著者
長坂 成行
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.40, pp.248-229, 2012-03

天理大学附属天理図書館に中山正善氏が寄贈した『太平記』写本は、従来存在が知られておらず旧著でも触れえなかったが、披見を許されたのでその調査結果を報告しておく。四〇巻四〇冊存で巻二二をもち、本文的にはいわゆる流布本系統の写本であるが、古活字版のうち慶長一〇年刊本の特徴を多く持ち、同版がかんこうされて以降の書写本と推察される。また書誌的な特徴として、表紙裏張に古活字版『医学正伝』巻二の刷反古を使用していることが挙げられる。『医学正伝』の版種までは確定できていないが、同古活字版の刊行に近い頃に、刷反古を利用できる環境のもとで制作されたと推定できる。学習院大学蔵本『平家物語』写本など、表紙裏張に古活字版の刷反古を使用した本がいくつか報告されており、それらとの関連の上でも注目される写本である。
著者
光石 亜由美
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.280-265, 2014-03

園田てる子(一九二六~一九七六年)は、埼玉県熊谷市生まれの小説家である。少女小説、推理小説、官能小説、性風俗の体験記、エッセー等さまざまな仕事を残したが、その生涯、業績はまったくといっていいほど知られていない。本稿では園田てる子の妹・石山三重子さんのインタビュー、娘・典子さん(フランス在住)とのメールと、園田てる子の著作から、その生涯と作家活動を描き出し、一九五〇年代から一九七〇年代に、女性のセクシュアリティを前面に押し出し、独特の地位を保った園田てる子の足跡をたどる。
著者
井上 満郎
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.187-201, 1976-12

御霊,即ち,何らかの記念的な行動の足跡を残して死去した人に対する信仰は,古代に発生してより以来,はるかのちの近代社会においても存在している.その事例は極めて多く,既往の研究においてもふれられているのでここでは取りあげない.本稿で扱かうのは,古代においてこの御霊に対する人々の崇敬がいつ発生し,どのように定着・展開していったかということである.
著者
田中 良
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.30, pp.45-57, 2002-03

『失われた時を求めて』には様々な「斜め」が登場する。ホテルの一室の角に立て掛けられた大きな鏡、シャンゼリゼ公園のトイレから出てきたときの祖母の帽子、教会のステンドグラスから射し込む光、ルーサンヴィルに降る雨、ティー・パーティでのジルベルトの座り方など、それらは全て斜めであった。そしてそれらの意味するところはそれぞれ、日常に対する非日常、健康に対する病気、現実に対する非現実、罪に対する罰、規律に対する違反であり、全体的にいえば一般的規範からの逸脱である。一方、そうした日常的な状況、出来事とは別に、坂道、斜面という地誌的な意味での斜めもまた、この小説の要所に見出される。ジルベルトと出会うことになるさんざしの小道であり、ヴァントゥユ嬢のサディスムを覗き見ることになるモンジューヴァンの斜面などである。それらは思わぬ出来事を引き寄せる磁場であった。 すなわち、プルーストにとって斜めとは、今あるもの、今まであったものの否定であり、その否定を通しての統合、発見である。それによって斜めは、プルーストを、そして私たち読者を新たな認識の世界へと導いて行く。ところで、この斜めは作家プルーストにとって、決して単なるメタフォ一ルではなかった。ベッドで斜めの状態になりながら大作を紡ぎだした作家にとって、斜めは逃れることのできない現実であった。病気によって強制されたその姿勢が、健康人とは違った、創造的な視点を与えたといえるかもしれない。
著者
芹澤 知広
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.29, pp.215-229, 2001-03

この論文においては、映画を媒介にして現代香港の社会生活における住居、家族及び都市性について論じる。香港の独特の社会生活は、都市社会研究者に対して多くの興味深い材料を提供してきた。そしてその社会生活を特徴づけるもののひとつとして、「香港映画」といわれる香港で制作された商業映画がとりあげられることがしばしばある。ここでは近年の文化研究の映画批評とは対照的に、この香港映画が単なる芸術作品ではなく、それが生産され、流通され、消費されるローカルな社会をもっていることを強調する。家族関係など住居をめぐる生活の細部を記述・検討することから、香港社会と香港映画の双方にとっての住居の重要性が明らかになる。

3 0 0 0 IR 菅野惟肖考

著者
滝川 幸司
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.39, pp.188-145, 2011-03

