著者
小川 正晃
出版者
医学書院
雑誌
BRAIN and NERVE-神経研究の進歩 (ISSN:18816096)
巻号頁・発行日
vol.69, no.11, pp.1241-1250, 2017-11-01

われわれは常に,さまざまな外的・内的状況に対し過去の学習記憶をもとに適切に行動する必要がある。この種の意思決定に重要なのが大脳連合野の前頭眼窩野(OFC)である。本論は,不確実な報酬の情報処理に関するOFC機能を例に,現在想定されているOFCの役割について概説する。さらにOFCを含む神経回路が状況特異的,かつタイミング特異的な意思決定に果たす因果的役割を解明する重要性,およびそのために必要な方法論について論じる。
著者
作田 学
出版者
医学書院
雑誌
BRAIN and NERVE-神経研究の進歩 (ISSN:18816096)
巻号頁・発行日
vol.65, no.12, pp.1544-1545, 2013-12-01

ヘイメイカー(Webb Edward Haymaker;1902-1984)は,米国の神経学者である。南カロライナ州のクレムゾン大学とチャールストン大学で学び,次いで南カロライナ医科大学から1928年にM.D.の学位を受けた。しかしながら,残念なことに現在の南カロライナ医科大学のウェブサイトにはヘイメイカーの足跡は残っていない。1934年にマギル大学教授のペンフィールド(Wilder Graves Penfield;1891-1976)が新たに創設したモントリオール神経学研究所にフェローとして招かれた。ここで1年を過ごし,マギル大学から修士号を得た。その後カリフォルニア大学のサンフランシスコ校とバークレイ校で6年間神経解剖学の教鞭を執った1)。第二次世界大戦が勃発したため1942年に陸軍中尉として,ワシントンD.C.の陸軍病理学研究所に勤務することとなった。その後20年間をここで過ごし,陸軍中佐にまで昇格した。 この間,今回紹介する末梢神経外傷についての書物を脳神経外科医のウッドホール(Barnes W. Woodhall;1905-1985)と共著で出版した2)。のちにデューク医科大学脳神経外科教授になったウッドホールは,多くの医師の協力を得て3,656例の神経損傷の回復過程について671頁ものモノグラフを出版している3)。
著者
北之園 寛子 白石 裕一 本村 政勝
出版者
医学書院
雑誌
BRAIN and NERVE-神経研究の進歩 (ISSN:18816096)
巻号頁・発行日
vol.70, no.4, pp.341-355, 2018-04-01

Lambert-Eaton筋無力症候群(LEMS)は,シナプス前終末からのアセチルコリンの放出障害により,四肢筋力低下,腱反射低下,および,自律神経障害を呈する神経筋接合部・自律神経の自己免疫疾患である。LEMS患者の半数以上が悪性腫瘍,主に小細胞肺癌(SCLC)を合併する傍腫瘍性症候群でもある。SCLCを含む神経内分泌腫瘍に対する腫瘍免疫で自己抗体が生じ,シナプス前終末の活性帯に局在するP/Q型カルシウムチャネルをdown-regulationさせることが,LEMSの病態機序と考察される。
著者
山田 正仁
出版者
医学書院
雑誌
BRAIN and NERVE-神経研究の進歩 (ISSN:18816096)
巻号頁・発行日
vol.70, no.5, pp.533-541, 2018-05-01

神経原線維変化型老年期認知症(SD-NFT)は海馬領域に多量の神経原線維変化(NFT)を有するが老人斑[アミロイドβ蛋白(Aβ)沈着]を欠く高齢者の認知症疾患である。近年,加齢に伴い内側側頭葉にNFTが出現するがAβ沈着を欠く状態を示す病理用語として原発性年齢関連タウオパチー(PART)が提案され,SD-NFTはPART病理の進展による認知症と考えられている。
著者
佐橋 健太郎 祖父江 元
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1471-1480, 2014-12-01

脊髄性筋萎縮症はSMN1遺伝子欠失により発症し,α運動ニューロン変性を伴い進行性に筋力低下をきたす,乳児死亡で最多の遺伝子疾患である。分子病態としてRNAスプライシング障害が主に提唱されている。アンチセンスオリゴヌクレオチドを用いたSMN2スプライシング是正治療を含むSMN蛋白発現回復が有望な治療とされ,一方,近年末梢組織における病態が明らかになり,治療標的臓器が見直されてきている。
著者
橋本 衛 池田 学
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.427-432, 2015-04-01

