著者
加藤 航平 武山 佳洋 木下 園子 岡本 博之 前川 邦彦 森 和久 成松 英智
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.7, pp.399-405, 2013-07-15 (Released:2013-10-16)
参考文献数
16
被引用文献数
2 2

【背景】一般に骨折のスクリーニングにおいて血液検査はあまり有用ではなく,その意義は主に合併する疾患や既往のための検査である。我々は骨折と血清D-dimer値(DD)の関連について調査し,その診断的意義について検討した。【仮説】DDの上昇は,多発外傷を伴わない鈍的外傷患者において骨折と関連がある。【方法】2008年1月から2010年2月までの約2年間に市立函館病院ERに搬入された症例を後ろ向きに検討した。鈍的外傷患者で,DDを測定された症例を対象とした。このうち専門医による最終診断が得られない症例,受傷から24時間以上が経過している症例,多発外傷,頭蓋内損傷,大動脈疾患,最近の手術歴がある,膠原病・麻痺・血栓症の既往,悪性腫瘍のある症例を除外した。最終診断名から骨折群と非骨折群に分類し,年齢,性別,ER(emergency room)における初期診断,専門医による最終診断,搬入時のDDとの関連について後ろ向きに検討し,ROC解析からそのcut-off値を計算した。【結果】対象となった341例中210例(61.6%)が骨折群,131例(38.4%)が非骨折群に分類された。骨折群は非骨折群に比較して有意に高齢であった(61±23 vs. 49±23 歳, p<0.01)。DD(μg/ml)は骨折群で有意に高かった(DD, median(IQR): 8.4(3.0-24.9)vs. 1.4(0-3.1),p<0.01, ISS, mean±SD: 7.4±3.9 vs. 2.8±2.6, p<0.01)。ROC(receiver operating characteristic)解析からROC曲線下面積は0.81(95%CI 0.77-0.86)で最適なcut-off値はDD ≥4.5μg/mlで,感度69.0%,特異度84.7%,陽性的中率90.6%であった。【結論】骨折群では非骨折群と比較してDDは有意に上昇しており,診断の参考指標として有用と考えられた。今後さらなる検討が必要である。
著者
竹之内 信 上原 淳 笠井 博人 矢島 敏行 間藤 卓
出版者
Japanese Association for Acute Medicine
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.16, no.12, pp.633-638, 2005-12-15 (Released:2009-03-27)
参考文献数
13

症例は26歳の女性。自殺目的で市販鎮咳薬1箱(マレイン酸クロルフェニラミン45mg,リン酸ジヒドロコデイン180mg,塩化リゾチーム180mg)を約70gのアルコールと共に服用した。服用から約6時間後に意識混濁し路上で倒れているところを発見されたが,約30秒間の強直性痙攣発作を認めたため当センター収容となった。意識は徐々に改善し翌朝までに意識清明となったが,それに伴って上肢および頸部のミオクローヌスが出現した。ミオクローヌスの持続時間は徐々に短くなったが,第5病日まで持続した。なお,来院時と第5病日に施行した頭部CT検査では明らかな異常所見を認めなかった。中枢神経症状に加えて,一般検査では血清クレアチンキナーゼ値と血清クレアチニン値の上昇を認めたほか,著明な全身掻痒感を伴うなど,多彩な中毒症状が認められたが,いずれも数日の経過で軽快した。来院時の血中薬物濃度分析ではマレイン酸クロルフェニラミン濃度が1,200ng/mlときわめて高値であり,文献的に報告されている致死濃度を上回るものであった。第一世代ヒスタミンH1受容体拮抗薬による中枢神経系副作用はよく知られているが,市販薬として入手が容易であり,本症例のようにアルコールと併用した場合には少量でも多彩な中毒症状を来すことがあるため改めて注意が必要である
著者
青山 紘子 田熊 清継 堀 進悟
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.23, no.9, pp.375-382, 2012-09-15 (Released:2012-11-01)
参考文献数
26