『菅家文草』に道真との贈答が見される菅野惟肖について、伝記考證を中心に考察を加えた。道真の交流を明らかにするとともに、平安前期の儒者のあり方を追求するためである。策判、日本紀講書・竟宴、道真との贈答、太政大臣職掌問題について論じた。
著者
与謝野 有紀
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.24, pp.191-205, 1996-03

本研究の目的は、郵送調査の回収率をめぐるいくつかの問題に実証的な検討を加えることである。第一は、郵送調査において回収率を上昇させるといわれるテクニックの検討であり、ここでは特に、「返信用封筒への切手の貼付」および「督促ハガキの送付」の効果について検討した。第二は、調査票回収にみられるパターンの同定であり、大きく特徴の異なる二地域(都市一農村)における、回収パターンの類似性の有無を問題にした。第一の点に関しては、「切手貼付」が欧米の研究で示されている効果を持たないこと、その一方、督促ハガキ送付の効果が大きいことを示した。後者に関しては、特徴の異なる二地域においても、回収のハザード率には同型のパターンがあり、回収率の差はこのパターンの単純な比例関係の反映であることを明らかにした。ハザードおよびハザード問の関係の同定には、イベントヒストリー分析を援用した。
著者
西田 春彦 長谷川 計二 与謝野 有紀
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.23, pp.p227-245, 1995-03

北海道・青森県・福島県・香川県・愛媛県・佐賀県・長崎県・熊本県の1990年の農業集落の特性を計量的に明らかにすることが主目的である。すでに、1990年の全国標本(3%の無作為抽出標本4049集落)、近畿2府4県(京都府、大阪府、滋賀県、兵庫県、奈良県、和歌山県)、東北4県(岩手県、宮城県、秋田県、山形県)と新潟県の農業集落カードの分析を済ませているので、これらと今回の分析結果をくらべることで、北海道および上記諸県の農業集落の特性をより明らかにできると考えられる。
著者
大町 公
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.21, pp.p13-23, 1993-03

筆者が岸本英夫の名を初めて知ったのは、池辺義教著『医の哲学』においてであったが、その書名にひかれ、文庫本『死を見つめる心』を買い求め、勤め帰りの電車の中であったように記憶するが、それを読み出した時の強い衝撃は今もって忘れられない。読み始めるや戦懐が走るのを覚えた。死について書かれたもので、これほどまでに赤裸々に述べられたものを他に知らないのである。初めて〈肉声〉を、〈生の声〉を聞いた思いがした。ここにはまぎれもなく、〈わが生死観〉がある。言うなれば手造りの生死観である。観念による粉飾がなく、まこと平易な文章で書かれている。そして、そこを冷静な情熱とでも言いうるものがしっかりと流れているのである。疲れた身であったように思うが、筆者の心はまもなくその文体に没入してゆき、夏も近満員電車の中で、一人異質で、冷たく孤独な時間が体の中を流れるのを感じていた。現在は、死が徐々にタブーでなくなりつつあり、死に関する書物が次々と出版されるようになった。タイトルに「死」という文字が入っていれば本が売れるというような時代がやってきたのである。これまでの時代の雰囲気への反発という面もあろう、死についての落ち着いた関心が芽生えるまでにはなおしばらく時間がかかりそうである。それらの中ではしばしば岸本の名前が挙げられ、その著書が引用されている。『死を見つめる心』はこの種の領域ではすでに特別な位置を占めている。早くも現代の古典といった地位にあるようにすら思えるのである。たとえば最近手にした精神科医中沢正夫著『「死」の育て方』のエピローグにおいても、中村真一郎編『死を考える』の感想という形で、ややくだけた言い方ながら次のような高い評価が与えられている。「…死についての成書―それも死一般を論じたものは、読むほどにいぶかしく見える。嘘っぼくみえてきて困った。…もちろん読めば必ず八〇パーセントの安心が得られる(二〇パーセントはしらじらしいと内なる天邪鬼がベロを出す)。それはキッパリと短い文で首尾一貫しているからである。…そのうえ、偉人・天才の言葉として語られるというシカケになっている。たとえば、前出の中村真一郎編の『死を考える』をみると、プラトン、マルクス・アウレリウス、モンテーニュ、リルケ、ネルヴァル、プルースト、孔子、ラーマクリシュナ、道元・・副堂々のラインアップである。どうだ、まいったかという感じである。…病める身で迫りくる自分の死をみつめている二つの文(漱石、岸本英夫)がこの本の最後に載っていなければ、私の天邪鬼は五十パーセントを超えてしまうだろう」しかし、なにゆえ岸本の『死を見つめる心』は高く評価されなければならないのか。「病める身で迫りくる自分の死をみつめ」つつ書かれたからか。それだけの理由からなのか。その他にどのような理由が考えられるのか。もう五年も前のことになるが、初めての出会いの衝撃を想い起しながら、その考えをたどってみることにしよう。
著者
蘇 徳昌
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.29, pp.1-25, 2001-03