びまん性白質病変の精神症状を考察するうえで,皮質病変の影響を除外することは重要な問題である。特に高齢者ではアルツハイマー病(AD)を高頻度に合併するため,皮質下虚血性病変による症候と捉えていたものの中に皮質症状が混じっている可能性が十分ある。しかし,両者を厳密に分離することは困難であるので,本稿ではADと皮質下虚血性病変との相互作用,ADに皮質下病変を合併した際の臨床症候について考察する。虚血性白質病変やラクナ梗塞などの皮質下の小血管病変は,前頭葉を中心とした神経ネットワーク(前頭葉基底核視床回路)を障害し,高齢者においては認知機能低下,特に遂行機能障害を引き起こすことが報告されている。また,これらの病変がうつのリスクであることは繰り返し指摘されてきた。さらにこれらの皮質下虚血性病変がAD患者の妄想やせん妄などさまざまな精神症状のリスクとなる可能性も指摘されているが,研究は少なくそのメカニズムもいまだ不明な点が多い。
著者
本望 修
出版者
医学書院
雑誌
BRAIN and NERVE-神経研究の進歩 (ISSN:18816096)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.93-98, 2015-01-01

薬事法に基づき自己培養骨髄間葉系幹細胞を医薬品(細胞生物製剤)として実用化するべく,医師主導治験を実施している。これまで,前臨床試験(GLP試験)を完了し,GMP(good manufacturing practice)で細胞製剤(治験薬)を製造し,2013年3月より医師主導治験(第III相,二重盲検無作為化試験,検証的試験)を医薬品承認審査調和国際会議のgood clinical practice基準に基づいて実施中である。本稿では認知機能向上の可能性について言及する。
著者
平井 利明 福田 隆浩 鈴木 正彦 横地 正之 河村 満 後藤 淳 織茂 智之 藤ヶ﨑 純子
出版者
医学書院
雑誌
BRAIN and NERVE-神経研究の進歩 (ISSN:18816096)
巻号頁・発行日
vol.64, no.2, pp.201-208, 2012-02-01

症例提示 司会(鈴木) それでは,症例提示をお願いします。 主治医 (平井) この症例は,タイトルにあるように急性の精神病様症状で発症して,いろいろな鑑別を考えながら治療したのですが,完全に袋小路に入ってしまって,何がどうなって進んだのかもよくわからないまま亡くなられました。病理解剖の結果,まさかという結果が出てきまして,自分自身とても勉強になりました。
著者
永田 奈々恵 裏出 良博
出版者
医学書院
雑誌
BRAIN and NERVE-神経研究の進歩 (ISSN:18816096)
巻号頁・発行日
vol.64, no.6, pp.621-628, 2012-06-01

はじめに 睡眠の目的の1つはエネルギーの消耗を防ぎ,脳機能を回復させることである。睡眠不足になると,仕事の効率が上がらず,ケアレスミスも多くなる。またわれわれは,日常生活の中で,徹夜が続くと日々眠気が強くなることを経験する。この現象は,覚醒中に脳内に蓄積する眠気誘発物質の存在を示唆する。現在までに約30種類もの睡眠物質が同定されてきた。その中でも,プロスタグランジン(prostaglandin:PG)D2とアデノシンは内因性睡眠物質の最も有力な候補である1-4)。 PGD2は,1982年に京都大学の早石 修(現,大阪バイオサイエンス研究所理事長)の研究室において,脳で産生する主要なPGがPGD2であることが明らかになり,その中枢作用の探索の中で,PGD2の睡眠誘発作用が発見された5)。一方,アデノシンは,1970年代にイヌの脳室内へのアデノシンの投与が睡眠を誘発することや,カフェインがアデノシン受容体の拮抗薬として覚醒作用を示すことが証明され,睡眠物質として認められるようになった。 本稿では液性の内因性睡眠物質としてのPGD2とアデノシンについて解説する。
著者
高守 正治
出版者
医学書院
雑誌
BRAIN and NERVE-神経研究の進歩 (ISSN:18816096)
巻号頁・発行日
vol.63, no.7, pp.635-640, 2011-07-01