【背景】路上生活者数の増加に伴い救急車搬送される路上生活者の病院受入困難事例が増加し社会問題となっている。しかし,本邦で本問題を救急医療の観点から検討した研究は少なく,その実態は不明である。【目的】路上生活者の救急要請から診療終了までの状況を調査し,救急要請の応需と診療の遂行に支障を来す因子を解明する。【方法】救急隊搬送記録および病院データを用いて,路上生活者および非路上生活者の救急診療を後方視的に比較・検討した(χ2検定,p<0.01を有意差ありとした)。【結果】1.路上生活者は非路上生活者と比べ,救急車利用率(54.5% vs. 19.6%)が高いにもかかわらず,入院率(23.5% vs. 30.2%)は低かった(ともにp<0.001)。2.路上生活者は夜間に比べ,日中に救急受診することが多かった。3.救急受診をした路上生活者を救急受診時に路上生活者であると判明していた群(応需時ホームレス判明群)と判明していない群(応需時不明群)に分けると,後者は入院率(13.9% vs. 63.7%)が高く(p<0.001),病院滞在期間も長かった。4.路上生活者の入院時診断として消化器疾患が23.3%と最も多かった。遷延性意識障害があると入院期間が長かった。【結論】救急要請の応需および診療に支障を来す因子として,応需時不明群であること,遷延性意識障害があることが挙げられた。理由は,身元の特定,生活保護認定の取得,退院先の決定に時間を要することなど,行政手続き上や,治療は不要となっても患者の状態に合致した生活環境を提供できないことであった。路上生活者は救急車への依存度が高く,重症化すると入院期間も長くなることから,普段受診できる医療体制が必要であると ともに,救急外来診療においては,帰去時に支援するための積極的な福祉の介入が必要である。
著者
加藤 雅康 林 克彦 前田 雅人 安藤 健一 菅 啓治 今井 努 白子 隆志
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.22, no.5, pp.229-235, 2011-05-15
参考文献数
15

近年,クマの目撃件数が増加しており,クマが生息する山間部付近の病院ではクマ外傷を診察する機会が増加することが予想される。当院で過去2年間に経験したクマ外傷の4例を報告し,初期治療での注意点について考察する。クマ外傷は頭部顔面領域に多く,顔面軟部組織損傷の治療にあたっては,眼球,鼻涙管,耳下腺管や顔面神経などの損傷を確認し,損傷の部位や程度に応じてそれぞれの専門科と共同で治療を行うことが必要となる。また,細菌感染や破傷風の予防が必要である。当院で経験した4例と文献報告でも,創部の十分な洗浄と抗菌薬治療,破傷風トキソイドと抗破傷風人免疫グロブリンの投与により重篤な感染を生じることはなかった。しかし,頭部顔面の創部と比較して四肢の創部は治癒に時間がかかった。クマ外傷の診療にあたっては,顔面軟部組織損傷と感染症予防に対する知識が重要と考えられた。
著者
鶴田 良介 有賀 徹 井上 健一郎 奥寺 敬 北原 孝雄 島崎 修次 三宅 康史 横田 裕行
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.21, no.9, pp.786-791, 2010-09-15 (Released:2010-11-09)
参考文献数
9

目的:熱中症患者のバイタルサインや重症度に関する疫学データは少ない。人工呼吸管理を要した熱中症患者の予後に関わる因子を解析する。方法:2008年6月1日から9月30日の間に全国82ヶ所の救命救急センターおよび日本救急医学会指導医指定施設を受診した熱中症患者913名のデータのうち,人工呼吸管理下におかれた患者77名を抽出し,更に来院時心肺停止1名,最終診断脳梗塞1名,予後不明の2名を除く73名を対象とした。対象を死亡あるいは後遺症を残した予後不良群と後遺症なく生存した予後良好群に分けて解析した。結果:予後良好群47名,予後不良群26名(死亡12名を含む)であった。2群間に年齢,性別,活動強度,現場の意識レベル・脈拍数・呼吸数・体温に有意差を認めなかった。現場の収縮期血圧とSpO2,発症から病院着までの時間に有意差を認めた。更に来院後の動脈血BE(-9.5±5.9 vs. -3.9±5.9 mmol/l,p<0.001),血清Cr値(2.8±3.2 vs. 1.8±1.4 mg/dl,p=0.02),血清ALT値[72(32-197)vs. 30(21-43)IU/l, p<0.001],急性期DICスコア(6±2 vs. 3±3,p=0.001)に予後不良群と予後良好群の間で有意差を認めた。しかし,来院から冷却開始まで,来院から38℃までの時間の何れにも有意差を認めなかった。多重ロジスティック回帰分析の結果,予後不良に関わる因子は現場の収縮期血圧,現場のSpO2,来院時の動脈血BEであった。結語:人工呼吸管理を要した熱中症患者の予後は来院後の治療の影響を受けず,現場ならびに来院時の生理学的因子により決定される。
著者
久保山 一敏 吉永 和正 丸川 征四郎 上野 直子 切田 学 大家 宗彦 細原 勝士
出版者
Japanese Association for Acute Medicine
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.11, no.7, pp.338-344, 2000-07-15 (Released:2009-03-27)
参考文献数
12
被引用文献数
1