郭沫若は果たして百獣の王である獅子なのか、それとも寺院の塔の上の風見鶏なのか。毀誉褒貶、賛否両論、未だに決着が付かない。とりわけ彼の中国プロ文革中の豹変ぶり、始めは四人組万歳、最後は四人組打倒は、国民は言うに及ばず、知識人でさえこのような振る舞いはしないのにというのが万人の認めるところである。彼の人々に与えた印象は最悪である。本稿では中国の近代化に貢献したのか、それとも妨害したのかを基準に彼の功罪を分析した。五四運動時期・北伐・日中戦争から中華人民共和国の成立・農地改革までは、彼は基本的に手柄を建てたと言えるけれども、それ以降、亡くなるまでは完全にナンセンス或いは逆効果であった。全体から言うと、魯迅の言う通り、彼は才子プラスごろつきであった。然し、彼の中国の文化界・学界に与えた影響は看過できないし、特に、中国共産党の知識人政策・対日政策の制定及び実施に、彼の果たした策士・代弁者的な役割は小さくない。彼は2回日本に渡っているが、1回は留学、1回は亡命で、合わせて20年も滞在した。彼の人間形成は日本で完成した。彼は日本の有利な条件をフルに利用し、又アンナ夫人の献身的な努力と支持もあって、創造社前後のロマンチシズムの詩作、革命と戦争の一側面を描いた自叙伝、歴史・考古学・文字学の研究等の仕事が出来た訳である。郭沫若は、日本は中国より経済的な土台から政治・文化・社会の上部構造に至るまで、全面的に中国の文化を導入し、原始社会から奴隷制社会を飛び越えて直接封建制社会に突入した。又ヨーロッパ文明に倣って、所謂東洋の奇跡たるものを実現し、資本主義社会に進み、列強の仲間入りをすることが出来た。その原因はと言うと、日本の植民地的な価値は中国よりはるかに低く、中国は帝国主義各列強の目を逸らすという言わば盾の役割を果たした。そして、中国は又日本にとって、最高の原料供給地と最大の市場であった。ところが、日本は恩知らずで、恩を仇で以て返した。何十年この方中国を侵犯し、最後は全面的な侵略戦争まで起こした。というのが、彼の日本観である。戦争という時代背景並びに彼と日本人の付き合いはそれほど広くも深くもないということがあって、彼の日本人に対する見方は、全体から言うと、消極的、批判的で、冷たく、時には偏見もあった。
著者
辻田 右左男
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.9, pp.p61-74, 1980-12

ハヅクルートは,わが国では,まだ,ほとんど知られていない名前である.筆者自身もかれの名前だけはかすかに知っていたが,かれが現在に至るまで,地理学の上に大きく,根強い影響力をもつ学者であることを数年前まで明らかにしえなかった.ではRichard Hakluyt(1552-1616)とはいかなる人物であったろうか.かれは,まず,シェクスピアと同時代の,偉大な地理学者の1人であった.つぎに聖職者ハックルートHakluyt,Preacherとしぼしばかれが自署したように,かれは職業的には僧侶であったが,なによりも重要なのは,倦まずたゆまずその一生をかけて,イギリスはじめ近隣諸国の航海文書を収集し,地理学の聖典Bibleともいうべきみごとな『航海記』を後世に遺したことである.17世紀後半から始まるイギリスの領土的拡大,大植民帝国の建設はこの書物の存在に負うところが多い.従来,ハックルートならびに『航海記』Principal Navigationsが,わが国の地理学で不問に付されていたのは,明治中期以後の日本の近代地理学が,まずフンボルト,リッター,ラッツェルを生んだドイツに傾斜し,のちブラーシュによって代表されるフランス学派に左祖したことに遠因が求められる.いずれかといえば,イギリスの地理学は地味であり探検地理,商業地理など実用面を重んじ,理論的でないという理由で,わが国ではこれを軽視する風潮があったことは否めない.たしかに,地理教育の上では,福沢諭吉などの提唱によりイギリスに範を求めた事例も少くはないが,学問としてはイギリスの地理学は敬遠され,当然のこととして,ハックルートのような地理学の巨匠の姿が見失われ勝ちであった.筆者はこの小文において,敢えてこの未知の巨人に接近し,シェクスピアの劇作に匹敵するという偉大な業績,散文で書かれたイギリス国民の叙事詩prose epic of the English Nation と呼ばれる『航海記』の一断面を明らかにしてみたいと思う.
著者
宮坂 靖子
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.38, pp.157-170, 2010-03

