著者
小渕 千絵
出版者
日本音声言語医学会
雑誌
音声言語医学 (ISSN:00302813)
巻号頁・発行日
vol.56, no.4, pp.301-307, 2015 (Released:2015-10-17)
参考文献数
25
被引用文献数
4 5

聴覚情報処理障害(auditory processing disorders, APD)は,標準純音聴力検査では正常であるにもかかわらず,聞き取りにくさを訴える症状である.本論文では,APDの歴史的背景,背景要因やその評価,支援方法について,最近の知見を基に概説した.これまでの成人例,小児例を対象にした評価により,背景要因の半数以上は自閉症スペクトラム(ASD)や注意欠陥多動性障害(ADHD/ADD)などの発達障害であり,その他にも精神疾患や心理的問題,複数言語環境下でのダブルリミテッドの問題などの多様な要因があり,これらに加えて本人自身の性格特性や聴取環境が加わり,聞き取り困難が生じていることが考えられた.このため,評価においては聴覚検査にとどまらず,視覚認知や発達検査,性格検査などの多角的な視点での評価を行う必要があり,背景要因に合わせた支援方法の提供が必要と考えられた.
著者
岡本 康秀 小渕 千絵 中市 健志 森本 隆司 神崎 晶 小川 郁
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.125, no.7, pp.1092-1103, 2022-07-20 (Released:2022-08-11)
参考文献数
36
被引用文献数
2

日常生活において, 複数人数での会話, 周囲に雑音がある中での会話, 電話での会話などで聞き取りが困難である場合, 難聴の自覚をもって耳鼻咽喉科を受診する. しかし聴覚検査で正常と診断される例では, 本人の聞こえの感じ方と検査結果に解離が見られ, 特にこのような聞こえの困難を自覚する例では聴覚情報処理障害が疑われる. しかし明確な診断基準がないためその診断には苦慮する. 今回そのような聞き取り困難例に対して聴覚心理・認知的検査の側面と背景要因の側面から検討を行った. 多くの聴覚心理検査がある中で今回, 両耳分離聴検査, 早口音声聴取検査, 方向感機能検査, 雑音下音声聴取検査である HINT-J が聞き取り困難の訴えを捉える有効な検査であることが分かった. 特に方向感機能検査や HINT-J は簡便な検査でありながらカクテルパーティー効果等実際の聞き取り困難さを評価できた. 一方,認知的側面では聴覚的注意検査や聴覚的記銘検査によって,注意機能やワーキングメモリが聞き取りに極めて密接に関係することが分かった. また, 背景要因としての ASD や ADHD 傾向のチェックも重要で, 潜在的なグレーゾーンを含めて聴覚に影響のあることを認識し, ほかの業種と連携しサポートも検討していく必要がある.
著者
小渕 千絵
出版者
一般社団法人 日本聴覚医学会
雑誌
AUDIOLOGY JAPAN (ISSN:03038106)
巻号頁・発行日
vol.66, no.4, pp.221-229, 2023-08-30 (Released:2023-09-14)
参考文献数
32
被引用文献数
1

要旨: 音は聞こえるが聞き取りにくいという症状に対しては, 他覚的, 自覚的な聴覚検査を組み合わせ末梢聴覚系での問題を鑑別することとなるが, 最近では拡張高周波数聴力測定の有用性も指摘されている。これらの鑑別後にもその症状が残存する場合, Listening difficulties (LiD) である可能性が考えられる。聞き取りにおける認知機能, 特に注意機能の弱さが関与するとされ, 必要な音やことばへの選択的注意や他刺激への分散的注意などの問題が実証されている。また, 頭に浮かぶとりとめのない思考であるマインドワンダリングに時間を要したり, マインドレスな状態である例もみられ, 不要な情報の抑制と必要な情報への注意集中がうまくいかない可能性が考えられた。現在の評価方法では, 日常生活での困り感があっても検査上で検出できない, 困り感はなくても検査上で弱さを示す例の存在により, LiD 例の実態の把握が困難である。評価法の再検討や特異的な例の機序解明などが急務といえる。
著者
小渕 千絵
出版者
日本小児耳鼻咽喉科学会
雑誌
小児耳鼻咽喉科 (ISSN:09195858)
巻号頁・発行日
vol.40, no.3, pp.225-230, 2019 (Released:2020-04-28)
参考文献数
23
被引用文献数
1