Case: An 11-month-old boy bruised his head and experienced convulsions, followed by a coma with decerebrate rigidity. Initial CT scans showed an acute interhemispheric subdural hematoma and diffuse brain swelling. On day 2, he developed dilated pupils, absent light reflex, and sudden hypotension. Dopamine (DOA) and antidiuretic hormone (ADH) were administered to maintain his circulation. CT scans on day 3 revealed brain tamponade. The patient was diagnosed as brain dead on day 15. The patient was thereafter maintained under mechanical ventilation. DOA and ADH requirements decreased gradually, resulting in shift from DOA to docarpamine on day 146 and in the cessation of ADH administration on day 245. On day 139, autolysed brain parenchyma was discharged through the anterior fontanel and necrotic skin, resulting in the appearance of pneumocephalus on CT scans on day 299. Repeated EEGs, ABRs, dynamic CTs and intracranial Power Dopplers supported the diagnosis of brain death. Nevertheless, the patient's height increased consistently from 74cm on day 1 to 82cm on day 253. The secretion of thyroid stimulating hormone was detected until day 252. The boy developed septic renal failure and died on Day 326. Discussion and Conclusion: Although brain death in adults is usually followed by early cardiac arrest, the infant in this case was sustained in a state of brain death for over 300 days using ordinary intensive care. An analysis of endocrinological function and growth records may help to clarify the mechanism of the patient's sustained heart beat.
著者
小松 裕和 鈴木 越治 土居 弘幸
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.20, no.5, pp.288-293, 2009-05-15 (Released:2009-09-04)
参考文献数
5
被引用文献数
2 1

わが国においても臨床研究の重要性の認識は確実に高まってきているが,未だ地域中核病院を中心として行われる臨床研究は量的に少なく,質的にも英文での論文化に耐えうるものはほとんど見受けられない。これは臨床医の多くが統計学的な知識を重視するあまり,疫学的視点が不十分であるために起きている現象である。検定やp値を重視する傾向,バイアスについて十分な考察ができていないこと,治療や曝露の影響を定量的に推定しないことなどは,その好例である。臨床研究を行う上で,母集団と標本,サンプルサイズの計算,基本属性の比較,交絡要因の多変量解析による調整などに用いられる統計学の知識はあるに越したことはないが,臨床研究を実施するにあたっては疫学の知識がかなりの程度必要であることが多くの臨床医に理解されていない。とくに研究仮説の明確化,コントロール群の設定,解析モデルの構築,研究結果とバイアスの考察において,疫学的視点がなければ質の高い臨床研究は行うことができないのである。
著者
中尾 篤典 小谷 穣治
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.59-68, 2013-02-15 (Released:2013-04-05)
参考文献数
45

医学ガス(メディカルガス)とは,医学領域において薬理作用をもち,治療および診断に用いられるガス分子の総称で,酸素や笑気などが代表的である。そのなかでも,生体内で恒常的に産生され,シグナル伝達などの様々な生理活性をもつシグナルガス分子と呼ばれるガス分子があり,その代表として,一酸化窒素(NO),一酸化炭素(CO),硫化水素(H2S),および水素(H2)についての研究が急速に進んでいる。急性呼吸促迫症候群(acute respiratory distress syndrome: ARDS)は心原性の肺水腫を除く様々な原因で惹起される急性の低酸素血症であり,致死率が高く,臨床上重篤な病態の一つである。ARDSの病態には,炎症や酸化ストレスなどが複雑に関係するが,これらガス分子は抗炎症作用や抗酸化作用をもち,肺組織を保護する作用を有することがわかってきた。これらのシグナルガス分子は,気管を経由しての吸入という非常に直接的な方法で患者に投与することができる。ARDS患者の多くは機械的人工呼吸を要することなどを考慮すれば,濃度などを安全に管理したうえでの経気道的吸入療法は臨床応用しやすく,今後有効な治療となる可能性がある。本稿では,最近注目されている代表的なシグナルガス分子について最近の知見を解説し,救命救急,集中治療領域において重要なARDSへの応用について述べる。
著者
澤村 淳 菅野 正寛 久保田 信彦 上垣 慎二 早川 峰司 渡邉 昌也 丸藤 哲
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.22, no.5, pp.219-223, 2011-05-15 (Released:2011-07-23)
参考文献数
9

