著者
安井 さち子 河合 久仁子 佐野 舞織 佐藤 顕義 勝田 節子 佐々木 尚子 大沢 夕志 大沢 啓子 牧 貴大
出版者
低温科学第80巻編集委員会
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.80, pp.453-464, 2022-03-31

尾瀬のコウモリ相を把握するため,2017~2019年の6~10月に,森林での捕獲調査とねぐら探索調査を行った.その結果,2科8属11種132個体が確認され,コキクガシラコウモリ,モリアブラコウモリ,ノレンコウモリが尾瀬で新たに確認された.過去の記録とあわせて,尾瀬で確認されたコウモリ類は2科9属14種になった.森林での捕獲調査で,捕獲地点数・個体数ともに最も多い種はヒメホオヒゲコウモリだった.尾瀬のヒメホオヒゲコウモリの遺伝的特徴を明らかにするため,分子生物学的な分析を行った.遺伝子多様度は0.82583,塩基多様度は0.00219だった.他地域の個体を含めたハプロタイプネットワークでは,複数のグループに分かれなかった.
著者
高谷 康太郎 中村 尚
出版者
北海道大学低温科学研究所
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.65, pp.31-42, 2007-03-23

シベリア高気圧の季節内長周期変動及び年々変動の力学を明らかにする。シベリア高気圧の季節内変動の増幅過程には、ブロッキング高気圧の形成が対流圏上層に見られ、それらは2つの典型的なタイプに類別される。両タイプとも、シベリア高気圧の増幅には、対流圏上層のブロッキングを伴う循環偏差と、シベリア高気圧に伴う地表付近の循環偏差との相互作用が重要であることが渦位反転法によって示される。年々変動に関しても、対流圏上層にはやはり2つの典型的な循環変動のパターンが観測されること、さらにそれらの循環変動が惑星波活動の変調として解釈できることが示される。
著者
冨永 靖德 天羽 優子
出版者
北海道大学低温科学研究所
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.64, pp.121-134, 2006-03-22

水の動的構造をラマン散乱分光の観点から検討した.水のラマン散乱スペクトルは,H2O分子の基準 振動解析から得られる基準振動では説明ができない.水素結合の3次元的なネットワークで形成され る短い時間のクラスター的な構造を考える事によって,大筋が理解される事を示した.このクラスター 的な構造は,psのオーダーで生成消滅を繰り返しており,その揺らぎが,ラマンスペクトルの中心成 分に現れる.これらのスペクトル解析から,水と水溶液系の水素結合の状態を解析できる事を示した.
著者
杉山 慎
出版者
低温科学第76巻編集委員会
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.76, pp.169-177, 2018-03-31

南極氷床は地球に存在する淡水の60%以上を蓄積し,巨大な淡水リザーバとしての役割を担っている.その変動は海水準,海洋循環,アルベド,地殻隆起など,地球の気候システムに大きな影響を与える.近年の観測技術の向上によって,この氷床が氷を失いつつあることが明らかになってきた.南極沿岸部において顕著な質量損失が報告されており,海洋の変化に影響を受けた棚氷と溢流氷河の縮退がその原因と考えられている.本稿では,南極氷床の特徴と地球環境に果たす役割,氷床変動のメカニズムについて概説した後,近年の氷床変動とそれを駆動する氷床・海洋相互作用について最近の知見を紹介する.
著者
瀬戸 陽介 小山 あずさ 田村 浩一郎
出版者
北海道大学低温科学研究所 = Institute of Low Temperature Science, Hokkaido University
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.69, pp.157-163, 2011-03-31