聴覚情報処理障害(Auditory processing disorder, APD)は,聴力の低下はみられないが,雑音下での聴取など聴取に負荷のかかる状況下で聴取の困難さを示す症状である。APD症状の要因として,聴覚野に限局した器質的障害のある方はほとんどみられず,発達障害の診断に該当する場合や,診断には該当しないが注意や記憶などの認知的な問題,心理的な問題が考えられている。最近では,背景の多様性を考え,聞き取り困難(listening difficulties)とするのが良いのではないかとの議論もみられる。評価においては,APD症状の聴覚特性を把握するための検査だけでなく,背景の要因を検討するための認知や心理的な検査も含めて行うことが必要である。また,支援においては,一般的な聴覚障害児者への手法を応用する。補聴機器の使用を含めた環境調整,認知的なトレーニング,心理的な支援という3つの視点で対処し,症状軽減に向けた個別的な対応が望まれる。
著者
大金 さや香 城間 将江 小渕 千絵 榎本 千江子 加藤 秀敏 加我 君孝 原島 恒夫
出版者
一般社団法人 日本聴覚医学会
雑誌
AUDIOLOGY JAPAN (ISSN:03038106)
巻号頁・発行日
vol.65, no.6, pp.574-583, 2022-12-28 (Released:2023-01-18)
参考文献数
21

要旨: 人工内耳装用の後天性聴覚障害成人 (以下成人) 28名と先天性聴覚障害小児 (以下小児) 34名に対し, 旋律に関連する知覚能力と旋律の識別方略の特徴を検討する目的で, ピッチ識別, 3音のピッチパターン識別, 旋律識別の課題を実施した。その結果, 小児ではピッチ識別, ピッチパターン識別は有意に良好で, 旋律識別は両群共に困難であった。旋律の誤答分析から, 成人では同リズム内での誤答が多くリズムによる識別方略を有効に使用していたと推察されたが, 小児では一定の誤りの傾向は見られず, 課題の旋律がピッチやリズムを主体とした旋律としては学習されていないことが推測された。ピッチ識別は, 重回帰分析により先天性小児期 CI か後天性成人期 CI かの違い, 及び語音弁別能が関与している可能性が示唆された。今後, 旋律知覚のメカニズムの特徴を明らかにし, それぞれの特徴に配慮した音楽の聴取方法や楽しみ方など検証する必要があると考えられた。
著者
大島 美絵 小渕 千絵
出版者
一般社団法人 日本聴覚医学会
雑誌
AUDIOLOGY JAPAN (ISSN:03038106)
巻号頁・発行日
vol.61, no.4, pp.254-261, 2018-08-30 (Released:2018-09-27)
参考文献数
12

要旨: 難聴乳幼児のコミュニケーションの基礎の形成や良好な発達のためには, 保護者, 中でも母親の役割が重要である。本研究では, 難聴乳幼児を育てる上での母親の育児ストレスの実態について調査, 分析し, 必要とされる早期教育支援について検討した。 母親の育児ストレスに関する8項目からなる独自の質問紙を作成し, 難聴乳幼児を育てる母親17名に記入してもらい, そのストレス得点, 及び年齢, 聴力程度, その他の要因から分析した。その結果, 精神的苦悩, 将来への不安が顕著に高く, 社会的孤立, 家族和合の欠如が顕著に低かった。またストレス得点と年齢, 聴力, KIDS 発達指数, 相談室での相談期間, 兄姉の有無からの比較では, 有意な関係はみられなかった。 これらの結果より, 難聴乳幼児を育てる母親の育児ストレスは, 様々な要因により出現している可能性があり, 明確な要因の抽出は困難であると推測された。このため, 早期教育支援においては, 対象児の個別性に配慮した支援の必要性があると考えられた。
著者
小渕 千絵 原島 恒夫 田中 慶太 坂本 圭 小林 優子
出版者
国際医療福祉大学学会
雑誌
国際医療福祉大学学会誌 = Journal of the International University of Health and Welfare (ISSN:21863652)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.29-36, 2020-02-29

標準化された聴覚検査では,静寂下での単音節や単語の聴取検査が多く,雑音下での検査など聴取に負荷のかかる検査は少なく,日常生活での聞き取りの困難度を検査によって明らかにはしにくい.そこで本研究では,聴覚障害児者や聴覚情報処理障害が疑われる児者の抱える聞き取り困難を評価する臨床的な検査として,雑音下の単語聴取検査や両耳での分離聴検査,交互聴検査などの 7 つの聴覚情報処理検査を作成し,学齢児 60 名の適用について検討した.この結果,今回作成した検査については,就学後の学齢児で実施できない児はおらず,適用可能であった.検査ごとに比較すると,早口音声聴取検査および雑音下の単語聴取検査においてのみ,学年間で統計的に有意な差がみられたが,それ以外の検査では学年間差はなく,学齢児では同程度の得点を示した.今後は,幼児や成人例への適用,および聞き取り困難を抱える方への応用についても検討していく必要性が考えられた.
著者
山本 弥生 小渕 千絵 城間 将江 麻生 伸
出版者
一般社団法人 日本聴覚医学会
雑誌
AUDIOLOGY JAPAN (ISSN:03038106)
巻号頁・発行日
vol.62, no.4, pp.282-289, 2019-08-30 (Released:2019-09-12)
参考文献数
16