QT延長症候群には様々な原因があるが,水泳中に心室細動を発症したRomano-Ward症候群の1症例を経験したので,若干の文献的考察を含めて報告する。症例は12歳女児で学校のプール学習で遊泳中に仰向けに浮いているのを発見され,引き上げたところ心肺停止状態であった。直ちに担任教師により心肺脳蘇生法が開始され,自動体外式除細動器(automated external defibrillator; AED) を装着し除細動を実施した(後の解析で心室細動と判明した)。除細動後,間もなく自己心拍が再開した。気管挿管後,ドクターヘリで当科へ搬送された。意識はJapan coma scale(JCS) 200,Glasgow coma scale(GCS) E1VTM3,瞳孔径左右とも3mm,対光反射は両側とも迅速。血圧136/74mmHg,脈拍84/min,呼吸回数 19/min, SpO2 100%(FIO2 1.0,気管挿管下)。12誘導心電図:完全右脚ブロック,QTc 0.49secとQT時間の延長を認めた。24時間の脳低温療法を行い,神経学的後遺症は残さず回復した。日本循環器学会のガイドラインに準拠して植え込み型除細動器(implantable cardioverter defibrillator; ICD)の適応(class I)となり,第7病日にICDを挿入した。その後,問題なく経過し,第14病日に独歩退院した。若年発症のQT延長症候群の場合,先天性のRomano-Ward症候群をまず疑うことが重要である。またRomano-Ward症候群は常染色体優性遺伝であり,遺伝子診断まで検索が必要である。心室細動で発症するハイリスク例に対してはICDの挿入は必須の治療であると考えられた。
著者
並木 淳 山崎 元靖 船曵 知弘 堀 進悟 相川 直樹
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.20, no.6, pp.295-303, 2009-06-15 (Released:2009-09-04)
参考文献数
16

【目的】救急患者の意識レベル評価に際し,わが国で広く用いられているJapan Coma Scale(以下JCS)による誤判定の要因を明らかにする。【方法】当救急部で3年間に取り扱った救急車搬入の患者データベースから,頻度の高い8通りの意識レベルをGlasgow Coma Scaleのeye, verbal, motor(以下EVM)スコアに基づいて選択し,模擬患者が演ずる意識レベルを標準的な手順で診察するシミュレーションビデオを作製した。経験の少ない医療従事者として 1 年目初期臨床研修医94人を対象に,ビデオを用いたJCSによる意識レベルの判定テストを行い,その解答結果を解析した。【結果】JCSの誤判定率は, 8 つの設問の平均で19 ± 15%(平均±標準偏差)。JCS 0, 300の誤判定は稀だったが,JCS 2, 10, 200は20%以上の誤判定率であった。設問のJCSスコアと誤判定されたJCSスコアを対比すると,意識レベルを良い方に誤判定する傾向が示され,とくに軽度~中等度の意識障害でその傾向が強かった。設問でシミュレーションされたEVMスコアと誤判定されたJCSスコアを比較した結果,JCS誤判定の主な要因は次の3点であった。1)最良運動反応の「M4:逃避(正常屈曲)」を 「JCS 100:はらいのけるような動作」とする誤り。2)発語反応の「V4:会話混乱(見当識障害)」を「JCS 0:意識清明」とする誤り。とくに最良運動反応が「M6:命令に従う」の場合に「JCS 0:意識清明」と誤判定される。3)開眼反応における「E3:呼びかけによる」をJCS 1 桁とする誤り。とくに発語反応が「V4, 5:会話可能」な場合にJCS 1 桁と誤判定される。【結論】JCSによる救急患者の意識レベル誤判定の主な要因は,逃避と疼痛部位認識の運動反応の区別,見当識障害と意識清明の区別,呼びかけによる開眼反応の判定である。
著者
山本 理絵 斉藤 剛 青木 弘道 飯塚 進一 秋枝 一基 猪口 貞樹
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.12, pp.865-873, 2014-12-15 (Released:2015-03-12)
参考文献数
20
被引用文献数
2 2

