機能と効果を果たし,映画のなかの物語と映画の背景と,そして媒体としての映画そのものを作り上げているのである。
著者
張 集歓
出版者
北海道大学文学研究科
雑誌
北海道大学大学院文学研究科研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
no.15, pp.19-34, 2015

本稿は,1930年代の中国華南地域において活動していた南京中央政府に対抗する政治派閥の西南派の政治姿勢を,対中央攻撃期,模索期,接近期の三つの異なる対立関係期に照合しながら,当該時期の地方政治人物及び中国政治の特質に対する検討を試みたものである。西南派の活動の軸となるものは,彼らがずっと掲げてきた「反日」「倒蒋」および「剿共」の三つの並行の政治主張であったが,政治主張は常に眼前の政治情勢に対応できるよう,シフトを繰り返されていた。対抗期の初期から中期において,彼らにとって蒋介石の南京中央政府の威圧こそが最大の敵であり,焦眉の急であったため,「抗日」の姿勢も,「抗日をしない」南京中央政府への攻撃の側面を持つことになる。その一例として,胡漢民に代表された西南派の日本の侵略に対する認識は,蒋介石と同等のものであり,同時代の中でも相当冷静で鋭い判断を下されていたのにもかかわらず,南京中央政府への対抗の基盤を強化するため,短い期間ではあったが,接近してきた日本側との「提携」が企図されていたことも確認できた。このように,当時の西南派及び西南政権は,必要となれば脅威の順位が下位にある敵とのある程度の「提携」も辞さない境地に置かれていたことの裏づけと言える。また,国内においては,西南派は初期から華北の軍事指導者らと連絡を取り合い,「華北の改造」を通じて反蒋運動を推し進めていた。同様の意図に基づいて,彼らは十九路軍が上海戦から撤退して福建に進駐すると,広東という人と地域のネットワークを駆使し,最大の反蒋連盟ともなり得る西南大連合の結成を推し進めていたが,同盟相手の福建の急進及び共産党提携に失望した彼らに,切り崩しを図る蒋介石は接近したのである。そして,数度にわたる蒋介石の譲歩と接近に対して,西南派は徐々に対抗姿勢は軟化していく。言い換えれば,彼らは,それまで情勢に応じて自らの政治主張をシフトさせてきたが,向かう方向は常に一定していた。それは,つまり中央政権への返り咲くことであった。
著者
崔 鉉鎭
出版者
北海道大学文学研究科
雑誌
研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.213-252, 2016-01-15

本稿では,韓国語一型アクセントにおけるアクセント単位の認定と特質を明らかにするための第一歩として,一型アクセントとして報告されているチョンヤン(青陽)方言を対象に考察を行う。当方言は言い切り形と接続形の相違があり,言い切り形はA パターンとBパターンに分かれる。A パターンは5音節以下で見られる音調型であり,Bパターンは一文節において6音節以上である上で,複数のアクセント単位に分かれた際に最終アクセント単位以外のアクセント単位に見られる音調である。A パターンと相補分布を成している。当方言のアクセント単位は高い音調が1音節目あるいは1音節目と2音節目にある場合を1つのアクセント単位とし,高い音調が3音節目以降に現れるものは複数のアクセント単位からなるものと認定する。そうすることにより,当方言の一型アクセントが体系的に捉えられる。アクセント単位の認定に関わる要素には文節の長さと形態素の切れ目がある。この2つの要素の適用範囲と順序には相違が見られ,文節の長さは一次的に関わる要素として品詞や文節内部の構成と関係なく,文節の長さが6音節以上になれば必ず関与する。形態素の切れ目は文節の長さにより,アクセント単位が複数に分かれてはじめて関わるため,二次的要素といえ,アクセント単位の切れ目の位置に関わる。アクセント単位が複数に分かれた際に,最終アクセント単位以外のものはBパターンで現れる。A パターンとは相補分布を成しているため,A パターンの異形態と解釈できる。
著者
喬旦 加布
出版者
北海道大学大学院文学研究科
雑誌
北海道大学大学院文学研究科研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
no.12, pp.103-136, 2012

チベット人地域のうち,本稿ではチベット高原東北のアムド
著者
池田 誠
出版者
北海道大学大学院文学研究科
雑誌
研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.17-36, 2011-12-26

本稿では、ジョン・ロールズの博士論文「倫理的知識の基盤の研究」(一九五〇)を考察し、若きロールズが『正義論』(1971/99 rev.ed.)の著者へと成長していく軌跡を辿る。そこで私は、ロールズの博士論文と、この博論の「ダイジェスト」とされる彼の翌一九五一年の処女論文「倫理学における決定手続きの概要」との間の共通点と相違点に焦点を当てる。 まず、第一の共通点として、両論文は法学や科学哲学における「議論の理論」を参考に、当時の倫理学における懐疑的風 潮への反論として理性的な倫理学的探求の可能性を擁護することを主題としている。また第二の共通点として、両論文のうちにはすでにのちに「反省的均衡」と呼ばれる反基礎づけ主義的な方法論が確立され展開されている。しかもそこでは、『正義論』にみられる功利主義と(多元的)直観主義に代わる新たな規範倫理学理論を立てることへの意欲も見られる。 一方、両論文の間の相違は三つある。第一の相違点は、ロールズが実際に自らの提示する理性的な倫理学的探求の実例を 素描してみせる際に解明と正当化の題材とする道徳判断の種類である。博士論文のロールズは「(i)よい性格に関する 道徳判断」の解明を図るが、「概要」論文の彼は「(ii)正しい・正義にかなう行為に関する道徳判断」の解明を試みている。これに伴い、第二の相違点として、それぞれの論文でロールズが提示する道徳判断の解明原理(道徳原理)も異なっている。第三の相違点として、博士論文では、「概要」論文には登場しない「形式的正当化」と「実質的正当化」という二種類の正当化方法が登場する。 この相違点にもとづき、私は、博士論文のロールズは早くも彼の倫理学方法論を確立する一方、その実例の提示である規 範倫理学理論においてはいまだ発展途上であり、以降、彼はより包括的な規範倫理学理論の確立をめざし、彼なりの「反照的均衡」のプロセスを幾度も重ねて「概要」『正義論』へと歩みを進めていったと主張する。
著者
趙 熠瑋
出版者
北海道大学文学研究科
雑誌
北海道大学大学院文学研究科研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
no.14, pp.37-53, 2014