序 神経筋接合部の正常な情報伝達は,神経側のアセチルコリン(acetylcholine:ACh)包含シナプス小胞がdocking,primingのあと融合(開口)するactive zoneと,筋肉側の後シナプス膜上で神経側からの情報を有効に受容すべく群落を形成するアセチルコリン受容体(ACh receptor:AChR)が約50nmのシナプス間げきをはさんでいかに対応するか,その遺伝子制御と分子生物学的構造・機能の様態にかかっている1,2)。この接合部の臨床病態には免疫疾患としての前シナプス病のLambert-Eaton筋無力症候群(Lambert-Eaton myasthenic syndrome:LEMS)と後シナプス病の重症筋無力症(myasthenia gravis:MG),遺伝子疾患としての先天性筋無力症候群がある。 LEMSでは,神経終末P/Q型電位依存性カルシウムチャネル(そのlamininβ2との結合はactive zoneの前シナプス膜面固定に関与4))に対する抗体(特に分子構造上ドメインⅢ,Ⅳ S5~S6リンカー領域を認識,その人工抗原で動物モデル作出可能)が主役を演ずる5-8,10-12)。本病は肺小細胞癌合併頻度が高く13),癌発見より2~5年先行して発症をみることがあり,約10%には小脳失調症を合併する14)。SOX-1抗体は神経筋伝達に直接関係はないが癌合併を示唆する有力な指標となる15)。本病の脇役的病原抗体として,ACh遊離に必須なカルシウム・センサーで,上述のカルシウムチャネル蛋白同様肺癌にその発現が証明されているシナプトタグミン3)に対する抗体(シナプス小胞開口時膜外露呈N端53残基を認識,その人工抗原で動物モデル作出可能)がある8,9,12)。また,G-protein-coupled receptorとしてphospholipase Cシグナル系を介しACh遊離障害を補償する機構17-20)に関わるM1タイプのムスカリン性AChRに対する抗体も高率に検出される16,17)。これは補償障害とともに,本病にみられる自律神経障害16)の背因になっている可能性がある。
著者
竹村 道夫
出版者
医学書院
雑誌
Brain and nerve (ISSN:18816096)
巻号頁・発行日
vol.68, no.10, pp.1177-1186, 2016-10
著者
佐藤 正之
出版者
医学書院
雑誌
BRAIN and NERVE-神経研究の進歩 (ISSN:18816096)
巻号頁・発行日
vol.69, no.6, pp.615-627, 2017-06-01

失音楽症(amusia)の報告はこれまでに100例足らずで,障害半球として左,右,両側が報告されており,言語機能のように側性化は明確でない。そのうち,音楽能力の選択的障害を生じた純粋失音楽症(pure amusia)は9例で,共通する責任病巣として右上・中側頭回が含まれる。症状との対比から同部位は,メロディの受容と表出に関与していると考えられる。脳の後天的障害により音楽の情動経験のみが障害された病態が存在し,2011年に筆者により音楽無感症(musical anhedonia)と命名された。音楽無感症は自験2例を含めこれまでに4例が報告されており,右側頭葉から頭頂葉にかけての皮質下が共通して障害されていた。音楽無感症の病態機序として,右側の聴覚連合野と島との離断が考えられた。音楽心理学の研究者から,健常者への検査結果に基づいた先天性失音楽症(congenital amusia)や先天性音楽無感症の報告が相次いでいる。用語や疾患としての妥当性を含め,さらなる検討が必要である。
著者
功刀 浩
出版者
医学書院
雑誌
BRAIN and NERVE-神経研究の進歩 (ISSN:18816096)
巻号頁・発行日
vol.68, no.6, pp.641-646, 2016-06-01

うつ病は慢性ストレスを誘因として発症することが多いが,腸内細菌とストレス応答との間に双方向性の関連が示唆されている。動物実験によりプロバイオティクスがストレスに誘起されたうつ病様行動やそれに伴う脳内変化を緩和することが示唆されている。うつ病患者における腸内細菌に関するエビデンスはいまだに乏しいが,筆者らはうつ病患者において乳酸菌やビフィズス菌が減少している者が多いことを示唆する所見を得た。
著者
掛川 渉 柚﨑 通介
出版者
医学書院
雑誌
BRAIN and NERVE-神経研究の進歩 (ISSN:18816096)
巻号頁・発行日
vol.70, no.7, pp.677-687, 2018-07-01