抗菌ペプチドはショウジョウバエにおいて主要な生体防御機構の一つであり, キイロショウジョウバエでは, これまでに7種類が同定されている. これら抗菌ペプチドは種類によって活性を示す対象の微生物が異なり, バクテリアに対して強い抗菌活性を示すものや真菌類に強い抗菌活性を示すものが知られている. 様々な研究から, 抗菌ペプチドは, 個体レベルでは個体の微生物に対する抵抗性に大きく影響することが, 遺伝子レベルでは種類によってその分子進化パターンが異なることが明らかとなっている. そこで, 本稿では抗菌ペプチドの分子進化と抗菌活性や個体での抵抗性との関わりについて論じる.
著者
岩井 雅子 広瀬 侑 池内 昌彦
出版者
北海道大学低温科学研究所 = Institute of Low Temperature Science, Hokkaido University
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.67, pp.575-582, 2009-03-31

シアノバクテリアは真正細菌の一種として,相同組換による遺伝子操作がよく整備されているものが多いが,重要な種でも形質転換できないものもある.代表的な形質転換のプロトコルとともに今後の展望を述べる.
著者
奥地 拓生
出版者
北海道大学低温科学研究所
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.66, pp.169-174, 2008-03-31

宇宙空間から惑星内部にわたる多様な惑星形成・進化の場には,極低温から高温,また真空から超高圧までの,あらゆる外場条件が存在する.氷はこの多様な条件に対応して,自由な陽子の急速な拡散を始めとする多様な性質を示すことが理論的に予想されているが,その実験的立証はいまだに行われ ていない.このような実験を行うためには,従来の高圧実験技術を活用しつつも,さらに新しい手法をその上に作りあげる必要があった.筆者がそのために開発してきたダイヤモンドアンビルセルNMR の手法と成果を解説し,また将来への展望を述べる.
著者
樋本 和大 松本 正和 田中 秀樹
出版者
北海道大学低温科学研究所 = Institute of Low Temperature Science, Hokkaido University
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.71, pp.131-140, 2013-03-31

計算機シミュレーションにより氷VIIと液体状態の水に挟まれた温度・圧力領域での存在が予測されている水のプラスチック相(プラスチック氷)について, 現在までに明らかとなった構造や水素結合連結性の特徴およびダイナミクスを紹介する. 特に, プラスチック氷の存在を最初に取り上げた論文について, その発見に至る経緯と同定の根拠, およびプラスチック氷の性質を概観し, その後の進展について触れる.
著者
山本 鎔子
出版者
北海道大学低温科学研究所 = Institute of Low Temperature Science, Hokkaido University
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.70, pp.1-8, 2012

雪が着色する現象は世界の山岳地帯や極地でしばしば観察されている. 最も普通にみられるのは赤雪でその多くはChlamydomonas のような単細胞性の緑藻が原因である. しかし本報告の尾瀬においては4月から5月かけての融雪期にみられる大規模な雪の赤褐色化は, 直径約10μm の球もしくは楕円状の赤褐色粒子によるものである. 赤褐色の原因は単細胞性の緑藻Hemitoma 胞子の被殻に多量に含まれる酸化鉄が原因である.Spring red snow phenomenon is frequently observed in alpine and polar environments with extremely low temperature, high light intensity, and low nutrient levels around the world. The red snow phenomenon is mostly caused by the green algae such as Chlamydomons and Chloromonas, and its reddish color is derived from carotenoids in the algae's vacuoles. However, we have recently found that the red snow in Oze National Park in Japan is caused by the green algae, Hemitoma, and its reddish color is caused by Fe-oxide accumulating at the surface of spores in the alga. Therefore, the cause of the red snow is divergent. In this review, we overview recent knowledge of the algae-dependent red snow.
著者
深澤 裕
出版者
北海道大学
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.64, pp.167-172, 2006-03-22

高圧下の氷は温度を下げると Ice VIII と呼ばれる水素秩序構造に変化する.中性子回折の研究から,Ice VIII の全ての水素原子は秩序化した配置を有することが分かっている.それでは,大気圧下に存在する通常の氷(Ice Ih)の場合,低温では何が起きるのであろうか? ここで,Ice XIと呼ばれる水素秩序構造が,長い時間を経て出現する可能性について考察する.果たして,水素原子の配置が完全に秩序化したIce XI は存在するのであろうか?
著者
加藤(鈴木) 美羅 岡松 優子
出版者
低温科学第81巻編集委員会
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.81, pp.99-108, 2023-03-20