「中庸」は本來『禮記』の一篇であったが、南宋の朱熹が『禮記』から「中庸」、「大學」を抽出して、『論語』や『孟子』と竝べて「四書」と指定している。「四書」をめぐって、朱子學的な解釋を施したのは『四書章句集注』である。朱子の『四書章句集注』は宋代以降の四書注釋書の中で最も權威のあるものとされている。江戸儒學の古學派の代表的學者である伊藤仁齋と荻生徂徠にそれぞれ「四書」の注釋書がされている。古學派の仁齋と徂徠は基本的に經書本來の意味を追求する立場から注釋を施し、朱子學を批判しているが、「四書」のうちに、中庸」の解釋、特に「鬼神」に關する解釋にはかなりの相違が見える。本稿では、朱熹「中庸章句」、伊藤仁齋『中庸發揮』、荻生徂徠『中庸解』を比較しながら、古學派の「鬼神論」を中心として、それぞれの異同點を檢證した。
著者
姜 銓鎬
出版者
北海道大学大学院文学研究科
雑誌
研究論集 = Research Journal of Graduate Students of Letters (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.1-15, 2013-12-20

林芙美子(一九〇三〜一九五一)の『放浪記』は、一九三〇年に初版が発刊されて以来、一九三九年の改訂版を経て二〇 一二年の復元版に至るまで、数多くの版本が存在する作品である。ところで、戦後の版本は、おおよそ改訂版を版本として おり、最近発刊された版本の中では、初版を底本としているものが多い。つまり、数多くの『放浪記』の中で、この二種類 の版本は一番重要な底本になっているのである。 改造社から出た『放浪記』は、整理されていない野性味を持つ作品として認識されている。一方、新潮社から出た『放浪 記|決定版|』(改訂版)は、構成的な部分において、一層整理された形態になっている。こういう特徴は、それぞれの版本 を比較することで確認することができる。 しかし、今までの『放浪記』研究は、作品の成立において出版社の変更ということを看過し、これについて論じる研究も 登場していない。そこで本論では一九三〇年の改造社版『放浪記』及び一九三九年の新潮社版『放浪記|決定版|』を中心 として、その成立過程をまとめながら、出版社の変更の原因と理由について考察しようとする。また、先行研究で改訂版を 初版より低く評価する傾向に注目し、そのような批判意見について再考する。改訂版に対する批判意見として共通するのは、 『放浪記』のステレオタイプ化した「ルンペン文学」というイメージを放棄していない点である。しかし、これこそ『放浪記』 に対する批判を払拭しようとした芙美子の意思とは正反対の意見であり、改訂版の意義を完全に無視することになる。
著者
池田 誠
出版者
北海道大学大学院文学研究科
雑誌
北海道大学大学院文学研究科研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
no.10, pp.21-33, 2010

本稿では、ジョン・ロールズの『正義論』における功利主義批判のキーワード「人格の区分の重視(taking the distinction between persons seriously)」について考察する。ロールズによれば、功利主義やそれが提案する道徳原理である功利原理は現実の人々の「人格の区分」を重視しない。この批判は、功利主義は全体の功利の最大化のためなら平等や公正な分配を無視した政策でさえ支持するという政策・制度レベルの批判ではない。むしろこれは、功利主義は功利原理の各人への「正当化」および正当化理由のあり方に対し無頓着であるという、道徳理論・方法論レベルの批判である。ロールズによれば、功利主義は人格を、「不偏の観察者」という想像上の管理者によって快い経験や満足を配分されるのを待つ単なる平等な「容器」のようなものとみなす。だがロールズによれば、われわれの常識道徳は、人格を、自らに影響を与える行為・制度に対し、自らの観点から納得の行く正当化理由の提示を請求する権利を持つものとみなしている。この各人の独自の観点や正当化理由への請求権を認めること、これこそが「人格の区分」を重視することにほかならない。以上の事柄を『正義論』での記述に即してまとめたのち、私は、アンソニー・ラディンによるこの批判の分析・論点整理(Laden 2004)に依拠し、ロールズ自身に向けられてきた「人格の区分の軽視」批判が、ロールズ正義論の全体を把握し損ね、近視眼的に眺めてしまうがゆえの誤りであることを示すとともに、ロールズの「人格の区分」批判の論点が功利主義の根底に潜む「非民主的」性格にあったことを明らかにする。その後、結論として、ラディンの分析に対する私なりの考えと異論を述べるとともに、ロールズ正義論が現代倫理学において持つ意義について触れたい。