急性薬物中毒は救急医療において重要な分野の一つであり,起因物質の特定は治療を行う上で極めて重要である。厚労省により薬毒物分析機器の配置が行われてきたが,機器による分析は難しく,簡便かつ迅速な検査法として尿中薬物簡易スクリーニングキットが多くの医療機関で使用されている。しかし,尿中薬物簡易スクリーニングキットは分析対象が限定され検出不能な薬物があること,体内動態や交差反応による陽性や感度不足による陰性があることから,薬物の特定には定量分析が必要となる。本研究では,ガスクロマトグラフ質量分析装置(gas chromatograph mass spectrometer: GC/MS)や液体クロマトグラフ質量分析装置(liquid chromatography-tandem mass spectrometer: LC-MS/MS)による血中薬物の定量分析結果をgolden standardとして,当院で使用している尿中薬物簡易スクリーニングキットTriage DOA® の臨床的有用性について検討した。2009年4月~2013年3月までに当施設を受診し入院となり,Triage DOA® と定量分析の双方を施行した急性薬物中毒822例を研究対象とした。ベンゾジアゼピン系睡眠薬およびベンゾジアゼピン系抗不安薬(BZO),バルビツール酸系睡眠薬(BAR),三環系抗うつ薬(TCA),アンフェタミン系覚醒剤(AMP)に対するTriage DOA® の感度,特異度,陽性的中率,陰性的中率,偽陽性率,偽陰性率について検討した。検討の結果,Triage DOA® にはいくつかの問題はあるが,救急初期治療の一次スクリーニング検査としては有用であった。しかし,TCA,AMPの陽性的中率は低く,BZOは陰性的中率が低いことから,救急現場ではTriage DOA® の解釈には十分な注意が必要である。また,近年本邦では尿中薬物簡易スクリーニングキットでは検出できない抗精神病薬やselective serotonin reuptake inhibitor,serotonin and norepinephrine reuptake inhibitorなどの抗うつ薬が数多く使われている。尿中薬物簡易スクリーニングキットで陰性でもこれらの薬物を服用している可能性を念頭に置いて初期治療を行う必要がある。
著者
村井 映 西田 武司 仲村 佳彦 市来 玲子 弓削 理絵 梅村 武寛 石倉 宏恭
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.12, pp.977-983, 2013-12-15 (Released:2014-02-04)
参考文献数
18
被引用文献数
1 1

【はじめに】III度熱中症患者の核温冷却を目的に血液濾過透析回路を用いた体外循環を施行した。hemofilterの代わりにウォーマーコイルを用いた改良を加え,冷却効率の改善を試みた。【対象と方法】2000年7月から2011年10月の期間において福岡大学病院救命救急センターに入院したIII度熱中症患者を対象に患者背景,入院時状態,体外循環使用の有無,転帰を調査した。2004年から回路に改良を加えたが,その時期の前後で前期冷却法群と後期冷却法群の2群に分け,入室から体外循環開始までの時間,体外循環施行時間,冷却効率,人工呼吸期間,入院期間を後方視的に比較した。【結果】III度熱中症症例は28例で,このうち体外循環を実施した症例は14例で,前期冷却法群6例,後期冷却法群が8例であった。年齢,性別,BMI(body mass index),入院時APACHE II score,急性期DIC score,核温において前期冷却法群と後期冷却法群の2群間に有意差を認めなかった。体外循環施行時間は前期冷却法群で32.5分,後期冷却法群で27.5分と後期冷却法群で短縮されたが有意差は認めなかった。冷却効率は前期冷却法群で0.040℃/分,後期冷却法群で0.112℃/分と後期冷却法群で有意に高値であった(p<0.01)。人工呼吸期間は前期冷却法群6.0日,後期冷却法群3.5日,入院期間は前期冷却法群10.0日,後期冷却法群13.5日であったが,2群間に有意差を認めなかった。【結論】今回,III度熱中症に対して血液濾過透析回路を用いた体外循環による血液冷却法を考案した。本法は簡便性,体温冷却効率,侵襲度からみて臨床上有用な熱中症時の冷却装置であると考えられる。
著者
前田 宜包 樫本 温 平山 雄一 山本 信二 伊藤 誠司 今野 述
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.21, no.4, pp.198-204, 2010-04-15 (Released:2010-06-05)
参考文献数
12