哺乳類には,白色と褐色の2種類の脂肪組織が存在する.白色脂肪組織はエネルギーを中性脂肪として貯蔵する役割を担うのに対し,褐色脂肪組織はミトコンドリアの脱共役タンパク質1(UCP1)により熱を産生する非震え熱産生の部位である.哺乳類は寒冷刺激を受けると交感神経を介して褐色脂肪組織の熱産生を活性化し,体温の低下を防ぐ.寒冷刺激が長期に渡ると褐色脂肪組織が増生するとともに,白色脂肪組織中にUCP1を発現するベージュ脂肪細胞が誘導され(白色脂肪の褐色化),個体レベルの熱産生能が増大して寒冷環境に適応する.本稿では,寒冷適応における脂肪組織の変化とその分子機序を概説するとともに,動物種による褐色脂肪組織の発達や機能の違いについて紹介する.
著者
坪田 敏男
出版者
低温科学第81巻編集委員会
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.81, pp.173-180, 2023-03-20

クマ類の冬眠は,体温の降下度が小さい,中途覚醒がない,筋肉や骨の退行がない,インスリン抵抗性になる,などの特徴を有する.オスでは,冬眠中(2~3月)に精子形成が再開し,メスよりも早く冬眠から覚める.メスは,初夏の交尾後に着床遅延を維持するが,冬眠導入期(11月下旬~12月上旬)に着床する.その後約2ヶ月で胎子発育を完了し,冬眠中間期の1月下旬~2月上旬に出産する.さらに冬眠後半期に新生子を哺育するが,母グマのみ冬眠を継続する.ヒグマやツキノワグマと違ってホッキョクグマでは,メスだけが出産・哺育のために冬眠するが,雌雄共に夏~秋にはほぼ飢餓状態になるため“歩く冬眠”と呼ばれる冬眠様生理状態に切り替える.
著者
奥野 淳一
出版者
低温科学第76巻編集委員会
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.76, pp.205-225, 2018-03-31

気候変動が引き起こす氷床変動とそれに伴う海水量変動は,地球表層における質量分布を変化させ,固体地球を変形させる.これは粘弾性的性質をもつ地球がアイソスタシーを回復しようとする変動であり,多様な時空間スケールの観測より検知されている.海水準変動や地殻変動,および重力場変動といった測地学的,地形・地質学的な観測値は,時間・空間スケールの異なる固体地球の変形が重畳していることから,観測値より氷床変動や地球内部構造を推定するためには,アイソスタシーの原理に基づいた数値モデリングが必要不可欠である.ここでは,氷河性地殻均衡(Glacial IsostaticAdjustment)の数値モデリングに基づいて氷床変動・地球内部構造を推定した研究について紹介する.
著者
木村 淳
出版者
北海道大学低温科学研究所
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.66, pp.149-157, 2008-03-31

太陽系の外惑星領域にある衛星は,そのほとんどがH2O主体の氷で覆われた"氷衛星"である.これらは数の多さや多様なサイズを持つが,最も注目すべき点は大規模な地質活動の跡が見られることである.地球の月とは異なるその外見は,氷衛星を覆う氷の存在とその特徴的な物性が作り出している と思われる.本稿では代表例として木星の衛星エウロパに見られる地溝帯と土星の衛星エンセラダスで発見された氷噴出現象に着目し,これらの現象の原因を探る.そこには,液体水が固化する際に体積が増加するという氷特有の物性が大きく関わっている可能性がある.
著者
坂本 充 犬伏 和之 重田 遥 中山 絹子
出版者
低温科学第80巻編集委員会
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.80, pp.577-590, 2022-03-31