家族の社会史的研究は、人口動態研究、世帯経済研究、感情研究に大別できる。本稿では、欧米における感情研究においてなされてきた代表的な4人の研究――フィリップ・アリエス、ローレンス・ストーン、エドワード・ショーター、ジャン-ルイ・フランドラン――のレビューを行い、近代家族論の議論の特徴を明らかにすることを目的としている。考察の結果、以下の5点が明らかになった。1. 近代家族化のプロセスについては、二段階説が有力である。その場合第一段階では家父長制の強化段階を経由する。また、第二段階に成立した近代家族については、家族の情緒化と家庭性の成立の点で四者の見解が一致している。2. 家族の近代化過程の考察に際しては、親子関係、夫婦関係のどちらを重視するかという点で違いが見られる。3. 女性(妻)にとっての夫婦関係と親子関係の優先性は、乳母慣行と母乳育児慣行の観点から解釈が試みられている。4. 夫婦関係に着目する研究にあっては、近代家族の特徴として恋愛結婚の成立と夫婦の「性愛化」という要素が指摘されている。5. 避妊の受容は、夫婦関係の変化、子どもに対する意識の変化、家庭経済観念の誕生によって説明される。まず初めに親子関係の観点が導入され、その後夫婦の「性愛化」のための手段という要素が強調される傾向にある。
著者
中尾 和昇
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.29, pp.164-150, 2021-01

" 本稿は、文化五年(一八〇八)刊の馬琴合巻『敵討身代利名号』を翻刻・紹介するものである。 本作は、親鸞上人の十字名号による「身替り」の趣向をテーマとする仇討譚である。筆者は以前、馬琴が如何にこの趣向を消化し、自身の読本作品内に機能させたかについて論じたことがある。ただ、そこでとりあげた「身替り」は、他者の難を救うために、その代わりとなって死ぬという演劇由来のものであり、本作に見られるような神仏霊験譚は中心として扱ってこなかった。管見によれば、神仏霊験譚の「身替り」は読本よりも、むしろ合巻に多く見られることがわかった。今回取り上げる『敵討身代利名号』は、この趣向を前面に押し出した作品として注目される。本稿をなす所以である。"
著者
田中 文憲
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.40, pp.11-30, 2012-03

第1次世界大戦後、イギリスの国力衰退とともにロンドンの国際金融市場としての力も落ちた。しかし、ナチスの迫害を逃れてロンドンにやって来た一人のユダヤ系ドイツ人移民シーグムンド・ウォーバーグの活躍によって、ロンドンは再び国際金融センターとしての地位を取り戻した。彼はその類稀な先見性と禁欲的態度、権威をものともしない勇気、目標を定めれば最後までしかも完璧にやり遂げる強い意志をもって、金融世界に新たな境地を拓いた。シーグムンドはシティで初の敵対的企業買収をやってのけ既存のマーチャント・バンカーから反発を受けたが、ものともしなかった。また、「ユーロドル」の大量発生に目を付けた彼はその資金を利用して「ユーロポンド市場」を作り上げた。彼はまた誰も相手にしなかった日本に注目して「ユーロポンド」を通して日本経済発展に貢献し、日本政府から勲一等瑞宝章を贈られた。しかし、シーグムンドはS.G.Warburg&Co.の資金不足と販売力不足に悩み、やがて他行との合併を模索し始める。ところが"haute banque"としての特性を保ちながらMorgan Stanleyを目指すという彼の夢は果たされないままシーグムンドは亡くなった。彼の死後、S.G.Warburg&Co.は拡大路線に走った。時はあたかも「ビッグバン」による規制緩和の最中であった。S.G.Warburg&Co.はジョバーとブローカーの買収の後、債券部門の拡大に乗り出した。しかし、資金力がついて行かず結局これがS.G.Warburg&Co.消滅の引き金を引くことになった。ロスチャイルド以外は、S.G.Warburg&Co.を初めすべてのマーチャント・バンクはその歴史的使命を終えて消えた。シーグムンド・ウォーバーグは真のそして最後のマーチャント・バンカーであった。
著者
中尾 和昇
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.48, pp.166-145, 2020-02