脳内の神経細胞をつなぐシナプスは,記憶・学習を支える重要な構造である。近年,シナプスは経験や環境に応じて絶えずその形態や機能を変化させることがわかってきた。中でも,運動系を制御する小脳は,一生涯を通じて観察されるダイナミックなシナプス改変を介して運動記憶・学習に寄与する。今日,デルタ受容体やC1qファミリー分子をはじめ,シナプス機能や記憶・学習に関わるさまざまな分子たちの挙動が明らかにされつつある。
著者
山村 隆 小野 紘彦 佐藤 和貴郎
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.35-40, 2018-01-01

筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)の生物学的病因を探索する近年の研究により,血液・脳脊髄液における種々のサイトカイン上昇,ME/CFS亜群と関連した自己抗体などの異常が明らかにされている。またB細胞を除去する抗CD20抗体(リツキシマブ)がME/CFSに有効であるという医師主導治験の報告もあり,自己免疫応答亢進などの免疫異常を背景とする中枢神経系炎症がME/CFSの本態である可能性が議論されている。
著者
岡ノ谷 一夫 黒谷 亨
出版者
医学書院
雑誌
BRAIN and NERVE-神経研究の進歩 (ISSN:18816096)
巻号頁・発行日
vol.69, no.11, pp.1223-1232, 2017-11-01

われわれは,計時行動に関わる新たなモデルを提案する。このモデルは,ラットの後部帯状回・脳梁膨大後部皮質(RSC)浅層の遅延発火性細胞の性質に基づき,単位時間を刻むクロックを必要としない。事象AのN秒後に事象Bが起き,それにより行動Cが起こるとする。行動・生理・解剖実験から,視床から入る知覚事象AがRSC浅層内の神経細胞のカスケード接続による遅延を受け,海馬で想起される事象BがRSC深層に入ること,RSCの神経細胞が試行時間に応じた周期を示すこと,RSCの損傷により計時行動が阻害されることを示した。浅層と深層の活動のANDを取りヘブ学習することで,行動Cが喚起されることを示すのが今後の課題である。
著者
渡辺 恭良 倉恒 弘彦
出版者
医学書院
雑誌
BRAIN and NERVE-神経研究の進歩 (ISSN:18816096)
巻号頁・発行日
vol.70, no.1, pp.5-9, 2018-01-01

1990年に木谷照夫,倉恒弘彦らにより日本第一号の患者が発見された筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群は,慢性で日常生活に支障をきたす激しい疲労・倦怠感を伴う疾患であり,1988年に米国疾患管理予防センターが原因病原体を見出すための調査基準を作成し,世界的にその診断基準が広まったものである。かなりのオーバーラップがみられる疾患に線維筋痛症があり,また,機能性ディスペプシアなども含めて,機能性身体症候群という大きな疾患概念も存在する。客観的診断のためのバイオマーカー探索も鋭意行われ,わが国におけるPET研究によって,脳内のセロトニン神経系の異常やさまざまな症状と神経炎症の強い関わりなどが明らかになってきた。一方,このような最新の知見を踏まえた治療法の開発研究も鋭意行われている。
著者
吉澤 利弘
出版者
医学書院
雑誌
BRAIN and NERVE-神経研究の進歩 (ISSN:18816096)
巻号頁・発行日
vol.68, no.4, pp.407-420, 2016-04-01

「治せる認知症」の原因としてビタミン欠乏は頻度は稀ながら重要な課題である。とりわけ高齢者の認知症診療ではビタミンB12欠乏が原因と考えられる症例に遭遇する頻度が高い。一方,葉酸はビタミンB12と代謝経路上密接な関係を有し,その欠乏とビタミンB12欠乏の間には共通点も多い。したがって本論では,ビタミンB12欠乏と葉酸欠乏に焦点を絞り,これらの欠乏による認知症を診療するうえで必要な情報を概説する。