第4次尾瀬総合学術調査の一環として,尾瀬ヶ原泥炭土壌の物理化学的性状と植生土壌生態系の窒素・リン動態の調査が尾瀬湿原39地点で行われた(2017年7月~2018年8月).泥炭土壌は水飽和状態に近く,弱酸性で,河川流路に近いヤチヤナギが高密度に分布するバンクホロー複合体の湿原凹地では,土壌の可給態リン量が多く,NO3-量,窒素代謝活性と酸化還元電位,および可給態リン量が水位変化と密に関連していた.下田代の湿原凹地のヤチヤナギ窒素固定活性の調査から,ヤチヤナギの窒素固定量と樹高の間に有意な相関関係が見出された.土壌の窒素・リン量とヤチヤナギの分布パターンとの関係の検討により,河川洪水氾濫水により湿原に運ばれたリンの湿原凹地への沈積が,ヤチヤナギ増殖活発化を招いたと推論された.葉生産から出発し,落葉の分解無機化,土壌中の微生物活動による窒素固定と脱窒,ヤチヤナギの根粒微生物による窒素固定を経て,植物体再生産に至る窒素循環の量的検討により,尾瀬ヶ原の植物土壌システムの窒素収支は,降水に伴う窒素供給を含めると,ほぼ植物葉の生産を賄うことが示された.この窒素収支の検討から,洪水に伴う外部からの窒素負荷増加は,植物生産増加をまねく可能性が示された.今後,河川洪水に伴う窒素・リンの尾瀬ヶ原湿原への供給と流出を含めた尾瀬ヶ原の土壌・植生システムの窒素,リン動態のさらなる詳細な量的調査が必要とされる.
著者
松本 潔 井川 学
出版者
北海道大学低温科学研究所
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.68, pp.61-68, 2010-03-31

酸性沈着物の森林への沈着とその樹木への影響に関するこれまでの研究成果を概観し, 続いて著者らが行った丹沢大山における大気化学観測と, この結果をもとにこの地域への酸性沈着物の沈着状況について紹介する. あわせて, 大気圏・生物圏相互作用系の研究における, 酸性沈着物の森林への沈着に関する研究の重要性について考察する.
著者
巻 俊宏 吉田 弘
出版者
低温科学第76巻編集委員会
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.76, pp.259-267, 2018-03-31

自律型無人探査機(AUV)は母船とケーブルで繋がれておらず,全自動で活動できることから,氷の下のようなこれまで調査の難しかった場所の観測を実現できると期待されている.本稿ではAUVの概要および一般的な構成について紹介するとともに,氷の下に展開する際の課題,これまでの研究開発事例,そして我々が今後開発を目指すAUV の設計方針について紹介する.

1 0 0 0 OA SDS-PAGE

著者
井上 名津子 菓子野 康浩
出版者
北海道大学低温科学研究所
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.67, pp.359-371, 2009-03-31

調製した生体試料のタンパク質組成を解析する際などに,最初に行われる最も基礎的な実験のひとつがSDS-PAGEであろう.近年のプロテオミクス解析に於いて広く用いられる等電点二次元電気泳動でも,二次元目にはSDS-PAGEが行われるのが一般的である.比較的容易に行うことができるSDS-PAGEであるが,手元の生体試料に含まれているタンパク質群の中にある重要なタンパク質を見落とさないために留意しておくと良いことがある.本稿では,4種類のSDS-PAGE系を比較しながら,それぞれの実験方法を簡単に記述する.
著者
坂本 充 鈴木 邦雄 岩熊 敏夫
出版者
低温科学第80巻編集委員会
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.80, pp.591-601, 2022-03-31

尾瀬ヶ原及びその周辺域の学術調査は第3次が終了してから年月が経過しており,その後本格的な調査が行われていない.そこで2016年12月に第4次尾瀬総合学術調査団を発足させ,検討を重ね,基礎研究に関わる事業と重点研究に関わる事業を2017年度〜2019年度に実施した.尾瀬の調査研究を実施した背景は,温暖化の進行と湿原の劣化の懸念,変化する生物とその環境に関する最新かつ詳細なデータの欠如などがある.基礎研究と重点研究の2つの部会で学術調査を実施し,多くの研究成果を上げることができた.