" 前稿に引き続き、馬琴合巻『千葉館世継雑談』(文化九年[一八一二」刊)の翻刻をおこない、簡単な解説を付した。 文化六年(一八〇九)以降、馬琴は京伝と歩調を合わせるように、歌舞伎・浄瑠璃といった演劇種の脚色や趣向を駆使した作品を数多く著しているが、本作はその方法を採らず、御家騒動を中心とする時代物として描いている。 また、本作は長編読本『南総里見八犬伝』(文化十一年~天保十三年[一八一四~四二]刊)との関係が指摘できる。例えば、千葉家の執権幕割治部之進は、馬加大記常武として描き直されている。ただ、当主頼胤に関して、本作では悪臣を討ち千葉家を再興する善良な君主であるのに対し、『八犬伝』では悪臣に操られる「暗愚の弱将」となっている。歴史上の人物に対する善悪評の変化は勧善懲悪を標榜する馬琴の小説作法を考えるうえで、大いに注目すべき点であると言える。"
著者
山本 四郎
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.3, pp.p53-64, 1974-12

大浦事件の内容は,今日では一応研究は終ったかに見える.その総括として,『日本政治裁判史録大正』(1969年8月,第一法規出版(株)発行)の「大浦事件一政府の高官と起訴猫予一」(106~134ページ)をあげることができるし,文末に参考文献もあげられている.解題は,その文献を駆使し,さらに判決文を収載している.
著者
湯川 隆子 清水 裕士 廣岡 秀一
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.36, pp.131-150, 2008-03

本研究の目的は、大学生におけるジェンダー特性語の認知がここ20年でどのように変わったかを検討することである。1970年代と1990年代に男女各1000人の大学生を対象に、50語のジェンダー特性語について同一の分類テストと連想テストを実施した。主な結果は以下のようであった。(1)男性あるいは女性の典型的ジェンダー特性語として分類された特性語の数は、1970年代より1990年代のほうが少なくなっていた。(2)ジェンダー特性語に対する連想反応語は、1970年代でのほうが1990年代よりも典型的なステレオタイプを表すと見られる内容が多かった。(3)近年の日本の大学生においては、ジェンダー特性語に対し、ジェンダー・ステレオタイプに沿って反応する傾向が減少してきている。
著者
高山 淳司
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.10, pp.p121-128, 1981-12

いわゆる境界設定 (demarcation) の問題は,ポパーの科学哲学の中心問題の一つである.彼は科学と非科学論理学や形而上学,特に占星術や精神分析などの疑似科学との間に境界を設定せんとし,その基準として反証可能性 (falsifiability) を提案したのは周知のとおりである.それに対して多くの反論がなされて来たが,とくにT.S.クーンが "The Structure of Scientific Revolutions (1962)" において,パラダイムの地位を得た理論は反証に対して高度の免疫性をもつことを主張して以来,これと類似の角度から科学理論の反証不能性が論じられることが多くなって来た.本論文ではH.バトナムの"The `Corroboration' of Theories" におけるポパー批判を手引として,境界設定の基準としての反証可能性の概念をめぐって二三の考察を行いたいと思う.バトナムの論文は,反証可能性の問題以外にも,ポパーを批判するいくつかの論点を含んでいるが,ここでは反証可能性の問題に限定して論じることにする.
著者
木田 隆文
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.40, pp.190-178, 2012-03

長江文学会は日本統治下の上海で活動した邦人文学団体である。一九四〇年九月から四二年五月ごろまでの二年弱の間に、現地発行の邦字新聞『大陸新報』紙上に「土曜文芸」蘭を掲載し、のちの機関誌『長江文学』を五号まで発行した。活動期間こそ短かったが、同会は在 日本人文学者を組織化した最初の文芸団体であり、かつ王兆銘政権寄りの日中文学者を糾合した上海文学研究会の前史を形成した点で注目される。本稿はその「土曜文芸」『長江文学』の細目と解題を紹介することで、同時期上海の邦人文壇に関する基礎情報を提出するものである。
著者
増本 弘文
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.38, pp.39-49, 2010-03

平成16年から死刑確定者数は急増し、死刑の基準の明確化が必要である。筆者は以前、死刑判決の具体的量刑基準を明らかにしようと試みた。しかし、闇サイト事件はこの基準を超えるのではないかと思われる。また、検察側の立証方法が、裁判員制度を意識し過ぎたために過度に生々しいものになっているのではないかとの批判もある。そして、月ヶ瀬村殺人事件のように、無期懲役を甘受しながらも刑務所の中で自殺してしまう人もいる。主観的要素を判断することは非常に難しい。いずれにしても、死刑判決という非常に厳しい情況下においても、裁判員は中立であるように努めなければならない(検察官も同様である)。