要旨: 聴覚障害児者の語音聴取能には時間分解能が関係しているとされている。本研究では, 聴覚障害乳幼児の時間分解能について検討するため, 聴覚障害乳幼児32名 (6カ月~6歳4カ月) を対象に, 振り向きやボタン押しなどの反応様式を用いたギャップ検出閾値課題を実施した。その結果, 聴覚障害乳幼児においてもギャップ検出閾値測定は可能であった。また, ギャップ検出閾値については, 裸耳聴力や装用閾値とは関係せず, 課題への集中度および年齢と有意な関係を示し, 正確な測定が可能となるまでには時間を要した。反応様式は3歳以降で自覚的応答へと移行して閾値が安定しやすく, この頃のギャップ検出閾値上昇は, 難聴による時間分解能への影響が示唆された。
著者
小渕 千絵
出版者
日本音声言語医学会
雑誌
音声言語医学 (ISSN:00302813)
巻号頁・発行日
vol.62, no.1, pp.1-6, 2021 (Released:2021-03-26)
参考文献数
25

声の韻律情報は,言語情報の意味,文法構造としての指標,感情理解や声の自然性に関与するとされているが,聴覚障害児者では,韻律情報の知覚や利用には限界があるとする先行研究が多い.そこで補聴器装用,および人工内耳装用の聴覚障害児者におけるアクセントやイントネーション,感情などの韻律情報に関する知覚や産生の研究に焦点をあて,自験例を含めて現状と今後の課題について検討した.いずれの報告にしても,補聴器装用児者の韻律情報の知覚や産生では,平均聴力や低周波数帯域の聴力程度,聴覚活用程度などにより不良となり,人工内耳装用児者では低周波数帯域の残聴の程度や対側の補聴器使用,装用時期,装用期間によって韻律情報の知覚や産生に影響した.これらの基準に当てはまらず韻律情報処理が可能な例や,音楽的なトレーニングにより改善する可能性も示唆されており,今後はさらなる要因検討や標準検査の開発などが必要と考えられた.
著者
坂本 圭 小渕 千絵 城間 将江 松田 帆 関 恵美子 荒木 隆一郎 池園 哲郎
出版者
日本聴覚医学会
雑誌
AUDIOLOGY JAPAN (ISSN:03038106)
巻号頁・発行日
vol.57, no.1, pp.92-98, 2014

要旨: 人工内耳装用者 (以下CI装用者) の語音聴取における発話速度の影響と, 聴取能を補うための休止区間挿入の効果について検討した。対象は健聴者10名, CI装用者13名であり, 通常の発話速度 (以下, 基準文) を1倍速とし, これに対して2段階に倍速にした音声 (1.5倍速, 2.0倍速, 以下倍速文) の聴取成績を分析した。また, 各倍速音声に休止区間を文節, ランダムの2種の方法で挿入しその効果を実験的に検討した。この結果, 両対象者共に発話速度が速くなるにつれて有意に正答率の減少がみられた。特にCI装用者で顕著であり, 2.0倍速ではほとんどのCI装用者が聴取困難となった。また, 休止区間挿入の効果は, CI装用者で1.5倍速文においてのみ有効であった。倍速音声聴取が困難であるCI装用者であっても休止区間挿入により処理時間が確保され聴取能改善につながるため, 会話時においては意味的に区切って発話することの重要性が示唆された。
著者
大金 さや香 城間 将江 小渕 千絵
出版者
日本聴覚医学会
雑誌
AUDIOLOGY JAPAN (ISSN:03038106)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.60-68, 2015
被引用文献数
2

要旨: 軽度から重度までの補聴器 (HA) 装用者13名と人工内耳 (CI) 装用者12名に対し, ピアノ音による2~12semitone の幅の2音のピッチ弁別検査と12曲の文部省唱歌の旋律識別検査を実施し, 両者の違いについて比較検討した。 この結果, HA 装用者では, 軽中等度例でピッチ弁別, 旋律識別共に良好であったが, 聴力程度が重度になるほど両者の成績が低下する傾向を示した。 一方, CI 装用者では, 1オクターブのピッチ弁別も困難な例が多いにも関わらず, 旋律識別率では10~90%と個人差が大きかった。 ピッチ弁別が困難な重度の HA 装用者や CI 装用者でも, 既知の曲であればトップダウン処理により識別できる場合があるため, 音楽知覚の可能性が示唆された。