症例は56歳,男性。単独で登山中,富士山8合目(海抜3,100m)で突然昏倒した。居合わせた外国人医師が救助に当たるとともに同行者が8合目救護所に通報した。自動体外式除細動装置(automated external defibrillator; AED)を持って出発し,昏倒から30分後胸骨圧迫を受けている傷病者と接触した。AEDを装着したところ適応があり,除細動を施行した。まもなく呼吸開始,脈を触知した。呼吸循環が安定したところでキャタピラ付搬送車(クローラー)で下山を開始。5合目で救急車とドッキングし,約2時間後山梨赤十字病院に到着した。第1病日に施行した心臓カテーテル検査で前下行枝の完全閉塞,右冠動脈からの側副血行路による灌流を認めた。低体温療法を施行せずに第1病日に意識レベルJCS I-1まで回復し,とくに神経学的後遺症なく4日後に退院となった。富士山吉田口登山道では7合目,8合目に救護所があるが,2007年から全山小屋にAEDを装備し,山小屋従業員に対してBLS講習会を施行している。今回の事例はこれらの取り組みの成果であり,healthcare providerに対するBLS・AED教育の重要性が再確認された。
著者
柳川 洋一 杉浦 崇夫 阪本 敏久 岡田 芳明
出版者
Japanese Association for Acute Medicine
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.62-66, 2006-02-15 (Released:2009-03-27)
参考文献数
9
被引用文献数
3 3

症例は33歳の男性。重症破傷風に罹患し,筋弛緩剤と併用でデクスメデトミジンやプロポフォールで治療を行っていたが,副作用や強直抑制効果が乏しかったなどの理由で,21日間のマグネシウム大量投与療法を行った。同療法を施行中はある程度意思疎通を保つことができ,適当な筋弛緩作用と交感神経抑制作用も得ることができた。リハビリテーション後,第88日に退院となった。マグネシウム大量投与療法による破傷風の治療報告は本邦では初めてであるが,廉価で意思疎通がある程度保て,筋弛緩,交感神経抑制作用を有し,破傷風治療に有用と考えられた。
著者
羽岡 健史 森下 由香 内藤 祐貴 大西 新介 奈良 理 高橋 功
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.10, pp.785-791, 2014-10-15 (Released:2015-03-12)
参考文献数
13
被引用文献数
1

肥満細胞の活性化により惹起される種々のアレルギー症状と急性冠症候群(acute coronary syndrome: ACS)の同時発症はKounis症候群と呼ばれている。我々はガベキサートメシル酸塩gabexate mesilate: GM)の投与後にアナフィラキシーと冠攣縮性狭心症を呈した症例を経験したので報告する。症例はアルコール性慢性膵炎と糖尿病の既往のある72歳の女性。心窩部痛を主訴に当院に救急搬送され,慢性膵炎急性増悪と診断された。単純CT撮影後にウリナスタチン50,000単位を投与。次にGM 100mgの投与を開始してから8分後,気分不快,呼吸苦,顔面紅潮,喘鳴が出現した。まもなく意識レベルがJapan coma scale(JCS)100に低下し,ショックを呈したため,アナフィラキシーショックと考え,アドレナリン0.1mgを2回静脈注射した。またアドレナリン投与前から心電図モニター上,ST上昇が見られ,12誘導心電図ではII,III,aVFでST上昇,I,aVL,V1~V4でST低下,心臓超音波検査で左心室下壁の壁運動不良の所見が認められたため,ニトログリセリン(スプレー)を舌下投与した。気管挿管,ヒドロコルチゾンコハク酸エステルナトリウム100mg,クロルフェニラミンマレイン酸塩5mg,ファモチジン10mg投与後に冠動脈造影を実施したところ,冠動脈に有意な狭窄を認めず,冠攣縮性狭心症と診断された。同日,心電図変化は改善し,アナフィラキシー症状も消失し,翌日には抜管した。狭心症の再発はなく,慢性膵炎急性増悪に対する治療のみを行ってから第17病日に自宅退院となった。Kounis症候群はアレルギー反応等の過敏性反応に伴って肥満細胞から放出される炎症メディエータの作用でACSが引き起こされることで生じる病態で,アレルギー反応に対する治療とACSに対する治療を並行して行うことが推奨されている。重篤なアレルギー症状を呈する症例では,ACSの併発も念頭において治療・観察をする必要がある。
著者
杉村 朋子 鯵坂 和彦 大田 大樹 田中 潤一 喜多村 泰輔 石倉 宏恭
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.22, no.5, pp.213-218, 2011-05-15 (Released:2011-07-23)
参考文献数
11

症例は43歳の女性。30歳時に神経性食思不振症と診断され,精神科への入退院を繰り返していた。今回,自宅にて意識レベルが低下したため,救急車で近医へ搬送された。脱水と低栄養状態であり,低血圧,低血糖に対して高カロリー輸液による水分栄養補給が開始された。しかし,多臓器不全を呈したため,第13病日に当センターへ転院となった。臨床経過から,本患者は慢性の半飢餓状態の代謝に適合しており,低リン血症を補正しないまま糖負荷を行ったことによるrefeeding syndromeと診断した。血清リン濃度(IP)0.5mg/dlと著明な低リン血症を呈していたため,直ちにリンの補充を行い,輸液は低カロリーから開始した。低リン血症改善後,ショックから離脱し多臓器不全も改善傾向を示した。しかし,第27病日に敗血症性ショックを合併し呼吸不全の増悪から,第60病日に死亡退院となった。近年,救急・集中治療の領域においても栄養管理の重要性が認識されているものの,依然としてrefeeding syndromeの存在は広く認知されているとは言い難い。神経性食思不振症患者の栄養管理に際しては,refeeding syndromeを念頭に置き,微量元素を含めた低カロリーから開始する栄養補給により臓器不全を回避しなければならない。
著者
塩塚 かおり 宇都宮 昭裕 鈴木 晋介 上之原 広司 西野 晶子 近江 三喜男 桜井 芳明
出版者
Japanese Association for Acute Medicine
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.16, no.6, pp.261-266, 2005-06-15 (Released:2009-03-27)
参考文献数
9

症例は41歳,男性。既往歴特記なし。自殺企図にて縫い針を後頸部に1針と前胸部に2針刺した。その後,乗用車を運転し側溝に転落した状態で発見された。他院にて気胸に対し胸腔ドレーンを挿入後,当院へ救急搬送された。来院時,強い胸部痛を訴えるも呼吸循環動態は落ち着いていた。各針の刺入点は皮膚上に観察されたが,いずれも皮下に埋没していた。神経学的所見としては,意識清明,四肢麻痺なく,明らかな感覚障害もなかった。頭部単純X線像では,後頸部皮下にその先端が大孔内まで達する約3cmの縫い針を認めた。胸部単純X線像では,左胸部に2本の縫い針を認めた。頭頸部CTでは,針の先端は延髄背側に達していた。胸部CTでは,1本の針が心臓壁に埋没しており,もう1本の針は胸壁にあるのが確認された。脳血管造影では,血管系への針による外傷はなかった。搬入当日に全身麻酔下に針の摘出術を行った。腹臥位にて針の刺入部を中心として開創した。X線透視を使用し皮下に埋没した針を捕らえた。針を全体に渡り露出した後,直視下に抜去した。針先端は延髄背側下部にまで達していた。次に,右側臥位にて心臓壁内に埋没した針と胸壁内の針を直視下に摘出した。術後,感覚異常等の神経症状はなかった。術後5日目に全身状態良好で,精神障害との診断で精神科入院となった。
著者
日本救急医学会 熱中症に関する委員会
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.11, pp.846-862, 2014-11-15 (Released:2015-03-12)
参考文献数
10
被引用文献数
1 3

日本救急医学会熱中症に関する委員会は,2012年の夏季3か月間に全国103の救急医療施設から熱中症の診断で受診した2,130例について,あらかじめ指定したデータ記入シートを用いて臨床データを収集しその特徴を明らかにした。平均年齢は45.6±25.6歳(1~102歳),中央値42歳。平均年齢は男性 44.1歳,女性 48.5歳であった。 重症度ではI度:II度:III度は984:614:336(未記載196),作業内容ではスポーツ:仕事:日常生活・レジャーは494:725:630(未記載281),日なた:日陰:屋内は1165:54:831(未記載12)であった。死亡例は39例あり(不明2),熱中症を原因とする症例が28例であった。 なかでも重症例における後遺症発生率,死亡率は前回までの調査に比し一転して低下したことは,国を挙げての啓発活動や予防への取り組みが一定の効果を上げたものと推察できる。

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出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.5, no.7, pp.732-738, 1994-12-15 (Released:2009-03-27)